第1話 魔術士の魔獣駆除
冒険者という職業ほど、リスクとリターンの見合わない仕事を私は知らない。
「ゾーヤ! 魔獣、そっちに行った!」
私の注意喚起と同時に、重戦士のゾーヤが盾を構える。次の瞬間、ゾーヤの構えた盾に小柄な影が勢いよく衝突し、グワンと鐘を突いたような音が草原に響く。
「……っ! 重いな……! 小動物のくせに!」
ゾーヤの持つ鋼鉄製の盾に深々と角が突き刺さり、宙ぶらりんになった手足をじたばたと振り回しているのは一匹のウサギ。ホーンラビットと呼ばれる魔獣の一種だ。体長60センチメートル前後と、一般的なウサギと比べてただでさえ大きいのに、その上自身の半分ほどもある長い一本角を頭に持つ凶暴な草食動物である。
魔獣。魔素と呼ばれる物質を操り、様々な魔法現象を引き起こす生態を持つ獣の総称。この世界に存在する生物のおよそ四割が魔獣に分類されると言われており、厳密にいえば私たち人類種も、同様の魔法生物に分類されるといわれている。まあ、私たちのような冒険者が魔獣に対抗するために魔法技能は欠かせないので、そうでなければ困るわけだが。
ホーンラビットは身体強化系や物体硬化系の魔法を扱う魔獣だ。魔力で底上げした脚力で地面を跳ね敵に突進し、硬度を鋼鉄並に高めた角であらゆる障害を貫通する。捕食者に対抗するために遂げた進化だと言われているが、草食動物のくせに進化の方向性がいささか攻撃的すぎると常々思う。実際、ホーンラビットは草食動物では有り得ないくらい攻撃的な気性をしている。進行方向に他種族が迷い込んだだけで攻撃してくるというのだからよっぽどだ。勘弁して欲しい。
「シンカー。今の内にホーンラビットの首を切断して。ライラは周囲を警戒。繁殖期のホーンラビットは二匹のつがいで行動するケースが多いよ!」
私は剣士のシンカーと観測士のライラに指示を飛ばす。魔術士の私は不測の事態にいつでも魔法で対抗できるように呪文を詠唱し、手に持つ魔術増強用の杖に魔力をこめる。魔力をこめながら、なんで私はこんなことをやってるんだろうと少し憂鬱になった。
冒険者という職業と魔獣との戦いは切っても切り離せない間柄にある。それもそのはず。冒険者とは、言うなれば何でも屋だ。所属地域の冒険者ギルドに寄せられた様々な人々、企業、国からの依頼をなんでもこなす、街の便利屋。依頼の内容は、指定された薬草の採取だったり、特定指定害獣の駆除だったり、要人の護衛だったりと様々。そんな依頼の数々を掲示板に貼ったり、登録された冒険者に依頼を斡旋したりするのが冒険者ギルドであり、その依頼を受けて日銭を稼ぐために依頼をこなすのが冒険者。要は日雇い労働の派遣会社と派遣職員というのが、冒険者ギルドと冒険者の関係を表す実態である。一攫千金も夢じゃないだとか、大冒険の末に億万長者になった冒険者もいるだとか夢のような謳い文句でギルドは若者を次々と引き込んじゃいるけれど、所詮はその日暮らしの安定しない職業だ。一流と呼ばれるようになった冒険者も、そのほとんどは生活の安定を求めて憲兵団や企業の用心棒といった定職に就く。一生を冒険者として過ごす「冒険家」なんて連中は本当に稀だし、そこまで行くともはや道楽の領域になるだろう。
どんな依頼を受けるにせよ、それは依頼主本人が行うのが難しいと判断したから依頼を出すのだ。片手間でできるような簡単な依頼がそうやすやすとある筈がない。薬草採取依頼一つとってみたとしても、それは、「道中危険な魔獣に出くわす恐れがあるから他人に採って来てほしい薬草」の採取依頼だ。冒険者が基本的には戦闘職であるという事実に異論を挟む者なんて、当代のどこにだっていやしないだろう。
私、魔術士アミィ=エンシエルもまた、ギルドに冒険者登録を行っている冒険者である。だけど私は、冒険者という職業を自分の魔術の腕を上げるための訓練と、齢15という若い身空で効率よくお金を稼ぐ手段の一つとして割り切って活動している。それに、もし早いうちから冒険者として名を上げることができればそれを一つのキャリアとして定職に就きやすくもなる。そういう意味では冒険者という踏み台も悪いものではない。
とはいえ何度も言う通り、冒険者という職でお金を稼ごうと思ったら、それは命がけの大仕事になる。採取にしろ探索にしろ駆除にしろ護衛にしろ、お金になる依頼の中には絶対と言っていいほどに戦闘が含まれる。その相手は盗賊だったり魔獣だったりと様々だが、何が相手であるにせよ、余程実力を伴っていなければ、どんなに小さな依頼でも常に命の危険が付きまとうことになる。
