艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1 作:岩波命自
「隊列を組み直すわよ、ブラック・プリンス、ビッグ・マミー、前に出なさい」
「了解だ、任せろ」
「Copy that」
サウスダコタとマサチューセッツのそれぞれの愛称で呼ぶニュージャージーの指示で二人がアイオワとワシントンの脱落で崩れたTF58の隊列を速やかに組み直し、旗艦だったアイオワに続いて指揮権を引き継いだニュージャージーの前に立つ。次席指揮官を「庇う」と言う意味がある隊列だったがニュージャージーの思惑はもう一つ別にあった。
彼女としては無論二人に次席指揮官となった自分を庇って貰うと言うのもあったが、姉を撃破した大和に自身の手で止めを刺すまでの間の時間稼ぎ兼盾になってもらうと言う彼女個人の「大和と殴り合いたい」と言う利己的な願望を叶える為でもあった。同時に彼女自身の手で残る長門型の二人とタナガーを倒して劣勢程度の勝負に引き込みたい、と言う目論見もあった。どう考えても現在のTF58の火力では超大和型相当の戦艦二隻を倒すだけの余力はない。ならばサウスダコタとマサチューセッツの二人を引き換えに手負いの大和を倒し、返す刀で長門と陸奥も倒し、間に合えばタナガーも倒す、と言うのが彼女の中での作戦だった。そこまで上手く行ったとしてもどの道武蔵が最終的に自分を撃破するだろうから、とっくにこの演習はTF58の負けだ。
今の彼女にとっての目標は大和の撃破、残す青軍戦艦を一人でも多く倒して差し違えて劣勢程度の勝負で落ち着かせる事だった。
相手は手負い判定の大和だ。こちらの砲撃を数斉射分当てれば撃破判定に持ち込めるだろう。その後は改二化されているとは言っても自分より世代が古い一六インチ砲搭載艦の長門型。決して楽ではないがかと言ってレ級や南方戦棲姫の様な相当の難敵とも言えない。目論見が外れて二人のカウンターパンチでやられたらその時はその時で諦める。サウスダコタとマサチューセッツの二人がまだ残っているから武蔵とタナガーを少しの間は引き付けられるはずだ。二人も素人では無いからもしかしたら武蔵にも手負い判定を与えて、タナガーにも何かしらダメージ判定を出せるかもしれない。
味方を自身の目的、願望達成の為に都合よく利用する、と言うやり方はニュージャージーが演習の時だけ見せる腹黒い一面だった。無論実戦で味方を捨て駒、捨て石に使う事は彼女自身が最も嫌う行為だから実戦で味方を自身の目的達成の為に都合よく利用すると言う行為は一度としてやった事は無い。寧ろ実戦の場では彼女は利他行為に走る方だ。二年前のトラック島沖海戦では舞風、野分、那珂を庇って単独で深海棲艦の大艦隊を相手に奮戦し大破した事があるくらいである。
隊列を組み直したTF58は第一戦隊に向かて舵を切ると吶喊を開始した。
「右90度、赤軍戦艦部隊、真っすぐ突っ込んで来る」
レーダーディスプレイを凝視するCIC妖精の言葉通り、隊列を組み直し戦艦艦娘サウスダコタを先頭にマサチューセッツ、ニュージャージーの三人が単縦陣を組んで第一戦隊へと急接近を開始する。三隻になっても尚やる気かとタナガーは三人の姿を見据えながら主砲を指向する。
一方、アイオワとの激しい砲戦で手負いダメージ判定を受けた大和は顔に飛び散って来た演習弾の赤のペイントを片手で拭うと隷下の第一戦隊に回頭と迎撃を命じる。
「近づけるな、先頭のサウスダコタに砲撃目標合わせ。全艦面舵50、基準艦大和に続いて各艦回頭はじめ」
「おもーかーじ、大和の通跡、ヨーソロー」
続航する二番艦の武蔵が回頭指示を伝達し、大和、武蔵、長門、陸奥、タナガーの順に面舵に舵を切って回頭していく。TF58の三人とは反航戦を描く形となる。同航戦を描いていた先程までと違い若干命中精度が低下するが、逆に互いに距離を詰めて戦う分有効弾を早期に得やすくもなる。
