艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1 作:岩波命自
同日一四時頃。
「サーモン北方海域『一帯』がおかしい?」
ショートランド泊地の司令部指揮所で、ギャリソン中佐の報告に眉間にしわを寄せて北は怪訝な声を上げた。
「もう少し具体的に言ってくれないか? 何がどうおかしいのだ? 気象状況か? 磁場か? 海水温か?」
岩瀬が具体的な異常の報告をギャリソンに求める。大雑把で抽象的に過ぎるギャリソンの報告だけでは何がおかしいのか、何が問題なのかさっぱり理解が出来なかった。
自身の発言に問題があった事をわび詫びながら、ギャリソンは持って来たタブレット端末を北と岩瀬の前において、解説を始めた。
「偵察衛星からの情報では、サーモン北方海域における磁場、海水温、気温だけでなく、重力にも異常が発生する兆候が見られるとの事です。『ラフシーズ作戦』の参加艦娘の身に、危険が及ぶ可能性があります。対応策は現在の所、最深部突入前に艦隊を撤退させる、と言うのが小官の愚考する所です」
「ここまで来て、撤退だと?」
それはないだろう、と不満を湛えた顔で北が言う。岩瀬も、その隣で黙って聞いていたキングリッジも不満をありありと顔に浮かべて、ギャリソンを見つめる。
「深海棲艦のサーモン北方海域の艦隊は、現時点では増援と補給を喪っているとは言え、何れは奴らも再編した補給艦隊を送り込むだろう。それも今度は我が艦娘巡洋艦戦隊の夜戦襲撃も想定して、護衛を手厚くし、規模も拡大した大規模な輸送船団として送り込む可能性が高い。その場合、随伴艦にタ級やル級、ヲ級、ネ級を含む可能性すらある。そうなれば、こちらとて迂闊に手を出せなくなる。
そう言う状況になる前に、サーモン北方海域での決戦を終えて、直ちに撤退する。これ以外あるまい」
「しかし、戦闘が長引けば、海域での異常に全艦で呑まれる可能性があります。気象変動だけ、なら艤装の環境シールドである程度の変異から艦娘を守る事は出来ましょう。しかし、観測された海域の異常には『重力』『磁場』も含まれます」
「その要素が絡んだ異常事態の前例はあったかね?」
静かに問う岩瀬にギャリソンは短くだが、重要な意味を込めて答えた。
「あります」
その返答に、北、岩瀬、キングリッジたちが動揺を目に浮かべる中、ギャリソンは北のPCを借りると、人類統合軍の機密ファイルにアクセスし、自身のパスコードで厳重に封緘されていた戦闘詳報を解除した。
「これです、人類統合海軍太平洋艦隊日本艦隊が六年前、独自に実施した大規模な作戦、『峡一号作戦』とも呼ばれる『鉄底海峡海戦』です。同作戦は、ここショートランド泊地をも呑み込む変色海域の拡大防止、及びそのグラウンドゼロへの艦隊突入作戦とその為の陽動作戦です。
参加艦娘数四三名、内陽動作戦艦娘二四名、鉄底海峡突入部隊一三名、ショートランド泊地防衛部隊六名。この作戦はアイアンボトムサウンド(鉄底海峡)をグラウンドゼロして拡大を続ける変色海域の最深部に突入部隊の一人である、吹雪が単身突入に成功し、同地で仮称『深海吹雪』と対面し、これを浄化させたことで事態解決となりました。この時偵察衛星で観測された事象と、今回のサーモン北方海域で確認された海域の異常がぴたりと符合します。もっと具体的に言うなれば、アイアンボトムサウンドの海域異常が発生する前の段階の時と同じ状況です」
「すると、サーモン北方海域で第二の『鉄底海峡海戦』で見られた海域異常が発生するとかも知れない、と貴官は言うのか?」
北はPCに表示された艤装のガンカメラが捉えた、アイアンボトムサウンドのさい最深部で起きた海域異常の映像を見て、ギャリソンに問う。
無言で頷くギャリソンに、北は岩瀬、キングリッジと共に、PCのディスプレイを凝視する。
文字通り、異形の世界だった。赤く染まった海はともかくとして、紫色に染まった空とグラウンドゼロを中心に天高く、真っ黒な雲に覆いつくされた天空へと延びる一本の濃色(こきいろ)の搭とも線とも付かない物がそびえ立っている。カメラは最深部突入部隊の一人だった大和のもので、途中で大和が大破戦闘不能になった事でカメラの映像は途切れた。
変わって「REC」と表示される映像が「吹雪」のものに変わる。恐らくは仲間達の、と言っても大和、睦月、如月の三人だけだが、に送り出されて最深部突入を果たした後の彼女の艤装のカメラが記録した映像には、濃い煙とも霧ともつかない混濁の視界の向こうで、まるで天空に向かってそびえる濃色の物体を中心に、深淵へと全てが沈み込んでいる円状の滝のような空間へ吹雪が文字通り飛び込むのが映し出されていた。
「REC」と表示された記録映像はアイアンボトムサウンド最深部の濃色の搭に吹雪が突っ込んだそこで途切れた。
