愛に報いて   作:敷き布団

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目次の注意書きにもある通り、鬱展開等苦手な方はブラウザバック推奨です。





















第13話 大切な二人

テレビの画面に踊っていた『速報』の2文字。ひどく不穏な臭いを放つそんな言葉に思わず息が詰まった。テレビの画面からはピカピカと激しい閃光が何度も何度も瞬いている。背中いっぱいに冷や汗を掻いた感覚を覚えた。

 

『えー只今入ってきた速報です』

 

アナウンサーの声がやたらと無機質に聞こえる。

本能がこれを知ってはいけないと叫んでいるのに、俺は何故か画面から目を離すことができなかった。隣に千聖がいつのまにか座っていたことにも気がつかないで、意識する間もなく息が酷く荒くなっていた。

 

『人気俳優の各務菊磨容疑者が、10代の少女に合意のないままにわいせつな行為をしたとして逮捕されました』

 

「……え?」

 

俺は一瞬耳を疑った。俺からしても、千聖からしても、憎くて仕方がない菊磨が、捕まったのだ。正直捕まろうがどうなろうが知ったことではないというのが正直な感想だが、それよりももっと大事なことは他にあった。

 

「ひっ」

 

菊磨というワードと、写真が画面に出されたからか、千聖はすぐさまリモコンでテレビを消してから、俺のもとに顔を埋めて震えていた。特に何も言葉を発するでもなく、ただ無言で震え続けていた。

今までであれば、俺はそんな恐怖に慄く千聖をすぐに慰めていたはずなのに、まるで意識を急に吹き返して呆然としたように、頭の中が真っ白になり、固まった。何も考えることができず、冷静であるはずなのに、まるで頭が働かない。

 

菊磨が捕まった。ここまでは良いだろう。問題は次だった。

『10代の少女に合意のないままにわいせつな行為をした』。

当然10代と言えば俺たちと同じ世代なんだけれども、そんな報道を聞いて真っ先に思い浮かんできたのは、いつか頭から千聖という消しゴムで消されていた、沙綾の姿だった。

 

「……まさか」

 

体を起こしてもう一度その報道を見ようとする。けれどもそれを止めたのは、千聖だった。

 

「……千聖?」

 

「いや……いや……」

 

「……大丈夫、大丈夫」

 

丸めた背中をそっとさするが、千聖の震えは一向に収まる事がなく、ただ先ほどとは違うのは何やらぶつぶつと震えながらも呟いていることだった。震えと同調するように呟かれた小さな声ははっきりと聞き取ることも難しかった。

 

「……どうしたんだよ、千聖」

 

「やだ」

 

「……何がだ?」

 

「やだ」

 

「……千聖」

 

「見たくない……聞きたくない……何にも聞きたくないっ……」

 

「……そうか」

 

「蓮……」

 

俺を抱きしめる千聖の腕は震えながらも、徐々に力が篭っていた。そんな千聖を前にして、俺は抵抗してまで、その答えを知ろうとは思えなかった。

 

「その、ごめんな」

 

「……うん」

 

小さく答えを返すと、千聖はゆっくりと、ゆっくりと埋めていた顔を上げた。

 

「……蓮はずっと私の傍に、居てくれるわよね……?」

 

千聖は捨てられた仔犬のように縋る瞳をこちらに向けて、その言い知れぬ恐怖に慄然としていた。今にも壊れてしまいそうな千聖の声と表情を見た俺は、震える千聖を抱き返した。

 

「……当たり前だろ」

 

「蓮……れんっ……」

 

「……おいで」

 

あまりに泣き噦る千聖は、小さい子どものようで、だけれども、それが今の千聖の等身大に見えた。きっと千聖は周りにつけられた仮面を被り続けて、踊り続けることに疲れてしまったのだ。きっとこれが、千聖の等身大、ありのままの白鷺千聖だったから。

俺しか知らない白鷺千聖。しっかり者として自身のグループを引っ張る存在で、同世代の役者を引っ張る存在だけれども、本当はとてもか弱くて、これ以上ないほどに純粋で、誰かが護らないとすぐに壊れちゃうような儚い存在。誰にも言えないまま辛い現実と理想のギャップに苦しんだ彼女は、ずっと傍に居る俺を追い縋っているのだ。

 

「蓮が……どこか遠くへ行っちゃいそうで……」

 

「大丈夫だぞ……」

 

ただ宥めすかす俺の口から飛び出る言葉はどこか空虚で。

 

「……ごめんなさい。私……いつからこんなに弱くなったのかしらね……」

 

「……元からだろ」

 

「そう……」

 

体を震わせながらもそう呟く千聖は壊れそうな美しさに満ちていて、それを壊さぬように必死に撫で回すのだ。皮肉な話だな。俺はすっかり千聖に壊されてしまっていたのに、今は千聖を壊さないように、壊さないように、ずっと寄り添っているだなんて。

 

気がつけば千聖は俺の膝の上で穏やかな寝息を立てていた。それもそうか、窓の分厚いカーテンの隙間から覗くのは真っ暗な世界。もう夜なのだ。何度も外で陶酔を覚えて、何度も外で絶望を感じて、何度も外で逃避を学んだ夜だった。俺にそんな逃げ道を教えてくれた彼女は、何の警戒もすることなく安息の地で眠りに就いていた。

 

「……どうするかな」

 

