艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

12 / 24
 EO5-5って今となっては7-5と比べたらやりやすい部類になったなとふと思った次第です。


第一二話 突入、第一水上打撃群

 三日後。サーモン北方海域北部進入ルート。

 朝焼けを背後に、小島の様な黒々とした艦影を海上に佇ませる「わかたか」の艦尾のウェルドックから、ドック内注水と艦内後方傾斜警報のアラームが鳴り響いた。注排水ポンプが作動し、ドック内へ海水を注水する中、規定値までドックの海水面が高まるとウェルドックのハッチが開放され、うっすらとした朝日が赤い照明に照らされていたドック内に差し込む。

 ウェルドックの発艦デッキに集まったフォックストロットノベンバー作戦の参加メンバー一二名は、随行して来た鹿島と共に時計合わせの作業に入っていた。

「時計合わせ、カウント、五、四、三、二、一、マーク! 現在06:34、あってますか?」

 腕時計を見る一二人の艦娘に確認する鹿島に、全員から「時計よし」の返事が返される。よし、と頷いた鹿島はハイヒールの踵をコツッと打ち合わせて一同に向かって敬礼した。

「皆さんのご武運と健闘、そして無事な帰還をお祈りします」

「任せなさいって、全員で戻って来て見せるわ! ね、翔鶴姉」

「そうね。でも、全員で戻って来られるか否かは私達五航戦と加賀さんの航空支援如何になるわ。責任重大よ、気を引き締めてね瑞鶴」

 力み、勇み込む瑞鶴が姉の翔鶴に同意を求めると、翔鶴はやんわりとほほ笑みながら頷きつつも芯のある目つきと声で返す。

 そんな姉妹のやり取りを見ながら、加賀は翔鶴と瑞鶴に向き直る。

「共に艦隊を組むのは久々ね。五航戦の腕前、見せて貰うわよ」

「勿論よ、もう開戦時のルーキーじゃないってのを見せてやるわ」

 低い声、抑揚のあるトーンながら密かに期待の念を込めた目で見つめる加賀に、瑞鶴は自信たっぷりに答える。今次戦争初期は随分と一航戦、特に加賀からは後輩扱いされたものだったが、今となっては瑞鶴も翔鶴と共に日本艦隊の空母機動部隊の中核を成すベテラン艦娘の一人だ。彼女が艦載する航空団の航空妖精は飛行時間数千時間にも上る熟練者揃いであり、文字通り精鋭である。

 自信たっぷりに、しかし些か主張は控え目な胸を張って答える瑞鶴に、加賀は硬い表情にうっすらと笑みを浮かべる。加賀も五航戦の二人の成長は認めている。いや、今では出撃が控えられがちな自分よりも空母艦娘としての技量は上かも知れない。

 そんな空母艦娘三人のやり取りを少し離れたところからタナガーは含んだ感情を湛えた目で見つめながら、黙々と艤装の準備を進めていた。

「嫉妬してます?」

「別に……」

 少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いて来る青葉に、タナガーは素っ気なく反応した。

 

 焼いていると言うよりも、空母艦娘に深海棲艦の大物を横取りされないか、と言う不安が大きかった、と言うのが正しい。航空機の脅威は艦娘や深海棲艦サイズになっても変わらない。前世のタナガーの最期の時の様に航空攻撃だけで対峙する深海棲艦が片付いたら、自分の出番が無くなる。それはそれで消化不良そのものだし、航空機に出番を奪われると言う意味でも非常に癪だ。

 するとそれを分かっていた様に青葉が自分の艤装からタブレット端末を引き出して、サーモン北方海域のマップを表示させると、予想される敵艦隊の位置を表示しておさらいする様にタナガーに説明を行った。

 

「今回の目標はご存じでしょうが、ポイント5-5Pに展開する深海棲艦の水上打撃群です。航空攻撃で片が付くならそれに越した事は無いのですが、5-5Pに展開する敵艦隊の構成艦は軒並み対空戦闘能力が高く、航空攻撃での撃滅は不確実性が極めて高いです。爆弾を大量に投げ込んで何とかなる相手ではない以上は、戦艦部隊を突入させ、戦艦の拳で殴り合うのが現実的です」

