艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

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 序盤はエースコンバット04のISAFによるコンベース港攻撃(「無敵艦隊封殺」)をタナガー側の視点から描いております。
 
 艦娘達は終盤に登場します。

注:2024年4月21日、第一話の中身を加筆修正しました。少しボリュームアップしています。


第一話 コンベース

 その日の港の空は、低く立ち込める雲に覆われていた。

 どこか不穏さすら漂わせる曇り空。

 見上げたところで、誰も気持ちの良さを感じさせるものは無かった。

 

 その曇り空に覆われる港、コンベース港からはそこかしこからどす黒い煙が立ち上がり、その下では真っ赤な炎が港湾施設、停泊する艦船を焼いていた。

 港に停泊する軍艦へ多数の戦闘機が群がり、抜錨出来ず動けない艦艇へ情け容赦のない空爆が繰り返されていた。

 港内の対空砲、地対空ミサイルが対空砲火を撃ち上げ、近くの航空基地から駆け付けた防空戦闘機が動けない艦艇を袋叩きにする戦闘機に襲い掛かるが、爆撃による被害が絶える事は無かった。

「巡洋艦『ラズーリ』との通信途絶!」

「駆逐艦『チアシ』にミサイル二発命中、退艦命令が発令されました!」

「巡洋艦『コルガ』大破、航行不能!」

「潜水艦隊のドックにも着弾。損害不明」

 爆撃で成す術もなく破壊されていく味方艦の被害が、エルジア海軍の戦艦「タナガー」のCICに続々と上げられてくる。

 悲鳴と怒号が飛び交う港から既に出港済みだった「タナガー」は、空母「ジオフォン」、イージス艦「レイヴン」、巡洋艦「フェンリス」、駆逐艦「ハーン」「タイチ」と共にコンベース港からの離脱を図っていた。

「くそ、味方機は何をやっているんだ! ISAFの奴らに良い様にやられっぱなしじゃないか」

「ダメです、巡洋艦『ベルガ』の被害甚大。艦長代理は総員退艦を発令しました」

「『ジオフォン』の戦闘機はまだ上がれないのか⁉」

「発艦作業中です。ですが、防空任務にすぐに出せる機体の準備が間に合いません」

 完全にエルジア軍の対応は後手に回ってばかりだった。

 艦隊司令官は受話器を手に港長と被害状況の把握に努めていたが、もはや艦隊が、エルジア海軍の誇る無敵艦隊とまで謳われた《エイギル艦隊》の構成艦艇の大半が黒煙を上げながら壊滅しているのは誰の目にも明らかだった。

「タナガー」の艦長、マティアス・トーレス大佐は既に全艦に対空戦闘部署を発令し、「タナガー」の乗員に間もなくこちらにも来るであろうISAFの戦闘機からの航空攻撃に備えさせていた。

 

「左舷より敵機多数急速接近中!」

 対空レーダーを見るCIC要員の緊張した声に続き、艦隊防空の要の「レイヴン」がVLSから対空ミサイルを次々に撃ち上げた。

 僚艦「フェンリス」「ハーン」「タイチ」からも対空ミサイルが撃ち上げられる一方、「ジオフォン」からはチャフが発射され、電波攪乱のアルミ箔がばら撒かれる。

 

(拙い!)

 

 そう思う「意識」が「タナガー」自体にあった。

 

「ジオフォン」はまだ艦載機の発艦作業中だ。「タナガー」の「意識」いや「船魂」は弾薬を積んだ戦闘機が多数並ぶ「ジオフォン」が危険な状態であることに危機感を抱いていた。

 今甲板にミサイル、爆弾の一発でも当たれば燃料と弾薬を満載した戦闘機が誘爆して「ジオフォン」は手が付けられない程の被害を受けるだろう。

 

(甲板の弾薬は放棄して、戦闘機だけでも)

 

 そう願う「タナガー」の船魂だったが、「レイヴン」ら四隻の迎撃を掻い潜った対艦ミサイルが「ジオフォン」へと迫る。

 左舷に指向可能なCIWSと個艦防御対空ミサイルがミサイルを迎え撃つ。

 手を貸せるなら貸したい。だが「タナガー」の対空兵装はCIWSが四基だけ。「ジオフォン」の防空に手を貸す事が出来る様な得物ではない。

 自分は敵の水上艦艇と戦うために作られた戦艦。一六インチ三連装主砲三基、五インチ連装副砲六基、それに近代化改修時にCIWSと共に装備された対艦ミサイルランチャーと対地巡航ミサイルランチャー。

