あれから1週間が経った。
私の目は妹の時と同じように、驚くべき早さで塞がった。
片目は本当に大変で、今でもまだ無くした次の日のように、手でふらふら距離感を確かめたり転んだりする。
あの日から2日後、私はお父さんに電話した。
これまで起こった事や、今どんな事になっているか………そんな話をする為だ。
会話していて、向こう側で泣いている事がすぐに分かり、その反応はとても痛々しかった。
でも私が親なら、きっと今のお父さんと同じ反応をするだろう。
しかし結果的には無事でいた事もあり、色々前向きなことを言うと、とりあえずは安心してくれたようだった。
明日には帰って来てくれるらしい。
お父さん曰く「こんな時に仕事なんかやってられない」との事だった。
今は昼下がり。
しばらく学校を休むことになり、家で大人しくしている。
「………はぁ」
………私もまた、妹のように片目を夜に置いてきてしまった。
夜にしか見えなかった"ナニカ"が、昼でもうっすらと見える。見えてしまう。
昼間の彼らは弱々しく、通り過ぎる人を恨めしそうに見つめているだけ。
妹が言った通りだ。
私は携帯を弄りながら、1週間前の事を思い出す。あのトンネルで起きた事を。
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「………ごめんね、ことも」
私はザリザリと、腕と辛うじて動く片足を使って山の神に近づく。山の神は変わらず私に向かって醜い声を上げる。
やがてその距離が数メートルになる。
山の神は私を捕らえんばかりに、ゆっくりと無数の手を伸ばす。
【オマエモ イケニエニ】
頭の中に声が聞こえてきた。
もうそんな事しか考えられないのだろう。
「………本当に、神様だった頃を覚えてないのね………」
【イケニエニ イケニエニ】
山の神が伸ばした手が私の肩に触れる。
「っ……」
手が、私の肩をガッシリと掴む。氷の様に冷たい手が私の肩に食い込む。
強く指が食い込むような痛みが、私の顔を歪ませる。
それでも構わず、私は話した。
「………きっとあなたは元々、こんな山に囚われる存在じゃなかった。今と同じように人に仇をなす"厄神"だったから。それを昔の人達は恐れた。だからあえてあなたを神様と讃えて、お供物———左目を差し出す代わりにこの山から出ないことになった………そうでしょう?」
ただの私の考察。
今はそう考えるしか、納得出来なかった。
1本……2本と山の神から白い手が伸び、私の腕や肩を掴む。
「それなのに、私達人間はあなたを閉じ込めたまま、お供物をやめた。そして都合いい時だけ勝手な願いを押し付けた。歪んでしまうのなんて当然だよね」
私の身体が、ゆっくりと引きずられる。
「ごめんなさい。でも………こんなこと、もうやめましょう?いくら人を生贄にしたって、人の身体で自らを覆ったって、お供物をくっつけたって寂しさなんか紛れないでしょ?」
【イケニエ……イケニエ……】
山の神は私の言葉を聞いているのか、いないのか。それはわからないけど、山の神にとってはそ̀う̀するしかない事だけはわかった。
生贄に縋るしか、もうこの世に残る方法が無いのだ。
私は軽く深呼吸をし、ある覚̀悟̀をして話を続ける。
「最後に、私の願いと引き換えにあなたに左目をあげる」
———私は一つだけ、気づいていた、
3年前、あのトンネルで山の神に追いつかれた時、妹は"家に帰りたい"と願った。山の神があのまま妹の願いを叶えずに追いつけば、私達姉妹を生贄に出来たのに、それをしなかった。
それは何故なのか。
答えはもうわかっていた。
しなかったのではなく、"出来なかった"。妹がお供物である左目を差し出し、願ったからだ。
左目を差し出すと山̀の̀神̀の̀意̀志̀に̀関̀係̀な̀く̀願いを叶えられる………と言う事になる。
つまりこの状況を打破するには、逃げる為の願い事をし、左目を差し出せばいい。
妹の為だ。目の一つくらいくれてやろう。
…………でも、私はそんなに愚かじゃない。
私は逃げる為に左目を差し出すんじゃない。
家̀族̀を̀護̀る̀為̀に差し出すんだ。
「………その前に」
山の神との距離、数メートル。
私は意を決してあ̀る̀言̀葉̀を口にした。
ジョキン。
突如として現れた裁ち鋏を持った"ナニカ"によって、私を掴んでいた手が切られる。山の神は悲鳴を上げ、何歩か引き下がる。
「………もう、終わりにしましょう」
山の神はのたうちまわる。大きな裁ち鋏を持った"ナニカ"は、私の方を向いている。
私の願い。それは———。
「私の願いは……この"ナニカ"の身̀代̀わ̀り̀になって欲しい事」
………パンッッ……!
