愛に報いて   作:敷き布団

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第14話 罪滅ぼし

答えがまるでない俺の葛藤は一晩悩んでも、明確な答えを出せなかった。俺は大切な人を信じることもできずに、裏切りを重ねて、それにも関わらずまだ二人の大切な人にどう接したらいいかなんてことすら分からなかったのだ。

かつて、沙綾が俺の生きる元気の源だった。それが今は千聖に支えられて生きている。

正直に言えば、すぐにでも沙綾に直接謝りに行きたかった。俺の重ねた罪は重いけれど、たとえ自己満足だと言われても謝りたかったのだ。けれど、俺には千聖がいる。今こんなに追い込まれて、生きる希望すら見失いかけている千聖を見捨てることなんて俺には出来ない。

 

だから、俺は沙綾のところへ事の真相をまず確かめに行くことにしたのだ。そもそも菊磨の凶行の相手が沙綾だとは限らない。だから、それも含めて、これまで忌避し続けてきたあそこへと向かうのだ。

 

「……それじゃあ、行ってくるわね」

 

「ん、行ってらっしゃい」

 

「……蓮」

 

「んっ……」

 

千聖と虚でそれでいて深い口付けを交わす。とてつもなく深い心の繋がりなのに、何故か、どうしてか分からないけど、心は虚だった。

 

「ねぇ、蓮」

 

「ん?」

 

「……蓮は、私を捨てないわよね」

 

「捨てるわけ、ない」

 

「……私だけを見て?」

 

千聖が俺の腕を握る強さが少し強くなった。千聖の紫の瞳が真っ直ぐに俺の瞳を見抜いていた。

 

「……絶対に私を、一人にしないで……?」

 

「……あぁ」

 

「んっちゅ……、……行ってくるわね」

 

そうして千聖を見送る。千聖の様子は芳しいとは決して言えないだろう。けれども俺は、それ以上に知らねばならなかったのだ。

今日は休日だから幸い沙綾が学校に行って空振り、という可能性は恐らくないだろう。千聖を見送って少ししたら俺は家を出て、かつて腐るほど見てきたあのベーカリーに向かう。

久しぶりに訪れた商店街の様相は何も変わっていない。強いて言うなら僅かに季節が移ろいでいるぐらいであろうか。商店街に立ち並ぶ数多のお店を横目に通り過ぎてゆく。きっとあの角に。

あった。山吹ベーカリーだった。大きな店の名前が綴られたガラス越しにカウンターなんかを見るけれど、そこに沙綾の姿はない。ならばと家の玄関の方へと俺は向かった。

 

「……あれ」

 

しかし、玄関前に居た人物は沙綾やその家族ではなく、全く見知らぬ金髪の少女だった。

 

「……あ? 誰だアンタ」

 

やたらと口が悪い、というか機嫌の悪そうな少女だった。振り向いた瞬間にふわりと跳ねた髪の束はツインテールとなっている。

 

「それは、こっちのセリフだけど」

 

「……アンタに名乗る名前はねぇ」

 

「そうか、奇遇だな。俺もない」

 

そんな少女を無視して俺は意を決してインターホンに手を伸ばした。

 

「ちょちょ! 待て待て待て! お前沙綾の知り合いか?!」

 

そんな声が聞こえてきて、ハッとしたように押しかけたインターホンから手を離した。

 

「……沙綾を知ってるのか?」

 

「し、知ってるも何も同じバンドだし……」

 

「……Poppin'Party?」

 

「なんだ知ってるのかよ……。……市ヶ谷有咲、ポピパでキーボードをやってる。で、お前は誰なんだよ?」

 

俺が名前を出した途端に急に語り始める有咲と名乗る少女に誰かと聞かれ、少し悩んだ。ここで、俺は一体なんて名乗れば良いのだろうか。過去の自分の行動を悔いたけれど、隠しても仕方がないんだと割り切った。俺は口を開く。

 

「俺は……豊岡蓮。山吹沙綾の……元、恋人だ」

 

「……はぁっ?!」

 

驚いたような大声を出す有咲。しかし、その途端急に詰め寄ってきて、それだけではなく。

 

「ぐっ、何……し、て……」

 

「お前が……お前のせいで沙綾が……!」

 

思い切り胸ぐらを掴まれる。俺よりも身長が低いし、体格も小さかったからか、不意打ちこそ受けたものの俺はなんとかそれを振り解く。突然に繰り出された攻撃に息が荒くなるが、目の前の少女は激しい憎悪を俺に向けていた。

 

「お前のせいで沙綾は! 苦しんでんのかよ!!」

 

「な……」

 

そうか。きっと沙綾は、そして目の前のこの少女も、全部知っているんだ。……そう悟った俺は、だから。

 

「……は?」

 

「……そうだ。沙綾を苦しませているのは、きっと俺だ。だから……」

 

俺はただ、地に伏して、許しを乞うたのだ。たしかに人通りは本通りよりも辛うじて少ないと雖も、商店街の真ん中ではある。当然周囲から奇異の目が向けられているように感じたけれど、そんなの沙綾が受けたであろう苦しみに比べたら、なんてことはなかったんだ。