 これが「タナガー」の全兵装だ。この火力と強固な装甲纏って敵の軍艦と戦う事を想定して建造された。

 対空兵装が貧弱なところは随伴艦艇が補う事でカバーできる。

 その程度の対空兵装しかない「タナガー」には「ジオフォン」を成す術もなく見守る事しか出来なかった。

 

 CIWSの弾幕、対空ミサイル、チャフで敵機の撃ったミサイルが次々に落ちていくが、防ぎきれなかった一発が「ジオフォン」に突き刺さる。

 紅蓮の炎が艦橋部から吹き上がり、爆砕されたレーダーマストや艦橋だったものの破片、ガラス片を周囲に撒き散らし、爆風で甲板上の戦闘機数機を破壊し、デッキクルーを薙ぎ払う。

 別の方角からまた轟音が鳴り響く。

「駆逐艦『ハーン』に対艦ミサイル命中! 轟沈します!」

 巨大だが、己の身を護る武器が少ないが故にか弱い「ジオフォン」を護ろうと奮戦していた駆逐艦が、対艦ミサイルを食らい、真っ二つに折れ、黒煙を濛々と上げながら沈んでいくのを「タナガー」の船魂はどうする事も出来ないまま見つめた。

 駆逐艦「ハーン」……。自分の艦長、トーレス大佐が昔砲術長として乗り込んでいた駆逐艦。

 昔大陸中で起きた紛争に「ハーン」の砲術長として艦長は乗り込んでおり、時化、それも酷い荒波の中三〇キロ先にいた敵艦に二発に一発と言う驚異的な精度で砲弾を命中させ、砲術の大家としての実力を見せた。

 艦長としてある意味思い入れのあった駆逐艦だ。

 CICで紅蓮の炎と黒煙に包まれながら急速に波間に消えていく「ハーン」の姿を映すスクリーンを、トーレス艦長は押し殺した表情で見つめている。

 悔しさと悲しさを滲ませるその姿に、「タナガー」の船魂は痛まれない気持ちになった。

 

 港をあらかた爆撃して破壊の限りを尽くしたISAF機は補給を済ませると再び舞い戻り、残る五隻の艦隊に群がった。

 手負いの「ジオフォン」の甲板に着弾の閃光が走り、直後周囲に凄まじい轟音を広げた。発艦待ちの機体の燃料、弾薬が一斉に誘爆したのだ。のた打ち回る航空燃料給油ホースから燃料が四方八方へ溢れ出て、火災の手を広大な飛行甲板上にさらに広げていく。

 燃える松明とかす「ジオフォン」へ、更にミサイルと爆弾が叩きつけられる。充分に手負いな草食動物を快楽目的に群れで襲い掛かり、なぶり殺しにして、その日の自分達の食事とする猛獣の様に、ISAF機は己の戦果を、大型艦を沈めたと言う大手柄を立てるべく、激しい攻撃の手を加える。

「レイヴン」と「フェンリス」「タイチ」のCIWS、主砲が弾幕を張るが、一機の戦闘機がそれをやすやすと掻い潜って、翼下に抱いていた兵器を投下する。

「フェンリス」の艦橋が吹き飛び、ミサイルが直撃した「タイチ」の艦首が引き千切られる。

 瞬く間に二隻を破壊した戦闘機は、防空艦「レイヴン」へと迫る。

 対空火器を撃ち散らして接近を阻もうとする「レイヴン」の奮戦を無視する勢いで戦闘機からミサイルが発射され、「レイヴン」の後部上部構造物が砕かれた。

 一瞬で三隻を破壊した戦闘機は、機首をこちらに向けて攻撃態勢に入る。

 

(来る!)

