Ideal Fantasy:Online   作:暁星

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遅れに遅れ、忙しなく

「レベル1のまま、街に着いちゃったな」

「正式サービス開始から経過した時間は、一時間四十八分です。始まりの街であるここ《アウローラ》には、ビギナー・βテスターを問わず、未だ数多くのプレイヤーがいると思われます。彼らをメインクエストの進行に注力させるため、アウローラ周辺はモンスターの湧きが悪くなっているのでしょう」

 

 一の呟きは、十倍になって返ってくる。エルとは出会って間もないが、順調に良好な関係が築けている……と解釈していいのだろうか。

 

 始まりの街、アウローラ。

 その名の通り、Ideal Fantasy:Online(IFO)のプレイヤーが、ゲーム開始時に降り立つ街……らしい。

 というのも、俺のスタート地点はアウローラではない。その外に広がる草原の中、二十分歩いて街に着く程度の距離がある場所だった。

 

「メイン・サブを問わず、多くのクエストは過程と報酬で経験値を獲得できます。レベルを上げたいのでしたら、自然湧きのモンスターを倒すよりも、クエストを攻略するほうがよいかと」

「じゃあそうするか。エルの武器を買ってから、だけど」

「私の?」

 

 こてん、と首を傾げた。美しさの色が強いルックスと、所作のかわいらしさとのギャップが大きい。

 心のさざなみを隠しつつマップを開いて、平静を装いながら前を歩く。

 

「今、武器がなくて戦えないんだろ?」

「いえ。ありますし、戦えますが」

「……え? じゃあ、持ってる武器スキルが発動しないっていうのは?」

「ああ、そういうことですか。言葉の綾、というやつです。見ていただいたほうが早いですね」

 

 私のスキルです、と。そう言って共有されたリストには、杖・弓・魔法の武器スキルと、バディの経験値を増加させるという《導きの灯火》、そして《行動制限:カウンター》なるものの計五つが並んでいた。

 武器スキルは、それぞれに該当する武器を持っていなければ発動しない。魔法は少々事情が異なるかもしれないが、何にせよ使えないのだということは予想できる。経験値ブーストについては、道中で聞いた通りのものだろう。

 問題は、《行動制限:カウンター》というスキルだ。

 

「私はマスターのギフトとしてここにいますが、それは想定されていた流れではありません。本来であれば、私がバディになりうる存在としてプレイヤーの目に触れるのは、もっと先の隠しクエストが攻略された後でした。ゲームの攻略が進めば入手可能なものというギフトの要件とは確かに合致しますが、同時に、序盤から使用できてもバランスを過度に揺さぶらないという選定基準には真正面から反しています」

 

 果たしてこれは、往来のど真ん中で話していても大丈夫な内容なのだろうか。

 不安になってきた俺の心を見透かしたように、エルは更なる情報を付け加えてくれた。

 

「今、私とマスターの会話はプライベートモードで行われています。サーバーのログには残りますが、もちろんそれを一般ユーザーが目にすることはないのでご安心ください」

「そっか、ありがとう。というかそんな機能あったんだ」

「一度オプションメニューに目を通されたほうがよろしいかと。……話を戻しますが、そのような事情から、私には複数の枷がつけられています。この行動制限は、その一つです。攻略が進んで枷が外されるまで、私のいかなる行動もダメージを伴いません。どれだけ強力な攻撃を命中させても、グレーラットのHPを一ドット削ることすらできないのです」

 

 その言葉を聞いて、エルに剣で切り刻まれたグレーラットが平然としている様子が思い浮かぶ。なかなかシュールな光景だ。

 納得いく話ではあったが、そうなると彼女自身の言葉と食い違っているように思う。先ほど、武器はあるし戦えると言っていたはずだ。武器の有無はともかく、ダメージを与えられないなら戦えるとは言えないのではないだろうか。

 

「ご安心ください。カウンターと判定される攻撃に限っては、制限の影響を受けません」

「つまり、カウンター縛りと。面白いな」

「そうなりますね。……さて、マスター。私の戦闘面に関して、心配は無用です。それでもこのままショップに向かいますか?」

 

 ふむ。エルの武器を買うという目的が勘違いから生まれたものだったのだから、ショップに行く必要性はなくなった。しかしショップはもう、すぐ目の前にあるのだ。せっかくなら寄ってみてもいいだろう。その旨を伝え、年季が入った木製のドアを開ける。

 

「いらっしゃいませー」

 

 一目見て、コンビニの店内を連想させた。右側にカウンターとバックヤードがあり、左には武器やら道具やらが所狭しと並べられた棚がある。とはいえその規模感は実際のコンビニよりも数割増しだ。武器がかなりの幅を取ってしまうからだろう。

 

「客、案外少ないな。ごった返してても困るけど」

 

