アンチエンジェルス    作:N-SUGAR

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第3話 勇者の事情聴取①

「待っていたわ!」

 

 翌日、街の安宿に寝泊まりした私がベリィさんに連れられてやって来たのは、ご貴族様御用達の温泉宿『ロイヤルスプリング』だった。うん。前にも来たことあるなーここ。おじいちゃんと一夜を過ごした思い出のホテルじゃん。懐かしい。

 

 目的の人物はロビーの待合スペースの前で、何故か腕を組んだ仁王立ちの状態で立っていた。いや、後ろに待合席があるんだから座って待ってなさいよ。席スッカスカじゃねえか。そんな風に堂々と待ち構えられるとこっちが委縮するんですけど。

 

 まあ、多分、そういうのを狙って立ってるんだろうなと予想はできる。何しろ相手は、『クイーンズストアーズ』爆破事件の筆頭容疑者。向こうから見れば、こっちは自分を犯罪者として疑っている敵対者だ。警戒と牽制は、彼女にとって当然の行為であると言えるだろう。本人にその自覚があるかどうかはさて置き。

 

 私は今日初めて会う目の前の彼女の姿を、新聞記事で何度か見たことがある。で、そういう状況によくある話として、写真で見た姿と実際に会って見た姿で印象が違うというような話はよく聞くだろう。だけど彼女、サイハ=クルミザワに関して言えば、そういうことは全くなかった。むしろ、新聞記事の写真で見た時に抱いた印象は、実物を見ることで更に強まった。

 

 強い。彼女の姿が現す印象はその一言に尽きる。まっすぐに伸びた立ち姿、引き締まった体のラインを強調するようなぴっちりとしたパンツスーツとシャツ。そして何より、きりりと引き締まった眉と切れ長の瞳から放たれる挑戦的な笑顔。人間として見たら、年齢は十代後半と言ったところだろうか。体型的には小柄な部類に入る背格好なのに、姿勢と表情の全てが、その存在感を何倍にも増幅させていた。

 

 どこか威嚇的な雰囲気すら覚える威圧的な歓迎の声を前に、私はすでに若干腰が引けて来ている。ちらりと隣を確認すると、ベリィさんは雰囲気に飲まれたのか、息を吞んでピクリとも動き出せずにいた。おい最年長。昨日の胡散臭さとふてぶてしさはどこに行った。ここで私まで躊躇してたら、出会ったばかりなのに既に負けたような気分なりそうだったので、私は何とか威圧感に堪えて、挨拶を返す。

 

「どうも、お初にお目にかかります。サイハ=クルミザワ。私は、本日貴女からお話を伺わさせていただきますアミィ=エンシエルと申します」

 

「ええ! 初めましてアミィ! あなたが私の無実を晴らしてくれるっていう専門家の魔術士さんね?」

 

 にっこりと強気な笑みを浮かべたままつかつかと歩み寄り、両手で私の右手を掴んでぶんぶんと上下に振り回すサイハ=クルミザワ。なんだなんだ? なんで彼女は私の手を振り回すんだ? 神の御使いの挨拶か何かか? 宗教的儀式か? いきなりの出来事に疑問符があふれて思考停止する。まさかやはり、私が委縮して思考がまとまらないように狙ってやっているのか? 

 

「あと、名前についてちょっと訂正させて。私は胡桃沢彩葉。ファーストネームとファミリーネームが逆だけど、私はこっちの方がしっくりくるの。名前を呼ぶときは彩葉でいいわ!」

 

「え、ええ。よろしくサイハ……」

 

 あ……圧がすごい。めちゃくちゃフレンドリーにぐいぐい来るなこの天使。本当に神の御使いか? ただのフレンドリーな外国人じゃないのか? 伝説や聖書で伝えられる神聖な存在だと聞いていたが、強いというイメージは抱けても、神聖なオーラは今のところ全くと言っていいほど感じられなかった。

 

『人類に七度の災厄有り、主は七度天使を地上に使わせ、人類を救済せしむる』

 

 この世界の最大宗教派閥、エノク教。全人類の凡そ八割が信仰しているとまで言われる超巨大宗教であるエノク教の聖書、『エノク預言書』には前述のような一文が記述されている。エノク教の始まりは今から約400年以上前のこと。預言者マーチル=マーチハントがある晩神エノクからの天啓を受け、一晩で現在の聖書となる預言書を書き上げたところからその歴史は始まった。彼はその預言書を元にエノク教の布教活動を行い、徐々にその宗派の拡大ていった。順調に信者を増やして行ったエノク教は、しかしやがて、当時存在したクリミアナという軍事帝国からの弾圧を受けることになる。ここまでなら、単なる一宗教の繁栄と弾圧の歴史だったのだが、事の様相が変わったのはその後だった。

