艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1 作:岩波命自
本年度中にはseason1完結の予定です。
サーモン北方海域への最前線基地ショートランド泊地は、その日、スコールでもない豪雨に見舞われていた。空一杯に曇天の雲が広がり、そこから雑巾にたっぷり含ませた水を絞り落とすような豪雨が、強風と共に施設に打ち付け、建物の窓枠をがたがたと揺らしていた。
ショートランド泊地に司令部拠点を置く人類統合軍第八方面軍の司令部の会議室では海軍首脳部の北提督、岩瀬首席参謀、それにギャリソン情報参謀に牧平軍医、第八方面軍の秘書艦を務める鹿島など主要幹部を集めた司令部要員会議が開かれ、先のフォックストロット・ノベンバー作戦の結果と、今後の対応について話し合われた。
「先の作戦で我が方は戦艦艦娘大和、タナガー大破、長門小破、第一水上打撃群及び航空支援艦隊合わせて艦載機未帰還一八機の損害を出しました。大和、タナガーは共に全治一週間、長門は全治五日、と言う診断結果が出ており、現在軍病院にて治療中です。
一方、我が方の攻撃でサーモン北方海域のポイント5-5Pに展開する深海棲艦の艦隊は残り一群にまで漸減されたことが確認出来ています。ポイント5-5Pに展開する敵艦隊の脅威度は、ナイト・ランナー作戦、フォックストロットノベンバー作戦を通して、その展開戦力の大多数を撃滅出来たことで、大幅に低下したものと断言出来ます」
ギャリソンの言葉に司令部要員が相槌や頷き等の反応を見せる。司令部要員達の反応があらかた静まるのを待ってから、北は第八方面軍の作戦参謀ボブ・キングリッジ大佐に今後の第八方面軍の作戦案について説明を求める。
「作戦参謀、今後の我が方の実施する作戦案について、説明を頼む」
「は、ではまずこちらをご覧ください」
キングリッジの合図で会議室の照明が落とされ、上座の方にある大画面モニターに偵察衛星で確認した、サーモン北方海域最深部に展開する深海棲艦の大艦隊の展開状況が映し出された。
「偵察衛星による監視の結果、サーモン北方海域最深部の深海棲艦艦隊、我が方呼称『深海南方任務部隊本隊』の警戒は、北方ルート、即ちポイント5-5Pへと向けられている事が確認されています。RQ-4グローバルホークによる航空偵察でも、深海南方任務部隊本隊は海域北方へ索敵網を集中させている事が確認出来ています。
我が艦隊はこの深海南方任務部隊本隊の警戒が北方海域に向けられている間に、投入可能な全艦娘を投入した大規模侵攻作戦を実施します。
本作戦を『ラフシーズ作戦』と呼称し、投入艦娘戦力は五個艦隊三〇名を予定しています」
投入する艦娘戦力のその数に、北を始めとする司令部要員の間にどよめきが広がる。三〇名の艦娘を一度に投入する作戦は過去に例がない。
「作戦は三方向より五つの艦隊を進撃させます。第一のルートはサーモン北方海域北方ルート、即ちポイント5-5B、K、Pを経由するルートです。このルート経由で進撃させる艦隊は戦艦アイオワ、ニュージャージー、サウスダコタ、マサチューセッツ、ワシントン、そして空母サラトガからなる第五八任務部隊です。
第二のルートは我々がこの海域での攻略で新たに開拓したサーモン北方海域中央下ルート、ポイント5-5B、F、D、H、N、Qを経由するルートです。同ルートからは二個艦隊を進撃させます。構成艦隊はまず本ルートにおける先行部隊として第二艦隊を構成する長門、陸奥、タナガー、山汐丸、雪風、時雨、続いて本ルートにおける本命が第一艦隊となる大和、武蔵、加賀、宗谷、長波、朝霜です。