私が今回受けている依頼もその一つだった。いや、今回ばかりはそんなことはないと思っていたのにそうはならなかった言った方が正しいか? 私が受けた依頼には、魔獣との戦闘なんて内容はただの一言も入ってはいなかった。だと言うのに、何故なのか、私はこうして魔獣相手に戦闘を繰り広げてしまっている。
冒険者は基本的に三~六人のパーティで行動する。命がけの仕事だ。しっかりと役割分担をして自分の得意な役割に従事するのは当然の戦略と言えるだろう。現在草原の馬車道でホーンラビット相手にあたふたしている私達パーティのメンバー構成は、剣士と重戦士と観測士と魔術士。役職的にはそれなりにバランスの取れたパーティだ。魔術士の私が元々パーティに含まれていない員数外であるという事実に目をつむればの話だけど。
そもそも私がこの依頼を受けたのは、この依頼が自分の持つ技能と知識を活かせる依頼で、かつ依頼主に一定の信用があり、しかも自分は戦わなくても良さそうな依頼だったからだ。何しろ依頼内容は奴隷商館爆破だか何だかの事件の捜査助言依頼という、見るからに戦闘目的ではない内容で、依頼主は国営機関。その上道中の護衛は別途で別の冒険者に依頼しているという話だった。事件とやらの現場であるイラクサの街は私の住むエイデンの街から馬車で半日ほどと離れてはいるが、ちょっと現場を検分して魔術士として意見を言うだけで報酬が20万カーク(20万円相当)は中々割が良い。久しぶりに旨い依頼が入り込んだものだと鼻歌気分で依頼を受け、悠々と道中の馬車旅を楽しもうと思っていたら、この現在である。憲兵団め、護衛の料金をケチりやがったな……。私と同い年くらいの新人冒険者のパーティーなんぞ護衛にあてやがって。出発するときの顔合わせの時点で若干不安ではあったが、まさかホーンラビット程度の魔獣にあたふたするような新人パーティだとは思わなかった……。こんな護衛に自分のかよわい身体を預けていられるわけがない! 仕方なく私は客用の駅馬車から降りて、新人冒険者たちに後ろから指示を飛ばしていたというわけだ。
ザクッと、シンカーが両手剣で盾に突き刺さったホーンラビットの首を切断する。するとほぼ同時に、周囲を警戒していたライラが草むらに向かって指を差した。
「……あ、いました! 正面二時の草陰に一匹! ホーンラビットが魔力を溜めてます!」
ライラの声に、私とシンカーの二人が杖と剣を構え、ゾーヤがホーンラビットの頭をぶら下げたままの盾を持ってライラの前に出る。観測士のライラには戦闘能力が無いため、盾持ちのゾーヤは基本的に彼女を守れる位置に陣取らなければならないのだ。
観測士という役職は冒険者パーティーの中で最も重要なポジションの1つだ。鍛えさえすればいくらでも代わりが利く剣士や重戦士と違って、観測士は生来の資質がものを言うため代わりが利きづらい。
周囲の警戒や罠の発見が主な仕事である観測士には、魔素視と呼ばれる魔力を観測する眼が必要不可欠だ。魔力の源である魔素は通常目に見える物質ではない。そのためほとんどの人間は、魔法を扱う者でさえ、魔力を肌で感じることはあっても、直接目視することは叶わない。魔術士である私だって、魔素をそのまま目で見ることはできないのだ。しかし、千人に一人くらいの割合で、ライラのような魔素視の魔眼を持つ人間が生まれることがあり、その眼を持つ者は魔素をある程度観測することが可能になる。壁の向こうの魔素であろうと観測可能であることから、魔素を介した部分的な透視すらできる者がいることもある。そのため魔素視の魔眼は、冒険者にとってまさに命綱足り得る才能であるわけだ。
とはいうものの、そういった才能を持つ人間は魔術師などの研究職や国家憲兵団の捜査部隊などに重宝され、就職先に困ることが無いために冒険者を志す者自体がそもそも少ない。魔素視の可能な観測士がいれば、目視では見えない遮蔽物の向こうにいる魔獣が観測出来たり魔法による罠を先んじて見つけることができたりと有用さを数えれば限がないが、当然、そんな才能を持った人間のほとんどは冒険者なんかよりもよっぽど安定した別の職業にさっさと就いてしまうのが道理である。そういう意味では、この三人パーティは新人の中では比較的マシな部類に入るパーティだと言えるかもしれない。
そうはいってもあくまで「マシ」レベルなので、このままだと全然役に立たないことに変わりはないのだけれど。
