艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

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第二一話 最シン部海域

≪スカイアイより全部署に緊急通達。サーモン北方海域最深部海域にて、変色海域の異常現象を検知!≫

≪そんなバカな……≫

≪海域最深部にて大規模な空間及び重力異常を検知≫

≪健在な艦娘の確認を急げ!≫

≪愛鷹、黒姫、青葉、陽炎、不知火、霞、霰、長波、朝霜、宗谷、加賀、山汐丸、及びTF58全艦はシグナルを確認。あとは駄目です、大和、武蔵、長門、陸奥、タナガー、加古、時雨、雪風、吹雪、初雪、白雪、深雪はシグナルロスト≫

≪撃沈されたのか?≫

≪艤装反応及び生体反応共に確認出来ません!≫

≪残存艦娘全艦は適宜集結し、サーモン北方海域より全速で離脱、支援艦『わかたか』と合流後、作戦海域からの離脱を優先せよ≫

 

 

 勝利を目前にした時に発生した海域深部異常は第八方面軍司令部と哨戒機、AEW&C機、そして艦娘当人たちを始め関係者を騒然とさせた。離脱出来た艦娘は少なくなかったが、多数の艦娘が突如発生した奈落へと呑み込まれ、消息不明となっていた。

 一応、サーモン北方海域の最深部の敵勢艦隊の撃滅は成功を収めたと言っていい。赤く変色していた海はその多くを青く染め直していた。

 だがサーモン北方海域ポイント5-5Sを中心とした半径一一キロ、直径二二キロ圏内は尚赤く変色したままであり、最深部にはかつての峡一号作戦時に攻略されたポイントレコリスで確認された異常現象が海域一帯を覆っている。

 天高く聳え立つ濃紫の柱、それより薄い紫に染まる雲に覆われた薄暗い空間が広がるのを、青葉はカメラに収めていた。

「いつ以来だったかな……」

 峡一号作戦には青葉も含めた六戦隊が参加しているし、その前段の戦いの前に偵察艦隊として、何度かポイントレコリス近くまで青葉自身も出撃して情報収集に当たった事がある。六戦隊の中でも直接ポイントレコリスの風景を見たのは青葉と第六戦隊第一小隊を組む仲であり、あの濃紫色の柱の根元の滝壺の底へ落ちた加古なので、青葉は加古の証言や吹雪や大和、睦月と言った艦娘達のガンカメラの映像記録で見た事しかない。

 その映像資料としてしか見た事が無かった筈の世界が、今青葉の目の前に広がっている。異形、まさにこの二文字が当てはまる様相を成す海域に、青葉は生唾を呑み下した。

「行きましょう、青葉さん」

 先を促す様に殿軍を務めていた愛鷹が青葉を呼ぶ。振り返ると陽炎と愛鷹の二人だけが青葉の反転を待っていた。

 無言で頷いた青葉はカメラをポーチに仕舞うと、反転して近くまで迎えに来ている「わかたか」の元へと向かった。

 

 

 報告を受けた第八方面軍司令部からは即座に偵察機が発進し、サーモン北方海域最深部の海域異常に対して、強行偵察が実行されていた。

「アイボール1-1、目標エリアへ接近」

 ショートランド泊地に隣接する航空基地から飛び立った無人偵察機、RQ-4グローバルホーク、コールサイン・アイボール1-1がAEW&C機のヘビークラウドに中継されながらショートランド泊地のUAVオペレーター操作の元、サーモン北方海域最深部の異常海域へと接近する。

 会議室で中継映像を見つめる北、岩瀬、キングリッジ、ギャリソンら作戦司令部要員一同が見守る中、UAVは濃紫色の柱の周りを廻る。柱の根本一帯は瀑布となっており柱を囲う様に円状に滝となって紫へと変色した海水が注がれている。その先の奈落、滝壺は確認出来ない。

「アイボール、これよりグラウンドゼロへ突入します」

 UAVオペレーターからの通達が入るや、カメラの視点は濃紫色の柱へと向かい始める。時速数百ノットで飛ぶRQ-4が濃紫色の柱へと突入した直後、激しい空電のノイズと共にディスプレイに砂嵐が入り、赤い文字で「OFFLINE」の表示が現実を突きつける。

