艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

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 夏イベはノルマンディー? マジっすか? 対地巡航ミサイル積んでるタナガーの出番じゃないか? なんて戯言も呟きたくなるこの頃。


第一一話 一時の休息

 青軍と赤軍に分かれての艦娘同士の合同演習を終えた一二名の艦娘達は、その日の夜の夕食を共にした。

 互いの健闘を称え合う一二名の中に交じってタナガーもビールを飲みながら大和やアイオワと共に夕食を楽しんだ。

「まったく、私を盾にするとはブラック・ドラゴンもやってくれるね」

 昼間の演習時にタナガーからの砲撃を躱す為の盾にされた事を少しばかり根に持ったようにマサチューセッツがブラック・ドラゴンことニュージャージーに言う。苦笑を浮かべながらニュージャージーはビールジョッキをテーブルに置きながらマサチューセッツに謝った。

「実戦の場では絶対にやらないけど、ごめんなさいねビッグ・マミー」

 互いの事を戦艦艦娘としての名前では無く、愛称で呼び合う所がアメリカ艦娘の固有の文化であった。アイオワならビッグ・スティック、ニュージャージーはビッグ・Jまたはブラック・ドラゴン、サウスダコタはブラック・プリンス、マサチューセッツはビッグ・マミー、ワシントンはマイティ・Wとなる。TF58の戦艦艦娘の愛称には「ビッグ」が付く者が多い事からニュージャージーはブラック・ドラゴン呼びを好む方であった。

「今日のニュージャージーさんの射撃と状況判断力。見事なモノでした」

 赤軍艦隊の中でもワシントンと旗艦アイオワの脱落で劣勢に陥る中、指揮を引き継ぎ大和と長門を撃破し、陸奥中破となかなかいい勝負に持ち込ませたニュージャージーの采配と、その砲術の腕前の良さにタナガーが賞賛の言葉を送るとアイオワがニコニコとほほ笑みながらニュージャージーの首に手を回して自分の元へ寄せながらタナガーへ自慢げに語った。

「Meの自慢の妹よ。頭も良いし、Shootingの才能もある。良い事尽くめな妹よ」

「アイオワ、お酒が入り過ぎじゃない?」

 自身の首に回されたアイオワの手を払いのけながらニュージャージーは咎める様に姉をじろりとにらむ。妹に睨まれたアイオワはペロっと舌を出して悪戯っ子の様に御免の仕草をする。一見反省しているのか、して無いのか、分からない反応だがそう言う妹や仲間へフランクかつ自然体に接してくれるのがアイオワの性格の良い所でもあった。

 それにしても、とタナガーはテーブルの上に並ぶ料理の数々に目を移す。アメリカ艦娘に限らず、大和を始め武蔵、長門、陸奥、赤城、加賀と皆大変な大飯食らいである。各々の前にある空になった皿とまだ料理の盛られた皿は五分五分。チキンフロスやミートローフ、カレー、ミネストローネ、チャーハンと常人の三倍は食べていそうな量を一一人の女性が美味しいそうに次から次へと口に運んでいる。今日の演習でかなりスタミナを消費したと言う事もあって大量の料理を一同は注文していた。

 自分はと言えば、と目の前の置いている料理を見てタナガーは胸中で失笑を浮かべた。この世界に人間の姿となって生まれ変わってから味を占めた日本食の定番料理の定食コースを一つ頼んだだけだ。他のメンバーと比べたら小食と言っていいぐらいである。戦艦の姿だった時は重油が自分の「飯」と言えるものだったが、人の姿を得てからはかつての乗員達が食していた食べ物をタナガー自身も摂取するようになっていた。しかし、タナガーが今の世界に転生する際に大食漢としての要素は備わらなかったらしく、不思議と今食べている定食だけで充分腹は満たされていた。

 

