真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜 作:夢迷月
「ぼー……」
風間ファミリー恒例の金曜集会。その端っこの席で、黛由紀江はぼんやりと携帯の画面を眺めていた。そこにあるのは、風間ファミリーと両親や妹、最近知ったクラスメイトの連絡先。
そして、今しがた直江大和から教えて貰った相馬巴の電話番号だった。
「どうした? まゆまゆ。相馬の連絡先なんて見て」
「ひゃあうっ」
あわあわと口を強張らせて動揺する由紀江に百代が後ろから手を回し、いわゆるあすなろ抱きをする。
「いやいやこれはクラスの皆さんから連絡先をいただけたことに感無量になっていたというか相馬先輩のを特に見ていたわけではないというかなんというか」
「ていうか、あいつの連絡先くらい私に言ってくれれば教えたのに」
「そういうのは早く言ってくれよな武神サマー」
松風の茶々に便乗して、大和が姉をからかう。
「姉さん、携帯止められてなかった? 一昨日かなんかのラジオの時連絡つかなかったけど」
「嘘だろ!? あ、ほんとだ」
「まあそれでも番号だけなら教えられはするだろうけどさ。あ、メールだ」
大和は話しながら、通知音と共に来たメールを返す。タンクトップ姿で筋肉を見せつけていたガクトが話を続けた。
「ちゃんと料金払わなきゃダメだぜモモ先輩」
「なんだよガクトー。じゃあ金貸してくれ」
「やだよ! ていうかそろそろ月末なんだから今月の分の借金返してくれよ!」
「……zzz」
「あ、都合が悪いから寝やがった!」
「とんでもねえお方やでホンマ……」
携帯ストラップにすら武神は呆れられていた。
百代の傍若無人さを皆が笑っていると、小説に栞を挟んだ京が会話に入ってくる。ついでに大和と物理的距離を拳一つ分さりげなく詰めていた。
「そういえばまゆっち。その相馬先輩とあれから話したの?」
「……いえ、実は一度も」
俯いた由紀江の言葉に、百代が驚く。
「はぁ!? まだ名前呼んでもらってないのか!?」
「それはその、はい。何も用事がないならこう、話しかけるのも憚られてしまって」
「あの馬鹿、早めに行けって言っといたのに」
「そ、そんなことまでしていただいてたのですか」
「いや、違うんだ。あいつ、呼んだら遊びに来るんだけど、誘わないとアキちゃん……S組の一人とずっと一緒にいるんだよ。なんでも仕事上アキちゃんの護衛らしくて」
「旭ちゃんと言いますと……入学式のときに仲見世通りで会ったあの方でしょうか?」
「そう。そんでいつも相馬が告白してるけどずっと断ってる子だ」
「ええっ!?」
由紀江は、巴にそんな人がいることに驚いていた。なぜなら、決闘の時に付き人でもあった最上旭についてはどうしてか分からないが”視線が向かなかった”し、”印象に残らなかった”からである。その理由をここにいる面々が知るのはもう少し後のことになる。
京が手を挙げて発言する。ついでに大和との距離を詰めていた。大和は一歩分距離を離した。
「用事がないなら作ればいい。対策として、取り敢えずお弁当を作ることを提案します。先輩、食べて下さいって。まゆっちの料理美味しいから」
弁当作戦立案に、百代と大和が情報を提供する。
「いいんじゃないか? あいつ……えっと、どこだっけ。週二回くらい学食なんだよな」
「それだったら月曜日と木曜日じゃない? 評議会の仕事が集中してた気がするから」
「で、でも彼女さんがいるなら受け取って貰えないんじゃないでしょうか」
「だから、アキちゃんはまだ彼女じゃないって。むしろ今のうちしかアプローチ出来ないんじゃないか?」
「そ、そういうものでしょうか」
「そういうものだよまゆっち。というわけで大和。そろそろお相手が欲しくない?」
