艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1 作:岩波命自
二隻の艦の汽笛が、埠頭に鳴り響いていた。ラフシーズ作戦の実施に伴い、三〇名にも上る艦娘を最前線に送り届ける為の二隻の艦娘母艦が、曳船に引かれて埠頭を離れ、沖合へと乗り出そうとしていた。
「風、左艦尾から一二ノット」
「艦首、右に振れる」
「両舷前進半速」
「おもーかーじ」
艦娘母艦「ジオフォン」の艦橋内で、航海要員の出港号令が飛び交う。艦橋から数十メートル後方では唸り声を上げて「ジオフォン」の機関部がスクリューを回転させ、海面にスクリューの回転で掻き立てられた海水が泡立って盛り上がる。
埠頭では、古鷹、衣笠、磐梯、大峰、北上、大井、鳥海と言った今回の作戦には参加を見送られた艦娘達が声援を送りながら、二隻の艦娘母艦の出向を見送っていた。「わかたか」のデッキに立って、声援に手を振って応える青葉の視界の端に、同じように「ジオフォン」の飛行甲板艦尾に立って、見送りの艦娘に対して、登舷礼をしているタナガーが見えた。
見惚れる様な見事な登舷礼をしているタナガーのすらりとした姿勢に、青菜は手持ちのスマートフォンで一枚、その姿を写真に収めた。同じ艦娘母艦に乗り込めない者同士、暫くの間のお別れだ。また会うのはこの作戦が終わってから、になるだろう。それまでタナガーと言う「ストレンジリアル世界」からの転生者の姿を写真に収めることは叶わない。今撮れる内に撮っておこうと青葉は数回、シャッターボタンをタップしていた。
作戦海域へと進出する「ジオフォン」と「わかたか」は途中で二手に分かれて、それぞれの艦娘出撃地点へと進出していった。艦載する第三、第四艦隊の道中が長い「わかたか」は今夜中に両艦隊を出撃させて、本隊支援に回る。作戦海域到達時刻を正確に合わせておかないと、各個撃破の憂き目に遭う。時間が速いと火力で劣る第三、第四艦隊が先行突入する形となって全滅しかねないし、遅いと本隊の交戦開始に間に合わなくなる。
水平線の向こうに消えて行く「わかたか」の見慣れた艦影を見送ったタナガーは、艦内の居住区へと戻った。
宛がわれた自室は、借り部屋とは言え、着替え以外の私物と言う私物が無いタナガーの部屋は非常に寂しさのある風景だった。作戦海域に到達するまでの間、何をして過ごそうか、とタナガーは思い悩む。
「人の姿を得ると、する事の無い暇な時間をどう過ごすか、と言う最大級の問題とも向き合わないといけないのね」
鋼鉄の軍艦だった頃、考えもしなかった事に溜息を交えながら、タナガーはどうしようかと考え込み、ふと本が読みたい、と言う思いに駆られた。読書によって得られる知識は何人も拒まないし、読書で得られる知識は武器にもなる。同時に時間潰しにも持ってこいだ。
読書と言っても「ジオフォン」の艦内には図書室なんてものは無いから、その手の趣味事に強い艦娘の居る部屋へと向かった。何冊か本を借りられたらと思い、駄目だったら食堂にある雑誌類で我慢する気だった。
部屋のドアをノックしたタナガーに、返事が返って来る事は無く、留守かなと軽く首をかしげる。
すると隣の部屋のドアが開き、普段の大胆に胸部を露出させた制服では無く「USA」の文字が入ったTシャツを着たアイオワがひょこっと頭を出した。
「Hi タナガー。何か御用?」
「ニュージャージーさんは、今ご留守ですか?」
「居ると思うけど……Wait a moment. (ちょっと待っててね)」
アイオワはタナガーが訪れたニュージャージーの部屋を軽くノックして、やはり反応がないのを確認すると、「入るわよ」の一言と共にドアを開けて中に入った。プライバシーもへったくれも無いアイオワのその行いに、少し驚きながらもタナガーがドアの淵越しにニュージャージーの部屋を伺うと、長女アイオワと同じような私服でベッドにゴロンと横になってニュージャージーは寝息を立てていた。