第三のルートはサーモン北方海域南方ルート、ポイントA、C、E、G、I、M、Oを経由する最も行程の長いルートです。同ルートからは二個艦隊を進撃させます。構成艦隊はまず先行部隊の第三艦隊として愛鷹、青葉、及び第一八駆逐隊の陽炎、不知火、霞、霰、続いて第四艦隊として黒姫、加古、及び第一一駆逐隊の吹雪、初雪、白雪、深雪を突入させます。
我が艦隊の本命は第一、第二艦隊となります。第五八任務部隊は最深部の深海南方任務部隊本隊の注意を北方へ引き付けるための陽動兼助攻を担います。海域異常によって進路確保に失敗しない限りは、第五八任務部隊も最深部へ突入、第一、第二艦隊の支援に回らせます。
第三、第四艦隊も同じく助攻となります。第三、第四艦隊のルート上に布陣する深海棲艦は、ナイト・ランナー作戦でその数を大幅に撃ち減らされているので、進撃に当たっての障害となる深海棲艦艦隊の脅威レベルは極めて低いでしょう。ただ、経由ルートが比較的長いので、海域進出後は投入艦隊の中でも最も早く海域への突入を開始する先行突入部隊となります。第三、第四艦隊は最深部到達後、特殊砲撃を持って深海南方任務部隊本隊の主力を掃蕩する第一、第二艦隊の支援砲撃を実施します」
全ての艦娘艦隊の作戦到達目標であるサーモン北方海域最深部、ポイント5-5Sに布陣する深海南方任務部隊本隊の布陣状況を鑑みるに、この投入戦力の量は寧ろまだ足りないとすら言えた。
そのサーモン北方海域最深部ポイント5-5Sに展開する深海南方任務部隊本隊は、四群の艦隊からなる。
第一群を同海域でのある種総旗艦とも最大級のHVT(高脅威目標)とも言える南方戦棲姫を旗艦とし、戦艦レ級elite級二隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ハ級後期型二隻、第二群は第一群からツ級を無くす代わりに潜水艦ヨ級が加わり、第三群は搭載機数一四四機を誇る空母ヲ級改flagship級二隻、南方戦棲姫一隻、駆逐艦ハ級後期型二隻、潜水艦ヨ級一隻、そして第四群が空母ヲ級改flagship級一隻、南方戦棲姫一隻、重巡ネ級elite級一隻、駆逐艦ハ級後期型二隻、潜水艦ヨ級一隻である。
レ級elite級もさることながら、南方戦棲姫の脅威度は極めて高い。レ級elite級の様に高精度超射程雷撃はしてこないが、接近戦となったら魚雷を発射して来る航空戦艦なのだ。また南方戦棲姫だけでも艦載機として深海棲艦戦マーク2を九〇機搭載し、更に射撃精度を高める深海水上レーダーも備える。レ級と同じく攻防に抜かりの無い強敵だ。
またレ級や南方戦棲姫に隠れがちだが、ヲ級改flagship級も脅威である。ポイント5-5Sには全群合わせて三隻出現する。ヲ級改flagship級の差し向ける深海艦載機群の群れで大破艦が出る事はざらだ。水上砲戦、雷撃戦、航空戦、更にはヨ級と言う海中での戦いも強いられる高難易度海域に恥じぬ、難敵の布陣だ。
「本作戦に当たって、五個艦隊を支援する為にP-8ポセイドン哨戒機三機と空軍のE-7ウェッジテイルAEW&C機を飛ばし、海域に展開する艦娘艦隊の支援にあたらせます。
艦娘艦隊の直接的支援には艦娘母艦『わかたか』に加えて、大型艦娘母艦である『ジオフォン』も投入します」
「『ジオフォン』をですか?」
投入される艦娘母艦の名を聞いた現職艦娘である鹿島が驚きの声を上げる。
「ジオフォン」。
人類統合軍海軍太平洋艦隊に配備される艦娘母艦の中でも、最大級の規模を誇る大型艦であるジオフォン級大型艦娘母艦の一番艦だ。その艦の規模は実にかつてのキティ・ホーク級航空母、或いは中国海軍の空母「福建」に相当する規模を誇る。人類統合軍の方面軍所属ではなく海軍艦隊総軍の直轄艦であり、他に大西洋艦隊には同型艦の「スキョルド」、地中海艦隊には同「フレイヤ」が配備されている。