測距を終えた第一戦隊が主砲を放つ前にサウスダコタから砲撃が飛来する。彼女に備えられた高精度なSK+SGレーダー含む射撃管制レーダーによる正確な測距データを入力された一六インチ三連装主砲Mk.6mod2が砲口から火焔を滾らせ、撃ち出された演習弾が三番手を進む長門へと投射される。
大和が「砲撃始め!」と号令を下した直後、サウスダコタが放った砲撃が第一戦隊の周囲に着弾する。
「マサチューセッツ、及びニュージャージーも発砲!」
大和の肩上で見張り員妖精が砲声に負けない大声で叫ぶ。
空気を切り裂く甲高い飛翔音を立てながらマサチューセッツとニュージャージーが放った一六インチ弾が飛来する。山なりの弾道を描いて飛来した二人の砲弾はそれぞれ陸奥、そして大和の傍に着弾した。
着弾して人の背丈以上の水柱を突き立てる着色演習弾の水柱の色を見て大和はニュージャージーの狙いが自分に向けられている事を悟った。
アイオワの敵討ちか、総合的な判断で手負いの自分をまず先に片すべきと判断したか。アイオワ級戦艦艦娘の砲撃火力は改二以前の大和型だったら充分脅威たりえる程優れた火力がある。改二化された今となっては大和型が優位だがそれでもSHSを使用するMk.7砲の火力は侮りがたい。
「砲撃目標修正、目標、三番艦ニュージャージー。武蔵、サウスダコタの相手をお願い」
「了解した、任せろ」
自身に迫る脅威は自らの手で摘み取るまで。その判断から修正された射撃諸元を基に大和の主砲がニュージャージーに向き、砲撃の発砲炎を砲口から放った。
飛来した砲弾の突き立てた水柱の色から大和の狙いが自身に向けられている事を理解したニュージャージーは不敵さと満足さを交えた笑みを浮かべた。
「ヤマト、侮りがたし……」
そう呟いた時、CIC妖精と砲術妖精から「斉射用意良し!」の報告が上げられて来た。
ライバル大和を見据え、ニュージャージーは右手を伸ばして攻撃を発令した。
「全砲門開け! ヤマトを仕留める!」
目標を正確に捉えた三基のMk.7が一六インチ弾を撃ち出し、九発の主砲弾が大和に向かって飛翔音を轟々と立てながら飛び抜けて行き、主砲再装填中の大和を捉えた。
轟音と衝撃が艤装上で走り、吸収しきれない衝撃が大和自身の身体にも走る。
歯を食いしばって堪える大和に被害報告が上げられてくる中、受けた損害判定に大和は愕然とした。
「第一主砲、沈黙!」
「電探故障!」
被害報告を上げて来る装備妖精の張り詰めた声が受けた被害を物語った。
大和が受けた損害判定は第一主砲が砲身全損により沈黙、電探故障と言うモノだった。大和型の主砲搭は同じ大和型の砲撃を受けても経戦能力を維持出来る防御力を持ち合わせているが、それは砲塔部に限った話でありニュージャージーの斉射弾は五一センチ三連装主砲の砲身の付け根に着弾してこれを全て破壊していた。演習弾による破壊判定とは言え、使用可能な砲塔が一基減ったのは痛手だ。
もう一つ深刻なのはニュージャージーの砲撃で電探が故障した事だった。被害報告からして甲板内にある電路を破壊されて故障した様だ。こちらはダメージコントロールで損傷した電路をバイパスすれば電探は復旧可能だが、一刻を争う中で照準の補佐を行っていた電探が使用不可になるのは痛い。
「光学照準に切り替え! 速力落とすな!」
即座に電探補佐による測距から完全目視照準による測距に切り替え、第二主砲をニュージャージーへと指向する。演習弾の再装填が終わった第二主砲の照準をニュージャージーに合わせ、直接照準射撃に切り替えた大和が主砲弾を放つ。
