夜廻お姉ちゃん   作:たゆてー

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第7話

「こともーっ!」

 

 

薄い望みをかけて、妹を呼ぶ。

だが、その声は響くだけで返事はない。

 

 

「………ダメか」

 

 

流石にそう都合良くはいかない。

今の妹はまだ、山の神の支配下にいるのが確定した。

 

 

私は境内を進む。

ここに来るのは3年ぶりだ。相変わらず不気味で、異様な空気がただよっている。

 

崩れた石畳の通路にその隙間から生えた雑草。こんなにまでボロボロになってしまったのか。

 

賽銭箱の無い拝殿。

3年前に連れてこられた時にも無かった。

本当にずっと昔から無いのだろう。

 

 

誰も知る事のなくなった、寂しい神社。

そして歪んでしまった神様の住む神社。

 

———そう考えると、少しかわいそうに思えてしまう。

 

 

「………………」

 

 

………それでも、妹を攫う理由にはならない。

妹は返してもらわなきゃならない。

 

私は拝殿に向かって叫ぶ。

 

 

「妹を返しなさいッ!」

 

 

 

 

 

———その時だった。

 

その声に応えるように、幾重にも重なったようなおぞましい叫びが境内に響き渡った。

 

恨み、悲しみ、憎しみ、苦しみ………全てが混ざった様なおぞましい声だった。

 

見捨てられた神の悲痛な叫びにも、その恨みの声にも聞こえた。

しかしそう聞こえても、私は揺るがない。

 

 

「妹は私のものだ!あなたのものじゃない!」

 

 

———そう叫んだ途端、再びおぞましい叫び声が境内に響き渡るとともに、私は向̀こ̀う̀の̀世̀界̀に引きずり込まれた。

 

 

 

 

———————————————————————

 

 

 

その世界は周囲が真っ暗で、亀裂が入ったような地面は赤く不気味に光っていた。そして空は赤く、地面に近くなるにつれて黒く染まっている———そんな世界だった。

 

さっきまでの境内にあったものは拝殿も含め全て無くなっていた。

その代わりに、赤い地面からはたくさんの尖った岩が生えていて、その中には祠のようなものも混ざっていた。

 

 

「ここは……」

 

 

再び聞こえるおぞましい声。今度は近くに聞こえた。私はその声の方を向くとそこには……。

 

 

 

………複数の青白い人間が絡み合って顔を形成し、そして複数の目を持った醜悪なモノがいた。

 

周囲には大小様々な手が、私を睨みつける様に見ていた。

 

 

「山の……神……」

 

 

一時たりとも忘れた事のない、母を生贄にした山の神。

きっとこの声の中には、母の声も混ざっているのだろう。

 

そして今度は妹だ。

妹を生贄にしようとしているんだ。

 

 

 

 

……そんな事、絶対にさせない。

 

 

「………返してもらうよ」

 

 

私はそう呟いて、祠に向かって駆け出した。

疲れていたはずの足が、嘘のように動く。

 

 

 

 

この祠については、妹から聞いた事がある。

全部で6つあり、六角形のように置いてある。

 

それら全てにお守りをかざすと、この山の神を封印できる。

 

 

私は順調に祠に光を灯していく。柱に向かうたびに大小の手が私を阻もうとするが、不思議とまともに走れるようになった私には追いつく事すらできていなかった。

 

こうやって走れるのは何故なのか。

ただ私の中から湧き上がる感情が、私を突き動かしているのは確かだった。

 

 

「———」

 

 

山の神が様々な負の感情を持った様な音で、声にならない叫びを上げる。

 

まるで激しい殺意を一身に浴びているよう。

普段の私なら足がすくんで全く動けなかっただろう。

 

 

しかし今は違った。

妹を救う一心で動いている私には、そんな殺意など気にも止まらなかった。

 

私は更に祠に光を灯す。

 

 

「残り3つ………」

 

 

少しだけ、私は山の神の方を振り返る。

本当に神様なのか疑ってしまうくらい、醜悪で恐ろしい姿。

 

神様だと言うのに、左目を抉り出すという恐ろしい事をする神様。

 

 

………本当に、元は神様だったのかな。

 

 

 

 

鳥居は神様への信仰心を表しているらしい。

なので、鳥居の数だけ人の願いやお礼を表しているという。

 

しかし数十と鳥居が置かれた神社では、元は厄災を封じる場だった可能性もあるという。

 

 

それは厄災を神様として祀り、襲われないようにするといった考えからきているそうだ。

 

他の神社より沢山鳥居を置いて、信仰心が高い事を示し、ご機嫌をとるのだ。

 

 

………本当にそうなのかはわからないけど。

私はそんな事を考えつつ、更に祠に光を灯す。

 

 

 

 

「あと一つ……!」

 

 

最後の祠に向かって走り出す。

その状況を理解した山の神とその手下は、絶対にさせまいと私を阻んでくる。

 

 

しかし、それは阻むとは言い難い動きだった。

 

 

手下はただただ一直線に突っ込んでくるだけで、一方山の神は悲しみを湛えた叫びをあげて手を振り回しながら、私には到底追いつかないスピードで私に向かってきている。

 