 不思議なものだ、と白米をよそった茶碗を手に取りながらタナガーは前世の記憶を振り返った。前世、エルジア海軍の戦艦タナガーだった時の自分は艦を動かす重油の必要量の多さに専用の補給艦が一隻必要な程であり、エイギル艦隊屈指の「大飯ぐらい」だった。艦隊がコンベース港に進出した後、燃料を供給していた油田がISAFによって破壊され燃料供給源を喪失して以降、戦艦タナガーは艦隊含めて燃料不足で行動を大きく制限され、訓練もままならない状況下に陥った。運命のあの日はたまたま一部の主力艦を一時コンベース港から後方の基地に後退させる為になけなしの燃料を満載にしていたのであり、タナガーと僚艦フェンリス、ハーン、タイチ、レイブン、原子力艦だったジオフォン以外は燃料不足でコンベース港に停泊したままだった。そして動けぬままISAF軍機の空爆で港の底へ沈んだ。

 自身が沈む前、フェンリス、ハーン、タイチ、レイブンが沈む時、その周囲にはタナガーと異なり軽油の膜が広がっていた。タナガーは蒸気ボイラー艦であり艦隊で唯一の重油燃料艦であった。対して原子力の力で動く空母ジオフォン以外は軽油を燃料とするガスタービン艦でありこの仕様燃料の違いもエイギル艦隊束縛する要因でもあった。

 

 だが、今は違う。かつてタナガーと言う戦艦を動かしていた人間の乗員と同じ姿になったタナガーは人間と同じ飯を食う存在へと変わった。そして大飯ぐらいだった前世と異なり、小食派とも言える食事摂取量になっていた。

 その時、カメラのシャッターを切る音がしてタナガーは我に返った。

「皆さん、言い食べっぷりですねえ。食べた中身はどこに行っているんですか?」

 いつもの明るく陽気な語り口でカメラを向ける青葉が一二人の艦娘の夕食の風景をファインダーに収めていた。

「あら青葉。貴女も非番? 一緒にお食事でもどう?」

「せっかくの誘いは有難いですが、青葉は青葉で一緒に食事する相手がいるので」

 ビールを片手に陸奥が青葉を誘うが、カメラを下ろして撮影した写真を確認しながら青葉は丁重にその申し出を断った。一緒に食事する相手と言えばやはり六戦隊の古鷹、加古、衣笠だろう。いつも一緒に食事をする仲だし、本当に仲の良い四人だ。衣食住は大抵一緒である。

 残念と軽く肩を落とす陸奥に青葉は何か耳打ちすると、「では」と残してトコトコと食堂を出て行った。

「青葉さんも次の作戦参加メンバーでしたよね?」

 一同に尋ねるタナガーに加賀がそうだと頷く。

「五航戦と私の随伴護衛艦よ。青葉なら上手く随伴艦の務めを果たしてくれるわ」

「それに秋月と照月もいるからな。航空支援艦隊は皆腕利き揃いで頼もしい限りだ」

 そう添える武蔵に大和が無言で頷いた。

 

 フォックストロットノベンバー作戦に参加する艦娘は支援艦隊の艦娘含めて一二名。先のナイト・ランナー作戦よりは規模は縮小されているが、戦艦五隻に随伴空母一隻の重量編成と艦娘が投射出来る火力は大幅に上回っている。特に特殊砲撃が可能な大和型改二と長門型改二がすべて揃っているのが特徴だ。一方のタナガーは特殊砲撃に必要な艤装上の設備やシステムを有していないので、第一戦隊の特殊砲撃実施時は赤城の随伴艦または対艦ミサイルや艦砲を用いての第一戦隊支援になる。

 今回作戦上の目標地点として設定されているポイント5-5Pにはレ級を中核とした深海棲艦の水上打撃群が待ち構えている。レ級だけでなくル級flagship級等の無視出来ない火力を持った戦艦やネ級elite級と言った重巡級も艦隊に含まれる。砲撃戦と言う殴り合いなら望むところだが、レ級は戦艦でありながら多数の艦載機を有した航空戦力に加えて強力無比な魚雷攻撃も可能な多目的艦だ。隙が無いその武装に多くの艦娘が苦しめられて来た。

 先のナイト・ランナー作戦と言いサーモン北方海域は魔境である。一般種クラスの深海棲艦すら腕利き揃いの精鋭艦隊が揃う深海棲艦の最重要拠点海域と言える。精鋭艦隊には精鋭艦隊をぶつけるのが最善の策だが、地の利で言えば生憎深海棲艦の方が握っている海域だ。

