駿!!ウマ娘塾   作:UMA大佐

2 / 2
ネタが思いついたので第二話投稿です。


第二話「塾長恐怖の思いつき!?貴様ら明日からダイエット食だ」

「塾長、荷物が届いていますよ」

 

「待望!ついに届いたか!」

 

昼下がりのウマ娘塾。

昼食を終えた一号生達が校庭で自らのトレーナーと共にトレーニングに励んでいる姿が見える中、秋川やよいは歓喜の声を挙げた。

待ち望んでいた逸品が、遂に手に入ったのだ。

 

「いったい何を注文されたんですか?内容物は『食品』となってますけど……」

 

「まぁ待て、今に分かる……おお!」

 

段ボール箱からそれを取り出したやよいは、秘書である駿川たづなの疑問をするーしつつ歓喜の声を挙げる。

掲げられたやよいの手には、一本のニンジンが握られていた。

 

「刮目!これこそが『拝精巧(はいせいこう)農場』で作られる一本で十万マニーは下らない高級ニンジン、その名も『ウマぴょいC』である!」

 

「一本十万!?」

 

なるほど、それならばこの喜びようも納得である。

ウマ娘の中に嫌いな者はいないとされるニンジンだが、やよいもウマ娘達に負けず劣らずニンジンが好きなのだ。そのニンジン愛たるや、収穫したニンジンに直接かぶりつく程である。

しかし、たづなには一点、見逃せない部分があった。

 

「あの、塾長……そのニンジンを買うお金は、何処から?」

 

中央トレセン学園時代ならいざ知らず、ウマ娘塾は新進気鋭の小規模校。

生徒達もきちんと定められた学費を払っているものの、それでもURAがバックに付いている中央と比べ、『食堂でのお代わり無料』などのサービスを手放さなければならない程度にはカツカツなのだ。

ウマ娘達のことを第一に考える性格のやよいであれば、そのニンジンを買うのに使った十万マニーを学校運営に回すとたづなは思っていた。

 

「……」

 

気まずそうに目を逸らすやよい。それを見て大体の事情を察したたづなは溜息を吐いた。

 

「塾長、分かっているんですか?ウマ娘塾の運営は大体いつも火の車、ギリギリなんです。たまに三号(シニア)生の皆さんが遠征での賞金を納めてくれることもあってやっていけてますが、それ含めてギリギリなんです」

 

「……分かっている」

 

「本当ですか?それに加えて先日の『驀進行軍』、あれの賠償費でどれだけウマ娘塾の予算が削られたかはご存じですよね?秋川家の財産にだって限りは」

 

「───閉口!私がウマ娘塾塾長、秋川やよいである!」

 

言い募るたづなに、ついにやよいは座っている椅子を回転させてたづなに背を向けてしまう。

経営者としてあるまじき姿ではあるが、たづなには強く責める気は無かった。

どれだけ能力と資産があっても、生徒達の中に混じっても違和感が無いほど彼女は年若い。

そんな少女が、茨の道と知ってなおも『ウマ娘達の自由』を守る為に懸命に働いているのだ。偶の贅沢と言うには多少値は張るが、見逃してもいいかもしれない。

 

「はぁ……分かりました。今回だけですからね」

 

「……!感謝!やはり持つべき者は頼れる秘書である!」

 

一転して満面の笑みで振り向くその姿からは、やはり彼女も一人の少女なのだということを再確認させられる。

 

『……げろ!ゴ…ルドシッ…の乱射…たロケ…ト花火が……!』

 

『何や…てん…あのキチ…イはーーーっ!?』

 

外が何やら騒がしいが、まあウマ娘塾に通うウマ娘達には癖の強い者が多い。

今回もどうせその誰かが騒動を起こしただけだろうし、その内丸く収まるだろう。そう判断し、やよいは口を開いてニンジンにかぶりつこうとする。

 

「塾長、せめてカットした方が……」

 

「ニンジンはこうやって、かぶりつくのが最高なのである!」

 

『ああ…あああっ、花…が塾長室…方に!』

 

「それでは、いただきま───」

 

次の瞬間、理事長室の窓が割れて何かが高速で飛び込んできた。

やよいが瞬きをする刹那の間にたづなは行動、やよいを理事長用の机の陰に引っ張る。

 

パーンっ!!!

 

飛び込んできた何かは部屋の中で弾け、つんざくような音と刺激の強い閃光をまき散らす。

何が起きているのか分からないやよいだったが、音と光が止んで間もなく、あることに気付く。

手元にあった筈の、高級ニンジンが、無い。

 

「っ、ニンジンは!?」

 

慌てて机の陰から身を出すと、そこには。

───黒焦げとなったニンジンが、転がっていた。真っ黒焦げである。プスプスと音を立てている。

「そもそも打ち上げ花火の火力でニンジンがそこまで焦げるだろうか」とか「そんな火力だったら今頃は理事長室吹き飛んでるわ」とか色々と言葉は出るが、とにかく、見るも無惨なニンジンが転がっていたのである。

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………わ」

 

「じゅ、塾長……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がウマ娘塾塾長、秋川やよいであるっ!!!!!!!」

 

体育館に響き渡るやよいの声に、ウマ娘塾一号(ジュニア)生達は思わず耳を押さえた。

ゴールドシップの起こした一波乱がなんとか片付いたと思った直後に発せられた招集命令だが、生徒達のほとんどはその理由を察することが出来ずにいた。

 

「なんであたし達も呼び出されるんだろう……さっきの騒動はきっちりゴルシがトレーナーさんにお仕置きされてたじゃん?」

 