自身が狙っていた相手の発砲に気が付いたニュージャージーは飛来する大和の砲弾の弾道を見極めると、艤装の一部を絶妙な角度を付けて意図的に艦首艤装を晒した。そして狙い通り大和の砲弾は彼女が晒した艦首艤装のバルバスバウの滑らかな曲線によって跳弾となって弾かれた。
「何⁉」
高貫通、高威力の五一センチ弾を弾いてのけたニュージャージーに愕然としながらも大和は第二主砲の再装填を急がせる。ニュージャージーも主砲を斉射した分全砲門の再装填にはそれなりの時間が必要だ。
大和とニュージャージーの間に主砲弾再装填の間が空く中、サウスダコタとマサチューセッツの二人と交戦する長門と陸奥の二人は接近戦に持ち込んで正確なレーダー射撃を浴びせて来るサウスダコタとマサチューセッツの二人の集中砲火を前に中破判定を受けていた。
「やるな」
マストに中破判定のオレンジの旗をきりゅうしながら長門は自身に直撃弾複数を与えてきたサウスダコタを見据える。彼女の四一センチ主砲が猛然と火を噴き、サウスダコタへ応射する。宙を飛翔して行った長門の一〇発の斉射弾の内半数がサウスダコタの周囲に着弾し、残りは狙った目標の元へ着弾した。主砲搭の天蓋と舷側面に着弾の火花と閃光が走り、演習弾が直撃箇所に着色弾の跡を付ける。五発の直撃を受けたがサウスダコタの受けた判定は小破判定だった。全て重要装甲部に防がれてしまった様だった。
逆にサウスダコタの砲撃が長門を再び捉える。主砲搭天蓋と甲板に着弾した演習弾が小規模な爆発音を立ててべちゃりと着色弾を長門の艤装に広げる。
≪長門さん、判定中破まま≫
事務的なオペレートを続ける鹿島の報告がヘッドセットから入る中、長門の背後から別の砲声が轟いた。
武蔵だった。五一センチ連装主砲から特大の発砲炎を迸らせ、撃ち出された演習弾が弾道の弧を描いてサウスダコタの傍に着弾する。
「援護するぞ長門よ!」
「すまん」
かたじけなしと詫びる長門の後背から武蔵が接近して来てサウスダコタとの距離を詰める。今相手にしている長門よりも高火力の戦艦艦娘の援護にサウスダコタが同様の表情を浮かべるが、彼女の砲撃目標が長門から変わる事は無かった。超大和型相手にサウスダコタ級のMk.6mod2の一六インチ砲でどうにかなるものでもない。それなら与しやすい相手に専念するのが最善策とサウスダコタは判断したのだろう。
武蔵が長門の援護に入る中、タナガーも陸奥の援護に入る。アメリカ戦艦艦娘勢と同じ、いや数段上のレーダー測距で合わせられた砲撃が陸奥を相手取っていたマサチューセッツに降り注ぐ。タナガー自身の卓越した正確無比な照準によってマサチューセッツの目の前に一六インチ弾が着弾し、一瞬だけマサチューセッツの姿をかき消す。
「I,m not baking down(下がるものか!)」
自身を奮い立たせるのも兼ねてマサチューセッツが喚き、彼女の一六インチ砲が陸奥に向かって演習弾を撃ち出す。サウスダコタ同様、先に世代的に古い長門型である陸奥を片す事を目論むマサチューセッツの砲撃はタナガーの砲撃も相まって陸奥に直撃弾一発を与えるにとどまった。
咄嗟に艤装でマサチューセッツの砲撃から身を庇った陸奥の右舷艤装に演習弾が炸裂し、着色弾が鮮やかな赤に艤装を染める。バルジが備わっている舷側に直撃した為被害判定は変わらない。
「選り取り見取りね、てぇーっ!」
ビッグセブンと謳われたかつての鋼鉄の軍艦陸奥の名を継ぐ艦娘陸奥が発砲指示を下すと、彼女の一〇門の四一センチ砲が発砲炎を砲口から叩き出し、演習弾を撃ち出した発砲の反動で砲身が後退する。それに少し遅れる形でタナガーの砲撃が放たれ、二人が投射した演習弾の雨がマサチューセッツに雨あられと降り注いだ。