 

 

「タナガー」の船魂が戦闘機を見据える。尾翼にリボンのマークを付け、機首に「118」の番号を書き込んでいる戦闘機がミサイルを発射した。

「対空戦闘、CIWS攻撃始め」

 迫りくるミサイルと戦闘機目がけて、CICで戦術士官が叫ぶ。「タナガー」はCIWSで弾幕を張り、チャフを打って回避かかる。

 自らの奮闘すらあざ笑うかの様にミサイルが「タナガー」に突き刺さる。

 

 直撃を受けたタナガーが苦しみに満ちた思いを感じる。

 致命傷ではないが無視できる損害でもないようだ。

 

 CICに被害報告が上げられる中、トーレス艦長のダメージコントロール指示が飛ぶ。右舷で発生した火災は直ちに治められるが、右舷側のCIWSの一基が大破していた。

 

(拙い……)

 

「タナガー」の船魂は焦りを覚えた。右舷側のCIWSが一基破壊された事で右舷側の防空能力が低下していた。

「弾幕を張れ! 近付かせるな!」

 砲術長が叫ぶ中、答える様に残り三基のCIWSが吼える。

 自身に迫る対艦ミサイルを三発撃破した「タナガー」だったが、またしても「118」の番号を書き込んだ戦闘機が襲い掛かって来る。

 

(やらせるか!)

 

 タナガーがCIWSを振り向け、攻撃タイミングを邪魔しにかかる。「118」の番号の書かれた戦闘機は、しかし彼女の対空砲火に臆した様子もなく翼下に抱えている爆弾の投下態勢に入る。

 

(あの戦闘機のパイロット、死ぬのが怖くないの⁉)

 

 濃密な弾幕を掻い潜って迫る「118」の番号の戦闘機に驚愕するタナガーの見る中で、投下された爆弾が第二主砲の付け根に着弾する。

 

(いけない!)

 

 同じ事を思ったトーレス艦長が即座に「第二主砲弾薬庫注水!」を命じる。第二主砲の弾薬庫の直ぐ傍に爆弾が着弾していた。第二主砲は使い物にならなくなるが、弾薬庫誘爆で三〇〇〇人余りの乗員諸共花火の様に吹き飛ぶよりはマシだ。

 砲術長が悔しそうな顔を浮かべる中、応急長と第二主砲の砲台長の手で弾薬庫に注水処置がとられる。火災消火も行われ、負傷した乗員の手当ての為に衛生兵が艦内を駆ける。

 今の所、トーレス艦長の適切かつ的確なダメージコントロール指示と負傷者対応指示で死傷者はそれほど多くない。

 まだ私はやれる。「タナガー」の船魂は空を見据えて自分を立て直す。

 CIWSが射撃の轟音を立てて、迂闊に近寄り過ぎた戦闘機一機を撃墜する。

 

《オメガ11、イジェクト!》

 

 混線する無線の後、撃墜した戦闘機からパイロットがベイルアウトする。

 パイロットが脱出した後爆散する機体の爆炎を突き破って「118」の番号が書かれた戦闘機が再び「タナガー」へと迫る。

「敵機一機本艦に真っすぐ近づく!」

 レーダー士が上ずった声を上げる中、CIWSが接近する戦闘機に弾幕を向ける。

 もう僚艦で動ける艦は殆どいない。「レイヴン」も「タイチ」も「フェンリス」も黒煙を上げながら波間に消えて行く。三隻から退艦した乗員が海に浮かんで救助を求めていた。退艦した乗員たち全員が移乗できる救命ボートも筏も無く、負傷していようが、乗艦の沈没に呑まれまいと脱出した乗員達が傷口から血を流しながら必死に泳いでいる。

 猛炎に包まれる「ジオフォン」は大きく左舷側に傾斜し、飛行甲板で燃えていない所に乗員が必死の形相でしがみついている。傾斜がきつくなるにつれ、一人、また一人と悲鳴を上げながら乗員が急な坂と化かした飛行甲板を滑り落ちて行き、運の悪い者は飛行甲板を未だ席巻する火災の炎に突っ込んでしまう。

 

 助けてあげたい。その思いが「タナガー」の船魂の中に芽生えていた。だが、今その余裕は彼女にはない。

(落ちろ!)

「タナガー」の船魂が叫ぶ。CIWSの一撃が「118」の番号の戦闘機の翼端を僅かに掠め、機体姿勢を崩す。

 だが、撃墜には至らない。翼端に軽微なダメージを受けながら、「118」の番号の戦闘機は再び翼下の爆弾を投下する。

 巨艦の艦上に直撃と爆発の閃光、爆炎が走り。何かが破壊されるけたたましい音が鳴り響く。

 

(痛い!)

