真犯人。この一連の事件を引き起こした、真の黒幕。
ズィ「誰だてめえは! 出てきやがれ」
立ち上がり、スピーカーに向かって声を張り上げた。
??(そう立ち上がって吠えるな。落ち着いて話を聞くために座っておけ)
ジェ「え? どこかで見てるの?」
??(お前たちの行動は全てこちらに筒抜けである)
カメラでもあるのだろうか。カシャが云々と最初に言われた気がするが、あれも伏線のように思ってしまう。
??(もちろんお前たちが素知らぬ顔をしてドクターと話しているのも知っている。偽り、取り繕い、あたかも繋がりがないかのように振る舞う。その姿はまさに道化師のようだ)
「待て。何の話だ」
??(他の三人に聞いた方が話が早いだろう)
その声に釣られ、真正面を見る。すると三人は目を背けた。これ以上ないくらいに、動揺した素振りを見せている。
「何かを隠してるのか? お前たちは」
ズィ「何も隠してねえよ」
「ジェシカは? さっきも殺された順番を確認したり、ミルラが何もしてないとか言ってたりと気になる発言をしているが」
ジェ「な、なんでもありませんよ! 何も思いつきません」
テン「あたしも何も知らないよ」
慌てる三人に、嘲笑するスピーカーの声。
??(あえて私の口から言わない。言わないが、ドクター以外は事件の共通点にとっくに気づいているだろう)
「なんだって?」
??(なぜならその三人は罪人だから。お前たちのせいで、他のみんなが死んだのだから)
ズィ「うるせえ! 殺したのはお前だろうが」
??(因果を作ったのはお前たちだ。まあ水掛け論はこのくらいにして、わざわざアナウンスまでしたのは理由があるんだ)
ズィ「なんだよ。何が聞きたいんだ」
??(5512……この数字に聞き覚えがあるやつはいるか?)
急に何の話だ、と思ったが、あれほど威勢がよかったズィマーが黙っている。苦虫をかみつぶしたみたいな顔をしている。
対して他の二人の表情は変わらない。不穏な空気に怯えているだけの顔。
??(ズィマー……いや、ここはあえてソニアと言うべきか。やはり、お前だったか)
ズィ「何の話だ」
??(ボイスレコーダーなんて副産物を拾ったが、今の反応で確信に変わった)
ズィ「おい! ボイスレコーダーってなんだ!」
やはり外部犯が盗んでいたのか。全員の行動が監視されているんだ。
??(もうこの茶番はやめにしようか。いつまでも閉鎖できるわけではないからな)
ここでブツッと放送は途切れる。
しばらくの静寂の後、今度はインカムの方から声が聞こえる。
◆
(演技お疲れさん)
応接室に安堵の息が満ちる。
(さて、一旦中断だ)
テン「ようやく休憩か」
(いや、休憩じゃねえぞ)
テン「へ?」
(クライマックスに向けての下準備だ)
ニェンが言い切ると同時に、応接室のドアが開かれる。入ってきたのはさっきの医療オペレーターと、似た服を着たその他三人。
あれ? これって……。
(じゃあ、気絶ってことで)
「マジか……」
(今回はタイミングを教えてくれるやつがいないから、そのままインカム付けておいてくれ。大音量で音楽を流すぞ)
また同じように壁側へ体を向けられ、目隠しをされる。そして耳からは大音量の音楽。ヴェンデッタがイキっている歌……。
目隠しをされ、加工所の時と同じく横に寝かされる。今度は闇を感じている暇はなかった。音楽がうるさい。聴覚を刺激して視覚が無力化された怖さが半減するのだ。こうもやかましいと考えるのも一苦労だ。
しかし何があったのだろう。背後から一撃なんてできない状況だ。対面した三人の目があるから、加工所と同じようにスタンガンで気絶なんてできないはずだ。
やがて音楽はフェードアウトしていく。
◆
終わったと思い、目隠しをとって辺りを見る。
どうやらソファで寝ていたらしい。対面にはズィマーとジェシカが、それぞれ違う肘掛けに頭をかけて眠っている。
……いや、ジェシカの様子がおかしい。
ジェシカは肘掛けに顎と腕を乗せて寝ている。つまり背中が上を向いている状態なのだが、そこに光る何かがある。
ナイフだ。まるで十字架の墓標のようにまっすぐ刺さったそれが、窓からの光を鈍く反射させている。
「な、なんでこんなことに!」
ズィ「ん、どうした……え!」
私の声に起きたズィマーも、一発で目が覚めただろう。目の前の光景に驚愕している。
ズィ「殺されてる……誰だ! どこにいやがる!」
ズィマーの声は辺りに虚しく響き渡る。誰もいない。死体と私たち二人以外は、誰も……?
