戦いの中で傷付き荒んだ兵士は、愛する敵の女兵士に殺されることを願った。これはその顛末を書いたお話

1 / 1
幸福な二人

「また、会ったね」

 

青年は戦闘態勢のまま固まった少女に話しかけた。

 

「ええ、久しぶりね」

 

少女はそのままの体勢で答えると、青年に銃剣を突き出した。

ひゅっ、と顔の傍を鋭いものがかすめていった。

 

「いきなり刺突だなんてご挨拶だ、な!!」

 

避けたついでに青年は銃の引き金を引いた、銃弾は違わず少女の柔らかな脇腹を貫くかに見えたが、薄い膜によってそれは弾かれてしまった。

 

「機械帝国の防御膜発生装置!個人携行型とは!!」

 

青年はボルトを引き、銃の中の魔石に呪文を唱える。

恐ろしい真っ黒い術式は魔石を覆い、再び薬室の中に入っていく。

 

「ならこれでどうだ!!」

 

引き金が引かれ、銃口から放たれたどす黒い光が少女に猛然と襲いかかる。

 

「こ、んのぉ!!」

 

最大出力で展開される防御膜、しかし薄いヴェールは少女を完全には守ってくれなかった。

食い破られていく防御膜と共に吹き飛ばされる。

 

「やぁぁ!!」

 

願いを込めて銃弾を放つ。

しかし弾は魔法の余波を食らい、それてしまった。

 

「がっ!」

 

それと共に少女は壁に叩き付けられ、崩れ落ちる。

臓腑はやられていない、身体に目立った傷もないが、痛みで立ち上がれない。

そのさまを見て、青年は苦い顔を浮かべながら、剣を抜いた。

 

「立てよ、もう降伏するのか?」

 

「…降伏?馬鹿言わないで。私、負けるの嫌いだから」

 

少女はゆらりと立ち上がり、不敵に笑いながら剣を抜いた。

 

そして打ち合う。

 

「君は良いやつだよ!すぐに殺さずに選択の余地を与えてくれた!」

 

ガンッ

 

「君は大馬鹿だ!態々殺されに来るなんて!!」

 

ガガッ ブォン

 

「言ったでしょ!負けるの嫌いって!でも一人で死んでやるつもりなんかないんだから!!」

 

ガリガリガリッ

 

「同感だ!!」

 

ガンッ ゴッ

 

「ふっ、それでこそよ!!ああ、どうしてあんたは魔法使いなの!?」

 

ギリギリギリッ

 

「そのように生まれたからだ!けど、そんな差は埋め合わせられる筈だった!!」

 

青年は魔法で押し切り、少女を2度膝をつかせた。

 

「さぁ、これで終わりだ」

 

「できないんでしょう?まだ迷っているもの」

 

心の隙を突かれ、一瞬動きを止めていた隙に逃げられてしまう。

読まれていた、自分はまだ、彼女を殺すことを躊躇っている。

 

少女とは何度も戦場で会った。

激しくぶつかり合い、撃ち合ったが、致命打は与えられなかった。

泥まみれの中間地帯ではお互いに力を合わせて安全地帯に逃げたこともある。

そのうちにどうせ死ぬなら少女に、どうせ殺すなら少女を、そんな歪んだ恋慕が頭を支配していった。

 

ぶつかり合う銃身、耳障りな剣の擦れる音、邪魔するものなど誰もいない

ああ、なんて楽しいのだろう!愛しい君との時間がこのまま永久に続けばいいのに!

 

「っ!!随分嬉しそうね!殺し合いがそんなに楽しい?」

 

「楽しいさ!だって、君とふたりきりの時間なんだから!」

 

少女の顔は急速に真っ赤になっていった。

少女は恋愛に興味こそあったが、したことは一度もない初な少女だった。

当然、好意を向けられることにも慣れていない。

 

「なっ!?ば、馬鹿じゃないの!?これから生きるか死ぬかって時に、どうしてそんなことが言えるの!?」

 

一瞬動きが鈍った事を自分でも悟り、慌てて銃剣の一撃を繰り出す。

 

「生きるか死ぬかなんてどうだっていい!僕がこの時間を大事に思うことに、生死は関係ない!たとえその果てに命が尽きたとしても、僕は幸福の中で死ぬだろう!」

 

狼狽えながら突き出された銃剣をいなして、反撃する。

 

