艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜 Season1   作:岩波命自

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第二三話 タナガーの戦い

「スカイアイより入電。サーモン北方海域に大規模な敵勢艦隊出現を確認! 敵勢艦隊は二手に分かれ、哨戒艦隊及び帰還した第一、第二艦隊の生存者と交戦を開始」

「敵艦隊は戦艦水鬼を基幹に、空母棲姫一隻、防空巡ト級flagship級一隻、重巡ネ級改が四隻、重巡リ級改flagship級が五隻、駆逐艦ナ級後期型Ⅱflagship級が三隻、駆逐艦ナ級後期型Ⅱelite級七隻」

「哨戒中の第三航空戦隊、瑞鳳より入電。対潜哨戒機が海面下に敵潜水艦隊の存在を検知。数は七隻、現在艦種識別中」

 相次ぐオペレーターからの報告に、指揮所に上座に座する北達は神妙な眼差しで戦況を表示する指揮所の大画面ディスプレイを見つめた。

 サーモン北方海域に出現した敵勢艦隊は、水上艦が二二隻、潜水艦が艦種不明ながら七隻の計二九隻。サーモン北方海域最深部に展開していた深海南方任務部隊本隊を凌駕する大艦隊だった。

 そしてもう一つ、と北はディスプレイの端へと振り返る事なく離脱していくもう一群の深海棲艦の艦隊を見つめた。総数は不明だが、空母棲姫と空母ヲ級flagship級を基幹とする大規模な機動艦隊を中核としている事は判明していた。それら大規模な機動艦隊はKW環礁へ向けて進撃、いや移動していた。

「可能性の話だが……」

 報告を復命するオペレーターたちの連鎖した言葉を聞きながら、北は幕僚達に振り返らずに言った。

「我々がサーモン北方海域を攻略せず、迂回してKW環礁へ進撃していたら、もぬけの殻だったKW環礁を制圧出来ていたのかも知れんな」

「もし、の可能性としては有り得ますが、補給線が続きません。攻略が予定されるエリア6-4にあるウィスキー島を制圧しなければ、補給線を確保出来ませんし、グアノ環礁とMS諸島に敵泊地が存在する可能性がある以上、伸びた補給線をそれらの深海棲艦拠点から出撃して来た敵艦隊によって破壊される公算が極めて大きいです。

 我々が第八艦隊の戦力を持ってサボ島沖での深海棲艦の大規模輸送船団を撃滅し、サーモン北方海域への補給路を断ったのと同じ手法をそっくりそのまま返され、大きな損害と犠牲を払う事が予想されます」

 現実的な観点から冷静に反論を行うギャリソンに、北はそうだなと頷きつつも、どこか悔し気な顔を消せずにいた。

 再度戦況を表示する大画面ディスプレイに目を移し、交戦を、いやほぼ一方的に蹂躙されている艦娘艦隊の様子を見て、北は溜息を洩らした。

「最悪の場合、確保したサーモン北方海域の放棄も視野に入れつつ、全艦娘艦隊に後退を命ぜよ。艦娘母艦二隻の安全を図りつつ、各哨戒艦隊は集結し、第一、第二艦隊の生存者保護を優先。応戦は適度に行いつつ、現海域からの離脱を最優先。

 いいか、『誰も後ろに残すな』よ」

 

 

 北達が第八方面軍司令部で戦況を把握していた頃から少し時を戻し。

 サーモン北方海域では突如として出現した戦艦水鬼率いる大艦隊の出現に、各哨戒エリアに散って展開していた哨戒艦隊は、連携を取る間もなく、全速力での離脱を最優先としていた。

 目下戦艦水鬼たちの攻撃は、第一、第二艦隊の生存者に向けられており、哨戒艦隊には砲火が及んでいなかった。その隙に、各哨戒艦隊は再集結し、反撃に出ようとしていた。

 だが、如何せんか力の差が大きい。戦艦水鬼一隻だけでも哨戒艦隊に属している金剛型戦艦艦娘四人と同等の戦闘能力があり、更に高火力の持ち主であり機動性にも優れ、総合的な評価として戦闘能力は並の戦艦級をも凌駕していると言っても過言ではないネ級改が四隻もいる。金剛型戦艦艦娘はおろか、TF58の戦艦艦娘ですら苦戦必至の強者だった。戦艦水鬼とネ級改の凶悪さに隠れているが、リ級改flagship級五隻もやはり無印の戦艦ル級やタ級どころかelite級のル級やタ級すら及ばない高火力艦だ。

 そして恐らくは艦隊の防空を担うのであろうト級flagship級、それを補佐する二種類の駆逐艦ナ級、これらが艦娘艦隊の空母艦娘による航空攻撃を無効化していた。余りにも対空戦闘能力が高く、九〇機や一〇〇機の艦爆、艦攻が余裕で全滅する程の「鉄壁」を誇るのだ。

 そしてその水面下には七隻の潜水艦が、機関部の音を微かに鳴らしながら艦娘達の足元を掬わんと緩やかにタンクにブローをかけて浮上しつつあった。

 

 

 既に戦闘は始まっていた。戦艦水鬼とネ級改、リ級改flagship級からなる主力の砲火は、背中を向けて全速力で離脱を図る第一、第二艦隊の後背から襲い掛かっていた。魔鎖鬼の世界で艤装が損壊し、戦闘能力を失っている第一、第二艦隊の大半のメンバーを容赦の無い砲撃が追いすがり、一人、また一人と伸ばされて来た凶弾が掴み取る。

