空はカラリと晴れて、雲ひとつない晴天だった。通り雨すらもなさそうな、これ以上にない晴れの空。まさに清々しいという言葉が似合う、そんな朝。
通り抜ける街並みはどこもまだ静かで、鳥の囀りが街中に響いている。心地よい朝の住宅街を俺、
「……腹減った」
起きてから1時間弱経つが、まだ朝は何も食べていない。俺の朝のルーティーンワークは、こうしてお腹の空いた状態で、目の前の商店街を通り過ぎることだった。まだ殆どのお店がシャッターを下ろしている中で、商店街のど真ん中の交差点の街角で、シャッターの開いたお店が一軒。そこを訪れるのが、俺の朝の唯一の楽しみであった。
ドアチャイムの音が静かな店内に鳴り響いて、カウンターの奥からトタトタと音がする。俺の鼻腔をつくのは焼きたてのパンの酵母の匂い。そして足音が止まった。
「あっ、蓮、……いらっしゃい」
現れたのはパン屋の少女、山吹沙綾。ここ、山吹ベーカリーの看板娘で、今をときめくPoppin 'partyのドラマーで、俺の恋人。
沙綾は毎朝のように現れたの俺を見つけると、その温かな眼差しでそっとこちらに微笑みかけてくれる。
「朝早くからご苦労様、早起きして大変だな」
「あはは、慣れてるから問題ないよ。それに早いのは蓮だってそうでしょ?」
カウンター横から売り場へ出てきた沙綾は、トングとトレーを取って渡してくれる。それを受け取った俺が店内に目をやると、今日も焼きたてのパンが香ばしい匂いを立てながらトレーに並べられていた。
「うーん、今日も悩むな……って……沙綾」
「んー?」
窓際に並べられたパンたちを眺めて品定めしていると、途端に俺の肩にふわりと僅かな重みが加わる。それと同時にパンから立ち込める酵母の匂いが一段と強くなって、加えてパンとは違う甘やかな髪の匂いが鼻孔をくすぐった。
「……なんかこうしたくなったから」
「……そっか」
ポニーテールで垂らされた髪が俺の首筋をそっと一撫でした。その髪の擽りに応えるように、薄ら目を閉じて寄りかかる沙綾の顔を眺めた。
「……沙綾」
「蓮……ん」
ほんの一瞬、交わされた契り。
穏やかな日常が今日も始まる、そんなことを考えながら店を出た。
手には買い物袋を提げて、そう長くない学校への道のりを歩く。先程まで何一つ、雲すらなかったはずの空には薄ら雲が立ち込めて、徐々に霞んでいた。そうかと思えば、黒い雲すら見えないのに雨が降り出した。どうやら今日はツイていないらしい。そんなことを暢気に考えながら道を急いだ。
何も変わらなかったはずの些細な日常は、突如現れた悪魔によって、一瞬にして崩れ去る。心の片隅に潜む悪魔が牙を剥いた時、平穏を装った日常を動かす歯車は大きく狂い始める。
不安定に移ろいゆく関係の中で、愛に報いる者たちは心の依代を見出そうとする。果たして、その依代は天の慈悲か、はたまた悪魔の囁きか。
これは、その答えを探し出す物語。
お久しぶりです。初めての方は初めまして。敷き布団と申します。
これからなるべく毎日投稿で12月中に完結させようと思いますので、興味を持っていただけたら、感想やお気に入り登録、評価等を是非よろしくお願いします。