「この後、吹雪は自身の深海棲艦型と対面し、その深海吹雪と呼ばれる己の分身の魂を浄化し、事態解決へと結びつけました」
ギャリソンの語り口に耳を傾けていた北、岩瀬、キングリッジらは初めて見る異形の世界に言葉を失っていた。
「何故この海戦の情報が秘匿されたのです?」
そう尋ねて来るキングリッジにギャリソンは簡潔に答えた。
「総司令部が、事実の隠蔽に走ったからです」
「事実の隠蔽?」
訝しむ三人にギャリソンは彼自身、詳報やレポートを読んで得た知見でしか無いが、と思い返しながら答えた。
「事の発端は八年程前とされます。とある海戦……具体的な海戦名は小官も把握できていませんが、時系列的に第二次サボ島沖海戦と思われます、で吹雪が大破して帰投した時の事です。
彼女は意識不明の状態で帰投し、半年程の入院生活を経て退院しましたが、この第二次サボ島沖海戦で一時的に吹雪は沈没、しかし何らかの形で吹雪は浮上を果たすも、彼女の思念、ここでは残留思念とでも言いましょうか、が海底に没し、それが深海棲艦に取り込まれて深海吹雪として、負の感情をエネルギーに醸成されたもう一人の吹雪となって生まれ、雌伏の期間を経てアイアンボトムサウンドを中心とした海域異常を引き起こした。とされています。
アイアンボトムサウンドを中心とした海域の異常、特に変色海域はソロモン諸島の生態系、及び周辺諸国に甚大な影響をもたらしました。吹雪の突入、及び深海吹雪の浄化を持って変色海域は消失、事態の鎮静化、破壊された生態系の回復、と事態の解決は図る事が出来ましたが、当時の日本艦隊の総司令官の檪木(いちき)提督は同海戦の全ての情報を隠蔽、封緘指定対象とし、海軍の艦隊総軍もそれを認可し、峡一号作戦の詳細は隠蔽されました。
小官の憶測ではありますが、恐らく吹雪の一時的な喪失と彼女を起因とする一連の甚大な被害を巡って、軍へ非難が集中する事を恐れ、事実の隠蔽が成された可能性があります」
「六年前、ソロモン諸島一帯の周辺諸国には確かに戒厳令と強制疎開が命じられたし、漁師の漁船など民間船が何隻も行方不明になったり、軍が作戦行動を取った事も私は知っていたが、まさかこんな事になっていたとは……」
いやはやと溜息を吐く北に岩瀬が己の違和感を口にする。
「疑問があります。先の峡一号作戦の際、中佐の仰る通りなら吹雪が事実上の要因となったとは言え、今回観測された海域異常が認められたサーモン北方海域を起因とする艦娘は一体誰になると言うのでしょうか? 現在の司令部編成になる前に米艦娘艦隊が六名K.I.Aを出しましたが、何れも海中に没する前に味方艦娘に連れて帰られ、艦娘母艦の艦内で蘇生措置虚しく死亡なので、何れも海底に没した事がない」
「それです、今回の謎は。我が第八方面軍がサーモン北方海域に進出してから、水底に遺体が消えた艦娘がいない。確かに轟沈として扱われた艦娘の戦死者は居ます。ですが、何れも海中に没する前に遺体を回収出来ている。付け加えるなら従軍牧師の手で手厚い葬儀も行われている。
深海吹雪の様な存在が生まれる要因がないのです。第二次サボ島沖海戦が原因だとするなら、吹雪が単身艦隊から離れた所で一時的にM.I.Aになったから、彼女が海中に没したとしたら当時それを防ぐ事が出来た艦娘がいなかった」
「つまりは今回のサーモン北方海域における海域の異常は、イレギュラー、と言う事か」
纏める北の言葉に全員が頷く。
「如何いたしましょうか? 間もなく艦隊は交戦を開始する筈です。今から撤退命令を下しても間に合わないかも知れませんが」
そう尋ねるギャリソンに北は一言一言かみしめる様に言った。
「現地で既に海域の異常は把握しているだろう。目に見える形でこの世の終わりの様な世界になっているのだ。峡一号作戦において最深部突入メンバーである大和と加古、そしてキーパーソンたる吹雪本人、それに峡一号作戦に参加した経験がある長門、陸奥、青葉が今回の作戦に参加している。
一応こちらからの注意を喚起する旨は送るが、現場判断で引き際は弁えてくれるだろう」
赤く染まる海、真っ黒と言うべき曇空。不穏な空気が漂うサーモン北方海域に最初に走ったのは、航空隊の機銃の銃声だった。
加賀、山汐丸、それにサラトガから発艦した震電改、F4U-7、F6F-5からなる制空戦闘部隊四〇機が、先行してポイント5-5Sに突入し、深海南方任務部隊本隊から防空任務の為に上がって来た深海棲艦戦マーク3の群れと交戦を開始した。
≪ブルー2-1、交戦!≫
≪ブルー3-1、交戦!≫
≪アローブレイズ1、交戦!≫
≪スパイク1、交戦!≫
≪ハンター1、交戦!≫
エンゲージをコールする声が相次ぐ中、三〇ミリ、一二・七ミリの二種類の射撃音が鳴り響き、同時に深海棲艦戦マーク3の機銃の発射音が鳴り響いた。
