マルバおじいちゃんは高名な魔術師だ。変身魔術の分野で魔術界を揺るがす素晴らしい功績を挙げ、国から『大魔導師』の称号を得た魔術研究の第一人者。魔術を実践に使うだけの私達魔術士と違い、実践に使う魔術を生み出すことに心血を注ぐ魔術の創造者。魔法を扱うあらゆる人間の中でも頂点に位置する一人だと言ってしまっても過言ではない。私の魔術の才能も、おじいちゃんに見出してもらわなかったらここまで成長することは決してなかっただろう。むしろ、おじいちゃんがいなかったら、私は魔術なんてものに触れることもせずに一生を終えていたかもしれない。それほどまでに、魔術士としての私の中でのおじいちゃんの存在は大きい。
「自分で稼いだお金は、自分のために使いなさい」
一年と少し前、私が冒険者になって初めての依頼を成功させた後、成功報酬をおじいちゃんにプレゼントしようとウキウキ気分で帰ったら、おじいちゃんは優しい声でそう言った。
「でも、おじいちゃんの研究費の足しになればと思って稼いできたんだよ? 私、お金使うことなんてないもん」
日々の暮らしに必要な衣食住は、おじいちゃんとの暮らしで充分以上に事足りている。おじいちゃんは自分の研究で稼いだお金をまず全て家族のためにつぎ込んで、それでも余ったお金を自分の魔術研究に仕方なく使っているからだ。そんなことをしているから、おじいちゃんの研究が遅々として進まないのに。
おじいちゃんの頭脳と腕なら十分な研究資金があれば世紀の発見なんて幾らでもできるだろう。にも拘らず研究がめったに成果を挙げないのは、自分のためのお金を自分のことに優先的に使っていないからだ。おじいちゃんがそんなんだから、少しでもおじいちゃんの助けになればいいなと思って、私は魔術を覚えたその足で冒険者ギルドに名前の登録を行ったのだ。だというのにおじいちゃんの第一声がこれじゃあ、私が稼いできた甲斐がない。
私が不満を垂れるとおじいちゃんは困ったように笑って、
「それなら、明日一緒にイラクサの街に行こう。買いたいものがあるんだ」
と言った。おじいちゃんが私のわがままを聞いてくれる上に、いつも研究で忙しそうにしているおじいちゃんが明日一日デートしてくれる。イラクサの街には移動だけで半日かかるから、ひょっとすると二日間はおじいちゃんを独占できるかも? 私は二つ返事で頷いて、その夜中々眠れなかったのを覚えている。
そして次の日。おじいちゃんに連れられて初めて行ったイラクサの街。そこで最初に訪れたのが、その近辺でも有数の巨大商業施設として有名だった『クイーンズストアーズ』だった。様々なお店の入った複合商業施設であるそこに足を踏み入れるや、おじいちゃんはまっすぐに魔術具専門店に向かった。そして、その店をろくに見回すこともなく迷いのない手で一本の杖を手に取ると、おじいちゃんは私の稼いだお金でその杖を購入し、私に手渡した。
マホガニー製のつややかな支柱に、アメジストパープルの魔石が取り付けられたグリップ。それは、高純度の魔石を使った魔術増強用の魔法杖だった。手に持ったそれは、私の身長にぴったりのサイズで、はめられた魔石は、まるで私の身体の一部かのように、私の魔力にしっくりと良く馴染んだ。
そしておじいちゃんは「うん。思ったとおりだ。この杖はアミィによく似合う」と、さわやかな笑顔でぬけぬけと言い放った。しまった! 騙された! そう思った頃には、もう私達は既に店の外だった。
私は当然、焦っておじいちゃんに抗議した。
「買いたいものって、私のためのものなの!? 駄目だよ! ちゃんとおじいちゃんのために使ってくれなきゃ!」
私の文句に、おじいちゃんは小さく微笑んだまま、私の頭の上に手を置いて応えた。
「何を言う。それが、僕の買いたい僕のためのものさ。娘の健やかな成長こそ、老い先短いジジイの数少ない喜びだからね。……受け取ってくれるかい? アミィ」
私が思ってるお金の使い道はそういう使い道じゃないのに! あふれ出す文句も、おじいちゃんに頭をなでられてしまったことで喉の奥でごろごろ唸るだけに留まってしまう。結局その後、私とおじいちゃんはおしゃれなカフェでスイーツを食べて、高そうなレストランで初めてのお仕事達成記念を祝って、貴族様御用達の温泉付きホテルで一泊して、お肌をつやつやさせて笑顔で帰路に着いた。後でこっそり調べたら、買ってもらった杖の値段は私の依頼達成報酬の約20倍もする一級品だったし、スイーツ代も食事代もホテル代も、全部おじいちゃんの研究費から賄われていた。
コノヤロウおじいちゃんめ。よくも私の善意を踏みにじって私のために盛大にお金を使ってくれやがったな。絶対に有り金そろえて返済してやるんだから!