艦娘母艦は作戦に応じて艦娘を戦域のすぐそばまで送り届け、戦域外のギリギリ外側に踏み止まって、艦娘の作戦支援に当たる艦だが、概ねその作戦に使われるのは「わかたか」の様な排水量が一万トン程度の艦であり、艦娘の支援能力も通常艦隊六人または遊撃部隊七人+支援艦隊一二名、または連合艦隊編成一二名+支援艦隊一二名の最大二四名で充分とされていた。艦娘の作戦行動を支援すると言う事は、その艤装の整備、補修、修理、艦娘自身の医療支援設備も相応の規模に収まる。
しかし「ジオフォン」は格が違う。艦娘の支援能力は最大四八名。「わかたか」の様な通常の艦娘母艦には無い集中治療室や、艤装を文字通り一から組み立てられる設備を有する艤装工場を備える、文字通り移動基地としての一面がある。また広大な飛行甲板を有している事から、ここから航空妖精が駆る陸攻や陸戦を離発着させる移動航空基地としても活用可能だ。
「ラフシーズ作戦は、サーモン北方海域最深部の攻略の為だけを目的としている訳ではありません。この海域を抜けた先にあるKW環礁への攻略、その準備段階も含みます。『ジオフォン』は現状我が人類統合軍のあらゆる前線基地から遠く離れた、KW環礁攻略の為の橋頭保として機能する事となります」
キングリッジの言葉に、会議室内がざわめく。一手先だけでなく、二手先を見越した作戦と言う事であると言う事に、驚きと、三隻しかない大型艦娘母艦を危険に晒していいものか、と言う疑問、不安が同時にせめぎ合っている。
艦隊総軍直轄の「ジオフォン」を動員したと言う事は、艦隊総軍からは運用に当たっての許可を取り付けていると言う事であり、同時に艦隊総軍の決定でもあると言う事だ。
「『わかたか』は第三、第四艦隊、『ジオフォン』は第一、第二艦隊と第五八任務部隊の支援に回らせると言う事だな」
北の問いにキングリッジは「はい」と頷く。
席を並べる幕僚達の中で一人、鹿島は、文字通りの総力戦だ、とざわりと肌が粟立つのを感じる。参加兵力は艦娘母艦二隻、艦娘三〇名、作戦航空機二二五機、支援要員は艦娘母艦そのものの乗員を除いても五〇〇名以上。
道理で昨日補給艦「ましゅう」と「おうみ」が、駆逐艦娘や海防艦娘だけでなく、戦艦艦娘や正規空母艦娘の護衛付きでショートランド泊地に来ていた訳だと鹿島は納得感を得ていた。大量に運び込まれた艦娘用の燃料弾薬、艤装周りの備品など、大量の補給物資がラフシーズ作戦実行に当たって運び込まれていた。それらの物資は「わかたか」と回航されてくる「ジオフォン」へと後で積み込まれる事となる。
「一週間後に作戦に参加する艦娘全員に、ブリーフィングを実施する。作戦参謀、首席参謀、秘書艦、作戦参加艦娘の招集と、配布資料の準備を頼む」
北のその指示に岩瀬、キングリッジ、そして鹿島の三人が了解、と答え、会議室での第八方面軍司令部要員に対する会議は終わった。
一週間後。病院を退院した大和、タナガー、長門を始め、ブリーフィングルームに集まった三〇名の艦娘を前に、北と岩瀬、ギャリソン、鹿島の四人でラフシーズ作戦についてのブリーフィングが行われた。
作戦内容そのものの伝達、移乗する艦娘母艦についての説明、進行航路の確認、それらが完了すると北は三〇名の艦娘を前に締めの言葉を口にした。
「我々はこの作戦を持ってサーモン北方海域最深部に展開する深海棲艦を同海域において撃滅する。これはショートランドに第八方面軍司令部が移されて以来、最も大規模で、かつ重要な作戦となる。作戦時間も長く、作戦途中思わぬアクシデントも起こりうるだろう。
全員、粉骨砕身して任務を全うし、そして……」
最後の一言を溜め、再度三〇人の艦娘一人一人の顔を見つめてから、北はありふれた言葉だが、艦娘達の作戦行動に当たって最も重要な一言を告げた。
「無事帰還せよ」