「駄目か……」

 諦観を浮かべた口調で北が呟き、自身の席の背もたれに身を預ける。

「提督、こうなっては強行突入部隊を結成して、あのグラウンドゼロを調査するより他有りません」

 岩瀬がこれしかあるまいと言う表情で進言する。

「突入隊の結成には内心私も賛成はしている。だが、突入隊が突入した先がどうなっているのか、現状全く持って不明だ。五里霧中の世界に、部下を送る事は出来ん。

 同じ平面の海が存在するのか、それとも上下左右も無い世界になっているのか、空気はあるのか、一切の情報が不明な以上ここは慎重に動くべきだろう」

 北はそう言って、会議室の液晶ディスプレイを台とする作戦台をタッチして、サーモン北方海域最深部のマップを表示させた。

「当面は調査と万一、あの海域最深部のグラウンドゼロから呑み込まれた艦娘達が帰って来られた時の為に『ジオフォン』『わかたか』を、変色海域の直ぐ傍に展開させて、ここを前線基地とする。

 同最深部の警戒隊兼救援部隊として、ここショートランド泊地に残る全ての艦娘戦力をこの海域に張り付ける。哨戒機、空中警戒管制機も二四時間体制で警戒監視に当たらせる。

 また念の為に、人類統合政府に警告を出し、サーモン北方海域最深部に近いソロモン諸島の各地域には強制疎開を発令させるよう要請を出そう」

「その場合、各地の避難民は王武共和国へ疎開する事になりますね」

 マップを眺めながらギャリソンが言う。王武(おうぶ)共和国は二〇年前にソロモン諸島に建国された新興国家で、日系移民が多く暮らす国だ。地熱発電や再生エネルギーを生かした精密工業が盛んな国で、同時に世界有数の軍事企業もある。オーストラリアの艦娘は王武共和国の電子機器を用いて艤装を建造しているし、ソロモン諸島等の南太平洋から中部太平洋を管轄する第八方面軍に所属する人類統合海軍所属の艦娘の艤装修理に、度々ユニバーサル規格を用いつつ高精度な部品を製造する王武の軍事企業が修理部品製造先として重宝されている。実をいうと大型艦娘母艦「ジオフォン」の発注、建造先の国でもある。

 また深海棲艦による世界的な侵略が始まり、今次戦争が勃発して以来は太平洋のソロモン諸島各国の難民の受け入れ先として機能してきた国でもある。

「また王武か。統合政府はこれで返済し切れない程の貸しをあの国に作る事になりますな」

 苦笑交じりに岩瀬が言う。王武共和国は深海棲艦の侵攻を何と自力で、それも通常戦力のみで撃退して来た実績もあり、尚且つソロモン諸島各国からの難民受け入れ先として積極的に統合政府に奉仕してきた国だった。既に統合政府は返しきれない程の貸しをこの国に作っている。無論王武も人類統合政府の前身、国連政府の時代から国連加盟国であり、人類統合政府構成国である。

「民間の疎開は良しとして、警戒隊と救援隊の派遣以外に我々が出来る事を何か模索すべきでは?」

 キングリッジが居ても立っても居られない様な顔をする。

「出来る事は無い」

 頭を振った北は青葉から送られて来たサーモン北方海域最深部の異常現象の風景が表示される壁面ディスプレイを見つめて言った。

「ハイリスクは犯せん。二次被害をもたらす可能性がある以上は、現状異常海域の拡大が無いか、等の警戒監視と拡大阻止の為の情報収集に当たるべきだろう」

 

 

 目が悪くなりそうな世界だった。

 辺り一面、血と同じ真っ赤な海、空は一面紫の雲に覆われ、水平線の向こうに何があるのか、検討もつかなかった。

 何よりタナガーが不気味に思ったのは、一切の風が吹いていない、無風帯である事だった。

 周囲を見回せば、邂逅する事に成功した艦娘がいる。大和、武蔵、長門、陸奥、加古、時雨、雪風、吹雪、白雪、初雪、深雪の計一一名。ここへ落ちる前に見た光景で確認出来た艦娘達の顔ぶれと一致するから、恐らくはこの世界に落とされたメンツはタナガー含めて一二名と言う所だろう。

