制御中枢。文字どおりロドスの中枢であり、心臓部分とも呼べる場所。モニターが壁に並べられ、デスクも並べられている。
しかしそこには人っ子一人いない。モニターのぼんやりとした明かりだけが、部屋を深い青に照らしている。
その画面には、各宿舎、訓練室、事務室……私たちが全て回った部屋たちが映っていた。そしてその前に立つ、一人の人間。フードを深く被り、こちらに背を向けている。
ズィ「あいつが……」
??「待て」
ズィマーが駆けだそうとすると、すかさず声が聞こえてきた。機械を通したみたいな声だった。
??「私に近づくな。それ以上近づいたら、先ほどのようにガスで眠らせてやろう」
ズィ「さっきのはガスか」
??「そうだ。通気口から流せば、誰も抵抗はできない」
その後二人を殺した、か。
「何が目的だ? どうして全員を殺した。どうしてロドスがこんな状態になっているんだ」
??「それを私の口から言うのは憚られます。ぜひドクターの口から、一連の事件の真相を聞いてみたい」
「なぜ探偵ごっこをする必要がある。私は一刻も早くこの状況を改善し、遺体を運びたいのだが」
??「だったらなおさら真相を明らかにしてほしい。あなたの頭脳がどれほどのものかを見せてほしい。たまたまこの計画に乗り込んでしまったあなたが、どれほど真相に迫っているのかを純粋に知りたいんです。あなたの、ひいてはそこの女の処遇を決めるのに重要なことですから」
有無を言わせない威圧感がある。フードの犯人は依然としてこちらに背を向けているにもかかわらず、じっと見つめられ威圧されてるような感覚になる。
これは、推理を披露する流れなのだろうか。意を決し、唇を舐めてから口を開いた。
「どこから話せばいいのかわからないが、結論は先んじて言うのがレポートや論文のセオリーだ。ならば単刀直入に言わせてもらおう。この一連の事件の犯人は、お前を含めて二人いる」
??「ほう……」
ズィ「二人? もう一人はどこにいるんだ?」
「死んだよ。さっき廊下でな」
ズィ「テンニンカか……」
犯人の一人目は、大方の予想どおりテンニンカだ。
「単純にウタゲを殺害するのは、テンニンカしか無理だ。あの状態では外部犯の侵入でも無理だからな」
ズィ「てことは、ミルラの時にドアのストッパーを外したのも……」
「おそらく故意なのだろう。テンニンカは目の前の人物と結託して殺人を行っていた」
そう。一連の事件はこの二人が協力して起こしたものなのだ。
ズィ「テンニンカは、ウタゲの他に誰を殺したんだ?」
「確定しているのはハイビスカスだ」
ズィ「やっぱりそうか。現場を見る限り、宿舎にいたやつにしか殺せねえ。なら必然的にあいつが犯人だ」
「消去法でもいいが、実は証拠もある。テンニンカが段ボールを落とした証拠だ」
ズィ「何だって? 物的証拠があるのか」
「いつだったか、落ちた段ボールに水の跡があると話しただろ」
ズィ「言ってたな。それが何だってんだ」
濡れた指でなぞったような、かすかな跡。
「あれは蛍光塗料だよ」
ズィ「蛍光塗料……あ」
おそらくさっきの光を思い出してる。
ズィ「あいつの手のやつって、その時についたのか」
「おそらくはそうだ。事前か直前かはわからないが、蛍光塗料を指につけて、落とす予定の段ボールの側面に塗る。時間になったらハイビスカスを指定の場所に呼び、ここで待てと指示する。そうして何らかの合図で宿舎を暗くさせ、かすかに光っている段ボールを落とせばいい」
突然暗くなって動く人間はいないだろう。大体はその場で縮こまるから、段ボールは予定どおりハイビスカスの頭に落ちた。
「ウタゲはおそらく、事務室が真っ暗になった時に気づいたんだ。テンニンカの手が光っていることにな」
だから事務室の停電の時、再び明かりが点いた時に驚いた表情をしたのだ。
段ボールに水の跡があるのは、ウタゲも直に見ているから知っている。マニキュアにはそういう暗闇に光る変わり種があるのだ。マニキュアやファッションに精通している彼女は、だからこそ蛍光塗料を使ったトリックに気づいた。
