フリーレンたちは立ち寄ったとある交易都市で、あるガラス細工を見つける。
精巧に造られたガラス細工に、フリーレンは見覚えがあった。
それは、勇者ヒンメルの死から10年後のある日のこと、かつてフリーレンが討伐した変わった魔族が造っていたものと同じものであった。
※過去捏造二次創作注意
※時系列にちょっと無理があったので年数改訂
10/19 誤字脱字修正
1.
北部高原に向かう中、フリーレンたちはとある交易都市に立ち寄った。
交易都市というだけあって、祭りの日でもないのに道々には露天が並び、さまざまな土地の文化品が見られた。
鉱石のナイフ、銀製のペンダント、食器や、魔除けか何かの木彫りの彫刻──アンティークの種類は見える範囲だけで数え切れない。
フリーレンは往来をやや左側によりながら歩いていた。
フェルンはその隣を歩いている。
シュタルクは賑わいに当てられて、小さな好奇心に押されてか、キョロキョロと視線が定まっていない。
「すごいですね」
とフェルンが言うと、うん、とフリーレンは答えた。
「ここは昔っから変わらないなあ……」
「来たことあるのか?」
「この街は北部高原に入る前に立ち寄れる最後の大都市だもん。必然的に人が集まるから昔っから栄えてたし、入念に下準備するためにもなるべく寄りたかったんだよね」
「へえー。確かによくわからないもんがいっぱいだな」
「とりあえず宿を探すよ」
「そんなに急がなくてもよくねーか? これだけ大きい街なら宿ぐらいいくらでもあんだろ」
「大きい街だからこそ、早めに宿とっとかないと、いいとこ全部取られちゃうよ」
と、フリーレンに引き連れられてくてくと歩いていると、不意に、ある露店の前でフリーレンが足を止めた。
ガラス細工のアンティークを扱っている店であった。
フリーレンはしゃがんで、そこに並んでいた美しい瓶をひとつ、手に取った。
たった今磨き終わったかのような輝きを放つ、華々の彫られた小さな花瓶である。
「これは──……」
「どうかされました? ……フリーレン様?」
フェルンがしゃがんでフリーレンを覗き込む。フリーレンは微かに驚いた表情を浮かべていた。
その花瓶。
フリーレンには見覚えがあった。
あれは、ヒンメルの死からだいたい10年後のことだ。
2.
勇者ヒンメルの死から約10年後。
南諸侯のとある道。
フリーレンはとある魔族と対峙していた。
元は、旅の途中に立ち寄った、この先にある街からの、魔族討伐の依頼であった。
無理やり城に呼び立てられ、侯爵貴族に『街の郊外を魔族がウロついているから退治して欲しい』、『了承しなければ関所は開けない』と言われ、半ばしぶしぶ請け負った仕事でもあった。
道で待ち構えていると、その魔族はすぐに現れた。
布袋を手に下げ、魔族特有のツノを汚れたタオルを巻いて隠しており、外見は人間の一〇代前半の少年のようであった。
煤けた作業着のズボンに、タンクトップのシャツ。
白地の布手袋をはめていて、薄汚れた黒いブーツを履いている。
金色の髪を瞼に重なる程度に伸ばし、眉毛の色は黒であった。
どことなく生活感を漂わせる小汚なさは、人間の世界によく馴染んでいる立ち姿であると思えた。
しかし、魔族特有の、どこに心があるのか分かりにくい碧眼である。
蒼い眼光が、フリーレンの正面に動いて、対峙していた。
「……エルフか、珍しいな」
低い声で、魔族は言った。
魔力を込めた杖を向けられてなお、淡々とした声である。
そうだよ、とフリーレンは答えた。
こちらも、淡々とした色である。
「国の貴族に討伐の依頼でもされたか?」
「そんなところだよ」
やれやれと、魔族の少年は視線を泳がせた。外見の年不相応な、老齢さの滲む動きである。
ほんの少しだけ、フリーレンは疑問を持った。
「どうした? さっさとやらないのか?」
「命乞いしないの?」
「俺にお母さんはいない」
「だろうね」
「だが、そうだな……ひとつ、言ってもいいか?」
「…………」
フリーレンの沈黙を是と受け取ったのか、魔族は持っていた布袋を顔の前に持ち上げた。
がしゃり、と音がする。
中に入っているのは、陶器類か。
「材料を仕入れたばかりでね。納期まであと三日ある。取引相手のためにも、モノを納品するまで殺すのは待ってほしいんだが……」
「…………納品?」
訝しむフリーレンに、ああ、と魔族は言った。
「俺はこの先の小屋で、ガラス細工を造っているんだ」
3.