 短い悲鳴を上げて加古がリ級改flagship級の砲撃を食らって、海面に倒れ込み、長門と陸奥にネ級改の放った高貫通の強化弾芯徹甲弾が突き刺さり、四一センチの主砲弾でしか射抜けない筈のバイタルパートが各所で破壊され、艤装から破壊の炎が燃え広がる。今にも息を止めそうな機関部に鞭を打って走る吹雪たちにナ級の砲撃が追いすがり、初雪と白雪が被弾して艤装の一部を抉り飛ばされ、白雪が右わき腹と両足を射抜かれて海面に俯けに倒れる。

 一方的な掃討戦が行われる中、大和は武蔵と共に殿に周った。最も装甲に秀でる大和型改二の艤装を持って、装甲の薄い艦娘の盾となるのだ。

「くそ、主砲がお釈迦になってなけりゃ……!」

 足を破壊されて立つ事が出来ない白雪に肩を貸して離脱する深雪の言葉はその通りであったが、応射してどうにかなったかと言えば半分は疑わしい。ラフシーズ作戦で第一、第二艦隊の艦娘の弾薬は払底しかけていたから、仮に火器が生きていても効果的な反撃が出来たかは怪しい所である。

「離脱を最優先、哨戒艦隊が間もなく救援に来ます! 彼女達にバトンを渡すまで足を止めないで!」

 殿兼盾となって、深海棲艦の砲撃を受け止める大和の叫びに、返事が出来るものは「了解」と叫ぶ。時雨と雪風が重傷を負って動けない加古の両腕を掴んで自らの肩に回して、曳航し、深雪が曳航する白雪に吹雪も加勢して彼女の右腕を自身の左肩に回す。

 長門と陸奥も大和と武蔵と同じ考えに至ったのだろう。装甲の薄い加古以下の軽艦艇艦娘を守るべく、大和と武蔵の両端に布陣して、その大きな艤装を物理的な障壁とした。

「まだまだ装甲板は健在だ、かかってこい!」

 本来ならその四一センチ主砲で殴り合っていたであろう存在の戦艦水鬼とネ級改を凝視して、長門が挑発する様に、自分を狙う様に誘う形で叫ぶ。

 その長門の挑発通りに、ネ級改から放たれた砲弾が、徹甲弾が主砲搭を、艤装を、むき出しの腹部に命中し、金属の破断音と鈍い着弾音を上げて、長門の艤装を砕き、腹部に一か所、赤黒い穴を穿つ。ぐっと長門が呻き声を漏らして身体を折る中、砕けた艤装の残骸が彼女の足回りに落水し、腹部に開いた穴から赤黒い血が溢れ出る。

「長門!」

 発狂しかける陸奥の悲痛な叫び声が飛ぶ中、戦艦水鬼の砲撃が大和の二基の主砲搭に直撃し、信じられない程の金属の絶叫音と共にその天蓋をぶち抜き、三門の砲身が有り得ない仰角、俯角を取る。紅蓮の炎が主砲搭を舐め尽くし、真っ赤な火炎と漆黒の黒煙が大和の艤装を覆いつくし始める

「主砲搭、一番、二番、被弾!」

「ダメージコントロール開始! 主砲搭弾薬庫を放棄、バラスト緊急注水!」

 CIC妖精の被害報告に大和が即座に被害対応を指示する、が、直後に絶望的な報告が上がる。

「主砲弾薬庫、注水装置動きません! 注水消火不能!」

「主砲搭、高角砲、全滅! 機関停止! 炎が弾薬庫に迫ります!」

 その知らせに初めて大和の目がぞっとした戦慄を浮かべ、彼女に奥の手を決断させた。

「主砲切り離せ! 全火器艤装を放棄する! 主砲艤装妖精は総員退避!」

 機関部が停止した大和が即座に慣性航法に切り替えて機関部の復旧を待つ間、辛うじて機能した艤装切り離し機能が妖精の退避完了を確認するや、作動音と共に切り離されて大きな水しぶきを上げて海面に着水する。

 明らかに速度が落ちた大和が惰性で進む背後で、切り離された二基の主砲搭がついに誘爆を起こして海中で大爆発し、巨大な水柱となって大和と深海棲艦の間に壁を作り上げる。

 次はお前だと、戦艦水鬼が武蔵を見て、武蔵が流石に怯む様子を見せる。主砲が使えれば、と噛み締めた歯の間から彼女のそんな悔し気な台詞が漏れ出そうになった時、全速力で接近する艦娘が一人いた。

 交互撃ち方で主砲を連射しながら、速力メーターが右へ振り切れそうな程の全速力で吶喊して来たのはタナガーだった。第一、第二艦隊のメンバーとは別の場所で現時空間へと戻ったタナガーは、一方的になぶられる第一、第二艦隊を見て、人間としての本能に駆られて、救助に入ったのだ。

 

「貴様らぁぁぁぁッ!」

 

 魔鎖鬼の鎖から受けた傷の痛みも忘れて、遮二無二に突撃しながら戦艦水鬼へ砲撃を浴びせ、武蔵へ向けられていた照準を外させた。

 逃げる敵を背中から撃つなど、非道の極み。元は言えば軍艦の船魂だったタナガーとは言え、その行いの非道さはよく知っている。鬼畜外道な行いに憤激して戦艦水鬼に砲撃を浴びせるタナガーの射撃は、不思議な事に大和型改二が放つ五一センチ一式徹甲弾改ですら、まともに貫けないその戦艦水鬼の重装甲を容易く貫通し、同艦の艤装の内部で起爆した。

