「えーと、確かこの辺にあったような……」
場所は商店街。大体中央あたりだ。
私は辺りを懐中電灯で照らしながら、落とし物を探す。
やがて、その光に白くほんのりと反射するものを見つける。私は近寄り、それを確認した。
「眼帯……?」
それは妹の付けていた眼帯だった。私は手に取り、回したりして観察した。
「………わっ」
ちょうど目に当たる側が見えた時、私は少しびっくりした。
血だらけで、赤く染まっている。
「ことも………」
妹のあの空虚になった左目は、無くなってからたった数日で穴が空いたまま中の傷が塞がった。
それくらい嘘のように完治したそれが、出血を起こしている事をこの眼帯が物語っている。
妹の身に何が起きているのか。
「……………」
私はふと顔を上げ、前を見た。薄暗い街灯に照らされた商店街の通路が目に入る。
………この少し先で、私は"よまわりさん"に攫われたんだっけ。
妹はどこに行こうとしてたんだろう。ただ逃げようとしただけなのかな。
この血塗れの眼帯といい、妹の不可解な行動への疑問が私の中で首をもたげる。
私は更に奥へと歩いた。
妹のあの不可解な行動を"逃げているだけだ"と結論づけるのは、もう少し調べてからでも良い。
やがて"よまわりさん"に捕まった場所に辿り着く。そこに来た時、私は足を止めた。
「……………ッ!」
そこにあったのは大穴だった。何かの工事の為なのかはわからない。
フェンスで通行止めになっているところが何かによって壊されていて、走っていればすぐに落ちてしまう状況になっていた。
妹はここを私に走らせようとしたのか。
………そんな事はありえない。
そんな事をする様な子じゃない。
もしかすると………。
というか、"よまわりさん"に攫われる直前にも思っていた事だけど。
妹はもう妹̀で̀は̀な̀い̀のかもしれない。
3年前の廃工場で出会ったあの狂った男のように、声に操られてしまっている可能性が十分に高い。
ムカデの神社で私の御守りを置いて行った事、そして"手"との接触。
そもそも御守りを手放した時点で、この夜において妹は無防備だ。
十分声に操られているという確証が持てる。
「………うーん……」
そしてもう一つわかった。
妹をすぐに生贄にせず私に差し向けてくると言うことは、私も生贄にしたいのだ。
私は考える。
御守りを手に入れてしまった以上、山の神は私に手を出せない。
それなら次は、それを手離させる為にもう一度妹を送ってくる事はほぼ確定的だ。手離すような状況を作ってくるはずだ。
———そこまで考えた所で、ふと思う。
山の神は私が幼い頃から未だに、私を生贄にする事を諦めてはいなかったんだなと。
妹に封印されて尚、私を捕らえようとするその執念には本当に困らされる。
……いや、妹を手玉に取れたから手を出してきただけかも。
天敵となっていた妹が、山の神自身の支配下に置かれた。それは山の神にとって、完全に敵がいなくなったようなもの。
でも私は生贄になるつもりなんて毛頭ない。今度は私が妹を連れて帰るんだ。
私が向かうところはもう決まっている。
———あの山だ。
トンネルの奥に行って、もう一度山の神を封印するんだ。
「……急がなきゃ」
私は血だらけの眼帯を握り、商店街を出た。
———————————————————————
商店街を出た私は、来た道を辿る。
すれ違う"ナニカ"を避けながら、一本道をひたすらに歩く。
遠くから、踏切の音が聞こえてきた。
鳴り止まない踏切。
それを待つわけには行かず、私は遮断機を潜る。
幽霊列車はもう来ない。
妹が私を探しに出歩いていた当初は通ってたのだが、去年あたりから見かけなくなったらしい。
だから今は鳴ってるだけ。
くぐった所で轢かれたりなどしない。
そうして鳴り止まない遮断機をくぐり抜け、次の分かれ道まで進んだ時。
「あっ」
———妹が、道路のど真ん中に立っていた。
私は一瞬気を緩めかけたが、油断してはいけないことに気づき身構えた。
今度はなんだろう。
着いていくのは多分良くなさそう。
……それとも襲ってくる?