……その姿はまるで、だだをこねる子供の様に見えた。

 

妹にこんな酷い事をしておいて、取られるとなったらこんなザマを見せてくるなんて。

 

 

「………バッカみたい」

 

 

いつもの私らしからぬ言葉が口を突いて出る。

普段の"大人のフリ"をしている私からは絶対に出ない言葉。

 

良いんだ。

今の私はただの"高校生"なんだ。

 

 

 

 

———やがて、最後の祠にも光が灯る。

あまりにも呆気ないものだった。

 

山の神は苦しそうな叫び声を上げる。

そしてバラバラと身体が崩れ、消えていった。

 

 

 

 

———————————————————————

 

 

「…………あれ?」

 

 

私はいつの間にか、元の場所に戻ってきていた。心を落ち着かせる為に、少し深呼吸をする。

 

 

———あっという間だったが、なんとか山の神を封印できた。

 

あとは妹を連れて帰るだけだ。

私はそう思い、拝殿の方を向く。

 

 

 

「ーーーーッ!」

 

 

 

妹が倒れていた。

私は急いで駆け寄り、胸元に耳を当てる。

 

 

 

 

 

 

とくん、とくんと心臓の鼓動が聞こえる。

 

 

「良かった………」

 

 

操られはしたものの、妹は生きてくれていた。

私は心底ホッとした。

こうやって無事でいてくれた事がどれだけ嬉しかったことだろう。

 

 

「……それじゃあ、帰ろっか」

 

 

私はそう言って妹を背負う。

背中に生きている者の温かさが広がる。それを実感して、私はようやく思える。

 

 

「おかえり、ことも」

 

 

眠っているような顔をしている妹に、そっと言う。何だか、とても久しぶりに言ったような気分になる。

 

そうして私は階段を降りようとした。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その時。

 

 

「ーーーー!」

 

 

 

声にならないおぞましい声が背後から聞こえた。さっきも聞いた、あの声。私は境内の方を慌てて振り返る。

 

 

「……嘘……!封印したはず……!」

 

 

現実世界に、あの醜悪な姿が現れる。

か̀な̀り̀崩̀れ̀か̀け̀た̀その姿に、私はゾッとする。

 

最後のあがきなのか。

その醜悪な姿から溢れ出るドス黒い執念は、肌で感じているだけで吐きそうになる。

 

私は急いで階段を駆け降りる。

早く逃げなきゃ……また"あの夜"の二の舞だ。

 

 

 

 

 

それだけは絶対に嫌だ。

もう救えないのなんて絶対に。

 

 

 

2段飛ばしで駆け降り、最後まで階段を降りきったところでさっと振り返る。

 

 

「……え」

 

 

速い。

さっきのスピードが嘘の様に、しっかり私についてきていた。

 

 

私は更に山道を走る。

茂みから出てくる黒い手達を間一髪でかわし続け、走りにくい砂利道を走る。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 

ザッザッザッと砂利を踏む音と、背後から近づいてくるおぞましい声だけが聞こえる。

 

懐中電灯なんて照らしていない状況だ。地面の凹凸がわからないせいか、砂利道と足のバランスを取る事に気がとられて、体力の消耗が激しい。

 

今は、わずかに見える祠の光を頼りに進むしかない。

 

 

 

足の痛みが戻ってくる。

それでも走る。

 

呼吸がキツい。

それでも走る。

 

肺が痛い。

それでも走る。

 

肉離れしそうな痛みがくる。

無理やり動かし、走る。

 

 

「痛い痛い痛いぃッッ!!!!」

 

 

私はそう叫び、痛みを誤魔化して走る。

 

 

痛い。

痛い。

いたい。

 

 

———でも、それ以上に今を諦めたくない。

 

 

「動けぇぇッ!!!」

 

 

………3年前に、私は約束した。

妹は巻き込まないって。

 

それなのに結局防げなくて、妹が左目を失った。結果的に約束を破ってしまったんだ。

 

今日だって、ポロにも、ハルにも、絶対に連れて返ってくるって約束したんだ。

 

 

 

 

———破りたくない。絶対に破るもんか。

 

何より私自身が、妹を———こともを助けるって決めたんだ。

 

 

また、何一つ守れないなんて絶対に嫌だ。

 

 

 

ことも。

私の可愛い妹。

私には勿体ないくらいの妹。

そして私を助けてくれた、勇気のある妹。

 

 

 

 

『独りぼっちは嫌だよ』

 

 

3年前のあの日、あの神社で、倒れていた私にそんな弱音を言っていた事を覚えている。

 

こんなに勇敢な妹でも、ずるく保身的な私を頼ってくれる事が、私は嬉しかった。

 

 

だから私が護るんだ。

妹に護られたように、今度は私が護るんだ。

 

 

……絶対に独りぼっちになんかさせない。

 

 

 

「うあぁあぁああぁあぁッッッッ!!!」

 

 

激痛。足なんて草や小枝で引っ掻かれ過ぎて血だらけだ。

 

 

 

やがて、トンネルが見えてきた。

私は出せる限りの力を出して、走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———しかし。

 

