愛に報いて   作:敷き布団

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そろそろ本格的にタグや注意書きにあるような鬱展開に入っていくので、諸々の要素が苦手な方はブラウザバック推奨です。

















第12話 私だけの世界

『捨てられた?! 人気女優兼アイドル'白鷺千聖'と'各務菊磨'の熱愛疑惑?!』

 

千聖が週刊誌の記者に突撃されて少ししてから、週刊誌の一面にはそんな文字が踊っていた。その内容は勿論、千聖が菊磨と以前恋愛関係にあったことを謳う記事であった。菊磨と沙綾の報道があった後ということもあり、報道は加熱していた。アイドルの熱愛報道という点もあったせいか、その叩き方は異常と言えるほどだった。

 

「……ただいま」

 

「……千聖、おいで」

 

千聖は力を失ったように、腕を広げて待っていた俺のところに倒れ込んできたかと思うと、全く顔を上げようとしない。そして大きく声を上げて泣き始めた。

 

「もう、もうやだっ、なんでぇっ……ううっ、ひぐっ……」

 

「……よしよし」

 

そんな報道があまりに大きくなったせいか、千聖が仕事の現場に入っている時なんかも常に記者が待機しているかのような状態。芸能人にプライベートがない、とはよく言われることではあるが、そんな言葉の比ではないようなほどに今の千聖は報道という悪魔に追われ続けていた。

 

「もう……忘れさせてよぉ……名前も……聞きたくないのにぃっ……」

 

「千聖……」

 

聞くところによれば、あまりに記者が張り付いているせいで、家まで帰る時もマネージャーが車で記者を撒いてから遠回りをして帰ってくるという徹底ぷりであった。そりゃ渦中の白鷺千聖が今実家を出て男と同棲してますなんてそれこそ特大スクープになってしまうから、それだけは避けないといけない。だから千聖の気分転換に外に遊びに出かける、なんてことすら出来ないという有様だった。

 

「もうやだ……やめたい……アイドルなんか、女優なんか……もう……」

 

そうして苦しむ千聖に俺は抱擁で慰めることしかできなかった。それがなによりも辛かった。

 

「……ごめんなさい、迷惑、ばかりかけて……」

 

「いいんだよ、迷惑なんかじゃねぇから……」

 

抱擁を交わし、美麗なブロンドを摩っていると、次第に千聖の嗚咽は収まってくる。それでも以前より千聖の心のバランスが不安定なことは明らかだった。

 

「蓮が居なきゃ……私もう……、もうっ……蓮っ……」

 

「……俺はここにいるよ」

 

「……うん、うん……」

 

「千聖、ご飯作ってくるな」

 

「……私も行く」

 

俺がキッチンに行って料理をしようとする時でさえこんな感じだ。狭いキッチンなのに当然2人が入れるわけもなく、ほとんどスペースがないところに俺が立って、その後ろから千聖が抱きつく、という感じで料理をする始末。

 

「その、千聖……ちょっとだけだからリビングで待っててくれるか?」

 

「……ダメなの?」

 

「ダメじゃないけど、……料理作ってたら危ないから」

 

「……じゃあ、首を出して?」

 

俺は点けていた火を一旦止めて、少しだけ屈む。千聖は俺に抱きつきながら、俺が服から曝け出した首筋のところに顔を近づける。千聖の甘いクラクラとする香りが鼻腔をつくが、途端にチクリと首に痛みが走る。

 

「ちゅる……んっ……んんっ、ぷはっ……」

 

「……待っててくれるか?」

 

「……うん」

 

「偉いぞ……千聖……」

 

「……待ってる」

 

トボトボとした足取りで渋々リビングの方へと戻っていく千聖。俺の首筋からは少しだけ吸い残された血が垂れているが、わざわざ拭くわけでもなく料理を再開する。ただ麻酔にかかったようなぼんやりとした痛みはずっと張り付いたままで、その痛みがずっと俺の心の奥底で千聖の存在の刻印となっていた。

千聖はきっと俺と離れるのが不安で仕方がないのだ。俺だってこんなの良くないって分かってる。分かってるけれど、俺が居ないと何も出来ない千聖が堪らなく愛おしくて、千聖が頼ってくれることが幸せだった。

 

「出来たぞ」

 

「蓮……」

 

千聖の温かいハグ。しかし、その手は僅かに震えている。

 

「待っていたから……ご褒美をくれないかしら?」

 

千聖の甘い声は今日も俺の脳内で溶けていく。心が壊れているのは千聖だけだと思っていたのだが、これを至極当たり前の事のように受け入れるようになってしまっていた俺自身も相当感覚の針が狂っているらしかった。

 

「んっ……はぁっ、んんっ……」

 

「ん……」

 

交わされるキスは濃厚でドロドロとした愛情を育んでいく。浸っているだけで神経まで侵されてしまうかのような痺れを与えながら、卑猥な音を響かせ続ける。その音を耳が拾うだけで神経回路は狂っていく。体全体がバグっていくのだ、体も、脳味噌も、倫理観だとか、生きている意味だとか。

 

「これだけ?」

 

「……飯冷めるぞ」

 

「……いいのよ」

 

千聖の誘惑する声は俺を壊した。ずっと前から壊れていたものを作り直して、また壊したのだ。微かに残った過去の存在への罪悪感とかすらも全て溶けてなくなってしまいそうなのだ。

今日も落ちて、狂って、溶かされて。俺は千聖のくれる真っ当ではない歪んだ愛を受け入れて、そんな歪んだ愛に報いるのだ。

 