「お友達で」
「ちっ……一部しか色ボケしてないからまだ早かったか……」
ソファの端まで大和を追い詰めて、色ボケ筆頭の京は肉付きのいい肉体を惜しげもなく密着させる。
(くくく……でも、まゆっちのお尻に大和が魅了されてるのは調査済み。まゆっちが相馬先輩とくっついてしまえば大和が私を選んでくれる可能性も上がる)
(……とか考えてるんだろうなあ京は)
金曜集会の話のネタとして、由紀江のコイバナが定番になりつつあった。
2009年 5月 24日
無事に旭との仲をちょっと深めた日の翌週日曜日。巴が呼び出されていたのは、大扇島に位置する九鬼財閥極東本部ビル。ヒュームからの再三の招集に、とうとう巴は折れたのだった。
ちなみに、巴が最上家を出発する時のやりとりはというと。
『ヒューム卿。巴のことを評価していただけるのは嬉しいけれど、連れていくなら護衛を一人つけてくださるかしら。できれば女性がいいわ。そこの彼が嫉妬してしまうから』
『そういうことでしたら……クラウディオ、いるか』
『やれやれ。私は貴方の執事というわけではないんですけどねえ』
『まあ、まさにナイスミドル、という方ね。こちらの方なら大丈夫そう』
『ええ。ご安心ください。まあ貴方があと40キログラムほど肉をつけていらっしゃったら口説いていたのですが』
『ほんとに大丈夫かよ……』
閑話休題。
赤いネッカチーフに指をかけたポーズで、ヒュームは重々しく口を開く。
「今日来てもらったのは、先日黛の娘の赤子を指導した力量を買ってのことだ。俺に評価してもらえたことを感謝しろよ」
「分かりました。帰っていいですか?」
「いいわけがないだろう。ジェノサイド……」
ヒュームはノーモーションで巴に近寄り、彼の必殺技を放とうとする。ジェノサイドチェーンソー。どこからでも割り込み可能で、当たれば体力を10割持っていくトンデモ技であった。
それをちらつかされた巴は手をバタバタと振った。
「わーかった! 分かりましたよ! 行きますって! ったく、これだから伯爵は……」
「フン。一回は聞き逃してやるが、口の聞き方に気をつけろよ」
「はいはい……」
シュンとなってしまった巴は、前を歩く大きな背中を見る。
九鬼家従者部隊永久欠番零番にして、最強と呼ばれる男の彫像のような背中。
―――相馬巴の今までの人生のうち、真剣勝負での黒星二つ中の一つをつけた人間であった。
(あー……嫌なこと思い出してきた……)
百代とのじゃれあいなどとは違う、そして由紀江との茶番とも違う、本物の真剣勝負。
勝負は命を奪い合うものと言っておきながら、巴はその命を二回見逃されていた。
一人は、目の前にいるヒューム・ヘルシング。この男に叩きのめされて、巴は九鬼という就職先を手に入れた。
もう一人は、史文恭。龍眼と呼ばれる目を持つ、曹一族の武術師範であった。この女に負けたことで無くなるはずだった巴の命は、何故か永らえている。
この二名は巴にとって、父親ともまた違うある種のトラウマになっている。そして、勝てない勝負はしないという巴の……というより相馬家のポリシーを曲げた数少ない対戦相手たちであった。
(らしくないことすると、いつも負けるんだ)
この前の由紀江との決闘でもそうだった。気を貯めている相手の前で余裕ぶっこいて睡眠を取って、挙句一撃勝負で一本取られました、なんてシャレにもならない。集中している間に倒していいのであれば、間違いなく巴はそうしていた。
あくまで、設定された目的が達成されないからやらなかっただけなのだから。
ぼーっと大きな背中についていっていると、10分ほどしてようやく止まる。
「この中のことは他言無用だぞ」
