諸事情で投稿遅れました。
もう何個目の祠だろうか。
一つの祠ごとに少し休んでいるとはいえ、元々私自身連続して走り続ける事に慣れていない。
「はぁっ、はぁっ、ごほっごほっ!」
私は呼吸の苦しさに咳き込んだ。
喉が痛い。肺が苦しい。
……疲れた。動きたくない。
そんな弱音が頭に浮かぶ。当然といえば当然であり、普通の人なら諦めるだろう。
それでも、私は喝を入れるため自分を平手打ちした。
「バカ………そんな事考える暇があったら次の事を考えなきゃ……!」
私は通路の先を懐中電灯で照らした。真っ暗な道の先を、丸い光が照らし出す。
「………次はキツいか……」
今度はもっと遠かった。
ただ"遠い"と言う事に、今どれだけの絶望感を感じたのか。
ここまでは何とかギリギリでたどり着いていた。今度はその2倍弱はある。
捕まるか否かの前に、たどり着くか否かの方が心配だ。
……それでも進むしかない。
進むしかないんだ。
息を整え、覚悟を決める。
「………大丈夫、私なら大丈夫……」
そう言い聞かせ、挫けそうな心を落ち着かせる。"逃げたい"なんて気持ちはずっとずっと頭の中にあったし、今だって私を進行方向とは反対に動かそうとしてる。
怖くて………怖くて仕方がない。
捕まってしまったらどんな苦しい目にあって死んでしまうのか、想像がつかなくて怖い。
———でも今以上に、妹が居なくなることが怖い。
「………ッ!」
そうやって私はようやく覚悟が決まり、再び走り出した。鉛のように重くなった足を何とか前に運ぶ。
黒い手の気配が、すぐさま茂みから感じ取れた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
今の私には既に、走る体力など残っていない。ほとんど気力だけで動いていた。
「はぁっ、はぁっ、……っはぁ……!」
………私は守られてばかりだった。そして常に保身的だった。
お母さん、ポロ、ことも……。
何かしらを失う度に私は傷つく事は無かった。
直接的でも間接的にでも、護られつづけてた。
『私の力ではどうしようもない』
『しょうがなかった』
都合良く聞こえる言い訳をして、逃げ続けていた。
記憶の中に、お母さんの姿が浮かぶ。
———あの時、お母さんは必死に私に助けを求めていたのに。私と同じくらい怖くて、それでも生きたくて私に助けを求めていたのに。
私は逃げた。そして助けを求める言葉を、都合の良いようにねじ曲げた。
『———逃げなさい。お母さんはもう大丈夫だから』
………そんな風に、私が逃げていい事にした。見捨てたんだ。そして綺麗事にしたんだ。
妹はそんな卑怯な私を、片目を失ってまで助けてくれた。
だからまた"私じゃ無理だった"とか"誰も助けてくれなかった"なんて言い訳、絶対に言いたくない。
「まだっ……まだ走れる……!」
後悔ばかりして、行動を起こす事もしなかった私が今。
こんなにも感情を突き動かされて、ただ一心に行動している。
———きっと私は、少し嬉しかったんだと思う。
そうして走って、祠までの距離が半分を過ぎた頃。懐中電灯の光の先に、何か大きな影が映った。
「………えっ」
目の前に待ち受けたのは巨大な手。手首から先は無く、手の甲より少し手首側にある目が、怪しくぎょろぎょろと周りを見ている。
………かなり危険そうだ。
それは誰が見ても分かる。
どうする?
流石にこんなのに襲われたらひとたまりもない。抵抗できる間も無く殺されるのは確実だ。
後ろからも既に黒い手が迫ってきている。ここで突っ立っている暇はない。
そして最悪な事にその巨大な手の目が、私̀を̀見̀た̀。
狙いを定めたのだろう。
互いに見あう。
わずか数秒だったが、とても長く感じた。
「こいつ………」
ここで道を塞いで、後ろの黒い手に捕まえさせるつもりか。
そのつもりなら私は横をすり抜けるのみ。
サッと振り向き、黒い手との距離を見る。あと数十歩のところにそいつらはいた。
……まだ待てる。
突っ込んで簡単に捕まるよりマシだ。
もう少し様子を見よう。
そう思って、前を向いた時。
———その巨大な手は、私に向かって突っ込んできていた。
「わあッ!」
私は驚き、地面を蹴るように足を踏み出して左に避けた。
巨大な手は私のすぐ横を通り過ぎる。
しばらく移動した巨大な手は私と10メートル先離れた所で止まった。
そして目標を見失ったかのように、大きな目でぎょろぎょろと辺りを見回す。
そして再び、私に狙いをつけた。
私はハッとし、急いで立ち上がる。
来る。
また突っ込んでくる。
———最初に避けれたのは、本当に運が良かったようだ。
巨大な手が私に突っ込んで来るのと同時に私は走り出した。
スピードは明らかに負けている。しかし、巨大な手の挙動を見るに、狙̀い̀を̀定̀め̀て̀か̀ら̀一̀直̀線̀に̀し̀か̀進̀ん̀で̀な̀い̀事に私は気づいていた。
「それなら……」
私は巨大な手の進路方向から大体直角に外れる。移動し終わった巨大な手が、再び私の方向に狙いを定めて突っ込んでくる。
そして私は再び進路方向から外れる。
こうしてジグザグに走る事で、上手く躱す事ができた。
「はぁっ、はぁっ、あと少しっ……!」
そう呟いて、再び進路方向から外れるべく茂みに近寄った時。
———ガシッ!
