ジェ「うえーん」
テン「しくしく」
「ちくしょう。なんでこんなことに」
よし、悲しんだな。
死体役を演じてくれているハイビスカスに合掌。切り替えて演技に入る。
「すぐに医療部に行こう。まずは今の状況の説明をしないと」
ミン「ハイビスカスさんはどうするんです?」
(おっと、遺体は置いたままにしてくれ)
耳からニェンの指示が聞こえた。
(とりあえず周りの状況、ドアを確認してみてくれ。そうすれば遺体を運ぶ気はなくなるだろう)
どういう意味だろう。そう思い近くのドアに行ってみると……。
「開かないな」
電子キーに触れれば簡単に開くドアだが、今は一切起動しない。本当に開かないとは本格的だ。
ズィ「こっちも開かねえぞ」
向こう側のドアもダメらしい。他にも確認したところ、連絡用の電話も通じないようだ。そして各々が持ってる携帯端末も、電波がなぜか通じない。つまり、外に連絡する術が全くない状態だ。
ジェ「ひえー閉じ込められたんですか!」
「落ち着け。ずっとこのままなわけはないから、もう少し周りを調べてみよう」
しかしドアも開かず連絡もできないとは、ロドス自体に問題が起こっているのだろうか。
とにもかくにも、今は宿舎の中を調べるしかない。他のみんなは機材やらを探しているが、こちらは……。
ハイビスカスが死んだ現場へと向かう。ちょうど真上にある蛍光灯が照らす部屋の隅っこに、彼女は横たわっている。死んだ原因となった段ボールもそのままだ。どう見ても事故死にしか見えないが、調べるくらいならいいだろう。
段ボールを持ってみる……重いな。上を開けて中身を見てみると、書類や表紙のある本が詰まっている。そのせいか段ボールの強度がかなり増している。こんなのが頭に落ちたらひとたまりもない。
近くの棚の上を見てみる。土台となる書類からずり落ち、体を傾けている段ボールがある。おそらくあの上にあった物が落ちたのだろうか。艦内が揺れた感覚はなかったため、自然とバランスが崩れてこうなったと見るか。
そう思ってふと目を落とすと、段ボールに奇妙な痕跡を見つける。
「これは……」
血のりが付いていない方の段ボールの側面部分が、若干水に濡れてふやけているのだ。ほんの少し、誰かが濡れた指を押し当ててなぞった程度の跡がある。
はて、これは……。
ウタ「ドクター、どうしたの?」
「おっウタゲか。段ボールの側面がちょっと濡れているのが気になってね」
ウタ「濡れている?」
彼女も膝を折り、じっくりと見た。
ウタ「落ちてきた段ボールに変な跡か。これが何か気になる?」
「パイプからの水滴かもしれないが、違和感があってな。それより私のところに来てどうした?」
ウタ「あ、うん。もしかしたら脱出する糸口が見つかったかもしれないってさ」
何だって? ウタゲについていくと、中央あたりの棚にみんなが集合していた。なぜか天井を見上げている。
ズィ「通気口を使えば部屋から出られるな」
天井には通気口の入口がある。幅の狭い板を平行に連続して取り付けたもの……通称ガラリと呼ばれる形の蓋があるが、取り外しは容易だろう。あそこを行けば同じ階を自由に行き来できるはずだ。
「ただ、脱出できる人間は限られるな」
ウタ「ドクターはでかいから無理だね。ま、私もたぶん無理」
ズィ「なんかイラッとするが、まあ一人でも行ってもらって助けを呼んでもらえばいいんじゃないか?」
そう。どう考えても適任がある。
テン「あはは。やっぱりあたしだよねー」
困ったように笑うテンニンカ。狭い通路はドゥリン族が一番適任だろう。
テン「じゃあ行ってみるよ」
そう言うと軽い足取りで棚を上がり、すぐさまてっぺんにたどり着く。蓋をガタガタと揺らして取ると、そのまま吸い込まれるように入っていった。
テン「全然移動できるよ」
「すまないが、そのまま他の部屋を確認してきてくれないか。人がいたら助けを呼んでくれ」
あいよと言ってそのまま消えていった。
ミン「案外余裕そうじゃないですか? 試しに私たちも行ってみますか?」
ミル「あ、じゃあ先にわたしが行きますよ。テンニンカさんの次に背が低いですし」
ミルラも同じく棚を登る。だいぶ覚束ないが、ようやく頂上に到達し、穴の中に入る。
ミル「う……何とか入れるかな」
ウタ「どう? いけそう?」
ミル「いけると思いますが、わたしの体でギリギリですね」
ミン「てことは、私たちは無理じゃないですか?」
ズィ「全員が外に出るのは不可能か」
助けを待つしかないか。
テン「あたしだけで大丈夫だよ。なんか色々ふさがってて一方通行みたいだから」
奥から声が聞こえ、ミルラが通気口から体を出した。
ミル「テンニンカさんに探索を任せるとして……こちらはどうしましょう」
ズィ「遺体の前だが、状況を整理しないか」
ズィマーの意見に賛同し、各々が荷物や地べたに座って円になる。
ズィ「まずお前はどうしてここに来たんだ? 指揮官が来るような場所じゃないだろ」
「ええと……」
(単純に散歩して来たと言え。ドクターが宿舎に来たのは本当にたまたまだ)
耳元でニェンのアドバイス。
「散歩してたまたま入っただけだ。単純に近くの部屋に用事があって、それで」
ズィ「ふーん」
「みんなはどうしてここに? 何か片づけをしていたと聞いたが、どうしてハイビスカスを含めた七人なんだ?」
全員が一様に黙りこくった。返答に困ってるのか、指示を待ってるのか。
最初に口を開いたのはジェシカだった。