部屋の電気のリモコンこそ手の届くところにあるが、俺がずっと気になっていたそれを見るためのリモコンは手の届く範囲にはなかった。それに音を立てて仕舞えば、千聖が起きてしまうかもしれない。

千聖が、『俺が遠くに行ってしまうかもしれないから』と、それを見るのを拒むという理由は勿論分かる。分かるんだけれども、どこか心の奥底でその答えを知らない俺を許せない俺がいた。

 

ふと視界に入ったのは、床の上にずり落ちていた俺のスマートフォンだった。せいぜい千聖と連絡することぐらいにしか使っていないスマートフォン。以前はスマートフォンでSNSを見て時間を潰すなんてざらにあったのに、今となってはそんなの遠い過去にすらなっていた。

俺は意を決して、そんなスマートフォンを手に取って、電源をつける。そして俺は、見たくない気持ちと、見たい気持ちの両方をせめぎ合わせて、その答えを知ることにした。

 

「……『各務菊磨』、と」

 

SNSの検索ワードに、そんな悪魔の名前を打ち込んで、検索ボタンを押す。そして大量に出てくる記事。不愉快な単語が踊る記事の見出しを確認して、それを見ることにした。

本当であれば見たくはなかった。見たくはないけど、知りたかった。自分がふと心に抱いた、嫌な予感を早く確かめたかったから。確かめないといけない、そんな気がしたから。それだけだった。

 

「……ふぅ」

 

息を一つついて、ゆっくりとスクロールする。記事の内容は見出しの通り、菊磨が未成年との卑猥な行為で捕まったという内容、そして、その中に書いてある凶行に及んだとされる日時。

ゆっくりと、ゆっくりと、脳の奥の奥の奥に仕舞い込んだ、遠い過去の記憶を一つずつ紐解いていく。見たくもなかった、知りたくもなかった、けれど知らなければいけなかった記憶をどんどんと辿っていく。

間違いない。間違いなかった。

 

 

沙綾は、浮気なんかしてない。

 

 

今まで、沙綾と決別してから今までの自分の行動の記憶が一瞬のうちに俺の脳の中を駆け巡る。現在から遡って、千聖に溺れた時や、妹と喧嘩した日や、酒に溺れた日、さまざまに歩んだクソみたいな日々を遡っていく。そして、最後に辿り着いたのは、あのモールの帰り際に沙綾が見せた、苦し紛れの微笑みだった。彼女の精一杯の微笑みだったんだ。

 

「あ……あ……あぁ……」

 

後悔先に立たず、なんて言葉がある。まさにその通りで、俺のこれまでの行動は全てが全てクソだったんだ。大切にしたいなんて考えておきながら、信じることすらできなくて、そんな弱い自分から逃げて、そんな弱い自分のままでも良い安寧の地にしがみついて。

 

「……沙綾」

 

絶対に届くはずもない。届くわけがない。きっとそれは沙綾のあの時の助けを求めていたであろう声と同じで。

 

「……ごめん」

 

けれど俺のはただの独りよがりで。そんなこと、そんな空虚な謝罪なんて、届くはずもないのに。こんなクズでクズな俺が言ったところで、きっと何の意味もない。

 

裏切りはもう、取り返せないのに。

 

あまりに呆然としていて、次に気がついた時には時計の針は天辺を幾分か越していた。確かにそもそも状況証拠しかないと言えば、それはそうだ。けれど、わかった。これだけははっきりとわかった。例えどんなことがあろうとも、これだけは揺るぎない事実だって。

 

俺は、沙綾を裏切ったんだ。

 

取り返しのつかない後悔と罪悪感の大きさはもはやわからない。そんなことを考えられるほど俺の心は平常ではなかったから。

俺はどうすればいい。俺はどうやってこの生涯かかっても返せない罪を、贖うというのだ。

沙綾があの日残した、『ごめん』って。つまり、つまり。

 

「くそ……くそぉ……、なんでっ……」

 

どうしたって裏切りの事実は消えないのに。浮気の事実なんてのは消えないのに。

俺はなんてことを……なんてことをしてしまったんだ……。

 

「く……そ……、ぐっ、はぁっ……くそっ……」

 

俺の流す涙は、過去に類を見ないほどに汚い涙だった。汚れ切った、下衆の涙だった。こんなの流す資格すら俺にはないのに。

 

「ごめん……沙綾っ……ごめん……」

 

今ここに、謝りたい人なんていないのに。

懺悔したところで、こんな大罪許されるわけもないのに。

 

「くそがぁ……、ごめん……ごめんな……、……」

 

譫言のように謝罪の言葉を呟く俺はなんて馬鹿なんだろうか。

 

「……ん、大丈夫……」

 

「……ぇ」

 

全く気がつかない間に、膝の上で先程まで眠りについていたはずの千聖が体を起こしたのだ。そして体温の高い千聖の腕が、そっと、脱力したまま俺の背中へと回された。

 

「大丈夫……大丈夫よ……蓮……」

 

「千聖……」

 

落ち着いて見ると、千聖の目は開かれておらず、そのトロンとした口調からも、千聖はどうやら半分ほど寝惚けているらしかった。少しだけホッとしたのだが、俺の脳裏に過ったのは、大切な人の姿だった。

 

沙綾の残した切ない微笑みも、千聖の見せた物愁い気な笑みも、どちらも俺にとって、かけがえのない大切な存在になってしまっていたのだった。

 

俺は、俺は、どうすればいい。

 











すれ違いの産んだ悲劇。
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