 動揺を顔に浮かべる戦艦水鬼に、タナガーは砲撃を継続した。ひたすらに撃ち続けた。

「ここは私が食い止めます! 皆さんは直ちに撤退を! 早く!」

 血の跡を口の端から遺すタナガーが、大和達に振り返って叫ぶ。加古と白雪を担ぐ吹雪、深雪、時雨、雪風は了解と返して全速力で逃げ、初雪も健在な機関部を必死に回して離脱を図る。

 だが動こうにも動けない長門と大和を後ろに、陸奥と武蔵が残り、首を横に振った。

「貴女を置いて逃げてはビッグセブンの名が地に落ちるわ」

「ここで仲間を見捨てて逃げては末代までの恥よ」

 陸奥と武蔵の言葉に、タナガーは応じている暇がなかった。タナガーの一撃を食らって中破した戦艦水鬼と未だ健在なネ級改、リ級改flagship級、更にはト級にナ級、空母棲姫がその攻撃の手を全て彼女へ差し向け始めたのだ。

 

 

「敵艦隊、全艦が本艦に向かってきます! 数は二二隻」

「上等よ! 一対二二、互角だわ!」

 震える声で知らせる見張り員妖精の言葉に、タナガーは強気の声を返す。

 戦艦水鬼は手負いの自分に代わって、まずリ級改flagship級とネ級改を前面に押し出し、ト級とナ級は空母棲姫の随伴に周らせた。空母棲姫の航空艤装の発進口が開口し、中から爆装した艦載機が続々と発進していく。

「CIWS、全弾丸を使い切っても構いません。空母棲姫から発艦する全ての敵攻撃機を叩き落とせ! 主砲、第一目標、敵重巡ネ級改一番艦! 装填終わり次第、攻撃始め!」

 四基のCIWSがタナガーの指示通り、空母棲姫の放つ深海の鴉の群れに照準を合わせ、六つの束ねられた砲身を回転させてオレンジの火箭を振り回される鞭の様にくねらせながら弾幕を張った。

 一方、後退した戦艦水鬼に代わって前へ出た重巡級に照準を合わせたタナガーの一六インチ主砲が、猛然と火焔を砲口から解き放ち、赤黒く焼けた砲弾を叩き出す。

 海面と平行な弾道を描く九つの砲弾が海上に衝撃波で切り裂いた軌跡を引きながらネ級改一番艦に轟音を上げながら迫り、直撃の閃光と炎を噴きあげた。

 当たり所が悪かったのか、ネ級改一番艦が火達磨になって爆散し、砕けた艤装の破片や引き千切れたネ級改の四肢を宙へ放り上げた。

 即座にネ級改二番艦に照準を合わせるタナガーの周囲に、ネ級改とリ級改の放つ砲撃が着弾し始める。周囲を囲い込む様に大木の如く突き上がる水柱がタナガーの視界を白く覆い隠す。初弾で挟叉した様にも見えるが、投射された砲弾の数が多すぎて、挟叉したのがどの重巡級かも分からない有様だった。

 初弾は外した深海重巡と入れ替わる様にタナガーの再装填が終わった主砲は、砲口から水蒸気となって白く吐き出される冷却水の煙を一旦吐いた後、真っ赤な砲炎を放ち、発砲時の反動で九つの砲身が勢いよく後ろへと後退させて砲撃を放つ。

 

 飛翔音。

 

 一拍置いてからネ級改二番艦に着弾の閃光と爆炎が走る。引きちぎられた主砲艤装が引きちぎられた勢いでネ級改の後方を軽く宙を飛んで、海上に落水する。被弾と艤装を引きちぎられた衝撃でネ級改が大きく仰け反る。一目で大破したと分かる損害を負ったネ級改だったが、なお健在な主砲をタナガーへ向けて砲撃の火焔を三つの砲口に迸らせる。

 水上砲戦に集中していたタナガーにCIC妖精がレーダーディスプレイを見て、対空警戒の警告を叫ぶ。

「右舷二時上方より敵機! 左舷九時方向低空からも敵機!」

「挟み撃ちね、結構」

 投下されるのはどうせ無誘導の爆弾と魚雷だ。当たればそれはそれでタナガーとて無事では済まないが、所詮は無誘導だ。自分がストレンジリアル世界で食らった誘導爆弾や対艦ミサイルの様に、目標へと精密に誘導されてくる訳ではない。躱してしまえばそれっきりだ。

 高空から横隊を組んでタナガーの上方から急降下爆撃を試みる深海地獄艦爆と、低空から同じく横隊を組んでタナガーの左舷から攻め込む深海復讐艦攻の群れに、狂ったようにCIWSが弾幕を撃ち上げ、弾丸のカーテンを艦爆と艦攻の前に敷き、絡め捕っていく。抱えた爆装諸共無数の機関砲弾を食らって粉砕された深海地獄艦爆と深海復讐艦攻の機体の残骸が、撃破の黒煙の後に慣性と重力の法則に従って海面へ落ちていく。しかし僚機が粉砕されようが、消去されるが如く吹き飛ぼうが、艦爆と艦攻の群れは吶喊するのを止めなかった。

 タナガーの艤装の中でも余り出番が無かった五インチ連装高角砲までもが艦爆と艦攻に対し、威力調整破片弾を撃ち上げ、CIWSの上げる驚異的な戦果に自身の戦果の割り込みをかけるが、それでも撃墜し切れなかった艦爆と艦攻が、タナガーが手を伸ばせば掴み取れる程の距離から爆弾を、魚雷を投下した。