 自分に出来る最善の立ち回りをするまで、と自分自身に言い聞かせタナガーはコップのビールをぐっと飲みほした。

 

 基地の埠頭に入港した補給艦「ましゅう」から補給物資コンテナがクレーンで次々に降ろされ、埠頭で待機していた軍用トラックの荷台に運び込まれていく。

 作業を監督する岩瀬は部下から渡されたタブレット端末を片手にトラックに運び込まれる補給物資コンテナを眺めながら、その中身を淡々と読み上げた。

「一式徹甲弾改五一センチ主砲用二人分六〇〇発。一式徹甲弾改四一センチ主砲用二人分六〇〇発、Mk.7用SHS三〇〇発、三式弾改二五人分一五〇発、予備バッテリー、燃料、新配備のファーストエイドキット等々」

 大量の弾薬と燃料、それに各種消耗品を表示したリストの一つ一つに目を通す岩瀬の隣を積み荷を積み込んだトラックが艦娘ドックへと走り出す。「ましゅう」の隣に停泊する艦娘母艦「わかたか」へもハイラインポストやヘリコプターを用いて補給物資が運び込まれていた。今回のフォックストロットノベンバー作戦関連以外の補給物資も「ましゅう」は運んで来ていた。

「深海棲艦は補給艦隊を潰されて補給が滞っている一方、我々は補給が行き届き戦力も充分。補給でなら負けてはいないな」

 戦闘と比べたら地味ではあるが、戦闘以上に重要な補給線の維持において人類側は深海棲艦の上を行っている。一〇隻以上にも及ぶ補給艦隊に申し分程度の駆逐艦や軽巡、よくてネ級やリ級が随伴している時があるかくらいの程度の護衛しか付けない深海棲艦と違い、人類統合軍海軍は補給艦一隻に護衛空母、重巡一個戦隊に二個水雷戦隊、海防艦四隻とその支援に当たる艦娘母艦一隻と言う手厚い護衛を付けている。深海棲艦が出現した当時は艦娘がいなかったこともあって護衛艦艇共々多くの船が沈められたが、今は違う。

 制海権が確保された海域も広がり、今回の様に「ましゅう」に手厚い護衛を付けなくてももう往路共に大丈夫にはなってはいるが、万が一の事があったらフォックストロットノベンバー作戦だけでなく「ましゅう」と言う大型補給艦喪失が後々に響いて来ると言う事から大規模な護衛艦隊が護衛に当たる事となった。

「これだけあれば三か月は余裕で艦娘を動かせるな」

 タブレット端末に表示された燃料のトン数を見て満足げに頷く岩瀬は運ばれていく補給物資を眺めながら独語するように呟いた。

「あとはこれを使いこなす彼女達次第だ」

 

 

 夕食の後、タナガーは艤装整備場へと足を運び自身の艤装の整備、点検状況の確認を行った。戦艦だった頃は乗員達がしていた作業の一部も艦娘となってからはタナガー自身が経験する事の一つになっていた。艦娘自身のルーチンには自身の艤装の整備、点検状況をまとめて報告書にして第八方面軍司令部に提出する仕事もある。別に毎日しなければならない仕事でもなく艦娘が定めた期間ごとに艦娘自身が報告書をまとめて提出するものだが、書類仕事周りは割とまめにやるタナガーは今日の演習で消耗した砲身交換などの整備点検が行われた自身の艤装のメンテナンスチェックを行った。

 都合のいい事に本土から「ましゅう」に乗艦してやって来ていた工作艦艦娘の明石もいた。日本艦隊唯一の工作艦艦娘である明石は必要に応じて自身のマザーベースである呉基地から随時前線の基地へと派遣され、艦娘の艤装の整備、点検、補修作業の監督を担っていた。

 物珍しそうにタナガーの艤装を見て回っている明石のピンクの髪の頭が、工作機械だらけの艤装整備場で一際目立って見えた。熱心にアクセスハッチを開けたりして色々調べて回っている明石にどのタイミングで声をかけるべきかとタナガーが迷っている内に、調べ終わったらしい明石が眉間の汗をぬぐいながら溜息を吐いてタナガーの隣に下がって来た。