 

 

 タナガーは悟った。かなり手痛いダメージを負った事を。

 彼女の思う通り艦中央部に直撃した爆弾は巡航ミサイルランチャーと対艦ミサイルランチャーを破壊していた。それだけでなく重装甲に包まれている主砲塔と違いほぼ無防備なミサイルランチャー内のミサイル群の誘爆までもを引き起こしていた。

「艦中央部にて火災発生!」

「消火作業急げ!」

「CIWS三番、四番沈黙!」

「対空、対水上レーダー全損! 三次元レーダーも使用不能!」

「TACAN(戦術航法装置)も機能していません!」

「艦橋応答せよ。艦橋応答せよ……艦橋出ません、やられたようです」

「生き残っているCIWSの残弾僅かです、艦長」

 焦り面で被害と状況を報告して来る副長のディルク・タルナート中佐にトーレス艦長は無言で頷く。

 ミサイル群の誘爆で「タナガー」は大きな被害を受けていた。艦上で吹き荒れる火災は副砲や生き残っている一番CIWSまで呑み込みつつある。

 自身の身体に走る痛みを堪えながら「タナガー」の船魂は自身に手痛い一撃を与えた戦闘機を見上げた。

 自分の艦体から上がる黒煙越しに、その尾翼にリボンの様な「メビウスの輪」のマークが見えた。

(おのれ……)

 その時、再び走る艦上での爆発に「タナガー」の船魂は我に返る。港をあらかた破壊して回った他のISAFの戦闘機が残っている爆装を手負いの戦艦に落とし始めていた。

 レーダーを破壊され、生き残っているCIWSも残弾僅か。艦橋も応答しない辺り火災か爆撃時に破壊されて全滅かも知れない。

「応急長、操舵を応急操舵に切り替え。取舵一杯、機関長、出せるだけの出力を出してくれ。最悪の時に備える」

 

 最悪の時、ってどういうことですか⁉ 「タナガー」の船魂はトーレス艦長に問いかける。しかし彼女の叫ぶような問いかけにトーレス艦長が答える事は無い。

 

 艦橋が破壊された為、舵を取れない「タナガー」の操舵機能が応急操舵室に切り替えられ、舵を浜辺へと切ったボロボロの戦艦は出せる限りの機関出力を振り絞って前進する。

 全長二七〇メートルの巨艦が黒煙を上げながら走る中、ISAFの戦闘機たち、「メビウスの輪」のマークが尾翼にかかれた「118」の戦闘機も、が続々と群がり、抵抗する術を殆ど失っている一隻の戦艦に爆弾とミサイルを叩き付ける。

 それはもはや鳥葬の儀式の光景にすら見える、一方的な破壊だった。

 CICに入る被害報告が一気に増え、負傷者の悲鳴が艦体の上げる悲鳴と共に聞こえて来る。

 必死に防戦していた最後のCIWSが弾切れで機能を停止し、チャフ発射機も装填されていたチャフ弾を撃ち尽くす。

 それでもISAFの戦闘機達は「タナガー」への攻撃の手を緩めなかった。ついばむ肉はまだあると、鳥たちは群がり続ける。

 応急操舵に切り替えながら、彼女は回避運動を取ってミサイルは無理でも爆弾は必死に回避にかかる。

 また「メビウスの輪」が尾翼にかかれた「118」の番号の鳥が爆弾を投じ、「タナガー」に直撃する。何故か「メビウスの輪」が書かれた「118」の番号の鳥の爆撃だけはよく当たった。

 その「メビウスの輪」が尾翼にかかれた「118」の番号の戦闘機の投じた爆弾は、不幸にも「タナガー」の煙突から機関部へと飛び込んで爆発した。

 

 身体に走る凄まじい苦痛に「タナガー」の船魂は絶叫を上げ、身悶えする。

 

(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!)

 