その後、私が一層お金稼ぎに精を出したのは言うまでもないし、買ってもらった杖は今も常に手放すことなく小脇に抱えている。
「そっか、ここって、私とおじいちゃんがデートした場所だったんだよね……」
かつての記憶をふと思い出しながら、私は変わり果ててしまった思い出の地を踏みしめる。
砂利と大小さまざまな瓦礫の散乱する、ところどころに焼け焦げた跡のあるだだっ広い空き地。イラクサの街の巨大商業施設跡を率直に表現するなら、そんな感じの跡形のなさだった。
朝の内にエイデンの街を出発したにもかかわらず、イラクサの街につく頃にはすでに日は沈む方向へと傾いていた。馬車を降り、護衛の三人組と別れを告げた私とベリィさんは、早速その足でイラクサの街の南大通りを歩き、事件現場である『クイーンズストアーズ』跡地へと向かった。街の中心まで歩き、ようやく事件現場である跡地に到着した私たちは、現場で待機していた憲兵の皆さんに挨拶して、急ごしらえの柵で囲われた現場の中へと入っていく。
イラクサの街の中心地、その三百メートル四方の土地に建てられた四階建ての複合商業施設。それが、イラクサの街が誇る超巨大デパート『クイーンズストアーズ』だ。女王様もお忍びで訪れるような高級商業施設であるという触れ込みの建物には、日用品から超高級嗜好品までありとあらゆる専門販売店が軒を連ねていた。
吹き抜けになっている広い中庭にはカラフルな巨大テントが常設してあり、その中でサーカスショーや演劇などのアミューズメントが定期的に行われていた。で、そのテントで一か月に一度行われていたのが、奴隷売買のオークションである。一般奴隷は普通にそれ用の専門店で一般販売されているが、高い値段のつく高級奴隷は、専らそのオークションで競売されるのが常であった。私はそんなものには興味がないので訪れたことは一度もないが、売りに出される奴隷によっては王侯貴族が訪れることもざらにあり、一か月に一度のそれは、非常に盛況を博していたのだという。
事件が起こったのは、そんな奴隷オークジョンの開かれる日の早朝のこと。商業施設が突如爆発し、巨大な建物が丸ごと吹っ飛んだのだという。爆風や吹き飛ばされた瓦礫によって周囲の建物や近隣住民などにも被害が及び、合計で百人以上もの犠牲者と数十人の行方不明者が出た。行方不明者とは言ったが、それもあくまで死体が確認できていないというだけなので、その数十人もまず間違いなく死んでいるだろう。なにせその行方不明者の大半は、爆心地のすぐそばで保管されていたオークション用の奴隷達だったのだから。
「ここが、爆発が起こったとされるオークション会場のテント跡ですわ」
べリィさんが指差す先には、雨風よけの小さな簡易テントが設置されている。位置的には、立地全体のほぼ中央、それより少し北にずれているといったところだろうか。中に入ってみると、流石にテントの中は薄暗い。あまり中の様子が見えないのでベリィさんの方に向き直ると、丁度ベリィさんが懐からランタンを取り出し、マッチで火を付けていた。ランタンの明かりが灯り、中の様子がよく見えるようになると、成程。確かここが爆心地であるということが一瞬で理解できた。事件現場は全体的に中心に向かって軽くクレーター状に抉れていたのだが、テント跡のクレーターは一際抉れて地面がまっ黒に焼け焦げていた。保全されたテント内はまだ事件直後の惨状が色濃く残っており、三日経った今も、焦げ臭いにおいが簡易テント内に薄く充満しているような気がした。
「当日の雨のせいで大分流されっちまってますがね、火薬反応が全く出ませんで魔素痕だけがあっちこっちから出ましてな。こりゃあ魔法事件だってなった次第なんですわ。ほら、今もこうして反応液を吹きかけますと……」
事件状況を説明しながら、ベリィさんは霧吹きでそこら辺の瓦礫に薬品を吹きかける。そして、吹きかけた箇所にランタンの灯を近づけると、飛沫状の跡が緑の蛍光色に輝き出した。
「わ。マナノール反応。初めて見た」
「ははは。そうですか。しかしマナノール反応をご存じとは、流石マルバさんの教え子は博識でいらっしゃる」