「よく寝る子なの。大目に見てあげて」
「いえいえ」
長女として代わりに詫びるアイオワに、タナガーは苦笑交じりに応えた。
「ニュージャージーへ何か用があるのだったら、代わりにMeがしてあげるけど」
「あー、では、ニュージャージーさんの本を一冊お借りしたいのですが」
「Okay. 読書好きなのね」
読書による知識を得る事と睡眠、これがニュージャージーの日課と言えるだけに、彼女の自室には借り部屋でありながら大量の本が置いてあった。いずれも大真面目な戦史本やら戦術に関する本ばかりであり、ベッドに横になって寝息を立てていなかったら、戦術研究でもしていそうな勢いの量の本がサイドテーブルに積んであった。
その本の山の中から、一冊、これが良いかしらと選び抜いたアイオワは、妹を起こさない様にそっとした足取りで戻って来ると、一冊の本をタナガーに渡した。
「はい、これ。汚しちゃNOよ」
「ありがとうございます」
アイオワに礼を述べつつ、タナガーは彼女がニュージャージーの私物から抜き取って来た本のタイトルを見る。「アメリカ戦艦史」簡潔なタイトルだが、目次を開いてみると、戦列艦の時代から現代の戦艦艦娘までを網羅した書籍だった。人間が艤装を纏って、かつての戦艦の名前を名乗って深海棲艦と戦っている、と言うのが艦娘の正体の様なものだが、その実海軍関係者や軍史研究家の間では姿を変えようと戦艦艦娘も戦艦として扱う様だ。
自室に戻って「アメリカ戦艦史」と書かれた本を読み込む。タナガーにとってはある種馴染みのある言語、この世界における英語と言う言語で書かれた本を読む彼女は、人類統合軍発足前のアメリカ合衆国海軍で運用されていた戦艦の歴史をじっくりと読んで行った。遥か昔、世界に名を残した三大名提督の一人ジョン・ポール・ジョーンズの時代から、冷戦後の湾岸戦争直後まで運用されていた艦娘アイオワ達の「軍艦としての姿」であるアイオワ級戦艦まで。分厚い本はちょっと直ぐに読める手軽さは無かったが、時間潰しには丁度いい。
ストレンジリアル世界での自分と同じ姿であるアイオワ級戦艦が就役したばかりの頃、世界で二度目の世界大戦が行われていた第二次世界大戦の項目にタナガーは目を通した。第二次世界大戦は戦争の歴史の主役が戦艦から航空機へと移った、いわばターニングポイントとなった戦争ではあったが、戦艦同士の砲撃戦も行われてはいた。戦艦「サウスダコタ」と「ワシントン」の二隻が、日本海軍の戦艦「霧島」と撃ち合った第三次ソロモン海戦の下りはまず始めにタナガーの注目を引き、文章をじっくりと彼女の眼が追う。
艦娘として存在するサウスダコタとワシントンの由来となった二隻の戦艦と「霧島」の戦いは、興味深かったが、読んで行くうちにタナガーの心は「霧島」に移入していた。「サウスダコタ」を仕留め損なったのはともかくとして、突如現れた「ワシントン」の集中砲火で大破、航行不能となり自沈処分になった「霧島」の経緯には、悔しさがきっとあっただろう、とタナガーは思いを馳せた。
一方、アイオワ級戦艦の「アイオワ」「ニュージャージー」「ミズーリ」「ウィスコンシン」の四隻は、「サウスダコタ」「ワシントン」の様な戦艦同士の砲撃戦には恵まれず仕舞いだったと言う記述に、タナガーは軽く気分を沈めた。実際著者もその事については惜しむ事を書いていた。
日本海軍の大和型戦艦とアメリカ海軍のアイオワ級戦艦、果たして撃ち合った場合どちらに軍配が上がるのか、と言うテーマに対して、著者は永遠に謎であり、今後海軍歴史家の間でも一生決着の出ないテーマになるだろうと結んでいた。
