俺は看板の前で腕組みしている。
分かれ道がある。
看板の矢印の方向には【人里】と書かれてる。
行きは見落としてたけど、こんなのあったんだね。
人里ってことは人間ばっかりなのか……うーむ
「後回しでいいや」
まずは草の根妖怪ネットワークの回線をつなぐのが大事だ。先を行こう。俺はチャリンコにまたがり、移動を開始した。
少しだけ日が傾き、野道を紅に染め始めた。影は長く伸び、少し気温が下がって楽になってる。
余裕が出て来て両手放しをしつつ、鼻歌交じりにペダルを踏みしめてると、腹の音がぐぎゅるるるるっとなる。
そういや、俺ってしばらく飯を食ってないな……。朝飯はちゃっかり勇儀と戦う前に食ったけど……昼飯抜いてたな……で、今は四時くらいかな?いつもならこの時間まで何も食わなくなると泣きそうなくらいひもじくなるけど、妖怪になってちょっと耐久力が伸びたのか、行動不能にはなりえないっぽい。
いい機会だから、少し考え事をすることにした。
あのアリスなんとかの言ってた通り、地底の妖怪を語らずに居たにとりと香霖堂の二人とは、普通に話せた。
でも、それに意味はあるのか?努力というのは報われなければならない。じゃあ、あのさとり達の努力は?さとりは他人に歩み寄ろうとし始めてるのに……もしアリスが話した通りの地上なら……なんてひどいんだろう。
ヤマメだって嫌々ながら一応協力している。まぁ、ズルをしようとしてたけど。でも、このままなら、より一層ヤマメとさとりの間は断裂するんのでは?ヤマメもさとりもいい人……じゃねえ妖怪だと思ってる。なのに仲が悪いってのはちょっと嫌だな。
やっぱり、俺は地霊温泉郷の宣伝をする義務がある。何より、恩は返さないと。
でも、どうやって説得したら、地底に行きたくできるのかな。
ぐるぐる思考を巡らせてると、いきなり俺は空に居た。
チャリンコに何かが当たり、ハンドルをあまり強く握ってなかったせいでサドルから投げ出されたと気づいたのは少し遅れてからで、いきなりのことで俺の頭はパニックを起こし、空を飛ぼうとも思ったが飛び方をど忘れしてしまった。なんとか受け身をとる準備はできたけど……うまく行く気がしない。
「……あ、あぶない」
無機質な声がどこからか聞こえた。
そして、パジャマにスカートを履いてる狐面つけた女が視界に入ったと思った次の瞬間には、その女性に突っ込んでた。
ずっしゃあ!
……
…………
大変なことになった。
ラブコメあるある的な感じ。
状況を述べよう。
俺、木亥広星の頭は今、女性の胸部に乗っかってる感じ。
視界いっぱいに広がる柔らかい物体と、なんかどことなく漂ってくる【いい匂い】に脳髄が溶かされ、心がかき乱される。
妙に間近で、先程の無機質な女声が聞こえた。
「……大丈夫?」
「性欲を持て余す」
「……そう」
「ってお前は何とも思わねえのかよこの状況!?」
俺は思いっきりそのままの姿勢で体をそらそうとする。
ゴキっ!
腰から嫌な音がした。
「うぎゃあ!」
俺はそのまま横に転がり、ジタバタとのたうちまわる。
「……よかった。大丈夫そう」
「うう……今はちょっと心折れたぜ」
落ち着いてその女性を離れてみると、色々と奇妙な女性だった。
髪は白からピンクのグラデーション、パジャマの下のスカートには顔を思わせる模様。そして、何よりも無表情な顔にもお面、自身の周囲にもお面が浮いてるようなやつだった。
「……でも、さっきまで真剣そうに何か考えてて、感情複雑だった……今は……なんか平気そう」
「というか、お前は?」
「……私は、秦こころ。あなたは?」
「俺は木亥広星。普通風味の男子高校生だ」
「そう……」
こころが立ったので、俺もつられて立つ。
「……それじゃ、また」
と言ってこころは立ち去ろうとする。
ここで、俺は少し迷っていた。また嫌われるのが怖かった。でも。さとり達は。この頑張り一つで、地底が報われるかもしれないんだ。そうだ!声を出すんだ!木亥広星!早く!こころが去ってしまう前に!
「あ、あの!」
「……なに?」
俺はこころを呼び止めることに成功した。
「っと、地底にな。地霊温泉郷ってのができたんだよ。それでさ。よかったら行ってみて。な?」
というと、こころは静かにこう言った。
「……よくできました」
「……は?」
今俺はきっとすごい間抜けヅラを浮かべていることだろう。
そんな間が抜けたことが頭に浮かぶくらい、わけがわからなかった。
「ごめん。どゆこと?」
「……私が背中を向けた後……あなたはまたもやもやとした感情をしてた……でも……さっき私に地霊温泉郷ってところを伝えた時……不安と緊張と達成感のような物が見えた……それに……地底は聖や神子曰く……名前を出すのも憚れる……だから……あなたは私の予想だと……地底を宣伝したいけど……人に拒絶されるのが怖い……違う?」
「こいつぁ驚いたぜ。お前、人の心が読めるのか?まるでさとりだ」
というと、こころはフルフルと首を振る。
「……感情は読める……さすがになにを考えてるまでかは……無理」
「なるほどね。フィーリングか」
「……まぁ……今度行こうと思う」
「おぅ!よろしくぅ!」
「……じゃぁ……縁があればまた」
こころはひらひらと手を振り、今度こそ何処かへ去る。
俺も自転車に駆け寄り、点検する。
少しハンドルの角度がおかしくなってるだけだ。
それにしても、こころはお面は気づいたら変わってた気がするけど、ずっと無表情だったな。
なにも悩みがなさそうで少し妬ましい。
……?
自分はこんな些細なことで人を妬むような奴だっけ?
まあいいや。
俺は自転車を起こし、にとりのラボを目指した。
なんかこう、ごめんなさい