Ideal Fantasy:Online   作:暁星

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キャラクタークリエイト/船出

「──ようこそ。《Ideal Fantasy》の世界へ」

 

 覚醒した意識に、白い光と、穏やかな音が届く。深い眠りから目覚めた朝のように。

 

「はじめまして。私はエル、あなたの船出を導く者です」

 

 瞼を開き、目の前の少女に焦点を合わせる。

 森林の木漏れ日を形にしたような眩い長髪と、磨いた翡翠に似た煌めく瞳。絹のトーガから覗く滑らかな肌は、熟練の職人が手がけた西洋人形と言われても疑わない。ただ一つの装飾品である銀色の細い首輪が、清廉な華やかさを感じさせた。

 

「まずは、あなたがこの世界で活動するための体、アバターを作成していただきます」

 

 少女……エルの言葉に合わせて、シンプルなデザインのシステムウインドウが現れた。

 つまり、キャラクタークリエイトの時間だ。初めにこれを必要とするゲームは多い。慣れた儀式だと、ウインドウに視線を走らせる。

 中央に設けられた、横に長い空白の枠。最初にプレイヤーネームを決めろ、ということらしい。

 

 仮想キーボードをなぞり、長年使っているハンドルネームを入力する。《クロト》と。

 その先で映ったタブは全てが灰色になっていて、どれに触れても反応がない。

 どういうことか、と声を出そうとした瞬間、エルからの確認が飛んでくる。

 

「あなたは、この世界のことをご存知でしょうか?」

 

 エルの言葉を聞き終えたそのときには、自然と首が縦に動いていた。

 

 

 

 ──《Ideal Fantasy:Online》、略してIFO。それが、このゲームのタイトルだ。一時間ほど前に正式サービスを開始した、期待の新作VRMMO。

 けれど俺はもっと前から、この世界を知っている。

 

 二十年以上前、《Ideal Fantasy》というRPGが作られた。今基準では粗いポリゴンの、当時からすると革新的な3Dモデルで描かれた、ファンタジー世界の冒険譚だ。発売当初から好評だったらしく、続編を望む声も根強くあった。

 当時の若者であった父のお宝だというハードとソフトを借りて、十数年も遅れて《Ideal Fantasy》に触れたかつての俺も、すぐにあの世界の虜になった。

 

 ……だが古のゲームというのは、やがて限界が訪れるもので。三年ほど前、ついに彼らは寿命を迎えた。ハードとソフトの、どちらもだ。二世代に渡って心躍る夢を見せてくれた彼らが一切の反応を返さなくなったあの日、俺たちは親子揃って喪に服し、色褪せたパッケージの中へ丁重に収めた。

 以来、俺はあの世界と触れられずにいた。ハードもソフトも、未だに動作するものはとても貴重だったからだ。

 

 そして、去年のことだ。ある日、目を疑うほどの嬉しい報せが告げられた。

 なんと当時の開発者たちが再集合し、新たな《Ideal Fantasy》を作るというのだ。最先端の技術の、さらに先を行くことを約束する──と、彼らの一人がどこかのインタビューで答えていた。

 

 そう。それがこの、《Ideal Fantasy:Online》。半年前のクローズドβテストに当選した知り合い曰く、既存のあらゆる没入型VRゲームを超える新体験が味わえたという。

 

 

 

「──あなたはハンターだったのですね。再びこの世界へ来ていただき、ありがとうございます」

 

 そう言って、エルは綺麗な姿勢で一礼した。

 ……ハンター。そう呼ばれると、懐かしい気持ちがこみ上げてくる。

 《Ideal Fantasy》では、登場人物の大半はハンターと呼ばれる存在だった。もちろん、プレイヤーが操作する主人公も。

 

「それでは、アバター作成を再開します」

 

 いつの間にか縮小されていたウインドウが、元の大きさに戻った。

 灰色になっていたタブが淡い水色に変化し、一番上のものが拡大される。

 表示に従いながら黙々とアバター作成を続けていると、思い出したようにエルが声を発した。

 

「言い忘れていました。アバター作成の段階で、人族以外の種族になることはできません。エルフなどの異種族になる方法は、この世界の探索で見つけてください」

「エルフ? 元のIFにはいなかったよな……」

「はい。再構成されたこの世界にのみ存在する種族です。同様のものは、他にも多数存在します」

 

 調整した声で呟いた疑問を、エルが拾う。

 さっきは綺麗な髪に気を取られて気づかなかったが、彼女の耳は三角に尖っていた。

 

「もしかして、君もエルフ?」

「はい。エルフのエルです。覚えやすいでしょう?」

 