私の素直な反応を愉快そうに笑いながら、ベリィさんは私の知識量を褒め称えた。そりゃそうだ。魔素に反応して蛍光を発するマナノール溶液を使った事件捜査の方法があることを知っている一般市民なんて普通いるはずもない。ベリィさんの言った通りこれは、私のおじいちゃんの教えのたまものである。だから、いくらでもじゃんじゃん褒めてくれて構わないんだよ? なにせ、おじいちゃんの教えなんだからね。
心の中で調子に乗りつつ、私はベリィさんに質問する。
「爆発は、本当にここの一か所だけなんだよね?」
「ええ。調べた限りでは、そうなります。詳しいことは捜査資料にも書いてありますがね」
ベリィさんの返答を聞きながら、私は行きの馬車の中でもらった捜査資料を見直す。一通りの内容は既に馬車の中で確認していたが、そこに書かれていた内容の中で一番信じ難かったのが、この事件現場の爆発箇所がオークション会場の一か所のみという記述だった。資料にある魔素反応の広がり方や目撃者の証言、それに現場で実際に見た爆発跡の様子から見ても、全ての状況証拠がこの爆発はたった一発の魔法によって引き起こされたことを示している。三百メートル四方の巨大建造物が一発の魔法で跡形もなく全壊? 爆炎魔術のプロを自認している私でさえ、こんなことできるかちょっと不安を覚えるレベルだぞ?
「専門家の目から見てどうですかい? 今回の事件。少なくともどんな魔術が使われているのかが分かれば、容疑者絞りが格段に楽になるんですがね」
ベリィさんの質問に、私はそりゃそうだと内心頷く。まずこの規模の破壊を伴う魔法を行使できる人物や現象という時点で容疑者が絞られるのに、種類まで絞ったらほぼ確実に真相は一つまで絞られるだろう。もし容疑者とやらがいて、その人物の現場不在証明さえなければ、そのまま裁判にかけてしまっていいレベルである。しかし、しかしだ。
ここまでの規模の魔法現象は、そもそも前例が極めて少ない。果たして、私の知識でどこまで原因を絞れるものか……。
ベリィさんは質問の内容からして、今回の事件を何者かによる人為的犯行だとほとんど決めてかかっているようだ。無理もない。ただの事故でここまでの破壊現象は、そうそう起きることはない。『クイーンズストアーズ』は魔術具専門店など魔法的なアイテムを各種取り揃えている店もそれなりにあっただろうが、だからと言ってそこにある商品の組み合わせでこんな事故が起きるとは思えないし、そもそも爆心地と魔術具専門店は百メートルほど距離が離れている。火薬や爆薬を取り扱う武器屋もあったようだが、今回の事件は魔素による爆破現象であって、火薬や爆薬は関係が無い。一応武器屋跡から火薬痕や爆薬痕も検出されているので誘爆はしたのだろうが、それは爆発のほんの一部に過ぎない。
そもそも、爆発の中心点はオークション会場。奴隷オークションが行われる日に現場にあるものなど商品の奴隷達くらいのものである。
「我々憲兵隊で争点になっているのは、この爆発が特定の誰かの魔術でしか起こせないのか、それとも魔術具を用いれば誰でも起こせるのかという点でしてな。そこらへんはどう思われます?」
私が考え込んでいるのを見て取って、ベリィさんが質問の内容を絞ってきた。この爆発現象を、魔術具で起こせるか否か……か。
「例えば、マジックスクロール」
「それは……」
ベリィさんの挙げた魔術具、マジックスクロールは封印魔術が施された巻物状の魔術具だ。この魔術具を使うと魔力を巻物に流すだけで様々な魔法を使用することができる。
魔術という技術は、適正に大きく左右される技術体系だ。誰がどんな魔術でも完璧に使えるようになるなんてことはほとんど有りえない。どんなに高性能な魔術補助具を使用したとしても、自分の適性外の魔術はそう易々と使用することができないのだ。そのため、自分に合った魔術の適性を探り、その才能に沿った魔術を極めていくというのが魔術の基本的な伸ばし方になる。
例えば私の場合、爆炎系の魔術なら爆炎の規模や距離や形を自在に操れるし、爆炎に限らず火炎系の魔術はある程度使いこなすことができるが、逆に水系魔術や土系魔術などの他の系統の魔術はほとんど使えない。魔術の仕様に沿って正しく発動すれば何も起こらないということはないが、適性のある魔術士と比べるとその結果には雲泥の差が出てしまう。
