ロドス殺人事件~閉ざされた基地にて~   作:ハセアキオ

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B2 事務室の殺人

案の定、と言うべきか地下二階でエレベーターは停まる。当然のようにドアを開き、俺はてこでも動きませんよと言わんばかりに動かない。

 

念のためボタンを押したが何も反応はなく、諦めて暗闇に足を踏み入れる。

もはや見慣れた内装だ。下の二つと何も変わらない廊下、目の前の宿舎のドア。

 

「まずは宿舎に入ろう。調査はそれからだ」

 

連れ立って宿舎のドアを開ける。

 

中に入ると、そこはジャングルだった。密林の木々を表した壁紙、部族のお面を模した壷や家具。ベッドはなぜか天蓋が木の枠になっていて、部屋中央には暖炉まである。

ガヴィルやトミミの生まれ故郷をモチーフにした、いるだけで暑くなりそうな内装である。

 

ズィ「雰囲気ぶち壊しだな。下はピザ屋で上はジャングルか。どんなセンスしてんだ」

 

重ねてごめんなさい。目立つ家具が好きなんです。

 

ドアに適当な置物をかませ、とりあえず宿舎を探索する。しかしこんなファンキーな場所に証拠は何もなかった。

収穫があるとすれば、ベッドの天蓋を登れば通気口に行けそうだということだけ。いや、これが割と大きい発見だ。

 

テン「行ってみる?」

「あんまり離れるのはよくないが」

テン「通気口を行くだけなら大丈夫だって」

「そうか。なら頼んだ。危なくなったら大声を出すかすぐに戻ってくるんだ」

 

あいあいさーなんてふざけて言って、えっちらおっちらと登る。通気口の蓋を開け、慣れた様子で中にするりと入っていく。

 

「テンニンカが戻るまで情報を整理するか」

 

座る場所もないため、全員で輪になる。

 

ズィ「つっても、何か出るとは思えないが」

「繰り返しになるが、ミントがデジタル時計を操作した理由を誰か知らないか?」

 

一同難しい顔をする。

 

ズィ「さっきも聞かれたが、何も思いつかないな」

ウタ「時計を操作する動機って何だろうね。犯人はそれを見越して毒針を仕込んだ。犯人の行動もわからないよ」

ジェ「うーん……」

 

三人が黙る中、ミルラだけは眉間にしわを寄せている。

 

「ミルラは何か思いついたか?」

ミル「あ、いえ。ミントさんの行動はわからないんですけど、あの時計が気になって」

「時計?」

「午前二時、つまり深夜。あの事件が起きた時刻と同じだなって」

「何と同じなんだ?」

「とある源石装置が盗難された事件です」

 

源石装置の盗難? 疑問に思ってると、

 

(今の段階では知ってるふりをしておけ。詳しい情報は後で出す)

 

耳元でニェンの声がする。他の子も順次耳に手を当てる。各自指示が出ているのだろう。

 

ズィ「急に何の話だよ。今とは何の関係もない事件じゃねえか」

ミル「ごめんなさい。ただ毒が厳重に保管されてるって話もあったので思い出したんです。あの源石装置だって、セキュリティを突破されている。なら毒だって手に入れられるんじゃないかって」

 

……全く話が読めない。私が知ってないとおかしいくらい重要な事件じゃないか。そんなことを思っていると、

 

テン「ただいま」

 

テンニンカが軽い足取りで天蓋から下りてきた。

 

テン「一応見てきたけど、やっぱり下と同じで他の区画には行けなかったよ。せいぜい開いてる方の廊下、トイレ、事務室くらいしかいけない」

ジェ「地下二階は事務室ですね。訓練室のように開いているかも」

ズィ「じゃあ行ってみるか。話していても埒があかねえし」

 

というわけで事務室へと向かう。エレベーターが開きっぱなしなのを確認し、左手へ。トイレを過ぎれば目的のドアはすぐだった。結論から言えば、ここも普通に開いた。

 

中は見慣れた場所だ。棚には目一杯の書類や本があり、傍らに作業用のPCとデスクがある。中央には四人がけのテーブルがあり、隅っこには冷蔵庫。

通気口は他の部屋と違って壁に設置されていた。棚の上にあるので、足場にすれば侵入は容易だろう。

 