「っ!?」
突然、茂みから黒い手が飛び出した。
その時、身を守ろうと咄嗟に出した右腕を掴まれてしまった。黒い手の重量が、力の無くなりかけた私の腕を地面へと引っ張る。
「離してっ!」
私は左手で黒い手を掴み、振り回しながら何とか引き剥がす。
かなり早く引き剥がしたつもりだったが、巨大な手が私に近づくには充分な時間だった。
私が引き剥がした時には、すぐ後ろに巨大な手が迫ってきていた。
「しまっ………」
———叫ぶ暇もなく、巨大な手は私を覆った。
———————————————————————
目標を失った黒い手と巨大な手は、元の場所に帰るようにどこかへと散っていく。
何もいなくなり、暗闇だけが残る。
「……………はぁっ……」
ガサッと私は茂みから身を乗り出す。すんでのところで、茂みの中に何とか身を転がして逃げ出せた。
「危なかった……」
捕まる寸前というのは本当に怖いものだ。
自由を奪われる事がどれだけ恐ろしい事なのか普段考えた事がある人がいるだろうか。
「………運が良かった」
———あそこまで追い詰められていては、たとえ上手く躱したとしても、逃げ切るのも容易では無かっただろう。
ただ真っ直ぐ走る時でさえ黒い手に追いつかれるか否かの速度で走っているというのに、こうジグザグに進んでいれば、必ずどこかで黒い手に追いつかれているのは明白だった。
そんな事に今更気づき、少し身震いした。
私はそれだけ焦っていたという事でもある。
茂みにしか隠れる事の出来なかった状況になってくれたのは、ある意味好都合だったのかもしれない。
少し安堵。
茂みをガサガサと揺らして出る。
パチッと懐中電灯を付ける。
あたりを見回すと、再び黒い手達が私に近づいてきているのが見えた。
私は再び走り出す。
もう祠までの距離はそんなに無かった事もあり、簡単に辿り着くことができた。
祠にお守りをかざす。
優しい光と共に、周囲の黒い手達が蒸発する様に消えていく。
「ふぅ………何とかここまで来れた……」
横を見ると、神社に続く長い長い階段が見えた。遂にここまで来たのだ。
この階段を登りきれば、山の神の元へと辿り着く。
「………急がないと」
私はそう呟いて、階段を一段一段登り始めた。
中段あたりに祠がある事も確認できた。
まずはそこまで登ろう。
走るだけでもキツかった足だ。次の段に足を持っていくだけでも相当辛い。
私は足元を見る。
たった1日なのに、まるでもう使い古されたようにボロボロになった靴が目に入る。靴下も大分傷ついて、破れている箇所がいくつか見えた。
足の裏は何度も擦れてしまっていたのか、じんじんと痛い。靴下の破れた所から血が少し出ている。
「………痛いなぁ」
少し落ち着く時間ができて初めて意識した途端、身体中のあちこちが痛い事に気づく。
登る度に痛む足を何とか堪え、登る。
もう少しで、もう少しで妹を取り戻せる。そう思うと痛みもあまり感じない………気がした。
———しかし、それでも登るのは遅すぎた。
私が十段弱登った時、階段の上から何か大きなものが来ている事に気づいた。
「………あれは……?」
懐中電灯の光を当てる。
その姿を確認した瞬間、私は目を疑った。
「嘘……!」
さっきのような巨大な手が、私の方に向かって降りてきている。
これでは先に祠に辿り着かないと、あの巨大な手を防げない。
私は急いで登るべく脚に力を込めるが上手く進めず、ガクッと膝が曲がるばかり。
「う………動いて……動いてよッ!」
そんな叫びも虚しく、限界をとうに超えている足は私の意思に反して動いてくれなかった。
そうでなくとも、上りと下りではスピードが段違いだ。まず間に合うわけがない。
私は巨大な手の位置を確認するべく再び懐中電灯を向けた。
たった今、巨大な手が中段の祠を過ぎた。
状況は絶望的だ。
「あ………ああ………」
逃げようがない。
さっきのような茂みだってどこにもない。
登るのが遅くとも既に十段ぐらいは登ってしまっている。今から降りて祠に向かうには時間が足りない。
「ど、どうしよう……」
窮地に追い込まれて焦っている私にこの状況を打開するなんて方法、思いつかない。
祠もだめ。
降りるのもだめ。
隠れるのもだめ。
八方塞がりだ。
いや、それならいっそ階段から転げ落ちて、下の祠まで避難する?
