夜廻お姉ちゃん   作:たゆてー

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第2話

コツコツコツ……とアスファルトを蹴る音が、夜の町に響く。

 

小さい頃から変わらない景色なのに、夜に歩くとどうしても3年前の感覚になる。

 

懐中電灯の丸い明かり、肌に纏わりつくような空気、どこからともなく吹く風。

 

それらは私に夜の怖さを思い出させた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

怖いのは今更だ。怖気付いている場合じゃない。

 

 

しばらく歩いていると、私は電柱のそばにいる"ナニカ"を見つける。

昔からずーっと、あの場所に立っている。

 

目も合わせずサッと通り過ぎる。何かを囁くような声で追ってくるが、子供の頃の走るスピードとは違いあっという間に引き離した。

 

あれに捕まったら、どうなるんだろう。

殺されるのは確実……なのかもしれないけど、実際あれが生きている人にどう関与できるのかわからない。

 

 

「……それでも捕まりたくはないな」

 

 

苦笑し、目的地へと少し足を早めた。

 

 

私がどこに向かっているのかというと、ポロが眠っている林だ。

 

町中を捜索して見つからないという事は、町以外にいるのではないか、という至極簡単な予想だ。

 

学校での噂話のように、夜の町を歩いている可能性もあるが………。

 

 

 

 

実は先に林に行くことにもう一つ意味がある。

 

 

 

 

妹の話によると、3日に一度はポロに会いに行っていると予想出来た。いなくなったあの日から計算すれば、今日会いに行くはずなのだ。

 

そして、必ずちいさなお花を添える。

それを確認する事ができれば、妹は再びそこに来る事があると言える。

 

現在、21時半。

家を出てから真っ先にポロの所に行く妹なら、もう花が置かれていてもおかしくない時間だ。

 

 

早足で歩いているうちに、踏切に着く。

今日はまだ鳴ってない。ここの踏切は0時を過ぎると、何故かわからないが勝手に遮断機が降りて鳴り止まなくなる。

 

こない電車をひたすら待ち続ける……子供の頃は音が怖いとしか思えなかったが、今はそんな事はない。

 

 

踏切を渡り、更に奥へと進む。その先の別れ道を左に進む。右に進めば商店街だ。

 

だんだんと建物と草木の割合が逆転していき、遂にはアスファルトの道が途切れる。

硬く響いていた足音が、ザッザッ……と土を踏む音に変わる。

 

僅かに聞こえていたコオロギの音色も、近くではっきりと聞き取れるようになる。

 

しばらく歩くと、青いフェンスが見えて来る。手前にはお地蔵様があるが、触れようとすると首の部分がコロッと落ちる。

 

 

最初に触った時はもちろん驚いたが………。

踏切同様、今じゃ驚かなくなっている。

 

無視して進み、青いフェンスを抜ける。

 

 

「そろそろ消さないと……」

 

 

ここは岩ですら危険。彼らに光を当てれば、低い唸り声をあげながら襲ってくる。スピードもなかなかあり、下手すれば今の私でも追いつかれる。

 

その反面、ここは町にいた"ナニカ"は少ない。

基本寂しがりの"ナニカ"達は、こんな暗い場所には来ない事が多いようだ。

 

 

私は懐中電灯の灯を消した。

辺りがパッと暗くなる。

 

そして青いフェンスを通った先にある別れ道を左へ進む。

 

 

「……………ッ」

 

 

 

心臓が激しく脈打つ。

光を消していればバレないといえど、それでも近くを通り過ぎるのは怖い。

 

それに私の子供の頃と違って、"ナニカ"がここにどれだけ増えたかもわからない。

 

急いで岩の間を抜け、再び懐中電灯をつける。暗闇に光が見え、少し安心する。

 

更にけもの道に沿って奥に進むと、昔の古い線路に出る。

妹の話では、この線路はまだ電車が通っているらしい。その電車からは誰かが泣いている声が聞こえるという。

 

 

「……まるで幽霊列車ね……」

 

 

事実、幽霊列車なのだろう。

そんな事を考えながら、線路を横断する。

 

再びけもの道に入り、沿って歩く。

 

しばらく歩いていくと、突然ボコッと空いた穴を踏んだ。

 

 

「なに………?」

 

 

咄嗟に足元を見ると、水溜りが乾いて泥になった所に小さな足跡があるのを見つけた。

子供のような、小さい靴の跡。

 

 

「ことも……?」

 

 

私はそっと触れてみる。かなり固まっていて、形が崩れる事はなかった。

 

それもそのはず、妹は3日に一度来ている。

この道も妹以外で通る人はいないだろう。

 

 

 

「………来てる……のかな」

 

 

 

———足跡がこう残るのは当たり前のことだったが、私にとってはどこか心の救いになっていた。

 

やがて開けたところに出る。その中央にはポロのお墓がある。

 

 

私は近づき、お墓の前にしゃがむ。

 

 

 

 

 

 

「…………ダメか」

 

 

 