「凄かったよね、なんか刀から波動っぽいの出してたし。てかあれ何だったんだろう」

 

「噂だと中国のスゴイお寺で修行したらしいけど……」

 

生徒達の中からヒソヒソ声が聞こえてくるのに構わず、若干涙目のやよいが口を開いた。

 

「今回、諸君らを呼びつけたのは他でもない……諸君、最近少し弛んでいるのではないか!?束縛的な中央から自由を重んじるこのウマ娘塾に移籍してきたことで、校内には弛緩した雰囲気が漂っている!」

 

それはそうかも、と共感するウマ娘達は一定以上いた。

『管理教育プログラム』の影響で締め付けの強くなった中央トレセン学園と違い、この場所では規律と呼べるような規律は少ない。

勿論、『先輩後輩の関係をきちんと遵守する』とか基本的な物こそあるが、それでも格段に自由度が高いと言えるだろう。

 

「私達がこのウマ娘塾を開校したのは他でもない、自由な校風でこそ花開く諸君の開花と成功を願ってのものである!それがこの有様では本末転倒!よって今日から一ヶ月、規律強化月間とする!まず手始めに───」

 

次にやよいが放った言葉は、この場にいる全ての生徒を震撼させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───食堂のメニューを、全てダイエット食とする!勿論お代わりは禁止、自腹での購入も不可能である!」

 

『な、なんだってー!?』

 

塾長の気が狂ったとしか思えない言葉を聞き、生徒達の間を非情に動揺したざわめきが伝播していった。

 

「これから一ヶ月ダイエット食!?それってあれじゃん、ブロッコリーとささみの低カロリーセット!」

 

「し、しかもお代わり不可能!?」

 

「見ろ!お、オグリキャップがどう見てもプリティーじゃない(シングレ)顔で殺気を放ち始めた!」

 

「ライスシャワーも、どこぞの魚河岸三代目みたいな顔で勝負服に付いてる短剣を構えたぞー!」

 

あと数秒もすれば暴徒と化した一部の生徒による暴走が始まるかもしれない、という雰囲気の中でやよいは不敵に笑う。

こうなるだろうことは予測済みだったからであり、それに対する手も考えているからである。

 

「静粛!勿論、これほど強硬的かつ急速な規律強化は諸君の反発を招くだろうことは理解している!そこで、折衷策を用意した!」

 

やよいの声を聞き、ひとまずはざわめきを止める生徒達。

満足そうに頷いた理事長が開いた扇子には、『試練』と書かれていた。

 

「この規律強化のきっかけは、諸君がウマ娘塾の中で堕落しかねないと判断してのもの!よって、諸君が堕落することなく成長しているということが確認出来れば撤回しよう!」

 

「───分かった。北原、今すぐに適当な重賞レースへの出走登録をしてくれ」

 

「オグリちゃん、ステイステイ」

 

普段とは裏腹に機敏にスマホを操作してトレーナーに連絡を取ろうとするオグリキャップを、彼女の専属サポーターとしてウマ娘塾に転校してきたベルノライトが止める姿を尻目に、やよいは言葉を続ける。

 

「生半可な目標では諸君は簡単にこなしてしまうだろう!よってここに、ウマ娘塾名物『帽盗励朱(ぼうとれいす)』の実施を宣言する!」

 

『ぼ、帽盗励朱!?』

 

 

 

 

 

○帽盗励朱

古くは古代中国、その時代の最高峰の実力を持ったウマ娘達が集まったと言われる駿林寺で行なわれたと言われている。

駿林寺のミンメイ師なるウマ娘が弟子達に「昼夜を問わず、自分の被っている帽子を見事に奪い取ってみせよ」と宣った。

弟子達はミンメイの言葉通り昼夜を、そして手段を問わずミンメイ師に挑んだが、誰一人としてこれに成功した者はいないという。

なお、この帽盗励朱が民間に波及し、それが船乗り達の中で形を変えていったのが現代の競艇、つまりボートレースの始まりというのは想像に難くない。

───民明書房刊『スーパー世界鬼ごっこ大全30』より

 

 

 

 

 

「その『帽盗励朱』をこなせばいいんだな?」

 

「平静!そう急かすなオグリキャップ君!……諸君はこの『帽盗励朱』を、明日の正午までにこなしてみせよ!さすれば、一ヶ月の規律強化月間の実施は中止しよう!」

 

生徒達に扇子を突きつけるやよい。しかし、ライスシャワーは疑問をぶつける。

 

「あ、あの、塾長……とは言っても、いったい誰の帽子を取れば、いいんですか……?」

 

「うむ!ここはやはり、ウマ娘塾塾長であるこの私!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───の、秘書である駿川たづなの帽子を奪い取ってみせよ!それで『帽盗励朱』成功とみなす!」

 

『なにぃ!?』

 

再び生徒達を動揺が覆っていく。ついでにたづなも動揺していた。

やよいは、たづなに相談せずにこれを決定したらしかった。

 

「じゅ、塾長?私、そんなこと聞いてないんですけど……」

 

「うむ、今決めたからな!なんだ、不満か?」

 

「不満といいますか……せめて相談はしてほしかったといいますか。監督生の誰かではダメだったんですか?私にも仕事があるんですけど」

 

「君が適任と判断した!……それともたづな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビビっているのか?」

 

は?

