ガタンと、暗闇の中で鈍い音がした。
「な、何ですか今の音!」
「停電してるから何が起こったかわからねえ……」
オペレーターたちの怯えた声がする。唐突な闇と音で皆が戸惑っているのだ。
今私たちがいるのは停電した宿舎だ。改装中ということもあり、段ボールや角材が積まれた倉庫みたいになっている場所。そこに私がふらっと入ったら、急に電気が消えたのだ。
それにしてもさっきの音は何だったのだろう。
何かが落ちた音だった。ブローチやボールペンなどではなく、もっと重い物だ。たとえば中身がある段ボール、あるいは荷物いっぱいに詰まった革製のバッグ。何か棚の物でも落ちたのか?
「ド、ドクター……」
「みんな落ち着くんだ。とりあえず、私の方へ来てくれ」
視界が一切確保できない中、こちらににじり寄ってくる足音が聞こえてくる。私の声だけを頼りに、怖々と近寄ってきているのだ。
「こ、怖いよ……」
「ち! ブレーカーでも落ちたのか?」
足音が収まった。全員集まっただろうと思い、このまま暗闇の中じっとする。
しかしどうしてこうなった。まるで私が入ってきたタイミングを見計らったかのように暗くなったじゃないか。中には何人かのオペレーターたちが休憩しているのが見えたが、誰か確認するまでもなく視界が遮られた。
そのすぐ後に、あの鈍い音だ。誰かが怪我してないといいんだが……。
「全員大丈夫か?」
「ドクターの声がする。安心します」
「暗くてわかんねえ。どうなってるんだ」
「怖いよー!」
オペレーターの声はやかましく聞こえるが、他に音はしない。このままじっとしれば、いつかは電源が復旧するだろうか。
「あ、点いた」
しばらくじっとしていると、明かりは何の予兆もなく元に戻った。急に黒のヴェールが剥がれたみたいに、室内と私の周りにいるオペレーターたちの姿が見えた。
「よ、よかった……本当に怖かったです」
ジェシカが涙目になっている。
「いやーほんとにビビったよ。ドクター、何があったの?」
ウタゲがけだるそうに言った。私も知らないと答えた。
「やっほードクター。災難だったね」
テンニンカが言った。
「ちっ、なんてタイミングで停電が起こりやがったんだ」
ズィマーが不機嫌そうに言う。
「こわかった……」
気弱そうに言ったのはミルラ。
「怖かったですドクター。あの、近くにいてもいいですか?」
相も変わらずあざとい口調のミント。
……計六人が、この改装中の宿舎にいたと。
宿舎というにはゴミゴミした場所。運び途中の棚や段ボール、だれうさのぬいぐるみと荷車。まるで適当に配置したみたいな家具の置き方だ。
「みんなはどうしてここに?」
「片づけをしてたんだよ。片づけを」
ズィマーが代表して言った。
「片づけ? ずいぶんバラバラなメンバーだが、誰かに頼まれたのか?」
「細けえことはいいんだよ。それよりも」
辺りを見回す。
「あと一人足りねえ」
「ん?」
「ハイビスカスがいないんだ。一体どこに行ったんだ?」
どこかに? 宿舎のドアが開いた音もなかった。そして明かりが点いたのに出てくる様子もない。
……嫌な予感がして辺りを見渡す。
ゴミゴミしていたとしても、多少なりとも秩序はある。大きな荷物はちゃんと棚や荷車に収まっている。しかしその中に一つだけ、棚の上の段ボールが斜めになっている箇所が見えた。
部屋の隅の方で、棚はちょうど角を隠しているような配置になっている。
その上にある段ボールが傾いているのだ。下の段ボールに引っかかるように斜めになって、まるで舌を出してるみたいに、中の書類がはみ出ている。
「まさか!」
すぐさまその棚の方へと向かう。ゴミに足を取られつつ、棚に手を掛けて裏を見た。
「ひ!」
「きゃ!」
驚きのあまり、他の子みたいに声を上げることはできなかった。
そこに倒れていたのは、一人のオペレーター。
うつぶせになり、両手はお手上げをしているように前に突き出ていた。頭部付近にある横倒しになった段ボールの角には血の跡が、そして妹と全く同じ紫の髪からは血が流れている。
すっかり元通りになった照明が、血だまりとハイビスカスの無惨な姿を、まざまざと照らしていた……。
◆
(カットだ。ハイビス、おつかれ)
