(さて、新たに死人が出たところで休憩だ。みんなお疲れ)
ニェンの声を合図に、ため息が訓練室に充満する。それに乗じてミントがむくりと起き上がる。
ミン「出番はこれで終了ですか。まあしょうがないか」
わかりやすく肩を落とす。どうして訓練室に? と聞こうとしたが、ルール違反なのでやめておこう。
(ここで一旦止めたのは、死因に関する説明が面倒だからだ。ミステリーにありがちな冗長的な探索パートを省くため、私が一気に話す)
それは助かる。
(ミントの死因は時計に仕掛けられた針。ミルラが言ったが、デジタル時計のボタン部分に針があって、そこに毒が塗られていた。これは一同調べたということにして情報を共有してくれ)
「毒の成分は?」
(ヒエンソウという架空の草から採れる毒の成分だ。即効性のある神経毒で、体内に入ればたちまち呼吸困難になり、死に至る。それくらい強い毒性のあるものが塗られていた)
そんな物騒なのがボタンに設置されていた? 誰かが触れるのを期待していたのか? そんなところを触れる動機も機会も思いつかないが。
(一同ミントや訓練室の中を調べるが、時計以外に特に変わったところはないようだ。通気口の蓋も開けられた様子はなく、何か散らかっているわけでもない。犯人が残した証拠なんてのもない。明らかな違和感は、停まった時計と針くらいだ。ミントは明らかに時計を操作しようとし、絶命したのが見て取れる)
ズィ「時計を操作ってどういう意味だよ」
(それを考えるのがお前たちの仕事だ。だが、今までの情報だけで推理するのはオススメしないぞ。無理ゲーにも程があるから、せいぜい情報の整理ぐらいにしておけ。話の根幹とも言えるべき情報はもう少し後かな)
得意げに言う。しかし今更だが、ニェンがGM(ゲームマスター)みたいな立ち位置なのか。
(現場の状況はこれくらいにして、ミルラってやつ)
ミル「は、はい!」
(一連の流れが終わったら話がある。演技プランってやつだ。毒に詳しそうだから、重要なセリフを覚えて欲しい)
ミル「わかりました……」
(んじゃあこの話はおしまい。何か質問はあるか? おっと、事件の中身についてはノーコメントをつらぬくぞ)
みなが黙っているため、今度は私が最初に聞く。
「本当にドアが閉まっていてびっくりしたが、全てゲーム上の仕様なのか? ドアが閉じているのも、残っている証拠も」
(割とそのあたりは凝ってるぞ。何もなしにその設定にしないし、どうでもいい物も置かない。基本的に荷物の置き方、機械の異変、全てに意味があると考えてもいい)
だとするなら……時計を見る。
デジタル時計は、相も変わらず『AM 2;26』から進んでいない。これにも意味があるのか?