 

生徒達は体育館の中の温度が急激に低下したと錯覚した。それほど、たづなから放たれたプレッシャーが強大だったのである。

プレッシャーを受け止めながらも、やよいは小馬鹿にしたような態度でたづなを煽っていく。

 

「いやー、それはすまなかった!そうだな、流石に昼夜を問わず襲われるとなれば、いくらたづなでも無理があったものなー!いやすまない、この話は君の言うとおり、監督生の誰かに───」

 

「私がやります。やらせてください」

 

「うむ、それなら頼むぞ!」

 

クルり、とたづなが生徒達の方を向く。

瞬間、生徒達の間を戦慄が走った。

 

『(うっ!たづなさんの目……養豚場の豚でも見るかのように冷たい目だ。残酷な目だ……「可哀想だけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね」って感じの!)』

 

「さて、皆さん……」

 

誰かに命じられたわけでもないのに、生徒達はピシッと姿勢を正した。

それだけの威圧感が、たづなから発せられていた。

 

「───明日からのダイエット食生活、頑張ってくださいね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、ここはウマ娘塾一号生の教室。

本来はトレーナーの指示の元トレーニングが行なわれてる筈の時間だったが、明日の正午までに『帽盗励朱』を達成するための作戦会議のため、多くのウマ娘達がこの場に集っていた。

 

「ここに、第一回『帽盗励朱』攻略作戦会議を開催するわ!司会はこの私、キングヘイローが務めるわよ!」

 

「しょ、書記はライスがやるよ……!」

 

机を動かして会議室さながらの状態を作り出すあたり、キングヘイローは形から入るタイプらしかった。

ちなみに本来司会を務めるべきウマ娘、一号生筆頭のゴールドシップの姿は無かったが、彼女の所在が分からないのはいつもの事なので誰も気にしていなかった。

早速、手を挙げるウマ娘がいる。

 

「ベルノライトさん、どうぞ」

 

「作戦っていうか、普通に帽子取りに行けばいいんじゃないかな?たづなさんって結局のところ普通の人間なんだし」

 

「───それはオススメ出来ないな、ベルノライト」

 

普通の人間がウマ娘に勝てるワケがない。ベルノライトのもっともな意見に一号生達が頷きかけた瞬間、教室に一人のウマ娘が入室する。

 

「あー、マーチちゃんだ!どこ行ってたのー?」

 

「ちょっと、保健室にな」

 

彼女はフジマサマーチ。オグリキャップやベルノライトが中央トレセン学園に移籍する前に在籍していたカサマツトレセン学園に所属していたウマ娘だ。

彼女は別に『管理教育プログラム』によって追放されたというわけではないが、「中央から移籍したウマ娘達が一定数通うこのウマ娘塾なら、地方レベルの自分でも成長が見込めるかもしれない」と自らウマ娘塾に移籍してきたのである。

ちなみに彼女のトレーナーである柴崎トレーナーも、「元中央のウマ娘やトレーナーによる指導が近くで見られるチャンス」として移籍してきている。

オグリキャップ達と仲が良いが、何故か妙にハルウララとも仲が良い彼女が保健室に行ったと聞き、ハルウララは心配そうにする。*1

 

「保健室って、なにか怪我でもしちゃったの?」

 

「いや、私じゃなくてオグリキャップがな……」

 

「オグリちゃんがどうかしたんですか!?」

 

フジマサマーチの言葉に、ベルノライトが声を挙げる。

彼女はオグリキャップの専属サポーター。オグリキャップの身に何かが起きたとあれば平静を保つことは不可能であった。

しかし、フジマサマーチが発した言葉はベルノライトのみならず、教室全体を震撼させる。

 

「たづなさんに……返り討ちにあった」

 

『なにぃ!?』

 

信じられない、と言わんばかりに顔をつきあわせる一号生達。

()()オグリキャップが?普段は爆食モンスターだの言われているが、『芦毛の怪物』と恐れられる彼女が撃退された?

教室内のざわめきをキングヘイローは手で制し、フジマサマーチに続きを促す。

 

「マーチさん、詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」

 

「あぁ。あれは塾長による緊急招集の直後だった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当に行くのか、オグリキャップ?』

 

『止めるなマーチ。私は激怒した。必ずかの邪知暴虐の悪令を除かなければならぬと決心したんだ』

 

『お前はどこのメロスだ』

 

やんわりと制止するフジマサマーチと、早々に襲撃を掛けようとするオグリキャップ。二人は校舎内の通路でたづなを待ち伏せていた。

たづなは普段通りの行動を取る、ならば体育館と塾長室の間の通路を通ることは確定している。

オグリキャップの選んだ手段は、小細工無しの正面突破。実力を以てたづなから帽子を奪い取ろうとしていたのである。

 

『そう易々と帽子を取らせてくれるとは思えない。ここはいったん落ち着いて皆と一緒に』

 

『大丈夫だマーチ。ご覧の通り、私は冷静かつ落ち着いている。普段より理知的とすら言えるだろう』

 

『いやどう見ても涎を垂らす飢えた獣だが』

 

『心配ない、冷静に、落ち着いて、速やかにウォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

たづなさん覚悟ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

『冷静さと落ち着きは何処へいった!?』

 

廊下の曲がり角からたづなの緑の服が見えた瞬間、オグリキャップは突撃していった。

その気概をいつものレースで出して欲しいとトレーナーが見たら言うであろう勢いで急速にたづなに迫ったオグリキャップはたづなの帽子に手を伸ばし───。

 