集中砲火を食らったマサチューセッツが最初の直撃弾を受けてぐらりと姿勢を崩した直後、彼女の艤装と身体に立て続けに直撃弾の爆破閃光が走る。ジャブで左右から殴打を食らったかのように震えるマサチューセッツが呻き声をあげ、艤装が甲高い金属音を立てる。
ビー、と言うブザーの様な電子音が鳴り響きマサチューセッツに無慈悲な「轟沈判定」が下った。
≪赤軍四番艦マサチューセッツさん、撃破、轟沈判定。機関停止を願います≫
「……もう少しやり合いたかったな……」
陸奥とタナガーの二人の集中砲火を前に諸に多数被弾し轟沈判定受けたマサチューセッツが諦観の表情を浮かべてマストに轟沈判定の青旗を掲げて停止する。
「やるじゃないタナガー」
「陸奥先輩も流石です」
大した砲術の腕前だと褒める陸奥に対し、自分からすれば艦娘としての先輩である彼女の腕前も素晴らしかったと褒めるタナガーがこれで五対二だ、と彼我の戦力差を秤にかけこの数的さで負ける筈が無いと思った時、少し離れたところでサウスダコタと砲撃戦を繰り広げていた長門にサウスダコタの放った演習弾が立て続けに着弾した。
くぐもった長門の小さな悲鳴が上がる中、マサチューセッツが轟沈判定受けた時と同じ電子音が鳴り響き、長門のマストに青い旗がきりゅうされる。
「轟沈、長門がやられた……?」
姉がまさかの不覚を取ったと言う事実に陸奥が驚いた声を上げる。当の長門は撃ち負けた事を潔く認める一方でせっかく援護してくれた武蔵に己の敗北を詫びる。
「すまん、援護して貰いながら」
「いやこちらもカバーが遅れた。すまん長門、仇はとる」
「頼むぞ」
青旗が掲げられたことでその場に停止する長門を追い抜いて武蔵がサウスダコタへと向かって行く。
「次はムサシか」
「私は長門のように甘くはいかないぞ?」
不敵な笑みを浮かべて五一センチ主砲をサウスダコタへ指向した武蔵が再装填の終わった自身の長物の砲口から発砲の火焔を撃ち放つ。
長門が撃ち負けて脱落する中、ニュージャージーと撃ち合う大和はまさかの窮地に追いやられていた。
使える主砲は一基のみ。対して向こうは三倍の火力を投射可能だ。大和が三発撃てばニュージャージーは三倍の九発を撃ち込んで来る。一発当たりの威力では大和が上だがそれは当てられたらの話だ。外せばその分主砲再装填に時間がかかり隙が生まれる。
余裕の表情を見せるニュージャージーが全門斉射を放ち、放たれた九発の演習弾が容赦なく大和を捉える。
「左舷高角砲群に直撃弾! 全壊判定! 高角砲揚弾室中破。応急班高角砲弾薬庫注水。消火作業、急げ!」
「主操舵室、大破! 応急操舵に切り替え!」
「通信室、電探室にも被害!」
バイタルパートで覆われた最重要個所は護られても、それ以外の区画への被害判定が増大していく。全てがシミュレーションとは言え嵩張る被害は既に中破を越して大破の域に入りつつある。
「こちら大和、我被害甚大。第一戦隊各艦、至急援護を求む!」
≪こちらタナガー、現在急行中。もう少し持ち堪えて下さい≫
ヘッドセットに向かって援護を要請する大和にタナガーから応答が返される。かたじけない、と胸中で詫びる大和にまたニュージャージーの砲撃が直撃する。
「右舷高角砲群に直撃! 右舷高角砲弾薬庫注水、消火作業急げ!」
「第一主砲、バーベットに直撃! 貫通されました!」
拙い、と大和が思った時には手遅れだった。非常なる轟沈判定を下すブザーが鳴り響き、彼女のマストに轟沈を示す青旗がきりゅうされ自動的に靴となる主機が機関停止の措置を取る。
≪青軍第一戦隊大和さん、第一主砲弾薬庫誘爆に付き轟沈を認め、機関停止を願います≫
