艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

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第一五話 勝敗の行方

 小破した長門を除けば、奇跡的にもまだ大した損害無く前進を続ける第一水上打撃群の六人は、速度を第一戦速に維持して、ポイント5-5Pを目指していた。5-5Pに展開する深海棲艦の残存艦艇は、戦艦レ級一隻、戦艦ル級flagship級二隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ハ級後期型二隻とレ級elite級一隻、重巡ネ級elite級二隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ハ級後期型二隻の一二隻だ。数の上では第一水上打撃群の二倍だが、全体的な総火力では第一水上打撃群を下回っている。強力な超射程精密雷撃を放って来るレ級elite級は残り一隻であり、残るはノーマルのレ級とflagship級のル級が二隻。戦艦級の数は四隻に留まり、代わりに火力を補う存在としてelite級のネ級が二隻控えている。

 一方でレ級にはノーマルとelite級に二隻合わせて三二〇機にも上る艦載機を有している。機種は全て戦闘機ではなく、戦闘爆撃機的な存在の飛び魚艦爆に統一されており、対艦攻撃能力、ある程度の制空戦闘能力もある。しかし、航空支援艦隊と第一水上打撃群に随行する赤城の艦載戦闘機隊よりかはドッグファイトの力にかなわない。

 前進を続ける第一水上打撃群の上空には、航空支援艦隊から発艦して戦闘空中哨戒(BARCAP)に当たる紫電改四の姿があった。加賀より二四機、翔鶴と瑞鶴より二〇機ずつの計六四機に上る戦闘機隊が四機一組の編隊を組んで、第一水上打撃群には爆弾の一発も触れさせぬとがっちりと空の防備を固めていた。更にその上空には赤城から上がった烈風一一型一六機が旋回しながら直掩に当たっている。直に鉛玉を撃ち込んだら容易く撃ち抜かれるジェラルミンの薄い鉄壁ではあったが、そのジェラルミンの鉄壁は空を縦横無尽に飛び回って群がる敵を防ぐ能力を有している。

 空一杯に響き渡る二種類のエンジン音を気にする様に、何度かタナガーは上空へと視線を向ける。別に撃って来る訳では無いとは言え、どうにも航空機と言う存在は好かない。それが味方であっても、だ。どうにも自分の心の奥底では不快に感じる存在が頭の上を覆っている感じがしてならない。無論、今頭上にいる味方戦闘機が居なければ、自分達の身が危うい事も承知してはいる。

 警報が入るビープ音が六人のヘッドセットから鳴り響き、前方に進出して対潜哨戒と早期警戒に当たる大和の瑞雲隊から敵機接近の報が入る。

 

≪ヤンキー1-1から第一水上打撃群へ。敵機群接近、距離一二キロ、高度一〇〇〇、速度三〇〇ノット。数は……一二〇機! 二四機ずつの梯団五群に分かれて接近中。機種は飛び魚艦爆≫

 

「お出ましの様ね」

 タナガーと違ってはっきりと空を見上げながら赤城が呟く。ヘッドセットを介して共有されてくるその呟きに頷きながら、旗艦である大和は今日何度目か分からない号令を発令する。

「全艦対空戦闘用意!」

 直ちに大和を中心とした輪形陣へと艦隊は陣形を変換する。同時に六人の艤装上で高角砲、対空機銃、噴進砲が虚空を睨み上げ、射撃用意の態勢に移る。タナガーの四基のCIWSも消耗した分の弾丸を補充し、白いサイロを頂いた対空機関砲がくいくいと動き回っていた。

 一方上空では赤城の戦闘機隊を残して、加賀、翔鶴、瑞鶴の戦闘機隊が加速して、飛び魚艦爆の群れに向かって行く。赤城の戦闘機隊が残っているのは後詰と、万一の別動隊による奇襲に備えての予備戦力としての一面があった。

 

 理にかなった戦力展開だ、とタナガーは戦史本で読んだミッドウェー海戦の顛末を思い出しながら、内心頷いていた。低空を飛ぶアメリカ海軍の雷撃隊に戦闘機隊が集中攻撃してしまった結果、三隻の空母の直上ががら空きになり、そこをアメリカ海軍の艦爆隊が襲い掛かり、瞬く間に三隻の日本空母、その内の一隻は艦娘赤城の前身である空母赤城も含まれる、を撃破し、大破炎上させたのだ。

