艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

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 新年最初の小説は戦艦タナガーの物語です。

 本編をどうぞ。


第二話 戦艦タナガー着任

 敵輸送船団の全艦撃滅に成功。作戦に当たった第八艦隊の損害軽微。 

 上々といえる大戦果だった。敵船団が失った補給物資の量は敵艦隊の行動力を向こう一か月程度は不能にできると見積もられていた。 

 船団を攻撃した第八艦隊旗艦鳥海と、船団を護衛していた護衛戦隊を攻撃した第八艦隊隷下の第九戦隊旗艦愛鷹がまとめた戦況報告レポートを読み終えた人類統合軍海軍南方艦隊第八方面軍司令官北敦(きた・あつし)中将は、満足げに頷くともう一つのレポートに目を付けた。 

 第八艦隊が帰路で発見して連れ帰った漂流者に関するレポートだ。厳密に言えば目と鼻がよく聞く青葉が見つけたと言っていい。 

 艤装と思われるものを身に纏っており、性別は艦娘と同様女性。健康診断の結果では命に別状はなく、今は医務室で眠っている。 

 医務室の軍医の話では、まだ目を覚ましていないと言う。特に怪我もないとの事だった。 

 問題は彼女の身元だ。 

 艤装と思われるものには「BB Tanager」と言う刻印があり、恐らくはそれが彼女の名前だろう。 

 「BB」と言う刻印は戦艦の艦種略号だし、その後の「Tanager」つまりタナガーとは彼女の名前と見て良いだろう。 

 しかし、人類統合軍海軍の艦娘に戦艦艦娘タナガーなどと言う艦娘は存在しない。 

 彼女が身に纏っていた艤装の形状が、アメリカ海軍のアイオワ級戦艦艦娘のものに酷似している事からアメリカ海軍の保有艦娘の可能性を探ったが、統合軍太平洋総軍司令部からは「タナガーと言う艦娘は我が艦隊に存在せず」の返答が返され、その上部の艦隊総軍司令部に確認をとっても全く同じ答えが返された。 

 つまり、艦籍登録のない艦娘と言う事になる。 

 軍に無許可で艦娘適正者の女性が自力で艤装を開発して、軍に無許可で航行し、何らかの事故で「事故座礁」していた、と言うのが司令部の判断ではあった。 

 自称戦艦タナガーと言う女性が目を覚ましてくれれば、事情聴取などが行え、詳しい事が分かるのだが……。 

「謎の自称戦艦タナガー……何者だ?」 

 誰もいない自室で一人独語しながら、デスクトップパソコンの画面にタナガーが身に纏っていた艤装のデータを表示させ眺める。 

 アイオワ級と同じ一六インチ三連装主砲三基と五インチ連装副砲六基、二種類のミサイルランチャーと思われる武装、Mk15CIWSの艦娘艤装サイズ版らしきCIWS四基。 

 砲熕兵装はアイオワ級と同規格だ。しかし、艦娘の艤装にはまずないミサイルにCIWSが備わっているのははっきり言えば異質である。 

 深海棲艦の出す特殊な電波妨害やバリア等で深海棲艦相手には基本ミサイル類は通用せず、現代兵器の多くが深海棲艦相手には無力化されているのが現代の兵器事情だ。 

 全く誘導兵器が無効化されている訳ではなく、軽巡クラスまでなら対艦ミサイルで撃沈も可能なのだが、戦艦棲姫相手に対艦ミサイルを撃ち込んで、直撃させても何かのバリアで完全に防がれてしまう為、ミサイル類での戦艦棲姫撃沈は現状不可能だった。 

 かと言って軽巡クラス相手に対艦ミサイルを使い続けのは非常にコストパフォーマンスが悪く、艦砲も一二七ミリ級で無いと重巡リ級のelite級すら仕留め仕損じる事が多く、現代艦艇の兵装では対応が困難であり使用する兵器のコスパも極めて悪いと言う問題がついて回っていた。 

 そこで深海棲艦と同サイズの女性から適正者を見つけてスカウトし、深海棲艦を相手取るのに最適化された武装を身に纏った海上重装歩兵として運用し対抗するという案が提案されて採用された。 

