風になりたい逃亡者と走ったら死ぬ風神 作:Hetzer愛好家
前半がスズカ視点、中盤はフウ、そして最後にまたスズカです。
何度も、何度も確認をした。死んでしまうんだぞと。何度も彼に伝えた。貴方には死んで欲しくないと。
その度に、フウ君は見る者全てを魅了する儚い笑顔を浮かべて私に告げる。
「それでも走りたいんだ」と。
あの日。先に折れたのは私だった。
フウ君に死んで欲しくない。ずっと、2人が老人になるまで。走って、走って、走り続けたかった。2人で風になりたかった。でも、その夢を私は潰してしまった。
夢を潰した私に、フウ君のお願いを断る権利なんて何処にあるのだろうか?
私は誓った。フウ君がまた走れるようになるまで、絶対に負けないと。そして彼が風になる日には、私も一筋の風へ変わろうと。
怪我が癒えて練習に復帰した私は、他がドン引きする勢いでリハビリに取り組んだ。
フウ君の骨折が全て癒え、一般生活が出来るようになるのはおよそ1年後。それまでは絶対に負けられない。
「休んで」
「焦らないで」
「無理をしないで」
私を心配する声も多々上がった。無理にでもトレーナーさんは休ませようとしてくるし、同室であるスペちゃんは毎日心配そうに私を説得しようとしてくる。理事長からも「無茶は厳禁!」と強い口調で言われてしまった。
しかし、何を言われても私は止まるつもりはない。もう決めたのだ。風になると。
復帰後に組まれたレースでは、私は以前よりも全速力で飛ばす距離を伸ばしていった。
誰にも触れさせはしない。影すらも踏ませない。2着とは毎回のように10馬身以上の差を付けてゴールラインを踏む。圧倒的な走りで、私の前を誰にも走らせはしない。
……いや、私の前には常に彼が居た。フウ君が常に、前を走ってくれていた。
素の足の速さは当然ながら私の方が上だ。しかし、彼が常に私を追い掛けていたように、私も彼をずっと追い掛けていた。走者としての志が誰よりも高い彼を、ずっと。
『サイレンススズカ、今日も速い! 引退レースとは思えない快走だ! 異次元の逃亡者を捕まえられるウマ娘は遂に現れなかった!』
『モンスターですよ、彼女は。今後、あれだけの大逃げを毎回成功させるウマ娘はそうそう現れないでしょうね』
『さあ最後の直線に入ったぞ! 現在2着との差はおよそ10馬身! サイレンススズカ、全くスピードを落とさず更に加速している!』
最後のレースでもそれは変わらない。私の前を走るのはフウ君だけ。耳を抜ける風切り音と、目の前に広がる先頭の景色。何もかもが変わらなかった。
『ゴール! ゴールだ! サイレンススズカ、人生最後のレースを最高の形で終わらせました! 皆さん、稀代の逃亡者であるサイレンススズカに大きな拍手をお願い致します!!』
『うわ、以前彼女が更新した世界レコードをまた更新してますよ。この記録を越すのは苦労しそうですね……』
この日、唯一普段とは違う事があった。
ウマ娘を応援している観客席の最前列。そこに、私が愛する人が確かに居た。
彼は微笑み、私に手を振っている。背筋がゾッとする程に美しい、あの笑みを浮かべて私を見ている。
私も彼に手を振り替えした。満面の笑みを浮かべて。
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「サイレンススズカ引退」
怪我明けから出場したレースは全て勝って来たので、一般人にも随分と印象の残るウマ娘だったのだろうか。私が引退すると言うニュースは、少しの間お茶の間を騒がせた。
ネットでもかなり騒がれていて、中には「引退しないでくれ」と直談判しに来た者まで居るとか。全てトレーナーさんや理事長が対応してくれたらしいので、私には実被害はなかったのだが。
ああ、そうだ。引退レースの数日後、トレセン学園に戻った私はその足で退学届を提出した。少しだけ理事長にはごねられたのだが、今更引くつもりはない事を示すと、渋々ではあったが受領してくれた。
退学に伴って、私はトレーナーさんとお別れをした。ただのお別れではなく、“永遠の”お別れである。トレーナーさんは泣いていた。私も目に込み上げる物を抑えられなかったのでお互い様である。