 そう言って、彼女は微笑んだ。……端的に言って、なかなかの破壊力だ。

 没入型VRゲームをプレイするのは初めてではない。初めてではないが、現実のような感覚の中で、現実離れした美人に微笑みかけられるというのは、なかなか慣れがたい。

 

「……アバター作成が終わったようですね。次は、あなたが降り立つこの世界について説明します」

 

 ──この世界において、プレイヤーの皆様は《航り人》と呼ばれる存在です。《ハンター》と呼ばれる方が馴染み深いかもしれませんが、このIFOにおいて、それは現地の戦士に対する名称となっております。

 ──はい。いわゆるNPCです。その中でも戦う力を持つ者が《ハンター》と呼ばれます。冒険をしていれば、自然と出会うでしょう。

 

 ──現地の人間は、プレイヤーにとってはただのNPCかもしれません。ですがお気をつけください。NPCに危害を加えたり、迷惑行為をはたらいた場合には、《カルマ値》というステータスが減少していきます。

 ──はい。カルマ値が一定のラインを下回ると、現地の人間からは危険人物、あるいは犯罪者として扱われます。多くの街や村には入ることすら困難となり、ゲームの難易度が大きく跳ね上がることが予想されますので、くれぐれもご注意ください。

 ──ノンプレイヤーキャラクター。その意味では確かにNPCですが、単なるオートマトンではないことをお忘れなく。

 

 

「最後に、《ギフト》をお選びください。あなたの船出を祝う品です」

 

 一旦空っぽのウインドウが展開されてから、少し遅れて、その中を無数のアイテムが埋め尽くす。

 アイテムといっても有形のものだけではないようで、ステータスへのボーナスなども見受けられる。まあ大部分は、装備品や消耗品のようだが。

 

「《ギフト》は全て、冒険の中で取得可能なものです。タイミングの違いでしかないことは留意してください」

「それなら、これにしようかな」

「はい……はい? えっと、少々お待ちください。創造主たちへの確認を行います」

 

 リストから選択したのは、《エル》。遊び心で用意された選択肢なのだと思うが、そういうものには乗っかっていくほうが楽しいだろう。彼女は一体、どういう反応をするのか。

 

「………………お待たせしました。そちらのギフトですが、どうやら何かのエラーで表示されてしまったようです。すみませんが、再選択をお願いします」

 

 エラーならばしょうがない。迷わず、もう一度選び直す。《エル》を。

 

「……あの」

 

 どうやらダメなようだ。仕方がないので、同じところをタップする。

 

「…………」

 

 黙ってしまった。悪ノリが過ぎたか。

 反省の意を示すべく、第二候補として決めていた武器へ指を走らせ────それを、エル本人に止められた。

 

「創造主たちへの再確認を行いました。どうやら創造主の一人が、悪ふざけで入れた項目だったようです。最初に気づいたあなたには、それを選ぶ権利を与えよう……とのことですが、いかがなさいますか」

 

 なんと、本当に選べてしまうらしい。それなら、ありがたく受け取ろうではないか。

 

「……分かりました。船出の後、改めてお会いしましょう」

 

 こほん、と小さく仕切り直して、彼女は腕を振った。オーケストラの指揮者のように。

 俺とエルのちょうど中間に架かる、鮮やかな虹のアーチ。やたらと縦に長いそのアーチは、扉、あるいは門なのだろう。

 

「かつてハンターだったというあなたへ、創造主たちからの伝言です。『この世界は、昔と同じではありません。新しい世界を、どうぞお楽しみください』……以上です」

「新しい世界……か」

 

 エルフが存在するという話だけで、既にIFの通りではない。それに、再構成された世界だとも言っていた。

 どんな世界が待っているのだろう。どんな物語が、どんな冒険が。

 すぐ目の前で待っている新しい世界に、想像が膨らんでいく。

 

「船出の時となりました。《Ideal Fantasy:Online》を、お楽しみください」

 

 その言葉に背中を押され、アーチを潜った。溢れ出しそうな期待を、体いっぱいに抱えながら。

 真白だった世界が、空の青に塗り替えられる。単一の青に濃淡が生まれ、やがてふわふわした白が広がりだす。視界の下のほうを覆うのは、緩やかな弧を描く緑。

 新しい世界が、眼前に現れた。

 

「それでは──また、あちらでお会いしましょう。マスター・クロト」

 

 


 

 

 意識の連続性が途切れていたら、リアリティの高い夢を見ているのだと錯覚しそうな景色。

 衝動的に寝転がった体を包む青い草と前髪を、通りすがりの爽やかな風がくすぐっていった。

 

「……ほんとうに、綺麗な空だ。前評判も大袈裟じゃなかったな」

 