「先日の艦娘同士の演習だと、ニュージャージーさんが大和さんを仕留めてはいたわね」
あくまでも演習と言う形ではあったが、戦艦と言う概念が艦娘の世界へ移った今、超大和型相当へと発展改装されている大和に対して、撃沈判定を出して見せたニュージャージーの姿を思い返しながら、タナガーは一旦しおりを挟んで本を閉じ、腕を組んで考え込む。主砲の口径でワンランク相手より劣る戦艦が勝つ方法は物量戦しかないし、それでも辛勝で終わればいい所、と言うのはストレンジリアル世界でタナガーも学んだ事である。
先の演習では確かにアイオワと既に交戦して損傷判定を被っていた大和だったからこそ、ニュージャージーは撃ち勝てたのかも知れない。無論彼女自身の艦娘としての技量も高いレベルで収まっていたと言うのもあるだろう。
テーブルの上に置いた「アメリカ戦艦史」に手を伸ばし、著者の名前と経歴を確認する。
「マシュー・トレス。元アメリカ海軍少将……」
著者の顔写真は無いが、かつてアイオワ級戦艦「ミズーリ」に乗り込んでいた経験のある、海軍歴史研究家の一人として有名らしい。「ミズーリ」が退役した後は、駆逐艦の砲術長としてアメリカ海軍でとある演習では伝説的なスコアを残したと言う。その他にタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の艦長として難破した民間船の救助でも名を馳せ、軍を退役後は大学で学士号を習得するなど勉学に励んで今の地位にいると言う。
「何だろう、知らない人の経緯じゃない気がする……」
知り得ない筈の経緯の筈だが、何故かタナガーはこのトレス元海軍少将と言う人物を、身近に知っていたかのような錯覚に陥る。この世界に転生してからこっち、奇妙な気持ちになる事は割とある。この世界の事など殆ど知らない事の筈なのに、まるでよく知っているかの様な気持ちになる。
「ストレンジリアル、か……」
青葉から提案された「奇妙なる世界」と意訳できるタナガーの前世の世界と、今の世界を生きていく上で感じるこの符号する様な意識に、本当に奇妙な気分だ、とタナガーは溜息を交えながら深く息を吐いた。
その晩、「ジオフォン」に乗り込む艦娘達は一同に会して食堂で夕食を摂った。
豪華なステーキが振舞われ、アメリカ艦娘達は全員、舌鼓を打ちながら分厚いステーキを頬張っていた。
タナガーはと言うと、右に大和、左に長門に挟まれる形で席について、ナイフとフォークでステーキを切り取って、口に運んでいた。人の姿を得たからこそ味わえる牛肉の旨味に、タナガーは美味しいと頬を緩ませる。一方、両側を挟む大和と長門の更に積まれたステーキの量に、タナガーは目を丸くしていた。
「沢山食べますね、大和さん、長門さん」
交互に二人の更に盛られた肉の量に驚くタナガーに、肉とサラダを飲み下した大和がナプキンで口元を拭いながら答える。
「明日の朝食は栄養ドリンク一本になるから、腹を満たした満腹感を得らえる食事はこれで一旦お終いですから」
「栄養ドリンクは一日食事を抜いても問題ない様、瓶一本で必要な栄養素を摂れる分、戦場でトイレに行きたくなるのを防ぐ為の工夫の副作用で、余り美味しくないからな。美味いものは食えるうちに食って置くと言う訳さ」
牛乳を注いだコップを置きながら、長門も答える。大和と長門だけでは無い。加賀や陸奥、武蔵と言った大型艦娘は皆、大盛のステーキを頬張っている。隣のテーブルで皿を囲む時雨と雪風らも同じステーキ食だが、彼女達の食べる量は至って普通だ。タナガーと大差ないと言っても良い。
自分のステーキを口に運び、食しながら、じっくりと肉の味を味わう。食事と言う文化はストレンジリアル時代、自身の艦内の食堂で見て来た風景とは言え、実際に食する立場になると何とも快楽を得られる時間と言えようか。