そんな音と共に、私の左目が破裂する。
「うぐっ…………!」
私はその場にガクッと体制を崩す。尋常じゃない痛みが私を襲う。
その状況でも、私はもう一つの目で山の神を見やる。
………願いは叶えられていた。その裁ち鋏を持った"ナニカ"の標的が山の神に変わる。
「………さようなら、山の神……」
———片目の視界を奪われたせいではっきりとは見えなかったが、何度も何度も切断する様な音が聞こえた。
そして裁ち鋏を持った"ナニカ"が消える頃には、山の神の姿は無く、その辺りが血で赤く染まっているのがうっすらと見えた。
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「………まあ、これはこれで良かったのかな」
私はそう呟いた。
勝手に縛りつけておいて、勝手に葬ってしまうなんて………本当に身勝手な事だけど。
………あの裁ち鋏を持った"ナニカ"について携帯で調べてみると、どうやら"理様"と呼ばれる神様だったらしい。
"もういやだ"と言うと悪い縁を切ってくれる、縁切りの神様なんだそうだ。
ただ、その切ってもらうかわりに、手と足があるものを差し出さなければならない。
「………そのための人形だったのね」
その神社自体は隣町にあるらしく、今も残っていると記載されていた。
「ハルちゃんも助けてもらった事があるのかな」
……流石にあるか。
でなければ私にあの言葉を教えようとはしない。
あの時で、私と山の神の縁は切れた。
山の神自体も、無くなった。
それでも、この町には沢山の"ナニカ"が潜んでいる。今でもこの町をウロウロしていて、とても安全とは言えない。
………けれど。
もう山の神に怯えなくていい。
それだけは確かだった。
その時、玄関から元気な声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
そう言って、トントンと階段を登ってくる音が聞こえる。
「おかえり、ことも」
「ただいま、お姉ちゃん」
妹はあの夜以来、一人で夜を廻ることは無くなった。行くとしても私と一緒に、だ。
今回の件で私が左目を失ってしまった事が大きな原因だったのか、妹は夜に出歩く理由を教えてくれた。
………どうやら、私を怖がらせたくなかった為らしい。
妹曰く「家にいると変なオバケに襲われるから」だと言うのだ。
その変なオバケがなんなのかはわからない。
左目を失ったあの日から出会うようになったらしい。
という事は、私も襲われるようになるのではないだろうか。
そういう考えから、私と妹は一緒に夜に出歩き始めたのだ。
と言っても、私だって学校があるし遅くまで廻ってられない。日付が変わる前には必ず妹と一緒に帰るようにはしている。
「お姉ちゃん……左目、大丈夫?」
私の顔を覗きながら、心配そうに言う。
これも毎日だ。
「大丈夫だって……心配してくれるのは嬉しいけれど、心配しすぎも良くないよ」
「だって……」
妹がこんなに心配するのは、"自分のせい"だと思っているからだろう。
その気持ちは痛いほどわかる。
かつての私がそうだった。
………3年前、私の代わりになんで妹が……と、毎日毎日悔やんでいた。私が助かる価値は、妹が片目を失ってまで手に入れていいものなのか、と。
でもこの事について、私自身妹の事はあまり心配していない。
妹はそのうち気づいてくれる。
だって3年前、妹は片目を失ってまで私を助けてくれたから。
あの時私を置いていかず、一緒に家に帰る事を選んだんだから。
私が妹に思っているそ̀れ̀と同じ。
因みに、今回の件で妹には一切怒る事は無かった。形はどうあれ、妹は私のために動いてくれたのだ。
妹は叱って欲しそうにしてた。それはきっと罪悪感からくるものだろうし、本当に悪いと思っているからだろう。
しかし結果が伴わなかっただけで、その行動自体は悪くない。
………むしろこれで叱ってしまったら、私の方が悪いような気がする。少なくとも今回の件には私にも原因があるのだ。
その時、突然家のチャイムが鳴った。
「……誰だろ?なんか配達物あったかな……?」