「そんなとこに呼ばなきゃいいのに」
「フン、口が減らんな」
口角を上げながら、コンサートホールに備え付けられているような重厚な扉をヒュームが開ける。
その中は修練場だった。動きを確認するためであろう鏡などが配置され、かなりの人間が収容できそうな空間。
そして、その中にいたのは。
「だるー……ごくごく」
「ああっ、弁慶。これから訓練というのに川神水を飲むのはやめないか」
「あの男……闇を感じる。うちの義経とは対極だな。光と闇が交わる時、タナトスの誘いが世界を満たすという……」
「あっ、ど、どうも、初めましてっ」
一人は、ウェーブのかかった美しい黒髪と色香のある目つきが特徴的な、錫杖を持った豊かな肢体の女性。その女性が川神水……なぜかノンアルコールなのに場の雰囲気で酔える謎の飲料を飲むのを諫める、顔つきに幼さが残るものの精悍と言っていい表情で、髪をポニーテールにまとめて清涼な闘気を持つ女性が一人。あとクネクネしたポーズでよく分からないことを言っている脱色されたような髪色をした美形の男が一人。そして、長めの黒髪を黄色い花の髪留めでまとめた、物腰の柔らかそうな女性が一人。
全員川神学園の夏制服を着ているが、今まで校舎で一度も姿を見たことがない四人だった。
「……伯爵、どなたですかね、あの人たち。川神の制服着てますけど」
「義経。弁慶。与一。清楚。こっちにこい」
列挙された人名を聞いて、まるで義経と義経一党の名前だ、継盛や忠信はいないのだろうか、というか清楚って名前なのか、と巴は益体もない思考をしていた。
「相馬。こいつらはまだ赤子だが、見どころのある赤子だ。どっちからでもいいから自己紹介してみろ」
「んじゃ俺から。相馬巴です、よろしく」
にっこりと笑みを張り付けながら、巴はポニーテールの女性に握手を求めた。このどことなく子犬のような雰囲気の女性が四人のリーダー格であることを見抜いていたからである。
「源義経です。どうぞよろしくお頼み申し上げる」
「……?」
聞き間違ったかな、と巴は戸惑う。そんな男をよそに自己紹介は進んでいく。無邪気に握手を受け入れた義経は一人づつ手で示しながら名前を伝えていく。
「こっちが武蔵坊弁慶。こっちが那須与一だ。両方とも義経自慢の家臣だぞ。そして、そちらが葉桜清楚さんだ」
「ども。武蔵坊弁慶ですー……ごくごく」
「葉桜清楚ですっ。よろしくね、相馬君」
「……」
「こら与一。挨拶しないか」
「ダメだよ与一君。挨拶は大事なんだから」
「やなこった。この時代錯誤な恰好した兄さんが今日の稽古相手なんだろ。慣れあいは、死を招くぞ」
「わけわからないこと言ってないで挨拶しろ。源氏式バックブリーカー!」
「いでででで姐御やめっ、背骨が変な方向にまがががが」
抱えあげられたイケメンの体が音を立てておかしい方向にねじれていくのを、巴は目を丸くして見ていた。
ぐえっと鳴きながら地面に放り出された与一に巴が近づく。
「大丈夫かい?」
「……那須与一だ。よろしく頼む」
二人の男はわだかまりなく握手した。巴は特に三頭筋が発達した与一の腕を見て、弓使いみたいだ、さすが那須与一と観察していた。
「那須くん。まあ挨拶はした方がいいかもな。死は招かないし、損はしないぞ」
「ハッ。あんたこそ自分の名前を軽々しく言っていいのかよ。真名を取られたら、存在が危うくなるんだぞ」
「まな……ああ、真名か。大丈夫大丈夫。俺同級生に言霊使いいるから。胡散臭いやつじゃない本物の」
なぜか会話が弾んでいた。
「おお……与一がちゃんと初対面の人と話している! 義経は感動しているぞ弁慶!」
「いや、色々こじらせる前は話してたでしょ。相馬さんが合わせてくれてるだけだって」
「あ、あはは。弁慶ちゃん厳しいなあ。与一君はちょっとシャイなだけだよ」