小屋だった。
中は、作業机と、椅子と、釜と、本棚と、ベッドがあった。
本棚は三段式で、背表紙がズタボロな本が何冊か差し込まれ、手書きのノートがそれ以上の数、乱雑に詰め込まれていた。
机の上には金槌、定規、ペンチ、金型、ハサミにヤスリ、一メートルほどの長さの竿がそれぞれ散らばっている。
道具も家具も、焦げていたり錆びていたり、どれも相当に使い込まれた跡があった。
釜と、釜に焚べる石炭や薪がゴロリと木箱に積まれている。
壁には何に使うのかわからない棒のようなものや、長いハサミや石を詰めた袋がいくつもぶら下がっている。
どこを見ても煤けた臭いが充満していた。
どこからどう見ても、立派な
「悪いが、客人をもてなすスペースはない」
フリーレンは魔族に警戒を向けながら、後に着いている。
「……ここは、おまえが造った場所じゃないね」
フリーレンはあけすけに言い切った。
魔族の少年は意に介さず、ああ、と無神経に返した。
「ここは、もともとは人間の技師の
曰く、魔族はかつては山賊のような真似をして、道ゆく人間を襲っていた。
ある日、襲った人間の中に、ガラス細工の技師がいた。
その男は殺される間際に、命乞いをしなかった。
どころか、ちぎれた腕が握っていた布袋を指して、「俺を食う代わりに、これを納品しに行ってほしい」と言ってきたのだという。
口約束で了承を示し、男を食い殺した魔族は、なんとなく──男の遺言通りに国に入り、商品を届けたのだという。
「そうしたら、商人のオヤジが、俺をそいつの弟子だと思い込んでな」
行く場所もなく、拠点も欲しかった魔族は導かれるままに、技師の住処であった国の外れに位置するこの
フリーレンは本棚から手書きのノートをとった。
中身は魔族ではなく技師が書いたものだろう。内容はひたすら、技師自身がモノづくりにおいて感じたこと、要点をひたすらに書き殴ったものだった。
「意味はないんだが……俺にも暇つぶしは必要だったし、人間に取り入るのは餌の確保に有意義と思ってな。弟子と勘違いされたまま、なんとなくその本の通りに造ってみたんだが……」
全くうまくいかなかった。
いや、色、艶、形は完璧に、技師の指南通りのモノが出来上がり、そこに『物体を美しく見せる魔法』をかけ、魔族はそれを商人に持って行ったのだが……
「違う、と言われたよ。これは受け取れないとね」
製法は完璧だった。
本の理論通りに作り上げた。
完成品も、魔法のおかげで見た目は男のモノと遜色ない美しさであった。
にも関わらず、商人は魔族が作り上げた十二品全てを「売り物にならない」と断じ、買取を拒否したのだという。
「それで、今まで造り続けていたのか?」
「そうだ。それから三〇年近く造り続けている」
「その間、人間を食ったことは?」
「この辺りは貴族や商人がよく通る。それを狙う山賊や盗賊には事欠かなくてね」
魔族の少年はフリーレンには目もくれず、釜に薪をくべ始めた。
4.
