哲学的ゾンビの横行   作:後菊院

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前回までのあらすじ:
 ギンガだんボスの コウキが しょうぶを しかけてきた!


第8話 絶

    1

 

 

 当然ながらポケモンを使役してルール無用の殺し合いをする時、丁寧に1体ずつポケモンを投げていく者はいない。

 しかし同時に6体のポケモンを繰り出すのが良策かと問われれば、それは否である。基本的にポケモンたちはトレーナーの指示によって技を使う。同時に繰り出すポケモンが多ければ多いほど、指示は複雑になり、しかも迅速に出さなければならなくなる。故に、公式のポケモンバトルで最もメジャーなのはポケモンを1体ずつ繰り出すシングルバトルであり、その次にダブルバトルが来る。トリプルバトルがローテーションバトルや逆さバトルなどと同じようなマイナールールの中に括られているのは、そもそも3体のポケモンを同時に運用できるトレーナーが限られてしまうから、という理由が最も大きい。3体同時運用すら至難の技なのだ、6体のポケモンを同時に操るのは神業に等しく——

 

 その6体同時運用を、

 ユウリは、いとも容易く実現させていた。

 

「アーマーガア、リフレクターを張って。ザシアン、つるぎのまい。あとは一斉攻撃——パルスワン、かみなりのキバ。ムゲンダイナ、クロスポイズン。インテレオン、ハイドロポンプ。狙いはマニューラ!」

 

 まどろみの森、泉のほとりで、リザードンの背中に乗りながら、ユウリは矢継ぎ早に指示を出す。空中を舞うリザードンは、コウキの繰り出したポケモンの技が届かない距離を確保していた。

 

 ユウリにトリプルバトルの経験はない。もっぱらシングルバトルを主戦場とするトレーナーだ。ダブルバトルの経験も乏しい。ほぼ唯一、ガラルスタートーナメントがダブルバトル制で、出場経験があるユウリだったが、あれは2人のトレーナーがそれぞれ1体ずつポケモンを繰り出して戦う形式を取っており、1人のトレーナーが指示を出すのは1体だけである。複数のポケモンを同時に操ることなど、ユウリはこれまでほとんどしてこなかった——それにも関わらず、彼女の指示は淀みない。

 

 ユウリには天性の戦闘センスがあった。

 あのダンデをも凌駕する、暴力的な才能が。

 泉のほとりで、互いのポケモンが入り乱れ、戦う。

 戦況はユウリに傾いていた。

 

 単純に、戦力差がモノを言っていた。ユウリが6体全てのポケモンを出して戦っているのに対して、コウキは4体で戦っているのだ。コウキの手持ちのうちの1体はユクシー——先ほど、コウキへ叛逆の姿勢を見せたポケモンである。コウキはユクシーを自身の制御下に置いていない。この時点でユウリはコウキに対して1体分のアドバンテージを持っていた。

 

 それに加えて、コウキは手持ちの1体を戦場に出していない。

 なぜかはわからないが、コウキはユクシーを除いた5体の中から、4体を選んで戦っているのだ。ポリゴンZとマニューラに加えて、新たに繰り出したグライオンとヨノワール。いずれもユウリのポケモンたちに負けず劣らず、鍛えられた屈強なポケモンのようだが、数的不利を跳ね除けるほどのフィジカル差は、両陣営には無い。

 

 ただ、ユウリが完全に勝勢かというとそれも違っていた。ユウリのリザードンはユウリを背中に乗せながら、後衛的に立ち回らせているので、実際の戦力にはなっていないのだ。

 これはルール無き実戦。ユウリが望んでいなくとも、コウキがトレーナーへの直接攻撃を狙わない保証などどこにもない。自分自身を守るための戦力として、ユウリはリザードンを置いていた。

 

 それに加えて、ムゲンダイナの状態が悪かった。

 力をユウリたちに分け与えてくれたからだろうか、ムゲンダイナの体はいつもより輝きが少なく、動きのキレも悪い。ぎりぎりの状態で戦っているのが、ユウリにもわかった。無理をさせることはできないなと、心のうちに判断する。

 

 リザードンとムゲンダイナの2体で、ようやく1体分のはたらきができているかというところだ。対して、コウキのポケモンは4体全員、縦横無尽に動いている。この状態で、それでもおおよそポケモン1体分の数的有利がユウリの側にあって、その分戦況がじりじりとユウリに傾いていた。

 なぜ、コウキは最後の1体を出さないのだろう。

 単純に5体同時の運用ができないのだろうか?