ライラの魔素視はどうもかなり弱いもののようで、薄い魔力や何か遮蔽物に遮られた魔力だと、意識的に目を凝らさないと見えないらしい。観測士の魔素視持ちにはそういう「出来損ない」の魔素視持ちがよくいる。なんならどれだけ目を凝らしても遮蔽物の向こう側の魔力が見えない観測士が圧倒的多数を占めているくらいなので、ライラの魔眼はそれでも冒険者の中では優秀な方だ。冒険者として慣れてくれば、目を凝らすべき要所が分かってくるので、今回のように道中魔獣に遭遇することすら稀になってくるだろう。まあ、今回は、そういった基礎がまだ身についていなかったせいで、こうして魔獣と戦う羽目になってしまっているが……。
とはいえ、ないものねだりをしたところで事態は好転しない。経験なんてものは生きてさえいれば後からいくらでも付いてくる。この新人パーティも、学ぶ気概があるのなら、今回の護衛依頼から色々と学び取ってくれるだろう。できればこの依頼を受ける前に学び取っていて欲しかったが、そんな文句を言っても空しいだけである。度量の広い先輩冒険者としては、後輩の今後に期待していきたい。
取り合えず、先ず彼らには、優秀な魔術士の有用性でも学び取ってもらいますとしますかね。まあ、「優秀な魔術士」なんていう、観測士よりも輪をかけて少ない存在のことを学んだところで、このパーティの現状はそれこそすぐには好転しないだろうけれど。
私は杖に込めた魔力を正面二時の方向にある草むらに向け、最後の呪文を詠唱して魔術を発動させる。
「
その瞬間、草むらは爆発炎上し、草むらの中に隠れていたホーンラビットだったものの肉片が飛び散る。二匹のウサギの狩りは、こうして無事に終了した。最後は実にあっけない幕切れだったが、ホーンラビット程度ならこんなものだ。新人ど素人の三人ならばともかく、中堅以上の冒険者ならば、一瞬で片が付いてしまうような弱っちい低級魔獣である。私が一仕事終えて息をつくと、三人の新人冒険者たちはまだ、炸裂した草むらを唖然とした表情で眺めていた。
「こ……これが、一ツ星冒険者の魔術か」
「すごい……」
シンカーとライラの会話を聞いて、私は耳が熱くなる。やめてよね。あんな小技でそんなこと言われると、恥ずかしくてしょうがない。
一ツ星冒険者というのは、冒険者の階級のようなものだ。冒険者は一定の業績を挙げると、一ツ星二ツ星三ツ星と、冒険者ギルドから星が与えられる。与えられる星の数に上限は設定されていないが、ほとんどの冒険者は三ツ星以上の星を得ることなく一生を終える。三ツ星以上となると、それこそ国家存亡の危機を救うレベルの業績でも挙げないと星が取得されないからだ。通常なら、一つでも星が与えられれば、冒険者の業績としては十分ベテラン扱い。特定分野での就職がまず確実になる程度の資格にはなる。
私の場合、そもそも冒険者の中に魔術を専門に扱う『魔術士』という役職が少ないのと、私の得意魔術が特別戦闘に特化していることとが合わさって、一ツ星相当の依頼を一件単独達成しただけで星を貰うことができた。本来なら一ツ星相当の依頼や業績を五つ以上達成した上で、適性検査をクリアしなければ貰えないものなので、私は実に運が良いと言える。
いや、やっぱり運とかじゃくて、私の実力がそれ相応に高いだけだな。
「いやぁ、流石ですアミィさん! 噂には聞いていましたが、指示の的確さとさっきの魔法! 一ツ星の階級は伊達ではありませんね! 尊敬です!」
私が心の中で自画自賛していると、ゾーヤが私を褒めたたえながら盾を持つ手と反対の手でハイタッチを求めてきた。冒険者の間の作法のようなもので、依頼が上手くいった時などは、こうしてハイタッチをして互いの頑張りを称え合うのだ。三人の冒険者パーティのリーダー格はどうやらゾーヤのようなので、代表してお礼を言いに来たというところだろうか。うん。
君は先ず、盾に突き刺さってるウサギの頭を取った方がいいね。
「どうも。君達も、私の急な指示に従ってくれてありがとうね」
「いえいえ! こちらの方こそ、護衛任務なのに護衛対象の手を煩わせてしまいまして本当に申し訳ない! 御協力、本当にいくら感謝してもしきれません!」
心の中で思ったことを心の中にしまい、私が素直にハイタッチに応じると、ゾーヤはこちらの手が痛くなるくらい勢いよくハイタッチして、ニコニコと謝辞を述べた。世間では珍しい魔術士の魔法を見て興奮してるのは分かるけど、君、申し訳ないって気持ち、本当にある?