「それまでの道中、深海棲艦の空母機動部隊が待ち構えていますよね。こちらが航空攻撃で返り討ちにされると言う可能性は?」

「そうならないように、青葉達が出撃して支援する訳ですよ」

 ポンと胸を叩いてにこりと笑う青葉の言葉に、何か元気づけられる思いを感じながら、青葉が見せるタブレット端末のマップに視線を戻す。

 道中、潜水艦隊のピケットラインと空母機動部隊三群。これを潜り抜けた先にポイント5-5Pの敵艦隊が待ち受けている。戦艦レ級と戦艦ル級、重巡ネ級を中核とした重艦隊。空母は居ないが、レ級だけでも一〇〇機以上の艦載機を積んでいる。こちらも赤城の艦載機を全て戦闘機にして、更には改二重艤装の大和と武蔵の艤装には水上戦闘機の強風改二が艦載されているとは言え、航空優勢を確保するのは困難である事は空母艦娘では無いタナガーでも分かる。

「爆弾と追いかけっこしながら砲撃戦は出来ません。航空支援、頼みますよ」

 フォックストロットノベンバー作戦の中核となる第一水上打撃群の旗艦を務める大和が翔鶴、瑞鶴、加賀に向き直って願い入れる様に軽く頭を下げる。

「任せてって大和さん。私ら五航戦と加賀さんが援護するから、大船に乗った気分で前進して」

 相も変わらず勝気な瑞鶴が自信満々に答える一方、翔鶴は無言で笑顔を浮かべるに留まり、加賀は逆に瑞鶴に対して些か過信していると危機感を覚えているかのように目を細めた。

 大丈夫か、と溜息を軽く吐くタナガーの肩に長門が片手を置きながら苦笑を浮かべた。

「あれが普段からの瑞鶴だ、深く心配する事でもないさ。彼女はその自信に見合うだけの実力を航空妖精と共に持ち合わせている」

「空母艦娘の技量ってどういう形で推し量るものなんですか」

 自らの艦種が戦艦だと言うのものあってか、空母艦娘の運用には疎いタナガーの質問に、長門は顎を摘まんで軽く考え込む。

「そうだな、簡単に言えば隷下の航空妖精との同調、だな。空母艦娘が頭で考えた事をダイレクトに航空妖精へ転送する思考力の速さ、頭の回転の速さ、神経伝達の速さ、こんなところだろうか。

 空母艦娘は空母艦娘になる際に他の艦種の艦娘と違って、脳内に航空妖精とリンクする為のバイオチップを埋め込む手術を受ける。他の水上艦娘も艤装を動かす為に制御用のバイオチップを埋め込んでいるが、空母艦娘の場合は艤装と航空妖精とのリンクの二種類のチップを脳内に埋め込まれるんだ」

 制御用とは言え、バイオチップなるものを頭の中へ埋め込むと言う長門の語り口に、タナガーが気になる様に頭に右手を当てると、長門は苦笑を浮かべて手を振った。

「別に頭皮を剝いで、頭蓋骨に穴をあけて、脳の中へ金属のチップを埋め込む様な外科手術をする訳じゃ無い。ナノメートルサイズの極小チップを特殊な注射器でプスッと指して注入するだけだ。麻酔もいらない、三〇秒もしないうちに終わる施術さ。まあ施術を受けた艦娘の中にはその日一日中ふらふらする後遺症が出る事もあるが、次の日には元通りだ」

「なるほど」

 そうして艦娘は艤装を制御しているのか、とタナガーは身近でありながら知り得なかったことを学ぶと共に、もう一つ疑問を長門にぶつける。

「ジョイスティックで艤装を操作する艦娘はどういう理論なんです?」

「ジョイスティックはバイオチップとのリンクを補佐する目的がある。脳への負荷も抑えられ、尚且つ正確な艤装の操作、照準アシストが行える。青葉の艤装も左手で握るフォアグリップと右手のボタンで諸々照準の補正や、電探、ソーナーの感度調整、通信の周波数調整などを行っている」

「青葉、両利きなのでこう言う複雑な操作もへっちゃらなんですよぉ。頭で考える事は航行関連、手で射撃関連と役割分担しているんです」

 解説していた長門の隣から、青葉がペンを両手の掌の上で起用に回し渡しながら自身の両利きの器用さを披露する。

 

 器用なのは良い事だ、と感心しながらタナガーは自身の左手を見つめる。思えば自分はこの世に人の姿を得てから右利きである。右利きとして転生を果たしたのは恐らくは戦艦タナガー時代、右に艦体が捻じれる癖があった名残かも知れない。この捻じれ癖が航海を指揮する歴代の航海長や艦長達を度々悩ませてきたが、最後の艦長であったトーレス艦長は砲術のみならずその癖のあるタナガーの操艦も巧みだった。