 

 

ドシャッ。

 

 

 

限界を超えすぎた私の足は、急に私の意識下から切り離された。

 

派手に転び、荒れたアスファルトに身体を打つ。私は妹を抱えるようにして転がった。

 

 

立ち上がらなければ、と思って腕や足に力を込めるが………。

 

 

 

「………あれっ……」

 

 

動かない。

ピクリとも動かない足。その様子はまるで、別の人の足のようになってしまっていた。

 

バッと顔を上げる。

山の神はすぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 

 

………ああ。

 

 

 

 

私は息を呑む。

 

 

 

 

………やっぱり、そうなるか……。

 

 

 

私は、こともを自分の後ろ側へと回した。

 

 

本当は、こうなる事を少しわかっていた。だから覚悟もできている。

 

 

もう私は、お母さんの時のような過ちは絶対に繰り返さない。

1人残して逃げるような、そんな事はしない。

私が護ると決めたんだから。

 

 

………まだお父さんだっている。

妹は独りぼっちにはさせないよ。

 

 

 

 

逃げるな。

逃げるな、私。

 

 

震える身体を抱きしめ、覚悟を決める。

 

 

 

 

「………ごめんね、ことも」

 

 

 

———————————————————————

 

 

 

…………。

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

怖い。

 

 

 

 

暗い。

 

 

 

 

 

何も見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、わたしはここに……?

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

 

…………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

………あ。そうだった。

あの手̀のお化けの言う事を聞こうとして……。

 

 

 

 

 

あれ?何で聞いたんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。おかあさんを取り戻してくれるって。

 

 

 

 

 

 

そうしたら、おねえちゃんも甘える相手が出来るって思って。

 

 

 

 

 

おねえちゃんが寂しそうな顔をすることも無くなるって。

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

 

 

…………バカだな。わたし。

 

そんな事で、おかあさんが戻ってこれるわけないのに。

 

 

死んじゃったら、おしまいなんだ。

ポロだってそうだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

………わたし、どうなっちゃうんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

おねえちゃん、怒ってるかな。

山の神に自分から捕えられに行くなんて。

 

 

 

 

 

 

 

……………。

 

 

 

 

 

 

怖い。

 

 

 

 

怖いよ。

 

 

 

 

 

独りぼっちは嫌だよ。

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね、おねえちゃん。

もうこんなバカな事しないから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けて———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————

 

 

「う……ん……?」

 

長い眠りから覚めたような感じがして、わたしは目を擦る。

 

いつもの右目だけの視界が広がる。

 

 

 

…………あれ?

あったかい……。

 

ここは……?

 

 

 

夜風が頬を撫でる。

その涼しさに、頭がハッキリしてくる。わたしはあたたかさを感じる方に意識を向けた。

 

 

「……っ!おねえちゃん!?」

 

 

わたしは、おねえちゃんに背負われていた。

時々ガクンと揺れながら、おねえちゃんは歩いていた。

 

周りを見渡す。

石畳の塀が右に見え、左にはガードレール。

 

……トンネルから出てくれば、こんな景色も見えるだろう。

 

 

「………おねえちゃん、おねえちゃん……」

 

 

わたしはおねえちゃんに会えたことに泣きそうになった。暗闇の中で独りぼっちだったのが凄く辛かったから。

 

あったかい。

おねえちゃんの背中。

 

 

 

その時わたしはハッとする。

 

そうだ。

おねえちゃんに謝らなきゃ……!

 

 

「あの、おねえ———」

 

「ことも」

 

 

わたしの言葉に被せるように、おねえちゃんは私を呼ぶ。

 

 

「……なに、おねえちゃん」

 

 

……やっぱり怒ってるよね。

 

いっぱい怒って。こんなことしたわたしをいっぱい叱って。

 

怒ってくれたなら、わたしは———。

 

 

 

「ことも……歩ける?」

 

「……え」

 

 

予想外の言葉に、わたしは戸惑った。

歩ける、って———。

 

わたしは背中から降りて、おねえちゃんの隣へ並ぼうとする。

 

 

「うん、歩けるよ」

 

「そう。悪いけど、家までお願い………」

 

 

言い切る前におねえちゃんの身体がぐらりと大きく傾き、そのまま倒れ込んだ。

 

わたしは驚き、おねえちゃんを抱き起す。

 

 

「おねえちゃん、おねえちゃん!」

 

 

必死に呼ぶが、返事がない。

少し揺らしてわたしは必死に呼ぶ。

 

 

「おねえちゃん、おねえ———」

 

 

 

そこでわたしは言葉を切った。

わたしの腕に何か液体のような、生暖かいものが触れた。

 

恐る恐る、腕を見ると。

 

 

 

「………血?」

 

 

 

おびただしいほどの血が、わたしの腕を伝う。再び驚き、おねえちゃんを見る。

 

片腕の抑えが無くなったおねえちゃんが少し横にだらんとずれる。

 

 

 

………その時、わたしは見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「おねえ………ちゃ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おねえちゃんの左目が。

 

………ぽっかりと無くなっていた。

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