 果てのない青空を、白雲が流れていく。空の青に深みがあるからこそ、真白な雲が映えるのだろう。なるほど、これがワビサビか。

 

「夜は久々に、寿司でも食おう」

 

 大地という天然のベッドから起き上がり、視界の端に映る時刻を確認する。正式サービス開始から経過した時間は、およそ一時間半。

 このままこの草原でゆっくり日向ぼっこを続けるのも気持ちいいだろうが、今はまだこの世界に誰も知らない未知が溢れている。今は、誰よりも速く広く深く探索したいという、ゲーマー的衝動に従おう。

 

「エル……はいないのか」

 

 俺の《ギフト》であるはずの少女は、あたりを見回してもいなさそうだ。

 チュートリアル中は機能が制限されるというのはよくあることだし、その類だろうと推測し──そんな時、ピコンと音がした。視界の中央で、システムウインドウが光って主張する。

 

『ようこそ。Ideal Fantasy:Onlineへ』

 

 運営からのメッセージだった。キャラクタークリエイトを完了させ、ゲームをスタートしたことで送られたもののようだ。

 簡素な定型文と、一度エルから聞いたことが並べられている本文を流し読みして、メッセージを閉じる。

 

「とりあえず、街を目指さないとな。良い景色だけど、なんだってこんなフィールドに……」

 

 幸い、街は草原の先に見えている。急げば十分ほどで着くだろう距離だ。

 武器の無い初期装備のまま、小走りで街へ向かって駆け出していく。これまた幸運なことに、周辺にモンスターの姿は無い。

 

 ……いや、見えていないだけだった。

 

「おっと! 隠れるのが上手いな」

 

 何もないと思っていた草の合間から、小さな生き物が飛び出してきた。ネズミがモチーフであろうその小動物に視線を合わせると、頭部の上に赤色のカーソルが出現した。

 モンスターだ。既に敵対状態の。

 

「武器が無いのに戦闘? リスポーンで街に行くのは嫌だぞ……!」

『──聞こえますか、マスター。どちらかの手で空中をピンチアウトして、操作メニューを表示してください』

「エル!? どこに──いや、分かった!」

 

 どこからともなく聞こえた声の通りに手を動かすと、懐かしいUIのウインドウが開かれた。雰囲気はガラリと現代風に変わっているが、根底はIFで幾度となく見たメニューだ。

 これの使い方は、尋ねずとも分かる。体の奥底に刻まれているから。

 

『装備画面を開いてお好みの武器を選択し、ひとまず戦闘に勝利してください』

「オーケー、任せろ」

 

 ネズミのモンスター──名前が、カーソルの横に表示された。どうやら《グレーラット》というらしい。その飛びかかりを回避し、右手に出現した得物を振り下ろす。

 赤銅の片手剣が、鈍い音を立てて、跳躍中のグレーラットを叩き落とした。

 

「キュッ!」

 

 名前の下に表示された緑色のバーが、悲鳴と同時に減少する。この攻撃で、グレーラットのHPは一気に半分以上減っていた。もう少し力を込めれば、あと一撃で仕留められるだろうか。

 

「そらっ、持ってけ!」

 

 グレーラットの体勢が崩れている隙に、剣を振りかぶる。狙った軌道の通りに成功した攻撃だが、予想に反して、奴のHPは一割弱が残っていた。

 カウンターとしてボーナスでもかかったか、それとも叩き落としたことで追加ダメージが入っていたのか。何にせよ、初撃のほうが高いダメージを出せていたようだ。

 

 衝撃で生まれた隙は、あまり長くない。さらにもう一発入れられるほど、グレーラットはのんきではなかった。

 すばしっこい動きで駆け回られ、なかなか狙いが定められない。あと一撃で確実に倒せるが、その一撃を入れられないことがもどかしかった。

 

『マスター、隙が無いなら作りましょう』

「強引だなあ。でも嫌いじゃない」

 

 エルのアドバイスを聞いて、剣を適当な位置に叩きつける。もちろん空振りだし、土に突き刺さって俺のほうに隙ができる。

 だがそれは、狙い通りに奴の隙へと転じた。

 

「キュワアッ!」

「よし来た、そーれっ!」

 

 後ろから飛びかかってきたグレーラット。奴を横から襲うのは、それを予測していた俺の回し蹴り。何も、剣で斬りかかるだけが攻撃ではない。コントローラーを握って戦うRPGと、アバターを動かして戦うVRゲームの違いだ。

 つま先で蹴り飛ばすつもりが、距離感を誤って不恰好な膝蹴りとなってしまったが……ともあれ、無事に攻撃はヒットした。グレーラットの残り少ないHPバーが全損し、儚いガラス細工のように砕け散る。

