「………………?」
目を瞑って3分くらいは経った。
これが………死?
痛くない。でも………
「ごほっ、ごほっ……」
自然と息をするのを抑えていたせいか、酸素が足りなくなり急にむせる。
口を手で押さえながら目を開けた。
———そこに広がっていたのは、紫色の世界だった。さっきの追ってきていた"ナニカ"はいなかった。
空を見上げるとそこには………。
………どこまでも続いているような、虫の胴体があった。
細い虫のような足が、所々抜け落ちているが沢山生えている。
これって……超巨大なムカデ……!?
「っきゃあぁあぁっっ!!!」
想像が頭に浮かぶ。私は反射的に悲鳴をあげ、その拍子に尻餅をついた。
ゴソゴソと蠢いているその姿に、私は悪寒を感じた。
その時、妹の話を思い出した。
………そうだ。
紫色の世界、巨大ムカデ。
———この商店街の守り神だ。
それなら、もしかすると……
私はフラフラと立ち上がり、急いでムカデの神社まで行った。
神様なら、妹について何か知っているかもしれない。
疲れ切った足でなんとかたどり着く。
鳥居をくぐり、境内に入る。
「あ、あの……!」
そう言いかけた途端、世̀界̀が点滅した。
一瞬だけ、元の世界の色に戻ったのだ。
「…………これって」
神様は信仰することによって存在を維持していると妹から聞いた事がある。
そのことからすれば、商店街の取り壊しによって人が来なくなった事で、恐らくムカデの神様の力が弱ってきているのだろう。
今も信仰してる人って、いるのかな。
取り壊された今もお参りに来てるのは、妹くらいしか思いつかない。
それでも、あの山の神よりは信仰されている。
「あ、あのっ!頭に大きな赤いリボンつけた子供を見ませんでしたかっ!」
神社に向かって叫ぶも、返事は帰ってこない。
私は構わず続ける。
「その子は、まだ……まだ生きてますかっ!」
そう聞いたやいなや、私は元の世界に戻っていた。あたりを見回したが、もうすでにあの大きなムカデはどこにもいなかった。
「………無理か……」
私はお賽銭箱に十円を入れた。
妹のことを聞くよりも、助けていただいた事に対して先にお礼を言うべきだったな。
少し申し訳ない気持ちになりながら、改めてお礼をした。
「ありがとうございます」
そう言って一礼する。
「………さて、早く"よまわりさん"に工場に連れて行ってもらわなきゃ。」
そう呟いて振り向く。その時、石畳の上に何かが落ちているのが目に入った。
「これは……?」
塩の入った袋と、御守り?のようなもの。
ムカデの神様がくれたのかな。
私は近寄り、塩と御守りを手に取った。御守りの方からカサっと音がした。
「〜〜ッ!」
一瞬ムカデを想像し固まる。しかしそんな事は無い事を、見てすぐにわかった。
御守りだと思っていたそれは、小さな袋だったようだ。
中に一枚の紙切れが折り畳まれて入っていた。
「……手紙?」
懐中電灯に照らされて、文字が多少見える。
私はおもむろにその紙を開く。
内容は子供っぽい字で、全てひらがなで書かれていた。私は読んでみる。
『このかみをよんでいるひとにおねがいします』
「お願い……?」
そう言えば隣町で、手紙を書いて紙飛行機にして飛ばすっていう遊びがあるんだっけ。
わざわざ山から飛ばす人もいるくらい流行っていたらしい。
それがここまで飛んできた、って事かな。
そう考え、私は続きを読む。
『わたしのおねえちゃんに「てのいうことをきいておかあさんをたすけにいくから、いえでまってて」とつたえてください』
てのいうこと……?
………手の言う事?
私は読み直す。
「……私のお姉ちゃんに、手の言う事を聞いてお母さんを助けに———」
そこまで読み、心臓がドクンと波打った。
頭がサーっと冷えていく。
まさか。
いや、そんな事………!
考えを否定する材料を探すべく、さらに読み進めると、そこには一つの住所が書かれていた。
「この住所は………」
自宅の住所が記載されていた。この手紙で指す"おねえちゃん"は私のことで確定した。
となると、これは妹が書いて残したものになる。
「な、なんで……」
私はへなへなと座り込んだ。
そ̀れ̀が危険だと言うのは、妹が一番わかってるはずなのに……!
