朝起きると、見覚えのある空間だった。
そこは自分の部屋ではなく、メタリックな素材に囲まれた小さなホテルのような部屋。
上半身を起こす。
ベッドは二つあり、もう一つのベッドには元々誰か寝ていたようだ。
今はカラでくしゃくしゃになった毛布だけが残されている。
過去に一度だけ、こんな部屋で目覚めたことがある。
これは、もしかして。
「なーんだ、もう起きちまったか、つまんねーの」
背後を振り返るとふたを開けたマジックを片手に逆手をワキワキさせているゴルシがいた。
嫌な予感がしたので毛布で防御していると、部屋の扉を開けて誰かが入ってきた。
「ああ、二人とも目覚めていたのか、ちょうどよかった。これからちょっとした話し合いをするので集まってくれないか」
俺たちを呼びに来たのは、前回と同じ……金髪ボブのきれいなお姉さん。
「よーよーお姉さんよう、あたしゃコイツの額に肉って書く作業で忙しいんだ。用事は後にしてもらえないかね?」
なにそれ怖い。油性ペンじゃんマジやめて。
「私は汎性だ、お姉さんという単語はふさわしくないな」
ゴルシと俺が同時に顔にハテナマークを浮かべたせいで、金髪ボブのお姉さん? は汎というこの世界独特の概念について説明する羽目になった。
男性でも、女性でもない。
人間である以上いずれかに生まれついてはいるが、その後に己の意思で性別を選ぶことができるそうだ。
男性、女性。そして汎性……そのどちらでもない存在。
なお、この世界では同性同士だろうが汎性だろうがなんだろうが、遺伝子二人分さえあれば繁殖は可能らしい。なにそれ怖い。
クローンも技術的には余裕で可能だけど、倫理委員会的なアレが厳しく取り締まってるらしい。
まあ俺らにゃ関係ないか。
「おにーさんでもおねーさんでもないんなら何て呼べばいいんだよ」
ゴルシがブーブーとふくれている。
「……そういえば、確かに汎性の人間を指す三人称単数は私の知る限りどこの星系の言語にも見当たらないな。私のことはセツと呼んでくれればいい。それが、私の名だ」
オッケー、セツさん。早くみんなの集まっている場所に移動しましょう。
その間は俺を狙っているゴルシから守ってね。
さすがのゴルシも軍人さんには勝てまい(腕力的な意味で)(俺は絶対勝てない)
メインコンソール室にたどり着くと、すでに自分たち以外の全員が集合していた。
……が、知らない顔がちらほらといる。前回とはメンツが違うのか?
「腹へったー! 先にメシにしよーぜ!」
ゴルシは放置して、セツさんに俺の知らない幾人かを紹介してもらうことにした。
まずはこの船の船長のジョナスさん。白い帽子と髭の似合うダンディーなナイスミドルだ。
「この宇宙船『D.Q.D』は常にこのジョナスと運命を共にしてきた……そしてこれからも共に。それは崇高な運命であり神の描いた偉大なる芸術とも言えるであろう」
何言ってんだこいつ。
次に紹介してもらったのは前回もお見かけした奇麗なお兄さんパート2。
天然? パーマの、銀髪? 白髪? が特徴的な若いお兄さんで、視線がいつも下を向いている。
そんなレムナンくんが小声でぼそぼそと何かしゃべっているぞ。
「あの……その……いえ、何でもないです……いや……でも……」
何言ってんだこいつ。
次に紹介されたこいつは……人間なのか? 違うだろ。
全身シルバーのメタル感あふれる皮膚に覆われている。
細長い顔に吊り上がった目。鼻には穴しかあいてない、しげみちさん。
さん付けするのも変な感じだし、そもそもしげみちって名前にも違和感が。
グレイ型宇宙人でいいだろう。通称グレイな。
「よう! お前と話すのは初めてだな……へへっ、仲よくしようぜ!」
何言ってんだこいつ。
そして黒髪ロングの超絶美人。なにこれこんな奇麗な人初めて見た。
顔ちっさ! ハイネックの下の首ほっそ! 足細くてなっが!
夕里子さんというお名前らしい! お名前まで美しい!