 トーレス艦長、元の世界では今頃何をしているのだろうか。ふとそんな他愛もない、探りようのない疑問が浮かぶ。

 

「作戦開始、一分前! 第一水上打撃群、発艦準備!」

 発艦要員の掛け声にタナガーはハッと我に返る。考え事に耽っている時ではない、これから作戦行動に入るのだ。

 気を引き締めないと、と両頬をパッパッと叩くタナガーの眼前で、海水に満たされたウェルドックへと大和、武蔵、長門、陸奥、赤城が降りて行く。起動済みの主機がウェルドック内の海上に五人を二本の脚で立たせ、アイドリングの泡が五人の足元でじゃぶじゃぶと湧き立つ。

 艤装装着ベルトの締め具合を確認したタナガーもスロープをヒールの音を響かせながら降りて行き、ちゃぷんと音を立てて海上に立つ。始動している主機の細かな振動が足先から踝に駆けて伝わって来る。

「戦艦タナガー、発艦準備良し」

 そう発艦指揮所へ宣告するタナガーの前で赤城がサッと右に滑らかな足取りでスライドすると、彼女に先に自分が立っていた場所を譲った。

「赤城さん?」

「殿軍はお任せください。しっかり大和さんや長門さん達の後について行けるか見守らせて貰いますよ」

 自ら六番艦を買って出る赤城にタナガーは謝意を述べながら五番艦のポジションに付く。赤城としては新米がまだ不慣れであろう海域での殿は任せて居られないと言うのと、新米に殿を任せて万が一はぐれたりしたら一大事と言う考えに基づくものであった。ベテラン艦娘としての立場から導き出した合理的判断である。

 赤城自身、先の艦隊演習には参加していたし、その時タナガーの艦隊運動の腕前も砲術の腕前も見てはいた。相応に腕の立つ新米だが、だからと言って気が抜けないのがサーモン北方海域だ。自分の様な場数を積んだベテランでも容易に撃破される理不尽さを詰め込んだような海域だ。タナガーの様な新米が幸運を味方にして切り抜けられたとしても、その次、また次がどうなるかは分からないし、赤城も保証出来ない。

「海戦で確かめさせてもらいますよ。貴女の可能性と言うモノを」

 ほんの一瞬、ベテランの貫禄を見せた口ぶりになる赤城にタナガーは(空母が偉そうに……)と少しばかり苛立ちと反抗心を抱いたが、おくびには出さずに無言で頷いた。先任艦娘である赤城に露骨な反抗心を見せて逆らう程、タナガーは傲岸不遜で自信過剰な性格では無い。寧ろこの世界では前世の経験が通用しない可能性も含めて、心のどこかで天狗になって自意識過剰になっているかもしれない自分自身を抑えてくれているのかも知れない、と思うと有難く思うべき存在だった。ただ、航空屋の赤城に大砲屋の自分に口指しされるのは本心で言えば嫌ではあった。これが大和や長門の様な同じ戦艦艦娘であればすんなり受け入れられたかもしれない。

 タナガーが発艦位置に付いて程なく、赤い照明で照らされていたウェルドック内にグリーンのライトが光った。

「作戦開始! 第一水上打撃群、発艦始め!」

 発艦指揮所から発艦指示が出て、ウェルドックの端に立つ発艦士官がGOサインを第一水上打撃群の六人に向けて送る。

「第一水上打撃群。旗艦大和、発艦します。各艦続いてい下さい!」

 凛と張った声で大和が後続の五人に向けて発艦の号令を下し、自らも前進強速へと加速を開始した。巨大な艤装を纏った大和が緩やかに前進を始めると、一拍おいて武蔵が加速を開始する。武蔵が発艦すると長門が、長門が発艦すると陸奥が発艦を始める。

 加速を開始した陸奥の背中を見つめながらタナガーもエンジンテレグラフを回して前進強速へと加速する。白波が足元で蹴立ち、切り裂かれた紺碧の海に白い航跡が刻まれる。タナガーの順調な滑り出しを見た赤城も発艦し、第一水上打撃群の六人は瞬く間にウェルドックから発艦し、群青の世界が広がる洋上へと乗り出した。

 

 第一水上打撃群の六人が発艦した後、航空支援艦隊の翔鶴、瑞鶴、加賀、青葉、秋月、照月の六人の発艦作業が始まった。こちらはタナガーの様な新米艦娘もいない分、スムーズに、何か留意点も注意点も発生せず発艦が終わり、翔鶴、瑞鶴、加賀を中心とした輪形陣を組んだ。