「いやあ、わるいね。お客様にまで戦って貰っちゃって」
三人の新人冒険者が目を輝かせて今にも私に話しかけたそうにしている気配をなんとなく察して、早く馬車に戻りたいなぁどうしようかなぁと考えていると、その馬車から小柄なおっさんが降りて来た。
そうだコイツ……。依頼主のくせについぞ一度も戦闘中、馬車から顔を出しやがらなかったな……。
「ベリィさん。あなた、憲兵隊の兵士でしょう? 少しは市民を助けようとか思わなかったわけ?」
私は嫌味を存分に含ませた声音で馬車から降りてきた男、ベリィ=アールグレイに声を掛ける。ベリィさんは、胡散臭い顔を歪めながら首をすくめ、「勘弁してくださいよ」と苦笑いする。
「そういうのは、護衛に雇った冒険者方に任せとりますんでね。それに憲兵っつっても、僕は刑事部の一捜査官ですぜ。専門は頭脳労働だもんで戦闘なんて参加したら足手まといになるだけですわ」
嘘つけ。憲兵と言えども軍人である以上、基本的な戦闘訓練は受けているはずだし、あんたの目ん玉がライラのそれよりよっぽど優秀な魔素視の魔眼だってことくらい、こっちは知ってるんだからな。
私の住むイスカーク王国は、軍隊の一部所である国家憲兵団が警察機関としての役割をになっている。今回の依頼における依頼主の軍人、ベリィ=アールグレイ少尉は国家憲兵団刑事部所属の警察官だ。イラクサの街のベリィ少尉と言えば、優秀な元一ツ星冒険者として冒険者界隈ではそこそこ名が知れている。私と同じ一ツ星止まりとはいえ、戦闘技能に優れた観測士は一般魔術士よりもさらに希少な存在だ。ベリィが憲兵団に引き抜かれたのは今からおよそ10年前という話だが、10年経った今尚、彼の存在を惜しむベテラン冒険者が絶えないというのだから、当時の彼は余程優秀だったのだろう。そんな人間が、こんな若手連中相手に足手まといだとか何をほざいているのかという話である。
「それよりも、さあ、アミィさん。馬車にお戻り下せえな。護衛の方たちも護衛馬車にお戻りなさい。イラクサの街まであと少しなんですから。仕事は早く終わらせてしまいましょう」
ベリィはへらへらと笑ったまま私の背中を押してゾーヤと私を引き離し、二台並んでいる馬車の内、後方の駅馬車へと私を押し込むと、その後から自分も馬車の中に乗り込んだ。そして、私と向かい合わせの席に座って一息つくと、すぐに二台の馬車それぞれの御者台に座る御者たちに声をかける。
「ささ、あともう少しですんで。運転よろしくお願いしますね」
その声を聞いて、冒険者三人組は慌てて前方に進み出すもう一台の幌馬車の荷台に乗り込み、無事、イラクサ行きの馬車はその運行が再開された。
私は進み始めた馬車の中で、目の前の胡散臭い依頼主に文句を言ってやろうと口を開く。
「ベリィさん。私、知ってるんですからね。あなたが昔、優秀な観測士だったってこと」
「はて。ああ。昔そんなこともしてましたかな」
「とぼけないでくださいよ。ネタは上がってるんですから。貴方の魔素視があればさっきのホーンラビットくらい、余裕で回避できたんじゃないですか?」
私が問い詰めても、ベリィはへらへら笑いの表情のまま、「はあ」と、気のない相槌を打つ。
「まあ、そうかもしれませんがね。ほら、護衛の方もいることですし、僕が口を出すほどのことでもないかなと」
ムカ! 私は少しだけ頭に血が昇る。魔獣との戦いはどんなに小さなものでも命がけで、避けられるなら避けるに越したことはないなんてのは冒険者の間じゃ常識だ。曲がりなりにも元冒険者であるなら、その常識を知らないなんてことはあるはずもない。避けられる戦いを避けないのは、元だろうが何だろうが冒険者として怠慢である。
そんな私の内心を知ってか知らずか、ベリィはほんの少しへらへら笑いを強めて言った。
「いやぁ。お若いですなぁ」
「あ?」
おっと、つい雇い主に対して尋常じゃない怒気をにじませてしまった。いや、でもまあそれも仕方ないだろう。このおっさん、仮にもお金を出してまで意見を仰ごうって相手に対してなんだそのなめ腐った態度。確かに私は若いが、だから何だというのか。
「まあまあ、そうお怒りなさらず。いえね。あなたも冒険者だから同じ冒険者の方たちについつい同情的になってしまうのは分かりますがね。雇い主には雇い主なりの考えっちゅうもんがあるんですわ」
雇い主の考え? この何も考えてなさそうなへらへら笑いのおっさんが、何か考えてるって?
