夜廻お姉ちゃん   作:たゆてー

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第8話

あれから1週間が経った。

私の目は妹の時と同じように、驚くべき早さで塞がった。

 

片目は本当に大変で、今でもまだ無くした次の日のように、手でふらふら距離感を確かめたり転んだりする。

 

 

あの日から2日後、私はお父さんに電話した。

 

これまで起こった事や、今どんな事になっているか………そんな話をする為だ。

 

会話していて、向こう側で泣いている事がすぐに分かり、その反応はとても痛々しかった。

 

でも私が親なら、きっと今のお父さんと同じ反応をするだろう。

 

しかし結果的には無事でいた事もあり、色々前向きなことを言うと、とりあえずは安心してくれたようだった。

明日には帰って来てくれるらしい。

 

お父さん曰く「こんな時に仕事なんかやってられない」との事だった。

 

 

 

今は昼下がり。

しばらく学校を休むことになり、家で大人しくしている。

 

 

「………はぁ」

 

 

………私もまた、妹のように片目を夜に置いてきてしまった。

 

夜にしか見えなかった"ナニカ"が、昼でもうっすらと見える。見えてしまう。

 

 

昼間の彼らは弱々しく、通り過ぎる人を恨めしそうに見つめているだけ。

妹が言った通りだ。

 

 

 

私は携帯を弄りながら、1週間前の事を思い出す。あのトンネルで起きた事を。

 

 

 

 

———————————————————————

 

 

「………ごめんね、ことも」

 

 

私はザリザリと、腕と辛うじて動く片足を使って山の神に近づく。山の神は変わらず私に向かって醜い声を上げる。

 

やがてその距離が数メートルになる。

山の神は私を捕らえんばかりに、ゆっくりと無数の手を伸ばす。

 

 

 

【オマエモ イケニエニ】

 

 

頭の中に声が聞こえてきた。

もうそんな事しか考えられないのだろう。

 

 

「………本当に、神様だった頃を覚えてないのね………」

 

 

【イケニエニ イケニエニ】

 

 

山の神が伸ばした手が私の肩に触れる。

 

 

「っ……」

 

 

手が、私の肩をガッシリと掴む。氷の様に冷たい手が私の肩に食い込む。

強く指が食い込むような痛みが、私の顔を歪ませる。

 

 

それでも構わず、私は話した。

 

 

「………きっとあなたは元々、こんな山に囚われる存在じゃなかった。今と同じように人に仇をなす"厄神"だったから。それを昔の人達は恐れた。だからあえてあなたを神様と讃えて、お供物———左目を差し出す代わりにこの山から出ないことになった………そうでしょう?」

 

 

ただの私の考察。

今はそう考えるしか、納得出来なかった。

 

1本……2本と山の神から白い手が伸び、私の腕や肩を掴む。

 

 

「それなのに、私達人間はあなたを閉じ込めたまま、お供物をやめた。そして都合いい時だけ勝手な願いを押し付けた。歪んでしまうのなんて当然だよね」

 

 

私の身体が、ゆっくりと引きずられる。

 

 

「ごめんなさい。でも………こんなこと、もうやめましょう?いくら人を生贄にしたって、人の身体で自らを覆ったって、お供物をくっつけたって寂しさなんか紛れないでしょ?」

 

 

【イケニエ……イケニエ……】

 

 

山の神は私の言葉を聞いているのか、いないのか。それはわからないけど、山の神にとってはそ̀う̀するしかない事だけはわかった。

 

生贄に縋るしか、もうこの世に残る方法が無いのだ。

 

 

私は軽く深呼吸をし、ある覚̀悟̀をして話を続ける。

 

 

「最後に、私の願いと引き換えにあなたに左目をあげる」

 

 

———私は一つだけ、気づいていた、

 

3年前、あのトンネルで山の神に追いつかれた時、妹は"家に帰りたい"と願った。山の神があのまま妹の願いを叶えずに追いつけば、私達姉妹を生贄に出来たのに、それをしなかった。

 

それは何故なのか。

答えはもうわかっていた。

 

しなかったのではなく、"出来なかった"。妹がお供物である左目を差し出し、願ったからだ。

 

左目を差し出すと山̀の̀神̀の̀意̀志̀に̀関̀係̀な̀く̀願いを叶えられる………と言う事になる。

 

つまりこの状況を打破するには、逃げる為の願い事をし、左目を差し出せばいい。

 

妹の為だ。目の一つくらいくれてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………でも、私はそんなに愚かじゃない。

 

 

 

 

私は逃げる為に左目を差し出すんじゃない。

家̀族̀を̀護̀る̀為̀に差し出すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………その前に」

 

 

 

山の神との距離、数メートル。

私は意を決してあ̀る̀言̀葉̀を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョキン。

 

 

 

 

突如として現れた裁ち鋏を持った"ナニカ"によって、私を掴んでいた手が切られる。山の神は悲鳴を上げ、何歩か引き下がる。

 

 

「………もう、終わりにしましょう」

 

 

山の神はのたうちまわる。大きな裁ち鋏を持った"ナニカ"は、私の方を向いている。

 

 

私の願い。それは———。

 

 

 

 

 

 

「私の願いは……この"ナニカ"の身̀代̀わ̀り̀になって欲しい事」

 

 

 

 

 

………パンッッ……!

