もう説明するまでもないだろう。地下一階で止まった。
ズィ「はいはい知ってたよ。だが今回は犯人を拘束している。これで殺人は起きないだろうよ」
ぐいっと紐を引っ張る。ぐえっとテンニンカがのけぞる。
「まずは宿舎から行くぞ」
四人となった列で、目の前の宿舎へと向かう。
中は今までの変わり種と違って、かなり開放的で清潔な空間だ。全体が薄い青に沈んだような落ち着いた雰囲気。天井からはシルクのような透明な幕がいくつか垂れ下がっている。机やベッド等の木材、屏風の枠は全て焦げ茶を使われており、それが部屋の色相全体を引き締めている。レイアウトの名前は『丹青閣』である。
ズィ「なんでここだけ急に正統派なんだよ。下の奇抜さがもはや懐かしい」
気に入ってるからね。仕方ないね。
ミル「ドアに噛ませるものがないですね」
ズィ「どうする? テンニンカを噛ませてみるか?」
テン「やめてよ……」
「待て待て。別に椅子じゃなくてもいい」
机脇にあるサイドデスク? に目を付ける。それを横にしてドアに挟んだことで、細い出口の出来上がりだ。
「何もないよりはマシだろう」
ズィ「まあ最低限道は作れたな。さあどうするか」
部屋を探索してみたが、何もなしだとすぐわかる。そりゃそうだ。今までで一番開放的な場所だから、すぐに見切りがつく。
ズィ「よし、適当に座ろう。もう犯人を捕まえたから、後はエレベーターが動くのを待つだけだ」
テン「だから違うのに……」
ズィ「うるせえ。状況から見てお前以外誰がいるんだ」
ミル「まあまあ……とりあえずベッドに座りましょうか」
ズィ「そうだな。椅子がない部屋だから、あそこくらいしかない」
と、率先して座る。それに続いてジェシカと、縛られて窮屈そうなテンニンカも座る。
私も後に続こうとすると、突然裾を引っ張られた。
ミル「ドクター……」
「なんだ?」
彼女の小声につられ、私も内緒話をするような声量になった。
ミル「後でトイレに行くふりなんかして、部屋から出てくれませんか?」
「なんで?」
ミル「理由は後で話します……三人には内緒にしてください」
わけもわからないまま、ミルラは裾を離してベッドに座った。
私も続けて座り情報交換を行う。しかし実りはなく、ただただ既知の情報を整理しているだけの時間だった。
さて……。
「ちょっとトイレに行ってくる」
そう言ってドアのストッパーと化した椅子をまたぎ、廊下へと出る。目の前の開かれたエレベーターがまぶしい。
何があるかわからないから、宿舎を離れないようにしよう。適度に離れ、ぎりぎり光が足元にかかるくらいの場所に立っていると、しばらくしてミルラがやってくる。
辺りをキョロキョロし、こちらに気づいてとことこと駆け寄る。
ミル「急にごめんなさい……」
彼女は殺人とは関係ないはずだ。と思いつつ、若干緊張しながら相対する。
「どうしたんだ急に?」
ミル「ここだと話せませんので、この階にある加工所に行きませんか?」
「加工所に?」
さっきからよくわからない提案ばかりされる。説明も無いまま、背中を押されつつ加工所へ。
ミル「やっぱり開いてましたか」
当然のように開いたドアをくぐると、何やらわからない機械に占拠された部屋だった。中央には斜めに設置された檻があり、その奥には炭素材や補強材、鉄パイプなどがある。
ミルラが中央に行き、部屋の中を見渡す。
「どうしてここに?」
ミル「ここなら話を聞かれませんからね」
くるっと振り返り、薄く笑みを浮かべた。いつもの自信なさげな態度から一変して、いやに落ち着きのある表情と声だった。
「話をするなら、どうしてわざわざここに?」
ミル「他の三人が怪しいからです」
きっぱりと言った。
ミル「テンニンカさんは当然として、他の二人も怪しいとにらんでいます」
「怪しいって……じゃあなぜ私を呼んだんだ」
ミル「ドクターは信用できるからです」
面と向かって恥ずかしいことを。
ミル「わたし、ずっとドクターを見ていました」
「え?」
ミル「最初の事件で停電した時もすぐドクターにひっつきましたし、ミントさんの時もずっとドクターを監視してました。ウタゲさんの時も見てましたが、どちらも殺害できるような隙はありませんでした。もちろんこれは疑ってるというより、犯人じゃない証明をしたかったがための行動です。この中で唯一、犯人じゃないと確信できるのがドクターだけなんです」
なるほど。だから二人っきりに。
「ズィマーやジェシカも犯行は難しいとは思うが……」
ミル「どうでしょう。明らかに犯人じゃない二人を除いた時、犯人から思わず本音がぽろっと出るかもしれません」
「本音?」
ミル「実はボイスレコーダーを仕掛けたんです」
「なんだって?」
ミル「普段は人の話を聞き逃さないようにとメモ代わりで使っていますが、今回は盗聴の道具としてベッド下に仕掛けています。さっき探索した時に、こっそり録音ボタンを押して入れたんです」
そういえばベッドにみんなを誘導したのはミルラだった。
「そこまでするか」
ミル「するに決まってます! 三人も死んだんですよ。だったら強引な手を使うしかありません」
「だがボイスレコーダーを使って犯人の本音など聞けるのか? 他に無関係な二人がいるんだぞ?」
ミル「わたしの考えでは出ると思います」
「どうして?」
ミル「それは……」
目をそらして、
ミル「あまり確信できるものではないため、今は言わないようにしておきましょう」
ああ、来たよ。推理小説でよく見るやつだ! どうしてミルラがそんな不毛なテンプレートをなぞる必要があるんだ。
……いや、明確に話すなと指示でもされたのだろう。事件の真相を匂わす時によく使われる手法だからだ。
つまりミルラは、何かを確信してボイスレコーダーを仕掛けたのだ。彼女自身がGMに進言して指示をされたのか。いずれにせよ、事件の核心に近づいているのは間違いない。
だが指示されてるということは、何を聞いても意味がないのだ。
「……仕方がない。なら、軽く情報を共有しよう」
ミル「共有ですか?」
「実はウタゲが何かに気づいたらしいんだ」
さっき宿舎で話し忘れていたことをミルラに話す。ハイビスカスに落ちた段ボールの水の跡と、マニキュアの話。
ミル「マニキュアが、水の跡と関係があると?」
「そんな風なことを言っていた。何かわかるか?」
ミル「ご、ごめんなさい……わたしはそういうファッションとか化粧品とかには疎いから……」
いつもの彼女が出てきた。話を変えて他の事件も触れてみるが、こちらは何の収穫もなかった。
「そろそろ戻らないとまずいかな?」
ミル「そうですね。では戻りましょうか」
そう言ってミルラがドアに近づくが……なぜか閉まったドアの前で立ち止まる。
ミル「開かない」
「え?」
ミル「開かないんです! 閉じ込められました!」
なんだって! まさかの急展開に驚くが、私が電子キーを押しても何もならない。間違えてロックを掛けたとかでもない。明らかに、誰かが遠隔で閉めたのだ。
しまった! 宿舎のドアは椅子をかませたのに、こちら側の部屋は全然対処してなかった!