 ミッドウェー海戦での空母と違って、第一水上打撃群の六人の艦上には、爆装を備えた攻撃隊も無ければ、弾薬庫に仕舞い損ねた魚雷や爆弾が艤装内に放置されっ放しでもない。赤城を除いた五人は戦艦艦娘であり、強固な装甲にその艤装を包んで守られているから航空攻撃の一発や二発で吹き飛ぶ事は無い。唯一の空母艦娘である赤城も、艦載機をほぼ全て戦闘機に統一しているので、万一の誘爆時に内側から身体を引き裂きに来る航空爆弾や航空魚雷は一発も搭載されていない。飛び魚艦爆は艦爆と言う性質上、魚雷を搭載していないので、警戒するべきは頭上だけで済む。

 

 少し離れた空の向こう側で、紫電改四の二〇ミリ機銃と飛び魚艦爆の機関砲の射撃音が響き始める。

「空中戦、始まりました」

 肩の上で双眼鏡を覗き込みながら見張り員妖精がタナガーに言う。射程距離に入れば、大和以下第一戦隊の四人が三式弾改二の一斉射を放つだろうが、弾薬庫にそれが一発も装填されていないタナガーは見守るだけだ。正直な話、三式弾改二の命中率は良いとは言い難い。一〇機に向けて撃って二機落とせれば大戦果、と言うレベルだ。艦娘の砲術の腕次第では、一〇機中五機撃墜も可能になるかも知れないが、それでも素の精度が低いのは如何ともし難い。これでも信管の近接信管化や散弾の加害範囲の広大化など改良が施されて、一〇機に向けて撃って一機も落とせなかった初期よりは役に立つようにはなってはいるのだが。

第一水上打撃群の六人を射程に収められる空母機動部隊は5-5Kにいると言えばいるが、飛来する方角は異なり、機種も飛び魚艦爆一択となれば、敵機はレ級二隻から発艦した攻撃隊と見て間違いない。全機が翼下に爆弾をぶら下げており、その状態で身軽な紫電改四と戦わざる得ない。何機か、或いは何個編隊かは艦娘に叩き付ける筈の爆弾を早々に捨てて、空戦へと移行していたが、紫電改四の機動力は艦爆にある程度の空戦応力を付与した程度の飛び魚艦爆を凌駕していた。身軽なロールレートで機体を捻って飛び魚艦爆の射撃を躱した紫電改四が急旋回で飛び魚艦爆の後ろを取ると、機銃の銃口に発砲炎を瞬かせ、発射された銃弾が飛び魚艦爆の機体を射抜く。

≪ブルー2-3、2-4、チェックシックス! ケツを取られてるぞ!≫

 射撃位置に取りついた二機の紫電改四の背後を逆に取った飛び魚艦爆四機の銃口に発砲炎が出る直前、小隊を組むもう一組の二機の紫電改四からの警告で、攻撃態勢に入っていた二機の紫電改四は即座に攻撃を中止して回避運動に入る。振り払われまいと後を追う飛び魚艦爆四機の背後を、警報を出した二機の紫電改四が取りつき、素早く一撃を浴びせて回避運動に入る二機を援護する。

空から黒煙を引いて落ちていく機体はどれもが飛び魚艦爆だ。もしレ級の艦載機に飛び魚艦戦が含まれていれば、ここまでの一方的な損害は受けなかったかも知れない。一方的な虐殺じみた空戦が行われる中、何とか紫電改四を振り切った飛び魚艦爆がバラバラな編隊のまま前進するが、新たな迎撃機である赤城の烈風一一型一六機が、四機編隊を四つ組んで手ぐすねを引いて待ち構えていた。