 これが今の艦娘である。 

 艦娘のスカウト基準は明確にされていないが、艦娘本人の血縁者には艦娘として今名乗っている第二世界大戦時の軍用艦船にかつて乗り込んでいた事がスカウト基準の一つになっているとされている。 

 これに当てはめるならタナガーも第二次世界大戦時に「タナガー」と言う軍用艦船がいて、その子孫であるはずなのだが、記録ファイルをひっくり返すくらい探し回っても「戦艦タナガー」と言う艦船は確認出来なかった。 

 そもそも身に纏っていた艤装の武装の一部が現代戦装備である時点で艦娘のスカウト基準から外れている。 

 もしかしたら、タナガーと言う女性が自力で現代戦装備対応に作り替えた艤装なのかも知れないが、軍にそう言った記録がないと言う事は軍に無届で行ったと言う事であり、艦娘配備直前に国連で制定された艦娘関連の国際法である国際海洋軍事法第二項に違反していると言う事になる。 

 下手をすれば法廷争いになりかねないが、北としてはタナガーが仮に艦娘なのであるなら自軍戦力として活用したいところであった。 

  

 北が太平洋総軍から指揮を任されている南方艦隊第八方面軍は目下、人類統合軍海軍と深海棲艦との激戦区だ。 

 八年ほど前、突如人類の前に現れた深海棲艦と呼ばれている謎の敵は人類に対して一方的に攻撃を開始し、人類から一時的に制海権を完全に奪取し、海上交通路を破壊した。 

 人類は深海棲艦を相手に国連の名のもとに手を結んで人類統合軍を設立し、艦娘を対抗戦力として投入し一時完全に掌握されていた各海域の制海権の一部を奪還した。 

 北は人類統合軍に吸収されたかつての日本国海上自衛隊第一護衛隊群司令部幕僚の一等海佐だった。あさぎり型護衛艦「かわぎり」艦長を務めていたこともある。 

 深海棲艦出現後の戦闘で、深海棲艦にまともに太刀打ちできないまま多くの艦艇と将兵を失った人類統合軍内部で北はその経歴から艦隊司令官として異例の出世を果たし、現在の地位についている。 

 太平洋総軍南方艦隊第八方面軍の司令官の職についている北にとってここは他の戦域には無い程の激戦区だった。 

 特に南方艦隊管轄区の南方海域コードネーム・サーモン北方海域では戦艦レ級や南方棲戦姫、空母ヲ級改flagship級などからなる有力な大艦隊が居座って、人類統合軍海軍に大損害を負わせ続けている。 

 先日も太平洋総軍に無理を言って戦力供出して貰った大和型戦艦の大和、武蔵をサーモン北方海域奪還作戦に投入したら、レ級elite級と南方棲戦姫相手に大破させられ撤退を余儀なくされている。 

 この海域だけで多くの艦娘が大破、重傷を負わされて戦線後退を余儀なくされ続けていた。 

 北が赴任前にはアメリカ艦隊の艦娘が一個艦隊分にあたる六人も轟沈、戦死させられて艦隊司令官が更迭される事態にまで及んでいる。 

  

 現在、ここサーモン北方海域を攻略しているのは日本艦隊とアメリカ艦隊の統合作戦任務部隊である。 

 先日の第八艦隊によるサーモン北方海域の輸送船団攻撃は北の提案によるものだ。正面から挑むのではなく、敵の兵站線を破壊し、こちらの主力艦隊再建までの時間稼ぎとする。 

 作戦は成功し、補給部隊を失った深海棲艦は当面攻勢に出られないと見積もられていた。

 しかしこちらも大和型戦艦を始めとする大型主力艦の多くを無力化されており、反転攻勢に出ることは叶いそうにない。

 第八艦隊による敵輸送船団攻撃も、当初は強い反対意見があった。万が一敵の手痛い反撃を受けたら、第八方面軍の大型主力艦はゼロになってしまうと。

 しかし北は今敵輸送船団を撃滅しなければ、大型主力艦に欠くこちらが深海棲艦主力艦隊の攻勢を受けた時、対抗手段が無いと主張し、新鋭の愛鷹型超甲巡が配備され、再編された第九戦隊を組み込んだ水上打撃連合艦隊での殴り込みを提案した。