ラフシーズ作戦。その作戦名に昂ぶる感情を堪えながらタナガーはブリーフィングを聞いていた。何故だろうか、この作戦名を始めて聞く気分では無い気がした。知らない筈なのに身体が知っていると答えている気がした。前世の記憶が何かしら反応を示しているのだろうか。だが、自分がかつてエルジアの戦艦「タナガー」だった時、この様な作戦名の軍事作戦は経験した事が無い。
艦隊決戦か。タナガーはその四文字に心臓の鼓動が早まり、四肢を始めとする身体中の体温が上がる気がした。艦隊決戦、それは戦艦の本懐と言える戦いだ。船団護衛や空母打撃群の随伴艦と言う戦艦が主役になれない戦いではなく、艦隊決戦と言う一大ストーリーの主人公になれる戦艦と言う存在が意味を表す為にある戦い。まさにタナガーがこの世に生を授かった意味そのものを明瞭に教えてくれる戦いだ。
艦隊決戦、これだ、この為に自分はこの世に生まれて来たのだ。
心なしか火照る身体中に走り始めるぞくぞくとした感触と震え出す右手に視線を落とし、これが武者震いかとタナガーは前に立つ黒姫の陰に隠れて、そっと右手を左手で押さえる。両隣に立つニュージャージーと青葉が何か伺う視線を送って来る中、微かに震える右手をぐっと握りしめる。握りしめた掌を開くと、振るえは止まっていた。
照明が落とされ、艦娘達の前にある大画面モニターの光だけが、部屋の中の唯一の照明となる中、タナガーはその白く光るモニターに表記された第二艦隊のメンバーのリストの中に自身の名前を確認する。長門、陸奥、補給艦兼航空機運用艦である山汐丸、二つ名を持つ二人の駆逐艦娘、時雨と雪風、そして自分の六人からなる。
防空艦として第二艦隊には雪風が編入されてはいるが、防空艦の任は実質タナガーも担当している。彼女に備えられた四基のCIWSの性能は、本来水上戦闘に特化している筈の戦艦タナガーを艦娘基準で見た場合、秋月型やアトランタ級にならぶ防空艦に持ち上げるだけの能力を有していた。
しかし、「ジオフォン」か、とタナガーはその自分も利用する事になる艦娘母艦の名を見て、薄らと口元に笑みを浮かべる。
かつて前世タナガーがエルジア海軍の戦艦だった時、共に戦列を組んでいたエイギル艦隊の空母の名も「ジオフォン」だった。その名はこの世界では古英語と言う言語で「海、大洋」を意味するとも、この世界にも存在する北欧神話に出て来る女神ゲフィオンが由来ともされる。恐らくはダブルミーニングかも知れない。同型艦が総じて女神ゲフィオンにまつわる北欧神話の登場人物由来だから、海洋にまつわる名前と同時に名付けられたのだろう。
エルジア海軍の「ジオフォン」は果たしてどのような由来で名付けられたのだったか。タナガーはあくまでエルジア海軍の戦艦の船魂に過ぎなかったから、エルジア海軍がどの様な意図をもって「ジオフォン」と名付けたのかは知る由も無い。無論「タナガー」と言う自分自身の名前の由来は知っている。「タナガー」、もっとネイティブに言えば「タネジャー」と発音するその名はフウキンチョウを意味する。猛禽類でもない小鳥の科を意味するその名前にタナガーは失笑したものだった。世界に名だたる大艦巨砲主義の申し子たる自分に名づけらた名前が、小さな鳥の名前とは。
同時に根っからの大艦巨砲主義者であり、航空機と言う存在を忌む自分に、空を舞う鳥の名を名付けられている皮肉な関係に、失笑を通り越して笑うしかない。まあ、いい。名前など、自分にとってはその存在を示す時に使う識別表の様なものだ。私は私だ、それ以上でもそれ以下でもない。
ブリーフィング終了後、解散となった後、タナガーは一人、散歩に出かけた。随分長い事病院に缶詰めにされていたから、ショートランド泊地の基地内を軽い運動がてら歩いて回るのも良い。