私物は殆ど売って金に変え、とある薬を入手するための資金とした。今手元に残っているのは着ている服と薬だけ。これで準備は整った。
「フウ君。迎えに来たよ」
今日で退院するフウ君。病院の外で待っていた彼を見つけ、私は小走りで彼の元へ向かった。
「ありがとう。ねえ、夜になるまで何処かで話さない?」
「ん、良いわよ。公園のベンチで良い?」
「勿論だよ」
自然と手を繋いで、彼の肺をあまり刺激しないペースで歩く。
片肺となっても平然と歩けているフウ君は、一体どんなリハビリをしたのだろうか。2人で風になると決めた今日ぐらいは、ちょっと踏み込んだ質問も聞いてみて良いかもしれない。
たっぷり30分は使って辿り着いたのは、フウ君が何時も使っていたと言う陸上競技場が隣にある公園である。夜になったら、1日貸切にしてもらった競技場で存分に走るつもりだ。
しかし今の時刻は夕方。日はまだ沈んでいないし、競技場にもまだ人が居る。時間を潰すためにも、私たちは公園のベンチに腰を下ろした。
「綺麗だね。夕焼け空は久しぶりに見たかも」
「病院からは見えないの?」
「いや、見えるよ。リハビリがキツくて空を見る余裕がなかっただけさ」
「……やっぱ、大変だったんだ」
「そりゃもう。片肺だからやけに疲れるし、そもそも骨折箇所が多くてリハビリの数も多いし。あ、別にスズカちゃんを責めているつもりはないからね?」
やっぱりこの人は優しい。この1年間、常に罪悪感を胸に生きて来たが、彼の優しさがなかったら、私の心はあっという間に押し潰されていただろう。
フウ君が居ない生活を、絶対に考えられない脳に私はなっているらしい。
「ねえ、フウ君」
「何? スズカちゃん」
「好きだよ」
「うん、僕も好き」
「そうじゃない。私、フウ君のお嫁さんになりたいぐらい貴方が好きなの」
無意識にそんな言葉が出て来た。言ってから顔が赤くなるのを感じる。何て幼稚な告白なのだろうか。と言うか、タイミングやムードすら考えてない。何たる失態だ。
だが、フウ君は否定も肯定もせず、ただ優しく笑って。静かに私の頭を、ゆっくりと撫でてくれた。何処までもこの人は優しい。
「僕もスズカちゃんが大好き。こうやって話すだけでも幸せだし、君が走ってる姿を見るのも楽しい。君と、ずっとこうして居たい」
「フウ君……」
「だから、僕と。僕と一緒に」
風になってくれませんか。
側から見たら意味の分からない、私からすれば、これ以上ない情熱的な告白の返事であった。
迷わずフウ君の唇を奪う。
人生最初で最後の、私のファーストキスを。ちょっとだけ背伸びした大人のキスを。全便、全部貴方にあげたい。この身体全部を、貴方に捧げたい。
「……スズカちゃんは積極的だね」
当たり前だ。貴方の前で、我慢なんて出来るはずがないのだから。
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日がすっかり沈み、点々と空には星が瞬き始めた。陽の温かみがなくなった夜の肌寒さに少し体を震わせる。
「寒い?」
ううん、大丈夫だよとスズカちゃんに言おうとして、すぐに止めた。ここは誰も見ていない競技場。僕とスズカちゃんが何をしていても、誰かに咎められはしない。
「ちょっとだけ。だから、着替える前にスズカちゃんで暖を取っても良いかな?」
スズカちゃん、すっごく嬉しそうだ。ウマ耳はピョコピョコ動いているし、尻尾もフリフリと激しく動いている。犬みたいで可愛い。ウマ娘だけど。
ギュッと彼女を抱き締めると、嗅ぎ慣れたスズカちゃんの甘い香りが鼻に入る。尻尾まで使い、全身全霊で僕を抱き締めようとするスズカちゃんが可愛すぎて、思わず口の端が緩んでしまった。もの凄くダラシない顔を僕はしてるだろう。
だが、何時までもこうやっている訳にはいかない。名残惜しいが、一旦離れる事にした。
おもむろに僕は上着を脱ぐ。その下には、すぐにでも走れるようにランニングウェアを着込んでいる。
スズカちゃんも同じだったらしい。同じように上着を脱ぐと、走りやすそうな服装が現れた。
と、ここでスズカちゃんが何やら錠剤らしき物を取り出して口に含み、水と共に飲み込む。
「それは?」
「フウ君と風になるためのお薬。決して怪しい物じゃないから大丈夫だよ」