妹の声がイヤホンから聞こえてきたと同時に、ハイビスカスはむくりと起き上がる。
「もう出番はいいの? 死体役で終わりなの? ひどいよラヴァちゃん」
(私に愚痴を言われても困る。文句なら脚本を書いたやつに言ってくれ)
機械越しに姉妹同士のけんかだ。
頭に赤い塗料が塗られたハイビスカスは、当然ながら死んではいない。私の独白も、事前に脚本に書いていたものを諳んじて役に入りきっていただけだ。他の六人も気の抜けたような顔をしている。
そう。これはゲーム。みんなが劇のように演じたのはそのためだ。
(ハイビスは放っておいて、みんなお疲れ。人が来るから、それまで休憩をしていてくれ)
ほっと、ため息が宿舎に満ちる。
先ほどの緊迫感はどこへやら、みんな段ボールやだれうさに座りだべっている。ハイビスカスも血のりを付けて談笑している。
「アタシたちはともかく、ドクターも参加するのは知らなかったよ」
近くにいたウタゲが話しかけてきた。
「クロージャに無理矢理参加させられたんだ」
「はは、想像簡単にできてウケる」
ケラケラと笑う。
「ウタゲたちは選ばれたのか?」
「選ばれたのは合ってるけど、無作為に選ばれたわけじゃないよ。志願者を募って、その中からって形」
志願者、か。ウタゲやテンニンカみたいな楽しいもの好きっぽい子はともかく、他の四人はどうだろう。ミントは本を読んでるから知的探究心を刺激されたか。ジェシカとミルラはシャイで、こういうところに参加するイメージはない。
特にズィマーが謎だな。催し物に積極的に参加するような子だろうか。
「あん? 何見てんだ」
「何でもない……」
すごまれて思わず目をそらす。いや、彼女に脅しの気概はないだろうが。
しかし見事にバラバラな人選だな。選ばれたとあるが、何か意図でもあるのだろうか。別に気にしてもしょうがないが。
「ま、変に考えないで楽しんだ方がいいよ」とウタゲ。
「そうだな。参加するにはやってやるか」
「頭は柔らかくしないと。今回の企画は一筋縄ではいかなそうだしさー」
「そうなのか?」
「ふふん。まあこれだけやって普通のゲームをするとは思えないしね」
意味深に笑うウタゲを不審に思い見ていると、
「みなさんおつかれさまでした」
宿舎のドアが開かれ、一人の少女がやってくる。
身長はミルラ程度の小さな体に、長い耳のコータスの少女。このロドスのCEOであるアーミヤだ。
「機械を通すのもあれなので、私が直接出向いて説明することになりました」
「シ、CEOが直々に……」とジェシカ。
「はい。今回はロドスを使った大々的な催しなので、当然私も関わらないといけません。それに、見ていて楽しいので……」
はにかむように言ったアーミヤ。
「私が死んだのに楽しいなんてひどいよ」
「ご、誤解しないでくださいハイビスカスさん。単純に推理モノを見る感じで楽しんでいると言いますか」
ごほんと咳をする。
「気を取り直して……ここにいるドクター、ならびに六人のオペレーターさんには、これから参加型推理ゲームをしていただきます。プレイヤーはドクター、ウタゲさん、ジェシカさん、ズィマーさん、ミントさん、ミルラさん、テンニンカさんの計七人」
指折りで一人一人丁寧に言った。
「今回使われる舞台は、基地の宿舎から右半分。加工所や人事部あたりも含む場所です。発案者はイースチナさんがこっそり書いていた小説。メイさんと話しているのをたまたま居合わせたクロージャさんが面白いと取り上げ、今回の企画に至りました」
「すごい大規模だな」
「そうですよね。私もこんな大々的な催しに関わるのは初めてですので、緊張しています」
私たちがこれから行うのは、言うなれば実際に舞台を探索する体感型ゲーム。架空の事件を目の当たりにするプレイヤーになりきって、ロドスの基地内で起こる事件を推理していくのだ。
「電源や制御装置がおかしくなり、地下四階に閉じ込められた七人。ハイビスカスさんの死を皮切りに、次々と起こる連続殺人事件。犯人は一体誰なのか、どうやって殺したのか。その謎を突き詰めていくゲームの名前は『ロドス殺人事件』。このゲームをより楽しんでいただくために、まずは説明からしていきましょう」