「みなさんにまず演じてもらったのは導入部分、プロローグですね。話の入りを先に演じればわかりやすいと思い、みなさんには事前にその部分のみの脚本を渡しました」
ハイビスカスの遺体を発見するまでは、小説の始まり部分。最初に遺体を出すことで、主人公たちの置かれた状況に緊張感を持たせる効果を持つ。
脚本を書いている人間は推理小説が好きだろうな。書いているのはイースチナだっけ? 秘書の時、思わぬネタバレをくらった気がする。
「全体的に言えば、さっき渡された脚本の何倍くらいだろう?」
「だいぶ長いですね十倍は軽く行くのではないでしょうか」
「イースチナがそこまでやってんのか……」とズィマーがつぶやく。
「もちろん一人で脚本を書いたわけではなく、他にも協力者がいらっしゃいます。別室に待機しているラヴァさんとニェンさん、ロビンさんやフィアメッタさんにも、添削などをしてもらいました」
(せいぜい頑張ってくれよ諸君。私が見たクルビアのクソ映画みたいにはならないでくれ)
ニェンの声が耳元から聞こえてきた。どんな人選? と思ったが、映画を愛好している子たちじゃないか。
「あとはカシャさんですね。彼女には各地に隠しカメラを設置してもらいました」
「え? なんで」
「映像として残すからですよドクター。もったいないじゃないですか」
ほがらかな笑顔で言った。知らなかった……。
しかし他のオペレーターたちは無反応である。元々了承済みか。
「みなさんに付けていただいているインカムで、別室にいる他のスタッフにも声が届きます。何かある場合や、休憩の時間になったら都度伝達しますのでご安心を。それまでは役になりきって行動してください」
プロローグでもいっぱいいっぱいだったのに、そんな長い間役になりきれるだろうか。やばい。始まる前から不安になってきた。
「先ほどルールと言いましたが、そこまで多いわけではありません。まず当然ですが、ロドス内の備品や装置の破壊行為は禁止です。しかし、あくまで常識の範囲内で色々調べるのは構いません。むしろ推奨と言いますか、こちらが用意した証拠などがありますのでぜひ動いてください」
「証拠まで仕掛けてあるのか……やたら凝ったつくりだ」
「はい。ドクターもびっくりするくらいちゃんと作りましたよ。みなさんが必死に用意したものなので、ぜひ調べてみてください」
想像以上に規模が大きい。私も推理小説は嫌いではないから、ちょっとわくわくしてきたな。
「そして禁止事項と言うべきものを、合わせてお話します。今の段階では、何者かの犯行と思わないようにしてほしいのです」
「どういう意味だ?」
「今の現場は、ハイビスカスさんの事故死と見て間違いない状況です。とても殺人が起こっているようには見えませんので、最初は事故死と思って行動してください。つまり、メタ的な観点から犯人捜しをできるだけ行わないようにしてほしいのです」
なるほど。今ある情報以上の推理は控えろってことか。
「演技中に他の人とメタ的な情報を話し合うのも禁止とします。こちらには音声が筒抜けですので、隠れて話しても無駄です」
当然の話ではあるか。気が抜けたらしてしまいそうなので、肝に銘じておこう。
「自分の頭で推理するのはもちろん構いませんよ。ルールはこのくらいですが、一方的に話すのもあれなので、何か質問はありませんか?」
オペレーターたちが手を上げる。
「ク、クリア条件は?」とジェシカ。
「犯人を見つけて事件を解決すればクリアです」
「見つけなければどうなります?」
「全員殺されてエンドです」
ひいっと引きつく声が聞こえた。
「あ、あの……死体役に選ばれた場合はどうするんです? 今のままだとインカムで全員に指示が聞こえちゃうような」とミルラ。
「あちらで操作すれば、特定の個人にのみ指示が出せる設定にできます。死体役の人、動いてほしい人には追って指示がありますのでご安心を。もちろん犯人役の人にも」