「食事している時って、気分が良くなりますよね」
「勿論です。人間、食事は心も体も休まる時です。だからこそ、過酷な日常が続く軍隊では美味しい食事が約束されているのですよ」
少し自慢げに大和が言うと、長門がタナガーの耳に口を寄せてこっそりと耳打ちする様に言った。
「大和はな、食事を食うのも好きだし、豪華な料理を自分で作るのも好きなんだ。あいつの料理スキルは高いぞ」
「成程、戦艦だった時の大和が『ホテル』と揶揄された理由が何だか理解出来る気がします」
「タナガー、それは彼女の前では禁句よ」
陸奥がタナガーの発言を咎めるが、大和は大して気にした様子も見せず、けろりと答えた。
「もうホテル呼びは過去の事ですから、平気ですよ」
「大和は良いとしても、私の事を旅館呼びしたら、腕立て一〇回はしてもらうぞ?」
姉はもう過去の事だと水に流している一方で、武蔵は未だに根に持っているのか、釘を刺す様にタナガーに言う。
戦艦がホテルや旅館呼ばわりされていると言うのも、ずっとストレンジリアル時代は一貫して戦闘艦として運用されて来たタナガーには初見、よく分からない呼び方であった。それだけに理解した先に感じたのは同情の想いであり、同時にちょっとした優越感も覚えもした。
「そう言えば、『わかたか』の方ではもうじき第三、第四艦隊の出撃時刻ね。長丁場を凌ぐ彼女達の健闘を祈って、乾杯と行きましょうか」
いつもと変わらぬ低いトーンに、ほんのりと仲間への思いを込めた声で加賀が酒の入ったグラスの代わりに、水を注いだコップを片手に、一同を見渡して言う。
母国語でワイワイしていたアメリカ艦娘達も、加賀の言葉を聞いて即座に場を収めると、各々のカップを持った。乾杯の音頭を取る加賀の「乾杯」と言う何も添えず、ただ一言だけ口にした言葉に合わせて全員が第三、第四艦隊のメンバーの健闘を祈って祝杯代わりのコップを掲げた。
食事の時間はあっという間に過ぎ、食道を辞したタナガーは第二艦隊のメンバーと共にブリーフィングルームへ集まって、作戦決行日前の最後の打ち合わせを行った。
「艦隊旗艦はこの長門が、次席旗艦は陸奥が担う。艦隊防空と対潜警戒はタナガー、山汐丸、時雨、雪風だ。我が第二艦隊の任務は、後続の第一艦隊に先駆けて、サーモン北方海域中央下ルートにおける前衛任務だ。戦艦三隻を前に置く我々の存在を、深海棲艦が見逃すはずがないだろう。
恐らく、ヲ級改flagship級を含む第二、第三群が航空攻撃を仕掛けて来る筈だ。対空防衛の前衛は山汐丸、お前の航空戦力にかかっている」
「了解であります。陸軍艦娘の意地と名誉にかけて艦隊をお守り通して見せます」
「結構。だが、如何に強力なF4U-7と言えど、数の差でヲ級改に突破される可能性は高い。その際、タナガー、時雨、雪風の防空能力が重要になるだろう」
長門はタナガー、時雨、雪風を見つめて言う。少し大人びた佇まいで、どちらかと言うと寡黙な所があるが確たる意志を感じさせる時雨と、あどけなさを残した天真爛漫な快活な少女さを見せる雪風、正反対な立ち振る舞いの二人の駆逐艦娘を隣にタナガーはちらっと横目をうかがわせると、時雨、雪風の目が揃って見つめ返してくる。
時雨は本来別戦線へ送られていた第一遊撃部隊第三部隊所属だが、時雨だけ今回のラフシーズ作戦の為に第八方面軍へと戻され、第二艦隊へ編入の運びとなっていた。
「呉の雪風、佐世保の時雨」と呼ばれる艦娘の中でも豪運コンビの片割れだが、あくまでも悪運が強いと言う意味でのコンビであり、配属部隊自体は二人とも別々だった。