素早いロールレートでロールして躱す震電改とは逆に、速度と重装甲を生かして突撃するF6F-5とF4U-7がヨーで深海棲艦戦マーク3の射撃を躱しながら銃撃を浴びせる。
四〇機の制空戦闘部隊に対し、深海棲艦戦マーク3の数は同数だったが、遅れて同マーク2、更に深海飛び魚がそれぞれ四〇機ずつ上がって来る。南方戦棲姫の艦載機と、レ級の艦載機だ。彼我の戦力差は三対一。艦娘艦隊の制空戦闘部隊が圧倒的に劣勢だった。
機敏なロールレートと運動性で攪乱しながらすれ違いざまに、或いは追いすがりざまに三〇ミリを撃ち込んで、一機ずつ確実に撃墜していく震電改一六機と、突っ込みの良さを生かした一撃離脱戦で啄む様に深海棲艦戦マーク3を落とすF4U-7とF6F-5の射撃音とエンジン音が、空一杯に叫ぶ。被弾した深海棲艦戦マーク3が黒煙を引きながら高度を喪い、海面へと転がり落ちて行く。
最初はまだ良かったが、マーク2と飛び魚が遅れて戦列に加わるや、艦娘艦隊制空部隊は劣勢に立たされ始めた。
深海棲艦戦マーク3に加えてマーク2、飛び魚の機銃の射撃音が響き、囲い込まれた震電改が機体後部のエンジン部に被弾し、火災の炎と黒煙を上げて、制御不能になって落ちて行く。動力を喪ったプロペラが爆砕され、キャノピーが開いて航空妖精が落下傘を背負って震電改を放棄、ベイルアウトする。
また一機、今度はF6F-5が左翼を叩き割られ、左に錐もみしながら高度を失っていく。立て直せず、遠心力で操縦席の片側に押し付けられてキャノピーを開ける事すらままならない航空妖精が、機体と共に海中に突っ込んで果てる。
≪ブルー2-2、ハンター3、ロスト。くそ、数の暴力だ≫
後方で航空隊の管制を担うヘビークラウドが二機の味方機のロストを宣告した直後、更に二機が撃墜される。
≪ブルー3-3が撃墜された。くそ、また一機やられた≫
≪まだだ、ゲーム始まったばかりだ!≫
≪ここで終わらんよ! フォーメーションを組み直せ、練度とマニューバで戦線を支えろ!≫
全身にのしかかるGと自分達を包囲しに来る深海棲艦の制空隊と戦いながら、航空妖精達が仲間の犠牲を尻目に咆哮する。それに応じてエンジンが猛然と咆え、機銃が唸り、艦娘艦隊の制空戦闘部隊が一機喪う間に、深海棲艦の制空隊は三機を喪った。
だが圧倒的練度をもってしても、数の差と、何より残弾と言う如何ともしがたい敵が、制空戦闘部隊を苦しめた。無駄撃ちを避けても、深海棲艦の艦載機を撃墜する度に、数十発の弾丸を消費する。機銃の装弾数が多いF4U-7とF6F-5は何とか経戦能力があるとして、少な目な震電改はどうしようもない。
一六機の震電改、いや二機が撃墜されているので一四機の震電改が、自分達の数の二倍の敵機を撃墜し、更に複数機が五機を撃墜する戦果を挙げて、震電改全機の機銃から弾丸が無くなった。
弾切れで戦闘継続不能になった震電改が順次離脱を図るが、不自然な戦闘中断から弾切れを見抜いた深海棲艦の戦闘機隊が、丸腰の震電改を襲い始める。敏捷な運動性を持って回避に徹する震電改も、数の暴力の前には太刀打ちのしようが無く。一機、また一機と撃墜される機体が出始める。
震電改隊の離脱を援護しようとF6F-5、F4U-7が味方機援護に周るが、援護に周ったらその背後を取られ、銃弾を浴びせられると言う有様だった。がむしゃらに応戦するF6F-5、F4U-7だったが、その奮闘虚しく散っていく機体は後を絶たない。
何とか深海棲艦の戦闘機隊を振り切った制空戦闘部隊の数は、半分にまでその数を減らしていた。
「Oh my god……損耗率五〇パーセントですか……」
明らかに気落ちした声でサラトガが未帰還になった自身の艦載機を始め、送り出した制空戦闘部隊の損耗率に目を瞑った。
「Air Superiority(航空優勢)は確保ならず、ね」
難しい事態になったとアイオワが表情を険しくする。
「こうなった以上は、敵の爆撃も上等で艦隊を突入させ、接近戦を挑むしか無いわね」
空を見上げて一見、無策に思いついたような発言をするニュージャージーにアイオワが咎める視線を向ける。
間髪入れずにニュージャージーが自身の策を語る。
「深海棲艦の艦載機が射撃困難な領域まで敵艦隊に接近すれば、敵機群は爆撃の手を緩めざるを得なくなるわ。まず最も重装備の艦隊である私達TF58で敵艦隊群の中央を突破するのよ」
「でもそれじゃ、レ級elite級の精密雷撃を受ける事になるわよ、Dose it make sense?(分かってる?)」
「数えきれない敵艦爆と艦攻の爆弾と魚雷を浴びるよりは少ない数よ姉さん。早期に敵空母を撃破出来れば、強引にこちらに航空優勢を取る事が出来る。それに、敵の艦隊群の中央を突破するのなら、タイミングがかみ合えばレ級elite級は誤射を恐れて雷撃も砲撃も出来なくなるわ」