◆
(よし、このあたりにしておこうか)
唐突に耳元からニェンの声。ここで慌てた演技をぴたっと止める。
(慌ててる様子は隠しカメラでばっちり撮れたから、もう演技はいいぞ)
「ちくしょう。宿舎みたく何か置いておけば」
(言っておくが、今回に至っては開けっぱなしにしても防げないぞ)
え? マジ?
(今までのは閉じ込める理由がなかったからな。当然こっちも脚本どおりにするための策なんていくらでもある。開けっぱなしくらいは対処できるさ)
「ちくしょう」
(さて、じゃあドアが開くまで黙って待ってろ)
何のことだかわからないまま二人待つと、閉まってたはずのドアがウィンと開く。
あ、さっきの医療オペレーターの子。カバンを持って、交互に私たちの顔を見る。
医療「今回のイベントの補佐を担当しています。今は時間を停めてますので、楽にしていいですよ」
補佐? 補佐が演技真っ最中で来るのか。まさか……。
医療「まずはドクター」
「は、はい!」
医療「まことに残念ですが、今からドクターには気絶してもらいます」
「……え」
気絶? てっきり死体役をやれと言われると思ったが。
医療「はいこっちを向いてください」
ひじをつかまれ、左を向かせられる。ちょうどミルラに背を向ける形だ。
そして医療オペレーターは、カバンから二つの物を取り出した。黒いバンダナと、ワイヤレスイヤホンだ。
医療「こちらのイヤホンはノイズキャンセリングのものです。今からこの二つを付けていただき、気絶状態を成り立たせます」
「ええ……」
医療「誰かに揺さぶられたらイヤホンを外してください。目隠しやイヤホンは適当にそのへんの資材の上にでも置いて演技を続けてください」
「きゅ、急だな」
こちらの意見はお構いなしに、後方からは優しく目の部分を隠された。そして病人を看病するよう、床にゆっくりと誘導され横になる形となった。そしてインカムを外される。
「ではドクター、しばらくじっとしてくださいね」
優しい声は、耳に入れられたイヤホンで遮られた。
◆
何も感じない。視覚も聴覚もふさがれ、ただ床の冷たさを感じるだけだ。
ミルラがどうなったのかが全くわからない。近くで作業しているだろうが、ノイズキャンセリングのせいで一切聞こえない。深い深い闇の中に一人横たわっている。
どうして私は気絶したんだ? 周りに人はいなかったから、殴られたわけでもない。ミルラも真横にいたから、何かできるわけがない。そもそもどうして気絶なのかがわからない。
途方もない時間が過ぎた。感覚的には、数十分も経った気分。そこでようやく床以外の感触を肩に感じた。
体を思い切り揺さぶられる。体が痛いくらい揺さぶられているのがわかる。女性とは思えない力……ウルサス人。
目を開けるような姿勢を取り、バンダナを取る。そこにはテンニンカ、ジェシカ、ズィマーの三人がこちらを見下ろしていた。イヤホンも取り、インカムをまた付け直す。
ズィマー「どうして寝てんだお前は」
「す、すまない。なぜか気絶したみたいだ」
ジェ「気絶? どうしてですか?」
「え、えっと……」
(首筋にビリッと刺激があった)
耳元の助け船をそのまま言った。想定しているのはスタンガンだろう。
ズィ「スタンガンで誰かに襲われたってことか」
「たぶんな。そういえばミルラは? ミルラはどうした」
そう言うと三人は険しい表情をして、私の後方を見た。加工所の奥の方だ。
振り返ってみると、中央の檻が見える。先ほどとは違って閉まった柵状のドア。その柵越しに、一人の少女が倒れているのが見える。
「ま、まさか!」
すぐさま駆け寄り、ドアを開けようとする。しかし開かない。向こうからロックがされているのだ。
檻越しに見下ろすと、そこに横たわっていたのはミルラだった。
うつぶせになり、特徴的なヘルメットは傍らに転がり、その露出した薄い赤色の髪から、髪を染めるほどの鮮やかな血が流れていた。彼女と平行するように、血の付いた鉄パイプが転がっている。
私が気絶している間に、密室でミルラが撲殺されたのだ。