真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜 作:夢迷月
2009年 5月 4日
ゴールデンウィークの終了2日前。風間ファミリーが旅行を満喫しているころ。裃姿に足袋を履いた青年、相馬巴は朝の仲見世通りを一人で歩いていた。川神院に向かって。
「……やだなあ……」
先日のクリスとのごたごたについて、という名目で学長から呼びだされていたのである。
「早く帰って旭さんと本読みたい……昼寝したい……」
嫌な予感がビンビンにするので、彼は最愛の人を置いて、あのセクハラジジイの元へ一人で向かっていたのだった。
手土産をそこらへんの菓子屋で3つ買い、門をくぐる。数については、川神院にいる強大な気の持ち主の数から判断していた。
「おはよウ! 相馬!」
「おはようございます! ルー先生。これ川神院へお土産です」
「ん、これは相馬が家で食べるといいヨ。学生はこんなこと気にしなイ気にしなイ」
出迎えたのは、巴が川神院で好印象な数少ない人間、ルー・イー師範代。学園の体育教師も務めている人物だ。朝から元気に挨拶されたので、巴も元気に返した。でも手土産は突っ返された。あのごうつくジジイなら貰うだろう、と巴は一旦引っ込めた。
泥酔した上機嫌の釈迦堂から聞いた話だけだが、裸一貫から修行を経て強さと高潔な精神を同居させているこの人が巴は好きだった。
「総代が中庭でお待ちダ。案内しよウ」
「よろしくお願いします、ルー先生」
歩いて行くと、川神院の門弟が客人に向けて次々に挨拶してくる。
「押忍! おはようございます!」
「「「押忍! おはようございます!」」」
「みーんな、朝の鍛錬は大事ヨー。レッスンレッスン!」
「「「押忍!!!」」」
暑苦しかった。
「今日はネー。みんな気合い入ってるんだヨ。ゲストが来ているからネ」
「まあ、大体気で分かります」
「ほう、やはり大したものダ。でも相馬。力は使い方に気をつけないといけないヨ。力に呑まれちゃダメダメ」
巴はルー先生の物言いに、分かりやすくヘソを曲げた。呑まれてるのはお宅の子では? という思いもあったにはあった。
「やはり、呑まれているように見えますか」
「いや。コントロールは出来てると思うヨ。留学生の子も、君が思うまま力を振るう人間ならほんとに死んでいたところだと思うカラ」
ルー師範代は歩きながら続けて話す。
「君はネ、入学してからずっとテストは2位だシ、授業態度も素行もイイ。先生方からも生徒からも評判は良いんダ。でもね、たまに君を見ていて危うい時があル。ワタシそれ心配してるヨ」
「大抵はケンカ売られてる時ですよ。川神さん……川神百代さんとじゃれてるときはあんまり出さないでしょう?」
シャレにならないので。と内心思いながら巴は反論したが、ルーは首を振る。
「それでも危ういんだヨ。君の生い立ちは話にだけ聞いているが、何も敵か味方かで世界を判断することはないヨ」
どこかずれてるんだよな、と巴は内心でルーの評価を下げた。まだまだ高かったので微々たる差だが。
そもそも勝負を挑んできたなら、それは敵だ。その敵が今後二度と敵に回らないためにどうするかを考えたら……まあ、手段は限られる。
死人には口も足も武器も力も無い。殺せば、全ての面倒が解決する。そういう世界で生きてきたつもりだ。
現在殺しをやっていないのは、今この時生きてる世界では面倒だからだ。罪に問われるし、後始末も面倒臭い。なにより、旭と一緒に過ごせなくなるかもしれない。彼はそれが嫌だった。
だからこそ、クリスとの邂逅では比較的穏便な手段を取ったのだ。しばらく大人しくしててくれ、の意味を込めて。
必要なら、いつでも人を殺せる。これが相馬巴という人間だった。
わりと深刻な誤解を挟みつつ二人が歩いていると、塔の下に三人の人影が見えた。
「着いたヨ、相馬。総代! 連れてきましタ!」
「ご苦労。ルー」
一人は、川神鉄心。川神院総代にして、壁越えと呼ばれる強者達の中でも一線を画す存在。学園の最高権力者であり、この時代に体操服でブルマを指定する豪傑だった。
「久しぶりだな、相馬。俺が名前を呼ぶなぞ、光栄なことだぞ。よく覚えておけ」
「げっ、伯爵……」
「げっ、とはなんだ。また教育されたいか?」