『余りにも……迂闊』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか一瞬でオグリキャップの背後を取り、十では効かない回数の張り扇を後頭部に叩き込むとは……外傷なんてものは無いがオグリキャップは気絶、私はそれを保健室まで運んできた、というわけだ」

 

色々とあり得ない事態にキングヘイロー達は頭を押さえた。

オグリキャップは間違い無く一号生の中ではトップクラスの実力者。それが正面から撃退されたとなると、同じように襲撃を仕掛けたところで結果は見えている。

そうなると頭を使う必要があったが、良い考えとは簡単に思いつくものではなかった。

ウンウンと皆が頭をひねらせる中、不敵な笑いが教室内に響く。

 

「ふっふっふ……皆へなちょこなのだ!こんなの簡単なのだ!」

 

自信満々に笑う彼女はシンコウウインディ。

言うに及ばず、噛みつき癖を代表とする気性難を理由としてウマ娘塾に移籍してきた彼女には何かしら必勝の策があるらしかった。

 

「ウインディさん、何か策があるの?」

 

「勿論、とっておきがあるのだ!今からたづなの帽子を取ってくる!オグリの追っかけ三人組、手伝うのだ!」

 

「マーチの追っかけでもあるんですけど!?」

 

「そういう問題じゃないと思うぜミニーザ」

 

「てかなんであーし達が手伝わなきゃなんないわけ?」

 

シンコウウインディの呼びつけられた三人組、ノルンエース、ルディレモーノ、ミニーザレディもまた、フジマサマーチと同じくカサマツ出身のウマ娘である。

彼女達の場合は単純に「オグリキャップやフジマサマーチ達と同じ学校に通える!」と考えて移籍したのだが、今回のように突発的なイベントに遭遇する度に少し後悔するようになっていた。

口では嫌がっている素振りを見せるが、意外にも大人しくシンコウウインディを手伝う素振りを見せる。

彼女達の友人であるオグリキャップが、普段どれだけの食事を摂取するか、彼女達はよく知っている。もしも食事制限などされてしまえば、自分達はともかくオグリキャップには死活問題となる。

何より、友人が苦しむ姿など見たくはない。

 

「ふっふっふ……一時間後にはここに、たづなの帽子を持ってきてみせるのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、()()()()()ってこれのこと?」

 

「完璧な落とし穴なのだ!褒めてやるのだ!」

 

教室を出て30分が経過したころ、ノルンエース達は早くも後悔し始めていた。

やけに自信満々だからよほど自信があるのかと思えば、まさかまさかの落とし穴。ウマ娘のパワーを以てすれば30分ほどで人が一人すっぽりと嵌まるだけの穴を掘ることは造作もないが、これでたづなが引っかかると三人には思えなかった。

 

「まあ聞け。たづなは普段この時間、校舎裏のニンジン畑の様子を見に来るのだ。その時、必ずここを通って畑に向かっている。ならばここに落とし穴を仕掛けてやれば、引っかかるのだ!あとは引っかかったところで、帽子をかすめ取ってやればいいのだ!」

 

「よく知ってんな、そんなこと」

 

「いつも落とし穴を作る練習をしてるから分かる───っ!隠れるのだ、たづなが来たのだ!」

 

シンコウウィンディに連れられて、偽装した落とし穴から死角になる物陰に隠れる四人。

たしかに、誰か人影が近づいてくるのが分かる。

 

「おいおいおい、マジか……?」

 

「意外と上手くいきそうじゃん……」

 

「てか上手くいってくれないと苦労が水の泡……」

 

「見たか、やはり落とし穴が一番なのだ。参考にした本にも載っているのだ」

 

ヒソヒソと話す四人は、落とし穴に標的が嵌まるその時をじっと待った。

そして。

 

 

 

 

 

どさぁっ!

 

「うわっ!?」

 

「引っかかったのだ!者ども、掛かれー!」

 

悲鳴が鳴り響くのを確認すると同時に、四人はかけ出す。

まさかこんなチープな罠に引っかかるとは予想外だったが、ともかくこれでダイエット食生活は免れられそうだと一息をつくノルンエース達。

その安堵故に彼女達は気付いていない。一度近づいた影がUターンし、また別の影が近づいていたことも。

そして、悲鳴の主が()()()()()()()()()()()、ということも。

 

「あーっはっはっは!やったのだ、これでウインディちゃんの勝ちなのだ!さぁたづな、観念して帽子、を……?」

 

「……やってくれるねぇ、ウインディ」

 

穴の底にいたのは、たづなではなく。

───夕食の準備のために、作物を収穫しようと畑に向かっていたヒシアマゾン。

ウマ娘塾に移籍してきてから色々と不自由な塾経営の助けにならんと寮の夕食作りなどを手伝っている彼女の制服は、落とし穴に引っかかったことによって土埃が大量に付着していた。

 

「な、なんでヒシアマがここにいるのだ!」

 

「夕食作りの手伝いだよ。……それよりウインディ。あたしは言ったよな、こんな場所に落とし穴を作るのはやめろ、ってさぁ……」

 

「あわわわわわわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウインディィィィィィィィィィィィィィィっっっ!!!」

 

「ご、ごめんなさいなのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ出すシンコウウィンディと、追うヒシアマゾン。

後には呆然とする三人と、シンコウウィンディが参考にしたという本が残されていた。

何の気なしに、ノルンエースは本を拾い上げる。その本の表紙には『北斗の拳 イチゴ味』と書かれていた。

 

「せめて『魁!!男塾』にしなよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に戻ってきた三人から話を聞いた一号生達は、それはそれは深く溜息を吐いた。

