風になりたい逃亡者と走ったら死ぬ風神   作:Hetzer愛好家

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覚悟

 全身が酷く痛む。腕、膝、背中、胸、足首。何処を動かしても激痛が走った。

 

 目の前に広がるのは真っ暗闇。寒くて、寂しくて、息苦しくて。そして辛い。

 

 夢、なのだろうか。夢だとしたら、こんな悪夢は早く覚めて欲しい。ただ苦しくて辛いだけの夢は見たくない。

 

「誰か……」

 

 人肌に触れたかった。凍えそうなこの身体を、人肌の温かさで癒したかった。人が居るはずもないのに、僕は誰かの名を呼ぶ。

 

 父さん、母さんと呼ぶ。1拍開けた後に、冷たい風が僕の頬を撫でた。

 

 友人の名を呼んだ。吹き抜ける風が、ほんの少しだけ弱くなった気がした。

 

 後輩ちゃんと呼んでみる。とても、とても遠い場所で誰かの声が聞こえた気がする。

 

「スズカちゃん……」

 

 最後に、スズカちゃんの名を呼んだ。僕が心から信頼している女の子を。誰よりも好きな女の子の名を、呼んでみた。

 

 声が返ってくる事はなかった。しかし、にわかに僕の胸付近が温かくなってきた。

 

 胸を見ると、淡い光が輝いている。今にも消えてしまいそうだけど、確かに輝いている光。僕はそれを掴むようにして手を握る。

 

 その次の瞬間、光が爆発するように広がっていった……。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「うっ……」

「せ、先生! 嵐山さんが目を覚ましました!」

「何、本当か!?」

 

 呻き声を上げながら目を開くと、途端に騒がしくなる周囲に思わず顔を顰める。どうやら相当な数の人間が僕を見ていたらしい。

 

 口には酸素マスク。両足は心臓より高い位置に吊られており、両腕は包帯でグルグル巻きにされている。また、背中や胸には常に激痛が走って声が出せない。客観的にも、主観的にも見ても僕の身体はズタボロだ。

 

 あの時の情景を思い出した僕は、少なくとも両腕と肋骨は粉砕され、両足と背骨も無事ではないと悟る。スズカちゃんが人間の形状をしていなかったら、間違いなく僕は即死していただろう。

 

 むしろ、ほぼ全速力のウマ娘の突進を受けても生き延びれた事に全身全霊で感謝をするべきである。

 

「ああ、本当に良かった。この病院に運び込まれた時には、君は心肺停止してたんだよ。手術の内容も中々でね。砕けた肋骨は肺と心臓に刺さっていたから、それを取り除く手術を数回に分けて行ったんだ」

「……っ」

 

 思ってた数倍は重傷であった。いや、たしかに肋骨は折れたと予想はしていたけど。まさか肺や心臓にぶっ刺さっているだろうとは考えられない。考えたくない。

 

「ただ、君の右肺は損傷が酷くてね。摘出する手術を行った」

「!?」

「だから今の君は片肺だ。本来なら寝た切りになるんだけど……君の場合は一般生活に戻れそうだよ。肺の大きさ規格外だったからね」

 

 怖すぎる。片肺で人間が生きられる事も中々に恐ろしいが。

 

「ただし片肺には変わりない。だから全速力で走ったり、泳いだりはもう不可能だ。もし無理やりにでも実行しようとしたら、君の命はないよ。酸欠状態に陥って死に至る」

 

……何だって? もう、走れない? 走ったら、僕の命はない?

 

 医師の言葉を脳が理解するのを拒んでいる。認められない。受け止められない。

 

 覚悟はしていた。スズカちゃんを助ける際に、命が最悪消えてしまう事は覚悟した。仮に生き延びても、何処かしらに障害が残る事も覚悟だけはしていたのだ。

 

 しかし、いざ実際に起きると。実際に宣告されると。とても受け止められないし、認められない。

 

「今は現実を受け止めなくても良い。ゆっくり休んで、ある程度動けるようになってから、今後どうするかを考えるんだ」

「……」

 

 小さい頃からスズカちゃんの殺人的ペースを追いかけていた御蔭で、片肺を摘出しても一般生活を送れるぐらいで済んだ。しかし、スズカちゃんを助けた代償として、僕は2度と走れなくなってしまった。

 

 こんな言い方は良くないのだが、敢えて言うことを許して欲しい。僕はスズカちゃんの御蔭で命拾いをしたが、足が壊れる寸前まで走った彼女を助けたから走れなくなった。辛い現実を過ごす羽目になった……。

 

 こうなるぐらいなら、いっそ死んでしまった方が楽だったのだろうか?