ジェ「ドクターの言うとおり片づけを命じられました。端末に指示が届きましたけど、送り主はわかりません」
話を聞くと、全員がジェシカと同じ状況で呼び出されたらしい。誰かわからない人間に呼び出され、部屋に閉じ込められた……完全にデスゲームの始まりじゃないか。
「まるで意図されて集められたみたいだ。じゃあこのメンバーに心当たりのある者はいないか?」
またみんな黙る。なぜか先ほどとは違い、みんなの表情が硬く、険しい。
ズィ「わからねえな。ほぼほぼつながりのないメンバーばかりだ」
ミン「そうですね。そもそも私の知り合いはスカイフレア先輩くらいしかいませんし」
みんな心当たりはないと言っている。どこかぎこちなく弁明してるように見えるのは演技か、ただの緊張か。バイアスがかかって怪しく見えているだけかもしれないが。
ミル「でも私……ちょっとこのメンバー見覚えあるかも」
「どういうことだ?」
ミル「いや、気のせいだと思います。でもどこかでこの並びを見たような気がするんですよね」
ジェ「どこでです?」
ミル「思い出せないんですよね……姿を見たわけじゃなく、名前が記載されてるのを見たような」
ウタ「名前が記載ってどういう意味?」
ミル「そうですよね意味がわかりませんよね。私も途中で何を言ってるんだかわからなくて」
ズィ「思い出してから話してもらわねえと意味がわかんねえぞ」
ミル「そうですよねすみません。ちゃんとまとまってから話します」
ミルラのしおれるような声を最後に、またみんな黙った。陰鬱な雰囲気が漂う中、急に大きな音が聞こえた。
ガシャンと、今度は甲高い音。通路の方から聞こえてきた。
慌ててドアに向かうと、向こう側からドンドンと叩く音。
「テンニンカか?」
テン「うん。とりあえず状況を説明すると、通気口は所々塞がってて自由に移動できる感じじゃなかったよ。だから近い廊下に出たんだけど、これからどうしよう」
うーんどうするか。ドアは相変わらず塞がってるから、試しに何か適当にタッチパネルに入力してみようか。適当に操作してみようと手を伸ばすと……。
「ありゃ?」
ウィンと、目の前のドアが開いた。まん丸な目をしたテンニンカとご対面だ。
ズィ「なんだよ。ロックを解除できる方法があるならさっさとやれよ」
「いや、電子キーに触れてすらいないんだが」
ズィ「え?」
みんな顔を見合わせる。何だろうか。狐につままれたような感覚だ。
テン「直ったってこと?」
ウタ「いくら何でもタイミングよすぎない?」
ミン「何だっていいです。とりあえず、外の状況を確認しましょうよ」
外は廊下となっている。左手と右手一直線に延びて、突き当たりに別の廊下に行くドアがある。照明は薄暗く、離れるごとに闇が増していく。まるで艦内が闇に侵食されているようにも見えた。
ミル「ダメです。こっちのドアは開きません」
ウタ「こっちも開かないね」
廊下のドアは全滅らしい。
宿舎の目の前にはエレベーターがある。左手少し行ったところにトイレがあり、その間には通気口の蓋が落ちている。おそらく近くのパイプを伝って下に下りてきたのだろう、なかなかに器用な子だ。
それはともかく、肝心要のエレベーターの確認だ。廊下のドアが全滅だから、ここが無理なら反対側に行くしかない。
おそるおそる上の矢印を押すと……。
開いた。普通に何事もなく、明かりが点いた小部屋が目の前に現れた。
ジェ「エレベーターが使えるんですね! よかった……このまま閉じ込められたらどうしようかと」
ズィ「廊下のドアは塞がっててエレベーターが使えるのは意味わからんな。これからどうする?」
そうだな。遺体は置いておけというニェンの命令を守るなら……。
「ハイビスカスを置いておくのは心苦しいが、今のロドスは何かがおかしい。ひとまず制御中枢に行き、状況を把握してから医療部に行く」
おそらくそれがいいはず。もし現実でも同様の行動を取るだろう。
ウタ「さすがにそこまで行けば人はいそうだね。この階に全く人がいないのも変だけど」
ミン「とにかく乗って上に行きましょう。また閉じ込められたら嫌です」
全員が沈みゆく船から脱出するみたいに、エレベーターに乗り込む。ボタンは当然一階を押し、上に上がるのを待つ。永遠にドアが動かないんじゃないかという緊迫感の中、ドアが閉まりほっとする。
ふう……さて、これからどうなるのか。このまま制御中枢に行って誰もいないなんてのは不自然だ。各ドアのロックなども解除できるだろうから、着いたらほぼゲームクリアじゃないか。さすがにそんなに時間がかかるゲームは用意できないよな。少々物足りない気もするが、しょうがない。充分楽しんだ。
そんな安直な考えは、突如止まった浮力によって振り払われる。エレベーターは急に止まりドアが開いた。
光るボタンは、無情にも『B3』を示している。
ズィ「なんで地下三階で止まってんだ」
「ちゃんと一階を押したぞ。こんな間違いをするものか」
ミル「じゃ、じゃあどうして止まったんです?」
「それは……」
上を押そうが下を押そうが、他の階を押そうが、ボタンは反応すらしない。まさか、戻れもしないのか?
耳からは何も指示はこない。エレベーターも動く気配はない。
目の前に広がる暗闇を見る。明るい場所にいたものだから、より暗い場所に見える。
深海にも似た暗闇だ。光が届かず、得体の知れない怪物たちが住む世界。
架空とわかっていても息を飲む雰囲気の中、私は一歩廊下へと踏み出した。