 整然とした編隊は失われ、残党の様にバラバラになった小規模な編隊に、四機ずつの烈風が襲い掛かる。二〇ミリ機銃の射撃音が飛び魚艦爆の上方から襲い掛かり、直上から撃ち降ろされた銃弾が飛び魚艦爆の機体を射抜いた。抱えている爆弾のせいで機動力は失われている飛び魚艦爆の周囲を縦横無尽に飛び回って烈風は無駄撃ちを控えた確実な射撃を浴びせて、飛び魚艦爆を屠っていく。

 一二〇機にも上る飛び魚艦爆の大編隊は、紫電改四と烈風の猛烈な抵抗と、爆弾を抱えている関係上失われている機動力と言う二つの要因が絶妙にかみ合った結果、第一水上打撃群の主砲射程内に入るまでに爆弾を抱えて到達できた機体は三〇機にも満たない数にまで撃ち減らされていた。

 残存機はようやく前方に艦娘艦隊の航跡を確認する事が出来たが、その艦娘艦隊から発砲炎と砲煙が瞬き、数十秒後、飛び魚艦爆の周囲で大和以下第一戦隊が、タナガーのレーダー測距に基づいて照準と諸元を合わせて放った三式弾改二の散弾の豪雨を浴びる事となった。

 地面ではなく、空中の別次元にでも埋め込まれていた地雷が爆発したのかと思わせる程、適切なタイミングで爆発した三式弾改二の散弾が、飛び魚艦爆を襲う。無数の鉄片が半径数百メートル以内で鉄の暴風雨となって加害範囲内にいた飛び魚艦爆の機体を切り裂き、搭載していた爆弾を誘爆させ、次々に砕け散った空の欠片へと変えていく。

 それでも尚悪運の強い機体が六機、執念深く、僚機の仇と第一水上打撃群の上空に迫る。

 その時、海上から聞き慣れない掃射音が響き渡るや、赤い火箭、いや濁流が六機を包み込む。見えるだけでも赤い線となっているそれと、見えない無数の弾丸が飛び魚艦爆の胴体を蜂の巣にして粉みじんに砕き、飛び魚艦爆だった何か、としか言い様のない残骸が海上へと落ちて行った。

 

「CIWS、撃ち方止め」

 六機の飛び魚艦爆を一瞬で始末したタナガーが射撃を行った二基のCIWSに射撃止めを命じる。基本的にハンズオフ(自動交戦)で射撃しているCIWSをハンズオン(手動交戦)にして、タナガー自身の手で照準を合わせて射撃していたのだ。生まれつきの砲術の腕前がここでも光り、CIWSの弾丸は飛び魚艦爆全機を一瞬で空から抹消していた。

 上空の空戦も沈静化しつつあった。見張り員妖精は七九機撃墜を報告しており、残った機体は遁走するか、爆装を捨てて対艦攻撃能力を失っているかのどちらかであった。一方、航空支援艦隊の紫電改四、赤城の烈風共に一機の被撃墜も無い。数機が損傷こそしているが、致命的な損傷とは言い難い。

 空戦を終えた戦闘機隊が、戦域を離脱して、母艦艦娘の元へと戻って行く。航空支援艦隊から発艦した紫電改四は加賀、翔鶴、瑞鶴の元へ戻り、赤城の烈風は赤城の飛行甲板へと舞い戻っていた。第二波に備えて、直ちに航空支援艦隊の三人と赤城で第二波に備えて待機中だった戦闘機隊の発艦準備が進められるが、四人の艤装上で発艦準備が行われている最中に、大和の瑞雲隊から敵艦隊接近の知らせが入る。

 接近中の深海棲艦の艦隊は戦艦レ級elite級一隻、重巡ネ級elite級二隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ハ級後期型二隻だと言う。火力では第一水上打撃群が上だが、雷撃戦火力と言う第一水上打撃群の誰もが持たない分野での火力では敵艦隊が圧倒的に上だ。それに火力と雷撃戦の両方の火力をバランスよく備えているネ級elite級はその実意外と厄介な相手でもある。ネ級の改Ⅱは重巡のカテゴライズには収まらないとして、超巡にカテゴライズされているくらいだ。重巡だからと侮って、痛い目を見る結果だけは避けたいところである。