そんな事を考えていると、妹は左に走り出した。
「また同じやり方……?」
二度も引っかかると思っているのだろうか。私は苦笑し、無視して進もうとした。
その時、何の気無しに走っていく妹にふと視線を向けた。
「ーーッ!!!」
妹は、近くにいた"ナニカ"に向かって走っていたのだった。
「なにしてっ……!」
私はすぐさま妹を追いかけた。
このままだと"ナニカ"に殺されてしまう。
妹と"ナニカ"の距離が迫る、迫る、迫る———
「こともっ!」
私はすんでのところで妹を抱き抱え、横に転げた。
その瞬間、ポケットに入っていた御守りが外に飛び出した。
「あっ!」
———短く声を上げたが、私自身どこか身構えている所もあったのかも知れない。
そのおかげか、咄嗟に伸ばした手は御守りに届き、再び握ることができた。
そしてすぐに立ち上がり、妹を背中に背負って走った。
「こ、こいつッ……」
最悪なことに妹が突っ込んでいった"ナニカ"は、ムカデ神社の前で会ったような燃える人影だった。
「はっ、はっ、はぁっ……!」
走って逃げるも、逃げられない事は確実だ。ましてや今は妹を背負っている。そして今度は、ムカデの神様に助けを求めることはできない。
妹を背負いながら走っている。当然のごとく急速に体力を奪われていく。スピードは確実に落ちている。
「どうやって逃げ切ったら……」
せめて、せめて"ナニカ"のスピードが下がってくれれば、振り切るだとかそういう解決ができるのに。
その時私はふと思いつく。
ムカデの神様から、清めの塩を貰っていた。妹やハルもそれで"ナニカ"を祓っていた。
もし効果があるのなら………!
迷っている暇などない。
私は片手でポシェットからなんとか塩の袋を取り出し、背後にバッと撒いた。
「お願いっ……効いて……!」
———その願いは叶った。
その上を通った"ナニカ"の動きが極端に遅くなったのだ。
「今のうちっ……」
その間に私は力を振り絞って思いっきり走り、燃える人影が見えなくなるまで走った。
…………………………。
…………………。
………。
しばらく走り続け、疲れ果てて止まる。
サッと後ろを振り返る。
燃える人影は、もう追ってきてはいなかった。
「はぁっ、はぁっ……なんとか逃げ切ったみたいね……」
走っているうちにいつの間にか学校の近くまできてしまっていた。辺りにちらほらと"ナニカ"が見える。
でも、この位置なら見つからないだろう。
私は妹をおろし、膝に手をついて呼吸を整える。流石に連続で走っているせいか足の裏がズキズキと痛い。
そもそもこんなに走るのは何年ぶりだろうか。3年前の時ですらこんなに走る事はなかった。
「………ろう………ん」
か細い声が聞こえて私はハッとした。妹の口が少し開いている。
「ことも?」
私はよく聞くべく近づき、耳を澄ます。すると、今度はハッキリ聞こえた。
「一緒に帰ろう……お姉ちゃん……」
妹はか細い声でそう言っていた。
「……………」
私だって一緒に帰りたい。
帰って一緒に寝て、怯える事のない朝を迎えたい。もう夜に怯えるのはたくさんだ。
妹の言葉に、私は頷いた。
「うん、帰̀り̀た̀い̀ね̀、ことも」
………でも、まだ帰れない。
私はもうそれ以上妹に触れず、2、3歩距離を置いた。
今の妹はもう完全に操られている事を、目に見えてわかってしまったから。
失った左目から血を流しながら帰ろうという妹。動作も喋り方もこの光景も。
3年前と全̀く̀同̀じ̀。
山の神は再現しているのだろう。
こうすれば、私がもっと近くに来てくれると。
「ごめんねことも。今は一緒に帰れないの。必ず助けるから……待ってて」
私がそういうと、妹は無い左目からギョロっと、大きな目玉を覗かせた。
妹は何かに操られたように立ち上がり、どこかへと走り去って行った。
「……………」
私は強く、強く手を握りしめた。
妹を操られている様子を見て湧いた感情は恐怖ではなかった。
可哀想だともちろん思ったが、山の神に対する怒りの方が強かったかもしれない。
———————————————————————
午前1時。
日が変わるまでは時の流れが遅いのに、過ぎた途端、加速する。
工場にいた時から既に3時間弱も経っていた。
そして私は、あのトンネルに向かって歩いていた。目的はただ一つ、山の神から妹を取り返すだけ。
———山の神は、私から御守りを奪い取る事に失敗した。つまり山の神にとって、現時点では私はただの脅威となった。
そして私も、着実に山の神の元へと近づいている。
もう妹を使って私を捕らえようとする可能性は低い。妹が操られている事が私にバレてしまっているし、もうそんな距離もない。
それならきっと、妹だけでも生贄にしようとするはずだ。
時間がない。
急がなければならない。
歩いているうちに、空き地の近くまで来た。この一本道を道なりに進めば、トンネルまで行ける。