 コウキの実力を未だ知らないユウリは、そんな風に考える。

 

「グライオン、そらをとぶ。ヨノワール、マニューラをカバー。かわらわりでリフレクターを壊し、インテレオンを止めろ。マニューラはねこだましをムゲンダイナに」

 

 コウキは3体のポケモンに指示を出した後、自分の腰元のモンスターボールに手を伸ばした。来る、5体目だ——と身構えたユウリだったが、その予想は外れていた。

 コウキはポリゴンZを一時ボールに戻したのだった。

 

「え?」

 

 マニューラがねこだましをムゲンダイナに放つ——クロスポイズンを撃とうとしていたムゲンダイナは、その攻撃を受けて怯む。インテレオンがハイドロポンプを放つが、ヨノワールの横槍によって意識を削がれ、外れる。唯一、パルスワンのかみなりのキバがマニューラに届き、マニューラはダメージを負った。

 パルスワンのとくせいは「がんじょうあご」だ。噛むタイプの技の威力があがる。防御力の高くないマニューラにとって、あのダメージは相当な痛手だろう。アーマーガアのリフレクターはヨノワールの「かわらわり」によって破壊されたが、大勢に影響はない。

 

 しかしコウキの表情に焦りはなかった。

 彼は再びポリゴンZを場に出す。そして「アーマーガアに『トリック』」と指示を出した。

 

「あっ——」

 

 その瞬間、ユウリはコウキの意図を理解する。

 トリックとは、自分と相手の持っている道具を強制的に入れ替える技だ。初動の攻撃には加わらせず、「リフレクター」を張らせることで味方全体の防御力を底上げしたユウリのアーマーガアだが、そのアーマーガア目掛けてポリゴンZは道具の交換を仕掛ける。ユウリがアーマーガアに持たせておいたのは「ひかりのねんど」。リフレクターやひかりのかべなどの、「壁」を張るワザの効果が通常より長くなる道具だ。アーマーガアはそれを盗られ、代わりに「こだわりスカーフ」をつかまされた。

 

「——っ」

 

 思わずユウリは頬に手をやる。アーマーガアの行動が大きく制限されてしまったことを嘆いた。「こだわりスカーフ」とは、持たせたポケモンの素早さが1.5倍になるのと同時に、一度ボールから出たら、同じ技しか使うことができなくなる特殊な道具だ。つまりアーマーガアは、この後一度ボールに戻さない限り「リフレクター」しか使えなくなってしまった。

 

「迎撃準備! インテレオン、ハイドロポンプ。パルスワン、かみなりのキバ。ザシアン、せいなるつるぎ! 攻めるんじゃなくて、向かってきた相手にダメージを負わせて!」

 

 とっさに防御寄りの指示を出し、すぐさまアーマーガアをボールに戻そうとする。迅速な判断だった。相手に「かわらわり」を覚えているポケモンがいる以上、このままアーマーガアを出し続けるのは無意味だ。すぐさまボールに戻し、また出し直すのが良策。アーマーガアがボールに戻っている間は他のポケモンに無理をさせず、じっと我慢すべき——賢明であり、おそらくはこの場における最適解だった——相手が、同じ世界の存在ならば。

 

 ユウリはわかっていなかった。

 相手のトレーナーが別世界の人間なのだとすれば、

 当然、相手の繰り出すポケモンも、別世界の規則にしたがって動くポケモンなのだということを——

 