「始めて見るメカニズムと見た事のあるメカニズムの塊ね……。あら、どちら様で?」

 不意に隣の艦娘に気が付いた明石は自身よりも背の高いタナガーを見上げて問う。目に入った物に夢中になるタイプか、と明石の性格を凡そ察しながらタナガーはカツンと踵を合わせて明石に敬礼した。

「お初お目にかかります、その艤装の使い手である戦艦艦娘タナガーです」

「あー、貴女が戦艦タナガーさんですね。初めまして、工作艦明石です」

 答礼する明石の肩章を見てほんの少しだけタナガーは姿勢を固くする。自分は新米新兵の大尉だが明石は中佐だ。

 すると階級章を見て階級差を意識したらしいタナガーに明石はその顔の前で軽く手を振って階級など気にするなとにこりと微笑む。

「艦娘の階級章何て飾りみたいなものですよ。そんなに畏まらないで下さい」

「自分自身の人の姿を得た時の性、とでも言いましょうか。自分が身を置く組織の事を考えたら気にしてしまうモノなんです」

 そう返すタナガーに明石は顎をさすりながら興味深そうに見つめ返す。

「『人の姿を得た時』……ですか。噂に聞く通りの身分の艦娘の様ですね」

「お察しの通りです。本来の私は『人の姿にあらず』の存在でした」

 ふーむ、と興味深そうに明石はタナガーを頭の上から靴の爪先に至るまでしげしげと眺めながらタナガーの周囲をぐるりと一回転して見て回った。そして不意に彼女の右手を取って肌をすーっと触感、温もりを感じ取る様に撫でた。

「見た目は人間そのものですね。ふむ、脈拍もある……」

 

 現在では艦娘の艤装技師を務める艦娘の明石だが、実は艦娘になる前は日本の防衛医科大学校医学科学生課程を修了しており、日本艦隊に配属されている艦娘の中でも数少ない元海上自衛官上がりの艦娘でもあった。だから艤装に限らず艦娘の身体を診る資格も持っていた。タナガーの事を始めて診た軍医の牧平のレポートは明石自身も見ていたが、自分自身の五感でも確かめてみた感じやはり前世が鋼鉄の軍艦であり、突然この世界に現出したと言う特殊な経緯を持つタナガーはどこからどう見ても有機物で出来た自分と同じ人間であった。

 

「……珍しいですか、やはり」

 静かな声で尋ねるタナガーの右手を離し、両腰に手を当てながら明石は無言で頷く。

「色々な出自の艦娘を見てきましたが、タナガーさん程特異な出自は初めてです。ですが経緯はどうであれ私達と同じ人間。コミュニケーションの取りようもない深海棲艦とは全く別です。

 この艤装も、現在の艦娘艤装技術では無理な事を一部で実現していると言う所を除けば、基本的な所はアイオワ級戦艦艦娘の艤装と大差ありません。既存の艦娘艤装技術と現在研究中の先進的艦娘艤装技術の複合体、いわばキメラな存在。しかしそれでありながら全くの非現実的な技術で構成されている訳でもない、寧ろ既存技術の延長線上にある」

「はあ……」

 

 明らかに目の色が変わりつつある明石を前に、兎にも角にもタナガーは自身の艤装の整備点検報告書をまとめる為に、自身の手でメンテナンスチェックに取り掛かった。やる事自体、艦娘となってから何度もやって来ただけに手付きは慣れていた。

「弾薬庫チェック、電源チェック、FCSチェック、データリンクチェック、艤装内湿度ノーマル……」

 艤装内部、特に弾薬庫の温度と湿度は砲撃戦に直に影響を及ぼすので特に入念な検査が必要な個所だ。戦艦の弾薬庫が爆発して事故沈没、と言う事はこの世界の過去の海軍史上でも度々起きた事だ。戦艦艦娘でもその危険性は孕んでいるから弾薬庫周りの安全確認は特に重要である。次に機関部と電源。これが無ければ航行する事も主砲を含めた艤装を稼働させることも出来ない。FCSとデータリンクも重要だが、最悪こちらはオフラインでもなんとかなる。