最も被弾して欲しくない場所に大和は直撃の判定を受けていた。改二化に当たって装甲関連は総じて大和型改の時よりも向上している一方で、主砲搭弾薬庫を含めたバーベット周りは逆に取り回しを向上させる為に一部露出していた。大和型改二の艤装の設計コンセプトはその圧倒的大火力を持って撃破される前に撃破する、と言うモノであり弱点となる「露出した弾薬庫周り」は重巡系の砲撃に耐えられる程度の防御力しか付与されていなかった。そこにニュージャージーの戦艦級の砲撃が直撃してしまったのだ。演習で無かったら大和は本来敵艦を引き裂き、粉砕する筈の自信の弾薬で内側から砕かれ、バラバラに吹き飛んでいただろう。
負けは負けだときりゅうされた青旗を見つめて深いため息を吐く。アイオワを仕留めたとはいえ、その時ダメージを受け過ぎたのかも知れない。或いはニュージャージーの射撃の腕がアイオワを凌駕していたのか。彼女とて歴戦の艦娘の一人であるが些か甘く見ていたところが自分の中にあったのかも知れない。
一方のニュージャージーは主砲を掌る砲術妖精に「Cease Fire」と命じながら、新たな目標となる艦娘をその目で捉える。
自分と同格の主砲火力、装甲、艤装航行性能を持つ戦艦タナガー。本来この世に存在する筈のないアイオワ級戦艦艦娘。姉妹艦同士での砲撃戦演習は経験済みだがタナガーと撃ち合うのはこれが初めてだ。
「Come on Rookie」
少しばかり挑発するような口調でタナガーに一声かけるニュージャージーにタナガーは一六インチ砲の演習弾の砲撃で答えた。
空気を切り裂く轟音を立てながら飛来するタナガーの砲撃の弾道を見極め、初弾は当たらないと踏むニュージャージーは脳内で一計を講じ、「Hard a port, Full ahead(取り舵一杯、最大戦速)」と号令を下す。
反転し遁走に移るニュージャージーの背を見てタナガーは逃がすかと交互撃ち方に切り替えた一六インチ砲の修正射を放つ。各砲塔の中砲が発砲して三発の砲弾をニュージャージーの元へ送り込むが、諸元修正が甘く僅かに左にそれて着弾する。距離を取られてしまっては当たる砲撃も当たらなくなる。
「最大戦速! 進路067度ヨーソロー!」
追撃に移るタナガーは発砲を終えた中砲に代わって左砲の照準をニュージャージーへ合わせる。ジャイロスタビライザーが最大速力で航行するタナガーの艤装が発生させる僅かな揺れを制御し、精確に砲口をニュージャージーに指向する。
「発砲、てぇッ!」
各砲塔合計三門の左砲が発砲し、演習弾を撃ち出す。タナガーの放った砲弾はニュージャージーの予測進路上に照準を合わせていた。ニュージャージーの速力、進路、風向き、様々なデータを基に諸元を割り出し、未来位置を予測して砲撃を放った。
そこに撃破判定を受け機関停止して海上に留まっていたマサチューセッツが居たのはタナガーからすれば偶然であり、ニュージャージーからすれば計算の内であった。彼女の取った手段は極めてシンプルだった。海上に停止しているマサチューセッツを盾にしたのだ。
「なに⁉」
自身の砲撃が海上に停止しているマサチューセッツに直撃し、彼女が呻き声をあげるの見てタナガーの頭が一瞬思考を停止する。
僚艦を盾にした、と言う事実に驚きを隠しきれない。一応轟沈判定を受けて海上に停止した艦娘には当たり判定が残る。演習場では疑似的な遮蔽物として機能するからだ。それを利用してニュージャージーは砲撃を躱した。
驚愕するタナガーの前でマサチューセッツを起点に再び反転したニュージャージーが襲い掛かる。レーダー照準を合わせた一六インチ砲の砲門をタナガーへ指向し、涼しい表情にギラギラと闘志を湛えた目で相手を見据えたニュージャージーが凛と張った声で発砲の号令を下す。
「Fire!」
発砲遅延装置で僅かに発砲間隔をずらされた九門の一六インチ砲Mk.7が斉射を撃ち放ち、タナガーに全門斉射の砲弾を浴びせる。