「やはりな……」

 双眼鏡を覗き込んで、数キロ先に展開する吹雪、白雪、初雪、深雪の四人の姿を見て長門が呟いた。

「どれ程先に行かせても、四人の姿が水平線の陰に隠れる事がない」

「つまり、地球の丸みが存在しない、平面世界と言う事ですか」

 茶色のストレートヘアーの先を右手で撫でながら、タナガーは本で読んだ事がある「地球平面説」なるものを思い出した。

 双眼鏡を下ろして、吹雪たちに戻る様指示を出しながら長門は溜息交じりに頷いた。

「そうとしか、説明がつかんな」

「GPS、羅針盤、時計、何もかもが狂っちまってるな」

 左腕の腕時計や、艤装内のCIC妖精が確認出来るGPS、羅針盤の表示が軒並み死んでいるのを確認した加古が溜息を交えながら言う。

 程なくして吹雪たちが合流を果たす。直前までサーモン北方海域最深部艦隊決戦に参加していたのもあって、多少の疲労の色は浮かんでいるが、吹雪たちはまだやれる顔をしている。

「この世界に来る前に、緑の閃光が走りましたけど、あれって」

 ふと思い出したタナガーは海域に異常が起きた時の事を思い出してその事を口にする。緑の閃光が走った直後、サーモン北方海域最深部の全てがおかしくなった。

「私も見たな、その緑の閃光は」

 タナガーの見た緑の閃光に武蔵も見たと証言する。それに続いてその場にいた全員が口々に緑の閃光を見た、と答える。

「グリーンフラッシュ……とでも言うべきかしらね。眉唾だけど、グリーンフラッシュが光る瞬間、死者があの世とこの世を渡る事が出来るとか」

「本当ですかそれ?」

 宙を見上げて思い出す様に言う陸奥に、大和が胡散臭そうなものを見る目を向ける。心霊的なものを除きオカルト系の話はこれっぽっちも信じていない大和には、その手の話題を持ち出す者はだれであっても疑いの目を向けてしまう。

「言ったでしょ、眉唾だって」

 怖い顔しないで、と苦笑交じりに目で大和に返す陸奥だったが、大和以外はあながち眉唾な話でも今いる世界の説明がつきそうな仮説に思えて来る。

「こんなどこまでも真っ平な海とこの世の終わりみたいな風景の世界にいるんじゃ、あの世にでも送られちまった、とも思いたくなるぜ」

 らしくも無い気弱さを表に出した口調で深雪が言う。気落ちした口調の四女とは対照的に深雪の姉の吹雪はまだ希望を失っていない顔で大和に向き直る。

「今後どうするか、それを考えなくてはなりませんね。航空偵察は?」

「それが、観測機のエンジンがうんともすんとも言わないんです」

 困り果てた顔で大和は答えた。この世界で目を覚ました時から大和は情報収集の為に零式水上観測機による航空偵察を試みていたが、格納庫の航空機運用妖精曰く、エンジンの点火手順を幾ら繰り返しても、エンジンが始動しないとの事だった。

 現状機能している機械は艦娘達の艤装だけ、と言う状況だった。機能していなければ、今ここにいる全員が海面に立つ事も叶わないし、足元に目を落とせば、各々の足裏から噴出される推力が海面を泡立てている。

「こんな状況で会敵でもしたら、どうしようもありませんね」

 ため息を吐きながら白雪が頭に手をやる。彼女を含めた一一駆はまだ残弾がたっぷりあるとは言え、第一戦隊は深海南方任務部隊本隊との交戦で、兵装類、特に弾薬の消耗が激しい。時雨と雪風、タナガー、それに加古も弾薬庫に残る弾薬の残量は減っており、時雨と雪風に至っては爆雷も消耗している。

 弾薬の消耗もそうだが、艦娘達を悩ませたのが燃料の残量だった。一応、サーモン北方海域最深部での作戦失敗も想定して、艦娘母艦との作戦海域との往路に充分な燃料を各自積んでいるとは言え、この当てもない平面世界から脱出するまでに残る燃料が持つのか、全く持って見通しが立たない。

「航空偵察もダメ、燃料も限りがある……駄目じゃん、どうすりゃいいの」

 進退窮まったかと初雪が呟く。

「レーダーで捜索できる範囲を捜索して見ましょう」

 この場にいる艦娘の中でも最も探知範囲の広いレーダーを持つタナガーが具申すると、艦隊旗艦たる大和はそれを許可した。電波管制だのなんだの言っている場合はない。

「水上レーダー、最大出力。全周波帯にて海域を捜索。戦術、全周波数帯で呼びかけを、誰かが応答してくれると信じて」

「了解」

 レーダーから発せられるマイクロ波の出力を最大にまで上げたCIC妖精が、見えない電子の波を周囲へと放つ。通信員妖精も全周波数帯で呼びかけを行う。タナガーがレーダー捜索を行う間、その他の艦娘は環境シールドを最大にしてそのマイクロ波から身を護る。幾ら本物の軍艦程の出力は無いとは言え、生身で浴びて良い量の電磁波では無い。