 

 弾圧が強まりいよいよ窮地に立たされた彼は、今こそが一度目の災厄の時だと宣言し、預言書の通りに天使招来の儀を行った。天使招来の儀の手順は、その儀式を行う前日にやはり神から啓示を受けたのだそうだ。なんとも胡散臭い妄想話に聞こえてしまうが、しかし、その妄想話は信じ難いことに現実となった。天使招来の儀は成功した。招来の儀式によって天から遣わされた一柱の天使、コウヘイ=シノダ。彼は自らを救世の勇者と名乗り、人類を遥かに超越した怪力乱神を持ってエノク教の信者達と共にクリミアナの王、『竜王バーヴァンジルデ』を打倒したのだそうだ。

 

 その後も、およそ百年周期でエノク教世界における「災厄」が訪れ、その度に天啓を受けたらしいエノク教徒たちの手によって、天使招来の儀は行われた。一度目は一柱の、二度目は二柱の、三度目は三柱の天使が天から遣わされ、時の「災厄」を打倒したと記録に残されている。四度目の災厄の時は、何故か公式の記録に残っている天使が一柱しか確認されていないが、歴史家の間では、天使は確かに四柱召喚されていたという説が有力だ。そして五度目の儀式が行われたのが今から約五年前。召喚された五柱の天使、『五代天使』と呼ばれる彼らは、たった一年の内に、秘密裏に人類を支配しようと画策していた魔王を打倒したのだそうだ。当時の私は世間の情勢に疎くて、魔王だの天使だのと聞かされてもなんのこっちゃでさっぱり意味が分からなかったが、年を重ね学を修める内にだんだんとその内容が理解できるようになって、だいぶヤバイ事件が私の預かり知らぬところで過ぎ去っていたんだなと薄ら寒く思ったものだ。

 

 最初にエノク教徒は人類の八割を占めると話したが、かくいう私もそのエノク教徒の一人だ。そもそもおじいちゃんがエノク教の牧師様の仕事をしているので、私も13歳になった時にエノク教の教会で成人洗礼の儀を行った。その際に信仰告白を行う場面があり、そこで自分が神エノクの御子であると宣言することで、私は正式にエノク教の一員となった。食事の際はエノク教式の感謝を欠かさず行っているし、土曜日のミサの日にはおじいちゃんと一緒に教会に行ってお祈りを捧げている。実に見本的なエノク教徒の鑑と言えるだろう。神様の存在についてだって、歴史の要所で天啓を下したり天使を送ったりしてるんだから、そりゃ実際に神様はいるんだろうと思ってもいる。

 

 まあ、私の一番の信仰対象は、出会ったこともない神エノクじゃなくて実際に私を救ってくれているおじいちゃんなんだけどね。

 

 とはいえ神の存在を否定する理由もないので、神はいるんだろうし、目の前のサイハ氏が神の御使いであることも疑ってはいない。疑ってはいないが、意外だった。

 

 案外天使なんて生き物も人間と変わらないんだな。

 

 悪党や悪魔を例外なく爆砕する『爆弾天使』などと噂され、自分でも『爆弾勇者』などと嬉々として名乗っているらしいと風の便りに聞いていたから、一体どんな人外イカれポンチ天使が登場するのかと心臓をバクバク鳴らして緊張していたのだが、今のところ、話が通じない人外ウェーブをかまされるというほどのことはない。まだ挨拶しかしてないのにいかほどのことが分かるのかという話だが、案外挨拶だけでもそれなりに分かるものだ。

 

「それじゃあ、私の無実を晴らすための事情聴取ってやつをしましょうか。どこでやるのがいいとかある? 人に聞かれたくない内容とかあるなら私の部屋に案内するけど」

 

 おい。聞かれてるぞおっさん。これはお前が判断するところだろ憲兵隊。

 

 未だに呆然としているベリィさんの小脇を肘で小突くと、ベリィさんははっと我に返って私の方に耳打ちする。

 

「捜査機密や個人情報を含みますので、できれば部屋の方でお話させていただくと助かりますとお伝えください」

 

「なんで私に耳打ちするの。自分で伝えりゃいいでしょうが」

 

 私がベリィさんに文句を言うと、ベリィさんは怯える子羊のように震えながらぶるぶると首を横に振る。可愛くないぞおっさん。自分の齢を考えて欲しい。……じゃなくて。

 

「さっきからどうし……」

 

 ベリィさんの尋常じゃない怯えぶりに流石に違和感を覚え、直接尋ねようとして、思い至る。

 

『魔素視の魔眼』。彼はその目を通して他者の内包魔素量を観測することができる。もしかすると、私には何となく威圧感としか感じないようなモノが、彼の眼にははっきり見えてしまうのではないか? 