「ヨノワール、『おいうち』」

 

 アーマーガアがボールに戻る直前。

 相手のヨノワールが、攻撃を仕掛けてきた。

 ガァアアッとアーマーガアが鳴く。リフレクターの加護もない今、無防備な状態で攻撃を受けてしまった。アーマーガアは防御力が高いので、戦闘不能に陥ることはなかったが、ヨノワールの攻撃力が高いのか、かなりの痛手を負ったようだ。

 

「なっ——」

 

 なんだ今のは。

 ユウリは目を見張る。ボールに戻すポケモンに攻撃をしかけたのか? そんなこと、可能なのか?

 まさかアーマーガアに攻撃が来るとは思っていなかったのはユウリのポケモンたちにしても同じで、むざむざとヨノワールの攻撃を見逃してしまった。

 一瞬の隙を逃すことなく、コウキは畳み掛ける。

 

「ポリゴンZ、インテレオンにトリック。ヨノワール、インテレオンにポルターガイスト。マニューラ、ザシアンにこおりのつぶて。可能なら怯ませろ」

 

 マニューラにザシアンを抑えさせ、インテレオンを狙うつもりか——コウキの狙いを読み取ったユウリは、すぐさま指示を飛ばす。

 

「インテレオン、ハイドロポンプ! パルスワン、ほっぺすりすりでヨノワールを止めて! ムゲンダイナ——」

 

 その時、ユウリを乗せていたリザードンに何者かが突っ込んできた。

 

 ギリギリでそれを躱すリザードン。だが、背中に乗せていたユウリを宙に投げ出してしまう。「うわっ——!?」ぐるんと視界が回転し、ユウリの指示は中断された。失念していた——グライオンが、「そらをとぶ」で容赦無くユウリとリザードンを狙ったのだ。

 

「ムゲンダイナ、クロスポイズン! ザシアン、きょじゅうざん! リザードン、ブラストバーン! とにかくヨノワールを倒して!」

 

 宙を舞いながら、ユウリはリザードンにも攻撃参加を命じる。

 そして自分はアーマーガアを再び繰り出した。

 

「アーマーガア、私を拾って!」

 

 空中に現れたアーマーガアは、こだわりスカーフの影響だろうか、いつもより素早い動きでユウリを背中に拾い上げる。一命を取り留めたユウリは、息つく暇もなく地上の様子を確認した。

 ドカンという爆音がして、土埃が舞う。それが晴れると、「きぜつ」したヨノワールの姿を泉のそばに確認できた。

 どうやら、相手側の1体を戦闘不能に追い込めたらしい。

 

 一方で、ヨノワールの倒れている場所から少し離れた位置に、同じく倒れ伏すインテレオンの姿もあった。インテレオンには相手の攻撃を一回だけ必ず耐える「きあいのタスキ」を持たせておいたのだが、ポリゴンZのトリックによって道具をすり替えられていたようだ。耐久力に難があるインテレオンでは、ヨノワールの大技は耐えられなかったのだろう。

 

「ありがとう、インテレオン。今は休んで」

 

 ユウリはインテレオンをボールに戻した。

 状況はともに1体が戦闘不能。ユウリが優勢であるのに変わりない。

 ただ、コウキはまだ最後の一体を見せていない。

 

 

    2

 

 

 あの人間の子はどうやら、こちらの悪い人間、コウキと名乗る男の敵らしい——

 ユクシーはボロボロの体を起こしてどうにか這いずり、戦火の及ばない木の陰に身を隠していた。体力はもうすっからかんだ。浮遊するエネルギーすら残っていない。

 

 人間の子に加勢しようかとも考えたが、これでは足手まといにしかならなそうだ。多少体力が戻るまで、ここで両陣営の戦いを見届けることにしようと、ユクシーは爆発音のした方に顔を向けた。

 

「——!?」

 