この高さで生き延びれるだろうか。
……無理だ。今の力の無い私じゃ落ちる身体を守ることもできない。
ここから落ちるというのは、学校の2階から受け身を取れず転落するのと同じ。
死ぬだけだ。
「だ、誰か……!」
私はそこまで言いかけた。
しかし、いないものに縋ったって何も起こらない。
その事に気づいて改めて私は"1人"だということを再認識した。なのに、頭の中では助けて欲しい人の顔が浮かぶ。
お父さん。お母さん。ハル。……ことも。
まただ。
勝手に1人で来ておいて、都合の良い時だけ助けを求めるなんて。
「……………ッ!」
大人に頼らなかったのも自分。
ハルの助けを断ったのも自分。
あまりの情けなさに、唇を噛み締める。
「………なんで……私はこんなにッ……!」
———自分勝手なんだ。
もう数メートル先まで迫ってきている。
私はもう助からない。
このまま———。
———その時、声が聞こえた気がした。
『死なないでね……。私は何もできないけど……絶対にこともを取り戻してくれるって信じてるから……』
その声に、私はハッとする。
「……ハル……ちゃん」
そうだ。
ハルから貰ったものがあった。
こんな危ない時に使うものが。
私はポシェットを探り、一枚の紙を取り出す。巨大な手はもう迫ってきている。時間がない。
人形は出せずとも、読まなければ……!
私は紙を開いた。そこには、ひらがなのたった5文字だけが書かれていた。
一瞬戸惑う。
これを読むだけで、本当に窮地から抜け出せる………のか?
……何を迷ってる。
読むしかないじゃないか。
巨大な手とはもう数メートルの距離。
私は声に出して読み上げた。
「もう……いやだ!」
ジョキン。
何かが一瞬にして現れた。
それと同時に、巨大な手は居なくなっていた。
「…………え?」
代わりに現れたのは、巨大な手と同じくらい大きく鋭い刃物を携えた、かなり大きな手の形をした"ナニカ"。
さっきまで巨大な手がいた所は、血で赤く染まっていた。
私が唖然としていると、その"ナニカ"はこちらを見た。ある想像が私の頭の中に浮かぶ。
「まさか……」
………そのまさかだった。今度は私を切り刻もうと、大きく鋭い刃物———もとい裁ち鋏を開く。
「まっ、待って……」
先程よりも絶望的な死を感じた。ハルは何を思ってこの"ナニカ"を呼ばせようとしたのか。
「………あ。人形……」
私は人形を思い出し、急いでリュックからハルに貰った人形を取り出す。
……これを代わりにできるのかな。
私は人形をそっと前に置く。
ジョキン。
"ナニカ"はその人形を切った。
そしてしばらく私を見つめた後、スーッと空間の隙間に消えていくようにいなくなった。
「……何だったんだろう」
"ナニカ"なのは間違いなさそうだけど、町に蔓延ってるような"ナニカ"とは違う感じがした。
……ハルもあの"ナニカ"に助けてもらった時があるのだろうか。
なんだかんだ、私はまた護られた。
ハルがくれたあの言葉が無かったら私は今頃死んでいた。
……私は独りじゃない。
妹だって、こんな暗闇に独りぼっちにさせない。
「………よし、行こう」
私はパシッと頬を叩き、再び階段を登り始めた。
中段の祠には思っていたより早く辿り着く。御守りをかざして、退路を確保する。
さっきのような足の震えは消えていて、今はただ力強く足を進めることができた。
残り数段。
3段、2段、1段———。
そして私は、山の神の元へとたどり着いた。