昔、私がちょろちょろと如雨露で庭の花に水やりをするような流水魔術を必死に発動していた時に、まったく同じ魔力操作で庭ごと花を押し流しやがった魔術士を見てしまい、ああ、私に水系魔術は向いてないんだなということを心底実感することができた。しかし同様に、その魔術士がいくら頑張って爆炎魔術を使用したところで、焚火の火種程の爆炎しか起こせなかったことも確認済みだ。それ故に私は誇りを持って爆炎魔術を私の魔術として使っているし、こればっかりは誰にも負けたくないとも思っている。
だけどマジックスクロールを用いれば、場合によっては私でも簡単に庭を水で押し流すことができるし、私以外の魔術士でも私並みの爆炎魔術を操ることができる。そのため、マジックスクロールは初めて市場に卸された一年前から半年ほどの間、魔法使いの間でそれなりにもてはやされた。
だが、すぐにマジックスクロールはその使いにくさから廃れていくことになる。そのため個人的にマジックスクロールによる爆発なんて考えもしていなかったのだが、よく考えてみれば確かに、マジックスクロールならば誰でも今回の事件のような爆発を引き起こせる可能性があるにはある。非常に現実的ではないという点に目を瞑ればの話だけれど。
マジックスクロールの仕組みはこうだ。マジックスクロールとはそもそも、「魔法現象を封印する魔術式が記述された巻物」のことを指す。例えば使用者がマジックスクロールの封印式を起動して、そこに私が爆炎魔術をぶつけると、発動した爆炎魔術がマジックスクロールに封印される。すると、そのマジックスクロールは「爆炎魔術を封印したマジックスクロール」となり、使用者が再びそのマジックスクロールに魔力を通してその封印を解くことで、封印されていた爆炎魔術が発動した状態で出現するというわけだ。
一度封印解除をしてしまうと、そのマジックスクロールに記された魔術式が消滅してしまうので、マジックスクロールはその効力を失ってしまう。そのため使い捨てではあるが、様々な魔術を封印したマジックスクロールを大量に持っておけば様々な状況に対応できるとして、一時期この魔術具は主に冒険者や軍隊の間で重宝された。私も強力な爆炎魔術の使い手として、マジックスクロールに爆炎魔術を封じ込めてほしいという依頼を何度か受けたことがある。そこそこのお金になったので、あれは実にいい商売だった。
全く使えないということはないのでマジックスクロールは現在でもそこそこの需要を持ってはいるが、残念ながら発売されてから半年ほどでそのブームを終えてしまった。なにしろ値段の割に使いにくくて仕方がないのだ。
まず最初の魔術を封印するという工程だが、これは封印系魔術に適性のある魔術士がやらないと規模の大きな魔法を封印することができない。魔法を封印するには、その魔法と同じ規模の封印魔術が必要だからだ。私がいくら頑張って水魔法を封印しようとしたところで、如雨露の水やり以上の水魔法の封印はできないのだ。
まあそこらへんはマジックスクロールの開発者兼販売元である封印魔術師も考えていたようで、あらかじめ開発者本人が魔術を封印したマジックスクロールを販売することでその利便性を高めていた(その分料金が割高になったが)。販売元が封印した特定の魔術しか使えなくなったとはいえ、それでも自分の適性外だったり分不相応に強力な魔術だったりを封印解除のわずかな魔力操作で扱えるというのは魅力的だった。しかし、仮にマジックスクロールに好きな魔術を封印できたところで、今度はその魔術の操作性の悪さが問題になった。
当然の話ではあるが、マジックスクロールはあくまで事前に発動した誰かの魔術をそのまま使用するという仕組みなので、威力や効果は封印時そのままの据え置きとなる。そうすると、例えば私の爆炎魔術を封印したスクロールをそのままの状態で解除すると、スクロールがその場で爆発してしまうなんていう事故が起こってしまう。勿論そんなことになったら困るので、対策として「封印解除のされ方」にはひと工夫が凝らされている。