 

 

 

 

そんな音と共に、私の左目が破裂する。

 

 

 

「うぐっ…………!」

 

 

私はその場にガクッと体制を崩す。尋常じゃない痛みが私を襲う。

その状況でも、私はもう一つの目で山の神を見やる。

 

………願いは叶えられていた。その裁ち鋏を持った"ナニカ"の標的が山の神に変わる。

 

 

「………さようなら、山の神……」

 

 

 

 

 

 

———片目の視界を奪われたせいではっきりとは見えなかったが、何度も何度も切断する様な音が聞こえた。

 

そして裁ち鋏を持った"ナニカ"が消える頃には、山の神の姿は無く、その辺りが血で赤く染まっているのがうっすらと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————

 

 

「………まあ、これはこれで良かったのかな」

 

 

私はそう呟いた。

 

 

勝手に縛りつけておいて、勝手に葬ってしまうなんて………本当に身勝手な事だけど。

 

 

 

 

 

………あの裁ち鋏を持った"ナニカ"について携帯で調べてみると、どうやら"理様"と呼ばれる神様だったらしい。

 

"もういやだ"と言うと悪い縁を切ってくれる、縁切りの神様なんだそうだ。

 

ただ、その切ってもらうかわりに、手と足があるものを差し出さなければならない。

 

 

「………そのための人形だったのね」

 

 

その神社自体は隣町にあるらしく、今も残っていると記載されていた。

 

 

「ハルちゃんも助けてもらった事があるのかな」

 

 

……流石にあるか。

でなければ私にあの言葉を教えようとはしない。

 

 

あの時で、私と山の神の縁は切れた。

山の神自体も、無くなった。

 

それでも、この町には沢山の"ナニカ"が潜んでいる。今でもこの町をウロウロしていて、とても安全とは言えない。

 

 

 

………けれど。

 

 

 

 

 

もう山の神に怯えなくていい。

それだけは確かだった。

 

 

 

 

 

その時、玄関から元気な声が聞こえてきた。

 

 

「ただいまー!」

 

 

そう言って、トントンと階段を登ってくる音が聞こえる。

 

 

 

「おかえり、ことも」

 

「ただいま、お姉ちゃん」

 

 

妹はあの夜以来、一人で夜を廻ることは無くなった。行くとしても私と一緒に、だ。

 

今回の件で私が左目を失ってしまった事が大きな原因だったのか、妹は夜に出歩く理由を教えてくれた。

 

 

………どうやら、私を怖がらせたくなかった為らしい。

妹曰く「家にいると変なオバケに襲われるから」だと言うのだ。

 

その変なオバケがなんなのかはわからない。

左目を失ったあの日から出会うようになったらしい。

 

という事は、私も襲われるようになるのではないだろうか。

そういう考えから、私と妹は一緒に夜に出歩き始めたのだ。

 

 

と言っても、私だって学校があるし遅くまで廻ってられない。日付が変わる前には必ず妹と一緒に帰るようにはしている。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……左目、大丈夫?」

 

 

私の顔を覗きながら、心配そうに言う。

これも毎日だ。

 

 

「大丈夫だって……心配してくれるのは嬉しいけれど、心配しすぎも良くないよ」

 

「だって……」

 

 

妹がこんなに心配するのは、"自分のせい"だと思っているからだろう。

 

その気持ちは痛いほどわかる。

かつての私がそうだった。

 

………3年前、私の代わりになんで妹が……と、毎日毎日悔やんでいた。私が助かる価値は、妹が片目を失ってまで手に入れていいものなのか、と。

 

 

でもこの事について、私自身妹の事はあまり心配していない。

 

 

 

妹はそのうち気づいてくれる。

だって3年前、妹は片目を失ってまで私を助けてくれたから。

 

あの時私を置いていかず、一緒に家に帰る事を選んだんだから。

 

 

私が妹に思っているそ̀れ̀と同じ。

 

 

 

因みに、今回の件で妹には一切怒る事は無かった。形はどうあれ、妹は私のために動いてくれたのだ。

 

妹は叱って欲しそうにしてた。それはきっと罪悪感からくるものだろうし、本当に悪いと思っているからだろう。

 

しかし結果が伴わなかっただけで、その行動自体は悪くない。

 

 

………むしろこれで叱ってしまったら、私の方が悪いような気がする。少なくとも今回の件には私にも原因があるのだ。

 

 

 

 

 

 