 協議に時間をかけては敵にスキを与える事になる故に、北の意見は最終的にやや強引に採用され、結果は大成功に終わった。

 のみならず、タナガーと言う思わぬ拾い物まですることになった。

「彼女が本物の艦娘であるなら、こちらとして勝機があるんだがな……深海棲艦どもめ」

 病院で治療を受けている艦娘のリストをパソコンの画面に表示させながら、北は言葉通り深海棲艦に対して忌々し気に呟いていた。

 

 

 

 真っ暗な世界に光が差し込むような感覚。

 コンベース港の沖合に沈んだ自分が、何かに導かれるように浮かび上がる感覚。

 もっと、もっと、海を駆け、巨砲を撃ちたかったと言う口惜しさ、悔しさ。海の上への憧れ、渇望。

 そして空を自由に舞える航空機に対する憧憬、羨望と怨嗟、嫉妬の二律相反する思い。

 もう何も感じられない。自分の全ては水底に沈み、失われた……。

 

 

 その筈だった。

 

 

 目を覚ます自分、戦艦の自分が目を覚ますとは妙な事だ、と思いながら彼女はゆっくりと瞼を開けた。

 見知らぬ天井。白い天井が視界に入る。

「うん……?」

 何がどうなっているのかよく分からないが、夢ではないような気がするこの感覚。

 ふと右を見ると茶色のスレートヘアーと人間の胴体の一部が視界に入る。

 左を見れば右で見たものの左右反転したものが目に入る。

 殆ど無意識に彼女は身を起こし、目を覚ました自分の視界の左右にあったもの、手を持ち上げ、見つめた。

「私……」

 何気なく呟いた言葉が口から声となって出てきて、彼女は驚いた。

 どういう事? 戦艦だった私は今どうなっているの?