スクロールの封印が解除される際、そのスクロールに封印された魔術の性質に合わせて、「どの方向に」「スクロールからどの程度離れた距離で」「どの程度の時間差で」封印が解除されるのかをあらかじめ封印の魔術式に記述しておけば、使用者の手元で爆炎魔術が炸裂するなんて不幸な事故を起こさないで済む。そういった工夫を施すことで、マジックスクロールは様々な魔法を安全に封印解除することには成功した。しかし、そうした工夫を凝らされたマジックスクロールは「決まった方向に」「決まった距離に」「決まった時間差」でしか発動できないのだ。しかも、封印魔術の限界なのかそういう仕様なのか知らないが、マジックスクロールによって発動された魔術は大して飛距離が出ない。一番飛距離の長い巻物でもせいぜい5メートル前方でしか発動しないのである。そのため、決まった距離でしか魔術を発動できないマジックスクロールは、使用場面が非常に限定的になってしまった。中には「発動した場所から直線上に20メートルほどの火炎放射を出す魔術」のように、発動してから飛距離を伸ばせるタイプの魔術もあるにはあったが、こと爆発系の魔術に限定すると、スクロールと発動場所までの距離が5メートル以上の巻物にお目にかかったためしがない。
冒険者目線だと、奥の手に何か一つ持っておくのはいいかもしれないが、あまり多く持っていても荷物になるだけだし、わざわざ高い金を払って常用するほどの利便性は無いように写ってしまう。魔術士目線だと、自分の魔術を活用した方が応用が利くと判断できてしまうし、軍人目線だと、最近開発が進められている銃とか爆弾とかの科学兵器の方が安価だし嵩張らないし利便性が高いと見做されてしまう。そんなこんなで、マジックスクロールの売り上げは一瞬にして下火になってしまったのだった。
で、そんなマジックスクロールを今回の事件に使用するとなると……。
「まず、マジックスクロールにこの規模の魔法を封印することが難しい。例えば私がこの爆発を起こそうと思ったら、魔力増強用のマジックアイテムを複数用意して、一時間くらい呪文の詠唱と魔力操作に全神経を集中させて発動することになると思うけど、それでも成功するかは怪しい。爆発はするだろうけど、扱う魔力が膨大過ぎてうまく任意の場所に発動できるか分からないから。もし仮に成功したとして、それと同レベルの封印魔術をこなせる封印魔術師がまずこの国に多分一人もいない。以前、爆炎魔術のマジックスクロールを作成するためにマジックスクロールの開発者に会ったことがあるけど、あいつにそんな芸当ができるとはとても思えなかったし……」
「マジックスクロールの開発者と言うと、確か、アダン=ハイデン氏でしたな」
「そう。そいつ。私のおじいちゃんと同類の魔術開発者だけあって、それなりにイカれた魔術師ではあったけど、正直おじいちゃんと比べたら全然大したことなかったんだよね。私のちょっと本気を出しただけの爆炎魔術を封印するのにもヒイヒイ言ってたし。私が五秒で発動できる爆炎を完全封印するのに三十分かかってたから、あいつの魔術の才能確実に私以下だし」
「この場に本人がいないとはいえ、ひどい言われ様ですな。お会いしたこともない彼に同情してしまいますわ」
別に、事実を言っているだけだし……。それに魔術開発はほとんど頭脳労働だから、魔術の才能の多寡は必ずしも魔術師としての才能の多寡を左右しないと思う。そこら辺は、魔術の才能に大きく左右される魔術士との大きな違いだろう。だから、彼はたぶんあれでいいんじゃないかな。心の中でアダン氏にそっとフォローを入れる私だったが、もしかしてこれって、言わないと意味なかったりする?
……まあ、どうでもいいや。
「ですが、確かマジックスクロールは、魔術封入前の魔術式のみのバージョンも一定数出回ってましたよね? その上で、封印魔術の腕がアダン氏以上の魔術師がいれば、この規模の爆炎魔術も封印可能だと思うのですが」
こだわるなー。まあ確かに、あらゆる可能性を検証していかないと真相にはたどり着けないとは思うけど、マジックスクロール説って、憲兵隊の間でそんなに有力な説なわけ?