彼女を信じよう。今回は嘘ではなさそうである。スズカちゃんは嘘をつくのが下手だから、僕にはすぐに分かる。
軽いストレッチをしてコンディションを整える。こうやってストレッチをするのが最後だと考えると、ほんの少しだけ寂しい。だが、もう賽は投げられたもだ。引き返すつもりはない。
「行こうか、スズカちゃん」
覚悟はした。後は走るだけ。
「分かった。 ……ねえフウ君」
「うん?」
スタートラインに立ち、これから走る景色をぼうっと眺めていた僕は、スズカちゃんの方を振り向いて。不意打ちとなる形で、また彼女に唇を奪われた。
「ぷはっ……うん、これで満足。もう走れるわ」
「全く、君と言うウマ娘は……」
「嫌だったかしら?」
「いいや、全然」
拒む理由が何処にある。ちょっと積極的な面も含めて、僕は彼女が大好きなんだから。
「それじゃあ……」
「行きましょう」
頷き合った。すると、聞こえないはずの音声が脳裏に響く。
『On your marks』
行こう。何もかもを振り切った先へ。
『Ready』
飛び出した。フルスロットルで。
早くも死の警告を発する肺を全力で無視。数秒の息苦しさを得た後にゾーンへ突入した。身体中の酸素が抜け落ちてからが本番だ。
スズカちゃんは外回りで、しかし僕の隣にピッタリ並走している。速度を合わせてくれているらしい。
およそ1年ぶりに走ったが、足の回転やフォームは以前と殆ど変わっていない。加速力も衰え知らずのようだ。
加速。加速。加速。1歩踏み出す毎にグングンと速度が上がる。姿勢も前へ前へと倒れていく。超前傾姿勢での高速走行に足が何処まで耐えられるか。そして、酸素が尽きても何分足を動かせるか。チキンレースが始まった。
もう呼吸する事は忘れている。息を吸う時間が勿体ない。元より呼吸をしたところで、体内に吸収する酸素の量は、片肺では殆ど吸い込めないのだから。もう呼吸をする意味はない。それに速さを追求するなら、呼吸と言う行為は邪魔でしかない。
明滅する視界。音が消え、灰色に染まる世界。もうどのくらい走ったのかは定かではないが、僕の走りが人間と言う枠組みから徐々に外れて行くのが分かる。100m走のトップアスリートの瞬間最大時速が確か40kmぐらいだったが、今の僕はそれを超えてしまっているような気がする。チラリと横を見れば、先程までは比較的余裕だったスズカちゃんの表情が引き締まるぐらいの速度になっていた。
まだだ。まだ行ける。まだ先へ進める。もっと速く走れる。
――もっと速く走って、風になりたい
奥歯が削れるぐらい、思いっ切り噛み締めた。それによって加速の度合いが1段跳ね上がる。あまりに速度が速く、コーナーをほぼドリフトするぐらいの勢いで駆け抜けて行かなければならない。そうでもしないと、スピードが落ちてしまう。
時間にしたらきっと数分。その数分で、僕は人生で1番濃い全力疾走をしている。もうトラックを何周走ったか定かではないが、ただでさえ無茶苦茶だった速度が徐々に上がっている状態だ。もう軽く5kmを超えてるかもしれない。
命すらも投げ打って、ただひたすらに“走る”行為を愚かと見るか、それとも狂気的と感じるか。きっと人それぞれだろう。
どう思ってくれても構わない。蔑んでくれても良い。僕はただ、この夢を叶えたいだけだから……。
「ッ、フウ君……!?」
頬に当たる風の流れがゆっくりに感じる。もの凄い速度で走ってるはずなのに、目に映る全ての物体が、肌に感じる全ての物質が。何もかもがゆっくりだ。
ああ、遂に見えた。僕がずっと見たかった“ゴール”が。
隣で走っていたスズカちゃんの手を握る。突然の事で驚いたのか、目を見開くスズカちゃんだったが、すぐに微笑んでくれた。彼女は全てを察してくれたらしい。
もう少し。もう少しだけ。耐えてくれ、僕の肺。僕の足。9秒で良いから耐えるんだ。
ゴールまであと100m。何もかもが冷たく感じて来たが、握ったスズカちゃんの手だけは、今にもヤケドしそうなぐらい温かい。
残り50m。これまでの人生が走馬灯のように脳裏を駆け抜ける。その思い出の大半はスズカちゃんとの物だ。
僕が生きた10数年。そこには常にスズカちゃんが隣に立っていた。今もそう。死神が背中で踊っているこの瞬間でも、スズカちゃんはここに居る。
あと5、4、3m。ゴールはすぐそこにある。