「おそらくウタゲは、こっそりとテンニンカを事務室に呼び出したのだ。犯人だと確定させるために問い詰めたのだろう。自分なら御せると思い、万が一説が違った場合の保険にと二人きりになったのだろう。しかし犯人側が用意していたボウガンで殺された」
??「素晴らしいです。そこまで見破るとは。あれは念のためと各部屋に隠しておいたものなんですが、役に立ってよかったです」
抑揚のない機械の声は言った。
「褒められても嬉しくはないね。で、これはウタゲが能動的に作った現場だ。お前たちにとっては予想外の展開だった。焦るテンニンカに指示を出し、内側からロックを掛けて通気口から脱出させた。当然疑われるだろうが、次の事件は自分が起こすから疑いを晴らせると言って納得させた」
??「大方はその通りです」
ズィ「細かい答え合わせはどうでもいい。テンニンカが犯人だってわかりゃいい。んで、あいつは一体誰なんだ」
??「急かすな。今は話を聞いているんだ」
また威圧感のある声が聞こえた。
「残念ながら、長々と茶番に付き合うわけにはいかないんでね。次で核心に迫らせてもらう」
??「核心?」
「事件の根幹となる事実だよ。言うなれば、今回集められたオペレーターたちの共通点だ。私以外の、合計六人を集めた理由だ」
ズィ「……」
「ズィマーはとっくに気づいているかもしれない。いや、気づいていると言うのはおかしいな。知っていると言うべきか」
ズィ「何が言いたいんだ」
「正直、こんな大仕掛けをして連続殺人事件を起こす動機に見当がつかなかった。あまりに突飛な動機、あるいは狂人が引き起こしていると思い、そちらの考えを放棄していた。とある共通点に気づくまではね」
??「はて、一体何でしょうか」
「ハイビスカスは宿舎で殺された。続けてミントは訓練室、ウタゲは事務室、ミルラは加工所、ジェシカは応接室で殺された。ここであることに気づく」
??「……」
「全員、その施設に適正のある場所で殺されているんだ。時間を進める、あるいは特定の物を運んだり作ったりできるようになる場所でな」
そうなのだ。全員が自分の仕事ができる、特性のある場所で殺されているのだ。これが、連続殺人事件の被害者の、唯一の共通点。
「これが何を意味するのか。見立て殺人的な意味なのか……いや違う。ただの偶然なのか……それもちょっと違う。そうして堂々巡りしてひらめいたのが一つだけ」
人差し指を立てて言った。
「もしかしたらテンニンカやズィマーも含めたこの七人は、29日のAM2:26に、各施設にいたんじゃないか? 源石装置の盗難事件があった当時、それぞれ適正のある場所で働いていたオペレーターなんじゃないか?」
??「……」
「そう思わせる証拠はいくつかあった。訓練室の固定された時刻、そしてウタゲのダイイングメッセージ。彼女は29日に関係があると示唆するため、最後に力を振り絞って破って握りしめたのだろう」
言い切ると、機械的な笑い声が聞こえてくる。
??「素晴らしい。ドクターの頭脳は素晴らしい」
「褒め言葉など嬉しくはない。ある程度の確信はこのあたりまでだ。なぜ六人を集めたかまでは確証には至ってない。ここからは君の話も交えて解決しよう」
首を振る。
「いや、もう一つだけ」
指をさす。
「君の正体もちゃんと暴いておこう」
??「そうですか」
「テンニンカが手を下していないだろう事件は、先ほど起きた事件と、ミルラの事件。ミントはどちらでも可だから除外しよう。ミルラの方は檻にロックが掛かっていて、通気口以外の出入り口はない。よって犯人は、通気口を通ることができる、ミルラと同じくらい、または低い身長だとわかる」
??「……」
「加えて源石装置が盗まれて困る上層部の人間。そして制御中枢に適性がある……つまり操作できる立場にある人間」
機を見たかのように、相手は振り返る。
それに向けて堂々と宣言した。
「君は、アーミヤだな」
闇をまとったフードを取る。モニターの光を背景に、二つの耳が出てきた。
不敵な笑みを浮かべたコータスの少女が、そこにはいた。