次回はこうならないようにします。
「であるからしてISの基本運用は国家の認証が必要であり、枠内を逸脱した運用をした場合は刑法によって罰せられ…」
黒板の前では山田さ、じゃなかった。山田先生が教科書を片手に授業を進めている。
IS学園での最初の本格的な授業の内容は、ISの使用に関する規定や法令に関する事だった。ISに限らず強力すぎる機械は、使い方を間違えれば大量破壊兵器になりえる。ISの操縦者を目指す生徒たちのことを考えれば妥当だと思う。
ただ、個人的な欲を言わせてもらえば、早くISの武装やPICの詳細について学びたい。できれば実際に実物に触りながら…。
と、前方に目を向けると挙動不審な男子が一人。何やら青い顔をして左右を見回している。
いきなり視線を向けられて、隣の席の女子はビックリした様子だ。あんなんじゃ授業に集中できないだろう。
「織斑君、何かわからないところはありますか?」
一夏の様子がおかしいことに気が付いた山田先生が、心配そうに声をかけた。
「あ、えっと」
「分からないところがあったら何でも聞いてくださいね。なにせ私、先生ですから!」
そう言って山田先生は胸を張ったのだが、その姿勢はいかがなものかと。その二つの巨砲は男子高校生にとって目の毒以外の何物でもないと思います。
一夏も一瞬山田先生の胸部に目を奪われたが、慌てて視線を逸らすと意を決したように手を上げた。
「先生!」
「はい、なんでしょうか織斑くん。」
「殆ど全部分かりません!」
「え………殆どぜ、全部・・・ですか・・・・・・。」
山田先生の顔が見る見るうちに沈んでいく。どうやら、自分の授業の進め方が悪かったのかとショックを受けているようだ。でも何も、涙目にならなくたっていいじゃないですか。
山田先生はその涙目を俺の方に向けてくる。
「な、中条さんも…分からないですか…?」
「い、いえ。十分に分かりやすい授業だと思います。」
俺の必死のフォローによって、山田先生はホッと安堵の溜息をつく。
逆に絶望的な顔色になったのは一夏だ。てかお前、本当に殆ど分かっていなかったのか…。授業と言っても基本中の基本といったところだぞ。こんなんで、お前は今後やっていけるのか?
「・・・織斑、入学前に渡した参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました。」
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。」
そう言って、織斑先生は出席簿を一夏の脳天に撃ち落した。
てかなんだ今の一撃は!明らかに出席簿では出せない音が鳴ったぞ!
実姉の強烈な指導を受けて、一夏はうめき声をあげながら痛みに悶えている。そう言えば、授業が始まる前、一夏と箒とかいう子がそろって頭を押さえながら教室に入ってきていたな…。今思えば、チャイムが鳴っても教室にいなかった事を見咎められて、今と同じ一撃を食らったのだろう。
「教科書は後で再発行をしてやるから一週間以内に覚えろ。いいな。」
「いや、あの厚さを一週間で覚えるのは…。」
「やれ、そう言っただろう。」
「はい、やらせていただきます…。」
一夏は力なくそう答えるしかなかった。
「いいか、ISは機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かにしのぐ代物だ。そんな兵器を十全な知識無く扱えば必ずどこかで事故が起こる。将来諸君等がそういった事故を起こさないための基礎知識と訓練だ。理解できなくとも覚えろ、そして守れ。規則とはそう言ったモノだ。」
この言葉は一夏に対してというよりも、このクラスにいる全員に対しての言葉だろう。俺も自衛隊に入りたての頃は嫌というほど似たような言葉を言われていたし、機龍の整備をするようになってからその言葉の意味をより深く理解することが出来た。このクラスの生徒たちも、ISに触れ続けることで織斑先生の言葉の意味を理解していくのだろうな。
だが今は、他人の事よりも自分のことだ。さっさと黒板の文字をノートに写してしまおう。
すると、がっくりと肩を落とした一夏に対し織斑先生が口を開いた。
「貴様、『自分は望んでここに居るわけではない』と思っているな。」
シャーペンを持つ手が止まる。
「人は望もうが望まざろうと、集団の中で生きて行かなくてはならない。もし、それが嫌ならば人間であることをやめるんだな。」
……織斑先生は俺と機龍が別の世界から来たことを知らない。よって、今の言葉に他意はない。
だがしかし、『人は望もうが望まざろうと、集団の中で生きて行かなくてはならない』か…。今の俺にとっては、あまりにも重すぎる台詞だ。
結局のところ、この世界で生き続けようと思うなら、今の現状を受け入れ、この世界の人々と関わり続けなければいけない。でもそれは、元の世界に戻るのを諦めることになるのではないだろうか…。
いけない。考えが悪い方へと流れて行ってしまっている。とにかく今は授業に集中しよう。
俺は頭を振って雑念を掻き消すと、ノートの余白にペンを走らせた。
「頼む義人、俺に勉強を教えてくれ!」
二時間目の授業が終わった途端、一夏が両手を合わせて懇願してきた。
「教えてくれって、あのな一夏、俺もついこの間までISと無関係な生活を送ってたんだぜ。ISに関してはお前と同じ素人だ。あまり教えられるようなことはないぞ。」
「でも、授業は問題なく受けられてたじゃないか。このさい暗記のコツみたいなことでもいいからさ。頼む!この通りだ!。」
「…はぁ。分かったよ。俺が勉強したとき大切だと思ったところをチェックしてやるから。教本を再発行したらもってこい。」
「ありがとう義人!恩に着るよ!」
満面の笑みを浮かべ一夏はそう言った。なんか、世話の焼ける弟ができた気分だ。甥っ子の瞬はあまり宿題とかには苦労してなかったから、勉強を教える機会は無かったもんな。
「ちょっとよろしくて。」
「ん?」
「へ?」
突然横から声を掛けられたせいで、少々間の抜けた返事をしてしまった。一夏も同様だ。
声のした方を向くと、俺のいた世界ではマンガの世界でしか見られないような金髪ロールの女子が、これまた少女漫画のお嬢様よろしく気品ある姿で立っている。
「まあ、何ですの?そのお返事!私に話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
……お嬢様言葉でしゃべる人間に初めて出会った。というか、外見通り中身もまんまお嬢様だったのな。どうもこの学園にいる人間はマンガチックな所ある。それともこの世界自体がそういうものなのだろうか?