 悲鳴を上げる彼女の船魂に同じ苦痛を訴える負傷した乗員達の悲鳴がガンガンと響き渡る。

「第一機関室に爆弾が飛び込みました! 第一機関室大破! 負傷者多数!」

「衛生長からこれ以上の負傷者受け入れは困難との事。艦長!」

 ダース単位で増大する負傷者の数に衛生長も対応が追い付かなくなっていた。それだけではなく、「タナガー」の傷自体も深手だ。

 煙突から煙路を通って着弾した爆弾で第一機関室のボイラーが爆発し、彼女の重厚なバイタルパートにまでダメージを与えていた。

 ボイラーが大破した事で発揮できる速力も目に見えて落ちている。

 艦隊司令官の顔を窺いながらトーレス艦長はタルナートに尋ねた。

「……副長。本艦は浜辺まで持ちそうか? 何とか座礁させて、今生きている乗員だけでも救いたい」

「生き残っている機関部の保全に全力を上げれば……」

「頼む」

「無理か、艦長」

 残念そうに尋ねて来る艦隊司令官にトーレス艦長は頷く。

「機関部の一つがやられた本艦の機動性は大きく落ちました。CIWSも全基使用不能。チャフも打ち尽くしました。もう本艦に敵に対応する力はありません。

 敵が水上艦隊を出して残敵掃討に出て来た時は、一暴れ出来るかも知れませんが、その時は刺し違える覚悟になります。小官としてこれ以上クルーを失う訳には……」

「そうだな……『タナガー』はよく頑張った。いや《エイギル艦隊》全艦が皆、不利な状況下でよくここまで頑張った。

 ISAFとて無傷ではない。空軍の連中の奮戦も含めれば、それなりに被害を与えただろうな」

 そう語る艦隊司令官の言葉にトーレス艦長は溜息を交えながら頷いた。

 

 ISAFの戦闘機の爆撃が終わった時、戦艦「タナガー」はもはや浮かんでいるのが不思議な有様になっていた。

 艦上は黒煙に包まれ、無数に投下された爆弾やミサイルによって艦体はズタボロにされ、副砲やCIWS、レーダー、測距儀、火器管制装置など様々な構造物がぐしゃぐしゃに潰され、破壊されていた。

 甲板上の火災は止む気配がない。第一機関室とボイラーで発生した火災は隣の機関室やボイラーをも侵し始め、浸水も始まっていた。艦内の艦底部では乗員達が海水にびしょぬれになりながら、毛布や角材を抱えて腰まで海水に浸かりながら、浸水個所の対応に当たる。

 

 痛い、苦しい、と「タナガー」は訴えた。同時に悔しいと込み上げて来る、ぶつけようのない無念を抱いていた。

 艦上で横になる大勢の彼女の乗員の負傷者達を見て、タナガーは(ごめんなさい)とだけしか言えなかった。

 爆発に巻き込まれて四肢の何れかを吹き飛ばされ、止血帯と包帯で応急処置しただけの者、火災に呑まれ火傷で全身包帯塗れの者、破片に身体を切り裂かれ、皮一枚でつながっている四肢や指を呆然と見つめている者、水を求める者、母親の名を、愛する人の名を、家族の名を口にし、何人かはやがてそのか細い声を永遠に途絶えさせ、物言わぬ骸となる。

 血の海と化す医務室、臨時の医務室となる士官食堂、通路に溢れる負傷者たちの呻く声、泣きじゃくる声、虫の息、衛生長と衛生兵の怒号と、意識を失おうとする者に戦友が「生きろ」と叱咤する声が、複雑に入り混じる。

 

(ごめんなさい……)

 

 だがトーレス艦長と同様、「タナガー」の船魂の詫びる言葉は、彼女と同じように深く傷つき倒れていく乗員達には届かない。

 

 艦橋が破壊された時、航海長が戦死した為航海科士官の最上級士官がボロボロの「タナガー」を動かしていた。

 よたよたと近くの浜辺へと向かう「タナガー」のCICでトーレス艦長は生きている艦内電話を取ると、応急操舵室につないだ。

「大尉。操艦を俺にくれ」

(は、艦長操艦。お任せします)

 また爆発音が轟く。爆撃ではない。「タナガー」の副砲弾薬庫の一つが誘爆を起こしていた。

 注水消火完了前に誘爆を起こしてしまったが、トーレス艦長の指示で退避済みだった為乗員に被害は無かった。

 しかし副砲弾薬庫の誘爆で浸水が更に進み、隔壁閉鎖だけではもう持たなくなっていた。

 

 それでも、と「タナガー」の船魂は踏ん張った。トーレス艦長の望む通り、せめて浅瀬に座礁して今生きている乗員だけでも救いたかった。私は戦艦、只の軍艦では無い。薔薇の紋章の国、エルジアが誇る大艦巨砲主義の申し子。そう簡単に水底に消えてたまるか。