 本来なら水平線の丸みによって、電波で見通せる距離には限りがあるが、今いる平面世界ではその恐れも無い。タナガーから発信されたレーダー波は海上を伝って行き、辛うじてCIC妖精が見るスコープに反射の影が映る距離から反応が得られた。

「レーダーコンタクト、方位……二時半の方角にオブジェクトを確認」

 羅針盤が機能していない以上、基準となる方位が不明なので現在の艦隊から見て二時半の方角に反応ありとCIC妖精が答える。

「CICより報告、二時半の方角にオブジェクトを確認。何かの道しるべになるかも知れません」

「二時半の方角、ですか」

 藁にも縋る思い半分で迫るタナガーに、あくまでも不確定要素だと気乗りしなさそうな声で大和は答えた。

「行くしかないでしょう。このまま何もない海原で燃料切れを待つよりか、何か行動を起こした方がずっといい筈です。

 なんでしたら、私だけで先行偵察に向かっても構いませんが」

 そうまで言い切るタナガーに長門が割って入る。

「いや、単独行動はリスクが大きい。全員で動こう」

「……では、全艦回頭、旗艦大和を基準に二時半の方角へ転針。第四警戒航行序列にて前進」

「了解」

 一一人の返答が返され、素早く、ほぼ思い付きに近い第四警戒航行序列を組む。回転整合は一応体験した関係であったことが幸いし、艦隊速力の調整はすんなりと済んだ。

 先導役としてこれまで艦隊の後衛や輪形陣の内部にいる事が多かったタナガーが艦隊の先頭に立ち、一一人の艦娘を率いる様に一見すると何もない風景の向こうにあるオブジェクトに向かって航行を始めた。

(艦隊の先頭に立って航行するなんて、いつ以来かしら)

 ストレンジリアルの世界でも、基本的に「タナガー」と言う存在は艦隊の輪形陣の中央に置かれる存在だったから、先陣を切る事などストレンジリアルの頃でさえ珍しい事だった。大抵艦隊の先陣を切るのは駆逐艦か巡洋艦、フリゲート、コルベットの役目だったからだ。

 状況が状況であるにもかかわらず、少しばかりの愉悦を覚えながら、タナガーはレーダーで探知出来たオブジェクトへ向かって艦隊をリードした。

 

 

 コードネーム・サーモン北方海域はその最深部の深海棲艦を全て撃滅出来たこともあってか、海域異常は消え去った事が確認され、ショートランド泊地の在泊艦娘が総出で最前線海域として進出を果たしていた。

「凄い陣容だねえ」

 感嘆を口にしながら青葉は加古が欠けた第六戦隊の先頭に立って、元サーモン北方海域最深部海域一帯に展開する艦娘艦隊を眺めた。

 主力艦だけでも後詰の戦力として温存されていた第三戦隊の金剛型四姉妹に加えて、まだ完全に復帰状態になった訳では無いものの、身体と艤装に応急処置を施して投入された大峰を含む第九戦隊の愛鷹型超甲巡の愛鷹、磐梯、黒姫、大峰と同じく戦隊を構成する重雷装巡洋艦の北上と大井、鳥海が戦列に戻された高雄型重巡四姉妹、それに第一、第五航空戦隊の赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴等が居る。更に軽巡ヘレナと駆逐艦娘フレッチャー、ジョンストン、ヘイウッド・L・エドワーズ、サミュエル・B・ロバーツを加えたTF58も舞い戻って来ていた。

 現在この海域には主力艦娘と軽巡以下の中小艦娘を含めれば総勢五〇名は軽く超える艦娘艦隊が集結していた。

「環礁があれば、ここに前線基地を建設して、サーモン北方海域の次の海域のKW環礁への足掛かりにもできたかもしれないけど、生憎そんな立地条件でも無さそうね」

 軽く落胆を交えて言う衣笠に青葉が頷きを返す。一方、衣笠の後ろの古鷹は妹の加古が心配なのか、未だに異常が海上に残る最深部を不安げな視線で見つめていた。

 何か適当な話題でも降ろうかと青葉はふと思い出した事を口にする。

「愛鷹さん達、この作戦が終わったら第九戦隊から解任されるって」

「え? じゃあ、愛鷹さん達お役御免?」

 超甲巡、即ち甲巡である自分達とはやや似て非なる存在である愛鷹達が所属する第九戦隊から解任されると聞き、衣笠が驚いた声を上げ、生粋の重巡艦娘の古鷹も流石に関心を引かれた様に視線を青葉に向ける。