 兵装を切り離す音がタナガーの耳にも聞こえる程の距離から投じられた深海地獄艦爆の徹甲爆弾が、ユリシーズの欠片の如く空から降り注ぎ、数発が、片手で数えられる程度の数の爆弾がタナガーの艤装を捉えた。

 衝撃と爆発の炎がタナガーの艤装上を駆け抜ける。爆発の轟音と共にこれまで獅子奮迅の活躍を見せて来たCIWSを吹き飛ばし、負けない働きを見せた高角砲二基を爆砕した。

「CIWS、三番、四番被弾! 高角砲、五四番砲、五五番砲沈黙!」

「ダメージコントロール急げ! 生き残っている全ての兵器を深海棲艦に向けて発射!」

 耳を馬鹿にしかける砲声が九回轟き、濡れ雑巾でひっぱたいたような衝撃をタナガーの顔面に与える。既に手負いのネ級改二番艦に砲撃が届くや、戦艦水鬼と同じく本来であれば大和型改二の放つ一式徹甲弾改ですら一撃での撃沈は困難な堅牢さを誇る重巡ネ級改をいとも容易く屠り倒す。轟沈した二隻のネ級改の残骸が海上に上げる火焔と黒煙が墓標の様に立ち昇る中、健在なネ級改とリ級改の砲撃が、爆撃に遅れてタナガーを捉えた。

 深海復讐艦攻の投下した魚雷群を寸でのところで躱して行ったタナガーが視線を転じた時には既に遅かった。

「衝撃に備え!」

 それを叫ぶだけでやっとだったタナガーが両腕をクロスさせて目を瞑った時、彼女の艤装上と装甲の表面で深海重巡の放った一撃が起爆、或いは装甲を貫通出来ずに自壊して砕け散る衝撃と爆発音が響く。複数人に同時に殴られた様な衝撃がタナガーにも伝わり、何かが破壊される音が耳に入る。

 瞑っていた眼を開き、深海重巡をクロスさせた腕の隙間から凝視するタナガーに、CIC妖精が被害報告を呻き声と共に上げて来る。

「CIWS、左舷高角砲全滅! 対空レーダー全損、艦対空防衛システムはオフラインです!」

「……主砲、照準を空母棲姫へ変更。照尺、精測が完了し次第、攻撃始め」

 次に航空攻撃が来たら、もう防ぐ手立ては自分には無い。ならば母艦をこの手で沈めて、物理的に航空攻撃を防ぐしか手はない。

 その間、自分はまだ七隻もいるネ級改とリ級改の集中砲火を浴びるだろう。だが重巡級の砲撃程度で戦艦が簡単に沈むか、と言う自負がタナガーにはあった。

 第一波攻撃が不調に終わったのを目視で確認した空母棲姫は即座に艦載機を収容しつつ、第二波攻撃を送り込もうと用意を進める中、ト級とナ級がタナガーから向けられて来る水上射撃レーダー波を感知し、防備を固める。ナ級全艦が空母棲姫の前に出るや、その魚雷発射管から各艦五発の魚雷を全弾タナガーに向けて発射した。

 完全な誘導魚雷程では無いが、微力ながら艦娘の機関部と主機の音を検知し、さらに艦娘の靴底や踵、或いは足回りにある主機の磁気に反応して起爆する磁気信管を備えるナ級の魚雷が次々に海中へと放たれ、機関部の騒音をまき散らしながら疾駆し、赤い海の上に赤白い航跡を浮かび上がらせてタナガーに迫る。

「最大戦速を維持、面舵!」

 誘導能力を持つとは言っても、急旋回が出来る訳では無い。低い誘導性を大量の魚雷を放つ事でカバーしている様なものだと読み切ったタナガーが、戦艦艦娘としては驚く程に小さな旋回半径を描きつつ、右へと進路を振っていく。魚雷群もタナガーの機関音を検知して後を追うが、駆逐艦を思わせる程の軽快な機動力を発揮するタナガーの旋回にその多くがついて行く事が出来ない。

 それでも、もっとも位置的に近い数本の魚雷が、タナガーの主機もといブーツの靴底やラダーヒールの磁気を拾い、信管に起爆信号を送り起爆する。

 直撃では無かったが、近距離で起爆した大量の炸薬の爆発が、タナガーを足元から襲う。白く丘状に盛り上がる海面のど真ん中で宙へ放り上げられるような感覚が彼女の身体を振り回し、一瞬で支えを失った足元が宙を掻く。再び足を何とか付けた時、異常を知らせる警報がタナガーの艤装上に鳴り響いた。

 魚雷の爆発により、主機の一部が故障。最大発揮速力低下の知らせがCICから入る。航行不能では無いが、空母棲姫へ接近し、大口径の艦砲の弾丸を見舞って、その空母としての機能を奪うのに必要な戦闘行動力が削がれてしまっていた。機動力の低下は即ち砲撃の回避力の低下にも直結する。

 足元から黒煙を上げて速力が落ちていくタナガーの異常を素早く見抜いたのか、早くも戦闘復帰して来た戦艦水鬼が砲撃を再開し、大口径の艦砲射撃をタナガーへ差し向ける。七隻の重巡も単縦陣を組んで一斉射撃の砲火をタナガーに振り向け、雨あられと、間断の無い砲弾の豪雨がタナガーを包み込む。

「流石に……」

 そう呻いたタナガーの艤装上にネ級改とリ級改の砲撃が命中し、高角砲が一基、砕け散っていく。甲板の複数個所で高貫通の徹甲弾が破孔を穿ち、抉られた個所からは火災の炎が立ち上る。