何かないかと探るが、特に目立つものがあるわけじゃない。ただ、違和感があるのが一つだけ。

壁に掛けられたカレンダーである。それの日めくりの方で、11月29日が表に出ている。

 

しかし今日は11月29日ではない。デジタル時計と同じく、これもゲーム上の設定か。わざわざ設定するということは、何か意味があるのか。答えのない思考にとらわれる。

 

その時だった。突如として緞帳が閉まったみたいに、視界が急に真っ暗になった。目の前にあったカレンダーすら見えない漆黒に、急に閉じ込められたのだ!

 

テン「ひゃ! また停電」

ジェ「ぴえー!」

ズィ「またかこの野郎!」

「みんな! 私の元へ来い。絶対に離れるな」

 

宿舎の時と違い、今度は駆けるような足音がして四方からタックルをされる。

 

「ぐえ!」

ズィ「我慢しろ動くな。さて、これで誰か近づいたらわかる。出てくるなら出てきやがれ!」

 

ズィマーの張り上げる声は、すぐに闇に吸い取られる。墨汁の中にでもいるような闇の中、しばらく耳を澄ます。しかしドアが開く様子もなければ、足音もしない。

永遠に続くかと思われた緊張感の中、蛍光灯がすぐ点き、光が部屋中を照らした。

 

「はあ……」

 

ズィマーとテンニンカ、ミルラとジェシカが、私に背中をくっつけている状態だ。おしくらまんじゅうの要領で犯人への警戒をしていたようだ。

 

しかしその中で唯一、ウタゲは離れた場所にいた。PCがあるデスクのそばに突っ立っている。

彼女の目は完全に見開かれ、なぜかこちらをじっと見ていた。まるで、幽霊でも見えたかのようなリアクション。

 

「どうしたんだウタゲ?」

ウタ「ん? ああいや、何でもないよ」

 

すぐにいつものような飄々とした感じに戻る。今の表情は一体……。

 

ジェ「今後も停電があったら嫌ですね……みなさんできるだけ離れないようにしないと」

テン「せめて二人一組で行動しないとね」

 

安堵し、廊下へと出る。エレベーターの光を目指して進んでいくと、裾を誰かに引っ張られた。振り返るとウタゲだった。

 

ウタ「ねえドクター。地下四階の宿舎にあった段ボール。あれの跡って覚えてる?」

「ああ、水でふやけたみたいな跡だろ。それがどうかしたか?」

ウタ「あれ、もしかしたらただの水じゃないかも」

 

え?

 

ウタ「アタシもよくわかってないんだけどね。でもマニキュアにもそういう変わり種があるから、もしかしてと思って――」

テン「ねえ何話してんの?」

ウタ「ああ、後で教えたげる」

 

そう言うとウタゲは前の列に加わった。一体何だったのだろうかとウタゲを見ていると、こちらを振り返ってウインクをした。後でってことだろうか。

 

宿舎に戻っても、特にやることはない。また探索をしたり、誰かがトイレに連れ立ったりと平和だったので、よいしょとベッドに腰掛ける。しかしいつ何が起こるかわからないから、おちおちくつろいでもいられない。

 

ズィ「なあ? 犯人は誰だと思う?」

 

隣にズィマーが座る。片足をベッドに乗っけて行儀が悪い。

 

「何もわからんよ。毒針に関しては事前に仕込めるからな」

ズィ「だが段ボールを落とすなんて、人為的じゃないと絶対無理だろ? 時間が経てば段ボールを落としてくれる機械や装置はなかったよな?」

 

(そんなものはない。遠隔操作して落としたとか、何か時限式の装置があるとかはない)とニェン。

ここまで念押しをするなら、やはり直接誰かが落としたのか。

 