失礼なことを言われている与一の手を引いて立たせてから、巴はヒュームに訊ねる。
「で、どういうことなんです? 伯爵」
コスプレ集団ですか、とはさすがに聞けなかった。金髪の執事は返答する。
「こいつらはな、名前の通り古代の英雄が現世に現れた姿だ。クローン、というのを知っているか」
「いや名前の通りと言われても……クローンって、遺伝子使ってどーたらこーたら、でしたっけ」
巴はSF小説で聞きかじった知識で相槌を打つ。葉桜清楚なんて英雄いたかなと考えてから……背筋に冷や汗が噴き出した。
「ってちょっと待った。つまり、遺伝学上は本物の源義経ってことですか?」
「そうなるな」
それは、まずいんじゃないだろうか、色々と。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけがないだろう。小さくない波乱が起こるだろうな」
「九鬼もとんでもないことするなあ……」
「まあ世界を変えるためのプロジェクトだ。波乱が起きてもらわなければ困る。お前にも貢献してもらうぞ」
貢献の意味を巴は記憶から探る。ヒュームが評価しているのは、黛由紀江を育成した手腕とのことだった。つまり稽古をつけろ、ということだ。
「また由紀江さんの時みたいにしろと?」
「出来るのか? 出来なくてもやらせるがな」
ククク、と喉を鳴らすヒュームから、待機している四人へ視線を戻す。そして、各人の戦闘能力を観察してから耳打ちする。
「……葉桜さん抜きの三人までなら、なんとか」
「ほう、やはりお前は目が良いな」
金髪執事は得心がいったという感じで頷いた。視線が集まった清楚はうろたえる。
「え、ええっ、わ、私ですかっ」
「いや、この中で一番強いの貴方でしょ」
「そういうわけだ。いったん抜けていろ、清楚」
元々連携などの観点から別にやるつもりだった、という意向を聞かされた清楚はゆっくりと壁際に移動する。
「まあ、私はいいですけど……この中で一番強いなんてあり得ないのに、なんか複雑。じゃあ義経ちゃん、弁慶ちゃん、与一君。頑張ってね」
まるで鳥のように軽やかなステップで離れていく清楚な姿を見て、巴の冷や汗が引いていった。
(……怖いな、あの人)
相馬巴の眼力は、葉桜清楚の中に眠る圧倒的な暴力を見抜いていた。流石にあれを相手するとなると骨だと思いつつ、今度は視点を三人に向けた。
「んじゃ改めまして。稽古相手……でいいのかな。を務める、相馬巴だ」
初めは、にこやかに。この時点で那須与一は距離を大きく空けていた。
「……殺さないようにやるけど、死んだらごめんな」
そして、殺気をぶつける。義経と弁慶が臨戦態勢に入り、与一は既に矢をつがえていた。
川神水の入った盃を取り落とし、錫杖を思わず構え"させられた"弁慶が、ヒュームに非難の目を向ける。
「ヒュームさん、ちょーっとこの人強すぎない?」
「三人なら丁度いい相手だ、精進しろ。おい相馬、軽い怪我までは良いが、後遺症は残させるなよ。言う必要はないだろうが、殺すなんてもってのほかだ」
「了解」
厳しい条件だ、と思いながらゆったりとした動作で巴は二刀、月鏡と極楽蝶を抜く。
(とは言っても方針なんてないんだよな……速攻で倒していいのかな)
頭の中で何個か1対3のプランを構築していく。こういう時の切り替えは早い男だった。
ヒュームが瞬間移動したようなスピードで、源氏一党と巴の中間に陣取る。
「……始めっ!」
そして、組手開始の令を発した。
(最優先攻撃目標は、那須与一だな)
ただでさえ1対多。しかも乱戦ではなく対チーム。だだっ広い場所で分断も出来ない。
ならば、シンプルに数を減らす。