 土埃の立つ戦場で、コウキのそばに一瞬だけ巨大な影が見えた気がした。

 否、「見えた」というのは正確ではない。そもそもユクシーは常に眼を閉じていて、波動にも似た念波を頼りに周囲の状況を把握している。ユクシーはその念視能力によって、巨大な影を感じ取ったのだ。

 

 辺りは土埃で視界不良である。普通に視覚に頼っているだけでは、その影を捉えることはできなかっただろう。当然、ユウリにしてもそれに気づくことはなかった。

 影がいたのはほんの一瞬であり、現れてからすぐに消え去った。ともすれば気のせいかとも思えるほどのものだったが、しかしユクシーはその影の形に覚えがあった。

 他の誰がそれを忘れても、知識を司るポケモンは忘れない。

 

 シンオウが隠し持つ、もう一つの伝説を——

 

 

    3

 

 

「——どうしてコウキくんがギンガ団にいるの!」

 

 ヒカリは立ち上がり、卓を挟んだ向いのソニアを糾弾するように叫んだ。

 

「わ、わ、わかんないよ」

 

 ソニアは体を仰け反らせながら言った。「私に聞かれても……。あなたたち、知り合いかなにかなの?」

 

「知り合いじゃねー。ライバルだ」

 

 ジュンはむすっと腕を組んで言う。

 

「親友とも言う」

「そうだよ! 旅の仲間で、親友だよコウキくんは! ギンガ団なんかじゃないっ!」

「そ、そうなんだ……」

 

 急に不機嫌になった2人に囲まれて、ソニアはうろたえる。コーヒーカップを抱えながら、肩をすぼめて萎縮した。

 

「いや、でも、別の世界の話だから、こっちの世界のコウキさんとは全然別人だから——」

「別世界のコウキくんだって優しいよ!」

 

 ヒカリは卓をバンと叩いて力説した。内心、えー……、と困惑するソニア。そんなこと言われたって、実際ソニアは過去一度、コウキにコテンパンにされているのだ。あれが優しい? やさぐれているの間違いじゃないのか。

 

「ってか、何でギンガ団が出てくるんだ? あれはシンオウの組織だろ」

「う、うん。そう。マクロコスモスは、シンオウのギンガ団と手を組んだの」

 

 ジュンが新たな疑問を口にしたので、ソニアは慌ててそれに答える。一刻も早く話題を変えたかった。

 

「マクロコスモスだけじゃ、あの実験は失敗していたと思う。ムゲンダイナを制御するのはとても難しいことのはずだから。そこでローズ委員長は、新エネルギーの獲得を目的とする組織、ギンガ団に協力を持ちかけたみたいなの」

 

 ソニアが協力者から得た情報によると、ギンガ団は伝説のポケモンをも制御できる特殊な器具を開発していたらしい。それを使って、マクロコスモスはムゲンダイナをコントロール下に置いたのだ。

 

「『赤い鎖』か。くそ、なるほどな」

 

 ジュンは額に手を当て、悩むように俯いた。ヒカリは「…………ギンガ団……コウキくん……」と、先ほどの快活さが嘘のように沈んでいる。

 

「おいヒカリ、くたばってる場合じゃねーぞ。コウキが悪事に手を染めてんなら、殴ってでも止めんのが親友だろ」

「でも私、コウキくんを殴るなんて無理だよ……」

「あー、これだから惚れ女は」

「ほ、ほ、ほ、惚れっ、惚れてなんてっ、ないっ!」

「バレバレだよ」

 

 かーっと喉を鳴らして呆れ顔になるジュン。ソニアにも、大体の事情は察することができた。

 

「で? どうすんだ。世界が停まるのを防ぐために、俺たちは何をすればいい」

 

 

    4

 

 

 ——勝てる。

 

 優勢が勝勢に変わる感覚を、ユウリは確かに持っていた。

 

「ザシアン、きょじゅうざん!」

 

 聖剣を咥えたザシアンが泉のほとりを疾走し、ポリゴンZに巨大な斬撃を浴びせる。きょじゅうざんをまともに食らったポリゴンZは激突の爆発とともに宙を舞い、木の幹に当たって地面に倒れた。気絶していた。

