風になりたい逃亡者と走ったら死ぬ風神 作:Hetzer愛好家
「……ダメ。そんな事、絶対にダメ!」
気が付けば、私は思いっ切り声を張り上げていた。
フウ君が死ぬ? そんな事、許せるはずがない。フウ君がどんなに走るのが好きだとしても、彼が死ぬような真似だけはさせたくない。
そんな決断をさせた張本人が、随分と身勝手な物言いをしているのは分かっている。それでも、嫌なのだ。フウ君が死ぬのは。
「フウ君がこれまで居てくれたから、私はこれまで頑張って走って来れたのよ! それなのに、フウ君が居なくなったら、私は……!」
「スズカちゃん……」
「好きな人が死ぬ事も厭わずに走るなんて、絶対に嫌! そんなフウ君は見たくない!」
柄にもなく声を張り上げたので、ここで1度咳き込んでしまった。
身勝手だ。とても、とても身勝手で自分本位。怪我をさせた本人が、こんな自分勝手な事を大声で言っている。自分で自分に呆れてしまった。
それでも、私が声を大にして口にした言葉は全て本心で。その事実が、私の胸をキツく締め付ける……。
「一生を使って償うわ。走る事はもう出来ないかもしれないけど、絶対に貴方を幸せにしてみせる。だから、そんな悲しい事を言わないでよぉ……」
この日。私は涙が枯れるまで泣いてしまい、そのまま病室で眠りに落ちてしまった。トレーナーさんにも迷惑をかけてしまったので、テンションが最底辺まで落ちた。
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数日を使って頭を冷やし、どうにか自分の考えを私は纏め、トレーナーさんや理事長にも打ち明ける事にした。
償おう。一生を使ってでも。そう決意してから、考えが1つに纏まるのにはそう時間は必要なかった。
まずはレースを引退する事。幸いにもここ数年で出場したレースの多くで勝利を収めて来た事もあり、私の貯蓄金は相当な物である。
そしてこのお金を元手としつつ、一般社会で働いて稼ぎながらフウ君を養う。
この構想を話した人には漏れなく猛反対された。それもそうだ。私もフウ君もまだ高校生。人生をこんな早く、そして簡単に決めても良いのか。大人は特にそう疑問に思っているだろう。
だが、1回決意を固めたら私はテコでも動かないウマ娘。考えを変えるつもりは絶対にないし、聞くウマ耳を持つつもりもない。トレーナーさんは数日に渡って説得をして来たが、私の意志が頑強であると悟ったのか、最終的には諦めてくれた。
何度もトレーナーさんには謝った。ここでも私は身勝手な判断をしたので、罪悪感によって心が潰されそうだった。不幸中の幸いなのは、トレーナーさんが私の決断を真っ向から否定はしなかった事だろう。
トレーナーさんはあくまでも「決断が早すぎる」として説得していただけだ。償いの内容自体は全く否定をしていない。むしろ、フウ君に対する対外的な償いをどうするか頭を抱えていたトレーナーさんからしたら、重荷が1個降りた気分だったのかもしれない。
そんな訳で、私は決断から1週間後に世間へ“引退宣言”を発表。足は未だに悪い状態なので記者会見すら開く事なく、私はウマ娘のレース界隈から姿を消す事になった。
そして今日。私はその報告をするため、フウ君の居る病室までやって来た。
「いらっしゃい、スズカちゃん。もう元気になった?」
ノックをして病室に入ると、少し顔色の良くなったフウ君が私を見つめていた。
「この前はごめんなさい。取り乱しちゃって」
「気にしないで良いよ。誰だって心が不安定になる事がある。僕だって、もしスズカちゃんがこんな風に寝ていたら取り乱すしね」
ああ、何て優しいのだろうか。まるで陽だまりのように温かい。
……と、彼の優しさに惚れ直すのは後にしよう。それよりも大切なお話がある。
「ねえ。今日はフウ君に大切なお話があるの」
「大切な話?」
「私ね。これからの人生、全部フウ君にあげたいと思ってる」
「……? スズカちゃんの人生を、全部僕に?」
言い方を間違えたかもしれない。だが、嘘も言ってない。
これからの人生を全部使い、フウ君を幸せにしようとしているのだから。
「もっと簡単な言い回しにするわね。私、フウ君と同棲したいと思ってる」
「へ? ど、同棲?」
「そのための準備を今日までして来たわ。後はフウ君が“良いよ”って言ってくれたら、全部準備は整う。あ、お金の心配はしなくて大丈夫よ? レースで結構な額を稼いでたし、就職先も見つけて来たし……」
「ちょちょ、ええ!? 急に同棲って、スズカちゃんどうしたの? 僕、退院したらすぐにでも走ろうと思ってたんだけど……」
そんなのダメだ。彼の夢をまた潰してしまう事にはなるが、それ以上にフウ君が死んでしまうのは耐えられない。
フウ君の存在は、私の中では、もう外せないぐらいに大きくなってしまっていた。
「フウ君が走って死んじゃうの、私嫌」
「スズカちゃん……」
「償わせて欲しいの。“風になる”って言う、夢はもう叶えられないけど、貴方に残された時間を、人並み以上に幸せにするお手伝いをさせて欲しい。そのための同棲よ」
必死だった。ここで私が折れてしまったら、フウ君は絶対に死へと向かうだろうから。言葉足らずになったとしても、彼をどうにかして説得しないといけない。
「お願い。そんな簡単に“死んでも良い”って言う態度を取らないで。貴方が死んでしまったら、私はもう……」
「……そう言われると、ちょっと断り難いね。分かった。同棲しよう。だから泣き止んで、ね?」
遂には泣き出してしまったのだが、それが運良く功を奏した。フウ君は渋々ながらではあるが、折れてくれたのである。
まだフウ君の身体はボロボロなので、思わず飛び付きそうになる衝動を抑える。代わりに、私はフウ君の手を優しく握った。
「私、絶対に貴方を幸せにするわ」
「はは……お手柔らかに頼むよ」
嬉しい。その気持ちに呑まれていく。
そのせいで、フウ君の目にどんな色が浮かんでいたのか。私は知る由もなかった。
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走りたい。
僕は走りたい。
死んでも良いから走りたい。
風になりたい。
僕は風になりたい。
許してくれないの? 夢を叶えるのはダメなの?
