俺たちがIS学園に来て三日が過ぎた。
その間、俺は学園が用意したプレハブ小屋に寝泊まりし、この世界の成り立ちやISに関する基本情報を収集していた。
その結果わかったのは、この世界の日本は成り立ちこそ同じだったものの、ここ60年間の歴史については細かいながらも決定的な違いがあった。その最もたるは巨大生物の有無だ。
俺たちがいた世界では、ゴジラやモスラなどの巨大生物の襲来は最悪の自然災害にして、最大の脅威であった。だが、この世界では怪獣は漫画や映画の世界の代物であり、すべてフィクションの存在だ。当然、それらに対抗するような特殊な戦略部隊や組織は存在せず、メーサー車のような殺獣兵器もない。
その代わり、この世界では俺たちの世界には無かった物が各国の軍の主力兵器となっている。それがISだ。約十年前、篠ノ之束博士によって発表され、戦闘機を圧倒する機動力と絶対的な防御力。さらに、今までの兵器にはない特殊装備の数々で世界を席巻した高機動特殊兵器。ISこそがこの世界の軍事の花形であり、世界中の羨望を集める存在なのだ。
「しかし本当にすごいな…。機動力じゃ機龍でも勝てないぞ…。まあその分、火力や頑丈さに関しては機龍に分があるだろうけど。」
日本が開発したIS、打鉄の基礎スペックに関する資料を読んでいると思わずそんな呟きが漏れる。元の世界では、たった4年で機龍を開発した日本のことを海外の識者たちが変態技術国家と言っていたが、この世界の技術者も大概のようだ。まあ、こちらの場合は束博士の功績が大部分を占めるのだけど…。
あとこれは個人的なことになるが、ISのデータを見ていると、何か体の奥底から湧き上がってくる感情がある。早い話が…
「やべぇ…。滅茶苦茶いじりたい…。」
今の発言を聞いて、いかがわしいことを想像した人がいるかもしれないが決してそんなことはない。
だってそうだろう!人が自由に空を飛ぶことのできるパワードスーツなんて、俺たちの世界じゃアニメや漫画の中でしか見られなかったんだから。おまけに絶対防御やハイパーセンサーなんて…。これに心動かされない技術屋はいないと断言できる。未知の機体に興味を抱くのは、整備士の性と言っても過言ではない。もちろん俺にとっての№1は機龍だけど…。それでも、ISのことを触ってみたいとか、調教したいとか思うのは自然なことだと思う。
『それはさすがに違うと思うよ、ヨシト…。』
「うわっ、機龍!お前いつの間にッ!機体の検査はどうしたんだ?」
『そんなのとっくに終わってるよ。そしたら、ヨシトが部屋で一人気持ちの悪い顔をしていたから、なかなか声を掛けられなかったんだよ。』
こいつ…。異世界に来てからというもの、やたら人間臭くなりやがった。昨日だって、織斑さんや山田さんに平気でうそをついていたし…。ていうか、ロボット三原則はどうした。こいつはロボットじゃないけど…。
『それと、機体のデータを取るために、明日学園のISと模擬戦をすることになったよ。』
「明日?ずいぶんと急だな…。」
俺たちがこの学園にきてまだ三日しかたっていない、そのあいだ機龍は、機体の安全確認やプログラムのチェックが行われていた。だからと言って試運転ならともかく、模擬戦なんていくらなんでも急すぎる。
『どうやら、外部からの干渉があったみたいだよ。篠ノ之博士が作ったことになっている私のデータを早くよこせ、と言ってるみたいだよ。』
「はあ?どうゆう事だよ。IS学園は外部組織からの介入はないはずだろ。」
俺はこの三日間で身につけた知識を頭の中から引き出した。確かIS学園は、いかなる国家や組織にも属さず、いかなる干渉も受けなかったはずだ。
『確かにアラスカ条約ではそうなってる。でも、何事にも例外や、抜け道はあるってことだよ。たぶん、外部からの干渉されないってのも有名無実化してるんじゃないかな?』
なんというか、軍事事情が一筋縄でいかないのはどの世界に行っても同じみたいだな。俺たちが公の場に出れば、機龍を利用しようとしてくる輩が出てくるのは覚悟していたが、こうも早くアプローチがあるとは…。
ただ、俺は機龍にどうしても確認しておかなければならないことがある。
「…なあ機龍、お前はそれでいいのか?」