「被害報告!」

「右舷高角砲全損、砲員全滅!」

「艦尾機銃座大破!」

「第一甲板、第二甲板にて敵砲弾貫通、火災発生!」

「右舷バイタルパート、装甲既定耐久値限界です!」

 相次ぐ悲鳴の様な応急修理妖精達の報告に、唇を噛み締めながらタナガーは空母棲姫を見据える。

「あと少し……全弾薬を使い切っても構いません。前方、敵空母に対しあらゆる火力で叩きのめせ!」

「了解。各火砲。第三目標! 各個に撃ち方始め!」

 CIC妖精が激震に見舞われるCICでコンソールにしがみ付きながらヘッドセットのマイクに吹き込む。

 タナガーの主砲が、彼女の視線と連動し、空母棲姫へとその砲口を向け、適切な仰角を取り、砲弾の装填を終え、撃発の信号と射撃号令を待つだけとなり、タナガーが人生で何度発令しのか最早覚えていない程の撃ち方始めを命じようとしたその時、急速に頭上から覆い被さる様な飛翔音が鳴り響き、振り下ろされた災厄がタナガーの胴体を捉えた。

 濃紺の制服に着弾の火焔が咲き乱れ、鈍い有機物にめり込み、弾痕を開ける破壊音がくぐもった音を立てる。鮮血が赤い海に飛び散り、千切れたタナガーの制服が火焔に呑まれて燃え墜ちた。タナガーの身体に直に直撃した砲撃は、更に別の砲撃が彼女の艤装を再び捉え、重要区画を貫通して、艤装内部の中枢機能を破壊して行った。

「タナガー、胴体部及び第二甲板に被弾! 各部多数損傷! 尚も戦闘継続中!」

 射撃指揮所の砲術科妖精が激震に見舞われる射撃指揮所の方位盤にしがみ付きながらCICへの電話線に向かって叫ぶ。

 塊の様な血を口から吐き、患部にそろりと手を当てたタナガーにぬるりと暖かい鮮血が、白い掌を真っ赤に染めていく。濃紺の制服が血を吸って濃紺を通り越して黒く染まっていき、タナガーの身体の機能を徐々に奪っていく。

「まだよ……まだ終わっていない。CIC、目標空母棲姫、撃ちー方始めーッ!」

 

 何も起こらない。タナガーの主砲は無傷だったが、射撃を促す撃発の信号が送られない。呼びかけたCICは沈黙しており、タナガーからのあらゆる指示に無反応を示している。タナガーの呼びかけが聞こえていないのではなく、物理的に応答不能な状況になったとしか思えない沈黙だった。

「まさか……CIC応答せよ! CIC!」

「CIC出ません! やられたようです!」

 射撃指揮所の割れた窓ガラスから先程の被弾箇所を見て、CICの状態を悟った砲術科妖精が焦りを滲ませた声で叫ぶ。

 

 CIC壊滅。その惨状は、しかしタナガーに戦闘継続を諦めさせるような被害では無かった。

 

「射撃指揮所、艤装の指揮の代理を! 全艦に達す、総員傾注、直接照準射撃で空母棲姫を撃沈する! 射撃照準の全てをマニュアルに移行、艦娘直接撃発で撃ちます!」

「りょ、了解!」

 それまでのタナガーの射撃は、タナガーが狙い、CICがそれに補正をかけ、射撃の撃発ボタンを押す、と言う艦娘の負担を半分に減らす半自動射撃管制と言えるものだったが、CICの壊滅でそれまでの射撃プロセスに必要なシステムが半壊してしまった以上は、タナガー自身の直接照準、直接撃発しか手段はない。CICの補佐が受けられない以上は再装填にかかる時間も自分でカウントしないといけないし、あらゆる射撃に必要な手順を全てタナガー自身の手で行わなければならない。

 だがそれも一興、とさえタナガーは思っていた。遥か昔の砲術は機械的なサポート無しに、砲術士官の鍛え上げた射撃の腕と勘で、敵艦を狙い打っていたのだ。それを自分もこなすだけの事だ。都合の良い事に、タナガーは射撃には絶対的な自信があった。

「てぇッ!」

 タナガー自身が引き金を引き、撃発の信号が改めて送られた九門の一六インチ主砲が火焔を巨大な砲口から迸らせる。吐き出された火焔は黒煙へと変わり、その中から九つの徹甲弾が、空気との摩擦で赤く焼けて光りながら宙を飛翔して行く。

 深手を負っている筈の戦艦艦娘からの砲撃は想定しなかったのか、空母棲姫が動揺する素振りを見せる。そして動揺が先に出たせいで回避が遅れた空母棲姫の巨大な航空艤装にタナガーの九つの砲弾が突き刺さり、その強靭な装甲を簡単に貫通した徹甲弾の破壊を内側から受けた。

 空母棲姫の航空艤装の内部では、タナガーや集結を完了し、前進を開始した哨戒艦隊に対する航空攻撃の為に編成中の第二次攻撃隊や第三次攻撃隊、それに着艦した第一次攻撃隊の残余が燃料や爆装を抱えたまま甲板内に留められており、そこへ装甲を、下手な戦艦級や重巡級よりも強固な装甲で覆われているバイタルパートをティッシュペーパーの如く貫通したタナガーの徹甲弾二発が飛び込み、爆装と燃料を満載して発艦待機中の艦爆や艦攻の群れのど真ん中で起爆した。

