コツコツコツ……とアスファルトを蹴る音が、夜の町に響く。
小さい頃から変わらない景色なのに、夜に歩くとどうしても3年前の感覚になる。
懐中電灯の丸い明かり、肌に纏わりつくような空気、どこからともなく吹く風。
それらは私に夜の怖さを思い出させた。
「………………」
怖いのは今更だ。怖気付いている場合じゃない。
しばらく歩いていると、私は電柱のそばにいる"ナニカ"を見つける。
昔からずーっと、あの場所に立っている。
目も合わせずサッと通り過ぎる。何かを囁くような声で追ってくるが、子供の頃の走るスピードとは違いあっという間に引き離した。
あれに捕まったら、どうなるんだろう。
殺されるのは確実……なのかもしれないけど、実際あれが生きている人にどう関与できるのかわからない。
「……それでも捕まりたくはないな」
苦笑し、目的地へと少し足を早めた。
私がどこに向かっているのかというと、ポロが眠っている林だ。
町中を捜索して見つからないという事は、町以外にいるのではないか、という至極簡単な予想だ。
学校での噂話のように、夜の町を歩いている可能性もあるが………。
実は先に林に行くことにもう一つ意味がある。
妹の話によると、3日に一度はポロに会いに行っていると予想出来た。いなくなったあの日から計算すれば、今日会いに行くはずなのだ。
そして、必ずちいさなお花を添える。
それを確認する事ができれば、妹は再びそこに来る事があると言える。
現在、21時半。
家を出てから真っ先にポロの所に行く妹なら、もう花が置かれていてもおかしくない時間だ。
早足で歩いているうちに、踏切に着く。
今日はまだ鳴ってない。ここの踏切は0時を過ぎると、何故かわからないが勝手に遮断機が降りて鳴り止まなくなる。
こない電車をひたすら待ち続ける……子供の頃は音が怖いとしか思えなかったが、今はそんな事はない。
踏切を渡り、更に奥へと進む。その先の別れ道を左に進む。右に進めば商店街だ。
だんだんと建物と草木の割合が逆転していき、遂にはアスファルトの道が途切れる。
硬く響いていた足音が、ザッザッ……と土を踏む音に変わる。
僅かに聞こえていたコオロギの音色も、近くではっきりと聞き取れるようになる。
しばらく歩くと、青いフェンスが見えて来る。手前にはお地蔵様があるが、触れようとすると首の部分がコロッと落ちる。
最初に触った時はもちろん驚いたが………。
踏切同様、今じゃ驚かなくなっている。
無視して進み、青いフェンスを抜ける。
「そろそろ消さないと……」
ここは岩ですら危険。彼らに光を当てれば、低い唸り声をあげながら襲ってくる。スピードもなかなかあり、下手すれば今の私でも追いつかれる。
その反面、ここは町にいた"ナニカ"は少ない。
基本寂しがりの"ナニカ"達は、こんな暗い場所には来ない事が多いようだ。
私は懐中電灯の灯を消した。
辺りがパッと暗くなる。
そして青いフェンスを通った先にある別れ道を左へ進む。
「……………ッ」
心臓が激しく脈打つ。
光を消していればバレないといえど、それでも近くを通り過ぎるのは怖い。
それに私の子供の頃と違って、"ナニカ"がここにどれだけ増えたかもわからない。
急いで岩の間を抜け、再び懐中電灯をつける。暗闇に光が見え、少し安心する。
更にけもの道に沿って奥に進むと、昔の古い線路に出る。
妹の話では、この線路はまだ電車が通っているらしい。その電車からは誰かが泣いている声が聞こえるという。
「……まるで幽霊列車ね……」
事実、幽霊列車なのだろう。
そんな事を考えながら、線路を横断する。
再びけもの道に入り、沿って歩く。
しばらく歩いていくと、突然ボコッと空いた穴を踏んだ。
「なに………?」
咄嗟に足元を見ると、水溜りが乾いて泥になった所に小さな足跡があるのを見つけた。
子供のような、小さい靴の跡。
「ことも……?」
私はそっと触れてみる。かなり固まっていて、形が崩れる事はなかった。
それもそのはず、妹は3日に一度来ている。
この道も妹以外で通る人はいないだろう。
「………来てる……のかな」
———足跡がこう残るのは当たり前のことだったが、私にとってはどこか心の救いになっていた。
やがて開けたところに出る。その中央にはポロのお墓がある。
私は近づき、お墓の前にしゃがむ。
「…………ダメか」
かなり元気がない花が一輪。
妹はもうここには来ていない事を示していた。