 先行して進出していく第一水上打撃群の六人の後姿を見送りながら輪形陣の戦闘を受け持つ青葉は心の底でタナガー含めた第一水上打撃群の六人の健闘を祈った。

 

「大和航空隊、発艦始め!」

 サーモン北方海域の作戦エリア内に突入して直ぐに大和が取った行動は、航空艤装から水上爆撃機瑞雲を発艦させての対潜哨戒任務だった。

 タナガーも事前に聞いてはいたが、自分達が突入するルートの初手から深海棲艦の潜水艦隊が海域へ至るルートを阻む関所の番人の様に待ち構えていると言う。艦娘艦隊が取る事の出来るルートは限られてくるから潜水艦隊はその予想ルート上にピケット部隊を貼り付かせればいいだけだ。見張りにもなるし、魚雷を放って万全の状態で挑んで来る艦娘艦隊に損害を負わせて不完全なコンディションに追い込む事も可能だ。そこがこのルートにおける最初の関門と言えた。

 カタパルトから第六三四海軍航空隊所属の瑞雲改二が乾いた射出作動音と共に、エンジン音を響かせながら空へと昇って行く。六人の上空で編隊を組んだ一六機が艦隊の前方に散る様に展開していき、対潜哨戒網を形成する。胴体下に抱いた対潜爆弾は一発の威力は、水上艦娘からすれば大した事は無いが潜水艦にあたれば大ダメージは免れない。

 対潜警戒を厳にせよ、と言う号令が下って一五分程して、大和の瑞雲改二が動いた。早速深海棲艦の潜水艦隊がお出ましになったようだった。

 同時に大和の肩の上でウォッチに付いていた見張り員妖精が潜望鏡発見の報告を大和に上げる。

「全艦魚雷攻撃に備え、之の字運動始め」

 不規則に左右に舵を切って敵潜水艦に照準を定めさせない之の字運動に入る第一水上打撃群の六人の前方で、会敵した瑞雲改二が対潜爆弾を投下する。純粋な対潜哨戒機とは違ってソノブイやMAD(磁器探知機)などは持たないので、搭乗する航空妖精が目視で捉えた潜水艦に対して目視で対潜爆弾を投下すると言う簡易的な対潜攻撃になる。目で捉える目視照準である以前に、探知機で探知するわけではない、目で発見する目視発見に頼る分、如何に早く爆撃が効果を発揮する深度以上に潜られる前に察知出来るかにかかっていた。

 二機の瑞雲改二が対潜爆弾を投下する。海上に海中で炸裂した対潜爆弾の爆発に水柱が現出し、そのうちの一本は黒く濁った油交じりの水柱となる。何かの破片の様なものも混じる黒い水柱を確認する瑞雲改二から敵潜水艦一隻撃沈、の報告が入る。

 

 六人にとって難しいのは大和しかソーナーを備えていない分、聴音探知で魚雷攻撃や潜水艦の存在を察知する事が出来ないと言う点だった。 つまり大和が魚雷攻撃を被弾してソーナーが故障でもすれば、聴音探知と言う手っ取り早い探知手段を失い、目視と言う時間のかかる確認手段に頼らざるを得なくなる。

 最初の潜水艦を探知して、撃沈してから暫く、六人は潜水艦に遭遇せぬまま前進を続けた。遭遇しなかったと言うよりは、潜水艦側が隠れてしまったのか、瑞雲隊の対潜哨戒網に引っかからなかったのである。最初に仕留めた潜水艦が何かしらの信号でも送ったのか、それとも爆沈する味方艦の爆発音をソーナーで捉えて警戒態勢に入ったのか。

 潜水艦との戦いは時間との闘いともよく言うが、潜水艦の展開ゾーンを抜けさえすれば、第一水上打撃群の六人からは殆ど手の出し様がない潜水艦とは戦わずに済む。

 之の字運動ことタナガーの中ではジグザグ運動と呼ぶ機動をする間、彼女の眼に潜水艦の潜望鏡や魚雷の白い航跡が映る事は今のところは無かった。味方艦が撃沈された事と前進して来る艦隊が重編成である事を察知して、自分達の魚雷の火力では足止めも出来ないと考えて下がったのか。それともどこかに集まって伏撃の態勢に入っているのか。