コツコツとヒールの音を鳴らしながら基地内を歩くタナガーの頭上を航空機が、航空妖精が駆る戦闘機の飛んで行く音が聞こえた。ダブルワスプエンジンの勇ましく、力強いそのエンジン音を響かせる機体の正体はF4U-7コルセア。戦闘爆撃機として艦娘艦隊に配備される中では最も強力で高性能な機体だ。初期の艦娘艦隊に配備されていた零戦21型や九六式艦戦改など比べるまでも無いレベルに陳腐化させた機体。
今回、第二艦隊として一緒に行動する山汐丸には一六機のF4U-7が艦載され、対艦攻撃と制空戦闘の両方を担い、艦隊がサーモン北方海域最深部に到達するまでのエアカバーと艦隊に対する近接航空支援を実施してくれる。タナガー自身は忌む航空機だが、航空機の支援なしにして、道中の深海棲艦の航空攻撃を凌げるとは思っていない。例え一六機でも、居ると居ないとでは大違いだ。
足を止めて頭上を二機ずつの編隊を組んで飛び抜けるF4U-7の機影を見送るタナガーに、さぁっと風が吹き付け、その茶色のストレートヘアーを揺さぶる。耳にかかる髪の毛を左手でかき上げながら、タナガーは踵を返して再び歩き出す。基地にある航空基地には近づかず、港湾施設を中心に気ままに歩き回るタナガーの視界では、港湾作業員がそれぞれの職場で、それぞれの仕事の応じた動きを見せていた。
港湾作業員の邪魔にならない様散策するタナガーの眼に、港湾部へとタグボートに押されながら進入して来る大型艦が見えた。艦首にうっすらとロービジ塗装で見え辛いものの「21」の艦番号が書き込まれているし、その艦影から一目でブリーフィングで見たジオフォン級大型艦娘母艦「ジオフォン」だと分かる。
「ジオフォン」の外観は空母そのものの外観だが、艦尾には艦娘発艦用のウェルドックが備わっているし、何よりカタパルトを艦首に一基、アングルドデッキに一基しか備えておらず、艦上戦闘機も載せていない為、格納庫の面積は広くは無い。ロシア方面軍で運用されている艦上戦闘機Su-33または中国方面軍の艦上戦闘機J-15だったら五機しか収まらないくらいの広さだ。その分、艦娘の作戦支援設備、医療設備、車両甲板が広くなっており、右舷側には車両ランプが備わっている。
「エイギル艦隊に配属されていた『ジオフォン』と大体、艦の規模は近いわね。でも、戦闘機は載せていない」
入港して来る「ジオフォン」を見ながら、エイギル艦隊の航空戦力を一身に担っていた空母「ジオフォン」の堂々たる雄姿を、タナガーは思い返していた。全長が二七〇メートルだった自分と違い、エイギル艦隊の空母「ジオフォン」は全長三二三メートルもある。艦の規模、排水量共に自身を上回る大型艦だった。
今艦娘となったタナガーの目の前にいる艦娘母艦の「ジオフォン」は、全長三一八メートルと一回り小柄で、排水量も二万トンほど軽い。少しばかりタナガーの知る「ジオフォン」より小さくなった感はあった。
「お、タナガーさんも『ジオフォン』の出迎えですか?」
背後で自転車のスタンドを立てる音と青葉の声がした。振り返ると、「ジオフォン」の姿をファインダーに収めに来たのだろうか、カメラバッグを肩にかけて、基地内の移動に使った共用自転車から降りて来る青葉が居た。
「出迎えと言いますか、『ジオフォン』の名を持つ艦をこの世界で、この目でまた見る事になるとは思わなくて」
「この世界……前世でも『ジオフォン』って言う艦が居たんですか?」
興味深そうな表情で青葉は尋ねて来る。前に前世の事は話した様な気がするが、「ジオフォン」の事までは話していなかったか、それとも単純に自分の覚え間違いか。まあ、いい、教えて欲しいなら幾らでもエイギル艦隊の事は駄弁れる。
「戦艦だった時の私が所属していたエイギル艦隊の、空の安全と対艦攻撃の両方を担う空母の名が、『ジオフォン』でした。
空母『ジオフォン』と艦娘母艦『ジオフォン』、大きさで言えば空母の方が大きかったですね」