「悪いな。俺は君のことは知らない。義人は知ってるか?」
「自己紹介もまともに受けてないのに知るわけないだろ。」
というより、この世界に来てまだ二週間もたってないのだから、知り合いの数さえ片手で数えられる。
俺たちの共通認識を確認すると、金髪の少女は両手で机を叩いて身を乗り出した。
「私を知らない!セシリア・オルコットを!イギリスの代表候補生にして、入試主席のこの私を!」
……うん、自己紹介ありがとう。そしてハッキリと分かったよ。この娘、面倒くさい娘だ!
「あ、質問いいか?」
と、一夏が挙手してセシリア・オルコットと名乗った少女に聞いた。まさかこの流れで質問をするとは思っていなかったが、いったい何を聞くつもりだろう?
「ふん!下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ。」
あ、本当に貴族だったんだ。まあ、自己申告だし真実かどうかは知らないけど。
「……代表候補生って何だ?」
その瞬間、聞き耳を立てていたクラスの数名が音を立ててこけた。
だから何でリアクションまで漫画チックなんだよ!そろそろ二次元の世界に来ちまったんじゃないかって勘違いするぞ!
「あ……あ、ああ…」
「?あ?」
「信じられませんわ!日本の男性というのは、こうも知識に乏しいものなのかしら!常識ですわよ!常識!」
どうやら一夏の質問はオルコットさんの神経を盛大に逆なでしたらしい。これ以上面倒なことになる前に、一夏は適当に謝るべきだと思うのだが…。
「なあ義人、代表候補生ってなんだ?」
なんでそこで俺に振るんだよ!実はこいつ相当な天然だろ!ほら見ろ。オルコットさんが、あなたはどうですの、みたいな視線を俺にぶつけてきてるじゃないか。
「えーと、代表候補生ってことはあれだろ?国家間代表の候補生を学生から選抜したやつじゃなかったっけ?」
俺は昨夜読んだ教本の内容を記憶から掘り起こしながら答えた。まあ、代表候補生という字面からある程度察しはつくけど。
「ああ、なるほど。つまりエリートってことだな。」
「そう!!エリートなのですわ!」
どうやら一夏も理解してくれたみたいだし、オルコットさんも俺の説明に満足してくれたみたいだ。では次の授業の準備もある事だし、ここでお開きという事で。
「本来ならエリートたるわたくしの様な人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡…幸運なのよ。その現実をもう少し理解して頂ける?」
ほう、奇跡とまでいうか。実は、俺も普通ではありえないような奇跡体験をしてこの世界に来たんだけどな。
「まぁでも?わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ。」
そうですか。知り合いが少ないから不安でいっぱいなんだけど、そういってもらえると助かるよ。思わず涙が出そうだ。
「ISの事で分からないことがあれば、まあ、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。そちらの男性はISを動かすことはできないようですけど。でも大丈夫ですわ。ISを動かすことのできない方にも分かり易く教えて差し上げることはできますわ。なんせ私は入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
………うん。もうそろそろいいだろ。こいつ俺たちに喧嘩売ってるだろ!
いったい何なんだ!初日だし、事を荒げないように黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!こうまで言われて黙っているのは男の沽券に関わる!
そう思い、ひとこと言ってやろうと口を開こうとしたその時、
「入試ってあれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ。」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官。」
「は………?」
「え………?」
これはまた予想外の展開だ。オルコットも口を開き、呆気にとられている。
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子だけっていうオチじゃないのか?」
「一夏の言うことが本当なら、そういうことになるな。」
「そ、そんなことあるわけ…。」
と、そこで無情にも三時間目の授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。
「っ……!また後で来ますわ!逃げないことね!よくって!」
捨て台詞を残し、オルコットお嬢様は自分の席に戻っていった。何で俺たちが逃げること前提なんだ?面倒くさいうえに少し残念な雰囲気があるな、あの子には。
それにしても、一夏がIS学園の教師を倒していたとは意外だ。勿論、山田先生のような例もあるのだから、教師を倒した=ISの操作技術が優れている、というわけではない。それでも、間の抜けたところはあるが、案外一夏にはISを動かす才能があるのかもしれないな。
とりあえず、ひとこと言い返してやることはできなかったが、お嬢様の間抜け面は拝むことが出来たのでよしとしておこう。
機龍『私の出番は?』
作者「せ、戦闘が始まれば、たくさんあるから。」