"手"には私自身、3年前に一度さらわれたことがある。
山の神様への生贄として捧げられるために。
どうしてか"手"の言う事を聞いてしまった妹に色々思うところがあるけど、それどころじゃない。
またあ̀の̀山̀に行かなければならない。恐らく妹はあの山にいるはずだ。
私は袋をギュッと握った。
「………?まだ何か……」
袋の中にまだ何か入っている。
私はそれを取りだした。
———それは私が妹に預けた御守りだった。
私が小さい時から持っていた御守り。
……安全に連れていく為に、置いて行かせた可能性が大きい。
だとすると、妹は完全に無防備。
抵抗する手立ては何一つない。
それなら尚のこと、急がなきゃ。
私は拾ったものをポシェットに入れて走り出す。
鳥居を潜ったところで、前方に人影を見出す。私は咄嗟に"ナニカ"だと思い、足を止める。
「……………?」
人影にしては、小さい。
それに"ナニカ"のように真っ黒でも燃えているわけでもない。
あれは………。
「………………?」
———リボン?
大きなリボンだ。
私はそ̀れ̀に近づいてみる。
しかし、そんなに近づかなくてもそれが何かはすぐに分かった。
「こ……こともっ!」
妹が商店街入り口で立っていた。
私は急いで妹の元に駆け寄った。
近づくにつれ、いろんな感情が湧き立つ。その中で特に強かったものが私の中から出た。
「家にも帰らないでどこ行ってたの!散々探したんだよ!」
私は語気を強めてそう言った。
しかし。
「…………………」
妹は黙ったまま。どこか上の空のよう。
なにより、私̀に̀気̀づ̀い̀て̀な̀い̀ように見えた。
「ことも……?」
妹との距離………約50センチ。
だと言うのに、妹は私を見ていない。
———何かおかしい。
普通ならもっと反応があるはずだ。
すると、妹は商店街の方を向いた。
「ことも……?」
私はもう一度名前を呼んだ。しかしその声に全く振り向く事なく、商店街の中に向かって走り出した。
「ま、まって!」
私は妹を追うべく走り出す。
さっき"ナニカ"に追われた時の足の痛みがズキンと響いて、追いつけるはずの妹に追いつけない。
どんどんと距離が離れて行く。
私は焦りを感じ、妹を呼ぶ。
「こともっ!待ってっ!」
妹の足が止まる事は無かった。どんどんと広がっていく距離。
その時、妹が背負っているうさぎのリュックから何かが落ちたのを見た。
取っている暇はない。今は妹を———。
そう思ったのも束の間。
「………え?」
商店街の十字路の右側から、何かがすごいスピードで突っ込んできた。私より大きい。
「なっ………」
声を上げる間もなく、私は横から出てきた黒い物体に突進された。
———————————————————————
「………ん……?」
目を開けると、目を開けたかもわからないような真っ暗な世界にいた。
「ここは……?」
私は立ち上がろうと地面に手をついた。この時点で、私がどうなったわかった。
冷たい鉄の感触。波のようにでこぼこしている鉄の板。
……コンテナの中だ。
と言う事はつまり……。
———工場だ。
さっきの商店街で横から現れたのは"よまわりさん"だったんだ。
目的地は合っていたが……妹を見つけた今、ここには用がない。
"よまわりさん"に見つかる前に、早くここから出なきゃ。
最後に来た3年前のあの時と違って、コンテナの中でじっとしているわけにはいかない。
あの裏返ったような姿に出会ってしまったら、流石にまずい。
………とりあえず、ここがどこのコンテナなのか。それを確かめる必要がある。
運が良ければ入り口近くのコンテナ。
悪ければその他の離れたコンテナだ。
私は門の近くである事を願いながら、コンテナを開ける。
「………………」
入り口近く……ではないコンテナだ。
しかし、ここの通路は門に近い。
だが、まだ安心はできない。
懐中電灯をつけ、あたりを見回す。遠くに"ナニカ"がいるのが見えるが、こちらにまでは気づかない距離だ。
「早いとこ逃げなきゃ……」