シンボリクリスエスの前髪をパッツンにしたらちょっと似てる気がする。
夕里子さんはウマ娘ではないけど。
眼光の鋭さとかがね。ちょっとだけ似てるかも。
「おや、お前たちは……まあ、この身には関係のないこと。愚かにも迷い込んできてしまったのでしょうね。ふ……気の毒に」
何言ってんだこいつ。
以上、セツさん、ジョナスさん、レムナンくん、グレイ、夕里子さん、それに俺とゴールドシップを足した七名でこの船に乗船している全員らしい。
「グレイってなんだよ! オレの名前はしげみちだってさっき言ったばっかだろ!」
何言ってんだこいつ。
そして話し合いが始まった。
とりあえずゴルシはおとなしくしてくれている(ぶーたれているともいう)
「私は夕里子が怪しいと思う」
口火を切ったのはセツさんだ。
疑われているにもかかわらず、夕里子さんは冷ややかな目でセツさんを見返している。
「いんやー、オレは別に怪しくないと思うぜ。夕里子よりジョナスの方が怪しーだろ」
グレ……しげみちが口を挟む。
ぐるりと全員を見渡してみるが、俺には誰が怪しいかなんて皆目見当がつかない。
強いて言うならしげみちが怪しい。グレイ的な意味で。
そんなこんなで話し合いが進み、投票の結果夕里子さんがコールドスリープすることになった。
「あの……」
声をかけたもののそれ以上何も言えない俺に向かって彼女は一言。
「……さほど役に立たないのね」
ううっ、冷たいまなざしとその言葉が胸に突き刺さる!
でも、グノーシアを退治すれば彼女を元に戻すことも可能なので、ひとまずはそこを目指すことにしよう。
彼女は一人でさっさとコールドスリープ室へと向かい、それを見届けるためにセツさんが後を追いかけていった。
部屋の中に、気まずい空気が流れる。
それを打破したのは話し合いの間中ずっと黙っていたゴルシだった。
「おい、やるこたー終わったんだろ? ならみんなでゲームでもしようぜ!」
ゲームという単語に、数名の目が光った。
「ほう、ゲームか……面白い。皆でプレイするゲームというならば、この船にはスマイルブラジャー……通称『スマブラ』、それにマリモカートゥーンこと『マリカー』などがあるが……」
ジョナスさんがいくつかのゲームを紹介してくれるが、どれも聞いたことのないソフトばかりだ。
「もっとこう、2~3人でがっつりしっかり頭使うようなゲームがいいなー、レトロゲーだけど『ニンボク』とかさあ」
続けて発したゴルシの言葉にジョナスさんとグレ……しげみち、それにレムナンくんがめっちゃ食いついた。
「『ニンボク』!? ゴールドシップさん、まさかあなたも『わくわく! 人間牧場』を知ってるんですか!?」
レムナンくん、きみ、そんな大きな声出せるんだね……。
ちなみに俺はそんなゲーム、見たことも聞いたこともない。
「おうよ、『ニンボク』っていやあアタシか"ゲームキャプターS"かってなもんよ」
「ほう、そこで"ゲームキャプターS"の名が出てくるとは……もしや君は"魔法騎士ゴールドS"なのでは?」
ジョナスさんの言葉を聞いて、レムナンさんがさらに大げさに驚く。
「"魔法騎士ゴールドS"……ジャンルを問わずレトロゲームなら右に出る者はいないという、数々のRTA記録を塗り替えてきたあの"魔法騎士ゴールドS"ですって!? まさか……」
「ハッ、ばれちまっちゃあ仕方がねえ。そうよ、このゴールドシップ様こそが"魔法騎士ゴールドS"でい!」
「それならお相手はこのオレ一択だな……へへっ、何しろオレがさっき名前の出たもう片割れ、"ゲームキャプターS"なんだからな!」
グレ……しげみちが"ゲームキャプターS"だったらしい。そろそろついていけない。
「有名ゲームコレクターにしてトップクラスのプレイヤーでもある"ゲームキャプターS"がしげみちさん……!? このバトル、絶対に見逃せない!」
「ふ……ならば二人の間に私が割って入るのは野暮というものだろう。"魔法騎士ゴールドS"と"ゲームキャプターS"、『ニンボク』で対戦したことは未だかつてないはずだ。我々は新たなる伝説の生まれる瞬間に立ち会うこととなるのかもしれんな……」