「この世界の空母で例えたら、どれくらいの艦が相当します?」
「キティ・ホーク級航空母艦と同じサイズですね。私が居た世界じゃ、キティ・ホーク級空母と同じ形の空母なんて、世界中の海軍で運用されていたのに、この世界ではアメリカ海軍でしか運用されていないと言うのも、何だか変な気分になりますね」
「タナガーさんが本来居た世界の各国の海軍の充実度が、青葉達の世界の海軍よりも充実し過ぎなんですよ」
苦笑交じりに返す青葉の言葉に、タナガーはそれはそうかも知れない、と考えを改める。前世の世界各国の海軍で、空母を持たない国はまずないと言ってよかった。多数の空母戦闘群を保有していたオーシア連邦は別としても、エルジアや中央ユージア連合(FCU)などは複数の空母を保有していたし、沿岸海軍のレサス民主共和国ですら、二隻は空母を保有していた。どちらかと言えば陸軍国家であり世界きっての空軍大国あったベルカ連邦ですら空母「ニヨルド」一隻だけだが、空母を保有していた。
逆に戦艦を保有する国が割と少なかったとタナガーは記憶している。前述の通りの空母戦闘群を多数有する海軍大国のオーシアでは、空母戦力を拡充する傍らで、大艦巨砲主義者は海軍のドクトリンから外され、オーシア海軍史の歴史の一ページにその名を残すだけとなり、エルジア共和国以外だと、エストバキア連邦、オーレリア連邦共和国、ユークトバニア連邦共和国、レサス民主共和国くらいでしか保有していなかった。
これら前世の世界に存在したエルジア以外の世界各国の戦艦で、タナガー自身と直接面識があるのはエストバキア連邦の戦艦「レガリア」と、ユークトバニア連邦共和国の戦艦「ウポール」だけだ。オーレリアとレサスの戦艦は直接その姿を見た事は無いし、名前も知らない。ただ保有していると言う事実だけをタナガーは知っていたに過ぎなかった。
傍らに立つ青葉がカメラを入港して来る「ジオフォン」にレンズを向け、シャッターを切る。さも金を沢山賭けていそうな高級感ある青葉のカメラが、機関砲の様なシャッター音を連続して立てる。
「タナガーさん」
カメラを一旦下ろして、「ジオフォン」を見つめながら青葉はタナガーの顔を向く事なく言う。
「青葉の中で、一つ考えていた事として、タナガーさんの言う前世の世界を『もう一つのリアル世界』と言う意味を込めた名前で呼ぶのはどうかな、と青葉は思ったんですよ」
「『もう一つのリアル世界』?」
どう言う呼び方を青葉は考え付いたのだろうか。タナガーは興味心をくすぐられ、無言で青葉にその「もう一つのリアル世界」の提案名を話す様に促した。
普段陽気でアクティブな青葉にしては、少し意外さすら感じさせるきりっとした顔立ちをタナガーに向けて青葉は、その提案名を口にした。
「タナガーさんが戦艦だった頃の前世の世界の事を『ストレンジリアル』、と呼ぶのはどうでしょうか?」
「ストレンジリアル……青葉さん達の母国語に訳すれば『不思議な世界』、と言いましょうか」
言う程、不思議な世界だろうか、とタナガーは言いかけて、自身の考えを思い直す。確かに今のこの世界と比べれば「不思議」に思えて来る要素は少なくない。たった一機、または二機程度の戦闘機とそれに乗るパイロットの活躍だけで、国家間の戦争の流れが変わるのは、今の世界の基準で見れば「不思議」に思えてくるだろうし、また同時に「ストレンジリアル」の「ストレンジ」の別の意味合いである「おかしな」「奇妙な」と言う意味合いもまた、その意味合いがタナガーには理解出来た。今のこの世界とは「おかしな」程に世界の文化や習慣に合致する所があり、「奇妙な」程似通っている世界観でもあった。
現に目の前にその巨体を港へと近づけて来る「ジオフォン」と言う名の艦も、「奇妙な」事にストレンジリアルでも、この世界でも軍艦の名前として存在するのだから。