≪深海棲艦艦隊、方位081、距離一万三〇〇〇、速力二七ノット。目標群アルファ、真っすぐ近づく≫

「水上戦闘用意! 水上戦闘正面砲戦、攻撃始め。大和型全艦にて特殊砲撃を行う!」

 前方の海上を見据えて大和が特殊砲撃の射撃体勢に移行する。続航する武蔵がその右斜め後ろ側に遷移し、二人揃って五一センチ主砲を同一方向へと差し向ける。

「了解、旗艦大和より大和型全艦に達する。深海棲艦艦隊に対して、旗艦の諸元にて特殊砲撃を行う」

「砲術長、目標、敵戦艦、並びに敵重巡! 大和、武蔵の射撃管制をデータリンクにて連動。一斉撃ち方」

「大和、武蔵の射撃管制装置の同調を確認。弾種、徹甲!」

 大和の艤装内で砲術科妖精が射撃前の手順を踏んでいく。大和と武蔵の艤装で撃ち方用意のブザーが鳴り響き、大和と武蔵の身体を覆う様に防護シールドが展開され、艤装の外側にいた装備妖精が内部へ避退する。

 一方、特殊砲撃の構えを取る大和と武蔵から、長門と陸奥がタナガーを引き連れて分離し、右側面から回り込む様に前進を開始する。特殊砲撃は三目標への射撃が可能だが、取り巻きがメインターゲットと定めた敵艦を庇った場合、ターゲティングが吸われてしまい、本来の攻撃効果を発揮出来なくなる可能性があった。それを防ぐ為に長門と陸奥、タナガーの三人でツ級とハ級を攻撃して、大和と武蔵が本命たるレ級とネ級に確実なる五一センチの一式徹甲弾改を撃ち込めるようにする必要があった。

 一方赤城は砲戦の邪魔にならない様、大和から発艦した瑞雲隊に防護して貰いながら、再度戦域を離脱する。

 第一戦隊の四人とタナガーの眼にレ級elite級を先頭に真っすぐ向かって来る深海棲艦艦隊の姿が見えて来る。向こうも既に砲撃態勢を整えて、やる気満々だ。

 長距離雷撃はまだ行っていないのか、レ級の艤装上の魚雷発射管が動いている様子はない。行ける、と大和はレ級を見据えて確信に近い感覚を得る。

「大和、攻撃準備完了!」

「武蔵、攻撃準備完了!」

 何時でもいいぞ、と答える様に武蔵が言うのを背中で聞いた大和がレ級とネ級に合わせた照準を微調整する。

 その時だった。大和と武蔵から離れてツ級とハ級へ攻撃を開始しようとしていたタナガーの視界の端に、動力部から排出された窒素が作り出す白い航跡の跡が五本見えた。

「雷跡視認! 方位091!」

 咄嗟に叫んで、その雷跡の射線方向を見て、タナガーは拙い、と心の中で叫ぶ。五本の雷跡は大和を直撃するコースに乗っていた。

 タナガーの警告に気が付いた大和が雷跡が迫ってくる方へ顔を向ける。それまで鳴り響いていた撃ち方用意の警報が魚雷警報へと変わる。駄目だ、躱せない。

「右舷乗員、衝撃に備え!」

 躱し様の無い魚雷の雷跡が、大和の巨大な艤装の影に隠れた直後、彼女の右足元で四回爆発が起き、四つの水柱が大和の艤装右側で突き上がる。一発目の爆発は、艤装右側にセットされている第一主砲の駆動力系を損傷させ、二発目の爆発は大和の主機を損壊させ、ラダーヒールを叩き割った。三発目は右舷の舷側に並ぶ対空機銃座の幾つかを吹き飛ばし、バイタルパートに破孔を穿った。四発目は先の三発の魚雷命中で防護能力の限界点を越えていたシールドを貫いて艤装の右舷全般にわたって広範囲にわたるダメージを与え、火災を引き起こした。

 四度の爆発の火焔と破壊された艤装の破片で大和の身体が焼かれ、切り付けられ、患部から血が滲み出る。右足の主機兼ブーツの内部に海水がどっと入り込んできて、瞬く間にブーツ内が海水で満たされてしまう。二発目を食らった時だったか、爆発音に交じって骨が折れる音が聞こえ、それを裏付ける様に右足に力が入らなくなり、逆に痛みが溢れ出て来る。

