風になりたい逃亡者と走ったら死ぬ風神   作:Hetzer愛好家

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崩壊

「次のレース、良かったら見に来て欲しいな」

 

 そう言われてからはや数週間。今日はスズカちゃんのレース日だ。

 

 世界大会から帰国し、時差ボケもすっかり良くなったある日。スズカちゃんと久しぶりにゆっくると話していた際に、レースの観戦をして欲しいと言われたのである。

 

 今回スズカちゃんが出走するのは“天皇賞(秋)”と言う大きなレースらしい。ただ残念なことに、ウマ娘の知り合いが居ながら、僕はそこまでレースには詳しくない。スズカちゃんから聞いた情報を基に、大体こんな感じだろうと雑に予測しているだけだ。

 

 さて、外出の準備が整ったので早めにレース場へ出発しよう。そう考えたのだが、何だか胸騒ぎがして足が止まってしまった。

 

「……何だ?」

 

 声に出してみても分からない。ザワザワと不快な胸騒ぎがするので気になって仕方がないのに、その理由が分からなくてちょっとイラッと来る。

 

 得体の知れない何かが怖い。脳が全力で警鐘を鳴らしている。だが、彼女との約束を破りたくない。

 

 嫌な予感を無理やり振り切った僕は、拭えない恐怖に見て見ぬふりをしてレース場に足を運んだ。

 

 

 道中も「嫌な予感」が心を支配しており、何回も車に轢かれそうになったので、レース会場である東京競バ場に到着したのはスズカちゃんが走り出す10分前であった。

 

 超満員の会場に辟易しつつ、早めに予約した最前列に座る。

 

 スズカちゃんは……居た。ついさっき入場して来たようだ。ゲートの前で軽い準備運動をしている。

 

 心のザワつきは一向に取れない。スズカちゃんの姿を見て、一層増す心のザワつきに、僕は直感でスズカちゃんに何か良くないことが起きるのではないかと悟った。

 

 しかし悟った時には、既にレースが始まっていた。

 

 誰よりも速く前へ飛び出し、グングンと速度を上げていくスズカちゃん。一瞬にして2番手を置き去りにし、第2コーナーに差し掛かるには8馬身もの差を付けている。

 

 観客はスズカちゃんの走りにただ熱中している。もう彼女の勝ちを確信している人も居るらしく、ラップタイムを見てはどれぐらい凄まじいタイムが叩き出されるかについて予想している人が隣で興奮しながら喋っていた。

 

 そんな中、彼女が走り始めてから30秒後に僕は立ち上がり、観客席から飛び降りると、スズカちゃんがこれから通るであろう第3コーナーへ向かって全力で走り出した。

 

 どよめく観客を気にしてる場合ではない。普段は絶対に走らない芝だが、何時もの数倍は足を回転させることで勢いを付ける。

 

 彼女の走りを見た瞬間、僕の曖昧な“嫌な予感”は“確信”へと変わった。

 

 スズカちゃんは速すぎる。彼女の全力疾走はこれまで何度も見て来たが、今回は異常だ。ウマ娘って言うのは時速90km近くで走れる生き物なのだが、間違いなくスズカちゃんはそれ以上の速度で走っている。

 

 これが何を指すのか、僕は正直に言おう。

 

 このまま走り続けると、スズカちゃんは第3コーナー辺りで足が壊れる。生物的な限界がやって来て、2度と走れなくなる。早く止めないと、転んだ拍子に全身を打ち付けて死に至る。

 

 僕が取った行動は、ただの自殺行為である。時速100kmは超えているスズカちゃんを受け止めようとしているのだから。

 

「君、今すぐその場から離れなさい! そこは危険だ!」

 

 そりゃそうだ。高速道路を突っ走っている車ぐらいのスピードを出しているウマ娘が駆け抜けようとしているのだから、危険に決まってる。

 

 それでも彼女を止めなければならない。スズカちゃんが2度と走れなくなるぐらいなら、この身体を神様に差し出してでも止めてみせる。スズカちゃんはこんな所で終わって良いウマ娘じゃない。

 

 スズカちゃんが1000m地点を通過した。もう時間はない。覚悟を決め、スズカちゃんに向かって行く。

 

「嘘でしょ!?」

 

 ゴメン、スズカちゃん。折角気持ち良く走っていたのに邪魔をする形になってしまって。だが、この行動は君の命を守るための物だ。どうか、どうか許して欲しい。

 