「テンニンカはどうした」
ズィ「いねえな。まさかあいつが……」
ここにいないとしたら、外に出たのだろうか。応接室に隠れられる場所はない。
……今は現場検証をしている暇はない。そう思い立ち、すぐさま廊下へと向かう。
すぐに見つけた。制御中枢とここのちょうど間、そこに見慣れた服を着た子が倒れていた。拘束具は解かれた状態でうつぶせとなっており、ジェシカと同じく背中にナイフが刺さっていた。深々と刺さり、彼女の白い服にはじわりと鮮血が広がる。
「どうして二人が殺されたんだ」
ズィ「……アタシらだけが生かされたって見方もできるか」
確かにズィマーの言うとおりだ。殺された方と、生かされた方。この二つを分け隔てた境界線とは何か。
ズィ「ん? おい、テンニンカの右手、何か光ってねえか?」
「え?」
言われたとおり右手を見てみる。挙手をしてるみたいに突き出た右手に、ぼんやりと光っているものがある。エレベーターの明かりすら届かない場所に、かすかな黄緑色が浮かんでいる。
「これは……」
右手を取ると、指先がかすかに光っている。
ズィ「それはなんだ!」
「間違いない。蛍光塗料だ」
ズィ「暗闇で光るやつか。なんでそんなのがこいつの手についているんだ」
そのズィマーの問いかけに、瞬時に反応ができなかった。
わかったのだ。今まで疑問に思っていたとある事実が、瞬時に明確な答えが頭の中でできあがったのだ。
そうか。だからあの時、ウタゲは……。
だとしたらどうなる。他の事象はどうなる。今まではただの点だった箇所に、ようやく線を引くことができた。それを基準にこれまでの事件を振り返ってみると……ある。もう少し線をつなげられる。全てではないが、これで事件の全貌が見えた気がした。
◆
(お、なんか閃いた感じか)
唐突に耳元からニェンの声が聞こえた。
(事件の全容はわかったか?)
「いや、全部じゃない。だが、もう少しで解けそうだ」
(あいわかった。ならここから最後の打ち合わせに入ろう)
打ち合わせ?
テン「じゃ、じゃああたしも……」
(お前はまだ死体の役してろ。すぐに済むから)
テン「あ、はい」
一瞬起き上がったテンニンカは、すぐさまうつ伏せになる。
「具体的に何をするんだ?」
(推理をするための最後の準備さ。ここから犯人を導き出すため、ある程度の質問に答えてやろう。質疑応答ってやつだ)
「そうか。いよいよ大詰めか」
(もちろん全部の質問には答えられねえ。答えられない、もしくは微妙な時はノーコメントとする)
ズィ「質疑応答とかめんどいな。ここはお前に全部任せるぞ。推理なんてアタシには不向きだし」
(よし、ならドクターと一対一の質疑応答だ。答えるかどうかは別だが、何でもこい)
ここからいくつかの質問を行った。ニェンからのフィードバックを幾度となく続けて、とある答えにたどりついた。
「そうか……そうだったんだ」
(お、何かわかったか)
「たぶん、私の考えなら成立すると思う。こんな状況にした動機はまだおぼろげだが、一応形はできている」
(動機はそのくらいの認識で結構。さすがに今ある状況で、動機まで解明するのは至難の業だ。でも犯人はわかったと)
「わかった。それだけは」
(オーケー。なら制御中枢に進もうか。その人物はフードを被って中にいる。そこで推理を披露し、犯人を当てたらグッドエンド。間違ったらバッドエンドだ)
「き、緊張するな。いわば探偵役ってやつか」
(期待してるぜドクター。制御中枢にもカメラは仕掛けているから、ちゃんと見栄えがするよう振る舞ってくれよな)
ヤバい。うまくできるかわからない。
(んじゃあ制御中枢だ。いつまでも基地をこんな状態にもできないし、さっさと行くんだ)
ニェンに急かされるよう、制御中枢のドアの前に立つ。鉄パイプを持っているズィマーと並び、電子キーに触れる。
制御中枢に広がる闇にたじろぎながら、中へと進んだ。
……
…………
……さて。
ドクターの質疑応答をちゃんと乗せろ、不平等じゃないかという声が今にも聞こえそうだが、まあ待ってくれ。そこはちゃんと話す。
だが話し口調の中に情報を詰め込むのは面倒なんだ。どうせなら回りくどいことはせず一気に情報は出したいじゃないか。唐辛子や食材と鍋を分けて持ってくるより、もう出来上がった火鍋をドカンと持ってきた方が楽だろう。
つーわけで次の話で質疑応答、あとは推理の骨組みとなる情報を一通りやる。まああれだ。ミステリーでよくみる『読者への挑戦状』ってやつだ。それを一話まるまる使ってから解決編へと入るつもりだ。いや、知の先人たちが使ってるのを、にわかの私みたいなもんが使うのは恐れ多いんだが、面白そうだからやらせてくれよ。