今回の作戦に当たって雪風は第二水雷戦隊、時雨は前述の部隊から第八方面軍に派遣され、久方ぶりのタッグを組んでいた。二人の練度は、雪風が改二、時雨が改三になっている所からも、タナガーとは比べもにならない程に高く、場数を多く経験している事を証左していた。
(駆逐艦か……艦隊のワークホース的存在な艦種だけど、艦娘の駆逐艦の実力は良くは知らないのよね……)
思い返すと、タナガーはこれまで巡洋艦以上の艦娘との共闘経験しかない。ストレンジリアル時代は無論、駆逐艦と艦隊を組んで戦って来たとは言え、駆逐艦娘と軍艦の駆逐艦とではまた微妙に勝手が違う。少なくとも時雨と雪風の艤装から艦対空ミサイルやアスロック対潜ロケット、対艦ミサイルなどの誘導兵器は発射されないから、タナガーの知る駆逐艦とは戦い方が違う。
「我が第二艦隊は第一艦隊に先行してポイント5-5Sへ突入、長門型特殊砲撃を持って敵一群を撃滅、敵主力艦隊の混乱を誘う。特殊砲撃完了後は第一艦隊と第五八任務部隊来援までの間、サーモン北方海域最深部で可能な限り敵艦隊に打撃を与え続ける。北方ルートから進撃する第五八任務部隊が遅れなければ、一番乗りは我が第二艦隊だ。艦隊決戦の殊勲を立てるまたとない好機だろう」
長門自身、熱が籠った口調で語るその口ぶりに、それを聞くタナガーもワクワク感が止まらない。
「留意点として、レ級elite級の長射程の精密雷撃よ。それにヲ級改やレ級elite級が放つ航空戦力の空爆も、気を抜いちゃ駄目な所ね」
昂ぶる感情のままに熱っぽく語っていた長門とは反対に、冷静に脅威と作戦を失敗に追い込みかねない要素について、陸奥が抑揚のある声で言及する。
「空爆は僕と雪風がある程度は防いで見せるけど、潜水艦への対応もあるから、完全に防ぐ事は難しい、と言う事だけは僕たちからも伝達しておくよ」
静かなトーンで、己の役割と敵戦力をよく勘定した時雨が言う。
その時雨の言葉に長門が少し考え込む様に腕を組んで目を瞑って、しばし瞑想する。
「二人の中で対潜攻撃の成績が良かったのは時雨だったな?」
「うん、そうだけど」
片目を開けて確認する長門に時雨が答える。それを聞いた長門は微かに口元に笑みを浮かべると、時雨と雪風に向き直った。
「雪風は対空防衛、時雨は対潜攻撃に注力だ」
「でも、相手にはレ級elite級とヲ級改、それに南方戦棲姫の艦載機戦力だってあるよ?」
流石に自分一人で相手をするには数が多すぎると雪風が反論するが、長門は大丈夫だとタナガーに視線を向けて頷く。
「タナガーは雪風が居眠りしていられるくらい頼もしい対空艦になりえる。問題はない」
「あたしが居眠り出来るくらい、って事は、相当強いんですね」
興味深そうな顔で雪風がタナガーを見る。顔立ちには未成年のあどけなさはあるが、打ち合わせ前に陸奥が教えてくれたところによると、これでも雪風と名乗る事になる少女が艦娘として着任したての頃と比べると、随分見た目も性格も大人びて来ているらしい。
興味深そうに自分を見つめて来る雪風に、タナガーは自身の対空火器であるCIWSを知っているか尋ねてみる。
「雪風さん、CIWSって知っていますか?」
「艦娘じゃない方の軍艦の近接防御火器ですよね。それが何か?」
「私の艤装にはそれが四基備わっているのです。レーダーで精確に追尾し、強力な対空弾を分間数千発撃ち込み、深海棲艦の艦載機を多数一度に消滅させられる程の」
「誇張では無いぞ雪風、タナガーの言う事は本当の事だ」
脇から長門もタナガーの防空能力、と言うよりはCIWSの成した結果を直に見た経験に基づいて証言する。
ふーん、と九割はなるほどと受け入れたが、一割だけ信じられない顔で雪風が頷く。実際に見た事があると証言する長門を疑う訳では無いが、余りにも突飛、かつ誇張的な表現ににわかには信じられない所を感じざるを得ない様だ。隣の時雨も、やや懐疑的な視線を寄せて来る。