 

「……そんなに凄いの? あの人の魔素量」

 

「凄いなんてもんじゃありません!」

 

 私が小声で尋ねると、ベリィさんは冷や汗を流し、目ん玉をひん剥いて、やはり小声で返答する。

 

「……化け物です。こんな爆発的な魔力、生まれてこの方見たことも感じたことも無い。いくらなんでもあんまりだ。今まで彼女のことは部下に対応させてましたが、こんなだと分かっていたら今日も部下に任せてましたわ。早く逃げるべきだ。特定指定災害魔獣の百倍危険だと本能が訴えてますわ……」

 

 いや、そんなこと言われてもな……。私をここに連れてきたのも、この人に会わせたのも全部あんたなんだが……。

 

 まぁ、しかし、歴戦の観測士の言うことだ。彼の言っていることは寸分違わず事実ではあるのだろう。魔獣と遭遇した際、その魔力量を推し量り、戦うべきか否かを判断するのも立派な観測士の仕事である。特定指定災害魔獣といったら、人里に現れたら一都市を壊滅させてしまう可能性がある危険魔獣のことだ。それと比べ物にならないなんて評価を下されたら、そりゃ冒険者なら逃げる以外の選択肢はない。

 

 だけど、今のベリィさんは観測士ではなく国家憲兵で、目の前の災害相手にやるべき事は戦闘ではなく事情聴取である。平和な話し合いだ。相手が話の通じる文化人である限り、相手の物理的な危険度はあまり関係がない。はずである。

 

「ちょっとー。何二人でコソコソ話してるの? ていうか、私、そう言えばそっちのおじさんからまだ挨拶してもらってないんですけど?」

 

 あーほらもー。サイハから怪しまれちゃってるじゃん。円滑に事情聴取するなら、ある程度彼女の好感度は稼いでおきたいのに。

 

「や、すいません。どうも彼、あなたの魔力に驚いてしまったみたいでして。彼、魔素視の魔眼持ちで人の魔力が見えてしまうんですよ」

 

「ん? あー。成程。そういう事ね」

 

 どうやらサイハは魔眼のことはご存知だったらしい。納得したように頷くと、キュッと目を瞑り、全身を軽く強ばらせる。

 

 すると、彼女の周囲に漂っていた威圧感のようなものが弱まった。

 

「や、ごめんね驚かせちゃって。私、魔力の扱いってのがあんまりよくわかんなくてさ。ちょっと気を抜くと直ぐに魔力がダダ漏れになっちゃうんだよねー。それでよく人から怖がられちゃって。困ったもんだよねー。ま、それでもそっちの人の怖がり方は異常だけど」

 

 勝気な笑みを浮かべながらも、サイハは申し訳なさそうに頭を搔く。どうやら、彼女にとって今回のような経験は初めてってわけじゃないらしい。でも、そっか。威嚇されているのかと思っていたが、どうやら、ただ自分の膨大な魔力を上手く扱いきれていなかっただけだったようだ。

 

 いや、だとしたらそれはそれで危険だと思うのだが……。

 

 とはいえ、彼女が魔力のオーラを抑えたことで、どうやらギリギリ会話するだけの余裕が生まれたらしいベリィさんが、やっとサイハに向き直る。

 

「こ、こちらこそ、失礼しました。私、憲兵団刑事部特殊犯罪捜査専任少尉のベリィ=アールグレイといいます。本日は、我々の捜査に協力していただきありがとうございます」

 

 未だに怖気づいたままらしく、顔面を引きつらせたままやっとといった様子で挨拶をするベリィさん。

 

 サイハはそんなベリィさんを見て仕方ないという風に肩を竦めると、「よろしく。で? どうするの?」とベリィさんに尋ねた。

 

 対してベリィさんは「えーと、そのですね……」と蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまい、受け答えの歯切れが何とも悪い。