私は早足で門を目指す。
ここでは"ナニカ"や"よまわりさん"以外に注意しなければならない事がある。
それは門が開いているかどうか。
いくら門が近くにあったといえど、開いていなければ出ることは叶わない。それだけは避けたい。
そして一番厄介なのが、門付近から背後に"よまわりさん"が来てしまった場合だ。
逃げ道は"よまわりさん"がいる方向しかない。
何故なら周りには瓦礫があって上手く避ける事ができない。登ればいけるだろうが、そんな隙を見せたらすぐに捕まるだろう。
見つからずコンテナに戻れればチャンスを窺えるものの、見つかって追い詰められてしまってはどうしようもない。
そんな絶対に避けたい可能性を考えながら、やがて工場と外の境に辿り着く。
「……そう上手くはいかないか」
私はため息をついた。
門が開いていなかったのだ。
………仕方ない。
とりあえず、近くのコンテナに入ろう。
そう考えた私は門に1番近いコンテナに寄り、扉を開けようとした。
———しかし。
「あれっ、開かない………」
錆び付いているのか、それとも歪んでしまっているのか。どちらにせよ、コンテナの扉が開くことは無かった。
「……ツイてないなぁ」
もう一度さっきのところに戻って、時間を空けてから来るしかない。
隠れる分には前のコンテナでも問題ない。
———さて。
問題はここからだ。
「……来ませんように」
昔からの古いお守りを握って祈る。
それしか出来ることはない。
カツカツ……と古びたコンクリートの上を、早足で歩く音が鳴る。その度に、近くにいる虫は鳴くのを止める。
おもむろに携帯電話を取り出して時間を見る。
午後10時半。
いろんな目にあったというのに、まだ1時間程度しか経っていなかった。
夜の時間と昼の時間は同じようで違う。
夜は起きていれば時の流れが遅いように思う。
しかし、それは救いでもある。
こともの居場所の手がかりはだいぶ掴めている。時間に関してはまだ困ることはない。
……夜に対する恐怖を除いて、だけど。
この短時間で色々な目に遭いすぎて、私の弱気な部分が足を震えさせる。今すぐ逃げ出したいという思いが私の行動を縛る。
克服なんてできないこの恐怖は、本当にどうしようもない。それが唯一困っている事だった。
やがて戻ってきた私は、コンテナを静かに開ける。こっちも錆びているせいかスムーズに開かない。
キィィ……と軋む音を立てて開く。その音でさっきと同じように、虫の鳴き声が消える。
私は再びコンテナに入り、扉をそっと閉めた。
しんと静まり返ったコンテナの中は、3年前を思い出させる。
言うまでもなく、あのおかしな男の事だ。
3年前に殺人罪で捕まった事を知ってから、どうなったかはわからない。
正直、知りたくもない。
あの男のせいで私は山の神様に攫われ、結果として妹が左目を失ったのだから。
……根本的に言えば、その男が悪いわけでもない。ポロの死を受け入れられずに、妹を置いて外に飛び出した私が一番悪い。
それはわかっている。けれど……。
コンコン
「ッ………!?」
コンテナを叩く音。
私は思わず動揺し、ガタンと音を立ててしまった。
「しまっ………」
言いかけた口を慌てて塞ぐ。塞いだと言っても時すでに遅し。
こちらは音を立ててしまっている。
外に何かがいる。
そしてそれに今、気づかれてしまったかもしれない。
———苦しい時間が流れる。虫の声がしない分、心臓がドクン、ドクンとうるさいくらいに頭に響く。
"よまわりさん"にしてはおかしい。
"ナニカ"はこんな見えてない相手に干渉してくる事はない。
それ以外……もしも人だったら、一番怖い。
「………………」
徐々に虫の鳴き声が戻ってくる。
あまりにも時間が経ちすぎていた。
もう去ったのだろうか。
それともまだいるのだろうか。
………待ち構えている可能性は充分にある。
かと言ってこのままではここから脱出することは叶わない。
私に残された選択は一つしかなかった。
———よし。
私は意を決して、コンテナを静かに開いた。