「明日、戦場でお見せしますよ。お二人も納得のいく成果を出して見せましょう」
目に見える結果としてお答えすると返すタナガーの口振りは自信に溢れていた。見定める様な視線でタナガーを見る時雨と雪風に、長門と同様タナガーの実力を目の当たりにしたことがある陸奥は、敢えて何も言わなかった。彼女なりに時雨と雪風には本当に見てのびっくり体験にしておきたいと思っていたからだ。
その後解散となった第二艦隊のメンバーは、早朝の出撃に備え、就寝となった。
寝る前にタナガーはアイオワ経由でニュージャージーから借りた本を返却しに、アメリカ艦娘の居住区を再び訪れた。
ニュージャージーの部屋をノックすると、丁度ベッドに潜り込む前のニュージャージーが出て来た。
「アイオワさんに頼む形でちょっとお借りしていた蔵書をお返しに上がりました」
「別に今日中に返さなくてもよかったのに。一晩で読み切れるものじゃないでしょう?」
そう返しつつも、ニュージャージーはタナガーが差し出す本を素直に受け取った。
「作戦が終わったら、Meの所にまたいらっしゃいな。好きな本言ってくれたら貸してあげるわ」
「ありがとうございます。ではおやすみなさい」
「Bonne nuit.(おやすみなさい)」
ストレンジリアル時代ではエルジアでも聞いた事がある、今の世界で言うフランス語でニュージャージーは返した。
部屋をドアを閉じたタナガーの背後で、ニュージャージーがベッドにゴロンと横になる音がドア越しに聞こえて来た。寝る子は育つ、と言う諺はストレンジリアルでも聞いた事があるが、果たして既に成人済みであろうニュージャージーのこれ以上何が育つと言うだろうか、と他愛も無い事にタナガーは考えを巡らせかけ、頭を軽く振る。
「私も寝ないと」
人の姿を得てから、タナガーも睡眠で体力が回復すると言う人間の構造にすっかり馴染んでいた。寝ないと、と口にしてから急に睡魔が押し寄せ、タナガーの脳から四肢にかけてゆっくりと行き渡り、動作を緩慢にし始める。
大きな欠伸を漏らしながらタナガーは自室に戻ると、寝間着に着替え、歯を磨き、ベッドに横になると、電球のスイッチを切る様に眠りに落ちた。
一方その頃、「わかたか」では第三、第四艦隊の発艦が始まっていた。
「第三、第四艦隊艦娘各員、発艦位置へ」
「作戦行動、オペレーション・ラフシーズ。展開フォーメーションは各部隊単縦陣。以後、艦隊間通信は04号暗号にて伝達される」
「全艦、オールウェポンズフリー。艦娘諸君各員、深海棲艦どもに穢された赤い海を再び蒼き清浄なるあの海原へ!」
作戦行動開始を伝達するオペレーターの伝達に交じって、恐らくは対深海棲艦過激派に与する思想に染まっているのであろう、「わかたか」の新任艦長のどこか針小棒大な演説が流れる。
「随分、新任艦長殿は大層な御信念をお持ちの様ね」
冷ややかな口調で愛鷹がスピーカーを見上げて、薄ら笑いを浮かべる。御信念を説くくらいなら、全員生きて帰ってこい、のお世辞でも言えと内心毒づいてもいた。
「大根役者気取りなんでしょうね、気にする事ないですよ姉さん」
同様に冷笑を浮かべながら黒姫が軍用手袋をはめる。
二人の隣にいた青葉も、流石に今の艦長の発言は気分が悪くなるくらい思想強めな言葉で、カメラを回していた事を後悔していた。作戦行動前の最終確認のブリーフィングの場では、多少言動に過激派気味な所を忍ばせてはいたものの、表立って口にはしなかった比較的若い艦長だったので、大丈夫かな? と思う程度で済んでいたが、艦娘の安否に言及するよりも自身の尊大な思想を滲ませた演説には、流石に青葉も引いた。
「気にするな、皆」