 チェック項目を一つも飛ばさずに一個一個丁寧に確認し、それらが終わると満足気にタナガーは頷いた。

「問題無しね。ご苦労様」

 艤装のメンテナンスチェックを補助してくれた装備妖精に礼を述べ、チェックリストを表示させていたタブレット端末の電源をオフにする。この後自室に戻って報告書の作成だ。これが少々大変だが艦娘としての仕事の一つだからすっぽかす訳にはいかない。艤装周りの報告書の提出を怠ると出撃停止処分等の懲罰が下るし、昇進にも影響を及ぼす。艦娘と言う人の姿を得てもタナガーの心は戦場に立つ事に誇りを覚えるから、出撃停止処分は彼女にとって最も望まない処分だ。

 他の艦娘の艤装の整備作業に当たる明石を横目に艤装整備場を後にしたタナガーはその後宿舎の自室に戻り、消灯時間まで報告書の作成にその日の夜の時間を費やした。

 

 翌日、昨夜作成した報告書を秘書艦の鹿島の元へメール転送し終えた後、ふとタナガーは初陣で負傷した艦娘が気になり基地内の軍病院に足を向けた。負傷で済んだとはいえ、やはり「僚艦」となる存在が傷つくのはこの世界に転生する前からも変わらずタナガーにとって心苦しい事であった。自分達は軍艦だから、敵の砲火によって斃れる事もまた不可避の運命ではあるが、それでも仲間が傷つくと言う事は良い事ではない。殊に艦娘は「艦娘」になれる適性を持つ女性がこの世に一つしか生れ落ちない存在故に、戦死して失われた時の取り返しがつかない。

 見舞いに行く前にPXで簡単な菓子類を数個購入してから軍病院へと入り、受付で三人がいる病室の場所を尋ねる。重傷を負ったとは言っても意識不明の重体と言う程では無い事もあって鳥海、北上、大峰の三人は集中治療室の様な個室では無く、女性病棟の大部屋に揃っていた。

 受付の看護師に礼を述べてから教えて貰った病室へと向かう。治療施設自体は揃っているがさほど大きな病院でも無いので五分と経たずに病室に辿り着いた。

 カーテンで仕切られているだけの大部屋の病床の上で暇そうに過ごす三人にタナガーは挨拶を入れながら中へ入る。

「おはようございます」

「あ、タナガーさん。おはようございます」

「おはよー、たなっち」

「おはようございますタナガーさん」

 病室へ入って来たタナガーをベッドの上の三人は気前よく出迎えてくれた。特に北上は「たなっち」と言う独自の愛称で呼んで来た。

 各々寝間着の下から包帯を巻いた箇所を見せてはいるものの概ね元気そうである。

 買って来た菓子類を三人に配りながら、タナガーは手近な椅子に腰かけ三人と対談した。

「次の作戦前まで少し時間があるので、お元気かなと思ってお見舞いに参りました。皆さん、具合はどうです?」

「私と北上さんは足の火傷が完治するまであと二日は必要です」

 そう言って鳥海は自身の左足を左手でポンポンと叩きながら答える。魚雷が直撃した二人の左足は幸いにももげる程の傷には至らず、火傷を負う程度で済んでいた様だ。タナガーの前世であれば全治数か月はいきそうな傷もこの世界では医療技術面が進んでいる事もあって治りが早い。

 大峰は鳥海と北上と比べて大きめの被害を受けていた事もあり、頭にはぐるぐると包帯を巻き、両足にはギプス付きで同様に包帯が巻かれている。寝間着の下に隠れて見えないが脇腹の傷口を縫った跡もあるだろう。

「大峰さんの具合はどうです?」

「帰ってから初めて足の骨にひびが入っているって事が分かり、ギプス生活です。自分の足で歩けるようになるにはもう数日は必要ですね。身体はまあ、何とかなりますが艤装が派手に壊れてしまったので修理がてらに大規模な改装を実施すると明石さんが言ってました」

「大規模改装、ですか」

 考えてみるとタナガーは既に大抵の艦娘であれば改装許可が下りる程度に練度が向上している。が、そもそもタナガーの艤装は改装の余地と言うモノが無い作りな為改装と言う事とは全くの無縁だった。裏を返せば改装せずともタナガーの艤装は充分に強いのである。