「大和!」

「だ、ダメージコントロール……」

 姉を襲う惨劇に武蔵がポジションを崩して、直ちに右舷側に回って右側へ倒れ込みそうになる大和の身体を支える。右足を中心に身体中に広まっていく激痛に歯を食いしばって堪えながら、応急修理妖精に被害報告を求める。

 程なく被害報告の為に艤装のハッチを開けて応急修理妖精が煤だらけの顔を覗かせて、損害を報告する。

「右舷第四甲板に四発の魚雷が命中! 火災及び浸水発生、第一主砲、駆動力系が損傷し動かせません」

 そこへもう一人の応急修理妖精が顔を出して、被害報告の続報を入れる。

「右舷機関部やられました、舵及び動力伝達機能、それに右舷スタビライザー大破。姿勢制御困難です」

「足が……」

 四発の魚雷を食らっては流石の重防御の大和と言えど、損害は免れない。右足の骨は折れ、火災の炎が徐々に制服を焼き尽くして、その下の肌をじりじりと焼いて行く。火災は武蔵が一部の火の手を手で叩いて消し止め、更に彼女の応急修理妖精が消火ホースを持って飛び出してきて艤装越しに大和の火災箇所へ放水を開始する。 

「消火器速く持ってこい!」

「右舷艤装、損傷甚大! 隔壁閉鎖、急げ!」

「応急操舵始め! 不要区画の電源を落とせ!」

「第一主砲弾薬庫、温度上昇! 間もなく発火点に達します!」

 悲鳴のような砲術科妖精の知らせに、大和が反応する前に武蔵が対応を命じた。

「第一主砲弾薬庫注水、注水だ!」

「りょ、了解!」

 直ちに大和の第一主砲弾薬庫に注水が行われ、海水で弾薬庫が満たされた。まだ撃っていない徹甲弾や装薬が海水に浸かり、使用不能となった。

 

(特殊砲撃で先手を打たれる前に、魚雷を先んじて発射していたのか……でも、あの距離から正確に四発も当てに来るなんて……)

 出鼻をくじかれた第一水上打撃群の惨状をタナガーは冷静に分析していた。長門以下三人は既にツ級とハ級を交戦を開始して、ツ級に至近弾、ハ級にタナガーの両用砲の命中弾を出していたが、特殊砲撃を行う筈だった大和が戦闘不能された以上、作戦変更を行わざるを得ない。

「大和損傷大きい、特殊砲撃不能です」

 苦々しさを堪えた顔で長門の装備妖精が肝心な一撃を放つはずだった大和の状況を知らせる。火災は止みつつあるが、右足が逝ってしまったのか右足が関節では無いところでぐにゃりと曲がっている。

「分かった。陸奥、プランBだ……あー、プランBは何だったかな?」

「ええ? 無いわよ、そんなもの」

 呆れた様に答える陸奥に、長門は軽く溜息を吐いて両腰に手を当てる。

「フム、では正面から殴り合うとしよう」

 左手の掌に右手の拳を打ち付けながら、長門はレ級を見据える。

 

 骨折した右足にスプリントを巻き付け、モルフィネの注射器を注射する武蔵の応急処置で、何とか右足から脳にかけて走る激痛は収まり、スーッと痛覚が麻痺していく感覚が足を中心に全身へと広まっていくのが分かった。大和の艤装の火災は、大和と武蔵の二人の応急修理妖精の懸命な消火作業で何とか鎮火し、今は武蔵の手で曳航作業の準備に取り掛かっている所だった。

 応急処置を終えた武蔵が艤装から曳航用のワイヤーを引き出して、フックを大和の艤装に繋いでいると、二人の周囲にレ級からの砲撃が降り注ぎ始めた。レ級だけではない、ネ級二隻も便乗する形で三連装主砲を撃ち放ち、中口径徹甲弾が海上に戦艦程では無いが大き目の水柱を突き上げる。