ビッ

 

銃剣は彼女の腕を掠めた。

 

「っ!!やってくれたわね!!」

 

激昂して何発も銃弾が撃ち出された。

 

「!、止める!」

 

ボルトを引き、魔導銃のカートリッジという名の魔法石を抜き取り、願いを込めて割った。

すると防壁が現れ、飛んできた弾は全て中空で留まった。

が、その時、何かが視界の端に映った。

 

「っ!!」

 

慌てて飛び退くと、さっきまでいた位置が爆発した。  

危なかった、もしあのままであったなら、致命傷は避けられなかった。

少女は銃撃で気を引いている間に手榴弾を投げていたのだ。

 

「すごいや、とっさにこんなこと思いつくだなんて」

 

「でなきゃ今日まで生きてないわ、よ!!」

 

爆炎の中から飛び出し、少女は銃剣を突き立てた。

しかし、すんでのところで攻撃は避けられてしまう。

 

「加速の魔法でも使ってるのかしら?アンフェアな戦いね!」

 

「君だって何もなしに戦ってるわけじゃないだろう?僕だって必死なのさ」

 

ただ、それは生存の為というよりも、より長くこの時間を続けるためという倒錯した理由であった。

 

「それもそうね…でも、絶対に勝つから!」

 

勝つ、少女はそう言った。

殺すではなく、だ。

その言葉に、彼は少し笑った。

 

「何が、おかしいのよ!!」

 

その行為は少女を怒らせたようで、大雑把だが強力な振り下ろしが彼を襲った。

銃が下に叩き落され、振り下ろした動作に続いて振り抜かれたナイフが喉元に向かってくる。

 

「っく!!」

 

体を大きくそらして回避したが、左の瞼が周辺ごと切り裂かれる。

皮で済んだのは幸運と言えるが、おかげで無防備になった腹を蹴り飛ばされ、地面に倒れ込む。

 

「降伏なさい、でなければここでおしまいにするわ」

 

首に銃剣が突き付けられる。

彼はくつくつと笑い、そのまま銃剣を握りしめた。

 

「僕を倒したいなら、迷いは捨てることだ!!」

 

握りしめ、そのまま身体の脇に銃剣を突き刺すと、彼はナイフを振り抜いた。

彼女ももう一度ナイフを抜き、刺突の構えを見せる。 

 

「らぁ!!」

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

ギンッ

 

甲高い音を立てて二人のナイフが交差した。

 

「躊躇っているのは、あんたの気持ちを聞いてないからよ!!」

 

ガンッ

 

心底苦しそうにしながら、彼女は尚もナイフを振るい、片手で銃を振り回す。

 

「あんたは私と一番長い付き合いなのよ!?どの戦場でも一緒、敵同士にも関わらず助け合ってきたの!!」

 

ブォン

 

「私との戦いは楽しいだけ?この長い戦争の中の娯楽に過ぎないの!?私が聞いてるのはそういうことなの!!

 

ガッ

 

銃床が頬をぶん殴った。

仰け反る、本当ならここで終わりだったはずだ、だがトドメの一撃は来ない。

 

「分かった……正直に言う…」

 

彼女はゴクリと唾を飲んだ。

 

「僕は、君が好きだ。こんな戦争の中で、こんな出会いがあるなんて思ってもみなかった。敵同士だったけど、君と過ごした時間は変えようのない宝物だ…けど、この戦争は終わる気配がない、もう疲れたんだ。だから、最期は僕の愛する君に殺されたい」

 

青年は思うところを全て吐いた。

長引いた戦争で友人も、兄弟も、親さえも彼は失った。

ただ一人生き延びた自分が生きる目的は与えられても、生きる理由と気力を彼は得られなかった。

唯一愛した人間は討つべき敵であり、戦争は終わる気配を見せない。

であるなら、次に出会った時を最後にしよう、と彼は決めてこの場に臨んでいた。 

 

「そう…可哀想な人、この長い戦争が、あんたの精神をずたずたに引き裂いてしまったのね…」

 

「君はどうなのさ…どこの馬の骨とも分からない奴に殺されたいのかい?僕を殺しても、それでもなお生きる希望を持てているのかい?」

 

「いーや、私はね」

 

銃を下ろしてしっかりと彼を見た。

 