じゃあどこから減らすか。当然、遠距離火力を持つ者からだ。
巴は自分の能力を過信はしていない。
接近戦で脳のリソースを奪われればいずれ遠距離から撃ち抜かれるし、遠距離を意識し過ぎれば接近戦が疎かになる、場合がある。そんなことはないとは断言できない。少しでも確実に、そして楽に。
それにこれは観察だけだが、那須与一はやる気がない。やれと言われた以上はやるが、それだけ。モチベーションがない。だったら、狙う。
―――しかし、近づけない。
「はあああああっ!」
「っせい!」
「……ちいっ」
義経の気を込めた振り下ろしの一撃……逆落とし。その隙を埋めるような、弁慶の錫杖攻撃。
「俺の弓は、闇をも落とす」
そして二人を振り払うと同時に襲い掛かる、那須与一の正確無比で強力な射撃。それを弾く間に、また義経弁慶のコンビが攻めてきて、与一は位置を変える。あまりにも単純で、強力な連携。
「義経一党を名乗るだけあって、さすがのコンビネーションだな……っ!」
「名乗ってるだけじゃないよ! そらっ!」
弁慶の、パワーとスピードが同居した一撃が巴の胴体を襲う。刀で受け流すことも出来ないと判断し、巴は弁慶側に一歩を詰める。錫杖の手元に近づくことで威力を抑えようとしたのだ。
「主っ!」
「……ふっ!」
「随分と甘いんじゃないか? 武士の兄ちゃんよお!」
その無理な間合いの消し方を義経の刀が咎め、与一の矢が撃ち抜く。
「っだらあ!」
三位一体の攻撃全てを、巴は打ち払う。巴、義経、弁慶の三者は距離を取った。
「うわお、豪快だねえ」
「このお兄さん、手練だな。弁慶、与一」
「けっ。二発も弾かれて、弓兵の誇りが無くなりそうだよ」
ぼやきながらも、与一は次なる矢を構える。
「いやあ、こいつはちょっとまずいねえ……」
巴は笑みを浮かべる。内心の余裕のなさを隠すための笑みだった。こういうハッタリも大事であることを、豊富な実戦経験から男は理解していた。
……殺していいなら、いつでも勝てるんだが。
そこまで行かなくても、やりようはいくらでもある。動脈を切ったり、直接手や腕を落としたり。
義経の実力は、決闘前の由紀江以上、後の由紀江未満。弁慶はそれに準じる程度。腕力がある分今はこちらの方が厄介。だがどちらも、部位破壊する程度ならいつでも出来る。
しかし、後遺症なしと条件を付けられれば。求められるのは完全攻略。
「どうしたの? 動かないなら、こっちから行くよっ!」
弁慶が巴に向けて突進する。その後ろにピタリとついて義経が力を溜めていた。二人の攻撃を捌いた途端、与一の弓が鳴る。
接近と、激突と、離脱を繰り返す。あえて攻めのパターンを変えず、巴は耐久戦術を取った。もちろん、1対多では愚策なはずなのだが……
かれこれ一時間が経過したころ、審判役であるヒュームが獰猛な笑みを浮かべながら巴に話しかける。
「ククク。どうした相馬。新月とかいう技を出してもいいんだぞ」
狙いはそれか、と巴は内心毒づく。
巴はあの技をヒュームに見せる気がもうない。もし戦うのなら見せる前に降参する。由紀江に見せたのもあれはただの検証みたいなものだったし……そもそもの問題点があった。
「ダメですね! あの技"今は使えない"んですよ!」
「ほう。常に実を取る貴様が、再現性のない技を開発するとは思えんがな」
「そこは心境の変化ってやつでね!」
そう、新月には発動条件があった。それも、とびっきりのジョークみたいなふざけたもの。新月という名前も彼なりの諧謔である。
「フン、では切り抜けて見せろ。三人も気合を入れろ! 3対1で何を手間取ってる!」
ヒュームが檄を飛ばすも、三人の反応は巴と違って鈍い。
「そんなことを、言われてもっ……!」
「相馬さん、ほんとにお強い……!」
