構造と状況は下の階と変わらない。廊下両端のドアは開かず、トイレやパイプ、エレベーターや宿舎のドアの位置も全く一緒だ。しかし、新たにドアの開く部屋が一つだけあった。
訓練室である。
赤い床と壁がコントラストとなった部屋で、中にはランニングマシンやダンベル、休憩用の椅子が何脚か置いている。ここでオペレーターたちは訓練をし、自身のスキルを特化させるのだ。
ミル「ここは開くんですね」
ジェ「廊下は開かないのになんでここが?」
ミン「ねえドクター。ロドスのドアの構造ってどうなってるんですか?」
急に言われても困ると思っていたら、耳元に助け船。
(実際のロドスの設定と違うかもしれないが……)
ニェンから設定を聞き、頭で組み立てる。
「基本的に各ドアは制御中枢で操作ができるから、電気の供給を止めれば擬似的に閉鎖するのは可能だな。単なる故障の場合もあるが」
ウタ「エレベーターも?」
「制御中枢管理だな」
ズィ「だとするなら、誰かが遠隔操作して閉じ込めてるのか?」
「さあ……どうだろうか。遠隔操作を誰かがしていたとしても、一体何の目的が」
ここまで来ると明らかに人為的な匂いがするが、何のためかは現状全くわからない。
まずは訓練室に入って中を調べてみる。だが探索しようにも、トレーニング器具があるくらいで部屋は閑散としたものだ。全員で手がかりを探してみるが、何も見つけられない。
ふと、壁に設置されたデジタル時計を見た。
『AM 2:26』
ミン「どうしたんですドクター?」
ミントがやってきて、彼女も時計を覗き込む……顔が近いな。
ミン「あれ、おかしいですね。今はお昼のはずなのに、時間が深夜になってる」
今は昼の設定なのか。だとしたら、この時計が壊れているということだが。
ミン「ん? 深夜の二時……」
「どうした?」
なぜか反応はなく。じっと時計を見ている。
「おい、ミント」
ミン「ご、ごめんなさい。いえ何でもありません」
両手を前でバタバタとさせる。何やら慌てふためいたのが気になったが、まあいい。
訓練室の探索は済んだため、今度は宿舎に向かう。エレベーターの真正面にあるため、ドアがしっかりと見えている。
エレベーターは今でもぽっかりと口を開けていた。まるで一時停止でも押したみたいに動かず、廊下に明かりを落としている。試しにボタンを押しても反応はない。
ズィ「なんでドアが開けっぱなしなんだ?」
「壊れてるのかな。ドアが閉まらないとなると動きもしないだろう」
まるで今は使えませんよとお知らせしてるみたいだ。移動は諦め、明かりを尻目に宿舎に入る。
中はピザ屋だった。紛うことなきピザ屋。カウンターや席もあり、完全にファストフード店内に入ったように錯覚する場所。
ズィ「毎度思うが、設計したやつのセンスを疑うな」
ごめんなさい。初期に手に入れた家具だから思い入れがあるんだ。
ミン「私は好きなんですけどね。でも、今はさすがにご飯を食べる気にはなりません」
ミル「こちらでも探索はしてみましょう」
「その前に……」
開かれたドアに、近くにあった椅子をいくつか並べる。勝手にスライドして閉まるドアに対してのストッパーだ。これで閉じ込められないし、エレベーターを見張れるから一石二鳥だ。
退路も確保したため探索する。しかし収穫がなく、貿易所や発電所がある区画側のドアが開かないことがわかっただけだ。
あとは何もない。全くない。ため息を吐き、他のオペレーターのように近くの席に座る。
テン「ねえねえミントさん。話があるんだけど」
ミン「何でしょう?」
二人は席から立ち上がり、入口付近まで行く。
ズィ「トイレ行ってくる」
ミル「わ、わたしも……」
椅子を乗り越え廊下に出る。
ジェ「うう……携帯端末が全然つながらない」
ウタ「わけわかんないよね。ジャミングでもされてるのかな」
テーブル席に座って二人が話している。
携帯端末はそれぞれが所持している。といってもこれは事前に持たされたレプリカだ。ゲーム上では電波がつながらない端末として扱っている。
これを現実と想定すると、電波妨害があり、エレベーターを停め、各ドアがロックされた状態……かなり特殊な設定だ。誰かが意図的に仕掛けているとしか思えないが。
制御中枢でドアやエレベーターの管理ができるなら、そこに誰かがいるのか? 意図的に閉じ込められ、こんな状況になっている。果たして犯人の目的はなんだろうか。
いや待て。アーミヤは確か、この中に犯人がいると言ってなかったか。誰かが遠隔で操作してるのか?