「武蔵、私に構わず……」

「馬鹿言うな、そんな事したら艦娘としてだけでなく、末代までの恥だ。絶対にお前を置いて行かないぞ!」

 幸い、レ級の主砲弾は大和型の装甲でも防ぎ切れなくはない。被弾経始を意識して上手い具合にレ級の直撃コースの砲弾を弾き返し、一部は敢えて破壊される事も承知で非装甲区画で受け止めて、負傷している姉を自身の身体と艤装で庇いながら互いの艤装をしっかりと曳航用ワイヤーで接続すると、武蔵はヘッドセットに手をやって長門達に無線を入れる。

「こちら武蔵、これより大和を曳航して戦域を離脱する。援護を求む」

≪こちら長門、了解だ≫

 答える様に長門、陸奥、そしてタナガーの主砲の砲声が響き渡り、砲撃に気が付いたレ級とネ級が進路を変える。

 

「とは言うモノの、不利ですね」

 レ級とネ級を見据えながら、タナガーは背後から追撃して来るツ級とハ級の存在に意識を向けながら呟いた。

 前方はレ級とネ級に、背後からはツ級とハ級。両方から魚雷を流されたら十字砲火を浴びる事となり、最悪全員戦闘不能もあり得る。大和型に先んじて交戦を開始した長門と陸奥、そしてタナガーとの交戦でツ級とハ級全艦が損傷を負っているが、致命傷には至っていない。砲門こそ破壊出来ているが、魚雷発射機能を破壊するまでには至っていない筈だ。

 事前情報ではツ級とハ級、何れも雷撃戦火力が高く、夜戦では特に脅威度が上がると言う。深海棲艦の魚雷は艦娘のそれよりも最高速度では遥かに上だから、近距離から高速魚雷を撃ちこまれるとどんな艦種でも躱し様がなく大破は免れない。今は昼間だから、雷撃も躱し様があると言えばあるが、とにかく挟撃されている状況に変わり無い。

 背中から魚雷を撃たれる可能性は長門もやはり無視出来なかったのだろうか、陸奥に少しばかり申し訳なさそうな声でツ級とハ級への対応を命じる。

「陸奥、お前は後ろのツ級とハ級を始末してくれ。出来るか?」

「お任せあれ。長門も、無理はしないで。タナガー、長門のサポート、宜しくね」

 反転してツ級とハ級へと単独で向かう陸奥がすれ違い様にタナガーにウィンクして来る。任された、とタナガーは右手の親指を立てて陸奥が抜けたポジションへと遷移する。長門は既に特殊砲撃を発砲してしまっているから、強力な砲撃はもう撃てない。レ級に対しては真正面からの殴り合いになってしまう。

 別段長門とてやれると思わなかったらレ級に真っ向勝負を挑んでいたりはしない。彼女なりに道筋を見出していたからこそ、殴り合いを決意していたのだ。

 まずレ級の脅威度を上げる要因である精密雷撃だが、一回撃ったら再装填に時間がかかると言う特徴があった。また意外な事だったがレ級はル級やタ級と違ってレーダーを備えていない。その為、レーダー測距による精密砲撃は出来ない為、レ級が直に照準した砲撃が降り注ぐ事になるが、意外と当たらない時は当たらないものなのである。無論当たる時は理不尽なまでに当てて来るが、雷撃と爆撃さえ無ければレ級elite級も普通のelite級戦艦だ。問題は体力が相応に高い為、参らせるには中々に手こずると言う所だが。

 背後で陸奥がツ級かハ級へ砲撃を開始する音が聞こえて来る。元々陸奥が居た場所には今はタナガーと言う新顔が居た。彼女の腕前に今は託すしかない。

「タナガー、お前はネ級elite級二隻を頼む。出来るな?」

「はい、任せて下さい」

「気を付けろよ、ネ級elite級は砲撃も雷撃も両方バランスが取れたネ級シリーズの一種だ。砲撃は私達戦艦艦娘からすればそれ程だが、雷撃戦火力はかなり痛い。充分注意してくれ」