 しかし、力む「タナガー」意識とは逆に艦体のダメージは既に限界に達していた。機関室を席巻する火災は留まるところを知らず、更に火の手を隣の区画へ延ばしていく。

「機関室火災止みません。消火困難です」

「浸水増加中。艦首側に五〇〇トン注水しましたが、傾斜復元はこれ以上無理です」

 入って来る報告は「タナガー」を救うのは不可能である事をはっきりと示して来ていた。

 疲れた表情でヘルメットを正しながら艦隊司令官と参謀達に向き直ったトーレス艦長は一礼してから自身の意見を具申した。

「……司令官。申し訳ございません。本艦はここまでです。総員退艦の許可を。今ここで退艦すれば救える部下も増えます」

「うむ……許可する」

 艦隊司令官の許可を得たトーレス艦長は全艦放送につないだ艦内電話を取ると厳かに吹き込んだ。

「艦長より総員に達する。総員退艦。各員退艦部署を発令。各部署は手順に従い退艦作業を開始せよ。いいか、一人も置いて行くな。

 生きている者がいれば階級、部署問わず助けろ。本艦はここまでだ。水底に沈む前に、各自生きる為の、明日へ生き延びる為の努力に努めよ。

 繰り返す、総員退艦」

 

 そんな……。

 

 総員退艦……? 

 

 艦長は私を諦めるの?

 

 信じられない思いを浮かべながら、「タナガー」はトーレス艦長の背中を見て愕然とした。

 私は、この戦艦タナガーを誰よりも愛着を持ってくれていた若きトーレス艦長に、見捨てられた?

 

 艦内電話を置きながら、トーレス艦長は静かに艦長席に座るとCICの天井を見上げて、目を瞑った。

 

「すまんな……『タナガー』……俺のタナガー……よく頑張った」

 

 そう呟くトーレス艦長を見てタナガーは違うと悟る。

 トーレス艦長は、「タナガー」の事を諦めたくは無かった。しかし、今生きている約三〇〇〇人の乗員を救うには戦艦「タナガー」の放棄を選ばざるを得なかった。

 

 艦長として、艦を捨てる事は断腸の思いだ。しかし、同時にトーレス艦長には「タナガー」に乗り込んでいる約三〇〇〇人の乗員の命を預かっている存在でもある。

 もう少しで浅瀬に座礁させることも可能だったが、浸水は止まらず、火災も止みそうにない。少しずつだが「タナガー」は艦尾側に向かって傾斜を始めていた。

 無理をすれば、座礁できるかもしれない。しかしそれまでに「タナガー」を救う為に行動する結果で多くの乗員が命を落とすかもしれない。

 乗員の命を預かる艦長の身として、トーレスにはこれ以上乗員に被害を出す事は出来なかった。

 ここで死ねば、全てが終わりだ。しかし、生きている限りは次がある。

 

 

 乗員全員が退艦し、最後まで残っていたトーレス艦長と艦隊司令官の二人が筏に乗って黒煙を上げながらコンベース港の沖合に沈みゆく「タナガー」を離れた。

「『タナガー』に敬礼!」

 退艦した乗員達が黒煙を上げながら沈みゆくかつての乗艦に向かって一斉に敬礼する。

 ある者は込み上げて来る熱い感情から涙をぼろぼろと流し、ある者は乗り込んでいた「タナガー」への感謝を述べ、ある者は安らかに眠れ、と「タナガー」に別れを告げていた。

 

(みんな……ありがとう……私こそ、こんなところで沈む不甲斐ない戦艦でごめんなさい……)

 

 船魂故に沈みゆく艦の艦上に残っているタナガーの船魂は自分を見送る乗員達を見返して、自身の不甲斐なさを詫びた。

 もう艦の中に生きている者はだれ一人として残っていない。機関長は一緒に逝かせてくれと嘆願したがトーレス艦長に説き伏せられて退艦した。

 ゆっくりと、艦体の軋む音を立てながら、鋼鉄の廃墟と化して沈みゆく戦艦「タナガー」。

 

 バラの紋章の国エルジアを代表する大艦巨砲主義の申し子として生まれ、激動の祖国エルジアの海軍の象徴として、無敵艦隊《エイギル艦隊》の旗艦として君臨し、世界各国の海軍関係者から畏怖と敬意をもって見られた戦艦。

 沈みたくは無かった。こんな航空機の爆撃で沈む事になるなんて。水上艦と殴り合って沈むのは本懐だ。

 しかし、自分が迎えた結末は航空機の爆撃によるもの。成す術も、出す手も無いまま奮戦虚しく「タナガー」はコンベース港の沖合にその身を静かに沈めていく。

 

(リボン付き……)

 

 ふと尾翼に「メビウスの輪」が書かれた「118」の番号の戦闘機の姿を思い出し、リボンに見えるそのマークからタナガーは自然と「メビウスの輪」のマークが書かれた機体をそう呼んでいた。

 自由自在に空を飛び、高機動を繰り返す航空機。その中でも際立っていい動きをしていた「リボン付き」の戦闘機。

 二次元の動きしか出来ない自分にはないあの三次元の自由な機動力と、圧倒的な速度。空を舞える一方的なアドバンテージ。

 

(リボン付き……あなたには分かるまい……殺さる者の立場になって見ろ! なぜ自分が殺されるのか?