 困惑し続けている彼女は自分がベッドの上で横になっていると言う事にも気が付く。

 ベッド上? おかしい、自分は戦艦だ。人間の使う家具類に身を預けると言う事など出来る筈がない。

 しかし、現に今自分は「人間の姿となって」ベッドの上に横たわっている。

「何が、何が起きたの……私……」

 呟き続けていると、右手からカーテンが開く音がして聞き慣れない言葉がした。

 右を見ると白衣を着た女性が自分を見ている。何か自分に話しかけているが、何を言っているのか分からない。

 何語だ? 見慣れない顔だ。ユージア大陸にもある民族にある顔だが、その民族の言葉までは知らない。

 すると言葉が通じてない事を悟ったらしい白衣の女性が、自分でも分かる言葉で話しかけてきた。

「目が覚めたようですね、タナガーさん」

「貴女、言葉が」

「英語が母国語なのですね。まあ、艤装の刻印に貴女の名前が英語で刻印されていたなら初めから英語で話すべきでしたか」

 英語やら艤装などと言う聞き慣れないワードをいくつか口にする女性は困惑する彼女の前で改まると、自分の素性を教えてきた。

「軍医の牧平望(まきひら・のぞみ)大尉です。タナガーさん」

「タナガー? ……ああ、私の名前……え、でも私は戦艦だったはずじゃ」

 混乱するタナガーに牧平が少し不思議そうに尋ねる。

「貴女、艦娘でしょ?」

「カンムス?」

 何だそれは? 全く聞き覚えのない単語に混乱しているタナガーは更に混乱する。

 困惑するタナガーに牧平の方も不思議そうな顔になる。タナガーが艦娘であると思っていたのに、自分が艦娘と言う知らない言葉に困惑している事が不思議の様だ。

「貴女、本名は?」

「タナガー」

 自然と名前を聞かれて咄嗟に答えたのが戦艦だったはずの自分の本当の名前だ。しかし、牧平は「そうじゃなくて」と首を振りながら訂正する。

「貴女の人間としての本名よ」

「戦艦だった私に人間の名前なんてないわ」

 そう返すタナガーに牧平は神妙な顔でまじまじと見つめ返す。

 自分の知っている事前提で話しかけられても、タナガーには分からないし、そう言うペースで話されても困る。

 眉間に皺が寄り、険しい表情になるタナガーに牧平は腕を組んで片手を顎に充ててしばし考えこむと、頷いて質問を変えてきた。

「オーケー、では質問を変えましょう。タナガーさんの『戦艦だった頃』の話をして下さい。時間は沢山ありますから長くなっても構いません」

 ペースを自分に合わせてくれたらしい牧平に、タナガーは少し訝しむ。こいつはISAFの軍医なのか? それともエルジア海軍の軍医なのか。

「質問に対して質問で返す様で申し訳ないが、その前に貴女はISAFの軍医なのか、我がエルジアの軍医なのかはっきりして貰いたい」

「ISAF? エルジア?」

 今度は牧平が知らないワードだという反応になる。牧平の反応にタナガーは怪訝な表情を浮かべる。

 今は大陸戦争中だ。世界中がこのユージアで起きた大規模戦争の事を知らないはずがないし、当然ISAFもエルジアの名も知らない人間はいない。

 なのにこの牧平と言う人物はISAFはおろか、創設間もないISAFよりも歴史あるエルジアの名前も知らない。

 一体自分はどこに来てしまったのだ? 人の体になっている時点で何かがおかしいのは朧気ながらに分かっていたが。

 すると牧平は静かな口調で、一切ふざけた様子無くタナガーに向かって尋ねる。

「ISAFとエルジアの事も含めて、タナガーさんの知っている事を教えて下さい」

「貴女は軍医だ。情報参謀の類ではないだろう。私を尋問するなら情報参謀なり専門の尋問官でも寄こして尋問すればいい」

 そう答えるタナガーに確かに、と言う表情になった牧平は少し待ってて欲しいと告げると、カーテンの向こう側へ出て行った。

 

 ベッドに再び仰向けになりながら何がどうなっているのだろうか、とタナガーは自問自答する。

 答えが出ないまま頭の中で自問自答する自分がぐるぐるとその場で回っていると、カーテンが開けられて牧平とタナガーも見覚えのある民族の顔立ちの男性が現れた。

 男性は自分の事を人類統合軍海軍第八方面軍司令部付き情報参謀のエドワード・ギャリソン中佐と名乗った。

 人類統合軍海軍だの第八方面軍だのとまた知らないワードにタナガーが軽く混乱する中、ギャリソンはタナガーの「戦艦だった頃」の話を問うて来た。

 恐らくはISAFの人間ではないだろうし、ISAFの方でも知れ渡っている情報なら話しても問題ないだろう、と考えたタナガーは本来の「戦艦だった頃」の自分の話をギャリソンに教えた。

 

 一九四五年にエルジア王国海軍の戦艦タナガーとして就役し、エイギル艦隊旗艦として配備された事。

 

 姉妹艦には現在は即応予備艦隊、通称ラーン艦隊に編入されている戦艦デュスノミアをはじめ複数隻いる事。

 

 自分は近代化改装を何度か実施され、エイギル艦隊旗艦として、エルジア海軍の象徴として君臨し続けたこと。

 

 時代が大艦巨砲主義から航空主兵主義へ移り変わったこと。

 

 祖国エルジアが王国、連邦共和国、共和国と姿を何度も変えて来た事。

 

 小惑星ユリシーズの破片落下とそれに伴う甚大な災害の発生。

 

 ユリシーズの破片落下で大きな被害を受けて、その復興で精一杯のエルジアに対してユージア大陸で発生した大量の難民を押し付けてきたFCU(中央ユージア連合)を始めとするユージア各国。

 

 その難民問題を遠因として始まったユージア大陸戦争。

 

 エイギル艦隊旗艦としてユージア大陸諸国がエルジアに対抗して結成した独陸国家連合軍、ISAFの艦隊をことごとく蹴散らして、無敵艦隊の名を欲しいがままにしてきた栄光。

 

 そしてその栄光全てが無に帰したコンベース港奇襲航空攻撃。

 