刹那、身構えたタナガーにニュージャージーの砲撃が直撃する。実戦でも演習でも食らった覚えのない衝撃が艤装と足元に走り、ぐらりと大きく揺れた彼女の艤装に連れられてタナガー自身もたたらを踏む。
本能的に彼女の頭の中で記憶がよみがえった。彼女が本物の鋼鉄の軍艦、艦娘では無い戦艦タナガーだった頃、ISAF海軍の艦隊の砲撃を受けた時も似た衝撃を彼女は味わった。鋼鉄の砲弾が鋼鉄の艦体を打ち据え、破壊し、切り刻む衝撃、痛み。それは戦艦の船魂であった頃のタナガーにとっては戦艦としての本懐でもあり、同時に自艦に傷をつけらると言う屈辱でもあった。
「被害報告」
艦長が乗り込んでいた頃とは違い自分自身が艦長の様な艦娘となったタナガーの言葉に、乗員となる装備妖精が受けた損害を確認し、彼女へ報告する。
「敵演習弾、左舷中央部に着弾。高角砲二基大破。他はバイタルパートとバリアで弾きました」
「それなら、戦闘航行可能ね」
冷静に被害状況の度合いを判断するタナガーは直ちに砲撃の諸元を修正する。もうマサチューセッツに当てると言う失態は犯さない。
反転したニュージャージーが速力を落とさずに反航戦を描く形でタナガーに接近する。向こうの主砲の再装填が終わる前にタナガーの主砲の装填が終わるのが早い。
その時、一計を案じたタナガーは驚きの指示を下した。
「左舷機関停止、左舷バルジツリムタンク注水」
即座に彼女の左足の主機が機関停止し、タナガーの身体がまだ動いている右舷機関によって取り舵に転じる。更に左舷のバルジに注水が行われ彼女の身体が左舷側へと微妙に傾いた。
「タナガー、ダメージにより左舷機関停止した模様。速力低下。更に左舷に浸水判定を受けた模様」
「Okay」
初弾でかなりのダメージを与えたと判定を出せた模様だと見張り員妖精が報告し、直にその目で確認しているニュージャージーも同様の判断を下す。左舷機関部が停止した結果、動いている右舷機関によって勝手に取り舵に転じてしまったタナガーは主砲全基をニュージャージーへ指向する事が出来なくなっていた。更に左舷舷側への直撃で軽度の浸水を発生して傾斜を起こしている様だ。傾斜の角度次第では直ぐに回復できるが、傾斜すると言う事は主砲への砲弾を揚弾させられなくなり、必然的に不利な状況になっていると言えた。
「全砲門、Give up させるまで撃て!」
彼女の号令と共に高角砲、機関砲までもが速力を落としたタナガーに向けられる。対空機関砲の曳光弾がスポッティングライフルの様に弾道を示し、それをなぞる様に五インチ連装高角砲が集中砲火をタナガーに浴びせる。無論小口径砲の砲撃程度で戦艦であるタナガーが参るとはニュージャージーも思っていない。仕上げは主砲の近接射撃だ。
変わらず最大速力を発揮するボイラーとタービンが発生させる推力が彼女の靴元から海中へと噴射され、白波を足元から蹴立てながらニュージャージーがタナガーとの距離を急激に詰める。手を伸ばせば届きそうなくらいの距離まで接近したニュージャージーが再装填が終わった主砲九門を指向する。
「All mounts commence……」
そこまで言った時、ニュージャージーの目の前でタナガーが停止した筈の左舷機関を稼働させてぐるりと急回頭した。
同時に傾斜していた筈のタナガーの艤装がゆっくりと傾斜を復元させていき、ニュージャージーと同じ九門の一六インチ砲の砲門がゆっくりと彼女へと全ての砲門を指向した。
「Shit!」
嵌められた、とニュージャージーが短く罵声を吐き主砲の発砲を号令無しに行おうとした時、彼女の前でタナガーが九門の一六インチ砲の全門を至近距離にいるニュージャージーに向けて放った。