 こういう時に駆逐艦が居れば随分助かるものだが、生憎今回の出撃には連れてきていない。いや脆い駆逐艦でなくとも軽巡洋艦艦娘でもいればまた違うのだが、残念ながらサーモン北方海域攻略の為に誂えたと言われる軽巡艦娘矢矧改二乙と、能代改二共にまだ日本本土で錬成途中で実践投入の段階には入っていない。二人とも練度は充分なのだが新しい艤装に慣れていないのだ。慣熟抜きに艦娘を実戦投入をする程、統合軍も無謀無策では無い。

 艦隊で唯一のソーナー持ちである大和はヘッドセットに手を当てて海中の些細な音も逃すまいと、聴覚と神経を研ぎ澄ます。彼女の備える零式水中聴音機は駆逐艦娘が備えるソーナーよりも大型であり探知範囲も広い。目で見える範囲よりもはるかに聞こえる範囲が広い水中聴音機だ。

 

 あと少しで潜水艦展開海域を抜けられる、と言う時、大和が反応した。

「ソーナーに感あり。方位065、距離二〇〇〇メートル、数三隻」

 即座に全員の眼が方位065度に向けられる。直後、大和の口から「魚雷音探知!」の叫び声が飛び出た。

「方位167、敵針023、距離一五〇〇メートル、雷数二!」

「逆方向にも一隻いたか!」

 呻く様に反対方向へと視線を向ける長門の視界に、二本の魚雷の航跡が映った。ゆっくりとだが、確実にその白い航跡は赤城へと延びて行く。

 魚雷の航跡を確認した赤城は即座に面舵に舵を一杯に切って、魚雷回避にかかる。ベテラン艦娘の勘と操艦のテクニックが冴え渡り、鋭い円を描いて赤城が二本の魚雷の航跡と正対する。

 難なく赤城が二本の魚雷を躱した時、大和から方位065度に展開する三隻の潜水艦から魚雷発射の警告が全員に向けて飛んだ。

 数は一八本。潜水艦が魚雷発射管を全門発射したのと同じ数だ。左舷側に一八本もの雷跡が六人を覆い込む様に広がって来る。回避運動をしたばかりの赤城も含めて全員が対魚雷回避運動に入る。一方、空では瑞雲隊が大和の探知した潜水艦のポイントへ向かい、艦影を確認出来た潜水艦に対して対潜爆弾を投下する。

「左一五度魚雷近い!」

 タナガーの左舷見張り員妖精がゆらゆらと海面に航跡を浮かび上がらせながら近づいて来る魚雷の姿を見て叫ぶ。

「左後進一杯、右前進一杯、取り舵一杯そのまま」

 慌てず、落ち着いて左へと舵を思いっきり切るタナガーの視界にも白い航跡が一本見えた。このまま左に舵を切り続けていれば躱せるはずだ。距離によっては艦娘の存在を検知した深海棲艦の魚雷の近接信管が作動して、爆発の破片を浴びるかもしれないが、まずは直撃を躱す事に専念する。タナガーの右足と左足で異なる推力が入れられ、左へぐいっとタナガーの向きが変わる。回頭した彼女の右舷側を白い航跡が通り過ぎ、タナガーの艦尾側へと抜けて行った。

 転生の勘か、艦娘と言う人として転生した際の動物的な本能か、タナガーは反射的に反対側へ視線を向けていた。ほぼ同時に大和から新たな魚雷発射音と航走音の探知が報じられる。

「狙いは……タナガーさんです!」

 ヘッドセットに手を当てたまま大和はタナガーの方へと振り返る。自身に負けず劣らずの長身のタナガーが既に自分が魚雷の接近を告げる前に、回避運動に入っていた。ソーナーを持たない彼女が早期に動いたのは勘なのか本能のどちらなのか。少なくとも「鋼鉄の軍艦」だった頃のタナガーだったら出来ない芸当であろう。

 タナガーへ接近する魚雷は四発。発射したのはカ級のノーマルだろう。カ級のノーマルなら魚雷発射管の数は四門だから、これを躱せば次弾が来る前にこの海域から脱せられるだろう。

 迫り来る魚雷四発に対してタナガーは落ち着いて魚雷と正対する進路に舵を切る。四五ノットで向かって来る魚雷四発の軌道を予測して微妙に舵を修正する彼女が瞬きするのも忘れて魚雷を注視する中、四本の魚雷はすっとタナガーの左右両側をすり抜け、そのまま海中へと静かに消えて行った。

「取り舵一杯、艦隊へ戻る」

 言葉通り取り舵一杯に舵を切って艦隊へと戻るタナガーの視線の先で、大和、武蔵、長門、陸奥、そして赤城が早くも隊列を元に戻して自分を待っていた。速やかに隊列に復帰すべく急ぐタナガーの耳に遠くで瑞雲隊が投下した対潜爆弾の爆発音が聞こえて来た。