かなり元気がない花が一輪。

妹はもうここには来ていない事を示していた。

 

 

正直、現時点でかなり可能性が絞られた。

 

 

妹は自分の意思で動いていない可能性が高い。

 

つまり、都市伝説のように———町の"ナニカ"と同じものになったという可能性が第一にくる。

 

そんな考えが頭をよぎる。

それから色んな想いが私の内から溢れ出て、目頭が熱くなった。

 

 

いつの間にか、涙が滲んでいた。

 

 

後悔と、申し訳なさと。それらに私の心はいっぱいになってしまった。

 

 

 

 

そんな歪んだ視界に入るポロのお墓は、どことなく私を責めたように見えた。

 

 

「ポロ………ごめんね……」

 

 

だんだん実感が湧いてくる。それに比例して、ますます辛くなる。

 

私は何をしてたんだろう。

妹は小学生。1人で危険な夜を出歩いているというのに、なぜ意地でも止めなかったのだろう。私以外の人だったら、誰でもきつく叱りつけて家に置いておくだろう。

 

私が弱いせいで出来なかった。

私のせいで———

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンワンッ!」

 

 

 

 

どこからか犬の鳴き声が聞こえた気がした。私は驚き、あたりを見回す。

 

しかし、周りには何もいない。

動物の気配すら感じられない。

 

 

 

でも、この声は………。

 

 

 

 

 

「………ポロ?」

 

 

それに応えるように、再び鳴き声が聞こえる。

 

 

「ワンッ」

 

 

………情けないなあ。

私はポロに、"今度は私が妹を守る"って約束してたのに。

 

 

「ポロ……あのね」

 

「ワンワンッ!」

 

 

私がその先を言う前に、ポロは被せてくる。

ごめんね。聞きたくないだろうけど、私はポロに言わなきゃいけない。

 

 

「ポロ……あのねっ、私……こともを守りきれなかったの………」

 

 

私はそう言い切った。

ごめん。ごめんなさい、ポロ。

あなたが守ってきてくれたもの、私は台無しにしてしまったの。

 

 

 

 

———なのに。

 

 

「わんっ!」

 

 

そんな私の悲しさを吹き飛ばすように、明るく鳴くポロ。

 

 

「……ポロはどうして怒らないの?私は妹を守れなかったんだよ?」

 

 

それでも変わらず、悲しい鳴き声ではなく私を励ましてくれるポロ。

私はそんな様子のポロの声を聞いて、少し———いや。

 

 

 

 

「こともは……まだ助かる?」

 

「わんっ!」

 

 

私の問いに、ポロはそれを肯定するかのように元気よく吠えた。

 

…………かなり、励まされていたのだ。

その声で、私の頭がさっきの焦りや後悔に満ちた思考が消え、急速に冴えていった。

 

 

———そうだ。何を悲観しているんだ。

こともがここに来れない理由があるなら、それも可能性の一つになる。

 

町にも林にも居ないのなら、"よまわりさん"に攫われて、工場から抜け出せない可能性だってある。

 

 

 

そして工場なら、コンテナに隠れていれば"よまわりさん"に見つかる事はない。

———助けを待っている可能性がある。

 

 

「ありがとう、ポロ」

 

「……ワンッ!」

 

 

返事はそれきり返ってこなかった。

………が、私の心はかなり救われていた。

 

 

「とりあえず工場に行かなきゃ。もしかしたら動けなくなって、助けが来るのを待っているのかもしれない」

 

 

私はポロのお墓に花を一輪添え、来た道を戻った。ここに来た時とはうってかわって、自信のある足取りだった。

 

妹の失踪に一切手を出せなかった私が、今こうして動けている事が実感できたからかもしれない。

 

 

 

しかし、私はふと思いつく。

 

 

「………工場って、今入れるのかな……」

 

 

普段工場の入り口は開く事がない。しかも開く条件が全くわからない。気づいたら開いている事があったというくらいだ。

 

これでは侵入は難しい。

あの"よまわりさん"の居城といえるべき存在の工場の入り口で、開くのを気長に待つだなんてそんな危険な事はできない。

 

 

「……攫われた方が早いのかな」

 

 

私は3年前に一度攫われた覚えがある。危険な事には変わりないが、工場に連れて行かれる分には死ぬ事はない。

 

荒技だが、安全に工場に侵入できるだろう。

 

 

しかし、問題はあった。

 

 

「困ったな……」

 

 

"よまわりさん"に攫われないようにするのは難しく感じるのに、"よまわりさん"を見つけるのもかなり難しそうだ。

 

しかもこんな夜。

視界がただでさえ悪いのに、"よまわりさん"を見つけるというのは更に難易度が上がる。

 

捕まるまで彷徨うか。

なら見えやすい場所がいい。

 

灯りが多い場所と言えば…………。

 

 

 

 

 

 

 

———商店街だ。

 

取り壊されかけてるが、街灯はそのままだ。あそこなら簡単に見つけてもらえるかもしれない。

 

………そういえば、過去に妹が一度商店街の"ナニカ"を、ムカデの神様?に頼まれて祓ったと聞いた事がある。

 

 

いや……それは隣町に住んでたハルちゃんだったかな?