 

 スズカちゃんは悪くない。応急処置を施してくれた人も、手術をしてくれた医者たちも。誰も悪くない。全部、勝手に飛び出した僕が悪い。だが、絶妙に言い訳出来そうな位置に彼女が居るのが辛い。

 

 死ぬ気力すら奪われた僕は、辛うじて動く指を使い、寝た姿勢でも見られるように調整されたテレビをリモコンで電源を入れる。

 

『……次のニュースです。先日行われた天皇賞で発生した、サイレンススズカさんの新しい情報が入って来ました。サイレンススズカさんですが、先日発生した事故後、病院に搬送されて検査を受けたところ、左足が変形する等の怪我を負っていたとの事です。幸いにも選手生命に別状はなく、1年もあれば復帰も可能だと、トレーナーは記者会見で示しています』

『また、彼女が比較的軽傷で済んだ事を受けて、URAは事故に巻き込まれた嵐山風輝さんに感服状を送り、手術費等を全額受け持つ方針を決定しました』

 

 どうやらスズカちゃんは軽傷で済んだらしい。あれだけやっても怪我自体は防げなかったみたいだが、彼女の命と選手生命に影響が出なくて何よりである。

 

 その代わりに失ったのが片肺と走る事。代償は随分と大きい。神様は僕をとことん嫌っているようだ。

 

 虚しく流れるテレビの音声。心はポッカリと穴が空いている。

 

 もう走れない。もう風になれない。時間経過に連れて現実を飲み込み始めた僕は、ただ虚な目で天井を見るしかなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あの、嵐山さんの部屋って何処ですか?」

「3階の個室病棟ですね。部屋番号は309です」

 

 ありがとうございますと礼を言ってその場を去る。杖がカツカツと待合室に響くのが気まずい。

 

「トレーナーさん、3階らしいです」

「うん……」

 

 目の隈が酷いトレーナーさん。私とフウ君が怪我をしてからの日々は地獄だったに違いない。

 

 私の足の不調に気が付けなかった事。それによってフウ君を巻き込んでしまった事。多方面からトレーナーさんは責め立てられた。

 

 マスコミも傍観者も、決して私を責めようとはしない。足の不調には気が付いていたが、フウ君に走ってる姿を見てもらいたくて、トレーナーに打ち明けられなかった私を。何故か責めない。

 

 連日、テレビのニュースやワイドショーは盛り上がっていた。悪い方向で。

 

 ウマッターやウマスタグラムの反応も凄まじい。私には同情の声が。フウ君には称賛の声が。トレーナーさんには非難の声が。常に行き交っていた。

 

 トレセン学園内で酷く責め立てられなかったのは不幸中の幸いだろう。ウマ娘の突然の故障は珍しくない。一概にトレーナーさんだけが悪い訳ではないのだ。

 

 最近はテレビもスマホも見なくなった。見るだけで辛くなるから。

 

 今日はフウ君への謝罪と、気分転換とを兼ねて彼が入院している病院までやって来た。無事目が覚めたのは良かったが、私のせいで彼は走れなくなった。何回謝っても謝りきれない。

 

 彼の病室まで行く時間の空気がとても重たくて、10分にも1時間にも感じる。そう考えていた私だったが、ふと目を前にやると、もう彼の居る病室はすぐそこにあった。

 

「失礼します」

 

 ノックをして、トレーナーさんはあっという間に部屋へ入って行った。慌てて追い掛ける。

 

 清潔で殺風景な病室。唯一フウ君か、部屋の彩りを添えていた。

 

 変わり果てたフウ君の姿に、私の目からは早くも涙が零れ落ちる。私のせいだ。私のせいで、彼はこんな痛ましい姿になってしまったのだ。

 

「いらっしゃい。スズカちゃんと……貴方はトレーナーさん? 寝たままでごめんなさい」

 

 何で。何で貴方が謝るのか。謝るのは私の方だ。自分勝手な願いを叶えるために無茶をした私が悪いのだ。フウ君がそんな顔をする必要はない。

 