 

 奪いたかった!

 

 虐げたかった!

 

 焼きたかった!

 

 刻みたかった!

 

 罰だった!

 

 因果だった!

 

 復讐だった!

 

 あなたには分かないですかリボン付き! 分からないでしょうあなたには!)

 

 

 気が付けば「タナガー」は海面から姿を消し、コンベース港の沖合の水底へ沈んでいた。

 もう見上げても何も見えない。残っていた感覚が消えてゆき、タナガーの船魂の意識も徐々に遠のいていく。

 

 もっと戦いたかった。もっと自由に海を駆け巡りたかった。もっと……もっと……もっと……。

 

 だがそれももはや叶わない。先に沈んだ《エイギル艦隊》の船魂達の下へ自分も向かうのだ。

 

 

「さようなら、私の艦長。さようなら、私のクルー……あなた達とは、もっと……もっと……」

 

 消滅してゆくタナガーの船魂の意識が最後に思い浮かべたのは最後の艦長マティアス・トーレス大佐以下三〇〇〇名余りの乗員達の顔と、かつて自身が駆け巡った海上の風景だった。

 

 

 

 

「全艦砲撃止め!」

 号令をかける高雄型重巡艦娘鳥海の声がかかり、彼女は燃え盛る海上を見回して軽くため息を吐いた。

 敵の大規模輸送船団は完全に壊滅して燃え盛る炎と化していた。

 敵の警戒部隊を掃討している別働隊からも敵艦隊撃滅確認を報じていた。

「青葉、怪我は無い?」

「大丈夫だよガサ」

 自分に寄って来て怪我がないか問う妹、青葉型重巡衣笠に青葉型重巡青葉はけろりとした表情で答えた。

 改二化され、対水上戦闘能力が格段に向上した青葉の実質デビュー戦だったが、素で場数をかなり踏んできているだけあって今回の敵、深海棲艦泊地の大規模輸送船団撃滅作戦は文字通り朝飯前の仕事だった。

「第九戦隊旗艦愛鷹さんより入電。我、敵警戒部隊全体の掃討を完了セリ」

 別働隊から入った情報を古鷹型重巡艦娘古鷹が告げる。

「向こうも仕事は終わったみたいだな。早いとこずらかろうぜ鳥海」

「賛成だな。燃やせるものはあらかた燃やし尽くしたし、これでオールクリアってところだろうな」 

 古鷹型重巡艦娘加古が欠伸交じりに鳥海に帰投を提案すると、天龍型軽巡洋艦艦娘天龍も賛成した。

「そうですね。では全艦警戒陣にて第九戦隊との合流地点に向かいます。青葉さん、対潜警戒の水上偵察機を」

「はーい」

 旗艦鳥海からの指示通り、青葉は零式水上偵察機をカタパルトにセットして対潜警戒の為に打ち出した。

 夜明けの空に青葉の零式水偵のエンジン音が鳴り響いた。

 

 

 ソロモン諸島の深海棲艦の大規模な輸送船団泊地攻撃を敢行したのは、第四戦隊の重巡鳥海と青葉、衣笠、古鷹、加古から成る第六戦隊、第一八戦隊の天龍から成る第八艦隊と、今回の作戦で第八艦隊隷下の別動隊として編入された新編第九戦隊の愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹、磐梯、黒姫、大峰、重雷装巡洋艦北上、大井の計一二名(一二隻)だった。

