(はいカット。お疲れ様)
ニェンの声とともに、制御中枢の照明がパッと点いた。これにてゲームは全て終了である。
演技に入って最後はモノローグみたいな心境になってしまった。後で脚本の締めとして提案してやろう。
「お疲れドクター」
黒子の顔部分があらわになると、私の腕を取っていたのがウタゲだとわかった。
「君だったのか」
「そりゃ死体役がずっと倒れるわけないから、出番が終わった人は全員裏方に回っているよ」
周りを見るとハイビスカス、ミント、ミルラの姿もある。
ミントがズィマーを押さえていた黒子役だったのか。現実では絶対に押さえられないだろうな。
しばらく三人と話すアーミヤ。当然先ほどまでの圧などみじんもなく、楽しげに話している。立ったこちらに気づくと、いつもの少女らしい様子で、トコトコと近づいてくる。
「お疲れ様でしたドクター」
「こっちのセリフだよ。裏方や犯人役の方が辛かったんじゃないか」
「はは……なかなか大変でしたよ。みなさんが移動した後の階で再び仕事をしたり、来る予定の階は直前まで仕事をしてすぐにはけさせたり」
マジかよ。エレベーターを停めてたのはそのためでもあるのか。
「今回のお話いかがでしたか?」
「一言で言うなら……」
「はい」
「アーミヤが怖かった」
笑った表情のまま、彼女は止まった。
「私が、怖いですか?」
「迫力もさることながら、犯罪に手を染めたオペレーターだけ呼び捨てにしてたのが怖かった。そういう細部に恐怖は宿るものだな」
「……一応言わせていただくと、当然私はあんな馬鹿なことはしません。オペレーターさんを殺してしまおうなんて考えは絶対に持ちません。もちろん患者さんを殺して源石を得ていたなんてあり得ません。そもそもそれは不可能です」
「いやわかってる。ゲームが始まる前に君が言ったことだ。今回の犯人の動機は結構めちゃくちゃだが、それは犯人役の性格や考えとは一切関係ない。あくまでフィクションだということをお忘れなく、とね」
「なんだか保身みたいに聞こえちゃいますね。それは源石装置を盗んだ人たちにも適用されるので」
「わかってる。わかってるさ」
制御中枢には続々と人が入ってくる。イベント会場は解体され、本来の姿へと戻っていくのだ。
その中で、ミントやミルラたちは、カメラを回収している。あ、カシャもいるな。
「だいぶカメラを使ってるな」
「はい。最初の説明でも言いましたが、一応残して映像作品にできないかなと思っています」
アーミヤやロドスの評判は大丈夫なのか。いや、さすがに現実とフィクションを混同するやつはいないと思うが。
「結構な人が協力してますよ……ああ、そうだ。今回脚本を担当してくれたのがイースチナさんなんですけど、謎を一緒に考えたり、内容を添削する別の役割の人もいました。ラヴァさんやニェンさんですね。それでもう一人、謎を中心に考えてくれた人もいるんですが……そのことで実はドクターに折り入って頼みがありまして」
「頼み?」
「根幹の謎を考えた人が、ちゃんと推理が成立しているかどうかが気になるようです。実際に体験をしたドクターから話を聞きたいらしくて」
「別に構わんよ。で、その相手は誰なんだ?」
(私だ)
あれ? 急に耳元からニェンとは別の声が……。
(私がイースチナに協力した)
げぇ! ケルシー!