 

 

 第一水上打撃群の六人がサーモン北方海域のポイント5-5Bを通過したのは、それから一〇分後の事だった。大和の瑞雲隊は三隻撃沈確実の報告を入れて、一隻詳細不明と報告して来た。

「さあ、ここから難易度が一気に跳ね上がるぞ」

 空と水上の両方を縁なし眼鏡越しに見つめながら武蔵が言う。これから向かう先はポイント5-5K。空母ヲ級改flagship級を含む大規模な空母機動部隊が展開するエリアだ。

 これから突入するエリアを見越して大和は別海域から支援に当たる航空支援艦隊にCAP機を要請した。

「旗艦大和より航空支援艦隊へ。CAP機の発艦を要請します」

≪こちら翔鶴、了解しました。CAPがそちらに到着するまでのETAは七分です≫

 航空支援艦隊の旗艦を務める翔鶴から直掩機となるCAP機の到着予定時刻が告げられる。七分。長い様で短い時間だ。

 直掩機となれば赤城の仕事でもある。彼女は即座に弓を構え、航空機を仕込まれた矢を弓に掛けると、風上に向けて矢を放った。鋭い矢を放つ射出音が響き渡り、矢が十数メートル飛翔した後、閃光と炎を放って烈風一一型を出現させる。三分と経たずに二〇機の烈風を発艦させた赤城は更に増援機を上げる準備をする。

 次に来るであろう敵を想定してタナガーもその敵に対しての備えを発令する。

「対空戦闘用意! 高角砲一番から六番及びCIWS一番から四番、射撃用意!」

 彼女の艤装に備えられたMk12五インチ連装高角砲六基と二〇ミリCIWS四基の火器管制に火が入り、それぞれの対空火器が仰角を取って空を睨み上げる。Mk12には砲術妖精が入り込み、Mk37砲射撃指揮装置GFCSと連動しているか確認を行う。タナガーが備えるCIWSの高性能対空レーダーと比べたら幾分は劣るが、それでも艦娘の対空火器としては極めて高精度の対空火器だ。

 第一水上打撃群の六人の中では最も防空能力の高いのがタナガーであり、次いで大和型改二であった。長門型改二の長門と陸奥の二人の対空戦闘能力は相応に高いが、タナガー、そして大和型改二よりは若干劣る。防空艦として期待が持てるタナガーは実質第一水上打撃群の中で対空戦闘の要と言える存在になっていた。

 対空戦闘用意の号令が大和型の二人と長門型の二人でも発令され、それぞれが備える高角砲が鎌首を持ち上げる様に砲身を空へと向け、艦娘のヘッドギア型射撃指揮所と連動して砲口の向きを変えた。

 七分後、後方から紫電改四の編隊が飛来する音が聞こえて来た時、同時に前方から多数の深海艦載機群の飛行音が第一水上打撃群の行く手を阻む様に迫って来た。

「左対空戦闘、旗艦指示の目標、全艦三式弾、撃ちー方始め!」

 旗艦を務める大和の対空戦闘の号令と共に大和、武蔵、長門、陸奥の主砲が仰角を取り、砲口を接近する深海艦載機群へと差し向ける。全二二門に及ぶ五一センチ砲と四一センチ砲が接近する大量の深海艦載機群に巨大な砲口を向け、各艦娘の射撃指揮所からの諸元入力を進める。CAP機が交戦を開始する前に、三式弾改二の一斉射を浴びせる、と言うのが艦娘艦隊の戦術の基本だ。見込める砲撃効果はそれほど高くは無いが、一機でも少なくすることでそれによって得られる被害軽減もあるかも知れないと言う希望的な期待が込められていた。

「撃ち方用意良し!」の合図が武蔵、長門、陸奥から上げられてくると、大和はなお接近して来る深海艦載機群を紫色の瞳で見据え、口を開くと張りのある声で砲撃を発令した。

「全艦、主砲対空戦闘、撃ちー方始めー! 発砲!」

「てぇーッ!」

 二番艦の武蔵が射撃の合図を下すや、大和、武蔵、長門、陸奥の主砲が交互撃ち方の要領で三式弾改二を撃ち出した。目くるめく発砲炎が四人の左前方に噴き出し、一瞬遅れて発砲の轟音が鳴り響き、衝撃波がべこりと周囲の海面をへこませる。交互撃ち方であったので遅れて発砲する砲身の砲撃の火焔が再度四人の主砲から放たれ、二度目の衝撃波がへこんでいた海面に更に衝撃波の波を広げていく。