「違うよガサ。まだ話は途中だっての。第九戦隊から第二戦隊に移籍するんだよ」

「でも、第二戦隊は扶桑さんと山城さんの戦隊じゃ?」

 はて、と首を傾げる古鷹に青葉は解説を続ける。

「航空戦艦になった扶桑さんと山城さんは第二戦隊から解任されて、第四航空戦隊に移籍して伊勢さんと日向さんとで航空戦艦戦隊としての四航戦を編成するって事。

 つまり欠番になる第二戦隊に新編成の艦娘戦隊として愛鷹型超甲巡四人が配備されて、第二戦隊は超甲巡戦隊となる訳」

「成程」

 青葉の解説に衣笠、古鷹が揃って頷く。

 ま、完全な超甲巡戦隊って訳でも無さそうだけど、と青葉は内心付け加えながら前を向く。新編第二戦隊において艤装の損傷が大きい大峰に関しては、航空戦艦仕様へと大規模な改装を実施する事が決定されている。大峰に限らず、愛鷹型は近日中には大規模な改装を実施すると予定が入っている。主砲の更なる大口径化は恐らく無理だろうが、対空火器の増設やレーダーの新型化などが盛り込まれる事だろう。

 かく言う青葉も改装の予定が告知されていた。KW環礁への攻略艦隊のメンバーとして青葉も指定されているので、現在の所水上戦闘を重視した改二艤装に対空火器と対空電探を強化した改二乙と呼ばれる防空重巡形態、または改二航こと航空巡洋艦形態の二種類が予定されている。

 青葉と大峰に限らず、青葉自身が小耳に挟んだ限りでは大規模な艦娘の艤装の改装工事が同時に実施される予定だと言う。

「戦争も、艦娘も変わらざるを得ない、か」

 独白する様に呟く青葉の言葉は上空を通り過ぎた哨戒ヘリのローター音にかき消された。

 

 

 突然の回転不良音が鳴り響き、一挙にこれは拙い、と思ったタナガーの背中で艤装の機関部が急激に静かになり、背中を微かに震わせていた機関部の振動も無くなった。慣性で進むタナガーは即座に面舵に舵を切って艦隊の進路から逸れる。

「ありゃりゃ、タナガーさんがエンスト?」

 こんな時にと言う気持ちと、参ったと言う感情半分に加古がタナガーの艤装を見る。

「機関室、ダメコンチーム、CCS、状況知らせ」

 機関部で何が起きたのか、把握に努めるタナガーに機関科妖精がヘッドセット越しに喚き立てた。

「エンジン故障! 現在復旧作業中ですが、ヒューズの交換含めてどれ程かかるか分かりません」

 深い、肺に溜まった酸素を全て吐き出したかのようなため息がタナガーの口から溢れる。こんな時にエンジントラブルなんて。

 ただ幸い、レーダーで探知したオブジェクトまでの距離はそう遠くは無い。大和達に先に行ってもらって、機関部が復旧し次第、自分も後を追う事は出来るだろう。

「大和さん、お先にどうぞ」

「タナガーさん、万一って事も……」

「大丈夫、直ぐに追いつきますよ」

 機関科妖精の復旧の見込み不明と言う報告を隠し、直ぐに復帰できると嘘をついたタナガーは先に行くように大和を促す。

 後ろを振り返って武蔵、長門、陸奥の意見も伺う大和に三人からもタナガーを心配する視線が向けられる。だが、この三人の頭の端ではここで待機する事でさらに燃料の浪費が嵩むことを危惧する思いが渦巻いていた。タナガーが探知したオブジェクトへ向かうだけでかなりの燃料を消費している。

 先に行けと言うタナガーの言葉にここは甘えるしかない。最もこの先のオブジェクトに接触した所で事態が好転すると言う保証も無いのだが。

 タナガーを置いて行くと言う不安と、進路上にあるオブジェクトへの不安の両方を抱えながら、大和はタナガーから譲られた先導役を受け取り、艦隊を率いて進んだ。

 後には何もない赤い海上にタナガー一人が残された。

 

 

 タナガーと岐れて暫くした後、大和の視界にカーテンの様に海上に立ち込める霧が発生し始めた。

 霧は次第に濃くなってゆき、大和は後続の武蔵たちに距離を詰めるよう指示を出す。発光信号機がカシャカシャと発光信号を送り、艦隊の距離を詰める指示を伝達する。

 濃くなった霧の向こうに、黒々とした物体が鎮座しているのが見えて来る。微かだが誰かが囁くような声が聞こえる気がした。

 