「改装、って言うのに少しばかり羨ましいものがありますね」

「そうでもないですよ。改装する際はそこそこ手間と艦娘側に負荷をかける内容になるから、艦娘の中には改装せずに運用される事を望む人も少なくないですから」

 メガネの位置を正しながらそう答える鳥海にタナガーは何気ない疑問をぶつける。

「視力の悪化はその改装によるもので?」

「いいえ、寧ろ改二化改装に際に視力は上がっていますよ。改二化の折に梟の様な夜目が効く様になりました。最もそれは艤装を付けている時の話で艤装無しだと普通の人と大して変わりありませんよ」

「ていうか、鳥海って艤装無しの時に眼鏡外すとやべえ乱視起こしてなかったっけ?」

 脇から口を挟む北上に鳥海はじろっと軽く睨みながらも「北上さんの言う通りです」と素直に認めた。

 鳥海さんは眼鏡付けている方がきっと美人だと思うけどなあ、と胸中で呟きながらタナガーは持って来た菓子類に紛れて自分用に持ち込んだ缶コーヒーに口を付けた。

 タナガーが色々と買って来た菓子類をそれぞれ手に取って口に運ぶ三人の顔は心なしかかなり上機嫌に見える。味気ない病院食ざんまいで飽きが来ていたのかも知れない。

「あ、一口チョコケーキ。これ私大好きなんですよね。タナガーさんありがとうございます」

 一口チョコケーキを美味しそうに食べながら鳥海はタナガーに礼を述べる。ケーキが好きと言うのは初耳だったし、理論尽くめな人柄に見える鳥海が本家ケーキ程では無い所詮菓子レベルのケーキでも子供のように喜ぶ当たり、彼女の好物が窺い知れた。

「そのチョコケーキで食べた栄養はいつもどこに行ってるんだろーね? やっぱ胸?」

 軽口を叩きながら北上は間宮アイスの袋を破ってアイスにかじりつく。大峰もどれにしようかと少し迷った末に醤油せんべいを手に取った。

 比較的静かな咀嚼音で済んでいる鳥海と北上と違いせんべいとあってばりばりと言う大峰の咀嚼音が病室内に響く。

「せんべいも沢山あるけど、やはり醤油せんべいが良いですね」

「アタシはぬれ煎餅も良いと思うけどねえ、まー、そこんとこは人それぞれだもんね。鳥海は何せんべいが好きだっけ?」

「私は洋菓子派なのであまり和菓子は食べないですね。もなかとかは別ですけど」

「洋菓子、和菓子、色々ありますねお菓子だけでも」

 自分も大峰と同じ醤油せんべいに手を伸ばしながら、前世はそう言う菓子類ってどう言うモノがあったっけ、とタナガーは記憶を呼び起こすが思い出せそうになかった。単純に覚えてないと言うしかない。自分は「鋼鉄の軍艦の船魂」に過ぎなかったから、食事情にそもそも興味関心を抱いた事が無かった。

 せんべいを齧るタナガーに一口チョコケーキを呑み下した鳥海がカフェラテのカップを手に取りながらタナガーに別の話題を振った。

「青葉さんから聞いたのですけど、次の作戦もサーモン北方ですか?」

「はい、今回は第一戦隊の方々と赤城さん、それに五航戦の方々と加賀さん、青葉さん、秋月さん、照月さんに航空支援して貰いながらサーモン北方海域の北方ルートでポイント5-5Pとその道中に展開する敵艦隊を撃滅します」

「陽動作戦とは言え、北方ルートですか……かなり厳しいルートですね」

 やや顔を俯けながら考え込む仕草をする鳥海にかわって大峰がサーモン北方海域の北方ルートについてタナガーに語った。

「作戦参加に当たって敵の布陣は聞かされているとは思いますが、あのルートはサーモン北方海域の攻略にかかった統合軍が最初に発見したルートで、かつ最も攻略戦ルートとして活用されていた事もあるルートなんです。しかし、どうしもても初動三群にも及ぶ潜水艦隊と交戦する事になる上、道中5-5Pまでの間にはポイント5-5Kと5-5Jの二か所の敵艦隊をやり過ごす必要があり、この時点で大破艦が出る事もざらです。5-5Kは苛烈な敵艦隊の空襲、5-5Jは空爆に加えて潜水艦が随伴艦艇として出現する為、空爆、水上戦闘、対潜戦闘の三正面作戦を同時にやる事となりこちらを経由するルートは早期に閉鎖されました。