 後続のタナガーの顔面に濡れ雑巾で顔面を殴りつける様な衝撃が打ち付け、思わず目を細める。耳はヘッドセットを付けている分、その減音機能で砲声は耳に支障が無いレベルにまで落とされていたが、鼻から口へ抜ける衝撃は強い。流石は艦娘艦隊で最大級の口径を誇る艦砲の持ち主の大和型改二の二人とビッグセブンと謳われし長門型改二の二人の主砲砲撃だ。余裕さすら感じさせる迫力、そして威力が違う。

 この四人の特殊砲撃を食らっても簡単には沈まないと言う南方戦棲姫やレ級elite級からなるサーモン北方海域深部の敵主力部隊、一体どれ程の怪物なのか、と疑問に思うタナガーの視界の先で深海艦載機群の鼻先でパッと三式弾改二が炸裂するのが見えた。遅れて花火が炸裂する何の様な起爆音が響き渡り、三式弾改二の散弾の雨が百数十機に及ぶ深海艦載機群に降り注いだ。

 二二発の大口径砲弾がぶちまける散弾の雨は、まさにスコールの様に鉄の欠片を周囲にぶちまけるが、そのスコールの範囲は本物よりも狭く、鉄の欠片の雨に打たれる深海艦載機群の数は多いとは言えなかった。黒煙を引いて海上へと落ちて行く機体、散弾を諸に浴びて木っ端みじんに砕け散る機体の残滓を数えても、砲弾投射量からみれば割に合わない撃墜数だ。

「撃墜八、損傷離脱五。ターゲットサーヴァイブ! 残りは編隊を立て直して尚も近づく!」

「CAP隊、交戦を開始」

 タナガーの艤装内部のCICでレーダースコープを覗き込む装備妖精が、深海艦載機群と味方機の状況を報じる。第一水上打撃群の前方でCAPに上がった紫電改四と烈風一一型の編隊が、深海艦載機群の群れと交戦を開始する。紫電改四と烈風一一型の猛牛の様なフルスロットルのエンジン音が轟々と鳴り響き、旋回して背後を取ろうとする彼我の機体が空に引くコントレイルが複雑に、あやとりの紐の様に絡み合う。

 絡み合うコントレイルに交じって曳光弾の火箭が振り回される鞭の様に飛び散り、赤や緑の鞭に絡め取られた機体が黒煙を引きながら天界の格闘場から転げ落ちて行く。精鋭一航戦と五航戦の艦載機と言う事もあり、紫電改四と烈風一一型の混成編隊はよくよく奮戦している。放たれる曳光弾は交戦相手の深海棲艦戦MkⅢよりも無駄撃ちが少なく、的確に、正確に狙いすまされた射撃が一機、また一機と確実に敵艦載機を屠っていく。

 着実に数を減らされていく深海艦載機群は散開してCAP隊の手を逃れると、小規模な編隊に分かれて四方から囲い込む様に第一水上打撃群へと攻撃を開始する。

 

 しかし四機ないし六機程度の小規模な編隊に分かれて攻撃を試みた深海艦載機群は、第一水上打撃群の高角砲の射程内に入り込むや、猛烈な高角砲の対空砲火を浴びる事となった。

 大和型改二の10㎝連装高角砲群集中配備と長門型改二の10㎝連装高角砲が猛然と艦爆、艦攻に対して弾幕を張る。主砲の三式弾改二よりも正確に、素早く送り込まれる対空弾の散弾が急降下爆撃を試みる深海棲艦爆MkⅢを下部から爆風と共に吹き上げ、低空から雷撃を試みる深海棲艦攻MkⅢには鼻っ面から、上面から殴りつける様に爆風と散弾の波が押し寄せた。

 

 だが最も悲惨な目に遭ったのはタナガーと赤城を目標とした艦爆一二機と艦攻一〇機だった。

 

「今こそ盾(シールド)の役割を果たす!」

 