「いいでしょう、私の前世は今後、青葉さんとの間ではストレンジリアルと呼びましょう」
「ガサたちにも周知させていきたいのですが。あと司令官達にも……『前世』はともかく、『タナガーさんが戦艦だった頃の世界』とか、回りくどい言い回しよりも、『ストレンジリアル』と言う呼び方を他の人にも認知させれば、コミュニケーションも円滑になりますし」
どうやら青葉自身は、今のこの世界、「リアルワールド」と呼ぶべきか、と「ストレンジリアル」とで呼称を分けておくのを軍内部で広めていきたい所存らしい。タナガーが軍に存在する間、いやこの「リアルワールド」で今後生きて行く間、ずっと彼女の出自について回る事だ。遠回しな言い方よりも、固有の名詞を与えて呼び分けた方が今後楽になる事もあるだろう。
「では、私の前世の事は今後『ストレンジリアル』呼びで通します。青葉さんもその旨、皆さんへの伝達はよろしくお願いしますね」
「お任せを。青葉が起案した、謂わば言い出しっぺ。青葉の仕事ですからね、やりますよ」
ニコニコ顔で青葉は答えながら、汽笛を鳴らして錨泊に移る「ジオフォン」に再度カメラのレンズを向け、ファインダーを覗き込む。
やはり、青葉は笑顔が良く似合う艦娘、いや女性だ、とタナガーは口元に微笑みを浮かべながら同じように、錨を下ろし単錨泊の準備を進める「ジオフォン」に向き直る。かつてのエイギル艦隊の空母と同じ名前を冠し、かつ似たような外観、形状の艦はゆっくりと埠頭へその巨体をゆっくりと寄せて行く。港湾作業員がそれぞれの作業工程に則って動き回る中、基地の方からは「ジオフォン」に補給物資などを積み込む為に、物資コンテナを満載した大型の軍用トラックが列をなして埠頭へと走って来る。
車両誘導員が笛とハンドライトを手に、トラックの列を誘導する中、「ジオフォン」の向かい側の埠頭に係留されている「わかたか」の方にも物資を満載したトラックの列が向かうのが見えた。
「こういう光景を見ると、作戦前って感じがしてきますね。青葉にとっては見慣れた光景とは言え、いつ眺めてもワクワク感が止まりませんよ」
車両隊にもカメラのレンズを向けながら言う青葉に、タナガーはふと自分より小柄な重巡艦娘の方を向くと、神妙な顔持ちで言った。
「青葉さん、次の作戦、恐らくは魔境と呼ばれた海域での艦隊決戦になるでしょう。その時、何が起きるか分からないのが艦隊決戦です、どうか貴女や第三艦隊の皆さん共に水底に沈む定めにならない様に、最大限の努力をすると……」
「『ストレンジリアル』で経験した戦訓ですか? 大丈夫、青葉は沈みませんよ。勿論、誰も沈みませんし、皆帰ってきますよ。努力も何もありません、全員、ここに帰って来る事が青葉達艦娘の『定め』ですからね」
神妙な言い方をするタナガーに青葉は達観した顔で返す。艦娘にとって揺ぎ無い事実であり、自分達の「定め」とは必ず帰還する事にあると断言してのける青葉の言葉は、タナガーとは艦娘としての場数が遥かに違う歴戦の艦娘の言う言葉であった。
そうですね、と頷くタナガーに向かって、青葉は無言で右手の拳を差し出す。タナガーも無言で左手の拳を出して、青葉の拳とコツンとぶつけあった。人としての姿を得たからこそ出来る、約束の意味を含めたフィスト・バンプだった。
感想評価、ご自由にどうぞ。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。
追記:タナガーが言及しているエストバキア海軍の戦艦〈レガリア〉はエースコンバット6のグレースメリア解放戦に登場するエストバキア海軍のネームレスのアイオワ級戦艦に、それっぽい名前を独自に付与したので完全非公式の艦名です。