 帰路の途中潜水艦及び陸上型深海棲艦の飛行場姫からの空爆に警戒しながら第四警戒陣形で航行する一同に、青葉の水偵から妙な報告が入る。

「漂流者を発見した?」

 オウム返しに聞き返す青葉が首を傾げる中、鳥海が艦隊進路変更を命じた。

 それを聞いた天龍が意外そうに聞き返す。

「寄り道していくのか? ここからならブインの戦闘救難ヘリ飛行隊に頼めば拾ってくれると思うが?」

「漂流者が負傷していた場合、最も一番近くにいて、万が一負傷していた場合手当てが可能なのは私達第八艦隊です。

 遭難者救助も艦娘の仕事ですよ」

「まあ、そうとは言えばそうだけどよ」

「鳥海さんの判断に間違いはないでしょう。ただ深海棲艦の命を奪うのが艦娘の仕事じゃありませんし。

 ただ、手早く済ませないとガ島飛行場姫からの空襲の可能性もあるから、急いだほうが良いでしょうね」

 明るくなりつつある空を見上げて愛鷹が懸念事項を言う。

 夜襲をかけて、敵の空襲が来る前に離脱するのが今回の作戦内容だ。

 手っ取り早く「漂流者」を救助して帰投するまでだ。

 

 

 青葉の水偵の誘導の元、漂流者がいると言う島の浜辺にたどり着いた第八艦隊のメンバーは浜辺に倒れている「漂流者」を発見するなり一様に驚いた。

 何とただの遭難者ではなく、自分達艦娘と同じ艤装らしきモノを身に纏った女性だったのだ。

 紺のスーツにタイトスカート、三連装主砲三基と見慣れない武装らしきものをいくつか備えた艤装を纏った女性。

 茶色のストレートヘアーに欧米出身と思しき白人の肌。艤装はどことなくアメリカ海軍のアイオワ級戦艦艦娘のモノに似ている。

 しかし、アイオワ級戦艦艦娘四人にはいない顔だ。一体この女性は誰だ?

 女性を水偵で発見した、つまり第一発見者な青葉が倒れている女性の首筋を探る。

「どう?」

 傍らで青葉に窺う衣笠に「脈はあるよ」と返しながら意識がない女性の顔を窺う。

 深く眠っている様だ。スーツの襟元には薔薇を思い起こさせる紋章らしきものが左右に一つずつついている。

「誰だろう。この人。艦娘かな?」

 好奇心旺盛、目新しいモノに目がない、何か新しいものがあれば取材取材とジャーナリスト精神を発揮する探究心と好奇心の塊の様な青葉が、女性の身に纏っている艤装らしきモノを探り始める。

「ちょ、勝手に触ったりして大丈夫なの?」

「それを確認するんだよ」

 妹にけろりと返しながら青葉が女性の纏っているアイオワ級戦艦似の艤装らしきモノを探っていると、艦名らしき刻印が青葉の目に留まった。

「BB Tanager……戦艦タナガー?」

 聞いたこともない名前だ。情報通の青葉ですら聞き覚えの無い名前である。そもそもこんな姿の艦娘自体、情報通の青葉も知らない。

「取り敢えず、ショートランド泊地に連れて帰ろう。愛鷹さん、磐梯さん、曳航お願いします」

「了解です」

「任された」

 

 

 謎の艦娘らしき「戦艦タナガー」を連れてショートランド泊地に第八艦隊が帰投するまで、深海棲艦の追撃は無く、艦隊は無事作戦目標を達成して全艦帰投した。

 一人、「戦艦タナガー」と言う思わぬ漂流者を連れて帰った以外は作戦通りに終わった。

 

 

 この「戦艦タナガー」を連れて帰った事が膠着するソロモン戦線を始めとする各海域での戦況を変えていくことになる事を、まだ誰も知らない……。

 




 艦娘戦艦タナガーの制服のデザインはエースコンバット7の登場人物であり、第一話でも登場しているマティアス・トーレス大佐の制服をモチーフにしております。
 
 劇中袋叩きにされているタナガーですが、モデルとなったアイオワ級戦艦を航空攻撃、それも現代の兵装で大破・沈没に追い込むとなるとこうするしかなかったと言うのが本音です。

 トーレス艦長はタナガー艦長時代は7での「虐殺を用いた救済」信条がない、まだ常識のあるエリート職業軍人と言う扱いになっております。

 愛鷹型超甲型巡洋艦の愛鷹は弊艦隊これくしょん小説「この世に生を授かった代償」からの特別出演。
 同二番艦磐梯は私のTwitter仲間でもあり、同じくハーメルン利用者タクネモ・シグレさんのオリ超甲型巡洋艦磐梯を許可を得た上で特別出演させて頂いております。
 超甲型巡洋艦磐梯は別作品でも登場予定(←磐梯の登場は実はこっちが本命でした)

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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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