ねえ、どうして走ったらダメなの?
夢へ向かって死ぬほど努力するのは間違っているの?
偉人は夢を叶えるため、必死に努力した。それを僕は見習ってはいけないの?
どうして。どうして。どうして。
君との生活は幸せがいっぱいだ。愛する人と同棲が出来るなんて、とっても幸せだ。楽しいし、心が温かくなる。誰であっても幸せになれるだろう。
僕の身体を犠牲にする事で掴めた幸せなのは間違いない。スズカちゃんを命懸けで助けたから、神様が僕に恵んでくれた幸せなんだ。
でも、その幸せは。本当に、僕が最も望んでいた幸せだった?
違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……!
僕は風になりたいんだ。誰よりも疾い、一筋の風に。走った先に輝く光を、この手で握り締めるために。
こんな仮初めの幸せは、僕が本当に望んだ幸せなんかじゃない!
ああ、スズカちゃん。僕は確かに、君の事が大好きだ。愛しているだろう。誰よりも、誰よりも深く愛しているだろう。
だけど、許して欲しい。
これだけの幸せを僕に与えてくれたのに、こんな酷い事を考える僕を許してくれ。
ほんの。ほんの少し。ほんの1点だけ。目には到底見えないぐらい小さいけど、僕は確実に。君を怨んでいる。憎んでいる。
辛い。辛い。辛い。愛と憎しみを同時に抱えながら生きるのは、とても辛い。
こんな辛い気持ちを抱えてこれからも長々と生きるぐらいなら。僕は、僕はもう……。
こ の い の ち
も う い ら な い や
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『次のニュースです。東京都在中の嵐山風輝さんが今朝の7時頃、自宅で血を流した状態で発見されました。警察は自宅から発見された手紙等から、何らかの理由で自殺したと見て捜査を続けています……』
あまりにも突然のニュース。突然の死。偶然にもその日、出張で家にスズカが居なかったのは不幸中の幸いと言えるのだろうか。凄惨な死体を見ないで済んだのだから。
偶然にも、出張で忙しいスズカは風輝の訃報に気が付かなかった。彼女のトレーナーや風輝の家族はすぐに気が付き、スズカに何度も連絡をしたのだが、神のイタズラだったのだろう。1度もスズカは連絡に応じなかった。
それが更なる悲劇を呼ぶと、誰もが確信した。
家に帰宅したスズカは、すぐに警察や家族からの連絡にビックリ仰天。すぐに折り返しの電話を入れ、そして絶望した。
皆が口を揃えて言う。
「嵐山風輝が自殺した」と。
信じられる物かと否定するスズカだったが、既に葬式まで済ませてしまった今、彼の肉体は何処にも残っていない事に気が付くのは時間の問題であった。
何時まで経っても風輝は帰らない。電話も入らない。声1つ、スズカの耳には届かない。2人が住んでいた家は、スズカがペタリとリビングの真ん中に座り込むだけの空間と化した。
非情な事に、現実逃避はそう長い時間は人の脳を騙してくれない。多少は誤魔化してくれるのだが、それでも夢と言うのはいつか覚めてしまう。目が覚めたら、真正面に待っているのは辛い現実だけ。心が押し潰されるだけだ。
スズカも例外ではなかった。長い現実逃避から目を覚まして現実を直視し、大切な人はもう帰ってこない事を理解した彼女の心は、容易く粉砕された。ガラス細工を落としたかのように、バラバラに。
最初の内はフウを責めた。どうして自殺してしまったんだ。貴方は幸せではなかったのか。
しかし、その内自分を責めるようになった。あの日、フウが口にした「走りたい」と言う願い。これを叶えていたら、彼は悲しみの渦中で自殺はしなかったのではないか。フウが自殺したのは、全部自分に責任がある。
あっという間にスズカの精神は壊れた。と言っても、外見や発言ですぐ分かる物ではない。外部には出来るだけ迷惑をかけたくないと言う心遣いが、世間に“サイレンススズカは壊れた”とは認識させない行動を取らせた。
だが、壊れてしまったのは事実であった。
「ねえ、フウ君。今日は何処に行こうか。え、走りたい? そっか。それなら行こうか」
彼女の目には、何時も透き通ったフウの姿が映っている。誰も彼がそこに居る事に気が付かないが、スズカだけにはハッキリと見えている。ずっと同じ顔で笑い続けるフウの姿が。
誰にも邪魔されない、2人だけの世界。
幸せの在り方は、1つや2つではない。
次回は「スズカが片肺をフウに渡すルート」になります。
スズカとフウの2人暮らしについては、また別で少し描くつもりです。
展開アンケート(多い物が正史になります)
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片肺で風になるルート
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強引にでもスズカが止めるルート
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スズカが肺をフウに渡すルート