正直、現時点でかなり可能性が絞られた。
妹は自分の意思で動いていない可能性が高い。
つまり、都市伝説のように———町の"ナニカ"と同じものになったという可能性が第一にくる。
そんな考えが頭をよぎる。
それから色んな想いが私の内から溢れ出て、目頭が熱くなった。
いつの間にか、涙が滲んでいた。
後悔と、申し訳なさと。それらに私の心はいっぱいになってしまった。
そんな歪んだ視界に入るポロのお墓は、どことなく私を責めたように見えた。
「ポロ………ごめんね……」
だんだん実感が湧いてくる。それに比例して、ますます辛くなる。
私は何をしてたんだろう。
妹は小学生。1人で危険な夜を出歩いているというのに、なぜ意地でも止めなかったのだろう。私以外の人だったら、誰でもきつく叱りつけて家に置いておくだろう。
私が弱いせいで出来なかった。
私のせいで———
「ワンワンッ!」
どこからか犬の鳴き声が聞こえた気がした。私は驚き、あたりを見回す。
しかし、周りには何もいない。
動物の気配すら感じられない。
でも、この声は………。
「………ポロ?」
それに応えるように、再び鳴き声が聞こえる。
「ワンッ」
………情けないなあ。
私はポロに、"今度は私が妹を守る"って約束してたのに。
「ポロ……あのね」
「ワンワンッ!」
私がその先を言う前に、ポロは被せてくる。
ごめんね。聞きたくないだろうけど、私はポロに言わなきゃいけない。
「ポロ……あのねっ、私……こともを守りきれなかったの………」
私はそう言い切った。
ごめん。ごめんなさい、ポロ。
あなたが守ってきてくれたもの、私は台無しにしてしまったの。
———なのに。
「わんっ!」
そんな私の悲しさを吹き飛ばすように、明るく鳴くポロ。
「……ポロはどうして怒らないの?私は妹を守れなかったんだよ?」
それでも変わらず、悲しい鳴き声ではなく私を励ましてくれるポロ。
私はそんな様子のポロの声を聞いて、少し———いや。
「こともは……まだ助かる?」
「わんっ!」
私の問いに、ポロはそれを肯定するかのように元気よく吠えた。
…………かなり、励まされていたのだ。
その声で、私の頭がさっきの焦りや後悔に満ちた思考が消え、急速に冴えていった。
———そうだ。何を悲観しているんだ。
こともがここに来れない理由があるなら、それも可能性の一つになる。
町にも林にも居ないのなら、"よまわりさん"に攫われて、工場から抜け出せない可能性だってある。
そして工場なら、コンテナに隠れていれば"よまわりさん"に見つかる事はない。
———助けを待っている可能性がある。
「ありがとう、ポロ」
「……ワンッ!」
返事はそれきり返ってこなかった。
………が、私の心はかなり救われていた。
「とりあえず工場に行かなきゃ。もしかしたら動けなくなって、助けが来るのを待っているのかもしれない」
私はポロのお墓に花を一輪添え、来た道を戻った。ここに来た時とはうってかわって、自信のある足取りだった。
妹の失踪に一切手を出せなかった私が、今こうして動けている事が実感できたからかもしれない。
しかし、私はふと思いつく。
「………工場って、今入れるのかな……」
普段工場の入り口は開く事がない。しかも開く条件が全くわからない。気づいたら開いている事があったというくらいだ。
これでは侵入は難しい。
あの"よまわりさん"の居城といえるべき存在の工場の入り口で、開くのを気長に待つだなんてそんな危険な事はできない。
「……攫われた方が早いのかな」
私は3年前に一度攫われた覚えがある。危険な事には変わりないが、工場に連れて行かれる分には死ぬ事はない。
荒技だが、安全に工場に侵入できるだろう。
しかし、問題はあった。
「困ったな……」
"よまわりさん"に攫われないようにするのは難しく感じるのに、"よまわりさん"を見つけるのもかなり難しそうだ。
しかもこんな夜。
視界がただでさえ悪いのに、"よまわりさん"を見つけるというのは更に難易度が上がる。
捕まるまで彷徨うか。
なら見えやすい場所がいい。
灯りが多い場所と言えば…………。
———商店街だ。
取り壊されかけてるが、街灯はそのままだ。あそこなら簡単に見つけてもらえるかもしれない。
………そういえば、過去に妹が一度商店街の"ナニカ"を、ムカデの神様?に頼まれて祓ったと聞いた事がある。
いや……それは隣町に住んでたハルちゃんだったかな?