「考えって……何」
私がつっけんどんに訊くと、ベリィはねっとりとした声で答えてくる。
「ほら、冒険者の方々は依頼を受ける時、依頼内容を吟味するでしょう? この難易度の依頼なら自分は受けられるかとか、この報酬は果たして妥当なのか、依頼主は果たして信用できるのかとかね? それと同じで、依頼主側も、依頼を受けてくれる冒険者はなるべく吟味したいというのが心情なんですわ。この報酬を払うのに満足できる仕事を、果たしてこの冒険者はしてくれるのかとね。だから、それを確認する機会があるのならば、できる限りは確認しておきたいというのが本音なんですわ」
むう。予想に反してかなりまっとうな意見が飛び出してきてしまい、私は小さく唸る。私の目線からしてみれば、例え依頼主だろうが何だろうが、危険な道中にできることをしないのは怠慢だと思ってしまう心情がどうしても残る。しかし依頼主側からしてみれば、これくらいのことはしてほしいと思いながら護衛を雇い入れているんだから、自分にたとえできることがあったとしても、そんなことをわざわざする必要はないという判断になってしまうのか。そう言われれば、確かにそれは当然の意見で、納得するしか他に方法が無い。
いや、それにしたって、ベリィさんは国民を守る兵士なんだから、一般の依頼主と違って少しは協力してくれてもいいと思うのだが……。まあ、テストのつもりだったと言われてしまえば、雇われ側としてはそれも文句のつけようがない。私だって、護衛の三人組に協力しながらも、内心で新人冒険者の経験不足に文句を付けていたことに変わりはないのだ。
「それで。確認の結果はどうだったの?」
私の質問に、ベリィさんはほんの少しだけ間を置いてから、すらすらと答え始める。
「護衛の三人組は全くダメ。新人と聞いていたとはいえ、観測士を含むパーティだったから期待を込めて雇い入れましたけど、ホーンラビット程度すらも事前に見つけられない観測士と、ホーンラビット程度も満足に倒せない戦闘職のパーティでは、いささか実力不足過ぎましたね。この草原には稀にですが、ホーンラビットを捕食する魔獣も出現するんです。彼らではそいつらを相手にはできますまい。予定では帰りの馬車も彼らに護衛してもらう手筈でしたが、残念ながら帰りは別のパーティを雇うことになりますわ」
まあ、それは妥当な判断だ。私は非協力的な依頼主に対してブチ切れこそすれ、使えない冒険者を解雇することに不当だと文句をつけるほど常識外れではない。そもそもこの依頼における護衛対象は私なのだ。にも拘らず、私自身が戦闘の矢面に立って彼らを手助けするなんて本末転倒である。彼ら三人にはかわいそうだが、まだ年若い新人冒険者の彼らの彼らのことだ。身の丈に合った依頼をきっちり選んでこなしていけば、自然と実力も上がっていくことだろう。今回の依頼も、彼らにとってはいい経験になったはずである。
「……私は?」
だから私は、哀れな新人冒険者たちの評価に対しては早々に見切りをつけ、肝心の、私にとって一番重要となる核心を突く。するとベリィさんは、今日私と出会ってから初めて、にっこりと何の裏もない笑顔を浮かべた。
「もちろん合格ですとも。先ほどの炸裂魔術、小さいながらも見事な精密さでした。魔力の流れも実に滑らかだった。一流の魔術師と比べても遜色ない魔力操作。さすがは、マルバさんが直々に推薦された爆炎魔術の使い手だけのことはありますわ」
「おじいちゃんが?」
マルバ=エンシエル。私のおじいちゃんで、育ての親で、魔術の師匠。変身魔術の第一人者で、魔術開発分野においては国内でも五指に入ると言われている、大魔導士。今回の依頼はギルドから斡旋された依頼だと思っていたけれど、それが実は、おじいちゃんの推薦だったっていうの?