「何だか、どこかで聞いた様な戦術ね」
軽く首を傾げて何だったかと脳内の記憶の引き出しをあさるワシントンよりも先に、サウスダコタがアナポリス海軍兵学校で卒業順位一位を取るべく大量に学んだ知識、特に海軍史の中から引き出してその名を口にする。
「英国海軍の英雄、ホレイショ・ネルソン提督がトラファルガーの戦いでやったネルソンタッチに似ているな。最もあの時は複縦陣で敵の横隊に突入していた訳だが」
「ネルソンタッチ。英国艦隊の艦娘ネルソンの特殊砲撃の名前にもなっているあれか」
姉に負けず劣らず豊富な知識で知られるマサチューセッツが、尊大な態度で有名な英国の戦艦艦娘の顔を思い出しながら言った。
「BritishのAdmiralの戦術を実行するアメリカの艦娘ね……何とも皮肉な構成だこと」
台詞通り皮肉めいた苦笑を浮かべるワシントンの言葉に、全員がつられて苦笑を浮かべながら、その場を取り仕切るTF58旗艦のアイオワがパンと両手を合わせて、作戦案を決定した。
「Okay、ニュージャージーの作戦案で行きましょう。ヤマト達が攻撃を開始する前に、Me達は深海南方任務部隊本隊の敵戦列中央に突入し、敵を攪乱しつつ敵艦隊に一撃を加えて離脱。然る後反転し、残敵掃蕩に移行。OK?」
「Roger」
「Copy」
二通りの返答がアイオワに返されると、アイオワは右手を前方に振り下ろして、高めの声を張って艦隊増速を命じた。
「All ahead full!」
「間もなく、敵本艦隊展開海域に入ります」
CIC妖精がレーダースクリーンと睨めっこしながら、マイクを掴んでタナガーに通告する。
「了解」
そう返しながらタナガーは空を見上げて、不安げな表情を浮かべる。加賀、山汐丸、そしてサラトガを発った制空戦闘部隊は多数の戦闘機、戦闘爆撃機を喪失して事実上敗走している。相応に深海棲艦の艦載機にも損害を与えたとはいえ、物量差はいかんともしがたかったようだ。
それもそうか、とタナガーは溜息を吐きながら、彼我の航空戦力の差を反芻する。敵は一隻で艦載機数一四四機の空母ヲ級改flagship級が三隻もいるし、制空戦闘機を九〇機載せている南方戦棲姫、一八〇機の戦闘爆撃機である飛び魚を載せているレ級elite級も含まれるから、艦娘艦隊の数倍はある戦力差を練度でひっくり返すにも無理がある。
せめて、砲撃戦、雷撃戦、対潜戦を実施する自分らに爆撃が来ない様に防ぐだけでも、と願う所だが、タナガーの思惑とは反対に深海棲艦の動きは容赦がなかった。
≪ヘビークラウドより全部隊に告ぐ。ポイント5-5Sより敵艦載機多数発艦を確認。二群に分かれて方位250へ向け進撃中。目標は第一、第二艦隊と思われる。第一、第二艦隊は対空警戒を厳となされたし≫
「来るわね……」
空を凝視するタナガーの前方で、長門が戦闘部署発令を下命する。
「対空戦闘用意! 全艦、輪形陣へ陣形変換!」
直ちに第二艦隊の陣形が輪形陣へと移行する。山汐丸を最後尾に置き、長門と陸奥を艦隊中央、最前衛をタナガーが。右翼に雪風、左翼に時雨が展開し、対空火器の全てを空へ差し向ける。六人の艤装上で戦闘配置のベルが鳴り響き、CIC妖精が「全艦、第一種戦闘配備!」とヘッドセットに向かって叫び、各砲座、銃座に砲術科妖精達が弾薬を持って駆け込む。
やがて不気味な飛翔音を鳴り響かせて、深海棲艦の艦載機群が姿を現した。
「敵艦載機群接近! 方位047 高度五〇〇、機数約二〇〇。その後方、第二梯団と思われる機影、同方位、同高度、機数同じ」
SK+SGレーダー等の空を見つめるレーダーで精確に敵の位置、進路、高度を補足したタナガーのCIC妖精がヘッドセットを介してタナガーに伝達する。
「総勢四〇〇機のお出ましね……対空戦闘用意!」
黒い雲を見上げながら凛と張った声で命じるタナガーの命を受けて、四基のCIWSが銃身を前方へと向ける。チャフ・フレアロケットランチャーも出番があるかは分からないが、一応CICからスタンバイがかけられる。
タナガーの後方を進む長門と陸奥の主砲が目一杯その砲身を持ち上げて、空を凝視し、いつでもその砲身内に装填された三式弾改二を撃てる態勢を取る。雪風、時雨もそれぞれ主砲を構えて、対空射撃の構えを取る。
「本艦隊に近づく敵機群群を目標群アルファと認定。射程に入り次第、全艦撃ち方始め」
不気味な飛行音を鳴らして近づく敵機群を見て、長門は視線を険しくする。なんて数だ……と内心焦りを覚えながらも、旗艦たる艦娘として腰を据えておかねばと、気持ちを強く持とうと冷静さを維持する。