◆
「……」
「ドクター、何とか言ったらどうなんだ」
今は執務室にいる。デスクを隔てて、回転椅子に座るケルシーと相対している。
静かな空間には、少し涼やかな空調の音や、デスク脇にある潰れた炎に当てられたフラスコの泡の音が耳に心地いい。仕事は激務だが、それらの音は精神に安定をもたらす。
だが目の前のフェリーンは、相変わらず神経質そうな顔だ。薄緑の髪に、まるで仕事中とでも言わんばかりの冷たい目。とても今回のお遊びに協力した人物とは思えない。
「まさかケルシーがゲームに協力するとはな。てっきり乗り気ではないのかと」
「君にどう思われているのかは知らないが、ゲームの類いは嫌いではない。ゲームと聞くと児戯のように聞こえるかもしれないが、種類によっては大人でも楽しめる。ボードゲーム、ロジックパズルゲームなど、歴史は古く、今日に至るまで人々の間で親しまれているものであり魅了してきたものだ。つまり、その連綿とした歴史に生きる私がゲーム好きである可能性は充分考えられるだろう。なぜ否定を先に考えてしまうのか、理解しかねるな」
わかった。うん、ごめん。
「それで、頼みたいことって?」
「今回の事件で気づいたことを言ってほしい。なにせロドス基地内を広く使い、幾分か長い脚本だったから瑕疵(かし)があるかもしれない」
瑕疵ね……正直あれだけやれれば及第点だと思う。むしろ成立しすぎてびっくりしたくらいだ。
「単純な質問だが、私が殺されるルートもあったのか?」
「一応はあった。だが仮に現実でこの状況になっても、君を殺すのは絶対にあり得ない。それほどまで君はロドスにとって重要な存在なんだ。長いウルサスの歴史からチェルノボーグの戦争が無くならないように、ロドスにとって君は――」
「わかった。大いにわかった。じゃあ次の質問に行くぞ。アーミヤが犯人だとわかったのは、自分でもなかなかのひらめきだったと思う。だがそれはニェンのアドバイスがあったからだ」
「どういう意味だ?」
なぜか試すような口調だった。
「物語の最初からあの瞬間までの間に姿を現しているのが犯人だと言われた。そのやたらと強調した言い方に違和感を覚え、今までのことを振り返ってみた。そして最初の場面を思い浮かんだんだ」
「ほう」
「あの時、アーミヤは説明のために宿舎に入ってきた。だがおかしくないか? なぜわざわざ姿を見せて説明をしなければならないのだろう。ニェンやラヴァのように、別室からインカムを通して説明すればいいのにと思った。そこで、ニェンの言っていたのがアーミヤのことだとひらめいた」
「妥当な判断だな」
「だがこれはメタ要素だ。事件の中でアーミヤが犯人だと示す証拠はほぼない。せいぜい制御中枢に適性を持っているのと、通気口が通れる身長だったくらいだ。これはメタ要素がなければ、ほぼほぼ解けない謎だった」
ふう、とため息を吐く。
「メタ要素を含んだ上での推理ものだから仕方がない。ただ単に六人の中に犯人がいますという王道の設定では、インパクトに欠けると思った。だから、ある程度フェアにするようアーミヤに姿を現すよう頼んだ」
「いや、私自身は楽しんだが……」
「映像化する際に修正するが、今回はあくまで舞台を大きく使ってのゲームだからな。多少のひねりは必要だ」
まあ別にいいけど。てか、映像化する気満々なんだな。
フラスコを沸騰したまま放置するのはまずいと思い立ち上がる。あ、そうだ。ロートに入れる用のコーヒーを用意するのを忘れていた。
「すまない。このまま話してもいいか? 最近サイフォン式コーヒーにはまってて」
「別に構わない」
グラインダーでコーヒー豆を挽きながら事件の話をする。といっても、重箱の隅をつついたような質問くらいしか出てこない。
なぜなら、あまり瑕疵がなかったからだ。
正直アーミヤが犯人だという証拠がメタ要素しかない辺りしか気になってなかった。あとは成立しすぎているくらい成立していた。
だが、違和感がある。事件全体を通して、何か違和感が……。
できたコーヒーの粉を、フィルターを張ったロートに入れ、その長い筒部分をフラスコにセットする。沸騰したお湯はコポコポと音を立てて筒を上っていき、フィルターを通してロートの中に入っていく。
上に……上がる。
「そういえば」
木製マドラーを取り、お湯で満たされたコーヒーの粉を攪拌する。
「上に行くごとに一人ずつ死んでいったが、脚本ではもう死ぬ順番や場所は決まっていたのか?」
「……そうだな」