「ええ。もともと僕等、事件の捜査協力依頼はマルバさんに依頼していたんですわ。マルバさんは様々な魔術に精通していますからね。今回に限らず何度か捜査依頼を受けてもらっていたんです。けど、今回マルバさんが、この事件ならばアミィさんの方が適任だろうと推薦されましてな。それで、ギルドを通じてアミィさんに繋げてもらったという次第なんですわ」
ベリィさんの話を聞いて、私は少し頬が熱くなるのを感じた。そっか。おじいちゃんが……。
「……分かりました。そういうことでしたらこの依頼、爆炎の魔術士アミィ=エンシエルが、私の持つ叡智の全てでもって、見事完遂してご覧に入れましょう!」
「おや。急にやる気になられましたな。突然どうなされました?」
私が胸を拳で叩きつけて気合を入れ直している様子を見て取って、ベリィさんが不思議そうに首をひねる。そりゃあそうだろう。赤の他人であるベリィさんに、私の今の歓喜の感情が理解できるはずもない。
世界で一番尊敬し、世界で一番敬愛し、世界で一番執着している相手に認められることほど嬉しいことが他にあるのかなんて、そんなことを理解してもらう必要はないし、してもらいたくもない。
だから私はただ行動で示すのだ。おじいちゃんから任された仕事を完遂することで、何ならそれ以上の成果を挙げることで、おじいちゃんから褒めてもらうために。
馬車道の向こうにイラクサの街が見えてきた。三日前の早朝、あの街一番の商館が、何らかの魔法によって爆発炎上するという事件が起きたそうだ。被害者の総数は確認されただけでも百人以上とされ、そのほとんどが商館の従業員と、商館の奴隷販売スペースで売り物として保管されていた奴隷達なのだという。
巨大建造物を一撃で全壊させるような爆炎魔術を扱える魔術士は世界という単位で見てもそう多くは存在しない。私たちの暮らすイスカーク王国内ならば、その数は十本の指にも満たないだろう。
そんな数少ない爆炎魔術を操れる爆炎魔術の専門家が事件現場や事件当時の状況を検分し助言すれば、新しく見えてくる真相の一つでもあるかもしれない。そのために提出された、イラクサの街の事件捜査協力依頼。
収入が美味しいという理由から受けた依頼だったが、マルバおじいちゃんからの推薦もあったと言うなら話は大きく変わってくる。
ちょっと現場を確認してそれっぽい助言を適当にでっちあげて、貰えるもんだけもらってとっととおさらばしようと思っていたが、その計画は取りやめだ。
おじいちゃんの信頼に応えるため、この事件、硝煙一つ残さず完膚なきまでに解き明かして御覧に入れてやろう。犯人がいるなら、そいつも私手ずからふん縛って御覧に入れてしまってもいい。
なんだかよくわからんがやる気を出してくれて何よりだという風に、目の前でへらへらと愛想笑いを浮かべているおっさん。たぶん彼は私にそんなことまでやれとは全然全くこれっぽっちも求めていないと思う。私に求めているのは助言であって、事件解決や犯人逮捕は我々憲兵側の領分だと、職掌区分には厳格っぽい目の前の小男ならば言うだろう。だけどそんな席の向こう側の事情など知ったことじゃない。おじいちゃんの名前を出して、私の中に隠されていた余計なプライドを煽ったのはお前だ。
私の爆炎魔術を前に、真相を覆い隠せる霧などありはしない。事件が解決したら、この決め台詞で新聞の一面に載ってやろう。そして、その記事を一緒に見ながら、おじいちゃんにえらいすごいと、頭を撫でてもらうのだ。
一瞬のうちに脳内を駆け巡ったその未来予想図を手に入れるために選ぶ手段を、私は持ち合わせていない。
プロローグと第1話。どうでしたでしょうか?楽しめる文章ならば幸いです。掴みとしてはOK?分からない…。何も分からない…。次の話も投稿してから考えよう…。