赤いネッカチーフを付けた、パリッとした執事服へ窮屈そうにその異常隆起した肉体を包み、金色の獅子を思わせるような髪を逆立てる、こちらも壁越えの中で特に強者と呼ばれる存在、ヒューム・ヘルシング。
「鉄心殿。こちらが、彼の息子ですかな。凄まじい強さだ」
「左様。此度ご足労いただいた要件じゃ」
そして、この場で巴がもっとも目を惹かれた存在……袖に新雪のような模様がある黒い裃に刀を佩いた、一切の澱みがない清らかな闘気を放つまさに達人といった風貌の男、剣聖黛大成がいた。
「こりゃあ、また揃い踏みなことで」
三者三様の威圧を、巴はなんとか受け流す。まずは、この中で唯一初対面な大成に向けて挨拶をするべく歩みを進める。もし敵であったなら、あまりにも無造作な間合いの詰め方だった。
「お初にお目にかかります。相馬遙の息子、相馬巴と言います。これつまらないものですが」
「おお、これはご丁寧に。ありがたくいただくことにしよう。私は黛大成だ。宜しく頼むよ」
柔和な笑みを浮かべて、剣聖は紙袋の上に乗せられた和菓子を手渡しで受け取る。菓子箱を袋の中に入れ直して玉砂利の上に置くと、大成は青年に訪ねる。
「……この間合い、怖くないのかね?」
「敵意がないでしょう。怯えていても仕方ないと思いませんか?」
落ち着き払った返答に、黛大成はそうかと応じた。
「私は敵意なしで切れるんだが」
「そしたら体が勝手に反応しますよ。その場合の加減は保証出来ませんが」
あくまで余裕を崩さず、巴は菓子を鉄心、ヒュームの順に渡して行く。鉄心は予想通り遠慮なく受け取った。
ヒュームは受け取る時に小言を贈る。
「おい相馬。貴様一応九鬼から給料を貰っているんだから招集には応じろ」
巴は最上幽斎の護衛という立場で雇われていた。幽斎が九鬼所属のため、もちろん巴の給金も財閥から出ているのである。
「やですよ。訓練で人殺したくないでしょ」
「その辺りも加味して言っている。今のお前なら組手であれば人を殺すことはないとな」
「ありがたいこって」
「まあこちらのことは今日の本題じゃない……貴様が俺にリベンジしたいのであれば、構わんがな」
「いやいや、遠慮しますよ。勝てない勝負はしない性分なんで」
「ふん……どこまでが冗談なのやら」
なんとか躱して、巴は三人から距離を取る。急に攻撃されても逃げ延びられると判断した間合いまで。
「して、学長殿におかれましてはこの度どういうご用件で私のような卑小な者をお呼び立てなさったので?」
「そういう物言いはやめい。挑発しているのと同義だと分からんか」
老体から少々の威嚇と共に放たれた言葉を、巴はまた悠々と受け流す。
「ではルー先生含めた達人四人で一人を囲むなんてことしないでいただけますか? 挑発しているのはそちらでしょう」
「ヒュームのやつは勝手に来たんじゃ」
「三人で囲めば十分だと思いますよ」
「総代。話が進みませン」
巴は時間の空費に不機嫌になりつつあった。達人たち相手にうわべだけの態度や表情を繕っても仕方ないので、青年は警戒心を持っていることを全力でアピールしている。
埒が開かないと判断したヒュームが話を切り出すべく一歩を踏み出す。巴は一歩退いた。
「俺が来たのは、黛の娘を高く評価しているからだ。今の実力と言い、伸び代といい、な」
「ということは、黛さん……由紀江さんのことですか? 面倒なら見ませんよ」
知り合いの親が多すぎて面倒だ、と思いながら巴は会話を回す。
「まさか、戦えなんて言いませんよね?」
「そのまさかだよ、相馬くん」
今度は剣聖が一歩を踏み出した。温和な瞳が巴の瞳を射抜く。
「親の欲目、というのはあるかもしれないが私の娘は既にひとかどの武人だ。そう育て上げた自負もある。だが……」
そこで剣聖は黙り込む。
次に口を開いた時は、達人ではなく父の表情をしていた。
「その、友達が、いないようなのでね」
巴はずっこけた。鉄心もずっこけていた。
「……松風くんがいるのでは?」
「あのストラップは私が作ったものでね。いつか友達が出来て、携帯を持つようになった時のために、と。それで存在を否定するのも憚られたのだよ」
「ああ……」
清流のような闘気は萎んでいた。巴は娘を持ったことはないがちょっと同情した。
大成は数秒瞑目し、闘気を元に戻して青年に向かう。
「ともかく、娘が想像上の友達を作ってしまったのは、私からの抑圧が原因ではないかと思ったのだよ」
「はあ」