「俺の作品が認められたのは、最初の作品を造ってから、一年と二ヶ月後のことだった」
翌る日、フリーレンが
フリーレンへの語りかけも、どちらかと言えば独り言のようである。
涼しい顔のまま、しかし、視線は手元に集中している。竿に巻きつけたガラスの大玉を、釜の火で炙り溶かし、それを竿を動かして大まかな形を造っていく。
フリーレンは、工程に魔力を感じなかった。つまり、製法において魔法の類を使っていない。
これは、純粋な技術だ。
「何が変わったのか、俺にはさっぱりわからない。だが、商人のオヤジは顔色を変えて俺と商売を再開した。信じられるか? 魔族の俺が、ただ書かれた通りにモノを造れるまでに、十四ヶ月もかかったんだ」
製法を変えた覚えはない。
理論も変えた覚えはない。
工程も変えていない。
何ひとつ変えずにそのままだったハズだ。
しかし──何かが違ったのだ。
十四ヶ月後に出来上がったそれからは、今までのそれと比べて、何か、言語化できない美しさが浮かび上がっていた。
「そういえば、魔王様はどんな最期を迎えたのだ、フリーレン」
「……知っていたのか、私のこと」
「いや、おまえがフリーレンだとは知らなかった。昨日様子を見にきたオヤジに教えてもらったんだよ。勇者ヒンメルのパーティに属し、魔王様を打ち倒したエルフの魔法使い。流石の俺でも名前ぐらいは知っていたよ」
「魔王軍の残党なのか、おまえは」
「俺は軍に属してはいない、いかんせん弱すぎてね……だが、魔王軍には何人か尊敬する知人がいることはいた。例えば……クヴァールやマハトはおまえも知っているだろう? 美しい魔法を使う、魔族の中でもいと強きものたちだ。同胞として、俺は今なお彼らへの尊敬の念が止まないよ」
「…………」
「沈黙は是とするぞ、フリーレン……いや、かの勇者ヒンメルのパーティだ。七崩賢や賢老とは殺し合った仲かな?」
「答える義理はない」
「それもそうだ。だが、魔王様はどうだった? あの方も、最期はやはり『お母さん』と命乞いをしたか?」
「………………」
「あの方は、
「…………」
「魔族と人間の共存は不可能だ。だが、だからこそそれを認め、その上で個々に距離をおいて生きていればよかったものを……」
「それは無理な話だ。魔王が相互理解のために、どれだけの人類の生存圏を脅かして、殺したと思っている」
「それだ、フリーレン。あの方は魔族にしては思慮深く真面目だった。犠牲にしたもののためにも、晩年はもう止まれなかったのだろう」
「……自分は、うまくやれてるといいたいの?」
「……さあな。ただ、俺はいつか、誰かに殺されることは理解していたつもりだ」
5.
「この作業には数ミリの狂いも許されない。完璧という言葉が虚無的なことは理解しているが……ことこの仕事においては、完璧は前提でなければならなかった」
「…………」
「仮に、左右に一ミリずつズレがあったとしよう。片方だけならば、あるいは気に留める必要はないかもしれない。しかし、左右に一ミリずつということは、トータルで二ミリ以上ズレることになる。途端に、作品の対称性は彼方へ消え……目に見える造形に歪みは現れ、あとには不恰好さだけが残る」
「…………」
「このロジカルさは、魔法の探究に似ていると思わないか? フリーレン」
「……さあ。私は完璧な魔法というものは、見たことがないからね」
「そんなものは存在しない」
「言い切るのか、魔法学の根底を覆す意見だ」
「如何にも。イメージの緻密さが完成度に直結するのが魔法の常とはいえ……何においても完全完璧な魔法などありはしないだろう」
「魔族のおまえが、それを言うのか」
「七崩賢クラスの魔族でさえ、魔法の極みに限りなく近いが、故に魔法の真理には最も遠い生き物だ。『人間』という生命体に対するイメージが、いつまで経っても完結しないからだ」
「…………」
「魔族が本当に魔法の深淵に足を踏み入れし超越者なら、その頂点にあった魔王は勇者ヒンメルに負けはしなかっただろう」
「……………………」
「南の勇者が如何に強かろうと、全知のシュラハトは相撃つことはなかっただろう」
「負けたから、真理に辿り着いていないって言いたいの?」
「そうだ。如何にも魔族らしい考えだろう?」
「…………」
「それを要点にこの仕事を考えるならば、この仕事をいっぱしに仕上げる十四ヶ月の間、俺はあの人間の技師に負け続けていたのだよ」
「…………」
「いや、今を持って、勝ったとは言えないだろう。あの人間は俺が食い殺したのだからな」
「口ばかりの後悔はよせ」
「本心からだ。おまえには戯言に聞こえるのだろうがね。しかし、俺の作品とあの技師の作品を比べることは、すでに不可能なのだから、俺があの人間に勝つ機会は失われているのは事実なのだ」
「おまえが自分で殺したんだろ」
「そうだ。だから、殺さなければ良かったと、心から思っているよ」
「…………」
6.
「完成だ。これまでにないほど完璧にできたよ」
「結局、仕上げは魔法を使っていたじゃないか」
「そうだとも。これが俺の魔法だ。『
「…………」
「さて、俺はこれからこいつらを納品しに行くが……ついてくるか? フリーレン」
7.
「おお、これはこれは、相変わらず見事なアンティークですな。はあ……美しい」
「当然だ……今日はカネはいい」
「はて、どうかされましたかな?」
「ああ、今日で店じまいにするんだ。これが最後の納品になる」
「なんと──」
「…………」
「あのエルフは……そうですか、そう言うことですか……」
「そういうことなんだ。悪かったな、突然で」
「いえいえ。私どもも、いつか、こういう日が来ることは、わかっておりましたから……」
「
「……残念ですなあ。あなたの作品は、お客様方に、とても愛されていたのに……」
「なに、これも宿命だ。世話になったな」
「いいえ、我々もです……ありがとうございました」
8.