 で、問題の5-5Kマスを突破しても待ち構えている5-5Pマス、ここが最も突破の難しい敵艦隊です。先に一群を撃破しているので現在は三群の艦隊で5-5P封鎖線を築いていますがこの封鎖線を突破に成功したとしても大抵艦隊に中破艦が複数出ている事が多いです。小破で済んでいたとしても最深部で必ずと言っていい程深海棲艦は損傷艦を集中攻撃して来るので結局話にならない程の一方的な損害を被って敗退する事が殆どです。

 そしてここからが本題なのですが、北方ルートが現在使われなくなった最大級の要因が今度タナガーさんが組む艦隊編成では5-5Pを抜けた後、強力な海域異常が発生して最深部に辿り着けない事が度々発生すると言う事です」

「海域異常?」

「具体的に言うと、重量編成で北方ルートを進撃すると5-5Pを抜けた後に羅針盤やTACANとかの方位を図る航法器具が一定の確率で軒並み狂っちゃうんだよね。しかも大抵5-5P辺りの天候は深海棲艦の手で曇天にされているっぽいから、天測航法もやり難くて結果最深部へ向かう為に必要な進路の算出にドジるんだわ。

 この海域異常、何故か駆逐艦を入れた編成だと発生しないんだけど、駆逐艦を入れたら入れたらであいつら脆い駆逐艦がいると完璧分かって集中砲火を浴びせて来るから、敵の戦力に対してこっちは駆逐艦を入れる分火力不足に陥る上に大破撤退の頻度は爆増するって訳」

 苦々しそうに北上が大峰に続けて語る。数々の駆逐艦が大破させられてその結果艦隊を引き上げさせられると言う苦い敗退が相次いだ事もあって、当時その攻略艦隊に居合わせた経験のある北上の口調は極めて深海棲艦に対する忌まわし気さを含ませている。

「なるほど。被害が多発するだけで最深部に辿り着けないルートと言う事ですか」

「概ねその通りです。まあ最近開拓されたルートであるサーモン北方海域中部南方寄りルートと初動の経由点は同じ……と言うか、潜水艦隊のピケットラインが広大なのか、初手潜水艦にやるかやられるかと言う所は現状どうしようもない状態です。潜水艦隊と交戦せずに抜けられるルートが前回のナイト・ランナー作戦で使ったサーモン北方海域南方ルートと言う訳です」

 そう答える鳥海にタナガーは自身の疑問を口にする。

「南方ルートから重量編成の艦隊を進めると言う事は?」

「それも実際に試されたのですが重量編成が組める艦娘の速力だと遠回りになり過ぎて、艤装の燃料が続かないと言う問題が発生して出来ないんです。それに南方ルートは遠回りになる分、道中の敵と交戦するのが必ず夜戦になるので敵艦隊の魚雷攻撃を見逃して被弾すると言うケースも。

 なので先述した中部南方寄りルートが現状最も安定していると言われる攻略ルートな訳です。まあ、突破自体の難易度が下がっただけで最深部の南方戦棲姫とレ級からなる主力艦隊に毎回返り討ちにされてきていたと言う所です」

「ふむ……」

 人間として今の世界に現出して統合軍海軍に配属されて艦娘になってからサーモン北方海域については自分なりに調べはしたが、所詮は過去の攻略作戦の報告書を基にしたデータでの情報でしか無く、青葉の口から聞いていた魔境と言う例えも朧げな概要程度にしか感じられなかった面がある。それが三人の解説を持って聞きしに勝る海域である事が完全に理解出来た。

「絶望的な光景は見慣れて来たものですが、この海域は強烈ですね」

 前世の記憶と合わせて呟くタナガーに三人は無言で頷いた。




 ツイッターでも呟いた事ですが、ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜は現在シーズン3まで構想案が出来ています。
 シーズン3まで弊二次創作にお付き合い頂けたら幸いです。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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