 自分はその中で艦隊旗艦として、戦艦として戦えるだけ戦って、大破し、トーレス艦長の断腸の想いで放棄され、乗員全員の退艦後コンベース港の沖合に沈んだ事。

 

 そして、気が付くと人間の姿を得て、今ここにいると言う事。

 

 全て聞き終えたギャリソンは記録媒体らしいPDAと手帳をしまいながら「ありがとうございました、タナガーさん」とタナガーに礼を述べた。

「貴女の処遇に関しては現在第八方面軍司令部および、艦隊総軍と協議の上決定となります」

「私の方からも現在の世界情勢と言うものを知りたい。この世界ではISAFやエルジア、それにオーシア連邦などの他の国々がどうなっているのか、今の私には分からない。

 当たり障りがなければ教えて貰いたい」

「良いでしょう。貴女にはこの世界の知識がないと見た。何もかも教えましょう」

 タナガーの要求に彼女の目を見つめ返しながらギャリソンは頷くと、「タナガーがいた世界とは別世界である現世」について詳しく語り始めた。

 

 

 自身の知る世界の事を長々と語ったタナガーと同じかやや長いくらいの時間をかけて、ギャリソンは人類共通の敵である深海棲艦の事、人類が深海棲艦に対抗する為に投入した艦娘の事、人類統合軍の事、そして現在の世界の国々について解説した。

「つまり……私が知るエルジアはおろか、オーシアもユージア大陸諸国も存在しない別世界……と言う事?」

「結論から言ってしまえばそうなります。私もにわかには信じがたいですが、貴女が我々の世界とは別世界からやって来た、と言う事になるでしょうね」

 目が覚めたら国も世界も敵も異なる異世界だったなんて。そもそも戦艦だった自分が人間の姿になっている時点で何かがおかしかった。

 違和感の原因をタナガーもようやく理解出来た。

 

 

 コンベースの沖合に沈んだ戦艦タナガーは海上への未練、口惜しさ、悔しさ、空への復讐心、憧憬、本来戦艦の船魂には無い筈の様々な感情が交じり合い、その膨大な感情が何らかの力をもって彼女自身を艦娘と言う人間の姿として生まれ変わらせ、艦娘を必要としているこの世界に転生させたのだ。

 

 神のいたずらか、神の気まぐれか。

 

 ただ一つはっきりしているのは自分はこの世界で生きていくしかないと言う事、エルジアと言う祖国はどう手を伸ばしてももう届かない場所に離れてしまったと言う事だった。

 私はエルジアの戦艦だったのに、そのエルジアにはもう戻れない。無敵艦隊を失ったエルジアがあの戦争でどうなったのか、自分には知る由もない。

「タナガーさん。貴女が艦娘となる事を了承するのであれば、こちらとして貴女の身分や身元を用意し保証もしましょう。

 話した通り、この南方海域で我々は優勢とは言いがたい戦況にある。

 戦艦艦娘として着任する事を、人類統合軍に改めて入隊する事を約束してくれたら、私たちの方で貴女の人間としてのこれからのすべての面倒を見ることを約束しましょう」

 自分を見据えて告げるギャリソンにタナガーは、自分に残されている選択肢がどの道艦娘になって人類統合軍の庇護下に入るしかない、と言う事に気が付いていた。

 このまま艦娘になる事を拒否して根無し草となるよりは、ギャリソンを伝に人類統合軍の庇護下に入って、この世界で人間として生きて行くのが自分にとっての最善の選択になるだろう。

「承知した。艦娘になりましょう。戦艦艦娘タナガーとして着任する事を良しとします」

「ありがとうございます。正式な手続きなどはこれから私の方で司令部と掛け合って行ってきます。

 ただ、貴女の事を司令部が艦娘と承認してくれたら、の話ですが」

「異世界から転生してきたと言う突飛な経歴の人間を、二つ返事で仲間にするほど人と言うものが温い存在ではないくらいは分かるわ」

「まあ、私の方で可能な限りの努力はしますよ。それに今の第八方面軍、いや艦隊総軍からすれば猫の手も借りたい状況下です。

 貴女を無下に放り出すような判断は下さないでしょう」

 そう語るギャリソンにタナガーは腕を組んで考え込むように軽く鼻を鳴らす。

 艦娘として自分が着任したら、どう戦えばいいのか、戦術、戦略、艦隊行動全てが自分にはゼロに戻された気分だ。

 何しろ鋼鉄の戦艦としてではなく、生身の人間の姿となってしまっているのだ。前世で心得ている技術は全て通用しないと考えるべきだろう。

 生まれ変わった自分は文字通り、ゼロからリスタートするのだ。

 