「私は娘を厳しく育てすぎてしまった。私を凌ぐ才を見てしまっては、指導に手が抜けなかった」
「いえいえ、ご立派に育てられたと思いますよ」
これは同情からではなく、巴の本心からの褒め言葉だった。
といっても人格的な意味ではなく、武門に生まれた子供がその流派を極めたことのみを素晴らしいと言っているだけだが。
「差し出がましいようですが、娘さんにはもう友人がいらっしゃるでしょう。風間ファミリーと呼ばれる二年生の集団に入っているようですが?」
「それも娘から手紙で相談されてね……同年代の友人が出来ず、話すとなると緊張してしまう、と」
友達が出来ないのはストラップと話したりしていて敬遠されているからでは? と巴は言いかけたが止めた。帯刀は原因でないと思っている辺り、巴も一般常識が欠落していた。
「ゆえにこの辺りで一つ、由紀江の殻を破る必要があると判断したわけだ」
「そのお相手をするのが自分、ということですか」
「娘からの手紙に君のことが書かれていたのでね。勝手にやられるよりは、我々の管理下でさせたいと思った。行きすぎた時の静止役として、鉄心殿と私が立ち会おうと思っている」
「それに相馬。これはお主のためでもあるんじゃ」
なかなか話に入り込めないでいた鉄心が言葉を挟むと、巴は呆れたような声でからかう。
「俺今憧れの黛さんと話してるんですけど。いきなり口挟まないでください学長」
「目上のものに対する態度ではないな! 喝っ!」
「ふんっ!」
鉄心の顔の形をして飛んできた気弾を、巴は手刀で切り裂く。二つに分かれた気は、被害が及ばないようルーとヒュームが叩き落としていた。
「敵になるなら容赦しませんよ」
「ほほ。言いおるわい。ならかかってくればいいじゃろう」
「お生憎様ですね。自分は川神家ほど挑発に弱いわけではないので」
「言うたな小僧!」
「総代! 情けないのでやめてくださイ!」
巴は中指を無性に立てたかった。百代相手なら間違いなく立てていた。川神家自体と相性が良くなかったのかもしれない。
しばし睨み合った後、巴は地面に向けて視線を逸らし、大袈裟に溜息をついた。
「はあ……先に言っておきます。わざわざご足労頂いた剣聖殿の顔を潰してしまうようで心苦しいですが、お断りします。俺にメリットないでしょ。一年の頃決闘禁止令出された時も、あれで断れるようになったからありがたいと思ってましたし」
「あくまで戦いたいわけではないと、そういうことかの」
「そうなりますね」
「しかし、クリスちゃんには殺気をぶつけたじゃろう」
「あれはちょっと脅しただけです。勝負を挑んでおいてあの程度で倒れる方が悪い。平和的解決ですよ」
川神学園の一生徒は学長に向けて明け透けに言った。達人四人も、この青年が嘘をついておらず、悪気もないのは理解している。勝負の世界で生きてきた人間たちなだけあって、彼我の実力差が分からない方が悪、という論理も理解は出来る。だからこそ性質が悪かった。
川神院の長、川神鉄心は慈しみを込めた声で語りかける。
「……のう、相馬。もう少しだけ刃を鞘に収めることは出来んか」
「出来ませんね。鞘に入ったまま折られたら、きっと自分は後悔するでしょう」
巴は即答した。
相馬流は、己を一振りの刃とする。鞘に入ったまま折られる……つまり何も出来ずに死ぬくらいなら、相手を殺して生きる方を選択する。
傲然として立つ青年に向けて、黛大成は二歩を踏み出す。
「であれば相馬くん。君にはなおさら由紀江と立ち会って欲しい」
何度かの会話を経て、大成について非常に好い印象を得ていた巴は居住まいを正して応答する。
「理由を伺いましょう」
「あれは聡いが、優しい子だ。自分や仲間に火の粉が降りかかったなら、その力を発揮するだろう。だが、それでは遅いことがある。君もこういう事を言っているのだろう」
「はい」
「だからこそ、由紀江に教えてやって欲しい。刀を抜くべき時は迷わず抜くべきだと。鞘に入ったまま折られるなんてことがあってはならないと。これは、我々からでは教えられない」
正直で、実直で、素直な言葉だった。聞くものの心を無条件で震わせるような、思いのこもった請願だった。
そして、剣聖はひと回り年下の青年に向けて正座して頭を下げた。土下座である。玉砂利と髪が擦れる音が鳴った。
「この通りだ。我々年寄りではなく同年代の君から、由紀江に指南をお願いする」