放たれた九発の演習弾は全弾が吸い込まれる様にニュージャージーの艤装と身体に命中し、着色弾の後をべちゃべちゃとつけて言った。被弾の衝撃と炸裂する演習弾の弾頭の着色弾頭の塗料が彼女の身体と艤装を染めていく。ダメコンチームの被害報告や鹿島からの損害判定を聞くまでも無く、ニュージャージーは自身が大破に等しい損害を被った事を悟った。諸に九発の一六インチ砲演習弾を食らったのだ。これが実弾であったら間違いなく大破確定である。今回食らったのが演習弾だっただけである。
程なく上げられて来た被害報告判定にニュージャージーは静かに目を閉じた。第一、第二主砲大破。第三主砲旋回基部破損。その他機関室一基大破、高角砲四基全壊。主砲は第三主砲を除いて沈黙、機関部にも被害発生。一基が破壊されたと言う判定通り低下した機関出力によって最大速力で走っていたニュージャージーの速度が大幅に低下する。
「Give up に追い込まれたのはMeの方だったわね」
自嘲めいた笑みを浮かべた時、容赦のないタナガーからの第二斉射の砲撃がニュージャージーを捉えた。
≪赤軍戦艦ニュージャージーさん、撃破轟沈判定。機関停止を願います≫
「うっそだろ、私以外全員負けた?」
目を丸くして周囲を見回すサウスダコタの視界には青旗をきりゅうしたアイオワ、ニュージャージー、マサチューセッツ、ワシントンが広い演習場の所々に座り込む様にして停止しているのが見えた。
「チックショウ……」
まさか大和をやったニュージャージーがその援護に回ったタナガーに負けるとはサウスダコタにとっても想定外だった。陸奥を平らげたら武蔵にある程度ダメージを入れて差し違えられたら、と目論んでいたが状況は三対一。降伏か逃げるか玉砕するまで戦うか。
「戦闘可能な戦艦艦娘は我が艦のみです。降伏か逃亡するか最後まで戦うか選ぶしかありません」
苦々しい表情を浮かべて言う装備妖精にサウスダコタは軽く溜息を吐きながら応える。
「不名誉な三者択一だな、え? 降伏は性に合わない、逃げるとするか」
演習では不利になった場合、離脱ラインを越えれば戦線離脱による演習終了を見込める。敗北したも同然だが、かと言って撃沈判定を貰うのは戦艦艦娘として、サウスダコタのプライドが許さなかった。冷静に周囲を見回して武蔵と陸奥、そしてタナガーのいる位置を確認する。二時の方角には誰もいない。抜け道はそこだ。
「方位060、全艦最大戦速!」
牽制程度の砲撃を行いつつ、サウスダコタが遁走に移る。進路、速度を変更した彼女の背後に武蔵、陸奥、タナガーの放った演習弾が着弾し、水柱の林を作り出す。最大速度で離脱に入ったサウスダコタの背後から三人の砲撃が飛来するが、ジグザグ運動を取って回避に専念するサウスダコタを捉えられる弾は無く、距離が離れるにつれて飛来する砲弾は減り、やがて砲撃が止んだ。
「白旗を持って来ていないから逃げを選んだが、逃げるのも何だが腹立たしいものだな」
込み上げて来るほろ苦い敗北を噛み締めた時、ヘッドセットから鹿島の離脱ライン突破が宣告された。
≪サウスダコタさん戦域を離脱。赤軍艦隊全艦の撃破ないし戦線離脱による敗北を認定します。状況終了!≫
第一戦隊とタナガー対TF58の戦艦艦娘全一〇人の砲撃戦演習は途中加賀による介入もあれどその全てを赤城とタナガーが防ぎ、殆ど戦艦同士の殴り合いに徹した。そして純粋な戦艦艦娘同士の砲撃戦は青軍となる第一戦隊側が大和と長門の二人が撃破轟沈判定を受けながらもアイオワ、ニュージャージー、マサチューセッツ、ワシントンを撃破し、サウスダコタが戦域離脱した事で勝利を握り取った。
次回よりフォックストロット・ノベンバー作戦周りのエピソードを展開していこうと思います。
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ではまた次回のお話でお会いしましょう。