 スズカちゃんの身体が僕の胸に激突する。その瞬間、僕は彼女の身体を抱き抱えて全力で後方へ飛び退いた。

 

 肋骨が折れる音がする。同時に、スズカちゃんの足から「ミシリ」と言う、絶対に聞こえてはいけない音も聞こえて来た。僕の判断は間違っていなかったようだ。

 

 10数秒にも感じる浮遊の後、僕は地面に再度降り立った。しかし、激突した瞬間の勢いが全く抑えられていなかったのだろう。アイススケートのように僕の身体は地面を滑って行く。

 

 足が焼けそうなぐらい熱い。地面との摩擦熱によって靴底が抉れているのが分かる。もう1度飛んでも良いが、次は足から地面に落ちれる気がしない。身体を打ち付けて死亡間違いなしだ。下手したらスズカちゃんにも被害が及ぶ。

 

 このまま滑り続ければ、競バ場を囲んでいるフェンスがある。そこにぶつかって、強引にこのスピードを殺すしかない。

 

 自分の足からも聞こえてはいけない音が聞こえ始めた。少しずつ減速はしているが、それでも瞬間的には時速50kmぐらい出てるだろう。このままでは俺の足が耐えられなくなる。

 

「ぐぅああああ……! 止まれえええ!」

 

 叫ぶ。叫び、足に力を入れ直す。そして足を大股に開き、つま先を内に入れてハの字に開くことで減速を図る。膝からも嫌な音が鳴り始めたが構うものか。

 

ガシャンッ!

 

「ぐうっ」

 

 背中がフェンスに激突し、肺から酸素が絞り出される。勢い自体はそれなりに抑えられたらしいが、それでも勢いがあったのには変わりなかったので、激突の瞬間に背骨が砕ける感触があった。

 

 僕の身体はボロボロになったが、スズカちゃんは比較的マシな状態だ。守り切れたらしい。

 

 最後の力を振り絞り、前に倒れる寸前にスズカちゃんを横に置く。そのまま僕はうつ伏せで芝生に顔を埋めることになった。

 

「スズ、カちゃん。そのままで……」

「そんなっ! 待ってて、すぐに助けを呼んでくるから!」

「ダメ。君の、足がっ」

 

 辛うじて動かせた左手でスズカちゃんの足を掴んだ。彼女を立たせてはいけない。数秒もあれば、スズカちゃんの足は壊れてしまう。

 

「寝て、るんだ。君もびょうい、へ……」

 

 呂律が回らない。そう思った次の瞬間には、僕の意識はブツリと切れてしまった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「フウ君! フウ君しっかりして!」

 

 ピクリとも動かなくなったフウ君。今すぐにでも助けを呼びに行きたいが、足に絡み付いた指を解くのに一苦労した。

 

 幸いにも、フェンスの奥側に居た人たちが救急車を呼び、応急処置を施すためにフェンスを乗り越えて来たので何とかなりそうである。だが、彼の容態の変化を1番近くで見ていた身としては、すぐにでも彼を担いで病院に駆け込みたい。

 

……だが、彼はこう言った。

 

「君も病院へ行け」と。そう言えば、何だか足が酷く痛む。動けない程ではないが、フウ君が必死になって釘を刺して来たこともあり、何だか動きにくい。

 

 そうこうしている内に救急隊員がやって来た。フウ君の容態を見た救急隊は顔を青褪めさせると、風のような早さで彼を救急車へ押し込んでその場を離れてしまった。

 

 あまりの早さに唖然としていると、今度はウマ娘専門の救急隊がやって来た。どうやら誰かが念の為に読んでくれていたらしい。

 

「君、大丈夫か? 動けそうかい?」

「そ、その……足が痛くて。立つのが怖いです」

 

 ふむ、と顎に手をやった救急隊員は私の足を触り、暫く眺めていたが、急に顔色を変えると誰かに電話を始めた。

 

「もしもし、ウマ娘総合病院ですか? 急患を1人お願いしたいんですが……え、丁度空いてる? それはありがたい。すぐそっちに運ぶので、診察をお願いします。左足の骨に異常があるかもしれないので、丁寧に見てやってください。はい、よろしくお願いします」