 コウキは無言でポリゴンZをボールに戻す。これでコウキ側に残されたポケモンは、手負いのグライオン1体だけになった。

 

 ユウリの側にはザシアンとムゲンダイナが控えている。ムゲンダイナは疲れ気味だがザシアンはほぼ無傷だ。ガラルの伝説ポケモン2体がいれば、グライオンを倒して、その後にどんなポケモンが現れても対応できるだろう。

 

 油断はない。これまでの戦いの中で、コウキがおそるべき力量のポケモントレーナーだということはわかっていた。彼は強い。戦力での劣勢をとっていても、「トレーナーを狙える」という利点を最大限利用して、着実にユウリのポケモンたちを沈めてきた。1体2の状況まで来た今、最善手を選択し続ければユウリの勝利は揺るがないが、何か1つでも甘い手を指した瞬間、逆転される可能性は十分にある。最後まで気を引き締めなくてはならないと、ユウリは相対するグライオンとその向こうのコウキの指示に神経を尖らせた。

 

「グライオン、じしん」

「ザシアン、跳んで!」

 

 コウキに被せるようにユウリが指示を飛ばした次の瞬間、地面が震撼する。ぐらぐらと辺りが揺れ動き、ユウリは立っていられなくなる。地面にエネルギーを流して擬似的な地震を起こす、じめんタイプの大技だった。敵味方関係なく広範囲に渡ってダメージを与える効果があり、多対一の状況では最適。先ほども、この技によってパルスワンとムゲンダイナが傷を負い、パルスワンはダウンさせられた。

 だが、その技はもう知っている。ザシアンの高い脚力による跳躍ならば、影響を緩和することができるともわかっている。

 

「ザシアン、きょじゅうざん! ムゲンダイナ、クロスポイズン!」

「グライオン、まもる」

 

 伝説ポケモン2体の猛襲を、グライオンは完璧に凌いでみせる。攻撃を凌いでいる間、グライオンの傷がじわじわと治っていくのが見えた。コウキはグライオンに「どくどくだま」を持たせているのだ。グライオンの特性「ポイズンヒール」によって、毒状態のグライオンは常に回復し続ける。

 

 ユウリはザシアンの使った「きょじゅうざん」の回数を数える。序盤で2回、マニューラを仕留めるので1回、ポリゴンZを仕留めるので1回、今1回。合計5回。限界まで技を振るわせており、普通ならもう使えなくなっているところだが、「ポイントアップ」という道具によってユウリのザシアンはまだあと2回、「きょじゅうざん」を撃つことができる。

 

 コウキが「きょじゅうざん」の使用回数を数えていて、この技の限界使用数を5回だと思っていれば、残る2発の「きょじゅうざん」はユウリの切り札として使えるはずだ。相手ポケモンの技の使用回数など、ハイレベルなトレーナーでなければ確認しないもので、6体同時のバトルの最中ではさらに難しいだろうが、まず間違いなくコウキは把握しているだろうとユウリは思っていた。

 この切り札は、相手が強ければ強いほど威力を増す。

 ユウリは一度「せいなるつるぎ!」とザシアンに違う技を振らせ、それでグライオンに傷をつける。グライオンの回復分をゼロに戻した。

 

「そらをとぶ」

「逃がさない——ムゲンダイナ、ダイマックスほう! 撃ち落として!」

 

 空高くに離脱しようとするグライオンだったが、それもまた一度見た動きだった。ユウリは敢えて何もさせずに温存しておいたムゲンダイナに「ダイマックスほう」を撃たせることで、グライオンの技を妨害する。ダイマックスほうはグライオンの片羽に当たり、上空への離脱は敢えなく失敗した。

 地上へ真っ逆さまに落ちてくるグライオン——それを逃すユウリではない。「ザシアン、グライオンへ接近!」と、止めを刺しにザシアンを向かわせた。

 