 死に神の上げる金切り声の様なCIWSの射撃音が響き渡り、放たれた自己破壊弾の赤い火箭が高度を取って急降下爆撃を試みる艦爆一二機を黒板に書かれた文字を黒板消しでさっと消す様に、薙ぎ払う。死に神の鎌で刈り取られていくかのように艦爆一二機が瞬く間に無数の銃弾を食らって四散し、空に砕け散った機体の残骸を散らす中、赤城を狙う艦攻一〇機に対してタナガーと赤城の高角砲が猛然と弾幕を張る。赤城の10cm連装高角砲が牽制目的に弾幕を張るのに対して、タナガーのMk12は猛然と撃墜を目的に迎撃の砲火を放つ。確実に殺しにかかるタナガーの高角砲は深海棲艦攻一〇機のすぐ傍に対空弾を送り込み、弾頭のVT信管が作動して炸裂した対空弾の散弾が死の雨となって艦攻の機体を穴だらけにして打ち砕いて行く。

 絶好の魚雷の投下ポイントに付きにくくさせる牽制射撃に留めている為、精度は比較的控え目な方の赤城に対して、殺意を全開にして対空火器を全力で放って迎え撃つタナガーの姿勢はまさに対照的だった。赤城が対空射撃で頑張る必要も無くす程の猛烈な弾幕を張るタナガーを前に、全二二機の艦爆と艦攻は瞬く間に全滅した。一機も投下ポイントに辿り着けず、それどころか攻撃態勢にすら入る事も叶わなかった。

 秋月型や防空重巡の摩耶、アトランタ級軽巡艦娘の対空射撃等を見て来た赤城でも、ここまで単独で文字通り一掃してのける艦娘はそういないだけに、彼女は驚嘆の眼でタナガーを見つめた。褒めの言葉が口から中々出て来ない赤城は口をパクパクとさせるのがやっとだった。

 自身と赤城に攻撃を仕掛けようとした攻撃機を全て撃墜したタナガーは、その猟犬の様に鋭い眼光を別の方向へと向ける。自身の対空火器の射程内にいるのは他には陸奥だけだ。その陸奥の頭上から彼女の対空砲火を搔い潜った深海棲艦爆MkⅢ六機が今まさに急降下爆撃に入ろうとしていた。高角砲の砲身の仰角を最大にして迎撃する陸奥の端麗な顔に焦りがじわりと滲み出る。

 その時、彼女の後方から電動鋸の様なCIWSの連射音が鳴り、飛来した数百発の銃弾が六機の艦爆を文字通り粉々に切り刻み、無数の破片へと変えた。

「敵機撃墜、上空クリア」

「あら、有難うタナガー」

 礼を述べる陸奥にタナガーは依然と空を見上げながら、口元だけ不敵な笑みを浮かべる。

「陸奥先輩も良くやります」

 CAPの奮戦によって戦力を分断させられた結果、小規模戦力の逐次投入となった深海艦載機群は結果として一発の爆弾も魚雷も第一水上打撃群の六人に当てる事は出来なかった。至近弾となる爆弾の破片による被害発生すらも無く、爆装を投下した攻撃隊は残存機で編隊を組み直して母艦群の方へと元来た道を戻って行った。

 

「敵機群、進路を方位085へ取る」

「了解。旗艦大和より第一水上打撃群全艦に達する。艦隊、隊列を再編後転進、新しい進路085へ」

「ようそろー」

 逐次回頭して方位085へと舵を切る大和の跡を武蔵、長門、陸奥、タナガー、赤城が続いた。

「新進路085度、ようそろー!」

 単縦陣を組み直す第一水上打撃群の隊列の中で、新米の域でしか無い筈のタナガーが素早く単縦陣の隊列を組み直し、見事なまでの艦隊運動の腕前を見せる。

 その背を赤城は驚嘆と何かを探る様な目でタナガーを見つめていた。

 

(直ぐにも隊列が組めるなんて……今の人としての姿を得る前は鋼鉄の軍艦だったと聞くけど、あるがままを見ただけで本質的に洞察しきる素の才能。元『戦艦』だったと言う話、信じたくなるわ……)

 

 敵機の空襲の第一波を退けた第一水上打撃群は方位085度へ全艦が転進し終えると、第三戦速で前進を再開した。

 目標は敵機動部隊A群。空母ヲ級改flagship級を中核とするこの機動部隊を殲滅すれば、サーモン北方海域全体における航空優勢は艦娘艦隊に傾くだろう。




 小ネタ・今回「今こそ盾の役割を果たす」の台詞を言ったタナガーのこのセリフ、元はと言えばACE5の対空艦エクスキャリバーの「今こそ盾(イージス)の役割を果たす」が元ネタですが、タナガーはイージス艦では無いので「シールド」に変えました。

 感想評価、ご自由にどうぞ。
 次回はサーモン北方海域で空母機動部隊を蹂躙する第一水上打撃群の姿が見られると思います。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。