空き地をふと見る。
そう言えば、ここで"よまわりさん"に攫われたんだっけな。
……あの時はまさか、怖がりな妹がここまで来るなんて思いもしなかった。
「………………」
この空き地は、妹が夜を怖がらなくなった原因の一つなのかもしれない。
いつも私にくっついてた妹が一人になって、夜を歩き回るきっかけになったんだから。
「………そうだとしたら、本当に最悪ね……」
事実、最悪だ。
妹が"ナニカ"達に関わる原因そのものになってしまったんだから。
———しばらく空き地を眺めた後、私はトンネルに向かって再び進み出した。
肌にまとわりつくような嫌な空気。
山の神にとっては不都合か、それとも好都合なのか。
虫の鳴く声がうるさいくらいに響く。
その中にコツコツと、私の歩く音が混ざる。
やがて私は、凹んだガードレールを目にする。
ポロが事故に遭った場所だ。
「………………」
胸が痛む。
あんなにポロに助けてもらっていたのに、何にも返すことができないままお別れするなんて。
私は御守りをぎゅっと握る。
大丈夫。
その後悔はもうとっくに整理がついた。
今は………今は前を見なきゃ。
更に歩き、角を曲がる。もう少し歩けばトンネルだ。
そして———私はトンネルの前に着く。
「…………相変わらず不気味ね……」
トンネルの奥から、異様な空気が流れてくる。絶対に入ってはいけない、関わってはいけないという事を直感的に感じさせる。
足がすくみそうになる。
過去に二回も、この先で怖い思いをしているのだから当然と言えば当然だ。
「…………ッ」
それでも進まなきゃいけない。
進まなきゃ妹を助けられない。
私は意を決して、トンネルの中に入る。
カツーン……カツーン……と足音が響く。
雨なんてかなり前に一度降っただけなのに、未だに乾いていないトンネルの天井は水滴を滴らせている。
懐中電灯の光だけしか見えないトンネルの中は、どこまでも壁が無い暗闇の様に見えた。
私は戻って来れるのだろうか。
そんな恐怖がスーッと、不気味な風に乗って私に入り込んできた。
戻ってこれるのかな。
……いや、戻ってくるんだ。
そう思い込んで不安な気持ちをかき消す。
弱気になっては山の神の思うつぼだ。
神は総じて人の願いを覗くことができる。
悪い神は弱気になったところを狙って、甘い言葉を囁いてくる。
あ̀の̀時̀もそうだった。
工場で手下に攫われた時、"安心していいよ"なんてふざけた言葉を私に投げかけた。
精神的に限界だった私は、愚かにもその声に耳を傾けてしまったんだった。
「大丈夫……私は怖がってない……」
そう言い聞かせ、足を前に進める。
やがてトンネルを抜ける。
あたり一面に広がる草むら。背が高く、だいたい私の胸あたりまである。
ざあざあと風に吹かれて、一斉に葉を鳴らす。鳴き虫の1匹くらい居てもいい様な草むらなのに、虫の声が全く聞こえない。
虫すら寄りつかない所。本当に危険だという事を改めて再認識した。
その草むらをなんとか掻き分けて進む。
しばらく進むと、さっきから見えていた大きな赤い鳥居が、視界に入らない程近くなる。
それをそのまま潜って進むと、途端に細い一本道になる。
———来る。
周囲に小さな、黒い手が見える。
私を待っていたかの様に挟みうちされる。
私は急いで近くの祠に近づく。
この祠に、持っているお守りをかざせば私を守ってくれる。
しかし。
まだかざしてもいないのに、黒い手は少し躊躇しているようだった。その様子を見て、私はある事を確信する。
「………やっぱり、あなたたちにとって私は怖いのね」
私が最初に来た時と、次に妹が来た時で2度同じ目に遭っている。
明らかに警戒しているのが見て取れる。
……だからと言って油断はしない。
私は祠にお守りをかざし、黒い手達を追い払う。
次の祠までは距離がある。
急足で向かわないと、辿り着けないまま捕まる事になる。
今夜何度目の走りだろうか。
疲れ易くなった足は、十数歩走っただけで限界だと身体に訴え始めた。
ただでさえ走りにくい獣道。体力の消費も尋常じゃない。
私はふざけるなと足を奮い立たせ、次の祠へと走る。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
迫ってきているのがわかる。
じわりじわりと茂みから、数を増やして追ってきているのがわかる。
それでも決して振り返らず走る。そんなものを気にしている暇はない。
そして辿り着き、急いでかざす。
祠にフワッと明かりが灯る。それと同時に周囲の黒い手達はスーッと消え去った。
「よし………」
急ぎたいが、少し休憩。
息を整えておかないと、次の祠まで辿り着けるかどうかわからない。
深呼吸をする。
焦ってはダメだ。
何度かの深呼吸の後、次の祠に向かって再び走り出した。