私は階段を降り、玄関に向かう。セールスはこんな田舎には来ないし、宗教の類もこの町には来ない。
来るとしたら配達員か、それ以外の誰かだ。
「はーい」
私は返事をする。
すると、子供の声が聞こえてきた。
「あ、お姉さん。ハルだよ」
「あーハルちゃんか。今開けるね」
玄関の鍵を外しドアを開ける。1週間ぶりの筈なのに、昨日会ったような感覚になる。
「こんにちは。どうしたの?」
「こんにちはお姉さん。って……えっ!?」
ハルは私の顔を見るなり、驚く。
当然と言えば当然だ。1週間前に会ったばかりと言うのに、突然左目を失っているんだから。
「あぁ、左目でしょ?ちょっと色々あってね……でも、ほら」
私はいつの間にか後ろに来ていた妹を、ハルの前に引っ張る。
「ハル、久しぶり……」
「あ!ことも、帰って来たんだね!」
嬉しそうにこともに駆け寄り、手を握るハル。
妹は若干照れながら、小さく「うん」と返事をした。
「もう、心配したよー」
「うん……ごめんね……」
その時、私はふとハルの後ろにいる女の子に気づく。
「あなたも来てたのね。えーっと……」
するとその女の子は人差し指を唇に当てた。静かに、という意思表示……だろうか。
よくよく見ると、その子は1週間前にハルの腕を引っ張ってた子だった。片目を失った影響なのか、昼間だというのに女の子がハッキリ見える。
……もしかして、ハルに気づかれたくないのかな?
「どうしたの?お姉さん」
ハルに聞かれ、私は適当に誤魔化した。
「ううん、なんでもないよ。……それで、ハルちゃんはどうしてここに来たの?」
話題を変え、話を逸らす。すると後ろの女の子はホッとしたような顔になった。
ハルは思い出したように言った。
「実は今日でもう帰っちゃうんだ。だから挨拶に来たんだよ」
「ああ、そういう事なの。わざわざ来てくれてありがとうね」
私がそう言うと、ハルは少しはにかんだ。後ろの女の子も笑顔になっていた。
その時、私はふと妹を見た。
目線はハルの方を見ているが、やはり後ろの女の子にも度々向けられている。
———見えてるんだ。
しかしわかっているのか、妹はその女の子には一切反応せず、しばらくハルと話していた。
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「…………それじゃあ、またね」
「またね、ハル」
「うん。お姉さんもまたどこかで」
「気をつけてね、ハルちゃん」
ハルは手を振って、夕日に照らされた路地を歩いて行った。
私と妹は見えなくなるまで手を振った。
「………行っちゃったね」
「そうね……」
さっきの女の子は誰だったんだろうと考える。
その時、ふと思い出す。
『ユイ……私は友達を……』
ハルが女の子にそう言ってたな。
……親しい友達だったのかな。
でも、そんな感じを受けた。リボンやナップサックなど、お揃いを意識している様だったし。
また、ハルは来年の夏にまた来るのだろう。
きっとあの女の子の為に。
私はなんとなく、妹に聞いてみる。
「こともは、あのハルの後ろにいた女の子の事知ってる?」
「ううん、知らないよ。聞かない事にしたんだ」
………聞かない事にした、か。
そういう事に関しては私も同感だ。
「………さて、晩ご飯作るかなー」
「今日の晩ご飯なにー?」
「今日はね………」
そんな会話をしながら、私と妹は家に入っていった。
夜は怖い。
でも、それはいつか忘れる。
大人になるにつれて、忘れていく。
………それでも、いつかまたそ̀ん̀な̀時̀が来たら。
———夜に片目を囚われた私達は、再び夜の恐ろしさを思い出すのかもしれない。
夜廻お姉ちゃん 完
今まで読んで下さり本当にありがとうございました!
この二次小説を思いついたのは、夜廻小説を読んだ時にお姉ちゃんsideがあったからですね。そこから妄想が膨らんで……って感じです。
あとは引越し後のハルちゃん編も書きたいなと思っていますが、今のところ特に思いついてません。
思いついたら書きます。
最後になりますが、ここまで読んで下さりありがとうございました!
また何処かでお会いできたら光栄です。