艦娘運用科のCPOこと先任兵曹長が、老獪な顔に薄らと渋面を浮かべながらも、その場を取り繕う様に愛鷹、青葉達に言う。CPOともなれば軍艦で言う所の第二の艦長とも言われる重鎮、ベテラン中のベテランの兵曹が就く要職の人間だ。新任艦長よりも遥かに海軍の世界で飯を食って、厳しい軍人生活を続けて来た経験の差がある。
「艦長は今回が初舞台だ。ちょっとは偉そうな事を言いたくなるお年頃なのさ。それよりも私から、皆に頼みがある。全員無事に帰ってきて欲しい。大破艦娘が出たら帰って来るんだぞ。帰ればまたリベンジに来られるからな。命あっての物種だよ」
「了解です、運用班長」
サーモン北方海域に突入する艦娘艦隊でも、最初に斬り込むことになる先行部隊である第三艦隊を率いる愛鷹が、全員を代表して先任兵曹長に礼を述べる。
「やっぱ、おやじさんの言葉がいつもありがたみを感じれるねえ」
ニコニコ顔で加古が先任兵曹長に言う。加古の年齢から言っても、「わかたか」の下士官水兵にとって厳しくも優しい親父分であるCPOの先任兵曹長は文字通り「おやじさん」と言っても過言では無かった。
「それじゃ、出発しましょ」
やる気満々、艦長の言葉などどこ吹く風と、両腕をぐるぐると回しながら陽炎が艤装の装着を始める。
「夜戦ですね、今日は月明りも薄いですから、注意して行きましょう。皆いい?」
陽炎と同じく駆逐艦娘の長女勢の一人である吹雪が、念を入れる様に、艦隊の全員と一一駆の面々を見渡して言う。「了解」と初雪、白雪、深雪がそれぞれの答え方で長女に返事を返す。
艤装の装着を始める第三、第四艦隊の面々の中で最初に艤装の装着を終えた加古が、六戦隊第一小隊を組む中である戦友の青葉に近寄り、肩にポンと手を置く。
「青葉、前衛はヨロシク」
「了解です。加古も注意してついて来てね」
互いにフィスト・バンプして意志を確かめ合うと、まず前衛第三艦隊の愛鷹、青葉、陽炎、不知火、霞、霰の発艦作業が始まった。
重々しい機械音を立てて、ガントリークレーンで大和型の改二以前の艤装並みの大きさがある愛鷹型超甲巡艦娘艤装が、愛鷹の腰の艤装装着ベルトへと連結される。APUから引かれたケーブルを繋いだ機関部が回転数を上げて行き、既定回転数に達すると愛鷹の「点火!」の合図と共に始動音が鳴り響き、大きな艤装がふわりと浮かぶ。作業員が艤装各部の安全ピンを抜き取り、愛鷹に抜いたピンを全て見せて、愛鷹もそれを一つ一つ確認してGOサインを出す。
先行部隊の旗艦と言う事もあり、まず霞、霰の二人を伴って、愛鷹が海水で満たされたウェルドックのドック内へと降りる。既に起動済みの主機が浮航力場を靴底に形成し、地面に足を付けているかのように愛鷹、霞、霰の三人が海水の上に立つ。
「先行、第三艦隊旗艦愛鷹」
「随伴護衛艦、一八駆霞!」
「同じく霰」
三人の発艦申告の前半部が愛鷹、霞、霰の順で発せられると、ウェルドックのハッチ上部にある赤色灯が消え、青いグリーンライトが点灯する。行く先を導く様にウェルドックの両側のキャットウォーク下のグリーンライトが光り、三人の後部ではデフレクターが立ち上がる。
「出る!」
「行くわ!」
「行きます」
三人の発艦申告の後半部がそれぞれ宣告されると、強速へと加速をかけた三人の主機の踵から濁流が迸り、デフレクターに盛大に飛び散って砕ける。ウェルドックの艦内に響く機関音を鳴らしながら三人が発艦すると、びしょびしょに濡れたデフレクターが下がり、青葉、陽炎、不知火の番となった。
「第三艦隊、二番艦青葉」
「随伴護衛艦、一八駆陽炎!」
「同、不知火」
青葉と陽炎の快活で明朗とした声が二つと、不知火の静かながら凛とした佇まいを感じさせる声が一つ、発艦申告を告げると、三人同時に発艦申告を発した。
「行きます!」