「俺も、集中力が落ちてきたぜ……」
決め手を欠いて埒の開かなさに歯痒い思いをしているのは源氏トリオも同様だった。何せ、全ての攻撃をいなされ、躱され、出鼻をくじかれ、対処されていたからである。一人で戦っている巴よりチームで戦っている方が何故か疲労しているという稀有な状況に陥っていた。
だがそれも必然である。なぜなら、結局のところ三人がかりでしか巴を抑えられないのだ。誰かが少しでも休めば真っ先に与一を倒され、結果どんどん不利になっていく。
お互い決定打がないのなら、相手を攻め疲れさせればいい。巴が攻めよりは受けに自信があるからこその戦法だった。ここに葉桜清楚が混じっていればこうは行かなかっただろうと巴は思考する。
術中にハマってしまったと感じた三人は慌てずに一度距離を取って固まり、作戦を話し合う。それを一人戦う男は眺めていた。正直言えば攻めたかったが、ヒュームに視線で制されていた。
「……うん、それしかないようだ」
「じゃあ、そういうことで……ごめんね主。捨て石みたいにしてしまって」
「いいんだ弁慶。義経の技は未完成だしな。よーし、行くぞ与一! 絶対勝つんだ!」
「正直気は乗らねえが……頼むぜ姉御」
「もーいーかい?」
巴が話しかけると、一党はフォーメーションを組む。
義経が最前衛、そして与一が中衛、弁慶が後衛。この陣形の意味を巴は瞬時に看破する。
(あからさまだ……弁慶が鍵だね)
「もういいですか? ヒュームさん」
「ああ、好きにやれ」
「制約の多い戦いはあまり好きじゃないんですけどねえ」
だったら、弁慶を叩こう。一瞬で決断した巴は半分ほどの間合いを詰める。
だが、前進がそこで止められる。那須与一が全身全霊で足止めのための矢を放ち続けていた。
「おっと、ここから先は冥府の門だ。死ぬ覚悟があるなら通るがいい」
「通らなくても死ぬのなら、押し通るのみだ……!」
「義経も忘れてもらっては困るぞっ!」
足が止められている巴に義経が攻めかかる。こちらも、後先考えない無茶な攻めだった。
あれだけ息の合っていた三人が一人を欠いてまでこんな無謀をする理由を、巴は後ろにいる弁慶を見て確信する。とんでもない量の気が高まりつつあった。
「狙い通り行かせるかよ!」
巴が与一についに接近し、腹部に刀の柄を当ててくの字になった体を回し蹴りで吹き飛ばす。
「ぐっ、があっ……」
「与一っ! ……うわあっ!」
疲労と動揺で集中が乱れた義経も、月鏡の峰で訓練場の壁に叩きつけられた。二人が犠牲となっての僅かな足止め。
「……間に合わないか」
「入ったな……後は頼むぞ、べんけ、い……」
だが、それで十分。戦闘中も気だるげにしていた弁慶が、意を決した表情で目を見開く。
「いくぞ……これぞ我が主に捧ぐ技――――」
――――金剛纏身。
これこそは、武蔵坊弁慶を象徴する技。衣川の決戦にて、仁王立ちで串刺しになりながらも敵を足止めし続けた伝承を体現した、いわば在り方そのものを具現化する奥義。
この技は、相手が強ければ強いほど、そして状況が絶望的であればあるほど弁慶の能力を向上させる。加えて、今は主である義経や与一のダメージまでも自分のものとして爆発的に気を膨れ上がらせていた。
精神統一を終えた弁慶が奥義の名を口にしようとした、その瞬間。
「金剛纏――――」
あ、まずい。素直に巴はそう思った。なぜなら、気付いたら自分の体がもう弁慶の目の前にあったからであり、全身の細胞が殺せと命じていたからである。
「し――――」
反射的に飛び出した巴の白刃が、明確に敵と認識してしまった弁慶の喉元に迫る。明らかな殺意の籠った一撃。ヒュームが止めに入ろうとする。弁慶は死を悟った。
(あ、これ、私死……)
(チイッ! 間に合わん……!)