 

『おめでとうございます、マスター。初勝利の感動に浸りたいところでしょうが、なるはやで私をそちらに連れていっていただきたく。アイテムリストをお開きください』

 

 一度畳んだメニューを、再度呼び出す。今度は装備画面ではなく、アイテムリストを開き。中を見ると、グレーラットのドロップ品と思しき素材の他に、《契約書》なるアイテムが入っていた。

 アイテムの説明文を読むに、これを使うことでエルを呼び出せるようだ。

 二度の使用確認にYesのボタンを押すと、地面に複雑怪奇な魔法陣が描き出された。

 黄金に輝く光の粒が集まって、エルの輪郭を形成していく。3Dプリンターの造形を早送りで見ているような気分だ。

 

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします、マスター・クロト」

「おう」

 

 どこかかわいらしい所作でぺこりと一礼すると、エルは右手を動かし始めた。空中をピンチアウトし、その後上下にスクロールしたりタップしたり。メニューを操作しているのだろう。

 自分以外が開いているメニューは見えないという知識を得たところで、通知音と共にシステムウインドウが現れた。

 先導者《エル》とバディになりました──書かれているのは、そんな一文。

 

「バディというのは、条件を満たした一部のNPCとだけ結べる特別な関係のことです。プレイヤーとのフレンド登録、そしてパーティー結成を混ぜたような機能となります」

「疑問に先回りしての解答、ありがとう」

「どういたしまして。それでは、街へ向かうとしましょう。マスター」

「だな」

 

 

 肩を並べて歩きながら、メニューにあるステータスやスキルといった項目に目を通していく。

 今のレベルは1。その横にある経験値の量を表すメーターは、七割ほどまで到達している。グレーラットから獲得できる経験値はあまり多くなかったようだが、それでももう一体倒せば余裕でレベルアップできそうだ。

 StrやVitといったステータスはどれも初期値と思しき10。レベルアップ時に獲得できるポイントを割り振ることで、自由にステータスを向上させられるという。IFのときと同じ仕様だから、一目見て分かった。

 

「スキルは……よく分からないな。IFのときと全然違う」

 

 IFはポイントを消費してスキルツリーを開放していく方式だったが、IFOでは新しい仕様に変更されていた。

 

「レベル0の《片手剣スキル》と《体術スキル》、それから《見切り》のスキルヒント……。エル、教えてもらえる?」

「はい。IFOにおいて、全てのスキルは条件を満たすことで自動的に習得されます。《片手剣スキル》と《体術スキル》は、マスターがグレーラットに攻撃した手段に合わせて自動習得されたものです」

「あー。剣で斬って、足で蹴ったからか」

「はい。そしてマスター、注意点が一つ。基礎的なスキルであるその二つは、習得した瞬間から効果を発揮するものです。ですが大半のスキルは、ポイントを消費して開放することで、初めて効果を発揮するようになります。習得しただけでは効果が無いため、お気をつけください」

 

 試しに片手剣スキルの効果を確認してみると、極めて簡素な説明が書かれていた。

 ──片手剣で戦うための基本技能。片手剣を使った攻撃の威力が上がる。

 といった具合に。体術のほうも同様だった。

 

「スキルヒントですが、これは名前の通りです。スキルを習得する条件について、示唆してくれるヒントですね」

「へえ。今回の場合は……『敵の攻撃を見切ろう』ね。そのまんまじゃん」

「ちなみに、開放したスキルは同時に十個までセットすることができます。今のマスターには関係のないことですが」

「……見切りを含めてもなお、三つしかないからな」

 

 ちなみに私のスキルは五つです。なんて、エルは胸を張って自慢してくる。

 五十歩百歩、どんぐりの背比べ。けれど明らかに俺の負けだった。

 

「まあ発動しない武器スキルを除くと、実質二つですが」

「ふむ。早く見切りを習得したくなってきた」

「片方はバディ……つまりマスターに対する経験値ボーナスです。私自身に効果があるスキルは一つだけですね」

「経験値ボーナス? それがあってもあの経験値量ってことは、あのネズミひょっとして相当不味いんじゃ……」

「いえ、先ほどの戦闘には効果が適用されていません。バディとして契約が完了したのは、戦闘が終了してからでしたので」

 

 確かにそうだった。結局あれは、標準の経験値量だったというわけだ。

 それにしても、五つあるスキルのうち一つしか恩恵を受けられないというのは、なかなか切ない状態ではないだろうか。

 街に着いたら、まずエルが使うための武器を買おう。

 もし金が足りなかったら……ふむ、どうしようか?

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