 直撃した徹甲弾の爆発とは異なる、内側から大量の爆発物や可燃物が一斉に爆発した鼓膜を破らんばかりの轟音と、昼間の太陽とは別のもう一つの太陽が現れたかのような凄まじい閃光が海上に走り、衝撃波が音を置き去りに海面を駆け抜けていった。活火山と化した空母棲姫は天高くそびえる黒煙を上げて、その場にて機能を全て失って停止した。

 呆気ない最期を遂げた空母棲姫に振り向いたネ級改やリ級改、戦艦水鬼、そして守るべき空母を喪ったト級とナ級が怒り狂ったように全ての火砲をタナガーへと向け、砲撃を再開した。

「ちょっとこの数は拙いわね……」

 発揮可能速力が落ちた状態で、懸命に回避行動を試みるタナガーだったが、内心諦めに似たものを覚えつつあった。

 背後から聞き馴染んだ砲声が轟くまでは。

 

 

「全艦、突撃!」

 第八艦隊の先陣を切る青葉が主砲をリ級改へ向け、引き金を引くや二〇・三センチ連装主砲二号砲の砲口から砲煙が噴出し、徹甲弾がト級へと向けて撃ち出されていく。青葉の主砲艤装、右肩に担ぐ艤装に備え付けられた第一、第二主砲の二基と左足の太腿にマウントされた第三主砲が斉射を放ち、ト級へと精確な射撃を浴びせて行く。

 先陣と戦闘の火蓋を切った旗艦青葉に続いて、続航する第八艦隊の五人も砲撃を開始し、それを見た青葉の見張り員妖精が青葉に各艦娘の射撃開始を知らせる。

「衣笠、撃ち方始めました」

「古鷹、撃ち方始めました」

「鳥海、撃ち方始めました」

「天龍、撃ち方始めました」

「夕張、撃ち方始めました」

 青葉の後に続く衣笠、古鷹、鳥海、天龍、夕張の二〇・三センチ二号砲、三号砲、一四センチ単装主砲、連装主砲と多様な巡洋艦の艦砲が、単独で交戦し、複数隻を撃破してのけるも苦戦を強いられているタナガーに援護の射撃を放っていく。

 突撃を敢行する第八艦隊に並行する形で第九戦隊の愛鷹、黒姫、北上、大井、それに陽炎と不知火からなる六人が艦砲射撃を繰り返しながら最大戦速で吶喊していく。

 青葉以下の第八艦隊と愛鷹率いる第九戦隊の後方からは、TF58の戦艦艦娘アイオワ、ニュージャージー、ワシントン、サウスダコタ、マサチューセッツが梯形陣よりの単縦陣を組み、その一六インチと五インチで統一された主砲と副砲の艦砲の全てを深海棲艦艦隊へ差し向けていた。五人の戦艦艦娘の隣をヘレナ、フレッチャー、ジョンストン、ヘイウッド・L・エドワーズがソーナーから探針音を放って、海中に潜む七隻の潜水艦探知に乗り出していた。

 上空に目を向ければ、第三航空戦隊の瑞鳳と祥鳳、龍驤の三人から発艦した対潜哨戒機仕様となる九七式艦上攻撃機と天山が飛び回り、上空からも目視確認出来る深度へと浮上して来ている七隻の潜水艦の艦種を識別し、対潜兵装を構えたヘレナ達や、遅ればせながら前進する軽巡艦娘那珂率いる第四駆逐隊の萩風、嵐、野分、舞風の四人が三式爆雷投射機に爆雷をセットし、三式水中探信儀改で聴音探知を試みながら潜水艦狩りに転じていた。

 一方、金剛型戦艦艦娘の四人他、多数の艦娘達が大なり小なり損傷、負傷している第一、第二艦隊のメンバーの救助に入っていた。金剛型姉妹の長女の金剛と比叡が航行不能の大和にワイヤーを接続して曳航を開始し、重傷を負っている長門を霧島と榛名が既に曳航して戦場海域からの離脱を図っている。加古や白雪、初雪を矢矧以下の水雷戦隊の駆逐艦娘達と高雄型四姉妹に救助され、離脱していく。救援艦隊の上空には第一、第五航空戦隊とレキシントン、サラトガの艦載機が空中警戒待機に移っており、深海棲艦が水上艦娘艦隊を突破しようものなら即座に空爆を持って阻止行動に入れる態勢を取っていた。

 突撃する第八艦隊、第九戦隊、TF58の多様な艦砲が発する砲声と同数の砲弾が、戦艦水鬼以下の深海棲艦の周囲を包み込む。タナガーに向けられていた砲火は、それぞれ介入して来た第八艦隊、第九戦隊、TF58へと向けなおされ、両者は激しい砲撃戦に移行した。

 第八艦隊の二〇・三センチと一四センチの二種の艦砲がト級とナ級へ直撃弾を出し始める。ト級flagship級とナ級後期型Ⅱflagship級、ナ級後期型Ⅱelite級の艤装上に、本体に着弾の火焔が咲き乱れ、ジャブを連続で叩き込まれたボクサーの様にト級とナ級が姿勢を揺らす。だが被弾はしているが、致命傷には至っていないが見て取れる。

 沈まなければ沈むまで撃ち続けるまで、と青葉は一切手を緩めることなく砲撃を続行した。ト級も連装両用砲を青葉に向けて放ち、レーダーで精確に照尺された射撃を青葉の至近距離に送り込む。