その姿は、割腹してお白洲に倒れこむ武士を想起させる。それほどに必死な姿だった。すっかり毒気を抜かれてしまった巴は武士に駆け寄る。剣聖の人柄がそうさせたのかもしれなかった。
「やめてくださいよ、黛さん。人間国宝が学生に土下座なんてしないでください。分かりました。受けますよ、受けます」
「かたじけない、相馬君」
黛大成は若者に引っ張られて立ち上がる。
「ああもう、こんなにいい袴汚して……」
巴はすこし砂利の乗った布を叩く。ネッカチーフの位置を整えるいつものポーズで、ヒュームは喉を鳴らして笑う。
「クソのような赤子だったお前が、随分と丸くなったものだな、相馬」
「うるさいですよ、伯爵」
「フン。まあ受けたからには役目を果たせよ」
「言われなくとも」
ヒュームのからかいに答えた後、巴は鉄心に向き直る。
「それで学長、決闘はどこでやるんですか?」
「学校でやろう。当日は川神院総出で結界を張る」
「まあそこまでやるならしなきゃいいんじゃないですかね、とも思いますが」
「そういうわけにはいかん。そうじゃ相馬。お主の実力、一度見せてくれんか。場合によっては、他の寺から応援を呼ばねばならんのでな」
巴は渋い顔をした。それから要求を突きつける。
「では、このお話を受ける代わりに三つほど頼みたいことが」
「意外と多いのう。じゃが、出来る限り聞こう」
鉄心がそう言った途端、周囲の空気がピンと張り詰める。達人たちがめいめいに反応を示す。
「……わし、もしかしてとんでもないこと頼んじゃった?」
「ほう、やはり成長しているな」
「相馬……とんでもない強さだネ」
「む……やはり相馬の子は相馬か」
相馬巴が、全身から殺気交じりの闘気を放ち始めたからだった。
「まず一つ。腕試しなら、ここにいらっしゃる黛大成殿と一合、お願いしたく思います」
「私でよければ、お相手しよう」
巴の気にあてられたか、剣聖もその清冽な闘気を膨らませていた。
「むう……」
「やらせてもいいだろう鉄心。わざわざ申し出るということはよほどの事はすまい。どうしてもというなら、俺と貴様とルーで止めればいいだろう」
ヒュームがこう言えば、鉄心も頷かざるを得ない。
互いに距離を取った巴は、月鏡と極楽蝶に手をかける。黛大成も、自分の佩刀の柄をふわりと握った。二人の剣士が相対する。巴は声色だけは和やかに訊ねた。
「じゃあ、いいですか?」
剣聖は、気を練り上げつつ頷く。巴は、自分の存在を確かめるように名乗りを上げた。
「相馬流、相馬巴。参る」
「黛流、黛大成。お相手仕る」
「全くこの若造どもめ、好き勝手やってくれるわ。じゃがまあよい……では、いざ尋常に――――」
――――始めいっ!
号と共に、庭から二人の姿が消え、すぐに現れる。
勝ったのは……相馬巴。
「ありがとうございました、黛大成殿」
「ぐっ……我が修練、未だ道半ば、か」
剣聖黛大成は、膝をついていた。
敗者から視線を切り、巴は鉄心に向けて告げる。
「じゃ、あと二つの頼み事なんですけど……」
勝負を見届けた鉄心はその二つを確かに聞き届け、履行することを約束した。
「損な役回りをさせてしまうのう」
「じゃあ最初から頼まないで下さいよ、学長」
大綱を定めた後、巴は冗談を交えながら川神院を後にした。
二日後。
「お父様っ!」
「おお……由紀江、か……」
息も絶え絶えと言った様子の大成が、旅行から帰宅したばかりの娘を川神院の治療用ベッドで出迎えていた。医師の診断によると全治一か月。怪我の原因は、あの危険な先輩だという。
「由紀江、仇を取ろうなどと考えるものではないよ。私はこうして、生きているんだから」
そう言うと、剣聖は意識を失ったように眠り始めた。
川神院からの帰路、黛由紀江は体から陽炎のような気を発しながら、こう呟く。
「誰であろうと……たとえ先輩であろうと、自分の家族を傷つけるような真似は、許せません……!」
そのまた翌日。
黛由紀江は3‐Sを訪問。ワッペンを叩きつけ、相馬巴はそれを受諾。三本勝負による決闘が学長の許可の元承認された。決戦の期日は5月9日、場所は川神学園グラウンドと定められた。
「なーんでまゆまゆは良くて私はダメなんだよー! このくそじじい! グレてやるからなー!」
武神はむくれていた。
なんかよく分からんくなってきた。まゆっちがヒロインになりそう。しないけど。