「犯人って、やっぱりこの中にいるんですか?」とミント。
「そうです。この中に犯人はいて、きっちり立ち回りや練習をしてもらっています」
つまり、今もなお演技をしているオペレーターがいるのか。私を除いた六人の中に……。
果たして犯人は誰か、と今から探すのは野暮だろう。そう思いアーミヤに再び目を向ける。
「ところで気になってたのですが、ミントさん。どうしてドクターの後ろにくっついてるんですか?」
「ドクターの近くにいると落ち着くんです。いけませんか?」
「ダメです。離れてください」
圧に耐えかねてささっと離れるミント。
「アーツを使ったとか、死んだら鉱石病がどうのってのは?」とウタゲ。
「人選からもわかると思いますが、状況をひっくり返すようなアーツは基本出ないと思ってください。鉱石病や個々人の力関係については少々目をつむっていただいて……」
これは仕方がない。
「アタシたちは本人役として振る舞っていいのか?」とズィマー。
「はい。全員が本人役です」
「わかった。別のやつ演じるよりかはできそうだ」
「あたしは推理とかわかんないから質問はないよー」
テンニンカが質問の権利を放棄したところで、
「一つ聞きたい」
「何でしょうドクター」
「犯人が何人いるか聞いて構わない?」
アーミヤは考える素振りをし、あごに手をあてる。しかし何か思いついたのか、にっこりと笑った。
「それは秘密にしておきましょう。少なくともこの中で、一人以上は確定です」
ううむ。これではわからない。
「この言い分は二人くらいいるかな」とミント。
「いやわからねえぞ。イースチナなら一人でもあえて教えませんと言いそうだ」とズィマー。
「何人かは伏せておきます。ただ、自分以外の全員が犯人とかはありません。そこだけは否定しておきましょう」
ふむ。一人から五人の間か。現実として考えられるのは、一人か二人か。この人数で犯人が三人以上は、ミステリーとして面白く作るのは難しい。
……おっと、メタな推理はやめておこう。
「私からは最後の質問だが、証拠さえあれば解けるような謎なのか?」
「そうですね……絶対とは言い切れませんが、犯人の正体までなら頑張って解けるかと」
「難易度的には?」
「少々難しいと思います。証拠をそろえて、そこからちょっとひとひねり加えないと導けないかも」
むむ、ちょっと自信が無くなってきたぞ。
「思ったより難しそうだな。推理は頭のよさげなやつに任せるか」と、手を頭の後ろにやってズィマーが言った。
「はいはい。じゃあアタシが解いてあげるよー」
「いや、ウタゲが頭がいいようには思えねえな。腕が立つのは認めるが」
オペレーターたちが話をしだすが、CEOの咳払いでぴたりと止んだ。
「質問がないようでしたら、最後に一つだけ。今回の犯人の動機は結構めちゃくちゃですが、それは犯人役の方の性格や考えとは一切関係ありません。あくまでフィクションだということをお忘れなく」
それはもちろんだ。
「話は以上となります。長々と失礼しました。それでは」
ぺこりとお辞儀をし、アーミヤはそのまま宿舎から出て行った。
(あ、あ、聞こえるか。CEOの説明は済んだか)
ザザッとノイズが入った後にニェンの声が聞こえる。
(そろそろ始めるから、みんな心の準備はしてくれよ。指示はちゃんとやるから気楽にやってくれ)
(関係ない時にうっかり音声が入らないようミスるんじゃないぞ)
(ラヴァはいちいちうっせぇな。あ、そうだ。仲間の死を悲しむのは結構だが、あんまり長く尺を採るなよ。デスゲーム系でそこに時間が割かれると興が削がれるから、適当に流しといてくれ)
これはひどい。
(じゃあ死んだハイビスカスを見つけたところからだ。今の状況を把握するため、思い思いの行動を各自取ってくれ。はいよーい、スタート)
ニェンの合図の後、ブツッと音が途切れた。
いよいよ推理ゲームの始まりである。