なんとなくそうなるだろうな、という悪い予想が当たってしまった。オグリキャップの敗北といい、雲行きは良くない。

 

「そういえば、ベルノの奴はどこいったわけ?」

 

「彼女は彼女で何か策があったみたいで、貴方達が部屋を出た後に一人でどこかにいっちゃったわ」

 

「……今戻りました」

 

ドアが開いて、ベルノライトが教室の中に入ってくる。

その額には、まるで落ち武者のように吸盤付きの矢がくっついていた。

 

「えっと……どしたのそれ」

 

「近づいてダメなら遠くから、ってことでトレーナーさんにも手伝ってもらって作った巻き上げ機能付きボウガンとワイヤー付き吸盤矢で帽子を取ろうとしたんだけど……」

 

「失敗した、と」

 

「後ろから撃ったのに、まさかこっちを見ずに二指真空把*2で投げ返してくるなんて予想出来ないよ~」

 

「ほんとにあの人なんなんだ……」

 

いよいよ以て、『帽盗励朱』の達成が困難に思えてきた一同。

しかし、またしても不敵に笑い、立ち上がる者達がいた。

 

「ふっふっふ……これだからネームド達は」

 

「ここはやはり、私達が手本を見せてやらなければね!」

 

「お、お前達はドカドカとジャラジャラ!『如何にも適当に名前決めました感漂うモブウマ娘ステークス』一番人気と二番人気の、ドカドカとジャラジャラじゃないか!」

 

「「そんなもんに登録した覚えは無い!」」

 

立ち上がった彼女達も、何かしらの策があるようだった。

 

「ともかく、30分くらい時間をもらえれば『帽盗励朱』を達成してみせるよ!いこう、ジャラジャラ!」

 

「うん、ドカドカ!これ以上『名前以外弄れないウマ娘』でいるのはごめんだ!」

 

「な、なんだか凄く嫌な予感がするよ……」

 

ライスシャワーの呟きを無視し、二人は教室から出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だ、ダメだよドカ子ちゃん、こんなところで」

 

「いいじゃないかジャラ子、こんなところ誰も来やしないよ」

 

「……おや?」

 

廊下を歩いていたたづなは、ふと足を止めた。

明らかに公序良俗に反しそうなやり取りがどこからか聞こえてきたからである。

ウマ娘塾塾長秘書として、見過ごすことは出来ない。声の主は、人が頭を突っ込めるくらいの穴が壁に空いた部屋の中にいるようだった。

老朽化した校舎を買い取ったため、この穴の空いた壁のように修繕が間に合っていない箇所もある。そういう場所は生徒の利用する機会が少ないために修繕を後回しにしているのだが、このように悪用されるとは。

 

「ふふふ……もうこんなに濡れているじゃないか」

 

「やだ、恥ずかしい……」

 

「……ふむ」

 

部屋の中で不埒な声を出していたのは、ドカドカとジャラジャラ。

当然、会話のような不健全な行為などは一切行なっておらず、穴を外から覗いただけでは見えない死角に身を潜めている二人。

 

「あぁん、だめぇ……ねぇジャラジャラ、これって本当に大丈夫なのかな。ちょっと不安になってきたんだけど

 

「ほら、私に委ねて。身も、心も……大丈夫よドカドカ、たづなさんだって教員の一人みたいなもの、必ず確認する筈よ

 

あろうことか彼女達は、『人の来ない一室で不健全な行為に耽る百合カップル』を演じることでたづなをおびき出し、帽子をかすめ取る計画を立てていたのだ。

ここに来て不安になったらしいドカドカは不安をこぼすが、ジャラジャラはニヤリと笑う。

 

「校舎内でこんな破廉恥なことをして、おあつらえ向きに確認出来る穴があるのよ?誰だって気になって穴に頭を突っ込んでしまうわ。それに……」

 

「それに?」

 

「───二次創作ガイドラインに違反しかねない描写を、たづなさんが許すワケがない!」

 

想像以上に馬鹿げた(メタい)根拠だったが、なるほど説得力はあった。

二人は穴の両脇に控えて、たづなが頭を出すその時をじっと待つ。ドカドカが頭を固定し、ジャラジャラが帽子を奪い取る。役割分担は完璧である。

 

「このニンジンを見てくれ、こいつをどう思う?」

 

「凄く、大きいです……」

 

演技を続けながらタイミングを見計らう二人。

そしてついに、その時が訪れる。

その人物は穴から頭を出し、顔を上げて口を開く。

 

「私がウマ娘塾塾長、秋川やよいである!」

 

「「な、なにぃっ!?」」

 

まさかの塾長の登場に、動揺を隠せない二人。

条件反射的にドカドカはやよいの頭を掴んでしまう。

 

「ぬっ!?ふ、不敬!あのような破廉恥な行為に加え、塾長の頭を鷲づかみにするなど!」

 

「えぁ、ちょっ、塾長?塾長なんで!?」

 

「落ち着いてドカドカ!まずは塾長の頭から手を離して態勢をたてなお───」

 

「それを私が許すとでも?」

 

室内に響くたづなの声。

思わずヒュッと息を飲んでしまう二人には、たづなが教室のドアを開けて入ってくる音が死刑宣告を告げる音のように聞こえた。

たづな(死神)が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「ガイドラインが改定されて二次創作界隈がピリピリしているこのご時世に、まさかこのような手段を取ってくるとは思っていませんでしたよ……」

 

「「あわ、あわわわわわわわわ……」」

 