(……オイデ……)

 

「何かしら……」

 耳鳴りの様な、微かな声に違和感を覚えながら前進する大和の目に、黒々とした物体はやがて霧のベールの中から姿を現した。

 息を呑む大和の目の前に姿を現したのは、巨大な船の残骸だった。いや、その船、いや艦の残骸は大和も良く知る残骸だった。

 それは坊ノ岬沖の水底に沈む、戦艦「大和」の艦首部の残骸だったのだ。艦首に燦然と深海にあっても煌めく菊花紋章の薄らとした光が大和の瞳に差し込む。

「どういう事……」

 艦首部の後方には弾薬庫の爆発で切断された戦艦「大和」の船体が海上に浮かんでいた。おかしい。戦艦「大和」は一〇〇年余り前に、自分が生まれる遥か以前の大戦で坊ノ岬沖海戦にて沈没し、残骸は海上では無く水深三四五メートルの水底で眠っている筈だ。

 事態が理解出来ないと呟く大和の背後で、武蔵が呻く声を上げる。武蔵が見る先に視線を向けて見ると、大和も資料で見たことがある戦艦「武蔵」の残骸が海上に漂っていた。ある程度原形を留めている「大和」の残骸違い、「武蔵」の残骸は悲惨な程に砕け散っているが、「武蔵」の残骸だと識別は出来た。

 

(……オイデ……)

 

 それから一同は船の残骸が漂う海上を進んだ。戦艦「長門」「陸奥」重巡洋艦「加古」、駆逐艦「時雨」「吹雪」「白雪」「初雪」「深雪」、どういう訳かほぼそのままの状態ながら朽ち果てている「雪風」いや「丹陽」の残骸が一一人の視界に入る。まるで自分達の分身の亡骸が横たわっているかのような錯覚に陥り、徐々に、そして少しずつ一同の思考が鈍り、一対の目から光が徐々に消え始める。

 かつての軍艦の記憶の継承者である艦娘達の精神は、自身の記憶の元となった存在の朽ち果て、破壊された無残な姿を見て行く内に、何かに引き寄せられ、絡め捕られる様に知らず知らずの内にある方向へと進んで行った。一度過ぎた筈のかつての記憶の元となった軍艦の残骸は通り過ぎた後、再び艦娘達の前に姿を現した。自らの尊厳を破壊され、踏みにじられるかのような感情と負の怨念が徐々に一一人の艦娘達の精神を蝕んでいく。

 凌辱されるが如くの負の感情が流れ込む中、残骸はふと消え去り、一一人の艦娘達の前に玉座の間のような空間が広がった。

 

「良ク……来タナ……」

 

 玉座の間に座る深海棲艦が、不敵な笑みを浮かべ、しゃがれた男性の声を発する。見た目も声も、これまで女型しか存在しなかったはずの深海棲艦の中において、初めての男性型深海棲艦が一一人の艦娘の前に姿を現す。

 

「此処ガ……君達ノ……終ワりノ地だ」

 

 深海棲艦の王、魔鎖鬼はそう言って、右手を前にサッと伸ばした。

 鎖がしなり、引きずられる金属音を立てて、急激に一一人の艦娘に迫る。直前で我に返った一同は散開を試みたが、既に遅かった。

 海中から姿を現した鎖が一一人の艦娘達の手足、首元、艤装に絡みつき、抵抗を奪い、鎖のしなる音と共に十字にクロスした船台のような構造物に十字架に架せられる様に艦娘達を拘束していく。

 自由を奪われた艦娘達に、出来る事は無かった。磔刑に処されるが如く拘束された艦娘達は口を利く事も出来ないまま行動不能になった。

 

 

「さア……コノ地デ……静かナ世界に……鎖を纏ッテ……沈黙ヲドレスニ……」

 

 

 ざわりと胸を打つ不快な波がタナガーを打つ。何だこのざわつくような不愉快な感覚は……と真っ青な顔でタナガーは周囲を見回すも、手の届く範囲には何もない。

「大和さん達が危ういのかも知れない、機関部、復旧を急げ。復旧し次第、味方艦娘部隊の後を追う……」

 そこまで言ってから、タナガーはこのざわつく胸騒ぎを沈めるかのように、短く下命した。

「……戦闘用意。対空、対水上、対潜警戒を厳となせ」

 

 

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