ねえ、スズカちゃん。君は今この瞬間、楽しく走っているのかな? 僕はとても楽しい。“風になったみたいで”楽しいよ。
あのゴールを抜けたら、僕はもう死ぬだろう。本当の意味で風になるだろう。スズカちゃんはどうするのだろうか? この先も生きるのか、それとも風になってしまうのか。僕には分からない。
出来る事なら、一緒に風になってくれたら嬉しいと思う僕の想いは、狂愛と分類される物だろう。
だが、それを悔いるのも、訂正する時間も。もう失われた。まあ元より後悔はしてない。想いに嘘をつく事も、逃げる事も僕には出来ない。この狂愛、最後の最後まで貫き通そう。
目の前に広がる白い光へ。ラストランの終着点へ。僕はスズカちゃんと共に飛び込んだ。
その瞬間、足をもつれさせながら前に倒れて行く僕の背中を見た気がした。
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「ハッ、ハァ……フウ、君」
突然フウ君の指が解けたので、私は大急ぎでブレーキを掛けて立ち止まる。足に猛烈な負担を強いる事になったが、今は関係ない。
数歩前によろよろと進み、そしてバタリとフウ君は倒れた。遂に、遂にやって来たのだ。
「フウ君っ。フウ君……」
うつ伏せに寝るフウ君の体を180度回し、私の膝の上で寝かせる。ヒンヤリとした地面に多少ビックリしたが、フウ君の身体に残っている温もりが、寒さによる震えを止めてくれた。
膝枕で寝ているように見えるフウ君。ウマ娘すらも凌駕しそうなスピードで走った直後だと言うのに、彼の顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
後半は手を引かれて走っていたが、時間が経過する毎に足がもつれそうになった。それぐらい、フウ君のスピードはとんでもなかった。“人間”と言う種の限界を軽く超え、下手したらウマ娘の限界すらも凌駕していたのではないだろうか。
「……ありがとう」
彼の髪を撫でる。
フウ君に手を引かれなかったら、あんなスピードをこの足で体験する事は叶わなかっただろう。人を超え、ウマ娘を超え、一筋の風へと変わるこの走りを、フウ君は私にも体験させてくれた。
彼は正しく“風神”だった。神様の加護を受けた、特別な人間だった。
「もう、寝ちゃったのかな。すぐに私も行くわ……」
眠くなって来た。薬の効き目が現れたようだ。
私が走る前に飲んだ薬は、端的に言えば“安楽死に使う薬”である。服用から10分後に効果が現れると言うちょっと変わった仕様ではあるが、私は私物を売って得た金でこれを手に入れた。
安楽死を目的とした薬なので、最初にやって来るのは睡魔だ。私の脳が完全に眠ってしまってから、少しずつ心臓や脳が衰弱し、1時間後には完全に死亡する。
死の瞬間まで彼の側に居よう。フウ君の温もりを感じながら、静かにこの世を去りたい。
私がフウ君の後を追って風になる事を知るのは、同室だったスペちゃんとトレーナーさんだけ。スペちゃんには泣かれて中々離れられなくなったし、トレーナーさんとも「サヨナラ」を言ってから別れるまでかなりの時間を要した。
親も、私を応援してくれていたファンも知らない。身勝手だとどうぞ貶して欲しい。それだけの行動を取ってでも、私はフウ君と風になりたいのだから。
「ふ、あぁ……」
瞼が落ちて来た。眠りに着くまでもう1分もないだろう。
「大好きよ。ずっと、ずっと……ね」
意識が落ちる。水へ沈むように、ズブズブと。
真に意識が落ち、何もかもを放り出すほんの少し前。誰かの手が、優しく私の頬を包み、こう言った。
「行こう」と。
後日談を少し描いてから次のルートに入ります。
※感想くれると嬉しいです…。
展開アンケート(多い物が正史になります)
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片肺で風になるルート
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強引にでもスズカが止めるルート
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スズカが肺をフウに渡すルート