フリーレンと魔族は対峙した。
フリーレンは杖の先に魔力を集めている。
どんな魔法でも、いつでも放てる状態だった。
対して、魔族は何の構えも見せていない。
「フリーレン」
言った。
フリーレンは答えない。
表情ひとつ変えなかった。
魔族は構わず続けた。
「どうせなら、『
フリーレンは答えない。
ただ、杖先の魔力が引き絞られていった。
洗練された魔力の集積。
『
「……何を待っているのか知らんが、俺は命乞いはしないぞ」
「知ってるよ」
「……ふむ、思っていたより、フリーレン、おまえは慈悲深い性格なのか?」
「違うよ、おまえはどうあっても殺す。ただ、ここまで自分の命に執着しない魔族が珍しいだけだ」
「それはそうだ。俺が最も尊敬する同胞はシュラハトだからな」
「…………」
「だがフリーレンよ。真偽は問わぬが三日待ってくれたことには感謝している。おかげで俺は納得できた。おまけに、人間が最も人間を殺している魔法たる『
「…………」
「こういう場合──最後の願いを叶えてくれたものに対して、何と言えばいいのだろうな」
「…………」
「ふむ、しかし……死の間際になると、色々と疑念が湧くな。俺は勝手に喋っているから、いつでも撃ってくれていいぞ」
あのオヤジ。
実は、俺が先代の技師を食い殺したと知っていたんじゃないだろうか?
俺が弟子ではなく下手人であり、人喰いの魔族であることも承知の上で取引をしていたんじゃないだろうか?
最後に「ありがとう」と言っていたが、実は、俺と手を切れてせいせいしているんじゃないだろうか?
しかし、俺には不思議と、あの言葉が意味を持っているように思えている。
あのオヤジは俺を恐れていたのか。
それとも俺を恐れていなかったのか。
人類にありがちな──魔族への誤解をしていたのか?
「…………」
「どうしたフリーレン? なぜ殺さない」
「ひとつ、言っておこうと思ってね」
「なんだ?」
「ああ、安心しろ。おまえは変わり者だと思っていたけど──やっぱり、よくいる
「そうか……それはそれで、安心でき───……」
魔族の言葉は途切れた。
フリーレンの収束型『
チリとなる己を、魔族は認識する
だから、最後に己が浮かべていた表情が、微笑みであったことは知る由もなかった。
フリーレンはチリが空に溶け、魔族が消えてなくなるまでを見届けると、冷淡に踵を返してその場を後にした。
9.
「フリーレン様? どうしました?」
フェルンの問いに、うん、とフリーレンは頷いた。
露店のオヤジがそれを見て、ふむふむと笑っている。
「おまえさん、それに目をつけるとは良い目をしている。そいつは嘘か誠か魔族が造ったモノでね。市場に出回ることが滅多にない逸品だよ」
「魔族が造った? これを?」
「そうだよあんちゃん。まだワシが若かりし頃、ワシのオヤジが所属していた商工会に品物を出してくる奇特な魔族がいたらしいのよ」
「なんか、呪われそうだな」
「いいえ、シュタルク様。見たところ……これには魔法は掛けられていません」
「じゃあ純粋に魔族の工業技術の産物ってこと?」
「ううん、違うよ」
シュタルクの疑問に、フリーレンは答えた。
どういうこと? とさらに疑問を重ねるシュタルクを無視して、フリーレンは花瓶を元の場所に置き、立ち上がった。
「これは、立派な
「なんだ、やっぱりニセモンなんじゃないか」
「ええ!? お嬢ちゃん、それほんとうなのかい!?」
フリーレンは口角を、ほんのわずかに吊り上げた。
言葉にはしなかったが、その意図をどう受け取ったのか、露店のオヤジは頭を抱えてうむむとうねり出した。
「フリーレン様?」
フェルンが言った。
「なに?」
フリーレンが言った。
「嬉しいことでもありました?」
フリーレンは黙っていた。
顔を一旦俯かせて、目を細めて、それから顔を上げると、もういつものフリーレンであった。
「別に」
とフリーレンは言った。
「さあ、宿探しの続きだよ。なるべく寒くなくて、ご飯が美味しいところを探そう」
歩き出したフリーレンに、フェルンと、慌ててシュタルクが続いた。
フェルンには、やはりフリーレンが喜んでいるように思えた。
フリーレンの足取りは、心なしか軽くなっているように見えたからだった。
<<完>>