「方位047、トラックナンバー2001から2030まで補足。目標群アルファ、主砲射程に入る」
「敵機群、進路速度高度変わらず」
「対空戦闘、主砲三式弾、砲撃始め!」
主砲射撃前の三回のブザーが鳴り響き、射線方向、射高、射角を正確に算出した長門と陸奥の主砲が敵機群を見つめた。
「主砲、撃ちー方始めぇー! 発砲、てぇっ!」
大太鼓を二回連打した様な砲声が海上を駆け抜けていく。耳を聾する砲声と、目を眩ませる発砲の閃光、長門と陸奥の姿を覆い尽くす砲煙がほぼ同時に走り、三連装主砲は右砲、左砲が同時に撃ち、一拍置いて中砲が、連装主砲は右砲、左砲の順に発砲し、装填されていた三式弾改二を宙へと投げ飛ばした、
長門と陸奥、合わせて二〇発にも上る三式弾改二が、黒い雲が覆う空へと飛び出していき、一切の回避行動を取る事も無く前進して来る深海艦載機群の大編隊の鼻先で近接信管を作動させて、無数の鉄の欠片へと岐れる。空中で炸裂した鉄の雨が深海艦載機群を上下左右から殴りつけ、二〇発から二〇〇〇発に増えたような散弾の雨に呑まれた深海艦載機群が爆散、四散、或いは損傷して黒煙を引きながら必死に空を掴もうともがきながら高度を落としてていく。
「トラックナンバー2001から2028の撃墜を確認」
「陸奥、トラックナンバー2031から2057までの撃墜を確認」
五三機の敵機を三式弾改二で撃墜した、と言う報告を上げて来るCIC妖精の言葉に、長門は内心ガッツポーズを取りつつも、未だ一五〇機程が残る敵機群を見上げて、まだだと自分に言い聞かせる。三式弾改二の砲撃で上げた戦果では過去一番の成果だが、深海艦載機群がそれで進撃と攻撃を辞めるような存在ではない。
密集隊形が災いして五〇機近い僚機を対空砲撃で失いながらも、目標群アルファの深海艦載機群は三手に分かれた。低高度へ舞い降りる雷撃担当の艦攻隊、高度を上げて急降下爆撃を実施する急降下爆撃隊、攻撃隊の攻撃を守る制空隊の三つだ。
「対空戦闘、ハンズオン、CIWSコントロールオープン!」
手動操作に切り替えたCIWS四基を二基ずつ急降下爆撃隊と雷撃隊に差し向けたタナガーが、射撃開始を叫ぶ。
左右で雪風と時雨も自身の小口径主砲を空へ向けて放つ中、多砲身が旋回するモーター音を前座にした直後、怒れる猛牛の咆哮の様な射撃音が鳴り響き、低空と高空の両方に陣取る深海艦載機群目掛けて、オレンジに光る曳光弾の濁流を撃ち上げた。
黒板の様な黒い雲に覆われた空に浮かぶ深海艦載機群の数十機が、黒板から消し去る様にオレンジの濁流に呑まれて消える。急降下爆撃隊の大半が一瞬で消滅し、残存機に対して雪風の長一〇センチ高角砲+高射装置付き主砲が対空弾で殴りつける。
低空をわらわらと群がって来る雷撃隊が更に二手に分かれて、左右から第二艦隊を挟撃にかかる。時雨が左翼に展開し始める雷撃隊に、C型H砲の砲撃を浴びせ、更に背中に背負う主砲をアームで展開させて、両手で構えながら対空射撃を浴びせる。タナガーのCIWSも二三番砲と二四番砲と呼ばれる第三、第四CIWSがそれぞれの取り付け位置から指向可能な射角へ銃身を向け、射撃を開始する。
時雨から飛来する威力調整破片弾が近接信管が作動した距離にいた敵機に散弾のフックを打ち付けて、何機かを落とし、数機を損傷させる中、タナガーのCIWSの曳光弾の奔流が次々に深海艦載機群を飲み込んでいく。低空と高空で無数の艦載機群が砕け散った破片となり降り注いでくる中、時雨は溜息を吐いた。
「僕の出る幕無いじゃないか……」
多少不満を交えながらぼやく時雨だったが、同時に安堵も覚えつつ、タナガーのCIWSが取り溢した残敵に主砲の照準を合わせる。残り五機程艦攻に砲撃を浴びせて行く時雨に、艦攻は超兵器的活躍を見せるタナガーの存在に、戦意を喪ったのか、爆装を投棄して遁走を図った。
「次!」
タナガーが空を見上げながら叫ぶ。目標群アルファの後方、第二梯団を構成する目標群ブラボー二〇〇機。CIWSの即応弾の全てを、この目標群ブラボーに投げつけて、後方の第一艦隊の負担を減らそうと彼女は考えていた。対空戦闘能力の高い大和型改二、多数の艦戦を搭載する加賀改二が居るとは言え、二〇〇機全てを捌き切れるとは思えない。少しでも機数を減らせられれば……。
第二艦隊の左舷側を航過しようとする目標群ブラボー二〇〇機余りに対して、タナガーのCIWSが射撃を開始する。四基のCIWSの内、左舷側を指向できる二基が絶叫し、赤い鞭を振るって深海艦載機群を絡め取っていく。
三分の一程を粉砕、或いは戦闘不能にした所で、CIWSの残弾が尽きた。黒煙を引きながら海面に落ちて行く艦載機や、爆発四散して、黒い雲に一際黒い華を咲かせた艦載機の跡を尻目に、残存機が第一艦隊へと向かっていく。