(と、止まれ俺っ!)
巴は、弁慶の首に刃が食い込む寸前でなんとか手首から力を抜くことに成功する。それから体を回転し攻撃を失敗させようとして……
「相馬くん、ダメぇっ!」
「へぶぅっ!?」
乱入した葉桜清楚に、見事に吹っ飛ばされた。
何とも間抜けな決着だったが、結果勝者なし。幸いにして死亡者も無し。源氏方は全員擦り傷と打撲程度で済んでいたが、巴は意識外からの攻撃への咄嗟のガードで肋骨一本と右前腕の骨を一本折っていた。まさに骨折り損な結果だったと言えよう。
九鬼の医療施設に担架で運ばれた巴はレントゲン検査を終えて、腕を添え木付きで固定されてベッドに腰かけていた。責任を感じたのか、ヒュームと清楚が連れ添っている。
「いやー、写真見たけど綺麗に折れてましたね。ねえヒューム伯爵?」
「フン、軟弱な骨をしているな」
「俺が悪いんですかねえ!?」
「あの程度の三人を圧倒出来ない貴様が悪い」
ごちゃごちゃ制約つけてきたのはあんただろ、なんで1対3でこっちの方が縛られてんだよと巴は悪態をついてやりたかった。
「へえへえ、俺が悪いですよ俺が……」
「ご、ごめんね相馬君。体が勝手に動いちゃって」
申し訳なさそうにする清楚を、巴は慰める。女に弱い男だった。
「いやいや、良いんだよ葉桜さん。多分あのままだと武蔵坊さん殺してたし。むしろ止めてくれてありがとう」
「こ、殺すってそんな」
「なかなか血生臭いことして生きてきたもんでね。習慣ってのは抜けないものなのさ」
へらへらと笑いながら言う巴に、清楚は薄寒いものを感じつつも気遣わしげな視線を贈る。
まあ、ぶっちゃけてしまえば、巴はあそこで弁慶を殺していても後悔はしていない。だって自分は生きているのだから。
たまたま両方生きてたから、よかったね。巴にとってはその程度のことだった。
思考が危険な方向に行っていたので、巴は話題を転換する。
「でも、やっぱり葉桜さんが一番強そうだね。近付いてたの気付かなかったよ」
「いやいやいや。私は武将とかじゃなくて、もっと清少納言とか、紫式部とかのクローンだよ……多分」
本当かな、と巴は思いつつ疑問に思ったことを口にする。
「多分、ということは葉桜さんは源さんみたいに自分が何のクローンとは知らない感じなの?」
「うん。マープル……私たちの生みの親みたいな人が、私には25になってから教えてあげる、って」
「へえー。でも俺は凄く強い人だと思うけどなあ」
「やっぱりそうなのかなあ……」
うーん、と清楚が難しい顔をし始めたところで部屋に入ってきた源氏の三人を、巴とヒュームは体よく清楚と共に追い出した。
ただ一人、弁慶だけは巴の耳元でこう囁いた。
「……今度やる時は、誰も殺させないように強くなっておくから」
義経が怪訝そうな視線を向ける。
「? どうかしたのか弁慶?」
「なーんでもないよ主ー。ごくごく……ぷはぁー! 川神水サイコー! 主ー。頭なーでーてー」
「もう、弁慶は甘えん坊だな」
「ふふ。義経ちゃんと弁慶ちゃんは仲良しだね」
「姐御たちのあれは仲良しというのか?」
静かな決意を秘めつつ、弁慶は仲間と共に廊下を進んでいった。
怪我した巴を送る、送迎車の車中。巴とヒュームは向かい合って話していた。固定されて肩に吊られた右腕を見て、ヒュームが喉を鳴らして笑う。
「未熟だな、相馬」
「うるさいな、手加減出来る次元じゃなかったんですよ。流石にあれは」
「金剛纏身か。俺もあそこまでの出力は初めて見た。やはり弁慶は誰かを守る戦いで力を発揮するようだな」