 入店して早々に店内を把握できたのも、視線を遮る他のプレイヤーが少ないからだ。疎らに点在する彼らは、合計四人。始まりの街にあるショップとしては、異常と言ってもいい人数ではないだろうか。

 

「ここのような街の中にある閉鎖的空間の一部は、ある種のインスタンスエリアとなっています。通りに佇んでじっと観察していれば、入店と同時に姿が消えるプレイヤーを目撃することも難しくないでしょう」

 

 少し控えめな声量でエルが言ったそれは、視点によっては怪奇現象や都市伝説と類されるようなことだった。不用意にアバター同士を重ね合わせれば問題が生まれる、VRMMOというジャンルだからこその処理だろう。

 

 店内を歩き回り、手持ちの資金──初期配布分のお金の少なさを考慮に入れつつ、ショッピングとしゃれこんでいく。

 オーソドックスな片手剣に始まり、両手剣や槍、盾といったメジャーなものは、最も目につきやすい位置に置かれている。サイズ感から場所を取らない短剣や格闘用の武器が隙間に並び、奥のほうに細剣や戦斧などの他の武器があるようだ。

 

「性能は今のより良いけど、上がり幅の割に値段が高いなあ」

「懐の寂しいマスターは、装備よりも消耗品を購入するべきかと。初心者用のポーションセットに、状態異常を治せるものは含まれていませんから」

「正論。だけどなんだか悲しくなるよ」

 

 

 最終的に購入したのは、不足している消耗品とうさんくさい学習書。所持金の八割が飛んでいったこの買い物、金額の大半はこの日に焼けた古い本が占めていた。

 

「本当によかったのですか? なけなしの財産をそんなものに使って」

「エル、これに何が書かれてるか知ってる?」

「いいえ。そのような個別のアイテムに関する情報は持っていません。ですが十中八九、ロクなことが書かれていないと予想します」

「ずいぶんな物言いだな……。ああいう初心者、というか新人向けの品揃えをしている店に、こんなうさんくさい本があったんだ。中身はロマン以外の何物でもないよ」

「なるほど、分かりました。マスターは物好きなのですね。ならば私はその決断を尊重しましょう」

「うーん、冷ややかな声」

 

 軽口を交わしつつ、インベントリから実体化させた本を開く。この一瞬を切り取れば歩き読書を始めるところに見えてしまうのだろうが、そんなつもりは全くない。アイテムとして使用するための手順だ。

 本を開く。その行動をトリガーに、アイテムの使用確認をするウインドウが現れた。ボタンによる二択へ肯定を叩きつけてから、小さな後悔を生んだことに気づく。

 

「しまった……! 中身、読めそうだったのに」

 

 システムは俺の操作に粛々と従い、古びた本を煌めくポリゴンとパーティクルに分解した。代わりにスキルヒントを与えてくれたようだが、遅れて芽生えた好奇心の行き先は既に跡形もなく消え去ってしまっていた。

 読めないと決めつけていたのかというと、そうではない。単に、読めるか読めないかという疑問が生まれていなかった。往々にして読めないものだという凝り固まった先入観が、疑問の芽生えを抑え込んでいたのだ。

 つまり。ゲーム内の本が読めるかどうかなんて、考えてすらいなかった。

 次は絶対中身に目を通してから消費しよう。ささやかに一つ決意しながら、気持ちを切り替える。

 

「『風前の灯火にこそ、輝く星がある。強かであれ』……今度はかなり婉曲なヒントだな。スキル名も伏せられてるし、思ってたよりも難しそうだ」

「そのヒントに関する情報は持っています。必要であればお話ししますが」

「いや、いい。自力で探すことを想定してるんだろうから、俺はそれに従うよ」

「かしこまりました」

 

 レベルは1で、持っているスキルは基礎の基礎だけ。そして全身初期装備と、初動に乗り遅れてしまった感が溢れ出している。

 この遅れを巻き返すために、さっさと外で狩りをしようと思い。なんとなく、視界の端にある現在時刻を見た。

 正午のサービス開始から、二時間あまりが経過しているようだ。その事実が、いやに意識を占有し──数秒経ってようやく、リアルでの予定が迫っているのだと気づいた。

 

「二時半までに……やば、間に合わないかも」

「マスター?」

 

 戻ったらまず昼飯を食べて……いやそれは後回しにして、先にシャワーを浴びる? 荷物の確認もしてないし、急がなければいけなさそうだ。

 

「悪い、エル。ちょっと外せない用事を思い出して、落ちなきゃいけない」

「なんとなく分かりました。ログアウトボタンはメニュー最下部です。急ぎすぎて怪我などなさらないでくださいね」

「ありがとう、また後で!」

 

 忙しなく手を動かし、ログアウトボタンを雑に叩く。IFでセーブボタンがあったのと同じ位置だということに気づいて、懐かしさを感じながら。

 やがて、意識はひとときの闇に沈んだ。




私の種族は文字数ブレまくり人間です

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