(本当のロドスの設定やら設備が違うところもあるかもしれないが、それは創作ということで許してくれ。通気口の構造とか、ドアの開け方とか、制御中枢が全部遠隔ができるとかはわからない。特に通気口の構造だな。都合よく封鎖されてて、都合よく移動できるのはできすぎだ。だってそんな設定集ないし、脚色するしかないじゃないか)
「誰に向かって話しているのだ」
(気にすんな。そういやエレベーターのドアが開けっぱなしだが、あれはわかりやすく動かないという合図と思ってくれ。ドアが閉まったら元通りに起動したと思っていい。だから宿舎のドアに椅子をかませれば、退路を保ちエレベーターを見張れる形になるな。うん、あれはなかなか賢い)
唐突に褒められた。
「つまりエレベーターのドアが開けっぱなしの状態なら、上下移動もできない。私たちだけじゃなく、外部の人間がこの階に来れないというわけか」
(なかなかに鋭いな。まあそう思ってくれ)
他に質問は、とあったので他のオペレーターも手を上げる。特にかいつまむ要素もないのでここは割愛する。
(じゃあミルラに話をするから、それまで休憩。いつもどおり仲間の死はドライに対応してくれ)
◆
うえーん、しくしくを経てまたゲームがスタートする。
ジェ「見たところ、ミントさんはボタンを操作しようとしていたみたいです。一体どうしてなんだろう」
『AM 2;26』
未だに時が進まない時計。壊れていると思って直そうとしたのか……それくらいしか思いつかない。
ウタ「しかし毒を使うって、完全に誰かが殺したってことだよね……」
ズィ「まさかハイビスカスも殺された?」
テン「どうするの! まさかこの中に人殺しが!」
全員が騒ぎ立てる一方で、ミルラは死体役をしているミントの右手を見ている。真剣に検視をしているのだ。
「何かわかったか?」
ミル「たぶん症状から見るに、ヒエンソウという草の成分が使われている可能性があります。かなりの猛毒ですが……どうしてこんなものが使われてるんだろう」
「どういう意味だ? なにか引っかかる言い方だが」
ミル「わたしも薬草師として働いているからわかるんですが、これほどの猛毒となると保管も厳重になります。医療部の奥の奥、堅牢な保管庫に入っているんです。当然入口のセキュリティは厳重で、よっぽど権限のある人じゃないと入れないと思います」
テン「つまり、あたしたちみたいな一般オペレーターに入手は無理ってわけだ」
となると、ここにいる人間は犯人じゃない? 外部犯の犯行?
今回の事件は、犯人がこの期間中訓練室に入る必要はない。毒針が設置されているから、私たちが来る前に仕掛けを施せばいい。外部犯がわざわざ侵入しなくても対象を殺せる。
だがそうなると、なぜミントがそんな行動を取ったのかという話になる。
この緊迫した状況で、どうしてデジタル時計の時刻を直そうとしたのか。何が起こるかわからない暗闇に一人行き、誰もいない訓練室に入って時計を操作。
普通だったら取らない行動だ。そして犯人はその行動を予知、あるいは誘導し、事前に仕掛けを施した。
果たして、ミントの行動の真意は何だろうか。犯人はなぜそれを知っていたのか。
ズィ「おい、これからどうするんだ」
いらついた声に我に返る。
「ミントがデジタル時計を直そうとしたのは、この状況を見るに間違いないだろう。彼女はどうしてそんなことをしたのか、誰か心当たりはないか?」
しーんと静まりかえる。そりゃ、思いつくわけがないよな。
ジェ「午前の二時、つまり深夜ですか。今はお昼のはずなのに……」
意味深につぶやいたジェシカ。
「どうしたんだ?」
ジェ「あ、いや何でもないですごめんなさい……ミントさんの行動は全くわかりません」
過剰に謝られた。自尊心のなさが現れたかのような話し口調は、この状況でも変わらずだ。
この行動をどう説明すればいいのか。とりあえず間違ってるのが気になって直した、なんて話ではないだろう。得体の知れない状況下でそんな行動をするはずがない。ミントが病的に神経質なら話が別だが、一応は脚本に沿って作られた物語だ。何か理由があるには違いないが。
ウタ「あれ? 今なにか音がしなかった?」
「え?」
ウタ「廊下からだよ。あれは、エレベーターの音っぽい?」
その言葉を聞いてすかさず廊下に出る。するとエレベーターから漏れていた光が無くなっている。ドアが閉じているのだ。
慌ててドアの前に行き、ボタンをカチカチと押す。最悪の結果を想定したが、エレベーターはいつもの顔をして開いた。
テン「これからどうするの?」
「……制御中枢に急ごう。復旧してから、二人の遺体を運ぶ」
異論はなかった。暗闇に殺人鬼がいるかもしれない中、倫理的な行動は取りづらい。だからこそ、急ぐしかないのだ。
まぶしい照明の中、1Fのボタンを押してドアを閉じた。