震え上がり、抱きしめ合うドカドカとジャラジャラ。

彼女達に出来ることは、もう、ない。

 

「───覚悟は、出来ていますよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、この有様か……」

 

真っ白に燃え尽きて帰還した二人を見てフジマサマーチが漏らした言葉に、キングヘイローは頭を抱えた。

思った以上に同級生のIQが低かったというのもあるが、搦め手でも通用しないとなると本格敵に打つ手無しに思えた。

 

「仕方ないわね……今日は解散、明日の朝にまた作戦会議といきましょう」

 

キングヘイローの言葉に反対する者はいなかった。妙案を思いつけず、全員疲れ果てていたのである。

そんな中ライスシャワ-だけは何かを思いついたらしく、教室を出ると足早に()()()()に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のウマ娘塾。

たづなが自室のベッドで眠りに就いているところを、忍び寄る影が一つあった。

影は消しゴムを取り出すとそれを眠っているたづなに放った。ポトリとたづなの顔に消しゴムが命中するが、たづなは起きる素振りを見せない。

 

(……よし、これならいけそう)

 

たづなの部屋に忍び込んだ影の正体は、ライスシャワー。

ほっかむりを身につけて『泥棒さんモード』になった彼女は、たづなが眠りに就いている隙を狙ってきたのである。

ちなみにほっかむりはお兄様(トレーナー)に付けて貰った。

 

(たづなさんの好物のニンジンカップ麺……たづなさんが箱で買ってる姿を見たことが活かされるなんて)

 

ライスシャワーは昼間の作戦会議の後、たづなが普段使っている机の中を本人がいない間に物色。こっそりと睡眠導入剤をカップ麺の中に混入しておいたのだった。

その御陰もあって、たづなは熟睡状態。近づいても遠くからでも、罠を使ってもダメならそもそも意識の無い状態で仕掛ければいい。

眠りこけるたづなに忍び足で近づき、ライスシャワーはその頭に乗ったままの帽子に手を伸ばす。

 

(ごめんなさい、たづなさん。でも、でも……ライスも、ご飯は食べたいの!)

 

その時である。

 

「zzzzzzz……」

 

眠りに就いている筈のたづなが突如として起き上がり、そのまま立ち上がった。

その目は閉じられたままだったことから眠りに就いたままのようだが、もはや夢遊病とかそういうレベルを超えた挙動にライスシャワーは動揺を隠せない。

たづなはそのまま部屋の隅に向かうと、置いてあった刺叉を手に取り、ライスシャワーに向かって構えを取る。

 

「zzzzzz……」

 

「!?」

 

直後放たれる、凄まじい勢いの突きのラッシュ。

ライスシャワーは必死に避けるものの、遂には壁に追い詰められてしまう。

 

「zzzzzz……」

 

「ひっ!?」

 

刺叉はライスシャワーの首を捉えたまま壁に突き刺さり、ライスシャワーを壁に固定してしまう。

ライスシャワーが動けなくなったのを確認したかのように頷くとたづなはベッドに戻り、再び体を横にした。

勿論、一連の動作は眠ったまま行なわれている。

ライスシャワーはというと、恐怖で立ったまま気絶していた。

翌朝、目を覚ましたたづなが壁に突き刺さった刺叉と気絶したライスシャワーを見て仰天したのは言うに及ばない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おいオグリ……大丈夫か?」

 

「あぁ、マーチか……大丈夫だ、問題無い……」

 

「そんなカッサカサで言われても説得力無いぞ……」

 

翌日、教室に現れたオグリキャップは見るも無惨な有様だった。

『帽盗励朱』に失敗した者達は罰として昨夜の時点でダイエット食になっていたのだが、オグリキャップがそのような食事で満足出来るわけもない。

正確に言えばダイエット食だとしても彼女は美味しく食べるが、量が絶対的に不足していたのである。

その結果、オグリキャップはスルメのような変わり果てた状態に陥ったのだった。

 

「こんなんじゃ明日には餓死しちまうぞ……誰か、何か策は無いのか?」

 

「いや無理じゃんこんなの……夜中に襲撃したライスシャワーも返り討ちにあったみたいだし」

 

「チクショウ……なんであたし達こんな事やってるんだ」

 

「ウマ娘なんだからプリティーダービーさせろよ……」

 

「ていうか、たづなさんって実はウマ娘なんじゃ……」

 

教室内を諦めムードが覆っていく。

しかし、そんな中で声を張り上げる者が一人だけいた。キングヘイローである。

 

「諦めるにはまだ早いわよ、皆!」

 

「キング……」

 

「でも、あんな反則超人どうやって攻略すればいいんだ……」

 

「そうね、たしかにたづなさんは強敵よ。それは間違い無いわ。それでも私達は、『帽盗励朱』を成功させなければならないのよ!」

 

一生懸命に鼓舞するキングヘイローの声を聞き、少しずつ生徒達の中に活力が戻り始める。

何度敗れても、倒れても諦めず、けして下を向かずに高笑いをしてみせる彼女の姿は、正しく(キング)に相応しいものだった。

 

「でもっ、キング!これ以上どうしろっていうのさ!?」

 

「大丈夫よ、皆。───キングに良い考えがあるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……今日も言い天気ですね」

 

刺叉で固定されたライスシャワーを救出し、簡単に説教をした後にたづなは花壇の手入れを行なっていた。

彼女の担当する作業では無かったが、ウマ娘塾は常に人手不足。何か不備があったら見つけた者ができる限り対応することを心がけるようになっている。

生徒達の生活は、このような細やかな気配りによって支えられているのである。

 