 

 ギャリソンは軍病院を出ると、第八方面軍司令部幕僚会議室へ赴き、そこで待っていた北を始めとする第八方面軍司令部の参謀や司令官を相手にタナガーから聞き出したことをすべて報告し、彼女を艦娘として取り入れる事を提案した。

「そのタナガーと言う奴が深海棲艦の手先と言う可能性はないのだろうな?」

 陸軍参謀の一人が顎を揉みながら訪ねる。

「その可能性は牧平軍医の医学的解析から白でした。

 突然、この世界にポンと現れたタナガーは人間です。それも我々にとって貴重な艦娘適正を持つ女性です」

「仮に彼女を戦力として迎え入れたとして、どこの国の艦娘として登録するのかね?」

 第八方面軍隷下の海兵隊司令官の問いに会議室はざわめいた。

 日本艦隊の艦娘が発見したのだから、日本艦隊が迎え入れても別に文句はない筈。

 しかし、タナガーの事を知ったアメリカや中国、ロシアの人類統合軍の軍高官が異世界から来た、つまりこの世界における祖国が存在しない事を良い事に、タナガーを自国艦娘として取り込もうと企む展開は会議室内の誰もが予想出来た。

 人類統合軍は利害と打算の産物としての面もある。各国間の不和を解決し切らない内に深海棲艦と言う共通敵を前に強引に統合している側面が大きい。

 アメリカ、中国、ロシア、英国、フランスなどの国々が人類統合軍内部での利権と覇権を巡って裏で政争の日々に明け暮れているのも、また人類統合軍の親元である国連の実態だ。

 中国は深海棲艦の出現後自国の艦隊戦力に大きな打撃を受けて以降、国際社会との歩調を強制的に合わせさせられて不満がたまっているという指摘がある。なぜか中国国内から艦娘適正者が出ないが故に海軍大国でありながら艦娘を持たざる国でもあり、国際的な発言力にブレーキがかかっている。

 アメリカは国内から大量の艦娘適正者が出て、それで大艦隊を編成出来ているだけあって、深海棲艦出現以前失われかけていた「世界の警察」としての立場を取り戻そうと躍起になっている。ほかの人類統合軍加盟国のやり口に横槍を入れる事もしばしばだ。

 アメリカの考えている事は言ってしまえば「お前のものは俺のもの」主義だ。

 ロシアは自国の艦娘戦力が少ない事がネックになっているだけに、艦娘を保有していない中国や利己的主義なアメリカとともに「この世界で祖国が存在しない」タナガーの保有権を主張してくる可能性は十分にあった。

 最前線における軍人同士では国家間の利権がらみの主張はしない約束が守られているが、政治家の息がかかった軍高官レベルとなればそうもいかない。

 艦娘は政治家の政争の道具ではない。それが第八方面軍司令部の者たちの同一意見だった。

「日本艦隊が発見したのだから、日本国の保有艦娘として保有権を認めるべきでしょう。

 それに日本艦隊はここ南方艦隊の主戦力です。故に損耗も激しい。現在の日本艦隊への戦力補充は文字通り猫の手も借りたいような状況です」

 海軍首席参謀の岩瀬昭(いわせ・あきら)大佐の言葉にその場にいた全員が頷いた。

 第八方面軍司令部のまとめ役でもある北が身を乗り出すと、会議室にいる全員を見て口を開く。

「アメリカや中国、ロシアの介入が入る前に、彼女を日本艦隊の艦娘として迎え入れる。

 上には後で報告を入れよう。もっとも、タナガーについて確認をとっているから艦隊総軍内ではすでに知っている者もいるし、知れ渡っている可能性もある。

 だが我々として艦娘は政治家のおもちゃでは無い事をここで示しておかねばならん」

「賛成ですな」

 第八方面軍隷下の空軍司令官が同意すると、陸軍、海兵隊司令官も同じだと頷いた。

 