「え、えっと。私、病院に行くんですか?」

「……ああ。何で君がピンシャンしてるのかが分からないぐらい、左足が危険な状態だ。少し変形してしまってる」

 

 ゾッとした。フウ君が止めてくれなかったら、私は走り続け、そのまま足を壊していたのか。

 

 彼が身を挺して受け止めてくれなかったら、今頃どうなっていたのか。それを想像するだけで悪寒が走る。

 

「心配しないでくれ。幸いにも完全に変形はしていない。少し矯正して、経過観察とリハビリをすれば治るはずさ。1年もあれば復帰だって夢じゃない」

「そう、ですか」

「君をこれから総合病院に連れて行く。トレーナーさんにも同行を頼むから、少しだけ待っていてくれ」

 

 この後、私は慌ててやって来たトレーナーさんと共に総合病院へ行き、様々な機械を使って診察をしてもらった。

 

 診察結果は「左足根骨の変形及び亀裂骨折」だ。担当医師曰くだが、もう数歩走っていたら完全に足が粉砕されていたであろうとの事である。

 

 当然入院となった。しかし一般生活に戻るだけならそこまで時間が必要ないし、競技復帰も長く見て1年あれば問題ないらしい。どうやらギリギリ軽傷で済んだらしい。フウ君の犠牲の御蔭で。

 

「トレーナーさん。フウ君はどうなんですか? まさか、死んでたりは……」

 

 事故から数日が経過してもフウ君に関する情報は手に入らなかった。連日テレビやネットを見ても「重傷を負った」としか出て来ない。

 

 トレーナーさんもフウ君の容態をずっと調べてくれていたが、情報が全く更新されないのでお手上げの状態だった……らしい。だが、今日はどうやら違うらしかった。

 

「いや、生きてるそうだよ。大手術になったらしいけど、一命は取り留めたらしい」

「よ、良かった……」

「ただな。心して聞いて欲しい事がある」

「何ですか? 急に改まって」

 

 トレーナーさんはポツポツと話し始めた。

 

 まず、フウ君が負った怪我についてだ。両腕と両膝に、背骨と肋骨。合計すると20を超える骨折を負い、肋骨に関しては、折れて飛び散った骨が右肺と心臓に刺さっていたらしい。

 

 除去手術は無事成功し、何とか命の灯火が消えることはなかった。なかったのだが、この話はそれで終わりではなさそうである。

 

「まず心臓。肋骨が刺さって機能が低下したらしい。1回の鼓動で体に送り出せる血液の量が減って、貧血になりやすくなってしまったそうだ。そして右肺。損傷が酷くて、片肺全切除に踏み切ったと聞いた」

「え、片肺全切除……? それって、フウ君は肺が1個しかないって事ですか?」

「その通りだ。人間ってのは凄くて、片肺でも生きていられるらしい。当然、切除した分の肺機能は失われるから、体力の低下は免れないけどな。生きるだけなら可能だ」

 

 嫌な予感がする。片肺を全て切除したと言うことは、純粋に肺の機能が半減する。生きるだけなら可能かもしれないが、フウ君がただ生きるだけで満足するとは思えない。

 

 彼は私と同じだ。走る事に命を懸けている。肺機能が低下した状態で、果たして本気で走れるのだろうか?

 

 私の答えは“否”である。

 

「トレーナーさん。1つだけ質問します。フウ君は、また走れるようになりますか?」

 

 静寂が病室を包む。遠くで遊び回っているであろう子供の楽しそうな笑い声が、今は息苦しさを作り出している。

 

 重い、重い空気。トレーナーさんは暫くの間口を噤んでいたが、沈黙に耐えられなくなったのか、苦虫を万匹噛み潰したかのような顔をしながら口を開いた。

 

「……無理だ。肺を半分丸々切除なんてしたら、普通の人間は寝た切りになる。全力疾走なんてしたら、まず間違いなく死ぬ」

 

 目の前が真っ黒になった。そんな気がした。




多少減速したとは言え乗用車並みのスピードを出してたスズカを受け止め、フウが無事生き延びれた理由。

1,スズカを受け止めた瞬間に飛び退いたタイミングが完璧だった事で衝撃が幾らか緩和された。
2,10数m吹き飛ばされ、かつまあまあな速度で地面を滑ってもギリギリ壊れない脚があったから。
3,火事場のバ鹿力

以上の3つになります。スズカが異質だったように、フウもまた異質なんです。
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