「さて、期限である正午まであと一時間ほど……このまま大人しく敗北を受け入れるとは思えませんが」

 

たづなは呟きながら、周囲の気配を探った。

───いる。間違い無く。複数のウマ娘が、こちらに視線を向けている。虎視眈々と機会を狙っている。

このような感覚は久しぶりだった。常に誰かにマークされ、ピリピリとしたこの空気。

 

「あぁ……いけませんね」

 

もっとも、今の自分はただの駿川たづな。ウマ娘塾の塾長秘書でしかない。それ以上でも以下でもない。

下手に()()()()()というわけにもいかない。

 

「それもあと一時間ですか……少々ざんね───」

 

「今よ!」

 

突如として響き渡るキングヘイローの声。それに合わせて、四方八方からたづな目がけて網が投げかけられた。

しゃがんだ姿勢で花壇を整備していたたづなが立ち上がるために力を込め、もっとも体のバランスが崩れたタイミングでの奇襲には流石にたづなも対応仕切れず、網を被る。

 

「総員、突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』

 

網の囚われたたづな目がけて一号生達が向かっていく。

これがキングヘイローの作戦、その名も「たづなさん、皆で挑めば怖くない作戦」である。

壊滅的なネーミングだが、それ故に内容は非情にわかりやすくてシンプルだった。

古来より戦争における最高の戦術は『数を揃えてぶん殴る』一択。昨日この作戦を実行しなかったのは、たづなの動きを止める網の手配に時間が掛かったためである。

なお、網の調達はキングヘイローのトレーナーが行なった。

 

「くっ……」

 

「たづなさんは網に囚われて動けずいるぞー!帽子を奪い取れー!」

 

次々とたづな目がけてウマ娘達が飛びかかっていき、やがてその姿が生徒に覆われて見えなくなる。

作戦の成功を確信したキングヘイローは高らかに笑う。

 

「おーっほっほっほっほ!これが一流の作戦というものよー!」

 

「なんだかわかんないけど、すごいねキングちゃん!」

 

あとは、動けないたづなから帽子をかすめ取るだけだ。

そして、遂に待ちに待った報告が上がる。

 

「やった、帽子を取ったぞー!」

 

『おお!』

 

ついにやった。一号生の猛者達が次々と敗れていった難題を遂に攻略したのだ!

これにはキングヘイローも、思わず諸手を挙げて無邪気に喜びだす。

 

「これで、これで私達の食の自由は守られたわー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分、嬉しそうですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、キングヘイローの後ろから声が掛けられる。

その声が聞こえる筈はなかった。なぜなら、その声の主はあのウマ娘達の山に埋もれているのだから。

しかし、キングヘイローの理性は冷静に、それが幻聴でないことを知らせていた。こちらを見る一号生達は、誰もがキングヘイローの後ろを見て口をパクパクとさせている。

ギギギ、と音がしそうな動きで、キングヘイローは振り向いた。

 

「───惜しかったですね」

 

「嘘でしょ-----っ!?」

 

そこにいたのは、紛れもなく駿川たづなであった。

急いで山を作っていた一号生達が退くと、その中に埋もれていたのはたづなではなく、()()()()()()()の書かれた丸太だけ。

しかも取ったと思った帽子は、緑色以外たづなの帽子に似ても似つかない作業用の帽子。

 

「どうやって抜け出したのよ!?」

 

「変わり身の術です♪」

 

「いくらギャグ小説でもやっていいことと悪いことがあるわよー!」

 

キングヘイローが悲鳴を挙げるが、現実は変わらない。

数的有利の力押しでも、たづなの帽子には手が届かなかったのだ。

 

「……もういいわよ。ダイエット食でもなんでも好きにしなさい!」

 

自棄になったように、いや、実際に自棄になって地団駄を踏むキングヘイロー。

不屈の王が、ついに諦めた瞬間であった。

しかし、たづなはキングヘイローに近づき。

 

ぱぁんっ!

 

───頭に張り扇を振った。

 

「……え?」

 

「それでも、貴方はキングヘイローですか」

 

呆然とするキングヘイローに向かって、たづなはなおも言い募る。

 

「それでも、一流のウマ娘なのかと聞いています。まだ時間はあるのに、目の前に目標があるというのに、何故貴方は向かってこないんですか?」

 

「ぁ……」

 

「───立ち上がりなさい、キングヘイロー!貴方にはまだ、走れる足があるでしょう!」

 

キングヘイローを叱咤するその姿は、この場にいるウマ娘達が見たことのない駿川たづなの姿だった。

教員と生徒というよりも、先輩と後輩に近いようなその姿。

そして、その叱咤は不屈の王の魂に再び火を灯した。

 

「───そうよ、私はキングヘイロー!けして諦めない、不屈の一流ウマ娘よ!」

 

「ならば向かってきなさい!」

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

キングヘイローは雄叫びを挙げ、たづなに向かってタックルを仕掛ける。

それをたづなは正面から受け止めてみせる。

 

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!」

 

「ふふふ……この程度ですか?」

 

たとえ作戦が失敗に終わろうとも、諦めずに怪物(たづな)に立ち向かうキングヘイロー。

その姿は、その魂に点いた灯は、一号生達の間を伝播していった。

 

「き、キングを一人で戦わせるなー!」

 

「私達も戦うぞー!」

 

キングヘイローに続くようにして、たづなに向かっていく一号生達。

たづなはそれを、嬉しそうに迎え撃つ姿勢を見せる。

 