 

 翌日タナガーは正式に第八方面軍司令部の手で日本艦隊の艦娘として軍籍登録がなされた。

 第八方面軍司令部の事実上の独断行為であったが、軍務規定に重大な違反行為などはしていないだけあって、艦隊総軍内や人類統合軍総司令部内から咎める声は出なかった。

 戦艦艦娘タナガーとして着任を許可されたタナガーは、人類統合軍海軍の海軍大尉の階級と立場を新たに得る事となった。

 

 戦艦艦娘として着任する事になったタナガーの制服は発見時に着ていたものをそのまま利用する事になった。

 一方で靴となる主機が実は彼女には無かった。発見された時のタナガーは裸足だった。原因は不明だが恐らくは前世で撃沈前に機関部が破壊されてたことが原因だろうとタナガーは推測していた。

 艦娘として着任するだけでなく、戦力化されると言う関係上生身の裸足では海上に立つ事は出来ない。艤装整備場でタナガーの靴兼主機が新造された。アイオワ級戦艦艦娘のモノを流用した主機をタナガーの足のサイズに合わせて新造されたものだ。

 支給された舵がヒールになっているブーツ状の主機を履き、バラの紋章、エルジアの国旗を模したボタンが随所に着いた制服をしっかりと着こなしたタナガーはギャリソンに連れられて北の前に出頭すると、艦娘として、人類統合軍海軍の軍人としての宣誓を述べた。

 

 宣誓を終えるとタナガーは北の前でまだ履き慣れない主機の踵を揃え、北も驚嘆する程綺麗な海軍敬礼をし、着任報告を宣言した。

 

「戦艦タナガー、着任いたします!」

 

 着任の課程を終えたタナガーはギャリソンに連れられて第八方面軍司令部が置かれているショートランド泊地を案内された。

 基地施設を案内して回るギャリソンについて回るタナガーの目に、仲間となる艦娘たちの姿が映る。

「いずれは彼女たちに正式に自己紹介する事になるでしょう。まあ、詮索好きな重巡艦娘が一人いるから、彼女の取材を受けるかもしれないですね」

「詮索好きな重巡艦娘? 誰です?」

 軽く首をかしげて尋ねるタナガーにギャリソンはその艦娘の名を教えた。

「君を最初に発見した艦娘です。名前は青葉。青葉型重巡艦娘の長女ですよ。お、噂をすれば」

 にこりとギャリソンが笑みを浮かべて顔を向ける方向に、ちょうど非番だった青葉がカメラを構えて歩いていた。

 ギャリソンが呼ぶと青葉は振り返り、自分が見つけたタナガーが元気な姿でギャリソンとともにいるのを見ると嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。

「ども、初めまして青葉ですぅ! タナガーさん、お元気そうで何よりです」

 日本語で挨拶する青葉だが、まだ日本語がさっぱり分からないタナガーは何を言っているのかさっぱり分からない。

 日本語が分からないことをギャリソンから目で教えられた青葉は改めて流暢な英語で自己紹介をする。

「貴女が私の事を最初に発見した方ですか……青葉さん、先輩としてこれから色々ご教授宜しくお願い致します」

「んん? 青葉が教授を?」

「話すと長くなりそうだね、青葉。そう言えば見かけた感じ取材ネタに困っていた様で」

 話題を振るギャリソンに青葉はその通りだと頷く。

「そうなんですよ。タナガーさん、青葉色々聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

「構いませんよ」

 快く二つ返事で了承するタナガーに青葉はペンと手帳を出すと、最初の質問を問いかけた。

「では早速。

 

 タナガーさん、貴女は一体どこから来たのですか? 貴女は一体何者ですか?」




 次回以降より、タナガーと艦娘たちとの絡みをどんどん描いていこうと思っております。
 エースコンバット7DLCミッションに登場した戦艦デュスノミアを個人解釈でタナガーの姉妹艦として設定し、名前だけですが登場させております。
 
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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。

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