『?どうゆう事、ヨシト?』
「お前は本当は眠りたかったんじゃないか?それなのに、また人間の都合に振り回されそうになってるんだぜ。」
こいつは人間の都合で生まれ、人間の都合で殺され、人間の都合で甦らされ、人間の都合で同族と戦わされた。
『機龍はもう戦いたくないのかもしれない』
あの日、家城さんが言った言葉が俺の頭をかすめた。
今ならハッキリと分かる。あの時、何故機龍がゴジラを抱き上げ海へ向かったのかが…。
「なあ機龍、お前がもう戦いたくないって思っているんなら正直に言ってくれ。もしそうなら、今すぐここを逃げ出して、どこにでも行っていいんだからな。後のことは俺が何とかするから。」
それが、お前の命を弄んだ俺たちの責任だから。
『…確かにあの時、私はゴジラとともに海底で眠るつもりだった。』
「だったら…。」
『でもねヨシト、私は君のそばを離れるつもりはないよ。』
「はあ、何を言ってるんだ。お前はもう戦う必要はないんだ。俺の事なんか気にしなくても…。」
『気にするよ。ヨシトは仲間なんだから』
言葉が出ない。機龍の発言は俺にとってそれくらい衝撃的なものだった。
『ヨシトは私を修理するために、一人で私のもとに駆け付けてくれた。それは私のことを思ってのことだと思う。それは私にとって、とても幸せなことだ。正直、まだ人間の感情や仲間意識について、すべて理解できたわけじゃないから間違っているかもしれないけど、私はヨシトのことを仲間だと思っているよ。だから』
『仲間を置き去りにして、一人だけ眠りにつくなんて私にはできない。』
「………」
やばい…。涙がこぼれそうだ…。
今まで機械のことを考え、機械に気持ちになって、機械と向き合ってきたが、機械に自分の身を思ってもらったのは初めてだ。これは予想以上に胸に来るものがあるな…。だから、これだけは言わないといけない。
「ありがとう…、機龍…」
『どういたしまして、ヨシト。』
妙に人間臭くなった機械の龍。それが今この世界にいる俺の唯一の仲間だ。仲間なら、共に歩まなくっちゃな…。元の世界に戻るその日まで、俺はこいつのそばにあり続ける。この日俺は、そう誓った…。
日本近海の太平洋上に一つの小島が浮いていた。いや、よく見ればその小島は人工物でできていて、ゆっくりと海面を滑るように動いているのが分かる。
その巧妙に小島に偽装された人工物の中は、異様という言葉がぴったりの様相であった。
所狭しと床を這うように伸ばされた配線、壁を覆い尽くすほどの数の液晶画面、そして用途不明のガラクタの数々。とてもではないが、人間が住むべき環境とは思えない。
しかし、それらの有象無象の中心に、これまた奇妙な姿をした女性がいる。まるで、絵本の中の住人のようなエプロンドレスを着ているものの、その胸元は大きく開いており、彼女の女性としての部分を強く主張している。それだけでも十分奇妙なのに、より目を向けずにはいられないのが彼女の頭から生えている大きなウサギの耳のような触覚である。正確に言えば、彼女の付けているカチューシャからウサミミが生えているのだ。
そんな珍妙な格好をした女性が鼻歌交じりにキーボードを打っている姿は、この異様な空間にあってとても馴染んでいた。すると、そのウサミミの女性は、何かに気づいたように鼻歌をやめ、顔を上げた。
「ん、そういえば、そろそろリュウ君とヨー君が模擬戦を始める頃だねー。」
そう言って彼女は手元のキーボードを操作すると、目の前にあった画面が切り替わり、銀の龍と、その傍らに立つ青年を映し出した。彼らと相対するのは日本製第2世代型IS「打鉄」を纏う、胸の大きな眼鏡をかけた女性だ。
「フフフ、今年はいっくんが学園にいるから少しは世界が楽しくなると思ったけど、まさか直前になってイレギュラーが現れるなんて束さんも予想外だったよ。ま、どちらにせよ楽しくなるのは変わりないから問題ないんだけどね。」
そう言って笑う彼女の表情は、新しく手に入ったおもちゃを目の前にした子供のそれとそっくりだった。
「待っててね、ちーちゃん…。もうすぐ、世界が楽しくなるからね…。」
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