その時、突然家のチャイムが鳴った。

 

 

「……誰だろ?なんか配達物あったかな……?」

 

 

私は階段を降り、玄関に向かう。セールスはこんな田舎には来ないし、宗教の類もこの町には来ない。

 

 

来るとしたら配達員か、それ以外の誰かだ。

 

 

「はーい」

 

 

私は返事をする。

すると、子供の声が聞こえてきた。

 

 

「あ、お姉さん。ハルだよ」

 

「あーハルちゃんか。今開けるね」

 

 

玄関の鍵を外しドアを開ける。1週間ぶりの筈なのに、昨日会ったような感覚になる。

 

 

「こんにちは。どうしたの?」

 

「こんにちはお姉さん。って……えっ!?」

 

 

ハルは私の顔を見るなり、驚く。

当然と言えば当然だ。1週間前に会ったばかりと言うのに、突然左目を失っているんだから。

 

 

「あぁ、左目でしょ?ちょっと色々あってね……でも、ほら」

 

 

私はいつの間にか後ろに来ていた妹を、ハルの前に引っ張る。

 

 

「ハル、久しぶり……」

 

「あ!ことも、帰って来たんだね!」

 

 

嬉しそうにこともに駆け寄り、手を握るハル。

妹は若干照れながら、小さく「うん」と返事をした。

 

 

「もう、心配したよー」

 

「うん……ごめんね……」

 

 

その時、私はふとハルの後ろにいる女の子に気づく。

 

 

「あなたも来てたのね。えーっと……」

 

 

するとその女の子は人差し指を唇に当てた。静かに、という意思表示……だろうか。

 

よくよく見ると、その子は1週間前にハルの腕を引っ張ってた子だった。片目を失った影響なのか、昼間だというのに女の子がハッキリ見える。

 

 

……もしかして、ハルに気づかれたくないのかな?

 

 

「どうしたの?お姉さん」

 

 

ハルに聞かれ、私は適当に誤魔化した。

 

 

「ううん、なんでもないよ。……それで、ハルちゃんはどうしてここに来たの?」

 

 

話題を変え、話を逸らす。すると後ろの女の子はホッとしたような顔になった。

ハルは思い出したように言った。

 

 

「実は今日でもう帰っちゃうんだ。だから挨拶に来たんだよ」

 

「ああ、そういう事なの。わざわざ来てくれてありがとうね」

 

 

私がそう言うと、ハルは少しはにかんだ。後ろの女の子も笑顔になっていた。

 

 

 

その時、私はふと妹を見た。

 

目線はハルの方を見ているが、やはり後ろの女の子にも度々向けられている。

 

 

 

 

———見えてるんだ。

 

 

 

しかしわかっているのか、妹はその女の子には一切反応せず、しばらくハルと話していた。

 

 

 

 

 

———————————————————————

 

 

「…………それじゃあ、またね」

 

「またね、ハル」

 

「うん。お姉さんもまたどこかで」

 

「気をつけてね、ハルちゃん」

 

 

 

ハルは手を振って、夕日に照らされた路地を歩いて行った。

私と妹は見えなくなるまで手を振った。

 

 

「………行っちゃったね」

 

「そうね……」

 

 

さっきの女の子は誰だったんだろうと考える。

その時、ふと思い出す。

 

 

『ユイ……私は友達を……』

 

 

ハルが女の子にそう言ってたな。

……親しい友達だったのかな。

 

でも、そんな感じを受けた。リボンやナップサックなど、お揃いを意識している様だったし。

 

 

また、ハルは来年の夏にまた来るのだろう。

きっとあの女の子の為に。

 

私はなんとなく、妹に聞いてみる。

 

 

「こともは、あのハルの後ろにいた女の子の事知ってる?」

 

「ううん、知らないよ。聞かない事にしたんだ」

 

 

………聞かない事にした、か。

そういう事に関しては私も同感だ。

 

 

「………さて、晩ご飯作るかなー」

 

「今日の晩ご飯なにー?」

 

「今日はね………」

 

 

 

そんな会話をしながら、私と妹は家に入っていった。

 

 

 

 

夜は怖い。

でも、それはいつか忘れる。

大人になるにつれて、忘れていく。

 

………それでも、いつかまたそ̀ん̀な̀時̀が来たら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———夜に片目を囚われた私達は、再び夜の恐ろしさを思い出すのかもしれない。

 

 

 

夜廻お姉ちゃん 完




今まで読んで下さり本当にありがとうございました!
この二次小説を思いついたのは、夜廻小説を読んだ時にお姉ちゃんsideがあったからですね。そこから妄想が膨らんで……って感じです。

あとは引越し後のハルちゃん編も書きたいなと思っていますが、今のところ特に思いついてません。
思いついたら書きます。

最後になりますが、ここまで読んで下さりありがとうございました!
また何処かでお会いできたら光栄です。
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