「何もなかったな。だからあの中にいた誰かの仕業なんだが、暗闇の中どうやって正確に落としたのだろう。暗視スコープなんて目立つもの持てるわけないし」

ズィ「んなもん持ってるやつはいなかったな。片目だけつむって暗闇に慣らすってのもあるが、停電間近にずっと片目を閉じてるとか不自然だな」

「そもそも停電したのがなぜかわからん。犯人がとっさに動けるなら、停電がくるのを知っていたことになるが」

ズィ「停電になった。よし人を殺すチャンスだ、とはならないからな。だから犯人自身が停電を引き起こし、事前に何らかの準備をしてハイビスカスを殺した」

「それでいいと思う」

ズィ「だとしたら、どうやって停電させたんだ? 部屋のブレーカーに近づいているやつは見かけなかった」

 

それには考えがある。

 

「やはり制御中枢にいる誰かがこの状況を作り出しているんじゃないか? あそこならドアの操作やエレベーターの操作もできる。各部屋の電源を遠隔でオフにすることもできるだろう」

「それはアタシも思ってた。だがそれだと、地下四階の宿舎まで来るのが難しいな」

 

難しいというか、できないはずだ。ドアが開いたら音でわかるし、通気口なんて蓋を外さないと侵入ができない。ハイビスカスを殺したのは、間違いなく宿舎にいた、私を除いた六人の中の誰か。だが今の状況を作り出せるのは外部犯しかいない。

 

前にも思ったように、殺人犯はこのオペレーターたちの中にいるのだろう。問題なのは、操作している外部の人間と殺人犯それぞれの動機だ。どんな目的があって閉じ込めているのか。殺しているのか。二人は繋がっているのか。いないのか。わからない点は山積みだ。

 

テン「あれ?」

 

ふと入口を見ると、テンニンカが辺りを見回している。

 

テン「ウタゲさんを知らない?」

 

はっとして周りを見る。あと宿舎にいるのは、暖炉のそばにいるミルラとジェシカだけだ。いつの間にいなくなった。

 

ミル「確かテンニンカさんが廊下に出た後に、ウタゲさんも出て行ったと思います。てっきりトイレに行ったのかと思いましたが」

テン「私は会ってないよ」

 

てことは……。

 

「事務室だ。事務室に急ごう」

 

すぐに椅子を乗り越えて廊下に行く。誰かがいなくなって、違う部屋へと向かう。先ほどと全く同じ流れじゃないか。

だが事務室のドアは、訓練室と違って一切反応しなかった。

 

「開かなくなってる?」

ジェ「そ、そんな……さっきは開いていたのに」

テン「通気口から中に入る?」

「危険だが……頼んだ」

ミル「あ、じゃあわたしも行きます。一人は危険ですから」

テン「じゃあトイレから行こう。あっちの方が楽だから」

 

二人がトイレへと向かう。その間は待つのみ……この時間がいやというほど長かった。本当にウタゲがこの中にいるのか。これから何が起こるか、なんて着地点のない思考の堂々巡りだった。

 

やがてドアが開く。そこには肩を落としたミルラがいた。

 

ミル「ウタゲさんが……」

 

すぐさま中に乗り込むと、中央壁際、テンニンカが突っ立っているそばに一人の少女が倒れていた。

 

こちらに背中を見せて、一見すると猫のように丸まって横になっているみたいだった。

しかし近づいてみると、表情はひきつっている。化け物でも見たかのように目が見開いている。

 

ミル「おそらく、ミントさんと同じ毒が使われています。頬の傷から毒が入ったんだと」

 

上に向かれた左頬に、一筋の赤い線があった。一体何の怪我だ?

 

ミル「凶器はあれです」

 

指さした方向には、ボウガンがあった。デスクの下あたりに無造作に置かれている。そして一本の矢が、それとは反対方向、冷蔵庫の前に転がっている。

 

「おそらく毒矢でやられたのでしょう。一体どこから……」

 

ウタゲを見下ろすと、傷の他にも気になるものがあった。

彼女の左手に、何か握りしめられている。紙のようだが……。

 

近くの壁を見てみる。そこには11月30日を示したカレンダーがある。先ほどの日付部分が無造作に破られて、四分の一ほど切れ端が残っている。つまり……。

 

ウタゲの手には、11月29日と書かれた紙がある。まるで絶対に渡すものかと言わんばかりに、しっかりと握られていた。


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