「謝るのはこっちです。自分がスズカの足の不調を見抜けなかったばかりに、貴方にこんな怪我をさせてしまった。本当に申し訳ないです」

「僕が勝手にやった事です。怪我して片肺になったのは自業自得なんですよ、トレーナーさん。むしろ、ここまで気を遣わせてしまった事を謝らせてください」

 

 違う。違う違う。トレーナーさんも、フウ君も謝らなくて良いのだ。悪いのは私。トレーナーさんを追い詰めてしまったのも、フウ君が走れなくなったのも、全部私のせいなんだ。

 

 涙が溢れるばかりで、謝罪の言葉は一向に出て来ない。そんな私を気遣ったのか、フウ君は椅子に座ってくれと言う。断ろうとしたが、トレーナーさんが無理やり私を丸椅子に座らせてしまった。

 

 さっきよりもフウ君の顔が近い。痩せこけたフウ君の顔。痛々しい数々の包帯。全てが目に入り、涙腺を刺激して行く。

 

「ごめんなさい。ごめなさい……」

「ああ、そんなに泣かないで。君は悪くないんだよ。こうして怪我したのも、走れなくなったのも、全部自業自得なんだ。スズカちゃんがそんな顔をしないでよ」

「でもっ……!」

「トレーナーさん。少しだけ彼女と2人にしてくれませんか? 10分ぐらいしたら戻って来てください」

 

 トレーナーさんは頷いて、病室から出て行った。部屋には私とフウ君だけが残される。

 

 泣きじゃくる私を、フウ君は文句の1つ言わず、静かにただ見守ってくれる。その優しさが心に染みて、余計に涙が止まらなくなってしまった。

 

「スズカちゃん。手を貸してくれる?」

「ぐすっ、手を?」

「そう、君の手。僕の手を取ってくれるかな」

「こう……?」

 

 握手をするようにして、フウ君の手を軽く握る、するとフウ君は、自身の指と私の指をキュッと絡めて来た。

 

 恋人繋ぎって奴だ。突然の出来事に困惑する私に、フウ君は透き通るぐらい綺麗な笑みを浮かべている。

 

 端的に、彼の笑みを見た感想を述べよう。とても、とても綺麗だ。儚く今にも消えそうにも思えるその危険な笑みは、魔性の魅力を持っていた。

 

「ねえ、スズカちゃん。君が昔、僕に教えてくれた夢。覚えてる?」

「う、うん。私の夢は……」

 

 風になりたい。誰よりも疾く駆け抜ける、一筋の風に。

 

「君の夢が守れたなら、僕はそれで良いんだ」

「……違うよ、フウ君は勘違いしてる。私の夢は風になる事。でもね、1人でなりたい訳じゃない。他でもない貴方と一緒に、風になりたかったのよ……!」

 

 先頭の景色は誰にも譲りたくない。だが、何処までも孤独でありたかった訳ではないのだ。私はフウ君と共に、“風となった先”にある美しい何かを見たかったのである。

 

「貴方が居たから。貴方が走っていたから、私はずっと走れたの。でも、貴方は……」

「もう走れない?」

「っ、そうよ。私のせいでね」

 

 不意に、フウ君が強く私の手を握った。

 

「なら、僕が風になる所。隣で見届けてくれる?」

 

……言っている言葉の意味が分からない。もうフウ君は走れないはず。それなのに、どうやって風になるのだろうか?

 

 彼は私の疑問を察したのか、笑みをいっそう深めて告げる。

 

「骨折が治ったら走ろうと思うんだ。その様子を、隣で見ていて欲しい」

「死ぬつもりなの!? もう貴方はっ!」

「僕も風になりたいんだ。スズカちゃんと一緒に」

 

 その言葉が私の次の句を封じ込める。

 

「……走ったら死ぬのよ?」

「それでも、だよ」

 

 ゾッとする程に美しく、そして儚いフウ君の笑みが脳裏に焼き付いて離れない。

 

 彼はとっくのとうに、覚悟を決めていたらしい。夢を叶えるためなら、命すらも投げ出す覚悟を。

 

 だが、私はどうだ? 覚悟は出来ているのか?

 

 隣で最愛の人が夢を叶え、そのまま死んで行く姿を見る覚悟は出来ているのか?

 

 私には分からない。何も、何も分からない……。

 




ここから分岐します。正史は次のお話。それ以降は全てIFルートです。

展開アンケート(多い物が正史になります)

  • 片肺で風になるルート
  • 強引にでもスズカが止めるルート
  • スズカが肺をフウに渡すルート
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