歯がゆい思いをしながら、飛び去って行く目標群ブラボーの残存機を見送るタナガーの艤装内ではCIC妖精が、ピーっと警告音を立てて弾切れを知らせるCIWS二基に予備弾を装填する様に指示を出す。
「二二番砲、二四番砲、弾切れです。第一分隊、速やかに予備弾の装填を急げ!」
「二一番砲、二三番砲、残弾僅少。予備弾にて補充を急げ」
単純に弾が切れた二基だけでなく、まだ残弾があるが、その残りは極めて少ない残り二基に対しても予備弾の補充が命じられる中、後方で大和型改二の主砲が咆哮する轟音が水平線を越えて第二艦隊の耳に飛び込んで来る。
「始まったな」
「ええ」
後ろを振り返って呟く長門に、陸奥が相槌を打つ。水平線を越えた先、約七キロ後方に布陣する第一艦隊の大和と武蔵の二人の主砲が発砲し、三式弾改二が空中で炸裂する花火の様な音が、赤い海を渡って第二艦隊の元へと届く中、長門は引き続き輪形陣を維持して、警戒を強めるよう指示を出す。
≪スカイアイより第二艦隊、間もなく貴艦隊はポイント5-5SのAO(作戦海域)に進入する。海、空両方からの攻撃に留意されたし≫
「了解だ」
作戦海域に進入した知らせに、長門が第二艦隊を代表して答える中、六人の中で緊張感が高まる。道中の抵抗を排除し、数時間の航海を経てようやく辿り着いた「魔境」の最深部。交戦規定はただ一つ「生き残れ」とだけある魔の海域。赤く変色した海。昼間だと言うのに、夜間を思わせる黒い雲に覆われた空。この世の終わりが近づいているかのような海域の向こうに、攻略すべき深海棲艦の深海南方任務部隊本隊が展開している。
「この先、敵の抵抗はかつてない程に激しいものになるだろう。だが、ここまで来たのだ。全員、生き残れよ」
一言一言を噛み締めながら言う様に第二艦隊の僚艦を成すタナガー、山汐丸、雪風、時雨に言う長門に、全員が神妙な顔持ちで頷く。普段から浮沈、幸運を謳い文句に天真爛漫な姿勢を崩して来ない雪風ですら、ふざける事なく長門の台詞に頷いていた。
一方、陸奥は支援艦隊である愛鷹、黒姫率いる二個艦隊の所在を気にしていた。
「それはそうと、そろそろ第三、第四艦隊が支援位置についてくれる筈の頃合いよね? まだ連絡は無いけど。スカイアイ、こちら陸奥。第三、第四艦隊の現在位置は?」
ヘッドセットに手を当てて、通信を入れる陸奥に、ノイズ交じりのスカイアイからの返信が替えされる。
≪ポイント5-5……出した……支援……準備は……いる……≫
変色海域特有の通信異常、電波妨害と言うべきか、が強くかかって正確な情報が聞き取れない。陸奥は通信出力を上げて、もう一度同じ文言を繰り返す。
「聞き取れないわ、スカイアイ。こちら陸奥、一方送信。第三、第四艦隊の現在位置を知らせ」
≪ECCM……通信を……≫
「駄目ね……」
「艦娘間データリンクなら、使用可能です。通信可能範囲は広くありませぬが、同じ作戦海域内に第三、第四艦隊が進出済みなら、拾ってくれると思われますが」
そう進言する山汐丸に陸奥はその手があるかと頷いて、データリンク通信に切り替えて、直接第三、第四艦隊を呼び出す。
「リンク27接続。愛鷹、黒姫、聞こえる?」
≪こちら第三艦隊愛鷹。聞こえますよ、陸奥さん≫
≪こちら第四艦隊黒姫、感度良好、問題無し≫
「そちらの砲撃支援の準備は完了している? オーバー」
≪支援要請が来ないから、皆でひと休憩挟んでいるところですよ≫
≪早しくしてくれないと加古が海上で寝ちゃいそうですよ≫
≪ちょ、あたしゃ、そこまで寝坊助じゃあない!≫
涼しい返答を返す愛鷹、軽い冗談を交える黒姫に加古が慌てた声で割り込んで来る。
既に準備完了済み、と言う第三、第四艦隊に問題ないようだと陸奥は口元に微笑を浮かべ、「いつでも撃てるように準備を。アウト」と締めてデータリンク通信を切った。
「問題ないようだな。あとは後続の第一艦隊が深海艦載機群の空襲を切り抜けられたら、だが。全艦、両舷前進強速。赤二〇。第一艦隊が空爆を凌ぐまで、一時ポイントにて減速」
「了解」
その頃、ほぼ同時刻。
「トラックナンバー2134、撃墜確認!」
「敵機六機、宗谷に向かう!」
舌打ちを交えながら、大和は高角砲の猛烈な速射を宗谷に向かう敵機、深海棲艦攻マーク3へと浴びせる。既に深海棲艦爆マーク3の一〇〇〇ポンド爆弾一〇発を被弾して、内一発が外付けの燃料タンクに当たって、宗谷自身が流す血潮と共に漏れ出す燃料の油膜が彼女の航跡を薄黒く汚す。
「長波、わりぃけど加賀の直掩頼む! あたいは宗谷の盾になるぞ!」
主砲を撃ち放ちつつ隊列を崩し、被弾が嵩む宗谷のカバーに入るべく、朝霜が増速して宗谷の元へ寄る。
第一艦隊の中でも唯一の被弾と多くの損害を被っている宗谷が狙い所と見たのだろうか、深海艦載機群の攻撃は宗谷に集中し始めている、機銃掃射をしながら深海棲艦戦マーク3が宗谷に迫り、彼女の制服を切り裂いて、華奢な体に銃弾をめり込ませる。