「長門先輩も、手負いな事を忘れないで下さいよ」

「フッ、これくらい唾つけりゃ治るさ」

 二人はそれぞれの攻撃目標に向けて二手に分かれた。長門はレ級へ、タナガーは二隻のネ級へ、舵を切る。

「さぁて、やりますか」

 拳を鳴らしてから、タナガーはネ級elite級の一番艦に狙いを定める。ネ級の方もタナガーに気が付いたか、二隻揃って一斉回頭してタナガーと相対する。

 先に発砲したのはネ級だった。三連装主砲から中口径徹甲弾を撃ち放ち、タナガーの周囲に至近弾の水柱を早々にそそり立たせる。

「良い腕ね」

 率直にネ級の砲撃の腕前を褒めるタナガーは、ばしゃりと至近弾の水柱を被りながら、自身の一六インチ主砲の砲口をネ級elite級一番艦に差し向ける。

「交互撃ち方、てぇっ!」

 三基の三連装主砲の右砲と左砲が腹に堪える砲声と共に徹甲弾を撃ち放ち、ネ級elite級一番艦の元へ砲弾を飛ばしていく。彼女が一回の射撃を行う間に、ネ級は二回の射撃を撃ち込んで来る。ネ級も個体によりけりだが基本的にはレーダーを持たないので、射撃の腕前はネ級の技量そのものに依存している。二隻のネ級としては数うちゃ当たるの精神と、本命の魚雷を撃ちこむまでの時間稼ぎ、と考えているのか、至近弾こそあれどタナガーに直撃する中口径徹甲弾は無い。ただそれでもかなりの量の砲弾を良い様に撃たれまくっていると言う心理的な一面がタナガーの神経を逆なでした。

 逆上してはこっちの負けだと自分自身に言い聞かせるタナガーの脳は熱くなっていたが、主砲を操る手ともう一つの頭は冴えていた。

 三射目でネ級一番艦に挟叉を出し、続けて四射目も挟叉を出す。自信を挟み込む様に着弾するタナガーの砲撃にネ級がその顔に焦りを滲ませる。

 一方、斉射へと移行するタナガーは内心ほくそ笑みながら全砲門の再装填を待っていた。その時、ネ級二番艦が放った砲撃が、一瞬空で光り、動物的本能がタナガーに警告を発した。反射的に空の一点を見つめたタナガーの視界に、大気との摩擦で真っ赤に焼けた砲弾が、目の前へと急激にその姿を大きくした。

 青空の向こうから赤く焼けながら自身の方へと降り注いでくるネ級の中口径徹甲弾の姿を見た時、タナガーは唐突に脳裏に前世の記憶がよみがえった。

 

 

 星が墜ち、空が引き裂かれ岐れたあの日、あの時の記憶。空の向こう、宇宙から降り注いだユリシーズの欠片が大気圏に突入して真っ赤に燃えながら、祖国エルジアを含むユージア大陸全土に降り注いだあの日の光景を。

 

 

 今は戦闘中だ、何を考えている、余計な事を考えるな、と一喝するもう一人の自分の怒声に即座に我に返った時、真っ赤に焼けた「災厄」はタナガーの頭を直撃した。

 衝撃、轟音、強烈な耳鳴り。見える全ての世界がぐにゃりといびつに、遠近法と立体感と言ったあらゆる全ての視覚的情報を失って歪み、聴覚が海中に浸っているかの様にくぐもる。ハンマーで脳天を一撃した様なずんとした、鈍さを伴った痛みが脳漿と脳を痺れさせる。周囲で響く砲声と爆発音を含んだ轟音が、強制的に掛けられたフィルターを通して聞こえて来る。耳鳴りのキーンと言う音が聴覚を麻痺させ、聞こえてくる全ての音が、数オクターブ下げて聞こえて来る。

 時間と言う概念が数十倍で遅くなって流れているかのような感覚に陥り、全ての状態異常がようやく治まった時、ふらふらとする頭を抑えながら、タナガーは主砲の斉射を、やや力のない声で命じた。

「て、てぇ」

 弱っているタナガーの声とは逆に、一切の弱体化を受けていない主砲が猛然とネ級へと殴り返す一撃を放つ。最もタナガーをヘッドショットしたのは今狙っている一番艦では無く、二番艦だったのだが。