 

「は、ちょ、ちょ、え、おい頭上げろって! くそー……こっちこい!」

 

俺はその少女に思い切り引っ張り上げられた。そして俺を引っ張ったままその少女は急いでその場から逃げようと走り始めた。俺もそれに釣られて一緒に暫くの距離を走った。

 

「はぁっ、はぁっ……いきなり土下座なんかすんじゃねーよ……はぁっ」

 

「……俺には、ただ、謝ることしか、償うことなんて出来ないから……」

 

謝ったって、罪が許されるわけでもないのに、俺はただ、沙綾に謝りたかった。許しを得たかったのかといえばきっとそうではないだろう。いや、ちょっとは許しを得たかったのかもしれない。けれど、どうしたかったのかなんて、やっぱり俺にはわからなかった。

 

「……なぁ、教えてくれよ」

 

「……え?」

 

俺が何も言えずに押し黙っていると、有咲と名乗る少女は唇を震わせながらこちらに向き直った。

 

「アンタと沙綾に……何があったんだよ、何がどうなって、沙綾があんな風になっちまったんだよ! なあ!!」

 

「……あんな風って、どういうことだよ」

 

「いいから私の質問に答えろ!!」

 

あまりの剣幕に俺はもはや、何も言い返すことなどできなかった。頭の中で必死に状況を整理して、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。

 

「……各務菊磨って知ってるか?」

 

「あ? あぁ、なんか居たなそんなヤツ」

 

「俺は、沙綾がソイツと浮気したって、……勘違いをしたんだ」

 

「はぁっ?! 沙綾がそんなことするわけねーだろ!!」

 

「……だから言ってるだろ、勘違いだって。……それで俺は……、……そんな現実見たくなくて、俺は、……浮気した」

 

「……は?」

 

空気が一気に冷ややかなものとなる。先程まで物凄い剣幕で叫んでいた少女は急に押し黙り、逡巡していた。けれど、やがてそんな冷ややかな口を開いて呟いた。

 

「……アンタ、サイテーだな」

 

「……そうだな」

 

「アンタの……アンタのせいで、沙綾はずっと引きこもってる、学校にも、バンドの練習にも来ねぇ」

 

「……そう、か」

 

「今すぐ消えろ、じゃねーと私は、お前を殴りたくて……仕方がねぇから」

 

「……わかった」

 

「けど」

 

「え?」

 

「沙綾にいっぺん詫びろ、……そっから先は、私じゃなくて……沙綾が、決めることだから」

 

「……わかった」

 

それだけ言うと、その少女はスタスタと、何故か沙綾の家とは反対方向へと歩き始める。

 

「……君は、来ないのか?」

 

「……沙綾にどんな顔して会ったらいいのか、わかんねぇんだよ……」

 

少し振り向いた彼女はそう言い残して走り去る。こちらを向いた時の彼女の目は確かに赤く泣き腫らしていた。

 

「……ふぅ」

 

俺は覚悟を決めた。俺は沙綾の人生を壊したんだ。壊したからこそ、俺が、真っ暗闇の世界から沙綾を連れ出さなきゃ。連れ出して、謝って、一生をかけて償うんだ。それが俺の、なすべきことだから。

立ち上がって、沙綾の家へと向かう。商店街とは違って人気のまるでない路地裏を抜けて、沙綾の家へと歩く。

俺が、沙綾を救うんだ。沙綾に会って、全部洗いざらし話して、懺悔をして。そして沙綾と向き合うんだ。

それが、俺が沙綾に出来る、たった一つの償いだから。かつて注いでくれた愛に報いるのだ。それでいて、もしも沙綾に拒絶されてしまったならそれはもうそこまでということなんだ。

だから俺は、覚悟を決めた。

けれど、そんな覚悟の最中一瞬だけ、心がチクリと痛んだ。その一瞬だけ俺は千聖をある意味では裏切ることになるのかもしれないから。千聖のことを想えば、俺はきっと千聖に寄り添わなければならない。けれど、今日だけは、今だけでも、俺は沙綾と向き合わなければならないんだ。だから、そんな謝りを先に入れておく。本当は千聖とも面と向かって言わなければならなかったのだろう。だが、今を逃したらきっと俺は、一生後悔するから。

 

千聖に謝りの言葉を送った。

これで覚悟は出来た。沙綾と向き合うんだって。自分の罪と向き合うんだって。罪滅ぼしをするんだって。

俺は歩き始めた。

 

 

 

けれど。けれど。

 

 

 

俺が一歩踏み出すことは出来なかった。一瞬のうちに電流が身体中を走った。首に訪れた突発的な痛み。なんとか俺は僅かに後ろを振り向いた。

 

「……私だけを見てるって……、絶対に一人にしないって……、言ったじゃない……!」

 

「ち……さ……」

 

俺が次の言葉を紡ぐことはなかった。俺の意識はそこで途切れてしまったから。

 

 












業が深すぎた主人公。

☆10をくださった、かけぶ様、ちぇーろ様、
高評価をしてくださり、ありがとうございました。
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