「くそ、いつもいつも、狙って貰いたくない奴ばかり集中攻撃してくれる!」
悪態を吐きながらこれ以上はやらせまいと武蔵も輪形陣の一角を崩し、宗谷との距離を詰め、その巨大な艤装を盾にして宗谷を守ろうとする。
「宗谷、被害報告!」
怒鳴る様な声で尋ねる武蔵に、思っていた以上に比較的元気な声で、だが予断を許さない被害を宗谷は返す。
「高角砲全損、砲員全滅! 右舷増設バルジ、既定耐久値を割りました! これ以上は耐えられません!」
半壊しかけている艤装と、負傷の傷跡から血糊を垂らしながらも宗谷は足を止める事なく、懸命に回避運動を試みている。
ちらっと宗谷の被害を見やりながら武蔵は内心呆れ返ってもいた。一〇〇〇ポンド爆弾一〇発被弾? 普通の補助艦艇艦娘なら当の昔に木っ端微塵になっていても可笑しくはない被弾数だ。だが、宗谷の強みは艤装に増設された増設バルジシステムにある。大和型にも装備可能な大型艦用の増設バルジを設ける事で、艤装の耐久力や装甲、それに艤装シールドの耐久を戦艦艦娘並みに引き上げているのだ。いや下手をすれば今の宗谷の撃たれ強さは大和型改二異常とも言える位に引き上げられている。
また、燃料消費が多い大和と武蔵の艤装に給油する為に持参している燃料タンクをも防御に用いる事で、宗谷は更に防備を固めていた。彼女の身体そのものへの傷はどうしようもないが、艤装が稼働する限りは生存できる確率も上がる。
更に宗谷自身の回避技量も高い。発揮出来る速度は抑えめだし、持参装備の重量はかなりある。にも拘らず、宗谷の宗谷の回避運動能力は逃げ上手な雪風や時雨と遜色がない。それ程に宗谷は被弾数以上の爆撃を受けながら、躱してのけていた。
だがそれも流石に限度がある。宗谷自身も言う様に、右舷のバルジの耐久値は既に限界だ。魚雷が当たれば、一瞬で砕け散るガラスの様にバルジは粉砕され、宗谷に大ダメージが入る事は必須だ。幾ら「奇跡の船」と言われる宗谷でも、無理なものは無理なのだ。
やらせはしない、と朝霜、武蔵が被弾著しい宗谷の傍に寄り、盾となる様に深海艦載機群との間に割って入る。二人の対空火器が空爆を試みる深海棲艦爆、艦攻を指向し、弾幕を張り続ける。
「こちら加賀。ブルー中隊、何機か宗谷の直掩に周って!」
サーモン北方海域に挑むと何故かよく被害が集中するジンクスがあったはずなのに、未だに無傷を保つ加賀が、上空の震電改を見上げて援護を要請する。頭上を見上げている加賀の艤装上では再装填を終えた噴進砲が再度弾幕射撃を開始し、無誘導対空ロケット弾の群れを深海棲艦爆マーク3に浴びせ、一機が直撃を受けて爆散する。
耐え止まぬ対空機銃、高角砲の砲撃音が海上に殷々と響き渡る中、撃破されて高度を維持できず、海面へと転がり落ちて行く敵機の落下音が混じり、喧騒と轟音が鳴りやまない。咽喉マイクとヘッドセットを介さねば、五メートル先の直ぐ傍にいる互いの声すら聞き取れない有様だ。
そんな対空砲火の砲声に交じって、震電改のエンジン音が混じり、雷撃を宗谷に見舞おうとしていた艦攻に三〇ミリの太い火箭を伸ばす。六機の艦攻の内四機が機体の破片を後方にまき散らしながら海面に突っ込み、二機は朝霜が海面を撃った際に突き上がった水柱に突っ込み、姿勢を崩して前のめりになって海面に激突してバラバラになる。
「更に艦攻八機が突っ込んで来るよ!」
長波がオーバーヒートした主砲を一旦冷却しながら、ヘッドセットに向かって叫ぶ。
「撃て! 撃て! 撃ち落とせ!」
朝霜と武蔵が同じ言葉揃って叫び、一二・七センチ連装主砲D型改三砲と10cm連装高角砲群が猛然と対空弾を八機の艦攻へ向けて投げ飛ばしていく。絶えず弾薬庫から給弾が行われる武蔵と違い、朝霜は一定間隔で装填クリップの入れ替えが主砲塔内で行われるので、一時的なクールタイムが必要になる。その一時的な射撃中断にもどかしさを覚える朝霜の背部の艤装にある対空機銃がカバーする形で射撃を開始する。
上下左右で爆発する対空弾に煽られながら、突入コースを維持する艦攻八機に、加賀艦載機のブルー中隊のブルー4、ブルー7がエレメントを組んで八機を背中から撃つ。三〇ミリの重々しい低レートの射撃音が響き、太いオレンジに光る弾丸と発光しない弾丸が深海棲艦攻マーク3の機体を引き裂き、むさぼり縮れた欠片へと変えていく。震電改の迎撃で四機に数が減った艦攻に、朝霜と武蔵の対空迎撃が出迎え、炸裂する対空弾の散弾の雨がその鼻先を殴りつける。
長波からの援護射撃も飛んでくる中、宗谷自身も残っている機銃を撃ち上げて、自らも迎撃を試みる。
「宗谷は回避に集中! 当たらない様に気を付けな!」