 

ハルちゃんと言えば去年引越しして行ったんだったっけ。引越し前に一度会わせて貰った事があるが、なんだか悲しそうだった。

 

まだ小学生だというのに、左腕が無かった事には少し驚いたけど。

商店街の"ナニカ"を祓えるくらいだ。きっとあの子も"ナニカ"達に関わりすぎて、色々な事に巻き込まれたのかもしれない。

 

そのせいかどうかは分からないけど、会った時ハルの両親も含めて3人の筈なのに、もう1人の気配があった。

 

悪い感じはしなかったが、この世のものではない"ナニカ"なのは間違いなかった。

そういう"ナニカ"がハルの側にいるのはあんまりよくなかったりする。

 

 

 

………まあ、その話は置いといて。

なんにせよ商店街に行けば、"ナニカ"が少ないかもしれないし、上手く"よまわりさん"に会えるかもしれない。

 

 

道なりに歩いているうちに、アスファルトの地面が戻ってきた。街灯が徐々に増え、周囲もさっきと比べて明るくなってくる。

 

 

「ッ………!」

 

 

私は改めて気を引き締める。

 

ここからはまた"ナニカ"達に充分注意しなければならない。

 

さっき踏切を通って降りてきた道の、反対の右側に行く。

道に沿って歩くと、やがて商店街の入り口が目に入る。

 

 

「………そうだ」

 

 

折角来たなら、神社にお参りしに行こう。何度か妹を守ってくれた事へのお礼がしたい。

 

しばらく歩くと鳥居が見えてくる。遠目でざっと神社を見る。

 

 

壊れかけの神社。

商店街の取り壊しによって、神社も取り壊しになってしまった。

 

妹いわく、商店街を包み込む程の大きさらしい。そんな大きなムカデがいるのなら、私は即座に悲鳴をあげて逃げる自信がある。

 

とりあえずお賽銭箱だけ壊れてないままあるし、手持ちの十円玉でも———

 

 

 

 

瞬間、背後に何かの気配を感じた。

私はサッと振り向いた。

 

 

商店街の入り口の近くに、炎に包まれて激しく燃える黒い人影。

両手を振り上げ、燃えている事が苦しいかのように叫び声をあげている。

 

 

………明らかに出会ってはいけない"ナニカ"だった。

 

確実にこっちを見つけて追ってきている。

目で見ただけでも相当速い。

叫び声がなんとも恐ろしい。

 

私は咄嗟に走る。

鳥居の前を通り過ぎ、更に奥へ。

 

しかし、あまりにも速すぎる。

声がどんどん迫ってくる。

 

 

「やめてっ……来ないでっ……」

 

 

徐々によみがえる、死と隣り合わせの恐怖。子供の頃に感じていた夜の恐怖。

 

 

私は油断していた。

 

 

頭でどれだけ"ナニカ"に気づかれてはいけないと考えていても、子供の頃とは違うという"油断"がどこかにあった。

 

商店街ならムカデの神様なるものがいるから安全と、どこか勝手に決めつけていた。

 

普通に考えて、灯りの下で立ち尽くすなんてまるで「見つけてください」と言っているようなものだ。

 

基本"ナニカ"は辺りにいる。

夜を歩く上で最も注意しなければならない事。

 

 

 

「だっ……誰かっ……!」

 

 

そう叫びかけて、やめた。

夜に1人で外を出歩くという事はそういう事。

助けなんか来ない。

 

"ナニカ"との距離が10メートルを切った。

まだ数十秒しか走ってないのに、もうこんなに追いつかれた。

 

私は全ての力を振り絞って走る。

震える足を奮い立たせ、折れても構わない勢いで走る。

 

 

……しかし疲労は限りなく、私の足の動きを鈍くする。

 

速度が下がる。

 

 

「はぁッ……こんなとこでッ……」

 

 

死にたくない。

 

そんな私の意思とは反対に、足の動きが悪くなる。それなのに背後の"ナニカ"の速度は全く落ちない。

 

 

 

 

………もうダメなのか。

そう思った時。

 

 

 

数メートル先にある公衆電話が、鳴った。

明らかに壊れた音で不気味に鳴り響く。

 

 

「な、なに……?」

 

 

私の知らない"ナニカ"?

でも、このまま死ぬくらいなら……。

 

 

助けてくれる、"ナニカ"もいるかもしれない。………確率は0に等しいけど。

 

 

私は公衆電話に駆け込む。外観のガラスは割れているため、すぐに受話器を取る事ができた。

 

 

 

 

瞬間、視界が暗転する。

空の黒が垂れる様に私の視界を奪っていく。

 

 

 

……そりゃそうか。

助けてくれる"ナニカ"なんて聞いた事がない。

 

 

でも焼け死ぬより、マシだといいな……。

私はギュッと目を瞑った。

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