「当たらなければどうって事はありませんね」

 フッと鼻を鳴らして言う青葉に、砲術科妖精が再装填完了、照準補正良し、と告げる。肩に担ぐ主砲艤装の左側に展開されて右目でのぞき込む電子射撃スコープを覗き込み、ロックオンの電子音が聞こえるや、青葉は凛と張った声を上げる。

「狙い撃ちます! てぇーッ!」

 その青葉の言葉と共に二〇・三センチ二号砲の砲口から装薬の爆発の力で叩き出された六発の徹甲弾がト級flagship級に突き刺さる。深海レーダーが吹き飛び、両用砲が砲座事抉り飛ばされ、損傷痕から火災の炎が上がる。

 五隻のリ級改には重巡キラーである愛鷹、黒姫、そしてその二人に援護射撃を行う北上と大井、陽炎と不知火の連携プレイが対応していた。

「第九戦隊、愛鷹、黒姫との統制砲撃戦を開始する。撃ちー方始めーッ!」

「発砲!」

 性能的インフレーションが著しい深海棲艦の重巡級を潰す、重巡キラーである超甲巡である愛鷹、黒姫の三一センチ三連装主砲が愛鷹と黒姫の射撃号令を合図に砲声を鳴り響かせ、戦艦程もあろう発砲炎と砲煙をたなびかせて三一センチの徹甲弾をリ級改へ叩き付ける。被弾したリ級改が一撃で大破し、行動不能になる中、五隻のリ級改の足元に、北上と大井が放った大量の魚雷群が水面下から襲い掛かる。瞬く間に愛鷹と黒姫の砲撃で大破していた二隻を含む三隻のリ級改が九三式酸素魚雷を食らって爆散し、一隻が直撃で中破する。

「これが重雷装艦の実力って奴よ」

 鼻を鳴らして得意げに笑みを浮かべる北上は大井に目配せをし、無言の合図を受けた大井が後ろに控えていた陽炎と不知火にハンドサインを送った。

「海の藻屑にしてやりなさい」

「了解!」

 主砲で牽制しつつ挟撃をしかける陽炎と不知火に、リ級改は陽炎に応射を放つ。ひょいと身体を軽く傾けただけで陽炎を狙った砲撃はそれて彼女の背後で外れ弾の虚しい水柱を突き上げ、一方陽炎と不知火の魚雷発射管がリ級改に指向し、発射管に装填されている魚雷の弾頭がリ級改へと頭を向けた。

「攻撃始め! いっけぇ!」

「てぇッ!」

 陽炎と不知火の鏡合わせを思わせる同時タイミングで魚雷発射音が圧搾空気の音を立てて、魚雷を海中へ投げ込んでいく。リ級改は尚も陽炎を狙おうと主砲を差し向けるが、不知火の砲撃が相次いで着弾し、正確な照準を合わせるのを妨害した。連続して撃ち込まれる不知火と陽炎の小口径の主砲弾の着弾に、視界を奪わて賭けていたリ級改が最後に見たのは、自分の目の前に迫っていた魚雷群だった。救いのない事に前方からだけでなく、後方からも魚雷はリ級改を捉えていた。

 第九戦隊の雷撃と砲撃でリ級改五隻が瞬く間に壊滅して行く中、ネ級改二隻と戦艦水鬼一隻の三隻が未だ健在だった。だがそれに対応するのは五人のアメリカ「戦艦」艦娘だった。

 ネ級改を事実上の戦艦と見なしたとしても、三対五の火力差が存在した。五人の戦艦艦娘を率いるアイオワは素早くどう対処するべきかの策を講じ、判断を下した。

「マイティW、ブラック・プリンス、ビッグ・マミーはネ級改を攻撃。ブラック・ドラゴンはMeと共に特殊砲撃と行くわヨ!」

「Wilco!」

 ワシントン、サウスダコタ、マサチューセッツの三人がアイオワとニュージャージーとの単縦陣から外れてネ級改に向かう。

「タナガー、Can you hear me?」

「はい、聞こえます」

 手負い、既にボロボロの状態のタナガーから呼びかけるアイオワへ返答が返る。その様子ならまだまだやれるわねと頷いたアイオワは、タナガーにニュージャージーの右斜め後方に布陣するよう指示を出す。

「ブラック・ドラゴンの右斜め後ろに回り込みなさい」

「どうするのです?」

「貴女も、specialな砲撃をMeと共に楽しみましょう」

「は、はい!」

 アイオワはニュージャージーとタナガーと共に戦艦水鬼に対するアイオワ級戦艦特殊砲撃に移行した。

 実施される前段準備は概ね大和型や長門型が行う特殊砲撃と流れは変わらない。ただ、そのアイオワとニュージャージーとタナガーの三人との間で交わされるやり取りが、全て英語で交わされるところが、日本の戦艦艦娘の特殊砲撃との大きな差だった。タナガーがストレンジリアルから転生して来た時話した言語が英語だった分、言語の壁は無きに等しかった。

 ちらっとアイオワはタナガーの状態を伺う。深手を負っているが、今すぐ死に至る傷では無いだろう。だが放置していたら治る傷も治らない。タナガーの為にも、ここは早期決着を図るべきだ。

「Target selection complete. FCS online. All batteries, ready to fire. (標的設定完了、射撃管制装置オンライン。全砲門、撃ち方用意良し)」