「そうです!貴方達ウマ娘の真価は、追い込まれてこそ発揮される!さあ、向かってきなさい!このトキ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが、今だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひゅぱっ、という音が響き渡る。

何事かとウマ娘達は辺りを見渡すが、その音の発生源は特定出来ない。

 

「……あーっ!たづなさんの帽子が取れてるー!」

 

『な、なに!?』

 

慌てて視線を向ければ、たしかにそこには、帽子の外れた素の頭を晒す、駿川たづなの姿があった。

たづな自身も、何が起きたのか分からないようで、呆然と頭をポンポンと触る。

 

「苦労させられたぜ。この一瞬の隙をどれだけ待ったことか……」

 

『ご、ゴルシ!』

 

近くに立っていた木からスルスルと降りてきて姿を現したのは、ここまで姿を消していたゴールドシップ。

その手には釣り竿と、たづなの身につけていた帽子が握られていた。

ゴールドシップは木の上に身を潜め、釣り竿を駆使してたづなの帽子をかすめ取ったのである。

 

「やはり、貴方でしたかゴールドシップさん」

 

「気付いてたんすか?」

 

「一日中、常にこちらを探るような気配を感じていましたからね」

 

投げ渡された帽子を被り直しながら、たづなは溜息を吐いた。

これからというタイミングで水を差された気分だが、勝負は勝負。

───『帽盗励朱』は、ここに達成されたのである。

 

「って、ことは……」

 

「やったぁ!これでダイエット食地獄は免れたぞー!」

 

わぁっと賑やかになる一号生達。

それを見守るたづなの目は、いつもの生徒達を見守る穏やかな物になっていた。

 

「見事!『帽盗励朱』を達成したようだな諸君!」

 

「あっ、塾長……」

 

「これで諸君の実力は証明され、規律強化を行なわなくてもよくなった!諸君の成長を感じられて私は嬉しい!」

 

にこやかに賞賛するやよいだが、それを見つめる一号生達の視線は冷たい。

そもそも、この騒動自体がやよいを原因として発生しているのだ。元凶から「よくやった」などと言われて喜ぶ正義の味方などどこにも居ないように、やよいからの賞賛を素直に受け止める生徒はハルウララ以外にいなかった。

 

「たづなも、ご苦労だったな!」

 

「はあ……思いつきで行動するのはこれで最後にしてくださいよ?」

 

「善処する!」

 

あまり懲りてはいなさそうだった。

最終的にはノリノリだったとはいえ、たづなもいきなり『帽盗励朱』に巻き込まれた身。何かしらの応酬はしたかった。

 

「本当に懲りてくださいね?こっそり買った高級ニンジンが台無しになったからといって、八つ当たりをするようなことは」

 

「たづなっ!?」

 

たづなの一言を切っ掛けに、生徒達の溜まりに溜まったフラストレーションの矛先が、やよいに向けられた。

ここまでの苦労の元凶が、ついに判明したのである。

 

「ふっ、ふふふふふふ……」

 

「ははははは……」

 

「こ、懇願!諸君、ジリジリと近づいてくるのは止めて欲しい!」

 

そう言われて止まるワケもない。

ニンジンが嫌いなウマ娘はほとんどいない。それをこっそり、しかも高級ニンジンを食べようとしていたなど、大罪である。

今この瞬間、一号生達の心は一つとなった。

 

『ふざけんなーーーーーーーっ!!!』

 

「私達が自分達でニンジン栽培の手伝いまでして生活してるところで一人だけ高級ニンジンだぁ!?」

 

「よくもそれで経済逼迫だの言えたなぁ!?」

 

「せ、制止!私がウマ娘塾塾長、秋川やよいである!」

 

「何が『秋川やよいである!』だーっ!第一話投稿した時に『秋()やよい』って誤字してたの知ってるんだからなボケー!」

 

「た、たづな!たづなーーーーー!」

 

「知りません。少しは反省してください」

 

生徒達にもみくちゃにされるやよいを背に、たづなは去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……これで一件落着ってな」

 

「何が一件落着だ、元はと言えばお前のロケット花火乱射が原因なんだぞ」

 

「おっ、トレーナーじゃんか。用事の方はいいのか?」

 

「おかげさまでな。お前の良さは型に縛られない奔放さだが、それは諸刃の剣でもある。少しは落ち着け」

 

「へーい、分かってるって。それよりトレーナー、今度は翔穹操弾(しょうきゅうそうだん)を教えてくれよー」

 

「ふふふ……また今度な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、そういえば……」

 

「どうしたの、マーチちゃん?」

 

一号生達が縛り付けたやよいを『油風呂』なるものに入れる準備をしている様を尻目に、フジマサマーチは呟いた。

 

「いや、あれだけの能力を見せたんだから、実はたづなさんはウマ娘なんじゃないかと思ってたんだが……普通に耳、無かったな」

 

「そーだっけ?」

 

「……まあ、いいか」

 

「後生!それは流石にマズいので勘弁して欲しい!たづな、たづなーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、帽子の下に更にカツラを被ってるなんて思いませんよね♪」

 

ウマ娘塾塾長秘書、駿川たづな。

彼女はまだまだ、多くの謎を秘めている……。

*1
フジマサマーチの元になったと思われる競走馬はウララと同じ高知競馬場に移籍している

*2
『北斗の拳』に登場する、自分に向かって放たれた矢を投げ返す技




○ゴールドシップの秘密(駿)
実は、トレーナーが内閣総理大臣を務めたことがあるらしい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。