なぜか歯切れが悪かった。
そういえばそうだ。なんでこんな簡単なことに気づかなかったのか。あのアーミヤの動機で話が進むなら、事前に死ぬ順番と場所は決まっていたはずだ。
集められたのは、ハイビスカスを除いて七人。私以外は希望者を募ったゲームの参加者。私と同じく、無知の状態で始めたはずだ。
だとしたら脚本通り進みすぎじゃないか? インカムで各自指示はあっただろうが、いくら何でも都合よく動きすぎだ。
もし私以外の六人が無知なら、もっと無秩序になるはずだ。今攪拌したコーヒーの粉のように、あらゆる指示も行動も混濁するはずだろう。
攪拌されたコーヒーは、やがて三層を作る。泡、コーヒーの粉、液体ときれいに分かれる。
そうだ。秩序がありすぎる。何もかもが、規定に沿ったように作られている。最後の形は明らかに決まっていたのだ。
「ケルシー」
「何だ?」
「もしかしてとは思うが……私以外全員関係者だったりしないか?」
押し黙った。火を弱め、コーヒーを放置する。
「先ほど映像化に前向きな感じの発言があったが、映像化するにあたって何とか事件を成立させたかったんじゃないか? だから無知な七人を集めるのではなく、六人の協力者と無知な一人……つまり私を使って事件を完成させた。違うか?」
彼女がふっと笑った気がした。
「全ての人間が無秩序に動く中、脚本どおりに動かす術を、ラヴァやニェン、イースチナや私は持たなかった。せいぜい成立するよう脚本を作るしかなく、参加型のゲームなど作れるわけがないと諦めていた。そこで妙案を思いついた。たった一人だけを騙すだけなら、いくらでも奇抜な脚本を書けるのではないか。そう気づいたら、あれよあれよと規模がでかくなり、基地を巻き込んだ事件のアイディアを思いついた」
なんてことだ。本当に、私以外が全員仕掛け人だとは。
最初から、私だけに向けられた謎だったのだ。舞台で演じる役者が全員嘘つきなのは恐れ入る。アーミヤは全員が犯人はあり得ないと言っただけで、全員が協力者なのは全く否定してないのだ。嘘は言ってない。
インカムで都度指示を受け、人形のように動かされたズィマーたちの演技はあっぱれだ。あれほどきれいに成立したのは、彼女たちの努力もあってなのだろう。
「よく思いついたな。素晴らしい頭脳のため、殺しはせず、記憶を消すくらいに留めてやろう」
「ケルシーが言うと冗談に聞こえなくなるからやめてくれ。んじゃあ、最後の疑問だ」
二度目の攪拌をし、火を止めてコーヒーがフラスコに落ちるのを待つ。
「どうして映像化にこだわるんだ? ここまで手の込んだことをしてまで成立させる動機がわからない」
「なぜだろうな。それは私にもわからない。正直クロージャから面白い計画があると言われた時は、何とも思わなかった。しかし脚本を書き進めて、カメラを使って映像を残すと話に挙がったとき、私の中でふとした思いつきがあった」
「思いつき?」
「とある人物に見せるために、やるだけのことはやってみようと思い至ったんだ」
とある人物のため?
「そこから脚本を今のような大胆なものにした。アーミヤを悪役に仕立て上げたのは、その人物はアーミヤがそんなことをするはずないと笑ってくれるだろうから。ロドスの深淵を作ったのは、そんなものはないとその人物は知っているから。このブラックジョークは、ロドスを知らない者には通用しない。知っていなければ笑うことはできないんだ」
「……その人物のために頑張ったと?」
「あまり要約されるのは好きではないが、オッカムの剃刀という言葉がある。平たく言えばそうだ。彼女のためなどあまりにも馬鹿げた話だろうが……別に念のためにとストックするのは、悪いことではないはずだ」
表情は見えにくい彼女だが、なぜか悲しげに見えた。それがロートのガラス越しに映った。
「誰かのために映像を残したいのはわかった。それだけでいい」
コーヒーを注ぐ。
「私からの質問は以上だが、コーヒーを飲む?」
「……いただこうか」
自分用に作ったコーヒーだったが、それをケルシーに渡す。今まで敵愾心、警戒心をもって自分に接してきた彼女だが、その人物の話をする時は、なぜか優しさを感じた。だからコーヒーを、何のためらいもなく与えた。
一体その人物とは誰なのだろう。彼女と言っていたから女性だろうが、ケルシーとはどんな関係なのだろう。
コーヒーから出る湯気を通して、ふっと笑ったようなケルシーの顔を見ながら、そんなことを思った。
―End―