「グライオン、ハサミギロチン」

 

 重力に身を任せて落下していたグライオンが、突如として身を翻し、自慢の大鋏をギラリときらめかせる。命中すれば一撃必殺。鋼鉄の鋏をザシアンの首目掛けて突き出すが、ザシアンはそれを華麗に避けて跳躍した。

 

「ザシアン、せいなるつるぎ!」

 

 一転、ザシアンの聖剣が光る。ハサミギロチンを外し、無防備な体を晒すグライオンにその攻撃を防ぐ術はなかった。

 

 しゃりんと一閃。ド派手な土煙があがる。

 

 誰しも勝利を確信する場面だが、ユウリはこの期に及んでもなお意識を土煙の向こうに集中させていた。まだ何かやってくるかもしれない。最後の1体を出してくるかもしれない。予想外の何かが起こるかもしれない——

 

「さて……」

 

 コウキが呟く。彼の表情に焦りはなかった。帽子を直すと、腰元から最後のボールを取って構える。

 そのボールには「M」の文字が刻まれていた。

 

「これを解き放つ前に、ひとつ君に相談がある」

 

 コウキはボールを開ける前に言った。

 

「これまでの勝負でわかったけど、君はとてもポケモンバトルがうまい。多少の荒さや知識の不完全さは感じるけど、それを補ってあまりあるセンスの持ち主だ。君ほどのポケモントレーナーをこの場で『停めてしまう』のは、なんというか、ちょっともったいない」

 

 コウキは自身が敗北することを全く考慮していないようだった。その不遜な態度に憤りながらも、では、よほどのポケモンを用意しているのだろうと、ユウリは冷静にコウキの残る1体のポケモンについて考察する。

 

「君一人ぐらいなら、僕たちの世界に連れていっても大丈夫なんだ。どうかな、僕と一緒に理想の世界へ行くっていうのは」

 

 あまりに無神経な提案に、ユウリは唖然としてしまった。

 

「……それは、ここのみんなを見捨てろっていうことですよね」

「そうだね」

「お断りします」

 

 ユウリはぴしゃりと言った。

 

「私はガラルのチャンピオンです。ガラルで一番強いんです。私がみんなを守らないで、誰がみんなを守るんですか!」

「……なるほどね」

 

 コウキは小さくうなずいた。

 

「強い者が弱い者を守る——正常だ。模範的だね」

「あなたにとっては、気に入らない考えかもしれませんが」

「そんなことはない。僕もそうあってほしいと思っているよ。けど、そうだね——一つ覚えておいてほしい。それはあくまで理想であって、現実は必ずしもそうはならない」

「強い者が、弱い者を虐めるってことですか」

「いいや、違う」

 

 コウキはわずかに笑った。

 彼が笑顔を見せたのはこの時が初めてだった。

 なぜだろう、彼の笑顔はとても寂しげだった。

 

「どんなに強い者でも、弱い者を守りきれない時があるってことだよ」

 

 こんなにも寂しそうに笑う人を、ユウリは今まで見たことがなかった。

 

 コウキが微笑んだのはしかし一瞬のことで、彼はまたすぐに表情を元の鉄面皮に戻す。「では、決着をつけよう」と呟き、片手に持ったボールをまっすぐ前に突き出した。

 来る。

 なんだ? コウキは一体どんなポケモンを隠し持っているのだろう。

 ユウリはザシアンとムゲンダイナを臨戦態勢にして、コウキのボールに注視する。

 パカリと開いたボールの中からは——何も出てこなかった。

 

 

「来い、ギラティナ」

 

 

 自身のすぐ背後から聞こえた、何かが砕け、割れる音が、ユウリの最後の記憶だった。

 

 




お久しぶりです。無事に試験を突破したので戻ってきました。

更新が止まっている間は勉強と、無垢なポケモンがズリの実を食っている隙に背後から後頭部へ鈍器をぶつける仕事をしていました。
セキのデザイン良いっすねあれ。さすが竹氏。
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