右手で主砲を撃ち放ち、左手を伸ばして宗谷の身体を庇いながら長波が叫ぶ。ちらっと宗谷を見やりながら長波は感嘆の溜息を吐いていた。
艤装は被弾により損傷し、宗谷自身も負傷はしているが、あれ程食らってなおぴんぴんしている。まるで「致命傷が宗谷を避けている」とでも言うべき豪運だ。普段から宗谷の豪運っぷりは異常だったが、実戦の場において戦闘面でも活躍が出来る雪風と時雨の様な攻めの活躍が出来る艦娘と違い、宗谷は守りに、鉄壁と言うべき守りの活躍が出来る稀有な艦娘だ。
「差し詰め、『鉄壁宗谷』とでも言うべきかな」
とあるSF小説で読んだ「鉄壁」の異名を持つ提督の名前を脳裏に浮かべながら長波は呟いた。その「鉄壁」の異名を誇る提督は、乗艦を三隻も撃沈されながら指揮を執り続けていたが、実際宗谷もその被弾数から言えば、並みの補助艦艇艦娘なら既に三度は撃沈していてもおかしくない。無論通常艦娘が撃沈できる回数は一回きりだし、「鉄壁」の異名を持つその提督は宗谷と違って攻撃も出来るタイプなので攻防よりも「防」に特化した宗谷とは違う。
差し違えてでも魚雷を投下しようと遮二無二に吶喊する深海棲艦攻マーク3の最後の一機が、朝霜と長波の放った対空弾二発を食らって、爆炎と共に木っ端な欠片へと変わったのを最後に、第一艦隊を襲う深海艦載機群の空爆は止んだ。兵装を使い果たすか、撃墜されるか、そのいずれかとなった艦載機群が母艦へと帰投する中、未帰還機八機を数えた加賀の上空直掩隊のブルー中隊も一時補給の為に着艦していく。
「各艦被害報告」
焼けて穴の開いた傘を見やりながら大和は全員の被害、怪我の確認を取る。
無傷は加賀、朝霜、長波の三人。武蔵はロケット弾一発を被弾し、機銃座一つが全壊、大和は爆弾複数発の至近弾によって軽微な浸水、そして宗谷は大破一歩手前の中破、と言う具合だった。
「宗谷だけでも帰還させられねえかな」
IFAKファーストエイドキットの包帯を宗谷の腕に巻きつけ、止血剤のアンプルを注射しながら朝霜が言う。
「流石にこれ以上のサンドバックは無理ですね。奇跡も短期間に何度も続けられるものじゃありませんし」
朝霜と長波の二人に手当されながら、宗谷自身もこれ以上は耐えられないのと、足手纏いにしかならないと言う意味も込めて、本音を口にする。
それを聞いた大和は懐から少し古めなコンパス(羅針盤)を取り出し、宗谷に渡した。首紐付きなので、首から下げる事も出来る。
「随伴護衛艦は付けられませんが、昔ながらの天測航法を頼りに南部戦線に展開する第三、第四艦隊と合流して下さい。貴女なら出来る筈です」
「申し訳ありません、大和さん。お借りしたこれは後々お返しします。では、お言葉に甘えて」
「よし! 一通りの応急処置は出来た。これで傷口から血が出まくって血が無いなった、で海上でぶっ倒れる事はねえぞ」
「止血と消毒をした程度だから、あまり激しい動きはしないでくれよ? 長波様も朝霜も専門のメディックじゃないから、出来る事は限度があるからな。第三艦隊の愛鷹が確か戦闘救命士資格持ちだから、あいつにしっかりとした手当をして貰うんだ。あたしの様な毛が生えた程度の手当よりは良い処置が受けられるかもしれない」
きゅっと包帯を締めながら朝霜と長波がポンと叩こうとした手をそっと添えて、宗谷の手当てを終える。
「この海域なら、敵潜水艦もいないとは思うけど、援護の為に彩雲を一機対潜哨戒に回してあげる。幸運を祈るわ」
弓から彩雲を込めた矢を放って、空に警戒機として彩雲を現出させながら加賀が宗谷に言う。
「皆さん、ありがとうございます。すみませんが、お先に失礼します」
何度も頭を下げながら、宗谷は艦隊から離脱し、第三、第四艦隊の元へと向かった。
最高発揮可能速度一二ノット、巡航八・五ノットと艦娘の中でも屈指の船足の遅さの宗谷がのろのろと離脱して行くのを、第一艦隊の残るメンバーが申し訳ない思いを込めた目で見送った。
「詫びるなよ、寧ろ詫びるのはこっちだって……被害担当艦なんてポジションを押し付けたあたいらに恨み節の一つや一〇個吐いて行けよ」
申し訳ない気持ちはこっちの方だと朝霜が呟くその肩に武蔵が左手を置く。
「誰かが貧乏くじを引くしかない時もある。そう言う時があるモノさ」
文字通り貧乏くじを引いた経験則から語る武蔵に、朝霜は深いため息を吐いた。
一方、大和も離脱していく宗谷に目を細めて見送りながら、第一艦隊の全艦に号令を下した。
「再び敵爆撃が来る前に、敵艦隊の本艦隊を叩きます。艦隊、再編!」
宗谷が離脱して五隻に減った第一艦隊が隊列を再編し、進撃を再開した。
もう遮るものは何もない、ひたすら前進し、食い破るのみだ。
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