 

──────────────────────────

 

 

私の細やかな幸せを噛み締めるような日常はあの日を境に静かに幕を下ろした。いくら忘れようとしても、呪詛のように脳内を繰り返し響き渡るような日々の追憶。最愛の蓮にも見捨てられ、いや、こんな言い方はおかしい。だって蓮を裏切ったのは私だから。どうしようもない理不尽と自身の運命をただ只管に嘆くのだ。

 

どんどんどん。

 

それまで音のない世界を無意味に生きていた私にとってかなり久しぶりの外界からの音。久しく聞いたことのないような大きな音は私を詰っているようだった。お前が悪い、お前が悪い、お前が悪いんだ、そう言っていた。

私はそれから怯えるように布団の中に潜って隠れる。言い知れぬ恐怖が、蓮との終わりを悟ったあの時の恐怖が、甦った。全く窺い知れない存在が自らの空間に這い寄って、私を侵していくような気持ち悪さに慄然とする。震えてまともに声も発さないまま私が身を隠していると、その大きな音の発生源から一際大きな音が響いた。

 

「よいしょっ!!」

 

いつか聞いたような懐かしい声。自分1人の空間に閉じこもっていた私を外の世界から連れ戻しにきたその存在は。

 

「沙綾! いつまでそんな引きこもってんだ!!」

 

「あり……さ……?」

 

確かにいつもお母さんは優しくノックするし、今まで聞いた事のないようなノックをするのは他の人と考えて当然だろう。それはそうと、私は突然この出口のない世界に有咲が訪れたことに酷く困惑していた。

 

「なんで……」

 

「なんでもクソもねーだろ! ずっと沙綾が、引きこもってっから……私、私はなぁっ……」

 

大きな声をあげたかと思うと途端に感情が溢れ出したのか涙を流す有咲。有咲が考えている事はなんとなくならわかる。例えば心配だとか、例えば不安だとか、例えば安心だとか。けれど、そんな感情を発現させる沙綾に対して私の抱いていた感情は酷く冷たく、自分ですら軽蔑するような哀れなものであった。

 

「どうして、何も言わずに、引きこもってんだよ、返事も返さねぇし! ……そりゃ私だって同じだったから何も言えないけどっ……心配ぐらいするだろ?!」

 

「……そっか」

 

そういえば有咲も引きこもってたことなんてあったっけ。学校に来るでもなく、ずっと前のことだったから私にとってはどこか遠い記憶に成り下がってしまっていたけど、きっと本人からしたらそれは自分を形作る大切な記憶だから。それは私のかつて幸せだった時だとか、絶望に打ちひしがれてた時とかも一緒だった。

 

「どうしてかだけでもっ、教えてくれよ……沙綾……!」

 

「……うるさい」

 

「……ぇ」

 

「うるさい! 有咲に何がわかるのっ?! 出てってよ!!」

 

久方ぶりに出した、自らの耳をも劈くような声。有咲はきっと私のことが本当に心配だから来てくれたのだろう。けれどそんな優しい有咲に私が返せる物は精一杯の自己防衛でしかなかった。そんな最悪な自分が嫌いだ。

良いじゃないか、少しぐらい私に時間をくれても。幸せな世界から絶望のどん底に叩き落とされた私を、少しぐらい絶望の世界に浸らせてくれても。今は何も、考えたくないから。

 

「……ごめん、沙綾」

 

有咲はトボトボと部屋を出ていく。私おかしくなっちゃったのかな。有咲が来てくれて嬉しかったはずなのに。漸くこの暗い世界から抜け出せるって期待してたはずなのに、どうして私は有咲を追い返してしまったのだろうか。私、最悪だ。

バタンという無情な音が部屋に響く。それは私の世界をまた一つ暗くして、また一つ強固に守りを固めた。私がどうやらこの空間が出ることは叶わないらしい。どうしたって、私がした裏切りの記憶は消すことができないし、私は一生この枷をつけて生きていかねばならないのだ。ならば少しの間だけでも、現実逃避だとか、かつての幸せな過去に浸ることぐらい許されても良いだろう。決して元に戻らないのなら、その残り香に追い縋ることでしかその幸せを堪能することは出来ないのだから。

そうしてまた今日も、私の暗く明けることのない闇の世界は広がり続ける。果てしなく先の見えない真っ暗でドロドロとした世界。私はかつての過ちの代償として、この世界を生きていくのだ。

 

 

──────────────────────────

 

 

温かく作っていたはずの料理はすっかり冷めて、宙に浮いているような浮遊感を感じたまま、ゆっくりと体を起こした。

 

「……もうちょっとハグして?」

 

「ん……」

 

服の乱れた千聖と戯れるような抱擁を交わす。安心したのか、はたまた満足したのか、千聖は柔らかに微笑むと俺と同じようにソファから立ち上がる。

 

「飯、冷めちゃったけどあっためるか?」

 

「……えぇ」

 

千聖はプレートを電子レンジでチンしようとする俺を手で止める。どうやら自分がやるということらしく、千聖の優しさに任せて、俺はソファにもう一度深く座り込んだ。

 

「……ふぅ」

 

一息ついて、テーブルの手前に置かれたリモコンを手に取って、テレビの電源をつける。そんな何気ない日常の1ページは、突然の明かりに破かれた。

テレビの画面には『速報』の2文字が、踊っていたのだ。

 








愈々暴かれる真相。
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