犯人の定義は何だろう。普通に考えればもちろん、殺人犯のことだろう。だとするなら、今閉じ込めているのは外部の人間で、ハイビスカスを殺したのはこの中の人間か。これならアーミヤの説明に矛盾しない。
ええ……わけがわからんぞ。こんな状況でなんで殺人なんてするんだ。考えれば考えるほど意味不明だ。
テン「うーん。ここじゃあ通気口までいけないな」
テンニンカが天井を見上げて言った。
「行く気なのか?」
テン「下の階と同じ構造なら、せいぜい近くの部屋にしかいけないけどね。でも調べておきたいじゃん」
「廊下の方は?」
テン「パイプを下りるのはいいけど、上るのはきついかな。トイレからも行けるけど、離れた場所に一人で行くのは怖いね」
ピザ屋には高さのある家具がない。そこまで無理をしなくてもいいとは思うが。
ズィ「戻ったぞ」
ズィマーとジェシカが椅子を乗り越えて入ってきた。
ズィ「駄弁ってるのも性に合わねえ。何かしたいんだが」
「といっても、調べるところは調べたし」
ジェ「あ、あの……」
ウタ「待つしかないんじゃない? エレベーターもそのうち動くでしょ」
ズィ「いやそりゃそうだろうが、ここにエレベーターが停まったのは何か意図があるんじゃないか? もし外部から操作されてるんなら、そいつが何か意図して閉じ込めたというか」
ジェ「えっと……」
テン「考えすぎだよー。一体何の目的であたしたちを閉じ込めて――」
ジェ「あの!」
ジェシカの聞いたことない大声に、一同驚愕する。
「ど、どうしたんだジェシカ」
ジェ「ミントさんがいません」
「え?」
ジェ「部屋に入った時から、ミントさんを全く見てません」
すぐに辺りを見渡す。そうだ。先ほどからミントの姿が全くない。
「テンニンカ。さっきミントと話していたよな?」
テン「うん。することないから事件の話をしていたんだ。でもすぐに終わってそれから……わかんないや」
ウタ「さっき一人で外に出るのを見たよ。トイレに行ったんじゃないの?」
ズィ「いや、来てないぞ」
ジェ「わたしたちがトイレから出て宿舎に入るまで、ミントさんとはすれ違いませんでしたよ」
てことは……。
「まさか、訓練室に行った?」
思いつくや否や、すぐさま身を翻して入口へと向かう。椅子を乗り越え、廊下を走ってすぐに訓練室のドアの前に行く。
いや、こんな状況で離れた部屋に一人で行くわけないだろう。だが、可能性がそれくらいしかない。男子トイレを除くなら、行ける場所は訓練室しかない。
他のオペレーターたちが来るのを待ち、そのドアを開けた。
閑散とした部屋はそのままだ。だがその赤い床に突っ伏した一人の子がいた。
うつぶせ状態で壁に頭を向け、左手がちょうど壁に付くくらいに上げられている。何の外傷もないし、血もない。だが、寝ているとは到底思えないくらいに動かない。
ミル「ミ、ミントさん……」
ミルラがすぐに駆けつけ、脈をとる。しばらくして彼女は残念そうに首を振り、願いは虚しく散った。
「どうしてミントが死ぬんだ。死因はなんだ?」
ミル「これは……」
ミントの右手を見てはっとする。そして壁方向を向いて立ち上がり、先ほど確認したデジタル時計を見た。
ミル「毒です」
「ん?」
ミル「デジタル時計の上部分を見てください」
すぐさま近づいて見てみる。
ミル「時刻を操作するボタン部分に針があります。おそらくは毒が塗られたそれに触れて、息を引き取ったのでしょう」