「君が大好き!この世のどんな人より君が好き!君を汚す輩は私が倒してやる!君の最期、君の安寧、全て私のもの!誰かに取られるなんて嫌!!そんな事になるくらいなら殺してしまうし、君のいない世界に意味なんてないわ!!」

 

どうやら、二人の意見は合致したようだ。

 

「なら、僕の死を捧げよう、君は僕に何を望む?」

 

「私の命を与えよう」

 

二人はもう迷いはしなかった。さっきまでとは何処へやら、剣呑な雰囲気が二人の間を取り巻いている。

 

二人は無言だった。もう二人の間に言葉はいらなかった。

邪魔な銃を投げ捨て、ただまっすぐに剣を抜き、突っ込んでいく。

その顔はどこか爽やかで

 

ズブッ

 

希望に満ちたものだった。

 

「あっ…ははは…致命傷、ってやつ?案外、大したことない、ね…」

 

「そう、だね…意外と、あっさりとしてる」

 

二人は互いの心臓を違わずに貫いた。

抜かないために傷は栓をされ、剣を伝って赤い血が二人の手を汚していく。

 

「あっさり、あっさりか…ははは、だったらもう、死んでるでしょ。変なこと言ってるよ」

 

「致命傷なのに、大したことないって言う方も相当だよ」

 

「それもそっか…ねぇ」

 

「何?」

 

「君、なんて名前なの?」

 

その言葉に彼は固まった。

長く共にいたのに、この娘に自分の名前すら話していなかったことに気付いたのだ。

 

「…僕はイスラ、イスラ・ズィルバーベルク、君は?」

 

「私は…ごほっ、アルマ・エヴァンズよ…イスラ、君らしい名前だね」

 

咳き込んだ手を見ると、そこには血が付いていた。

なんだ、案外蝕んでいるのではないか。

 

「ふふふ…ああ、どうして戦争なんて始まったんだろう?こんな事さえなければ…がふっ、普通に街でおめかししたりして、イスラに会いに行ったのに…」

 

悲しそうに彼女が言う。

彼は彼女をぐっと抱き寄せる、深く剣が突き刺さるのを感じるが、それは無視した。

 

「戦争が無ければ、出会えなかったよ…僕はね、この戦争を案外気に入ってるんだ…だって、君に出会えたから…平和な世界で、隣の国の君になんて出会えなかったよ…ごほっ、だから、今を悲観しないで」

 

言葉を紡ぐ毎に身体が冷えていく。

まるで言葉に少しずつ魂が乗って、天に昇って行ってしまっているようだ。

 

「ふふ、それも、そっか…君と出会うために、戦争があったんだね…なら悪くないかも…最愛の人に抱かれて、天国に行けるんだから」

 

「それまでは、ここで話していよう。僕等の愛は本物だけど、お互いを知らな過ぎる…から」

 

それから二人は色んな話をした。

好きな食べ物、親兄弟のこと、子供の頃の思い出、実に多くの話をして、笑いあった。

だが、その時間にもやがて終わりがやってくる。

 

「そう、それで…私は言ってやったわけ…女相手に、3人でかかる蛆虫共め…って」

 

「はは、君らしい、ね…ごほっ」

 

「ねぇ、手を、繋いでほしいの…怖い」

  

「ああ、握ってやるとも」

 

その手はもう、冷たかった。

いや、冷たさの中の仄かな生暖かい感触に近い。

いずれにせよ、彼女の最期は近い。

 

「私ね…最愛の人に看取ってもらうの…叶っちゃった」

 

「心配しなくてもすぐに後を追うさ」  

 

「嬉しい、冥府の道まで、ついてきてくれるんだ」

 

「当たり前だろう?」

 

そうして段々と彼女の身体から力が抜けていく。

 

「ありがとう…であってくれて…」

 

「ありがとう…すくってくれて…」

 

「つぎにうまれるときは…きっと、ふつうにであって…あ、い…を…」

 

言葉は途中で途切れた。

 

今度は彼の番だった。

  

「いったか…さよなら、アルマ…ぼくのばんも、きた…」

 

冷えた身体、かすむ視界、彼の命は風前の灯火だった。

 

「ああ、さよなら、せかい、きょうまで…あり…が…と、う…」

 

その日、二人の抱き合った遺体が見つかった。その死に顔は穏やかで、何処か希望をみていたような、そんな安らかな表情だった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。