「えっと、まず前者の場合、マジックスクロールは巻物に魔術式を記入した時点でそこに封印できる魔術の規模は決まっちゃってるから、少なくとも私の知る限り市場に出回っているマジックスクロールにこの規模の爆発を封印できるようなものは存在しない。仮に封印できる巻物を作ったとしたらその巻物はたぶんちょっとした大砲の筒並みのでかさになると思う」
これは魔術式の問題ではなく魔術に使用される内包魔素量の問題だ。マジックスクロールには魔素の浸透率が高い魔獣の皮を用いた羊皮紙が使用されるが、そこに含有できる魔素量の問題で、どんなに魔術式を短く整えても巻物の大きさはちょっとした大砲並みじゃないといけなくなるのだ。
「成程。それを誰の目にも触れずに秘密裏に持ち込むのはあまり現実的とは言えませんな。では──」
「あの、そもそもの話をするとさ」
ベリィさんが更に別の仮説を検証しようと口を開きかけたのを遮って、私は言う。
「爆発系の魔法って、ほとんど例外なく発動場所が爆心地になるんだよね。で、魔術士が自分の力で発動するときは発動場所をそれなりにコントロールできるんだけど、マジックスクロールで発動する爆発系の魔法って、どんなに頑張ってもスクロールと発動場所までの距離が五メートル以上伸びないんだよ。あと、スクロールの封印を解除してから発動までの時間差もどんなに頑張っても10秒以上伸びない。しかも爆発の規模が大きければ大きいほどこの時間差は短くなっちゃうのね。その上スクロールの封印解除って、使用者が魔力を流さないといけないから直接触れてないといけないし……。えっと、つまり……」
「……スクロールから爆発系の魔法を発動しようと思っても、爆発の規模が大きすぎると使用者が爆発に巻き込まれてしまうということですな」
そう。それ。私が今回の事件において、マジックスクロール使用説に否定的な一番の理由がそれなのだ。
どんなに頑張っても10メートル先の位置が爆心地になってしまうマジックスクロールでは今回のような事件だと自爆特攻以外の行動が起こせない。仮に犯人がいたとしても、それでは犯人死亡で事件は終わりだ。それが真相だと言うなら別にいいけれど、多分絶対に違うし、万が一本当だとしたら真相は闇の中ならぬ爆炎の中である。後の祭りだと言うほかない。
封印解除から発動までのわずかな時間差を利用して爆発範囲の外からマジックスクロールを投擲するという手段も一瞬考えたが、ちょっとした大砲並みの大きさの巻物を最大でも10秒以内に三百メートル四方の建造物の中心に正確に投げ入れる手段はちょっと想像がつかない。仮にそれをやってのけたとしても、それで目撃者が出ないのは流石におかしいだろう。事件発生時間が幾ら早朝だと言っても、資料によると少なからず往来に人は歩いていたらしいし、目撃者ゼロはどうにも無理がある。
天才的な爆発系魔術の使い手が使用する大規模爆発魔術を天才的な封印魔術の使い手が巨大マジックスクロールに封印し、そのスクロールを手に入れた何者かが偶然隠密系ないし物質移動系魔術の使い手で、巨大商業施設のど真ん中に向かって誰にも気づかれずに巻物を投擲する?
ないない。いくら魔法の話とは言っても妄想が過ぎる。それをもし可能にするとしたら、百年前の勇者伝説に登場する魔導王とやらがかつて使用したとかいう、『空間転移魔術』くらいのものだろう。だが、残念ながら今を生きる魔術士達にそんなトンデモ魔術は継承されていない。
そんな面倒な手順を踏むくらいなら、最初から爆発系魔術の天才が敷地の外から建物を爆破した方が百万倍手っ取り早いに決まっているのだ。
私の思ったことをベリィさんも思ったのか、彼はううむと短く唸り、
「……分かりました。マジックスクロール説は一旦取り下げるとしましょう」
と、しぶしぶと言った様子で引き下がった。
いや、にしてもめちゃくちゃ渋るじゃん。どんだけマジックスクロール説を引き摺りたいんだこの男は。
私がそう思っているのを表情で察したのか、ベリィさんは苦笑いを浮かべる。
「いや、できればマジックスクロール説が真相であることに越したことはないと思ってしまいましてな。ついつい固執してしまうんですわ。なにせ手段が魔術具によるものではなく、更に事故でもないと仮定すると、その、犯人がですな……」
「……まあ、これだけの規模の爆発魔術を操れる魔術士が犯人ってことになっちゃうと、確かに厄介ではあるかもねー。捕まえるのが大変って意味で」
ベリィさんの気持ちも分からないではない。ていうか、大いに分かる。これだけの規模の魔術を操るとなると、まずそれだけでこの国のトップレベルの魔術士ということになる。有り得ないとは思うが、この規模の爆発を実戦レベルで使用できるような魔術士だったとしたらさすがの私にも手が負えない。事件を見事解決してやりたいという気概はあるが、そんな化け物を前にしたら流石に命の天秤が振り切れて、迷いなく敵前逃亡を選択することになるだろう。
「そう。それでですね……」
そんなことを思っていると、ベリィさんが苦々しい顔でおずおずと私に話しかけてきた。
なんだろう。なんだかとても嫌な予感がする。
「事件捜査協力の一環として、アミィさんにぜひ会っていただきたい筆頭容疑者の方がいまして……」
……この話の流れで出てくる筆頭容疑者ってさぁ。どう考えてもやばい奴でしかない気がするんだよね。うん。絶対爆発系魔術のプロフェッショナルの誰かでしょう?