「そうみたいですね。まあ強くなるために理由があるならいいんじゃないですか?」
「ククク。お前にはあるのか? 強くなる理由が」
老執事の見透かしたような目。その視線は巴の腰に差さった極楽蝶……もとは、相馬遙の佩刀だったものに注がれていた。
「まあ、それなりにね」
「その二刀流は、父親の追悼のつもりか?」
「え? これですか? いや、全然違いますよ」
巴はあっさりと言ってのける。
「この二刀流は……まあ、言ってしまえば検証みたいなものでして」
「検証だと?」
「ええ。まあここから先は流派の秘密、ということで」
巴は気で右腕をコーティングして無理やり動かし、人差し指を口に当てた。
「新月とやらも検証の一環というわけだな。強さの探求を怠っていないのなら、それでいい」
「さあ、それはどうでしょう」
「ククク……」
「ふふふ……」
男二人は楽し気に笑っていた。
翌月曜日。
「相馬、その腕はどうした」
「折った」
「何かあったのか」
「梯子から落ちた」
「そうか」
理由を聞いて満足したのか、京極彦一はすぐに自分の席に戻っていった。
と思うと、最上旭の机から丸めたノートの切れ端が飛んでくる。それを広げると、
『女に折られました、と言えばいいじゃない』
と書かれていた。
巴は旭にだけは日曜日の話をしていた。嘘が通用しないというのも理由だったが、旭にだけは真実を伝えておこうと思ったからである。
クローンの話を聞くと、なぜか上機嫌になっていたのが巴には印象的だった。
そして昼休み。
「学食行こうか、旭さん」
「ええ、行きましょうか。これ4限までのノート」
利き腕を怪我した巴の代わりに取っていたルーズリーフが手渡される。それをしまうと、左手で旭をエスコートしようとした。
そこで、勢いよく扉が開く。こんな扉の開け方をするのは、巴の交友関係の中でただ一人。武神川神百代である。
「相馬! いるか!?」
どことなく既視感のある光景だった。巴は頭を抱えた。右手の中指を立てようとして、そのために気でわざわざ腕を覆うのもめんどくさかったので止めた。
すると、後ろにもう一人気配があることに気付く。黛由紀江だった。手には刀を入れる袋と直方体のものを入れた風呂敷を持っていた。
「おい相馬、お前今日学食か?」
「……そのつもりだけど」
「じゃあちょうどよかった。ほらまゆまゆ。ゴーだ」
「はぁうっ」
百代に背中を押されて、由紀江が教室に放り込まれる。
「どうしたのかな、由紀江さん」
「あ、あのあのあのですね」
顔を真っ赤にした由紀江は手に持った風呂敷を巴に差し出した。
「お弁当作ってきたので、是非ご賞味くださいっ!」
おお、と教室から歓声が上がる。巴は吊られた腕を見せながら返答する。
「いや、俺腕こんなんだからパンで済ませようと思ってたんだけ……ごはっ」
百代の拳が骨折していない方の肋骨に突き刺さっていた。巴はさすがにキレた。
「何しやがる!」
「お前さ、真剣いい加減にしろよ」
「そうね。私でも今のはどうかと思うわ、巴」
旭にも追い打ちされて、巴は口ごもる。そこに由紀江が畳みかけた。
「あ、あの、先輩の腕がご自由でないなら……その、私が食べさせます!」
おおおおおっ! と教室からさらなる歓声が上がる。ノリのいいクラスメイト達に、巴は辟易した。
「ど、どうなってんだ、一体……」
新学期に入って、身の回りで事件が起きすぎていた。巴の体から思わず気が抜ける。
「……ふふ。明日は私もお弁当作ろうかしら」
旭は旭で、悪巧みをするときの顔をしていた。