ハルちゃんと言えば去年引越しして行ったんだったっけ。引越し前に一度会わせて貰った事があるが、なんだか悲しそうだった。
まだ小学生だというのに、左腕が無かった事には少し驚いたけど。
商店街の"ナニカ"を祓えるくらいだ。きっとあの子も"ナニカ"達に関わりすぎて、色々な事に巻き込まれたのかもしれない。
そのせいかどうかは分からないけど、会った時ハルの両親も含めて3人の筈なのに、もう1人の気配があった。
悪い感じはしなかったが、この世のものではない"ナニカ"なのは間違いなかった。
そういう"ナニカ"がハルの側にいるのはあんまりよくなかったりする。
………まあ、その話は置いといて。
なんにせよ商店街に行けば、"ナニカ"が少ないかもしれないし、上手く"よまわりさん"に会えるかもしれない。
道なりに歩いているうちに、アスファルトの地面が戻ってきた。街灯が徐々に増え、周囲もさっきと比べて明るくなってくる。
「ッ………!」
私は改めて気を引き締める。
ここからはまた"ナニカ"達に充分注意しなければならない。
さっき踏切を通って降りてきた道の、反対の右側に行く。
道に沿って歩くと、やがて商店街の入り口が目に入る。
「………そうだ」
折角来たなら、神社にお参りしに行こう。何度か妹を守ってくれた事へのお礼がしたい。
しばらく歩くと鳥居が見えてくる。遠目でざっと神社を見る。
壊れかけの神社。
商店街の取り壊しによって、神社も取り壊しになってしまった。
妹いわく、商店街を包み込む程の大きさらしい。そんな大きなムカデがいるのなら、私は即座に悲鳴をあげて逃げる自信がある。
とりあえずお賽銭箱だけ壊れてないままあるし、手持ちの十円玉でも———
瞬間、背後に何かの気配を感じた。
私はサッと振り向いた。
商店街の入り口の近くに、炎に包まれて激しく燃える黒い人影。
両手を振り上げ、燃えている事が苦しいかのように叫び声をあげている。
………明らかに出会ってはいけない"ナニカ"だった。
確実にこっちを見つけて追ってきている。
目で見ただけでも相当速い。
叫び声がなんとも恐ろしい。
私は咄嗟に走る。
鳥居の前を通り過ぎ、更に奥へ。
しかし、あまりにも速すぎる。
声がどんどん迫ってくる。
「やめてっ……来ないでっ……」
徐々によみがえる、死と隣り合わせの恐怖。子供の頃に感じていた夜の恐怖。
私は油断していた。
頭でどれだけ"ナニカ"に気づかれてはいけないと考えていても、子供の頃とは違うという"油断"がどこかにあった。
商店街ならムカデの神様なるものがいるから安全と、どこか勝手に決めつけていた。
普通に考えて、灯りの下で立ち尽くすなんてまるで「見つけてください」と言っているようなものだ。
基本"ナニカ"は辺りにいる。
夜を歩く上で最も注意しなければならない事。
「だっ……誰かっ……!」
そう叫びかけて、やめた。
夜に1人で外を出歩くという事はそういう事。
助けなんか来ない。
"ナニカ"との距離が10メートルを切った。
まだ数十秒しか走ってないのに、もうこんなに追いつかれた。
私は全ての力を振り絞って走る。
震える足を奮い立たせ、折れても構わない勢いで走る。
……しかし疲労は限りなく、私の足の動きを鈍くする。
速度が下がる。
「はぁッ……こんなとこでッ……」
死にたくない。
そんな私の意思とは反対に、足の動きが悪くなる。それなのに背後の"ナニカ"の速度は全く落ちない。
………もうダメなのか。
そう思った時。
数メートル先にある公衆電話が、鳴った。
明らかに壊れた音で不気味に鳴り響く。
「な、なに……?」
私の知らない"ナニカ"?
でも、このまま死ぬくらいなら……。
助けてくれる、"ナニカ"もいるかもしれない。………確率は0に等しいけど。
私は公衆電話に駆け込む。外観のガラスは割れているため、すぐに受話器を取る事ができた。
瞬間、視界が暗転する。
空の黒が垂れる様に私の視界を奪っていく。
……そりゃそうか。
助けてくれる"ナニカ"なんて聞いた事がない。
でも焼け死ぬより、マシだといいな……。
私はギュッと目を瞑った。