 変わらぬ眠たげな顔に静かなる大艦巨砲主義の信奉者の昂ぶりを浮かべて、ニュージャージーがアイオワとタナガーに伝える。

「Guns ready!」

 戦艦水鬼からアイオワとニュージャージー、そしてタナガーに砲撃が飛来する。戦艦水鬼の高貫通弾は当たり所によってはアイオワ級艦娘の装甲すら紙装甲の如く貫く。

 そうなる前に、「Finish the fight」をとアイオワは重装甲の鎧に身を包む戦艦水鬼の突き立てた水柱を突き破りながら、正確に一六インチMk.7主砲を戦艦水鬼の未来位置へ合わせる。

 自身の主砲の射撃管制をアイオワに委ねたタナガーは、壊滅したCICに代わって射撃指揮所に特殊砲撃のデータリンク接続を頼む。それまでタナガーの直接操作で動いていた主砲の砲身の動きが、アイオワの主砲操作と同期し、タナガーは射線方向の安全確認と主砲弾の装填確認に務めた。

(頼みます、アイオワ姉さん)

 左手斜め前方、ニュージャージーの長身の向こう側にいるアイオワの姿を見つめながらタナガーは胸中で己の砲術指揮管制の全てをアイオワに委ねる。

(貴女の狙うその手は、私の手です)

「All main batteries loaded with AP shells! (全主砲に徹甲弾装填完了!)」

 自身の主砲に徹甲弾が装填された事を確認したタナガーが叫ぶ。それは砲撃開始の合図と同義だった。

 戦艦水鬼を見据えたアイオワが口を大きく開け、陽気で朗らかな彼女からは想像もつかない軍人口調で叫んだ。

「Open fire! Open fire all barrels! Shoot them all down! (撃ち方始め! 奴等を全て沈めよ!)」

 大和の様にさっと伸ばされたアイオワの右手が戦艦水鬼へ差し向けられ、直後彼女の射撃管制装置に連動させられた彼女自身の主砲と、ニュージャージー、そしてストレンジリアルの戦艦艦娘タナガーの主砲が一斉砲撃を開始した。一人当たり九門の一六インチMk.7主砲が三人の戦艦艦娘を覆い隠す程の巨大な火炎を前面に現出させ、耳を聾する砲声と、周囲の海面をベこりと大きく凹ませる強烈な衝撃波を周囲に広めていった。

 盛大な砲声と発砲炎を突き破ってSHSを含む徹甲弾二七発が戦艦水鬼に向かって飛び出していく。正確無比な戦艦艦娘の射撃レーダーがロックオンした照準をなぞる様に飛んだ二七発の主砲弾は、低空を超音速で飛ぶジェット戦闘機の様な凄まじい轟音を上げながら飛翔した。

 タナガーは自身の視界を発砲炎が隠す直前、戦艦水鬼も主砲搭に全門斉射の火焔を一斉に咲かすのを見ていた。

 数一〇秒後、アイオワ、ニュージャージー、そしてタナガーの特殊砲撃の弾丸は戦艦水鬼の艤装と本体に着弾した。

 戦艦水鬼はその堅牢な重装甲でアイオワ級を凌駕する火力を持つ大和型や長門型の通常砲撃すら耐え凌ぐ事があった。だが、アイオワとニュージャージー、そしてタナガーからの特殊砲撃で撃ち出され、纏まって着弾した二七発のSHSを含む徹甲弾の前にはその堅牢な装甲も意味を成さなかった。

 襲い掛かる二七発の徹甲弾が次々に戦艦水鬼の艤装に、本体に突き刺さり、内部へと貫通した数々の徹甲弾が一斉に起爆する。主砲搭の正面装甲を射抜いた徹甲弾は砲塔内部で、艤装本体部分を貫いた徹甲弾は艤装本体内部で、それぞれ弾頭に充填された数百キログラム相当の高性能爆薬を起爆させ、戦艦水鬼を内側から破壊して行った。

 爆散し、轟沈する戦艦水鬼の衝撃波がタナガーの顔を叩いた時、彼女の目にアイオワとニュージャージーへの直撃コースに乗っている砲弾の姿が見えた。こちらが特殊砲撃の雨を浴びせる直前、最期の直前に戦艦水鬼が放った一撃だった。

 

 咄嗟に、人としての姿を得てから授かった人間としての本能のままに、タナガーは飛び出す様にアイオワとニュージャージーの前にその身を投げ出した。既に被弾して痛む身体を強引に引きずりながら出せる限りの速力を主機に発揮させ、砲弾がアイオワとニュージャージーに直撃する直前に、タナガーはその身を割り込ませた。

 

「誰も、やらせはしない! コンベースの悪夢を、繰り返しはしない!」

 

 ストレンジリアルで最期を遂げたあの日の己の無力さを思い出し、今度は誰も私の目の前で失わせはしない。その思いがそう叫び、自身に向かって来る砲弾を凝視したタナガーの瞳に戦艦水鬼が散り際に放った一撃が大きく映し出された。

 

 戦艦水鬼が放った砲撃は、奇遇な事に信管を作動させることは無かった。

 不発弾……では無かった。タナガーに着弾した三発の徹甲弾は、信管を作動させる前に既に深手を負っていたタナガーの心臓部の近くと、腹部、右太ももを貫通し、そのまま後ろ側へと突き抜けて行ったのだ。

 

 

 タナガーの身体に纏う濃紺の制服の三か所で、そしてその下の生身の身体に赤黒く染まった被弾痕が空いた。

 

 

 被弾の衝撃で後ろへと吹き飛ばされたタナガーは、数メートル宙を舞って、艤装が海面に激突する衝撃音と着水の海水が押し出される音を立てて海面に仰向けになって倒れた。

 

 

 そして仰向けに倒れたタナガーの背中からすーっと血だまりが周囲に広がって行った。

 

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