そして全員で、ゲーム類が各種置いてあるという娯楽室へと向かうことになった。
何言ってんだこいつら。
……あくまでプレイしてるのを眺めただけの感想だけど、どうやらニンボクというのは人になぞらえたコマを使っての陣取り合戦が基本のようだ。将棋とか囲碁とかチェスみたいな。
ただしそのコマに対しての付加要素がある。遊戯王とかポケモンカードみたいな。
最初はまっさらな場に手札を交代で出していく。
ポイント貯めてコマを増やしたり攻撃したり、コマを進化させたり。
相手のコマにデバフかけるなんてのもあるみたい。
これは確かにゴルシが言った通り、随分と頭を使うゲームのようだ。よくわからんけど。
「よしっ、これでトランス進化完了! 場のオスとメスの性別がすべて逆転!」
グレ……しげみちの出したカードで、場に出ているコマの性別がすべて逆転した。
基本的にオスの方が力が強く有利なため、ゴルシはオスをメインに陣をはっていた。
逆にこのカードを手札として持っていたグレ……しげみちは最初からメスが多めの配置だった。
これで立場が逆転し、場の情勢はしげみちがリードしている。
「ふっふっふっ……それを読めねえゴルシ様だとでも思ったか! アタシの進化ポイントはすでに満ちている。いでよ! 『カマキリ七変化』!!」
ゴルシの出したカードを見る。カマキリの絵が描いてある。なにこれ。
「ああっ! 幻の『カマキリ七変化』! これは場にいるすべてのメスのコマのサイズを二倍にし、かつ両陣営のオスをすべて捕食することにより自陣に大量の子コマを量産する一発大逆転のアルティメットレアカード! すでに手札に抱えていたとは、さすがです、ゴールドシップさん!」
「トランス進化だけでもそうそうお目にかかれるものでもないというのに、まさか数多の制約を乗り越えたカマキリ七変化までをもこの目で見られるとはな……実に、伝説にふさわしい一戦」
カマキリを成立させるのにめっちゃ厳しい条件があったらしいが、ゴルシはそれをすべてクリアしていたらしい。
っていうかこれもうカマキリじゃん。人間牧場じゃないじゃん。
数の暴力でゴルシが押し切り圧倒的勝利をおさめた。
「へっへーん、どんなもんよ!」
「チクショー! この"ゲームキャプターS"がグノーシアの力をもってしても勝てないなんて、とんだ大失態だ!」
「あ」
「あ」
あ。
グノーシアの脅威は去った。
今はただ、この勝利を祝うことにしよう。
「いやいや、そっちじゃなくてアタシの勝利を祝ってくれよトレーナーだろお前さんよう」
だってレースならともかく俺ニンボクのことなんて丸っきりわかんないし。
レムナンくんとジョナスさんは二人でさっきの対戦を振り返っている。
そこへセツさんが戻ってきた。
「……で、何があったのか説明してくれないか? 何故しげみちまでもコールドスリープすることになったのか」
グレ……しげみち、みんなの前で思いっきり自白してたからなあ。
でもどうやってそこまでの道のりを説明しようか。
「ああ、いい……詳しくは明日にでも落ち着いてから聞くことにしよう。君とそれ以外の面々の様子を見ていれば、大体どんなことがあったのか想像はつくけどね」
セツさんはとっても苦労人。俺もたぶん苦労人。
興奮しながら盛り上がっている二人を置いて、俺たち三人は自室へと戻ることにした。
「ああっ待ってくださいゴールドシップさん! 貴方は……貴方はいつからこの結末を予想してたんですか!?」
「ハッ! 決まってらあな。ニンボクでアタシと対戦してしまった……それがすべての始まりであり終わりだったってことだよ!」
何言ってんだこいつ。
なんかもう疲れた。食事の時間までは自室で横にならせてもらうことにしよう。
眠りはしないぞ。寝たらゴルシにやられる。
部屋に戻りベッドに横になって毛布をかぶる。
すると目の前の暗闇が歪んだように見えて、慌てて毛布をとると……そこは、俺の部屋だった。
カレンダーと時計を見る。平日の早朝、特に異常はない。
また変な夢を見たのか……学校へ行く準備をするか。
寝癖を直すために洗面所へ向かう。
鏡にうつった俺の額にはマジックで『肉』と書かれていた。
ニンボクのシステムはすべて作者の捏造です。