私の知ってる人だろうか、万が一大捕り物なんてことになったとして勝てる相手だろうか……。
あの人とあの人だったら大丈夫だけど、あの人とあの人だったらまだ私には早いかな……。頭の中で人物検索を行いながら、私は不安の気持ちを募らせる。
無理かな? 犯人逮捕までするのは流石に諦めた方がいいかな? 心の中で否定的な言葉があふれてくるのを感じる。だけど、一度請け負ってしまった仕事とやりたいと思ったことを、できれば途中で投げ出したくはないという妙なプライドが、私の口に封をして否定の言葉を紡がせない。
冷静に考えて。アミィ=エンシエル。自分の手に負えない魔獣に出会うかもしれない依頼なんてどう考えても受けるべきじゃないでしょ。それと同じだよアミィ。命の危険がある依頼なんて、受けないにこしたことないでしょ? 常識的に考えて。
頭が最適解をここでの即時撤退だと訴えている。元々依頼内容はただの助言なんだから、逃げるなら今だと思ってる。なのにどうしたことか、身体が動こうとしない。
……万が一戦闘があったとして、爆炎魔術でこの私が負けるはずないでしょ? おじいちゃんに才能を見出されたこの私がだよ? 多少経験不足でも、才能と若さと勢いに任せたら大抵のことはなんとかなるでしょ? そもそもこの規模の爆発を起こした犯人だよ? 爆炎魔術の第一人者として知りたいと思わないの?
余計なプライドと知識欲が、私の逃避を阻害する。
そうして私が中々反応できないでいるうちに、ベリィさんはさっさと話を最後まで進めてしまう。
「容疑者の方は、サイハ=クルミザワという方でして、ええ。三年前に魔王を打倒した五人の天使様の一人で、自称『爆弾勇者』を名乗っておられる、世界一の爆破使いなんですわ」
面会の約束は、部下に言ってすでに取り付けてありますので。
そう申し出るベリィさんの前で私は、サッと頭から血の気が引いていくのを感じた。
サイハ=クルミザワ。または
知ってる。私その人知ってるよ。新聞で何回も見たもん! 記事に顔の写真も載ってたもん!
魔術士という印象で認識していなかったせいで私の人物検索には該当しなかった人物だったが、その人物は、私の検索履歴の中の誰よりもヤバイ。
四年前に世界侵略を企んでたとかいう魔王を打倒して、エノク教会の偉い人から世界救済への道を一歩前進させたとかなんとか持て囃されていた五人の勇者の一人!
最近この国にやってきて、山賊だの盗賊だの魔獣だの悪徳奴隷商だのを片っ端から爆破して、連日新聞を賑わせていた、イカれた正義の爆弾勇者!
私は思った。
いいよもう。犯人そいつだよ。会わなくてもわかるもん!
凄いね! こんなに容疑者として完璧な人って居るもんなんだね! 聞いた話じゃ、天界から来た天使様たちは全員揃って奴隷制に批判的って噂だから、動機面もバッチリじゃん! やったよ。これもう決まったよ。
じゃあそういうことで、その勇者もう逮捕してくれていいよ。じゃあね。私は帰ります。報酬はギルドの口座に振り込んどいてね。
しかし悲しいかな。喉まで出かかったその思いは結局言葉になることはなく──
──翌日、私の目の前には、爆弾勇者が立っていた。
勇者…。勇者とは何ぞや。