 頭に手をやるタナガーの手に、こびりつく物は何もない。艦娘のシールドで最も耐久があるのは全艦種共通で頭だ。戦艦艦娘クラスともなれば、その耐久は文字通り頭にバイタルパートがあるのと同義である。ただ、シールドの効果は被弾による外傷は防げても、直撃時の何百ジュールにも及ぶ強烈な衝撃による挫傷等の見えない傷までは緩和できない。ダイレクトに伝わって来る衝撃と激痛で脳が馬鹿になったタナガーはふらりふらりとおぼつかない足取りで何とか姿勢を保とうとする。

 前方でネ級一番艦がタナガーの砲撃を食らって火柱と黒煙に包まれる中、耳鳴りが治まり、視界もはっきりとしたタナガーに見張り員妖精の絶叫じみた叫び声が入った。

 

「真正面! 雷跡接近、近い!」

 

 自分が頭に食らってフラフラな状態になっている間に、ネ級二番艦は魚雷を発射していたらしい。幸か不幸か、発射された五発の魚雷の内、三発は勝手に逸れたが、二発はタナガーを捉えていた。

 

「しまった……」

 

 躱し様の無い二つの白い航跡を見たタナガーが自分の足元へと延びて来る航跡を成す術も無く見つめた時、彼女の艤装で衝突警報が鳴り響き、「衝撃に備え!」と装備妖精が叫んだ。

 直後、タナガーの視界を硝煙と火炎を含んだ海水が覆い、両足の足元を掬う様な衝撃が走った。目を見開く彼女の視界を深紅の炎が覆いつくし、爆発音が今度こそ完璧に彼女の聴覚をジャックした。

 この世に生まれ変わって初めて味わうサーモン北方海域の砲火の洗礼と、敗北、の二文字と共にタナガーの意識は暗闇の底へ沈み込んで行った。

 

「戦艦タナガー、魚雷二発被弾! 大破、航行不能!」

「やられたか……」

 眼前のレ級に四一センチ主砲弾を複数発当てて、魚雷発射管を粉砕し、主砲搭を一基爆砕し、航空艤装もお釈迦にしてやる一方、自身もレ級の砲撃を何発か食らって、身体中から脳へかけて痛みと共にノーガードの戦いに対する抗議の声を聴いていた長門が、はっきりと苦悶を露にする。

 目の前のレ級も長門の砲撃を多数食らって息切れ寸前の状態だが、こちらも余裕がない。長門自身も第三主砲がレ級の砲撃を食らって全壊、第四主砲はターレット基部を破損して射撃不能になっている。無傷はツ級とハ級と言う戦艦艦娘の装甲を射抜けない小口径主砲しか持たぬ相手と戦っている陸奥とそもそも砲撃戦に寄与出来ない赤城程度であった。

 下腹部、正確に言えば肝臓がある辺りに食らって激しく出血する患部を右手で抑えながら、長門は第一水上打撃群がこれ以上の戦闘継続が困難である事を悟る。

「限界、か……」

 血痰を海上に吐き捨てながら、レ級を見据える。砲撃の手を止める長門と同様、レ級も被弾箇所を抑えながらよろよろと後退を始めている。フードを被ったレ級の頭がギラギラとした眼光の眼で長門を睨んでいた。

「次こそは……次があれば……」

 そう呟きながら長門はそれまでレ級と同航戦を描いていた進路から舵を切って、離脱に移行すると共に、無線の代わりに信号弾を撃ち上げるよう装備妖精に指示する。長門のヘッドギアに装備されている広域通信アンテナは、レ級の砲撃を躱した時の流れ弾で吹き飛んでいた。

 間抜けた発射音と共に空に向かって戦闘停止、集合の信号弾が撃ち上げられる。空で輝く白、緑、ピンクの三種のカラーリングの信号弾が、フォックストロットノベンバー作戦の終結を宣言した。




 サーモン北方海域上ルートで実体験した苦杯をそのまま反映した展開となっております。
 
 感想評価ご自由どうぞ。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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