 

 ……うーん。これは、私が主導で進めた方が話が早いな。

 

「本日の聴取は捜査上の秘匿情報も含んでいますので、できればお部屋の方でお話を伺えればと思っているのですが……」

 

 仕方なく私が会話を引き取ると、サイハはこちらに向き直って、にこりと笑う。

 

「そ? じゃあ、行きましょうか」

 

 魔導エレベーターでホテルの最上階まで昇り、自分の泊まる個室へと足を進めるサイハの背中を追って歩いていると、ベリィさんがまた小声でこちらに耳打ちしてくる。

 

「アミィさん、よく彼女の前に平然としてられますね。あんな魔力垂れ流されたら、魔素が見えなくても威圧感で押し潰されそうなものですが」

 

「えー。ああ、まあ確かに威圧感はあるけど……」

 

 成程。もしかすると、私は「私」だから、この程度で済んでいるという面もあるのかもしれない。そういえば、ホテルの待合スペースも人っ子一人いなかったけど、あれは、サイハの周りに留まることにホテルの客や従業員が耐えられなかった結果だったのかもしれない。

 

「私を含めてある程度魔力の扱いが上手い人は、無意識に自分の魔力で保護膜作ってるからねー。言っちゃえば、外の魔力にある程度耐性があるんだよ」

 

「え、あ! よく見たら確かにそれっぽいのがある! なにそれずるい!」

 

 ベリィさん、元一ツ星冒険者だったくせに魔力保護のこと知らなかったのか。対魔法防御にそれなりに有用だから、一定以上の、それこそ星が付くような難易度の冒険依頼には必須の技能だと思っていたのだが……。少なくとも私はおじいちゃんからそう聞かされて、魔術を教えてもらうときに基礎訓練の一環として練習させられた。私の知っているベテラン冒険者の何人かも、別に魔術士じゃなくても魔力保護の技能は使ってた筈だ。

 

 ……でも、そういえば、魔力保護を日常的に使ってるって言ってた先輩冒険者は、二ツ星の魔法剣士だったな……。

 

 あれ、もしかして、魔力保護って割と世間に知られていない高等技能なのか? 

 

「こ……こうですか?」

 

 私が物思いに耽っていると、ボウっと、一瞬ベリィさんの周囲に魔力光がきらめいた。どうって言われても、私には魔素視の魔眼が無いから、今ベリィさんが魔力保護の保護膜貼れてるかどうかなんて分からないんだけど。

 

 だけどどうやら多少の成果はあったらしく、ベリィさんは「あ、確かに! すごい楽になりましたわ!」と興奮した口調ではしゃいでいる。あー。まあ、喜んでもらえて何よりだ。

 

「ついたよー。この部屋」

 

 そんなことをやっているうちに、サイハが自分の泊まっている部屋にたどり着いたらしく、ガチャリとサムターンキーを回す。

 

「ささ、入って入って!」

 

「お邪魔します」

 

 サイハに促され、私とベリィさんは部屋の中に足を踏み入れる。こういった高級宿は入り口すぐの部屋が応接室や客間になっており、その後ろの部屋がプライベートスペースになっている。ホテル最上階のこの部屋も、その例に漏れず、入った先には広々とした客間が広がっていた。

 

「そこのテーブルに座って待っててね。今、お茶を用意させるから」

 

 サイハは私達を応接用のテーブルソファに案内すると、入り口の脇に備え付けられているベルを三回鳴らした。高級ホテルによく備え付けられている魔導ベルは、ホテルカウンターのベルと連動していて、鳴らしたベルの回数でホテルマンに用事を伝えることができる。三回は、確かルームサービスの使用人を呼び出す合図だった筈だ。

 

「ま、すぐに来るでしょ。お話、早速始めちゃう?」

 

 サイハはベルを鳴らした後、私達の向かいのソファにどっかりと座り、腕を組んでふてぶてしく構える。

 

「ええ。そうですな。あまりお時間を取らせたくもありませんし、始めてしまいましょうか」

 

 そして、こちらはこちらで持ち前のふてぶてしさを取り戻したらしいベリィさんが、さっきの怯えようが嘘かのように胡散臭い敬語で話し出す。

 

 こうして、爆破事件の筆頭容疑者、爆弾勇者のクルミザワ=サイハへの事情聴取が始まった。

 

 




取り敢えず、今日はここまで。次の話は暫くお待ちください。感想、お待ちしております。

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